ゴールデンウィークが明けての1週間は皆様方もドドッと疲れが出ているのではないでしょうか? 連休明けから新型コロナウイルス感染症の新規感染者が増加に転じると予想していましたが、すでの沖縄県は過去最高の感染者の報告がなされています。
5月5日に1日休みをとりました。日頃の運動不足もあり19時から21時頃まで那覇の街を歩きました。コロナ禍で3年近く街中を歩くことはなかったのですが、厳密に感染対策を講じてきた私と旅行者や一般(もちろん一部かも知れませんが)の方とは随分と意識にずれがあることに気が付きました。もしも私自身が感染した場合の影響を考えると必要以上に出歩くこと避けて生活してきました。この散歩で国際通りやその周辺の飲食店、飲み屋街を歩くと「マスクなしで食事後の会話を楽しんでいたり、数人単位でお酒を酌み交わして大騒ぎしている方々を目にすることがありました。私からすると「無法地帯」を歩いている感覚でした。これまでのコロナの抑圧から旅行先では解放された気持ちになりたいのだろうと想像しました。政府も企業も国民の多くの意識も「ある程度の感染はやむなしでコロナ前の日常を取り戻す生活」に舵をとったと感じます。
これまで何度も書いているように、旅行するな飲食するなではないのです。ワクチンをちゃんと接種して、コロナウイルスがまだいることを意識して旅行や飲食を楽しめたら、感染の急拡大、減少を繰り返すことがなく安定した日常生活が送れると想像しているのです。
連休中は生け花クラブも休みだったようで、2週間ぶりにいつもの2階の場所にも生け花が飾られていました。
いよいよゴールデンウィークも始まりました。新型コロナ感染感染後初めての規制のない連休となり、多くの方がお出かけしているのかも知れません。 いつも口酸っぱく述べていて嫌に思うかも知れませんが、新型コロナウイルスがなくなった訳でありませんし、ワクチン接種も低いことより感染者は増加すると思います。兎に角基本的な予防策だけは講じて欲しいと願っています。
4月の中旬になりこの時期の沖縄としては珍しく晴天が続いています。それにしても暑いです。本土の方では急に寒くなったり暑くなったりと寒暖差が大きくて体調管理も大変だと思います。
新年度がスタートして、新しく再編した部署や新しく加わった職員の皆様も緊張しながら過ごした1週間だったと思います。まあ焦ること徐々に慣れて行きましょう。まずは仲間の顔と名前を覚えて、何処に何があるのか、何処に持って行けば良いのかを覚えることから始まるのではないのでしょうか?
戦争や地震など予期せぬ災害が世界中で起こっています。それでも人間は団結すれば強いです。 そして自然の花々も時が来れば何食わぬ顔をしていつものように花を咲かせてくれています。
今日は東日本大震災から11年目を迎えます。遠い沖縄にいてもあの光景を忘れることが出来ません。夢や希望を胸に羽ばたこうとしていた若者たち、将来の子ども達の成長を楽しみに頑張っていた人々、あどけない笑顔で笑っていた子ども達、言葉では言い尽くせない程の大切な方々があの地震で失ってしまいました。心にぽっかりと空いた穴をどのように埋めればいいのか今も苦しんでいる方も多いと思います。
いつかその記憶が私達の生きる支えになって欲しいと願っています。残された私達は彼らの分も笑顔で生きて行かねばならないと考えています。 命を無駄にせず前を向いて歩いて欲しいと祈っています。
今週の生け花をいつものように紹介致します。 それと共に震災後に多くの方を励ました「花は咲く」の歌詞を記載致します。作詞は岩井俊二さん、作曲は菅野よう子さんです。100年後も受け継がれる素敵な歌です。いま世界を苦しめているウクライナの悲劇が早く終息して、この曲を唄って欲しいです。
「花は咲く」(作詞:岩井俊二、作曲:菅野よう子)
真っ白な 雪道に 春風香る
私は懐かしい あの街を思い出す
叶えたい夢もあった
変わりたい自分もいた
いまはただなつかしい
あの人を思い出す
誰かの歌が聞こえる
誰かを励ましてる
誰かの笑顔が見える
悲しみの向こう側に
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう
夜空の向こうの
朝の気配に
私は懐かしい あの日々を思い出す
傷ついて 傷つけて
報われず 泣いたりして
今はただ 愛(いと)おしい
あの人を思い出す
誰かの想いが見える
誰かと結ばれてる
誰かの未来が見える
悲しみの向こう側に
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
いつか恋する君のために
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