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日記・コラム・つぶやき

2020年3月11日 (水)

東日本大震災から9年

あの未曾有の東日本大災害から9年目を迎えました。あの日いつものように朝出勤。東北地方で大地震が起きた緊急速報を聞いて初めて巨大地震があったことを知りました。そして暫くしてテレビを観ると、大津波が東北地方を襲うニュースが流れました。現実のように受け止めることが出来ませんでした。本当に多くの尊い命が失われました。地震や津波で先ほどまで普通に暮らしていた家や身近な人が消えてしまいました。その喪失感はいかばかりだったのでしょうか。この経験やその後の生活を思うと申し訳ない気でいます。9年経っても未だに避難をされている方々が4万7千人もおられるそうです。

地震は防げようもありません。しかし未だ故郷に帰れない方も多くいらっしゃいます。風評被害で農業も漁業も壊滅的な被害をもたらしました。それは福島第一原子力発電所の事故です。これは私達が作り出した事故だったと思うのです。 

この原子力発電で作った電力は東京を支えていたのです。沖縄もそうですが、大きな人口を支えるために、人口の少ない場所に、自分達では受け入れたくない施設が集中する現実があります。

原発事故は単なる災害ではなく、その復旧に何十年何百年かかるか知れない途方もない時間と費用、復興さえ出来ない場所を作り出したのです。東京オリンピック招致の時に「原発の状況はコントロールされている」と訴えた方がいました。未だに核燃料を取り出すどころか汚染水の問題も解決できていません。 東京オリンピックが決定した時に私自身も嬉しく思えました。 そのオリンピックを復興オリンピックにすると言っていました。 しかし発展するのは東京です。 そのスピードと比べたら東北の被災地の復興はまだまだです。 この差は何だろうかと考えるのです。 物も人も集中する東京、地震発生後は液状化の心配もあり沿岸部は避けられてはずですのに、次々に新しい高層マンションが建ち並ぶ東京。 

東京だろうが、福島だろうが沖縄だろうが、住んでいる人々は真面目にコツコツと日々の生活を送っていると考えます。ただ1部の人達により色々な格差がこの日本で広がっている気がして危惧しています。

先週、双葉町の1部が避難区域から解除されたニュースがありました。とても嬉しいことです。JR常磐線の双葉駅周辺を中心に東京オリンピックの聖火リレーが走ることが決まったとのことです。 嬉しい反面私には引っかかった点もありました。 聖火リレーを通すために1部の解除を進め、復興したかのように見せかける演出ではないかと。本当の復興とは違う力が働いているのではないかと感じるのです。 本当に「東京オリンピック=復興オリンピック」なのでしょうか?

この様な内容を書くことへのためらいもあります。しかし今なお復興とは遠い存在である場所の方々、ふるさとに帰れない方々のことを思うと、まだまだ言い続けなければならない忘れてはいけないと思うのです。

数年前に童謡の「ふるさと」をブログにも書いたことがありました(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-8db5.html )。その時のyou-tube動画を貼り付けておきます。美しいふるさとの風景が蘇って欲しいです。

 

2020年2月 2日 (日)

映画『杉原千畝 スギハラチウネ』を観て思うこと

昨夜、杉原千畝の映画を観た。2015年作品の『杉原千畝 スギハラチウネ』と言う映画です。

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その映画の中でこれまで私が疑問に思っていたことがいくつか解決した気がします。 今日はそのことを少し記載したいと思います。

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杉原千畝のいわゆる「命のビザ」については以前から知っていました。そのこともあり、2016年にバルト三国+ポーランド旅行の際にはリトアニアのカウナスにある旧日本領事館(現:杉原千畝記念館)を訪ねました→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/56-e6bc.html。丁度、私が訪ねた時に、記念館内に「この映画のポスターや関係者も訪ねた写真」が貼ってありました(一番上の写真)。

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その記念館では彼の仕事ぶりや、短時間の千畝氏の紹介動画も上映されていました。彼が実際に描いたビザや助けられた多くのユダヤ人からの感謝の手紙も展示されていました。杉原千畝氏が命のビザを発給した机も当時のまま保存展示されていました。私もその机に腰掛ける事も出来ました。彼はどのような思いで決断したのでしょうか・・・

今回この映画を観ることで、私がずっと疑問に思っていることも解決出来ました。私の疑問の1つは「運良くシベリア鉄道でウラジオストックに行けたとしたも、どのような手段で船に乗って日本に上陸できたか?」でした。日本の外務省の意に反して杉原氏がリトアニアにてビザを発行しても、ビザを貰ったユダヤ人達がウラジオストクに到着する頃には日本の外務省も詳細を把握していたはずです。 外務省は彼らが日本に入る時に「ドイツと同盟を結んでいる日本政府は彼らの受け入れを拒絶するのではないか」と考えていました。 この映画の中で杉浦千畝の「ハルピン学園」の後輩だったウラジオストック総領事代理の根井三郎氏の存在が大きいことを知りました

この二人やユダヤ人の関わりをみると、「人は偶然にも何処かで繫がって理解出来る存在なのだと」改めて思えたのです。

根井は杉原のことを理解していました。根井は外務省のお役所仕事を逆手にとって「一度日本の政府のリトアニア領事館で発給したビザを携え、ここまでやって来た人々を追い返すのは、日本の外務省の権威に反する」と権威に弱いお役所に訴えて、彼らが日本に渡るように手配したのです。 命を賭けて逃げて来たユダヤ人の必死の訴えと、杉原、根井という博愛精神を持った外交官がいた偶然が重なって生き延びることが出来たのだと知りました。

もう1つこの映画の中で杉原千畝を動かす原動力なる、ハルピン学園の「自治三訣(さんけつ)」の言葉が何度も出てきました。これは杉原、根井の両氏が通ったハルピン学園の初代校長の後藤新平の言葉で「人のお世話にならぬよう 人のお世話をするよう そして、報いを求めぬよう」という精神でした。今で言う校訓みたいなものでしょう。ここで若い頃に学んだ杉原、根井の両外交官の思想の根底がこの校訓にあったのではないかと想像しました。

日本人の中に流れる武士道精神や、様々な世界の宗教おいても、我々人類の心の中には脈々と「正しい行いを善とみなすこと」が受け継がれているのだと考えるのです。人間の歴史は殺戮の繰り返しだったのかも知れませんが、その都度「善」がその修復を行ってきた気がするのです。

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彼らのお陰でナチスからの迫害を逃れて日本通過ビザで命を救われたユダヤ人は6000人を超えると言われています。私は2016年の旅行で「アウシュビッツ収容所」「ビルケナス収容所」も訪問しました→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/65-5983.html。もしも彼らのビザがなければ、この6000人の中には私が訪ねたアウシュビッツ収容所の毒室で虐殺された方がいたかも知れません。そのことを思うと本当に杉原千畝氏が書いたビザは「命のビザ」と思えるのです。

私は杉原千畝さんや昨年亡くなられた中村哲さんや緒方貞子さんのことを同じ日本人として誇りに思っています。しかし同時に私は彼らにはなれないと自覚しています。もしも当時のドイツで私が生まれていたら、時代に流されてユダヤ人を虐殺する側になっていたのだろうとその旅行は教えてくれたのです。

夜中から観た映画『杉原千畝 スギハラチウネ』を見終え、布団の中で色々な思いが交差しました。もしご覧になっていなければ観てみたら如何でしょう。今の自分が不自由で満足出来ないとしても、自分の運命、自分の命を自分自身で決めることができるのは本当に幸せなのだと言うこことを再認識させられた映画でした。

2020年1月 1日 (水)

2020年明けましておめでとうございます

2020年明けましたおめでとうございます。令和初のお正月を希望を持ってお迎えのことと存じ上げます。

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毎年正月には「夢」について色々と考えています。

当院にも高校生やリハビリ、看護学校、保健学部などの実習で多くの学生達が訪れます。私も時間があれば彼ら・彼女らと話をするようにしています。その時にいつも「夢」の話をしています。その中でロケット工学者のロバート・ゴタードが述べた言葉を引用して説明しています。ロバート博士は「昨日の夢は、今日の希望であり、明日は現実である」と述べています。

私達が何かをなそうとした時に、その目標に向かって進む必要があります。その1番最初の原動力は「夢」だと思うのです。漠然とした「夢を描く」ことから全てはスタートするのかも知れません。 夢見ていたことを、今度はより具体的に考えて行く中で「希望の光」が見えて来ます。 この希望を実現するために私達は努力し行動を起こすことになります。 そしてそれを掴む日が来るのです。ですので希望に燃える学生達に「夢を持ち続ける」大切さを伝えるようにしています。

そのために私達大人は若い人達にとって、夢のある社会や環境をつくり出す努めがあると考えるのです。

今の世界を見渡すと、世界のリーダーの多くが「大人ではない」と言えます。 大人とは包容力を持って「子供達、次の世代が夢や希望を描ける社会を作り出す」方々のことです。 自己欲の塊だったり、選挙に勝つことしか考えず、嘘を平気でつく方々は大人ではありません。 この幼稚な大人になりきれない政治家を許しているのも私達の罪なのです。

新しい令和の始まりが未来に向けて希望のあるスタート地点になって欲しいと念願し、祈っています。

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皆様方に取りましても、新しい令和の時代が希望に満ちて豊かな社会になって欲しいとお祈りいたします。


Th_2_20191230153201旧年中はお世話になりました。今年もどうぞ宜しくお願い致します。 令和2年(2020年)元旦。

2019年12月22日 (日)

今年も素敵なクリスマスプレゼントが届きました

このブログで交流のある、鳥取県のアトリエトトロさんから、沢山の絵画のクリスマスプレゼントを頂きました。

心のこもった力作揃いです。人と人との繋がりは不思議な気がします。近くにいても心が通わない方もいれば、遠くにいて顔もみたこともない方に親近感を覚えることも多いのです。

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今では色々なコミュニティ手段が発達し、すぐに相手への音信も探れますし、地球の裏側にもプレゼントを贈れる便利な時代になりました。 だからこそ、今回の様な子供達(トトロ先生も)が自分の手で時間をかけて作ったプレゼントはかけがえのない素敵なプレゼントなのです。 本当にありがとうございます✨️💖

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この様な素敵なプレゼントを頂き、早速病院に総合案内の近くに飾らせて頂きました。私達職員だけでなく、通院している患者さんやご家族が熱心にご覧になっていました。改めてトトロ先生、そして子供達に「本当にありがとう✨️」を送りたいと思います。

 

クリスチャンでもない私でも子供の頃にクリスマスの時期に沢山の思い出を貰えました。トトロさんからプレゼントを貰い昔を思い返しています。 その思いでは今でも貴重なものです

(以前このことはこのブログにも書きました→①http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-ea4a.html  ②http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-889d.html  ③http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-6387.html  ④http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-ed6d.html

2019年11月 9日 (土)

元気を貰えました!

筆無精で、書くことも話すことも苦手な私がブログを書き始めて一番良かった思うことは全国の多くの方と交流が出来たことです。私達沖縄県民にとって琉球文化や芸術が世界遺産の首里城には凝縮され、誇りに感じていました。それが一瞬で灰になった光景は大戦で戦火に焼かれた沖縄を思い出させ落胆する方も多かったのです。

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そのことを気にかけてくれた多くの方(本土や海外に住んでいる方)から励ましのメールが届き、勇気づけられました。本当にありがとうございます。そして昨日、このブログを通して知り合った、鳥取県のアトリエトトロさんからメッセージ付きの絵が送られてきました。絵とメーセージが本当に優しくて人を想う気持ちに溢れていると感じました。トトロ先生をはじめアトリエの子供達に本当に感謝致します。 このアトリエトトロのブログはこちらからご覧になれます(http://atelier-totoro.tea-nifty.com/blog/2019/11/post-506c0c.html )。子供達の生き生きした姿がみることが出来ますよ!


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トトロ先生からの温かいメッセージです💕💕


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子供達の間ではわたくしは「おもろまち先生」のようです😃
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元気が出る可愛いシーサーです✨✨


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迫力があり素敵な首里城です。もう一度必ずこの姿を見てみたいです⤴⤴🆗
私宛に送ってくれたのですが、私だけではもったいないので沖縄県民の励ましにもなりますので早速外来に置かせて貰えました。 

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外来の待ち時間や会計を済ませた折に、この絵をご覧になっていましたよ。アトリエトトロ先生に子供達本当にありがとうございました。

それ以外にも多くの方々からメッセージやコメントを頂きました。本当に感謝致します。

2019年6月23日 (日)

慰霊の日に平和を願う。

今日6月23日は74年目の「慰霊の日」です。沖縄県では太平洋戦争末期の沖縄で組織的戦闘が終了した日を「慰霊の日」と定めています。

沖縄では悲惨な地上戦が行われ、非戦闘員が多数巻きこまれて犠牲となりました(以前のブログにも記載しましたhttp://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-e44a.html )。

1945年(昭和20年)の4月1日に連合軍は沖縄本島中部に上陸後、日本軍・米軍の兵士だけでなく4人に1人の沖縄県民が命を失う泥沼の組織的な戦闘が6月23日まで続きました。6月23日に牛島司令官が自決し組織的戦闘は終わりますが、その後も7月2日までは連合軍は掃討作戦を続け、最終的な沖縄守備軍の降伏調印式は9月7日を待たなければなりませんでした。

命を失ったのは県民に4人に1人ですが、多くの方がその後身体的・精神的障害を持って生きなければなりませんでした。これまで平和だった島、自分が生活していた場所で長い間沢山の血が流されるのを目の当たりにした県民です。両親・親戚を失った孤児もその後を生きないといけなくなりました。

私にとってはお祖父さん、県立中学生だった二人の叔父さんが犠牲となった戦争でした。おばあちゃん子だった私は何かにつけ「戦争だけはやっては駄目、大切な全てが失われる」と諭されました。おばあちゃんにとってはまだ中学・高校生だった息子がこの梅雨の雨の中を、日本軍の為に、砲弾が降り注ぐ中を壕から壕への通信(食糧や弾薬を運ぶ役目として1番危険な任務)のために強制的に走らされたのです。本土上陸を少しでも先延ばしをするための時間稼ぎに、多くの子供達が爆弾の雨の中で命を落としたのが沖縄戦です。

・・・いつもこの慰霊の日に、叔父さん達のことを思い返します。梅雨の雨の中、泥まみれになりながら、壕から壕へ走らされた10代半ばの子供にとって恐怖はいかばかりだったかと想像します。私は怖くて仕方がありません。

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毎年、この日に読み返す「ユネスコ憲章」があります。

戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。
ここに終わりを告げた恐るべき大戦争(第二次世界大戦)は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人種の不平等という教養を広めることによって可能にされた戦争であった。
文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、 かつ、すべての国民が相互の援助及び相互の関心の精神を持って、果たさなければならない神聖な義務である。
政府の政治的及び経済的取り決めのみに基づく平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって、平和が失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かれなければならない。
これらの理由によって、この憲章の当事国は、すべての人に教育の十分で平和な機会が与えられ、客観的真理が拘束を受けずに研究され、かつ、思想と知識が自由に交換されるべきことを信じて、その国民の間における伝達の方法を用いることに一致し及び決意している。

・・第二次世界大戦後、世界は平和の道を模索して来ました。しかし次第に戦争の記憶が失われる中で、ユネスコ憲章に書いてあることとは逆行することが世界的に広がりつつあります。

今日は令和初の慰霊の日です。どうかこれから令和の時代も平和であって欲しいと祈るのです。

 

2019年6月19日 (水)

真面目に働いて税金も納めたのに老後の不安:幸せな国になれない日本

金融庁の諮問機関が提示した、老後2000万円問題。自分の年金の額も知らない大臣が都合が悪い(?)報告を受理しない。 あまりにも身勝手で、大問題です。 都合の良いことも悪いこともフェアに明るみにして議論をする中で、よりベストな制度になるように努力するのが政治の義務だと考えるのです。 恣意的なことや忖度がはびこると、疑心暗鬼しか芽生えて来ません。 不安は不安を助長するのです。 日本人は一生懸命働いて税金もちゃんと納めてきたのに「働けなくなった老後も不安を抱えて生活をしないといけない」・・・日本って悲しい国だと思う。 

毎年、国連がその国の「所得」「健康と寿命」「社会支援」「自由」「信頼」「寛容」などを要素を基準に「世界幸福度ランキング」を発表しています。

2018年の報告では 第1:フィンランド、第2位:ノルウェー、第3位:デンマーク、第4位:アイスランド、第5位:スイス、第6位:オランダ、第7位:カナダ、第8位;ニュージーランド、第9位:スウェーデン・・・・・第15位;ドイツ・・・第18位アメリカ合衆国・・・第26位:台湾・・・・

・・・・(オイオイまだ日本は出てこないの)

・・・・第46位:タイ・・・・(タイより後、おかしいんじゃない)

・・・・第50位:リトアニア・・・(世界第3位の経済大国日本が50以内にも入らない?、国連の統計が間違っているんじゃないの)・・・・

・・やっとこさ第54位で日本・・・・エッ!! 日本54位・・・・いやいやこれは国連の策略で日本はもっと上だはず)・・・

上記のような声が日本人から聞こえてきそうです・・・これが現実であることを日本人は認めないといけないと思うのです。ある種の偏った方からは日本を貶めて何になるのという声が上がるのかも知れません。 私はもっと豊かになって欲しいと思い書いているのです。 だって多くの日本人がタイトルに書いたように「真面目に働いて税金も納めたのに老後に不安」って思っているのです。そんな不安を抱えながら幸せって難しいと思うのです。

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私が若い頃(30年前)にデンマーク・フィンランド・ノルウェー・スウェーデンを旅行したことがありました。そのノルウェーのオスロで退職したご夫婦がヨットに乗ってこれから1〜2ヶ月間南ヨーロッパまでの船旅に出かける所でした。 二人は退職金の殆どをつぎ込んでヨットを買ったそうです。日本では考えられないことです。 長年真面目に働いたのだから、退職後は国がみてくれるので、「全財産をヨットにつぎ込んでも不安がない」とのことでした・・・税金が高くても、老後の心配がないのは本当に豊かに生活が出来るんだと感心し、日本もそうなって欲しいと願ったのでした。しかし逆にこの30年で更に日本の幸福度は落ちてしまいました。

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前述の一般常識のない大臣が、何年か前に「日本の老人はタンス貯金だけ貯めて、使わないから日本の経済が回らない」と嘆いていました。 それは逆なのです。老後の不安がなければ「タンス貯金も入りませんし、もっと自分の楽しみのためにお金を使うことが出来るのです」

税金が少ないことが幸せではなくて、生活に不安がないのが幸せであることを、日本人も幸福度ランキングの上位の常連国から学ばないといけないと思うのです。 

今この様な問題が明るみになったのは、決して悪くないと考えます。与野党を問わず全国民で考え直すチャンスだと思います。憲法を変えるより、国民が豊かになれる制度設計の方が優先事項だと思うのです。

しっかりとした制度設計があれば、ムンクの絵のように「老後の不安」を叫ぶ必要もないと考えるのです😱

2019年5月 3日 (金)

ゴールデンウイークの花々

今日は憲法記念日でお休みですね。10連休の方も多いと思いますが、4月30日、5月1日、5月2日は通常通り病院も開けていましたし、手術もありました。流石にドックは殆どいませんでしたし、外来も通常の7割程度でした。今日は私も1日だけ病院に行かずに自宅で過ごしています。荒れ放題にしている庭を朝から片付けたら手や足、腰がすでに痛くなり、明日以降が心配です😹

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今年の沖縄は例年になく、暖冬で、冬になって葉を落として、春先に一斉に黄色の花を咲かるイッペイの木にも異変が。何と今年は葉を落とさず、花の時期を逸したようなのです。 ところが1ヶ月程前に気温が急に28度程度上がった後、少し下がった時期がありました。その僅かな気温差を感じ取ったのでしょうか? 木の先端に例年の1/3程度の黄色い花が一気に咲きました。我が家では3月頃に春を告げる黄色の花がゴールデンウイーク中に咲くことに。 今年は咲くことはないと思いましたが、今年も観れてホッとしています。

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四季の変化が少ない沖縄でも春先には様々の花が咲いてきます。私はずぼらで手入れもしていないのですがちゃんと咲いてくれる花々には感謝です😅
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15年程前に知人から欄のような観葉植物を頂いて、これもほったらかしにしていたのですが、急に蕾が出てきて、花を咲かせたのです。15年も我が家にありながら、花は咲かないものだと思っていましたので、ビックリやら嬉しいやらです。
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多年草で水やりと時々肥料をやるだけですが、ちゃんと花を咲かせてくれ有難いです。
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中には自分で勝手に増えて花を咲かせてくれるのもあるので、主人としては嬉しいかぎりです。
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小さな花を咲かせた後小さな実をつけている植物もあり、可愛らしかったのでポシャりと写真に収めました。これは完全に雑草だと思いますが、ちょっと愛らしいです。
ゴールデンウイークも後半となりました。 皆様方はゆっくりなさることが出来たのでしょうか? お仕事の方も休みの方も有意義なゴールデンウイークをお過ごし下さいね💖

2019年5月 1日 (水)

令和の時代も安寧を祈る

平成が終わり、令和の時代となりました。戦後生まれながらも、沖縄という特殊な地域で生まれ育ったお陰で、平和や平等がいかに大切なのかを肌で感じて育った気がします。 

平成元年に東西ベルリンの壁が崩されると冷戦が終結して一気に世界は平和に向かうと考えていました。しかしその後、地域内での紛争や民族間、宗教間での対立、排他主義が次第に増悪して来ていると感じます。 平成の始まりのバブル絶頂期から、いきなり不況の時代になり、学生の就職活動も個人の優劣以上に大きな力が働き、優秀で努力をしてきた人材でも正職員になれない若者も出ました。 夢を自分の力で掴めないもどかしい時代でもありました。

大きな地震や台風などの被害で、尊い命が奪われ、生活が破壊されることも多かった平成でした。大震災で何もかもが海に流された様に人々も時代に流されて行ったのだと感じたのです。では平成は嫌な時代だったのでしょうか?

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小さな我慢が出来なくなり、次第に憎悪を増すことで戦争へと繋がります。 戦争ほど愚かな行為はありません。フランクリンは「良い戦争、悪い平和などあったためしがない」と述べています。 そんなこと判りきっていると誰でもが思うのかも知れません。

人間は本来なら歴史から学ばなければいけないと考えるのですが、つい自己欲が出てしまい、自分に都合の悪いことは排除しようとしてしまいます。 悲惨な戦争を体験すると勝者も敗者も二度と戦争はしたくないと考えるのです。 第二次大戦後、世界中で平和の大切さを実感し国際的にも強調して取り組んできたはずです。 しかし残念なことに歴史よりも、人間は自分の実体験で物事を判断してしまう生き物のようです。 

私達にとって本当に大切なものは当たり前の様に存在しています。空気も水もそうでしょう。命も永遠と勘違いしてしまいます。 平和もなくした時にその大切さに気づくのでは遅いのです。

どうか令和の時代もずっと平和な日本であり続けて欲しいと願います。今日5月1日、新しい時代に皆の幸せを祈りたいのです💖

 

2019年4月17日 (水)

パリ・ノートルダム大聖堂の火災

今週はFM放送がないため、健康ネタはありません。日本でも大きく報じられたパリのノートルダム大聖堂の炎上に絡めて、旅行記ではなくて思いで話として書いてみます。

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20代、30代は1年に1回海外旅行に行っていたのですが、大学病院から離れて30代後半から50代半ばまでは、年に1回の海外旅行も出来ないほど忙しくなり、本当に365日年中無休で働いていました。50代後半から思い切って海外旅行を復活させることにしました。病院の再建、移転と忙しく働いた仲間からも「行ってらっしゃい」と背中を押されて、ここ5年はヨーロッパに行っています(皆に感謝です)。

私がフランスに行ったのは1990年代ですので、随分と経ってしまいました。フランス各地を回るとフランスが農業国で各地方の文化度が高く、豊かな国だと言うことを実感しました。そしてその旅の最後が花の都パリの2日間でした。エッフェル塔からの夜景や運河からノートルダム大聖堂やオルセー美術館などを見学し、華やかなムーランジュールのショーも見学しました。本当に夢にような若い頃の旅行でした。

Th__9 昨日、悪夢のようなノートルダム大聖堂の炎上のニュースをみました。本当はもう一度ゆっくりと観る計画を頭の中では考えていたのです。 気になっていたノートルダム大聖堂が炎上する光景を観ながら、パリ市民が涙を流し賛美歌を歌っている動画には思わず涙が溢れそうになりました。 私自身は全くの無宗教家ですし、キリスト教のことも知りません。 だだ世界の美しい景色や街並み、教会や美術館をみるのも好きなせいで、ヨーロッパを旅行するとキリスト教の文化には触れることがあり、学ぶことも多くありました。

パリのノートルダム大聖堂はゴシック様式の始まりであり最高傑作にも挙げられる教会です。宗教革命やナポレオンの時代、2回の世界大戦も生き延びた教会で、パリ市民にはなくてはならない存在、そして永遠に有り続けると信じていた教会だったと思います。その火災を目の当たりする喪失感は如何ばかりかと想像します。

久々に20数年前のアルバム(当時はデジタルではありませんでした)を取り出してみました。懐かしい景色ですが、もう無くなってしまった部分も多くあるのでしょう。 その写真の横に小さな文字で私が書いた解説がありました。 「ノートルダム大聖堂は十字架の形」だそうです。

折角ですので、記憶の整理に書いてみたいと思います。

ヨーロッパを旅すると聖母マリア信仰が根強いことを感じます。キリスト教文化ですので、キリストが一番でしょうが、マリア様の方が人気が高いかも知れないと思うことがあります。 一度そのようなことを現地で聞いたことがありました。キリストの教えは絶対的なもので、戒律なども厳しいそうです。それに対してマリアさんは慈愛の象徴で、何もかも受け入れて許してくれるそのような母親像のために、マリアさんは人気があるのではと・・・なるほどと納得した思いでがあります(きっと諸説あるのでしょうが・・・)

この「ノートルダム」と言う名の教会は世界各地にあります。 炎上したのはパリのノートルダム大聖堂とわざわざ「パリ」のと付いているのです。 ノートルダム(Notre-Dame)とはフランス語で「我らの貴婦人」という意味で、聖母マリアをさす言葉です(フランス語を知らなくてもマダム(Madame)は聞いたことがあると思います。語源は「私の (ma)婦人  (dame)」から来ていて、英語のミセスやミスに相当するそうです。Notre-DameのDameもこれと一緒です)
。 そのため世界各地にノートルダムと名を記した教会(聖堂、大聖堂)があります。(以前、教会の呼び方について書いてますので、一緒に読んで頂ければ嬉しいです→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/88-4e57.html

ノートルダム教会の基本的な形は上空からみると「十字架の形」をしています。教会の上部にはマリア御堂があり、中央の交差部分にイエスの十字架がおいています。ゴシック様式は空高く造られ、内部の空間の広々とし、ステンドグラスなどの光が美しいのが特徴です。そのために壁の外部にはそれを支える支柱が沢山建ち並ぶ構造となっているのです。

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上の写真は20数年前に運河クルーズから眺めたシテ島にあるノートルダム大聖堂の威風堂々した姿です。私がノートルダム大聖堂を観てから随分と経ちましたので、もう細かなことは覚えていません。

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若かりし頃は時間も永遠にあると思い、旅行に行っても写真も余り撮りませんでした。今思うとノートルダム大聖堂の写真を沢山撮っておけば良かった思います。マクロン大統領もすぐに再建する話をしていますし、既に沢山の寄付を出すという方も多いようです。 ただ残念ながら昔の資材は消失したのも多いかも知れません。 再建され形は同じでも同一ないのですね。 

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私が観た昔の内部の彫刻や美術品はどうなったのでしょうか? キリスト教徒でなくてもこの教会は永遠だと思えていたのですが・・・・・

永遠というのは実際にはないのでしょう。永遠はなくても継承は出来ると思います。同じ作り手や材料ではなくても、人類の財産はその歴史の継承と共に次の世代にもみて欲しいですね。

焼灼されてしまいそうな貴重な美術品や重要な遺産をフランスの消防士の懸命な努力で救われたものも多いと聞いていいます。フランスだけでなく全世界の遺産ですものね。お怪我をなされた消防士もいたと報道されています。御回復をお祈り致します。

 

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