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日記・コラム・つぶやき

2024年1月17日 (水)

巧言令色、鮮いかな仁

今週は第3水曜日のために私のFM放送はありませんので、医療ネタもありません。

昨日ふと「巧言令色、鮮いかな仁(こうげんれいしょくすくないかなじん)」と言う孔子の有名な言葉を思い出しました。

辞書によれば「言葉巧みに、愛嬌を振りまいて、人の心を得ようとする人は、仁徳(仁愛の徳)の心が少ない」と出ています。中国語の鮮い(すくない)は日本語の少ないではなくて、めったにないとの意味だそうです。

「巧言令色」という自体は本来は人間関係を築く上で大事なことのように思えます。しかし言葉を自分の利益や試験のため、あるいは相手を攻撃する目的として生活や勉強に利用している人にとって、言葉は人を論破するため、高得点を取る手段となっている側面があると考えてしまうのです。

メディアが発達したせいでしょうか、討論や司会をさせたら、言葉巧みに上手な方々が、以前と比べて多くなっていると感じます。 しかし、少し疑問点を言及すると突然黙り込んだり、論点をすり替えたりします。今後AIの利用が進むと更に顕著になると想像します。言葉が軽くならないか心配です。

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言葉が自身の経験や人間関係の中から発生したのではなくて、ただ単に知識として蓄えているだけからなのかも知れません。 言葉に応用ということが正しいのか分かりませんが、話に応用が利かない、地に足が立っていないので力強さや感銘を受けないのです。 その場かぎりで笑えて・楽しかったと思えても、明日には忘れてしまっているのです。

仁を伴った言葉が、人を本当に癒し・勇気づけてくれすのです。仁を伴う言葉を知っている方は相手の言葉に対しても真摯な態度で答えてくれるのだろうと思えます。(知ったかぶりですが、自分が出来ていないのでそうなりたいと思い書いています、御了承下さい)

2024年1月 2日 (火)

2024年明けましておめでとうございます。

2024年明けましておめでとうございます。

年末に病棟も落ち着いた状況でしたので、1番影響が少ない12月31日から1月1日に台北に旅行に出かけました。那覇から台北への空路もコロナ以前に戻りつつあります。12月31日の朝の便で台北に飛び、元日の夕方に戻る行程ですが、那覇からは福岡より短い距離に台北はあるのです。行きが80分程度で帰路が60分となっています。海外に出かける時は関空や東京を利用するので那覇の私は不便ですが、台湾に行くには逆にとても便利です。

これまで4回ほど年始年末に1泊2日で台北・台中・台南へと出かけました。台湾の正月は今でも旧暦で行いますので、12月31日も普通日と変わりません。1月1日は台湾の建国記念日で官公庁や学校などはお休みですが、観光地やお土産品店なども普通に空いていて便利です(台湾の旧正月をあえて見たい場合は別ですが、間違っても旧暦の正月には行かなで下さね。全部閉まっています)。

台北に大晦日に出かけるのは台北101という高層ビルでの2024年0時からのカウントダウン花火の大イベントに参加するためなのです。短い滞在期間ですが、初日が2万4千歩、元旦は2万歩も歩く充実旅となりました。新たな気持ちで2024年を迎えました。

花火も綺麗に撮れましたので、早速元旦にアップしようかと考えていたのですが、桃園国際空港で帰国準備に入っていた時に、能登半島の大地震のニュースが飛び込んできました。

現時点でも大変な被害に遭われたりお亡くなりになった方もいらっしゃいますので、カウントダウンの花火の模様は来週以降にアップしたいと考えています。どうか被害が少しでも少なくなって欲しいと願っています。

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旅行記は後日時間を見つけて記載したいと考えています。
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今年もどうぞ宜しくお願い致します。地震が早く終息し、復興が速く進むことをお祈り致します。そして世界各地で起こっている紛争が少なくなって欲しいと願う1年にしたいと思います。希望の持てる2024年になりますように・・❤️‍🩹

〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜

2日間お休みを頂きましたので、1月2日午前から病院へ出かけました。大晦日、元旦共に落ちいついていたようでホッとしました。病院のホームページも私が造っいるために、病院の写真を撮ってアップしてきました。

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公私どもどもよろしくお願い申し上げます。

2023年12月16日 (土)

今年も子ども達から素敵なクリスマスプレゼントが届きました

今年も子ども達から素敵なクリスマスプレゼントが先ほど届きました。本当に嬉しい冬の便りです💝
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アトリエトトロは童画家でエッセイリストのたなかかおるさんが主催する子供から若者達のアトリエ教室です(鳥取県)。教室の様子はこちらからご覧頂けます→「かおるのスケッチブック」
 

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ブログを介してアトリエトトロと交流を持つことが出来ました。数年前からわざわざ遠い沖縄県の私達の病院にも子ども達の作品のプレゼントを届けてくれるようになりました。本当に感謝です🙇🙏
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私がブログでトトロの教室を覗くと、そこには子ども達の伸び伸びとした楽しい情景を目にすることが出来ます。それだけで何故かホッとする幸せを感じます。今の世の中は決して子ども達にとって住みやすい環境ではないことも気になっています。大人が大人でないために子ども達が子供らしく遊べない世の中になっている気がしていたのです。 しかしトトロの教室では子ども達が自主的に色々なことを行っています。 子ども達は見守って困った時に手助けするだけで才能を発揮出来ると思っています。 
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私は子ども達からこれ程多くの貴重な作品を頂いています。感謝しかありません。 それと同時に子ども達がまだ見たこともないおもろまち先生(私はそう呼ばれているようです)や、外来や入院している患者さんのことを想像して自分達でやれることを作品にして届けてくれる・・・そのことが実は子ども達がこれから豊かに成長できる下地を作っているのだと想像しているのです。
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かおる先生、そしてアトリエトトロの子ども達へ、本当にありがとうございました。人のために尽くせることをこれからも大事にして過ごして下さいね。サンタさんはあなた方の心の中でずっと伴走してくれるはずです。作品を送って頂き心より感謝致します💝

2023年12月 1日 (金)

リュウキュウキジバトが巣立ちました❤️

小さな庭の一本だけ大きなイッペイの木が我が家にはあります。その木にはこれまでメジロが何度か巣作りをした、巣立つのを観察したことがあります(→2015年のメジロの巣立ち、→2018年のメジロの巣立ち。今年の春に大きくなりすぎたイッペイの木を途中で切り落としました(これまでに30年近くで2回目となりました)。そのために今年の梅雨ごろに巣を作るメジロの営巣は諦めていました。

そのイッペイの木も切った断端から枝を伸ばして成長してきました。これまでも時々リュウキュウキジバトがこの木に止まっているのは見かけました。


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最近、このハトを見かける機会が増えているなと感じてはいたのですが・・・なんとイッペイの切り取った断端の部分に小枝が無造作に置かれたような箇所が見えていました。これから巣を作ろうとする鳥でもいるかと思っていたのですが・・・後から調べて分かったのですが、リュウキュウキジバトはこのようなまばらに開いたような巣で営巣するのだそうです(メジロの巣の細やかさとは全く違う大雑把です😆)。

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キジバトは15日で卵から孵り、15日で巣立つそうです。と言うことは1ヶ月前から巣を作ったことになるのです。上の写真は実は小鳩がいることが分かって初めて2階の方から見た時の巣となっています。もう巣立った残りの巣です。まだ産毛が残っていました。
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なぜ巣立ったのを知ったかというと、上のやつ(笑)のせいです。いつもの通り夜に帰ってきて庭の木に水をやろうとホースに手を伸ばそうとしたら、そのホースに身動きしないコヤツがいたのです。外灯をつけたとはいえ薄暗いから動かないのでしょうが、確実に捕まえることができる距離にいたのです・・・不意を突かれた私も一瞬びっくり😲・・・そっと後ろに戻り今日の水やりは中止です😊 
翌朝(今週の日曜日)にはもう居ないだろうと思っていたら上の写真のように2m近くによっても飛び出そうとせずに私に激写されておりました。 私が更に近づくとヨタヨタと歩いて少し移動する程度でお互いに観察し合っている状況となっていました。おいお前「野生なら(野生ですけど😆)殺されているよ」と思わず話しかけてしまいました。
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もうもう1羽は少し飛べるようで、高い木の上に身を隠していました。
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親鳥が戻るとすかさず駆け寄り、くちばしから餌をねだっていました。結構大きいのですがまだ子供のようです。写真を撮ろうとした気付かされしまいましたが、私の方が後方に下がったのでしばらく親子3羽でくつろいでいました。土・日・月まで近くでこの1羽を観察できたのですが、もしかして病気で飛べないのではないかと心配していました。水曜日からは屋上の木の上で見かけました。少しホッとしました。毎度のことで営巣する鳥がいると住民(私達)は息を殺して生活しないといけないので、嬉しい反面大変なのです😀 
メジロにしろ今回のキジバトにしろ都会の真ん中の住宅地によくも巣を作るものだと不思議に思いました。それだけ彼らの生息地域が狭まっているのかも知れません。
まあ子供の頃より野生の動物が大好きな私にとっては勝手に営巣してくれるのは大歓迎です。元気でまたおいでね😉

2023年11月15日 (水)

過去から学び、未来を考えて、今を生きよう

(今日はFM放送がなく、医療ネタもありません。悪しからず🙇)

いつも考えていることに、私達、人間は時間と共に生きているのだという思いです。 過去、現在、未来に対してこの時間軸を持って生きているのが人間だと思うのです。殆どの動物が本能から現在(あるいは過去から学習したこと)しか共有出来ないことに対し、人間は自分の過去(自身の記憶、あるいは伝統として受け継いだり、書物の記録を元に)を振り返り、今の生き方を考え、未来を想像するのことが出来るのです。

この素晴らしい能力を持った人間として、今をよりよく生きるために、過去を学んで、未来を想像したいものです。

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(写真がなかったので、上記のハスの花を載せています。20年以上前から我が家にあったハスですが、一度も花を咲かせることなく経過していました。私はこれが花を咲かせることさえ想像していませんでした。9月の初旬にニョキニョキと水面から花柄が伸びて白い花を咲かせました。夜に咲いて昼には閉じてしまう花でした。調べてみるとヨザキスイレンだそうです。花が咲いたお陰で名前が判った次第です。よくぞ我が家に20年以上いてくれたと感謝した一枚となりました)

2023年2月23日 (木)

穏やかな春の1日

今日は1日中晴れた天気でとても気持ちの良い公休日でした。仕事上もこの2〜3週間は夜もスタンバイの日が続いていましたので、何もない貴重な日となりました。こんな日は外で日光浴でもすればいいのですが、帰宅後はなぜか韓流ドラマのOSTを1日中流しながらダラダラとスイス旅行の時の写真を眺めながら過ごしているのです。

コーヒーの豆を挽いて、ゆっくりとドリップで淹れてゆきます 。コーヒーの匂いが部屋に満ちてきます。旨〜い💖

我が家で春を告げる「いっぺい」の花も満開となりました。折角なので久しぶりに庭の写真を撮りました。

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青空に黄色の花が映えます🤗
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いつもは朝早く出かけて暗くなってから帰る生活ですが、花々は季節を感じて咲いてくれています。
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こんな穏やかな日は花達も嬉しそうです💖 
明日でウクライナ侵攻から1年となります。1日も早く愚かな戦争が終わることを祈りたいと思います。

2022年12月21日 (水)

今年もアトリエトトロの子ども達から素敵なクリスマスプレゼントが届きました

今年もアトリエトトロの子ども達から素敵なクリスマスプレゼントが届きました。本当に嬉しい便りです。
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アトリエトトロは童画家のたなかかおるさんが主催する鳥取市にある絵の教室です。小さな子ども達から高校生らが活動しています。 日本では次第に周りの子ども達と一緒に遊んだり、ましてや年齢の異なる子ども達どおしで助け合いながら遊ぶ姿を見かけなくなりました。 この教室のブログを覗くと、子ども達が本当に生き生きと輝いています。本来の子ども達の「キラキラする瞳」が見えてくるようです。私も見ているだけで嬉しくなります。どうぞ素敵なブログですので、皆様方も覗いてみて下さい→「かおるのスケッチブック」
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病院の外来のスペースは限られていますので、総合受付の後方に作品を並べてみました。広々とした場所が欲しいのですが、申し訳ないです。 患者さんが立ち止まって作品をみています。 中には私の方に「遠い所から送ってくれているのですね」「かわいいこと」などと声をかける患者さんもいらっしゃいます。 皆きっと暖かい気持ちになれたと思います。
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アトリエトトロの子供達へ:心のこもったプレゼントをありがとう💖  クリスマスは温かい心で過ごして欲しいです。 これまではクリスマスプレゼントはもらう方が嬉しかったはずです。 他の人のために一生懸命作品を作ってくれた君たちは、他の人に幸せを与える喜びを少しずつ知ることができたはずです。 この優しい想いは将来の自分自身へのプレゼントだと知って欲しいのです。 未来の希望の君たちへ本当にありがとう。おもろまち先生より感謝を込めて。

2022年11月 3日 (木)

第7回世界のウチナーンチュ大会に感激

私の住む沖縄県は小さい島ゆえに、世界中に移民として多くの先人たちが移り住んだ歴史があります。最初の移民は明治32年(1899年)に27名がハワイに移住したことが始りのようです。廃藩置県後の混乱や貧しい故に海外への単純労働力として渡ったり、あるいは国の政策として海外を目指して行ったようです。 第二次世界大戦までの間に総数72134名が海外に渡ったとのことです(県の資料より)。移住先はハワイ、北米、中米、南米あるいは東南アジアなどだったようです。広大な土地が与えられる条件で出掛けたらそこはアマゾンのジャングルの中だったこともあったようで、病気や飢えで亡くなったりと劣悪な環境の中での生活が待っていたこともあったようです。貧しくて大変な中でウチナーンチュとして皆が助け合って苦難を乗り越えた歴史がありました。
第二次世界大戦時には沖縄は唯一の地上戦の戦場となり、全てが焼き払われ、県民の4人に1人が犠牲になります。その後米軍による土地の強制的収容で生きる場所も奪われてしまいます(普天間飛行場などもその一部です)。生活する土地を失い、米軍の支配下で希望を失った方々は海外を目指すきっかけになります。 当時の琉球政府(米国の支配下ですが)の移民政策だけでなく、先に移住したウチナーンチュ達が同胞を呼び寄せたことも多く、その数は約18000名になったとのことでした。
現在、北米・南米をはじめ世界には約42万人の県系人がいるとされているそうです。すごい人数です。
終戦後、焦土と化した沖縄に対して、海外の移民先から多量の食料や衣服、生活支援物資が送られて沖縄県民を支えてくてたのです。
実際私の家族もとてもお世話になったことを祖母や両親から聞かされて育ちました。父の叔父や従兄弟達がハワイや、ブラジルなどにいます。父は招集された旧満州で終戦を迎えます。 その後何年か経って沖縄戦で父や兄弟が亡くなった故郷に戻ってきます。何も無くなった郷里で戦後をあゆみ出します。その後母と出会い結婚となるのです。ボロの服しかない時代に、ハワイの従姉妹たちから沢山の物資が届けられたそうです。その中に沖縄では貴重な背広やズボンも入っていたそうです。そのお陰で結婚式はスーツ姿で行うことができたとのことでした。その話は何度も何度も母から聞かされました。 また私の叔母(母の妹)はハワイ2世の叔父と沖縄で出会い結婚してハワイに住んでいました(昨年その叔母も他界しました)。
私にとっても大切な同胞達なのです。しかし私はこれまでこのようなことを考えすに自分が生きるのに必死で周りを振り返ることもしませんでした。足元を見るよりも何年に一回かの休みは海外旅行に費やしていたのです。
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1899年から始まった海外移民などで沖縄にルーツをもつ海外の沖縄県系人が一堂に集う場所を創りたいとのことで1990年に初めて「第1回世界のウチナーンチュ(沖縄人)大会」が催されました。その後5年に1回行われていましたが、昨年はコロナの影響で延期となり、6年ぶりの第7回目となりました。今年はまだコロナの影響が残っているためにオンラインイベンを多くして海外からの参加者も少なくなったようでした。
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今回2022年10月30日(日)に初めて国際通りで行われるパレードを見学をしました。久々に病院にも行かずに準備万端で出掛けました。 国際通りは終戦後、県下でいち早く復興を遂げたこと、通りの長さがほぼ1マイルであることから、別名「奇跡の1マイル」とも呼ばれる沖縄観光の中心地となっています。 その東側よりパレードが出発するようです。私も今か今かと待ちながら待っていました。

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出発の挨拶なども済ませていよいよパレードがスタートです。かりゆしウェアをつけたのが玉城沖縄県知事で、白シャツに左手を出している方がラーム・エマニュエル駐日米国大使となります。

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パレードの先頭で来たのはハワイの代表団です。今回はコロナ禍で縮小したとはいえ、約800人が来沖するとのことです。横断幕の「Aloh」の部分を持っている方はハワイ州のデイビッド・イゲ(日本名:伊芸豊(いげ・ゆたか)知事です。彼も沖縄移民3世です。

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国際通りを歩きながら、フラを踊ったりウクレレなどを弾きながらの行進です。 私も久々に大声を出して「おかえりなさい」とか「アロハ」などで答えました。一人一人を見ながら感激して涙が出そうになります。

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米国本土はそれぞれの州が横断幕を掲げながらそれぞれの独自色を出しての行進をしていました。全米各地にも沢山の沖縄ルーツの人々が居たんだと改めて思う瞬間でした。
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グアムからの参加者も多く居ます。私の知り合いもグアムにいますが、今回は来沖していないようです。
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サッカーファンだけでなくこの色を見るとアルゼンチンだとわかります。今回も多くの方が参加しています。現在アルゼンチンの日系移民の8割は沖縄県系が占めていて、アルゼンチンの社会の発展にも寄与しています。
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インドネシアからの参加者は民族衣装を纏って、ところどころで立ち止まってバリの民族音楽を披露していました。今回の為にきっと練習を重ねてきたのでしょうね。見応えありました。

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インドネシアよりさらに南のオーストラリアからの参加者です。時差はほとんどないと思いますが、季節は逆ですが沖縄だと気温差はあまりないのかも知れません。
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カナダからの参加者です。最初の移民一世の方にとっては寒さは大変だったのかもしれません。おかえりなさいです。
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韓国からの参加者も沢山いらっしゃいました。韓国とは那覇からの直行便も再開されているはずですので、台湾同様に身近な国からの参加となっています。近くても文化などの違いもあり、移住者は苦労されたかも知れません。私などは最近では韓流ドラマのお陰でさらに近い存在となっています😅
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キューバにも約100年前に移民として沖縄から渡り、多くの方が農家として生計を立てていたそうです。その4世が今回ルーツを探しに沖縄の親族と出会ったと大手新聞にも記事が載っていました。
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遠いアフリカのザンビアからも参加がありました。この写真の後ろのカメラマンが囲っている方に「高良初子」さんがいらっしゃいます。彼女のことをテレビ放送で知りましたので貼り付けておきます(→波瀾万丈な人生:高良初子
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シンガポールからの参加者もいらっしゃいました。お帰りなさいです💓
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微笑みの国タイからの参加者ですね。民族衣装も素敵です。
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ビール大国ドイツからの参加者です。ドイツの沖縄県人会は29名ほどいるそうです。ドイツ沖縄県人会の会長の外間さんの記事が載っていました(→ドイツ沖縄県人会
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フィリピンからの参加者です。戦前国策もありフィリピン(ダバオなど)の移住した方も多かったそうですが、終戦を期に帰った来た方が殆どで、その後は軍属や一般人として沖縄で勤務していた男性と結婚して海を渡った方が多かったと聞きました。
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パレード出発の前から盛り上がっているブラジル代表団です。黄色いカナリア軍団はサッカーのブラジル代表でも有名でしょうか。

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ブラジルの参加者が近づくにつれ、ブラジルのカーニバルで聞かれるような軽やかなサンバのリズムが鳴り響いてきました。このリズムがいいです👍 私もつい踊りたくなってしまうリズミカルな音楽です。華やかな衣装をして踊っている女性達もいて本場のカーニバルを見にゆくたくなります。
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欧州のフランスからの参加者です。私は旅行で何度か行ったフランスですのでお世話になりましたと「おかえり、ありがとう」と声をかけました。フランスの記事がありました(→フランスにも三線を
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ニューカレドニアからの参加者もいました。南太平洋の島ですが、森村桂さんの作品のためなんとなくニューカレドニアは日本では「天国に一番近い島」で有名かも知れません。この島には1982年からニッケルの採掘のために多くの日本人6800人(うち沖縄からは900人)が働いたそうです。戦後は日本人は強制送還され、現地人の母親と日本人との混血児は残されたそうです。戦後苦労された中で「沖縄ニューカレドニア友好協会」が設立されて交流ができたと記事に書いてありました。
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ペルーも移民した方々が多い国です。その大会にも多くの方が参加してくれていました。私の写真には載っていないのですが、ところどころで立ち止まって、ペルーダンス(ラティドス)を披露してくれていました。アンデス調の踊りもありました。
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ボリビアも沖縄の移民が多い国で、沖縄よりも昔の沖縄の文化が残っている側面もあります。既にボリビアに移り住んでいた沖縄移民者が中心になって第二次大戦後の荒廃した沖縄からの移民を引き受けるブロジェクトを立ち上げます。連合国軍や琉球政府の後押しもあり戦後多くの沖縄からの移民が出た歴史を持っています。ジャングルの中を開拓して次第に大きな街へと発展させてゆきます。ボリビアではオキナワ移住地(コロニア・オキナワ)が行政区とし認められており、オキナワの名前を持つ国外で唯一の居住区となっています。
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コロニア・オキナワを中心に里帰りした方々でしょうか。立ち止まっては沿道の方も巻き込んで踊りの輪ができていました。その方々からも地球の裏側から来ましたと挨拶があいました。ちょうど日本の裏側の地域ですね。遠くから来てくれてありがとう!
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香港からも可愛らしい参加者が・・コロナ後は那覇空港から直行便がなくなってしまいましたが、早く再開して欲しいです。
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県外の沖縄県人会など多くの方が参加してくれています。ハワイの東西センターの参加もありました。1961年から沖縄が本土に復帰するまでの11年間に留学生、学者、研究者、各分野の職員400名あまりがハワイで学んだ歴史があり、今でも交流が続いています。今度はJICA(国際協力機構)沖縄では海外からの学生が学んでいます。彼らも参加してくれていました。
まだまだ紹介できませんが、私にとっても素晴らしい経験でした。

1人1人が自身や家族の歴史を背負ってここにいるのだと思うと「人間は本当に素晴らしい」と思えるのです。素敵な感動をありがとう💖

2022年9月28日 (水)

私達の選択(考えることの大切さ)

今日のFM放送は国民の1番多く訴える症状の「腰痛症」について話をしました。専門外の腰痛ですが、国民に感心も高いと考えて、放送のテーマとしてもこれまで何度か喋ってきました。このブログにも腰痛症に関して10編ほど書いたと思います。今回新たなネタはありませんので、以前のブログの中から一部をリンクしたいと思います(今回は色々なことがあり書く時間が取れませんでしたので、ご容赦下さい)。

①→慢性腰痛症の85%は原因がつかめず     ②→腰痛症と神経ブロック   ③→魔女の一撃(ギックリ腰)

 

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今回3年ぶりに海外に出かけて来ました。第2次世界大戦という悲劇の中から、人類は少しでも愚かな争いを防ぐために、多様性や様々な違いをお互いに認め合って安定した社会を築こうとして努力してきたと思います。私が海外旅行に初めて出かけたのは20代の頃でかれこれ40年近く前になります。当時は日本も世界も次第に活気に溢れ、希望に満ちた世界だった気がしました。そして世界は今よりよりよくなると確信していた時代でもありました。 しかし世界は協調よりも分断の時代に進もうとしています。

政治が混迷して、何が焦点で何を優先的に行なおうとしているのかPhotoまったく先が読めない状況となっています。 

先日までは違うことを言っていたのに、今日はあたかもそれが正論だったように話を上手くごまかしているように見えてしまう(反省も自己矛盾も語らないまま・・)。 勇ましい言葉を並べると、いかにも力強いリーダーなのだと思わせる。

どんなにカッコ良いことを言っていても、行動が伴っていなければ、その人の中身・品位はいずれ見抜かれてしまいます。 

人間の感性は本質を見極めようとするのです。 

ただ、その感性が一時的に麻痺し、短絡的な言葉に熱狂してしまうと残るのは対決しかなくなり、人間の残忍さだけが前面に表れて人々や社会を追い詰めてしまうかも知れません。

ロダンの「考える人」を見る時、筋骨隆々とした若者が棍棒を持つのではなく、体を捻って、悩み・考え抜いて、もがいているように感じてしまいます。

30歳の頃にパリのロダン美術館でこの像を見た時は、脚の先まで緊張してこわばった姿勢、どの視点からも、一点の気のゆるみもない姿だったことが印象に残っています。体を捻り、右の肘をあえて左の大腿部の置く、この窮屈な姿が悩みを語っているのかも知れません。

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考えるって大変な作業だなと・・・(なんと単純な私の考え😅)。 嫌なことがあったとしても、そこから(歴史から)学ばなければまた同じ過ちを犯してしまうのだろうかと考えた9月でした。

まあこの姿勢(ロダンの考える人)で考えると腰痛になりそうで、皆様方は楽な姿勢で考えて下さいね。

2022年8月12日 (金)

旧盆の3日目(ウークイ):お月様

沖縄県ではお盆は旧盆の日程で行われます。そのため毎年日付が変わることになります。2022年は8月10〜12日となっています。病院は例年通り最後のウークイの日は休診日となっています。この辺りもローカルルールでしょうか? 

本土のお盆のように8月13〜15日とは決まっていないので、毎年チェックが必要となります。沖縄の行事の中でも大イベントなのですが、私個人は高校卒業後は社会的には世捨て人のような生活ですので、実家にも正月とお盆しか出かけないのです😅

特に今年は実家に戻り線香を供えたら直ぐに戻りました。いつもなら食事を取って帰るのですが、今年はこれさえ出来ません。

今週は生け花クラブの活動がなくお花がありませんので、昨日夜に撮った満月の写真をアップしたいと思います。

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カメラのホワイトバランスを動かして写してみました。皆様方はどの色合いがお好きですか?
月から観たらウイルスごときで右往左往している人間社会はどのようにみえるのでしょうか。地球自体も熱くなってきたとみえるのでしょうか・・・きっと御先祖さんも私達を心配してくれているのかも知れませんね。

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