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日記・コラム・つぶやき

2017年5月 7日 (日)

飛行機内の無礼な態度

先日、東京の出張の帰りに、プレミアムクラスで帰りました(このような時には当然、職場持ちではなくて自腹での支払いとなります)。

Th_ このクラスは、食事もつきますので至れり尽くせりです。2−3−2の並びで席も広々としています。優先搭乗もあり、早めに機内に乗り込みました。客室乗務員さんから御丁寧な挨拶も受けて嬉しいと感じながら、窓際の席に着きました。

しばらくすると、隣の席の方が大きな荷物を抱えながら、凄い勢いで荷物を棚に入れて、座席に着きました。 その方にも客室乗務員さんは笑みを浮かべて挨拶。「何か新聞でもお持ちしましょうか?」との答えに「○○新聞、持ってこい」と・・・・その後も「水を持ってこい」「ビールくれ}などの礼儀のない言葉が続くのです。 最初は無視していたのですが・・いったいこの方は何か勘違いしているのではないかと考えてしまうのです。 お金を払っているからいいと言う訳ではないと思うのです。 何を威張りたいのでしょう? 自分は偉いと勘違いしているのでしょうか?    

小さな弁当箱の食事がこのクラスでは出されます。 Th__2 私の夕食でもあり、ボリュームは少ないのですが美味しく頂けました。まあその時でもお隣の方、左手で雑誌を読みながら、行儀悪く食事を取っているのです。

時々世の中には勘違いさんを見かけることがあります。礼節がない態度しか取れない方は見苦しいです。 威張っても誰もそんな方が偉いなんて思っていません。こんなことを知らないなんである意味不幸な方でもいらっしゃるわけです。

知崇礼卑(ちすうれいひ)という言葉を思い出しました。相手がどの人であっても接する態度は自分自身の表れでしかありません。他者に対する態度は自分に跳ね返って来るのです。私ももう少し謙虚でありたいと願うフライトでありました。

2017年5月 4日 (木)

博士が愛した数式

今日はのんびりと映画を観ていました。10年以上前に映画化されていますので、映画や小山洋子さん原著で読まれた方かも多いと思います。

Th_6082f3393d93671ffee6b9e242735671 映画の内容や評判に関してはすでに多くの方が書かれていると思いますが、80分しか記憶が持たない天才数学者とその家政婦と家政婦の子供(博士がルート√と呼んでいます)との関わりのなかで、数式の美しさが表現されています。 (まあ、家政婦さんが次々と交換するほどの博士の状態ではないとか、家政婦さんが余りにチャーミングで、シングルマザーと一人息子関係も良好すぎるほどななど・・多少問題もありますが、こんなものどうでもよいことでした)

数学者が家政婦さんやその息子さんに説明する数式を聞きながら、こちらもその美しさにはまり込みそうになります。次々と数式や公式などが出てきます。素数、完全数、友愛数、π、√、など懐かしい数式ですが、これが美しいとは感じたことが今までなかっただけに、この映画で数学者の頭の中を少し理解できた気がしました。

映画のなかで博士が説明します。「素数とは」;素数の素は素直な素、何も加えない、本来の自分と言う意味、潔く、美しいではないか。つまり1と自分自身以外では割り切れない数字のこと。 例えば2.3.5.7.11.13.17,19.23.29・・・・この素数は夜空に光る星のように無限に存在しますと・・・

「完全数とは」;28の約数を足すと、28になるんです。完全数だ、デカルトは完全な人間が滅多にいないように、完全な数も稀だといっている。 この数千年の間に見つかった完全数の数は30個に満たないんだよ・・・<参考までに28の数字は割れる数字は、1.2.3.4.7.14となります。それを合計すると28となります。6=1+2+3となり6も完全数です、それ以上なら486となるそうです>・・・なるほど凄い数値だと思わず映画を見ながら納得するわけですcoldsweats01

「友愛数とは」;見てご覧、この素晴らしい一続きの数字の連なりを。 284の約数の和は220。220の約数の和は284・・・・友愛数だ(未だ世界で5つしか発見されていない組み合わせ)。 神の計らいを受けた、絆で結ばれた数字なんだ、美しいと思わないかい?  君(家政婦さん)の誕生日(2月20日)と、僕の手首の時計に刻まれた文字(284)が、これほどまでに見事なチェーンで繋がり合っているなんて・・・<参考までに;220の約数の和 1+2+4+5+10+11+20+22+44+55+110=284となり、284の約数の和、1+2+4+71+142=220となります>・・・そうかこんなに少ないのかなどと思いなが映画を進めていましたhappy01

Th_3b84053f54d4907b1fa25fa54ddc02cb 私達はおそらく、先天的に美しいものを感じ取ることが出来ると思います。朝日や夕日、花々、恋人、音楽などなど・・・それは生命を維持するために先天的にDNAに組み込まれたものかも知れません。これに反し「数式の美しさ」は、それを理解して初めて成り立つもので、完全に後天的な捉え方だと考えます。 

私達はこの先天的の持っているものと、後天的に獲得したものが複雑に絡み合って美しいと感じるのだと思うのです。 生涯を通して学ばなければ美しいものを見逃してしまうのかも知れません・・・実にもったいないことですcoldsweats02

この映画のなかで、もう一つ(明日が子供の日だからではありませんが)博士が子供を通して「小さいもの、弱いもの」への愛情を示します。 少子化が進む日本で、どうか「小さいもの、弱いもの」が美しく感じられる社会になって欲しいと思いながら映画を見終わりました。

2017年4月23日 (日)

AIが出てきた以上、英語教育を根本的に見直す必要は

コンピューターが凄い勢いで発達し、更にAI(人工知能)が出てきて、人間の能力をも凌駕する時代がやって来ています。

私は英語が苦手で、受験したときも苦労しましたし、現在も不得意です(医学の論文ぐらいは読めますが・・・)。 旅行に行っても聞き取れるかどうかで不安になります。 英語が出来る方を尊敬しますし、神様のようにみえてしまいます。

外国を旅行する場合、英語だけではなく、沢山の言葉を使わなければ、個人旅行は難しいと思うことがあります。 私は旅行が好きですが、英語がメインの国以外はツアーで出かけています。それでも昔は「トラベル○○会話」などという本を持って、どうにか意志を伝えようとしたものですが、今やスマホで多くの言語の訳が可能となっています。 コンピューター上での言葉の変換も急速に正確性が増して来ています。おそらくAIの発達により近い将来(10年もかからないのでは)、ほぼ許容出来る範囲内で他言語への変換は可能となるはずです。

私が以前から英語にのめり込めない理由の1つに、英語を使う環境で育てば、幼稚園や小学生でさえ私以上に、聞くことも話すことも出来ます、しかし私より知的なことを考えているかと言えば、多くは私の方が知識も経験も上のはずです。 英語を学んで小学生と同程度の会話をするための時間がもったいないと考えていたのです。 英語を使って今の生活(仕事)以上のことを学ぶのであれば、本気で語学を学ぶべきだと思うのです。

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今、AIによる言語変換の現実味が出てきているのに関わらず、日本の英語教育の方向性を修正する気配が見受けられません。 政府や文部科学省は何を血眼になって英語教育を小学校から学ばせようとしているのでしょうか? 物事を深く考えてないといけないのは、まず母国語をしっかりと学ばせて、そこからより深く、社会のこと、もっと基本的な思考体系、あるいは哲学的なことを学ぶ必要が先ではないかと考えるのです。

小学生から日本語を学ぶ時間を割いて、英語を勉強するのはもう時代錯誤だと思うのです。コンピューターがやれることはコンピューターにさせればいいのです。 外国語を学んだり、そこで暮らして生活をするのであれば、本格的に学べばいいと思います。 日本国民全員が母国語を介して思考や哲学を追求することの方が、英語圏の幼稚園生のレベルの会話が出来るよりもっと有意義ではないかと思うのです。

もうAIが出てきた以上、単なる言葉の変換はコンピューターがやる時代が直ぐそこまで来ているのです。10代、20代で学ぶのは、言葉の変換ではなくて、言語を介して世界を見ること、思考することだと考えるのです。

これは、英語が苦手な私の考えですので、英語を頑張ってやっている方や習得され方が気に障ったら申し訳ありません。今でも外国語がしゃべれる方は凄いと尊敬しています。外国語を習得することで世界が広がっているのは素晴らしいことです。

2017年3月19日 (日)

誰のために働いているのか

最近の日本の出来事において、情報が隠蔽されたり、重要な資料が破棄されたりと、本来なら守秘義務と共に重要書類の保管など基本的なことが出来ていないことに気づかされます。

Th__2 全てにおいて共通するのは何か?・・・人は皆誰かの為に働いています。更に少しずつ役職が着くとその仲間のために気を遣い働きます。今の日本の多くの問題で、自分の仕事・地位が誰のためにあるのかが見失われていることが原因のように思えてしまいます。

防衛省における日誌の隠蔽。スーダンに送り込まれた若者たちは日本の為にと危険な任務に就いています。もしもの時には彼らの命が危ぶまれることもあります。その現場から危険な戦闘行為があると報告されたら、真っ先に隊員の命を考えるのが上層部の役割です。国会議員への忖度で自分の部下を危険にさらすならもってのほかです。

今、世間を騒がしている森○学園の問題。 与党は火の粉が自身に罹ることを心配して、国会招致に応じないとしていたのが、親分がバカにされたと一転証人喚問を承諾。真相解明のためでなく、親分がバカにされたから招致などと言う・・・ヤクザの世界でもあるまいしangry。 

野党も野党で情けない。色々な問題がでる度に、与党の攻撃材料としか考えていない。いったい何が問題なのでしょうか? 国有地を破格の値段で売り払った経緯や理由、重要書類の消去などが大きな問題なのです。国有地は国民の財産であって財務局などの役所や政治家のものではありません。そこにも誰のために働いているのかの問題意識が欠如しています。

もう一つこの学園で行われている教育内容です。この様な極端な思想を持って子供達を育てたら戦前と同じです? 教育勅語がいい?・・なかには当たり前の常識的なことも書いてあります。だからいいのではなくて戦争へと繋がった役割を考えないといません。まさに木を見て森を見ずです。 なぜこの様な学園が認可されているのか・・・これも重要な問題です。

いったいこの国のお偉いさん方は誰のために働いているのでしょう。 日曜日にそのようなことを考えながら仕事場に向かっています。

2017年1月22日 (日)

トランプ大統領就任演説

いよいよ45代米国大統領トランプ氏が誕生しました。その大統領就任演説を読みました。まあ在り来たりな文章で、これまでの大統領就任演説にみられた人類に対する崇高な理念や呼びかけを垣間見ることは出来ませんでした。

偉大なアメリカって何なのでしょう?

トランプ大統領は選挙を通して、鬱積した国民の不満を利用し、国民を分断し、相手を罵倒する戦術で、大統領になった方だと考えます。 

Th_dsc07560 大統領演説を読む限り、それぞれの段落を抜き出すと問題ないのですが、全体を観ると矛盾だらけの文章です。「何を言いたいの」と思えてしまいます。

彼は選挙戦で自分の発した言葉の重さを理解していない様です。1つの企業のトップならワンマンでも成り立つこともあるでしょう。
多様な民族、宗教、思想を持っている国民を分断し罵りあうことで勝ち抜いた方が、今度は和解し一つの理想に向かって全ての米国民が希望に向かって出発しようと演説しています。分断は簡単でも和解は難しい思ってしまいます。

米国は大国ですが、経済を始めあらゆる分野で世界と繋がっています。保護主義的なことで一時的に米国が潤うことが出来るでしょう。しかし世界経済が悪化すればいずれ米国の経済に跳ね返って来ると考えるのです。

ただ厄介なのは、取り返しのつかない政策を行っても取り返しがつかない結果が出るまでに時間差があることです。米国(世界)が取り返しがつかない事態になる前に、もう一度私達の理性が負の感情を乗り越えて、理想に向かって修正して欲しいと願うのです(・・・また偉そうなことを書いてしまいました、お許し下さい)。

2017年1月 9日 (月)

二十歳の君達へ

昨日は結婚式があり、冒頭での挨拶をさせて貰いました。二人の晴れ姿を見ながら、これから歩む二人の人生を考えていました。喜びも悲しみも二人で噛みしめて歩んで欲しいです。

今日は成人の日です。昨日病院に出かけながら、あちらこちらで着飾った新成人の方々をみました。那覇市は昨日成人式を行ったようです。荒れた成人式の光景が映し出される場合もあるのですが、多くの新成人はこれまでの人生と照らし、悩みながら、これから今後の人生をどのようにしようかと考えていると思います。

おそらく、二十歳で既に多くのことを成し得た方、何一つ出来ずに宙ぶらりんの方、既に親となっている方、沢山の人生ドラマが繰り広げていることでしょう。

彼らの3倍生きて来た人間として、生まれて20年という期間は大したことはないと考えるのです。人生は常に学び続けなければなりません。色々なことを知った振りして年をとってしまっている方がいます。でも人生なんてどんなにどん欲に学ぼうとしても、理想の人間に達成するには時間が足りないのです。

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二十歳の皆さん、自分を信じて、他者を愛して、悩んで、希望を持って歩いて欲しいです。人生のゴールなんてずっと先です。自分を結論づけるのはまだまだ先です。

殻に閉じこもることなく、沢山のことをみて欲しいし、自分以外の方々から多くを学んで欲しいです。これからの人生の羅針盤なんて誰も持ち合わせていません。明日は全く予期しないことが起こるかも知れません。柔らかい心をもってどんな風が吹こうか対処できるように自分で学んで見つけるしかありません。

二十歳の君達へエールを送りますscissors

2016年12月31日 (土)

2016年も有難うございました。

いよいよ2016年の大晦日となりました。私に取っては何をやっているのか判らないような長い1年でした。年齢と共に1年の間隔が短くなるはずなのですが、今年は小さな変革が沢山あり、プレッシャーの方が多かった1年でした。 皆様方にとってはどのような1年だったのでしょうか?

日本や世界に目を向けると、楽しめることよりも不安の方が多い年だったと感じてしまいます。 6月のイギリス国民投票でのEU離脱、11月のアメリカ大統領戦でのトランプ氏の当選。 これまでの私(達)の常識では考えられないことが次々と起こってしまった気がします。 世界は理想を求めるより、自分の置かれた現状への閉塞感や不満のはけ口として変化を求めているように思えます。 
この様な変化の先に、少数派や弱者への弾圧に繋がる事態が起こるのではないかと心配でなりません。 日本でも7月に相模原障がい者施設殺傷事件の惨事が起こりました。 この世で誰も人の優劣を勝手に決めることは出来ないはずです。

Th_dsc07426 どうか人類は、国家、人種、宗教、地域、性差、社会格差を乗り越えて、互いに寛容であって欲しいと願っています。

歴史上、人間は知恵で幾多の困難を乗り越えて来ました。私達が生きる小さな時間軸の単位では悪いことも起こるのかも知れません。しかし私達の希望は私達の頭の中にあるのです。よりよい世界を求める心がある限り、来年もきっと良い年になると信じています。 

もう少しで2017年となります。今年も私の稚拙なブログを読んで下さった皆様方に感謝致します。ブログを始める前には全く想像したことのない多くの方々と交流が持てました。本当に感謝致します。願わくばまた新しい年もお付き合いして頂きたいと願っています。

来る年の皆様方のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げますheart04

2016年12月25日 (日)

クリスマスに思うこと

このクリスマスの頃には心を暖かくしたいといつも思っています。

子供の頃は貧しい中でも楽しいクリスマスを送っていました。周りの雰囲も賑やかになり、テレビやラジオで流れる音楽もワクワクするようなクリスマスソングが流れます。

高校まで沖縄を出たことがなかった私が、初めて大都会、東京の予備校に通うため上京しました。私の育った村には塾などもなく、皆と同じように公立の高校生活を楽しく送っていましたし、高校三年まで畑仕事なども手伝っていました。

東京でどんなに勉強しても全然太刀打ち出来ません。予備校生の中には沖縄から来た私を見下す方もいました。しかし、予備校では人間性や社会常識などが人の評価にはなりません。全ては成績、張り出される点数が全てなのです。

東京は沖縄の田舎と比べると何百倍も人が溢れています。それなのにとても孤独なのです。12月になると周りは更に光に溢れてきます。皆が晴れやかに通り過ぎ、笑い声が響いて来ます。 初めての寒い冬の中で私の心の中も寒々とした孤独に覆い被さるようでした。

Th_ 家族や仲間達の期待に応えなければ・・・でももうこれ以上頑張れない、助けて欲しい・・・とずっと心の中で叫んでいました・・・何度も何度もあきらめかけていました。

心が折れることを最後までとどめてくれたのは「これまでの記憶」でした。田舎で過ごした日々、おばあちゃん、両親、兄弟、友人達・・・沢山の思い出、記憶が私を支えてくれました。

東京の大都会の孤独ほど辛いものはありませんでした。しかし最後に気づいたのは「1人じゃない」ことでした。 私は生きている。 生きているのは沢山の人々の関わりがあったからなのです。

12月は周りが輝き、人々が忙しく動いているほど、孤独を感じる方もいらっしゃるかも知れません。 どうか「1人じゃない」ことを忘れないで欲しいと願っています。

多くの皆様の心に暖かい風が吹くことをお祈りしていますheart04

2016年12月 4日 (日)

議論しない国、異を認めない国

国民が選んだ選挙の結果で予想はついていたのですが、いまや余りに巨大与党となりすぎて、議論しない、議論を深めない、異を認めない国が出来上がってしまったようです。

丁重な議論や説明が国会では重要と思うのですが、国民に取っても生活に直結する話題についても審議が深まらないまま、国民が分からないまま、制度が次々と変更になってしまっています。

Th_ TTP、年金にしてもカジノにしても、マイナス面を丁重に検討して、少しでもプラス方向に動くようにするのが大事だと思うのですが・・・余りにも拙速で、国民は置いてけぼりのような気になります。

まるで金に目が眩んだ亡者のようです。政治家は余程、利権に目が眩んでいるのでしょうか? 人の豊かさは金だけではないと思うのです。 ギャンブルで稼いでも心が荒む人も多いのです。 ラスベガスのような不夜城が健全なのでしょうか? 少なくとも議論をして欲しいのです。

もっと大切なことがあると思うのですが・・・制御不能な原発も推進・・・私は「自分だけよければ本当にいいの」と思ってしまう師走を迎えています・・・次の世代に負の遺産は渡したくありません。

2016年11月16日 (水)

ある朝の光景

毎日のように,おおよそ同じ時間帯で仕事場に出かけます。病院も移転して10年を迎え、10年間同じ景色を眺めながら通勤しています。車の流れも毎回同じ感じで信号待ちの列が出来ます。

Th_584733 その時に幼稚園生ぐらいの男の子と祖母らしい中年の女性がいつもスクールバス(?)を待っています。少し障がいをお持ちの子供さんかも知れません。祖母に手を引かれたり、抱っこされたりしながら道のそばで待っています。やがてその子も小学生になり、今では学生服を着けて中学・高校生の年齢になって来たのでしょう。祖母より随分と大きくなってきています。

もう抱っこしたり、祖母に寄り添うことはないのですが、いつも二人でバスを待っています。昨日もそのお二人を見かけました。 ただいつもより二人の距離が離れていて、祖母が階段に腰を下ろして、泣いていたのです。 喧嘩したのでしょうか、何か辛いことがあったのでしょうか?

私の心も乱れて、つい私も悲しくなってしまいます。 この二人には私が計り知れない多くのことがあった事なのでしょう。 きっと辛いことも楽しいことも私以上に感じながら過ごされていることでしょう。 向こうは私の存在さえ知らないのでしょうが、もしお二人に会えたら、子供さん大きくなりましたね、いつも楽しみに見ていますよと声をかけてあげたいのです。 

本朝、いつもの二人に戻っていました。朝の優しい風景を私に与えてくれた二人に「ありがとって」ささやいていますheart04

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