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音楽

2017年8月20日 (日)

幸せを求めて(ハンバート・ハンバート:さがしもの)

人生においては生きて行くことに苦痛を感じることが幸せを感じることより多いような気がします(私だけかも知れませんが・・weep)。余程恵まれていたのかあるいは楽天家でなければ、楽しいだけの人生ではないと思うのです。

大変なことが多くても、自分で解決出来る問題は苦痛ではなく、むしろ楽しいことだと考える。 苦痛は自分の努力ではどうにもならない、むしろ努力すればするほど痛みが大きくなるものや自分との戦いで生まれ、他人の助け船ではなくて自分自身で越えなければ成らない巨大な壁に直面した時に感じるものかもしれない。

Th_48_2 苦痛の中にあると、私達は逃げるように「幸せを」求めてしまいます。何か楽しいことはないか、面白くさせてくれるものはないか、と探し回ることを行います。 あるいは本の中からを楽しいことを見つけ出そうと考えて行動します。

でも「幸せって」なんなのでしょう? 沢山の哲学者が色々なことを述べています。 本当に幸せは外にあるのでしょうか? お金でしょうか? 愛情なのでしょうか? 優越感なのでしょうか? 成功なのでしょうか?

やはり答えは1番身近な自分の心の中で発見するしかないかもしれません。 

結局は童話の「青い鳥」に書いてあるように、幸せの青い鳥は遠くにあるのではなくてありふれた日常にあり、更にいえば自分自身の心の中にあると思うのです。 外的な要因ではなくて自分自身をありのままに受け入れることが「幸せの」出発点のような気がします。

Th_1_2 この様なことを考えながら、夜中にギターを弾いていました。私の好きな「ハンバート・ハンバート」さんの曲の中に「さがしもの」という曲があります。 「青い鳥」とこの曲はダブってしまいます。 私の様な禿げオヤジが唄う曲ではないと思いますが、昨日録音しました。

優しい曲ですし、私の歌の下手さを紛らわすために可愛らしいイラストの動画にしました。よろしければお聴き下さい。

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2017年8月 6日 (日)

ムーンライトサファー

台風5号が気になる八月を迎えています。

土曜日の診療終了後より夕方まで手術手技の研究会があり、やっと今週一週間のタイトなスケジュールも終えて、夜中に自宅でギターを弾くことが出来ました。

Th_ 夏の曲を何曲か弾いていたのですが、その中でも古い曲の中に「ムーンライトサファー」と言う曲がありました。歌っていたのは後に井上陽水さんの奥さんになる石川セリさんでした。セリさんはロシア人とのダブルでモデルもなされていた綺麗な方です。

沖縄で幼少時期は海の近くで住んでいたため沖縄の綺麗な海が普通の光景でした。山への憧れはあってもマリンスポーツは全然やったことがありません(まあ普通に海で泳ぐことは出来ますが・・)。

沖縄にいると時々サーフボードを積んだ車を見かけることがあります。いまではウィンドサーフィンの方が多いように感じます。軟弱になった私の身体では沖縄の暑い太陽の下では倒れてしまいそうですが、今日の音楽のタイトルの「Moonlight Surfer」なら思わず憧れてしまいそうです。

月明かりの海岸を二人で歩くなんてロマンチックで素敵でしょうね。40年若かったら、可愛いい女の子に声をかけてみたいです・・coldsweats02               Th_808539

実はこの曲を知ったのは、タモリ倶楽部なる深夜番組でした。その中で「廃盤アワー」と呼ばれるコーナーがあって、既に廃盤になったレコードの中から名曲を紹介してくれていました。その中でムーンライトサファーが紹介されたことを記憶しています(まあ30〜40年前ですので私の記憶も曖昧ですがweep)。この時にいい曲だなと思い、記録に残っていました。

惚けないためにも記憶を辿って唄ってしまいました。よろしければお聴き下さい。

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(8月6日は広島への原爆投下の日となります、地球上から核兵器がなくなる事を祈るばかりです)

2017年7月16日 (日)

雨(森高千里)を唄ってみた

先月、梅雨時の帰りに、雨に照らされた街並みを見ながら運転していました。偶然ラジオから森高千里さんの「雨」が流れて来ました。 (高校卒業後、50代半ばまで音楽と無縁だった私も、何となく聴いたことのある曲でした)

単調なリズムの中で何度も繰り返すフレーズに「雨は冷たいけど、ぬれていたいの、思い出も涙も流すから」・・・・そうかも「人生には雨で流れて欲しいこともあるね」と思いながら車の運転をしていました。

Th_0 ちょっとググってなってしまったのです。私も年をとってきたので、この曲を素直に受け入れることが出来ますし、森高さんが作詞したことにリスペクトもします(昔なら、ゲッ!お前、森高が好きなの?と友人からからかわれたかもしれません)

まあ、こんな言い訳がましいことを書いても、この年になれば多少のことは許されのかと思っていますcoldsweats01

これまで森高さんの曲を聴いたことがありませんでしたし、サビの部分しか知りませんでした。テンポの取り方が難しかったですね。

あの可愛らしい森高さんの歌を禿げたオヤジが唄うギャップに怯えながらお聴き下さい・・・happy01

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2017年6月18日 (日)

雨の物語

こんな雨の日は、雨の日に似合う曲かなどと思いながら、伊勢正三さんの「雨の物語」、ふきのとう「雨降り道玄坂」、吉田拓郎「ある雨の日の情景」、竹内まりや「駅」、小田和正「たしかなこと」、ハイファイセット「冷たい雨」、スピッツ「チェリー」、などを部屋で唄っていました。

Th_01 雨音を聞きながら自宅で伊勢正三さんの「雨の物語」を録音してみました。

伊勢正三さんは大好きなミュージシャンの1人で、歌詞が叙情的で心に染み込んで来ますし、曲も美しいです。雨の物語はイルカさんが唄っていますが、イルカさんも伊勢さんからの提供曲「なごり雪」「海岸通り」「雨の物語」などで一躍有名になった方と思います(もちろん自作の曲もいい曲はありますが)。

伊勢さんは恋愛、失恋に関しての歌詞は本当に切なく胸がキュンとなる詩が多いと感じます。この曲も愛し合う二人の切ない別れを唄っています。相手が憎くて別れるわけではありません、運命がそうさせたのだろうかと思える歌詞となっています。

皆様方へのこの曲のイメージを損ねたら申し訳ありません。その時はどうかオリジナルの曲をお聴き下さいねcoldsweats01

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沖縄は梅雨空が続いています。梅雨前線も北上し本土の方も雨が多くなる季節となると思います。雨にも負けずお互い頑張ってゆきましょうheart04

2017年5月21日 (日)

Far away (ギター弾き語り)

久々にギターを弾いてみました。5月前半は休みもありのんびり出来るはずなのですが、時間があると余り調子が出ない私なのです(仕事病でしょうかcoldsweats01)。

以前アリス(谷村新司)の唄っていた「遠くで汽笛を聞きながら」をアップしました(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-58a7.html )。谷村さんの唄った曲の中で私が好きな曲に「Far Away」があります。 何となく壮大な感じの愛の唄ですので、てっきり「昴」と同じ谷村さんの作詞・作曲だと思っていました。 調べてみると、作詞・作曲とも伊藤薫さんだったのです。 伊藤薫さんは作詞家、作曲家として沢山の方に唄を提供しているだけでなく、ご自身でも唄われている方でした。 

Th_51 恥ずかしながら伊藤薫さんについて全く存じ上げませんでしが、欧陽菲菲が唄っていた「ラヴ・イズ・オーヴァー」を作詞作曲された方だったのです(←これぐらいは私も知っていますhappy01

ネットでこの名前を調べたら最初に「女子プロレスラー」の名前が出て来て、ビックリしました。その方ではなくて1953年東京生まれの男性の方でした。

調べていると色々と出て来ました。私の記憶の中では曲名が「Far away」ではなくて 「Too far away」と「Too」がついていたように思っていたのです。 何とその疑問も解けました。

実は伊藤さんは水越けいこさんの「ほほにキスして」の作詞・作曲をされていて、谷村新司さんが「Far away」を唄う前から、水越けいこさんが同じ曲を「 「Too far away」」として唄っていたそうです。知りませんでしたweep ですから「Too」が付く場合と付かない曲名があったのですね(スッキリhappy01)。

高校卒業して50過ぎるまで全く音楽を聴かなかった私としては大きな空白期間があります。色々と唄う中で新しい発見があり、楽しいですshineshine 

今回も何時ものように、綺麗な写真でギターのミスタッチを誤魔化しながら動画にしてみました。宜しければお聴き下さいheart04

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2017年4月16日 (日)

赤いスイートピー

松田聖子さんの曲に「赤いスイートピー」があります。作詞が松本隆さん、作曲は呉田軽穂(くれだかるほ)そうあのユーミン(松任谷由実)さんです。

この歌詞の中には本当に沢山の煌やかな言葉はあります。それぞれを抜き出しても本当に素敵な歌詞です。作詞家の松本さんを改めて凄いと思う曲の1つです。

いきなり、「春色の汽車に乗って」で始まります・・・春色の汽車って・・・思い巡らすのです。

Th_ 私が1番大好きなフレーズは「何故 あなたが 時計をチラッと見るたび 泣きそうな 気分になるの」 の部分です。 私よがりの解釈かもしれませんが(皆それぞれが色々な解釈をすればいいのかと思いますが・・)、若く愛し合っている2人にとっては、学校や家庭など様々な制約があります。ずっとずっと一緒にいたくても、彼も家に帰らないといけないし、私も帰らないといけないのは分かっているのです。でも一秒でも長く一緒にいたいのです。 別れないといけない時間を彼の時計が告げているのです。 時間が止まって欲しい・・・そのような感じがこの歌詞の部分に感じ取られるのです。

この曲は松本さんのまさに青春を唄った歌詞ではないかと感じています。その当時はスイートピーは白が殆どでした。この曲が流行った後に改良されて赤いスイートピーが販売されるようになったそうです。この唄がなければ赤色のスイートピーは花屋さんに並んでいないのかも知れません。

松本さんは淡い青春の恋を「赤い」色と柔らかく繊細なスイートピーに託したのかもしれない・・・などと禿げたオヤジ(私weep)は考えながらギターの弾き語りをしました。

ブログを書いた始めの頃に、この曲を1番だけアップしましたが、今回はちゃんと最後まで録音しました。皆様方のイメージを崩してしまうかも知れませんが、よろしければお聴き下さい。

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2017年3月26日 (日)

五番街のマリーへ

テレビを見ていたら、阿久悠さんが作詞した曲の特集をしていました。広告代理店でコピーライター・CM作成を手がけながら、放送作家となり、その後作詞家として数多くの作品を世に送り出した方です。

日本レコード大賞での大賞受賞曲を最多の5曲を作詞しています。1971年(昭和46年)の「また逢う日まで:尾崎紀世彦」、1976年(昭和51年)「北の宿から:都はるみ」、1977年「勝手にしやがれ:沢田研二」、1978年「UFO:ピンク・レディー」、1980年「雨の慕情:八代亜紀」・・・どれも昭和の有名な曲です。

Th_01_2 私にとって阿久悠さんの作詞で印象に残っているのは、ペトロ&カプリシャスが歌った「ジョニィへの伝言」と「五番街のマリーへ」でした。いずれもペトロ&カプリシャスの二代目ボーカルの高橋まり(後の高橋真梨子)さんの伸びやかな歌声と共に記憶に残っています。

この2曲とも阿久悠さんの米国への憧れやロマンを感じさせる作風です。唄いながらもアメリカの広大な土地や五番街で暮らす人々の情景が浮かんでくる曲です。

自宅の小さなデジタルレコーダーで私の弾き語りを録音して、綺麗な画像をつけて編集しました。宜しければお聴きください。

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2017年3月11日 (土)

3.11から6年:川の流れのように

あの日から6年目を迎えようとしています。 あの時、私は沖縄で地震が起こったことさえ気がつかないでいつものような朝を迎えていました。 朝の回診を終え医局で見たテレビに映し出された映像に凍り付いたことを今でも思い出します。あの場所で、あの様な経験をされた方は本当に大変だったと思います。

その痛みは6年経って薄れたもの、6年経っても変わらないものがあるのでしょう。6年前の風景、家族、友人を思い出す方も多いのでしょう。 私達は大きな自然の力に対して無力です。 多くを失いながらも少しずつ前を向いて歩いている方々がいらっしゃるはずです。 私などが想像が出来ない中で生きてこられた方々に本当に頭が下がる思いでいっぱいです。

Th_1 その中で今でも故郷に帰れない方々も多くいます。あの原発の事故で帰還出来ない多くの仲間がいます。避難された場所でいじめに遭った子供達のことも報道されています。 地震は残念ながら防ぎようはありません、しかし被害に遭った人々に手を差し伸べるべき優しさや責任は、その地に居合わせなくても持つ必要があると思うのです。 

私は生まれ育った故郷に戻り、医療を続けることが出来ています。このブログで何度も書いたようにこの小さな島は中央の大きな力で翻弄され続けています。地震や災害ではありません、今を生きる人々の無関心の中で、大きな津波にのみ込まれそうな気がしてなりません。 好きとか嫌いではなくて故郷はそれ自体が私自身の一部となっています。

東北大震災を始め地震や災難、自然環境の厳しさや美しさ、人々の優しさ、生活を含め、それぞれの皆様方の故郷を想いながら「川の流れのように」を唄ってみました。美空ひばりさんの代表曲でもあります。作詞が秋元康さんで作曲は見岳章さんです。この曲は私の中で東日本大震災とイメージがいつも重なってきた曲です。

人生は川の流れのようにどんなに抗っても流されてしまいます。決して立ち止まることはありません。それでもどうか穏やかな流れの中で暮らして行けたらと希望するのです。

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被災された方々へ深い哀悼とお見舞い申し上げ、そしてこれからも共に歩んでいけることを願っています。被害を受けた地域の復興を心からお祈り申し上げます。

2017年2月19日 (日)

心に蓋をして生きているのは何故

心に蓋をして生きている・・・大げさではなくて皆それぞれが持ち合わせている感情かも知れません。

Th_04 生きて行く中で辛いことや思い出したくない,自分を許せないことを経験します。 それを書いたとしても何だこんなこと・・と言われだけだと思っています。 その苦しみの中で、勝手にもがく自分がいます。 

何故許せないのか今もって分かりません。結論を出して、この亡霊から逃れた瞬間に身が軽くなる代わりに、自分の一部が消滅するのではないかと恐れているのです。

本当は単純なことかも知れません。自分でことを複雑化して追い詰めてしまう、人間って不思議です。 悩むべきか悩まざるべきか・・・結局は悩んでしまっていますcoldsweats01

こんなことを考えていたら、昔聞いたことのある、アリスの「遠くで汽笛を聞きながら」という曲を思い出し、唄ってみました。 何時ものように動画にしてみました、宜しければお聴き下さい。

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2017年2月 5日 (日)

夢をあきらめないで;皆の応援歌

岡村孝子さんの代表曲の1つでもあります「夢をあきらめないで」Th_1_2 の発表から今年で30年となります(1987年発表)。

この曲を聴くと、背中を押されて頑張れるような気持ちになれます。この時期は寒い中で受験に臨んでいる方も多いと思います。 その様な彼らの応援歌にも聞こえてきます。

受験生だけでなく、今を生きている私達全てに対する応援歌なのかも知れません。

「夢」って憧れです。これがあるから私達は苦しいときに歯を食いしばって頑張れるのだと思います。あることを始める根源になります。

意識するしないに関わらず、私達は夢の実現、夢に向かい行動を起こしている気がします。

漠然とした夢があって、それを為すために具体的な方向を探って行きます。1つ1つを積み重ねて道筋、希望の光がみてきます。夢が生んだ希望は具体的に私達を動かす力となります。夢を現実の希望へと変えてチャンスを掴むのです。

Th_46_2 時には夢やぶれてしまうことをも経験します。私達の人生はその繰り返しかも知れません。夢破れて傷ついても「夢」は有り続けるのです。破れた夢は苦しさと共存しながら心の奥でひっそりと眠るのです。それでも私達は新たに夢を見続けるのです。

これから受験を向かえている皆さん、卒業、就職、進学と新しい人生を迎えている若い人達・・・いや私を含めたどの年代の人に対しても夢は人生の応援歌なのかも知れません。

自宅で岡村さんの曲を唄ってみました。私の唄はいつものようにゆったりとした唄い方になってしまっています(自宅でノンビリと歌うとテンポも次第に遅くなってしまいますcoldsweats01)・・・動画にしました、よろしければ聴いて下さいheart04

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