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日記・コラム・つぶやき

2019年6月23日 (日)

慰霊の日に平和を願う。

今日6月23日は74年目の「慰霊の日」です。沖縄県では太平洋戦争末期の沖縄で組織的戦闘が終了した日を「慰霊の日」と定めています。

沖縄では悲惨な地上戦が行われ、非戦闘員が多数巻きこまれて犠牲となりました(以前のブログにも記載しましたhttp://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-e44a.html )。

1945年(昭和20年)の4月1日に連合軍は沖縄本島中部に上陸後、日本軍・米軍の兵士だけでなく4人に1人の沖縄県民が命を失う泥沼の組織的な戦闘が6月23日まで続きました。6月23日に牛島司令官が自決し組織的戦闘は終わりますが、その後も7月2日までは連合軍は掃討作戦を続け、最終的な沖縄守備軍の降伏調印式は9月7日を待たなければなりませんでした。

命を失ったのは県民に4人に1人ですが、多くの方がその後身体的・精神的障害を持って生きなければなりませんでした。これまで平和だった島、自分が生活していた場所で長い間沢山の血が流されるのを目の当たりにした県民です。両親・親戚を失った孤児もその後を生きないといけなくなりました。

私にとってはお祖父さん、県立中学生だった二人の叔父さんが犠牲となった戦争でした。おばあちゃん子だった私は何かにつけ「戦争だけはやっては駄目、大切な全てが失われる」と諭されました。おばあちゃんにとってはまだ中学・高校生だった息子がこの梅雨の雨の中を、日本軍の為に、砲弾が降り注ぐ中を壕から壕への通信(食糧や弾薬を運ぶ役目として1番危険な任務)のために強制的に走らされたのです。本土上陸を少しでも先延ばしをするための時間稼ぎに、多くの子供達が爆弾の雨の中で命を落としたのが沖縄戦です。

・・・いつもこの慰霊の日に、叔父さん達のことを思い返します。梅雨の雨の中、泥まみれになりながら、壕から壕へ走らされた10代半ばの子供にとって恐怖はいかばかりだったかと想像します。私は怖くて仕方がありません。

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毎年、この日に読み返す「ユネスコ憲章」があります。

戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。
ここに終わりを告げた恐るべき大戦争(第二次世界大戦)は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人種の不平等という教養を広めることによって可能にされた戦争であった。
文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、 かつ、すべての国民が相互の援助及び相互の関心の精神を持って、果たさなければならない神聖な義務である。
政府の政治的及び経済的取り決めのみに基づく平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって、平和が失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かれなければならない。
これらの理由によって、この憲章の当事国は、すべての人に教育の十分で平和な機会が与えられ、客観的真理が拘束を受けずに研究され、かつ、思想と知識が自由に交換されるべきことを信じて、その国民の間における伝達の方法を用いることに一致し及び決意している。

・・第二次世界大戦後、世界は平和の道を模索して来ました。しかし次第に戦争の記憶が失われる中で、ユネスコ憲章に書いてあることとは逆行することが世界的に広がりつつあります。

今日は令和初の慰霊の日です。どうかこれから令和の時代も平和であって欲しいと祈るのです。

 

2019年6月19日 (水)

真面目に働いて税金も納めたのに老後の不安:幸せな国になれない日本

金融庁の諮問機関が提示した、老後2000万円問題。自分の年金の額も知らない大臣が都合が悪い(?)報告を受理しない。 あまりにも身勝手で、大問題です。 都合の良いことも悪いこともフェアに明るみにして議論をする中で、よりベストな制度になるように努力するのが政治の義務だと考えるのです。 恣意的なことや忖度がはびこると、疑心暗鬼しか芽生えて来ません。 不安は不安を助長するのです。 日本人は一生懸命働いて税金もちゃんと納めてきたのに「働けなくなった老後も不安を抱えて生活をしないといけない」・・・日本って悲しい国だと思う。 

毎年、国連がその国の「所得」「健康と寿命」「社会支援」「自由」「信頼」「寛容」などを要素を基準に「世界幸福度ランキング」を発表しています。

2018年の報告では 第1:フィンランド、第2位:ノルウェー、第3位:デンマーク、第4位:アイスランド、第5位:スイス、第6位:オランダ、第7位:カナダ、第8位;ニュージーランド、第9位:スウェーデン・・・・・第15位;ドイツ・・・第18位アメリカ合衆国・・・第26位:台湾・・・・

・・・・(オイオイまだ日本は出てこないの)

・・・・第46位:タイ・・・・(タイより後、おかしいんじゃない)

・・・・第50位:リトアニア・・・(世界第3位の経済大国日本が50以内にも入らない?、国連の統計が間違っているんじゃないの)・・・・

・・やっとこさ第54位で日本・・・・エッ!! 日本54位・・・・いやいやこれは国連の策略で日本はもっと上だはず)・・・

上記のような声が日本人から聞こえてきそうです・・・これが現実であることを日本人は認めないといけないと思うのです。ある種の偏った方からは日本を貶めて何になるのという声が上がるのかも知れません。 私はもっと豊かになって欲しいと思い書いているのです。 だって多くの日本人がタイトルに書いたように「真面目に働いて税金も納めたのに老後に不安」って思っているのです。そんな不安を抱えながら幸せって難しいと思うのです。

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私が若い頃(30年前)にデンマーク・フィンランド・ノルウェー・スウェーデンを旅行したことがありました。そのノルウェーのオスロで退職したご夫婦がヨットに乗ってこれから1〜2ヶ月間南ヨーロッパまでの船旅に出かける所でした。 二人は退職金の殆どをつぎ込んでヨットを買ったそうです。日本では考えられないことです。 長年真面目に働いたのだから、退職後は国がみてくれるので、「全財産をヨットにつぎ込んでも不安がない」とのことでした・・・税金が高くても、老後の心配がないのは本当に豊かに生活が出来るんだと感心し、日本もそうなって欲しいと願ったのでした。しかし逆にこの30年で更に日本の幸福度は落ちてしまいました。

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前述の一般常識のない大臣が、何年か前に「日本の老人はタンス貯金だけ貯めて、使わないから日本の経済が回らない」と嘆いていました。 それは逆なのです。老後の不安がなければ「タンス貯金も入りませんし、もっと自分の楽しみのためにお金を使うことが出来るのです」

税金が少ないことが幸せではなくて、生活に不安がないのが幸せであることを、日本人も幸福度ランキングの上位の常連国から学ばないといけないと思うのです。 

今この様な問題が明るみになったのは、決して悪くないと考えます。与野党を問わず全国民で考え直すチャンスだと思います。憲法を変えるより、国民が豊かになれる制度設計の方が優先事項だと思うのです。

しっかりとした制度設計があれば、ムンクの絵のように「老後の不安」を叫ぶ必要もないと考えるのです😱

2019年5月 3日 (金)

ゴールデンウイークの花々

今日は憲法記念日でお休みですね。10連休の方も多いと思いますが、4月30日、5月1日、5月2日は通常通り病院も開けていましたし、手術もありました。流石にドックは殆どいませんでしたし、外来も通常の7割程度でした。今日は私も1日だけ病院に行かずに自宅で過ごしています。荒れ放題にしている庭を朝から片付けたら手や足、腰がすでに痛くなり、明日以降が心配です😹

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今年の沖縄は例年になく、暖冬で、冬になって葉を落として、春先に一斉に黄色の花を咲かるイッペイの木にも異変が。何と今年は葉を落とさず、花の時期を逸したようなのです。 ところが1ヶ月程前に気温が急に28度程度上がった後、少し下がった時期がありました。その僅かな気温差を感じ取ったのでしょうか? 木の先端に例年の1/3程度の黄色い花が一気に咲きました。我が家では3月頃に春を告げる黄色の花がゴールデンウイーク中に咲くことに。 今年は咲くことはないと思いましたが、今年も観れてホッとしています。

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四季の変化が少ない沖縄でも春先には様々の花が咲いてきます。私はずぼらで手入れもしていないのですがちゃんと咲いてくれる花々には感謝です😅
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15年程前に知人から欄のような観葉植物を頂いて、これもほったらかしにしていたのですが、急に蕾が出てきて、花を咲かせたのです。15年も我が家にありながら、花は咲かないものだと思っていましたので、ビックリやら嬉しいやらです。
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多年草で水やりと時々肥料をやるだけですが、ちゃんと花を咲かせてくれ有難いです。
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中には自分で勝手に増えて花を咲かせてくれるのもあるので、主人としては嬉しいかぎりです。
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小さな花を咲かせた後小さな実をつけている植物もあり、可愛らしかったのでポシャりと写真に収めました。これは完全に雑草だと思いますが、ちょっと愛らしいです。
ゴールデンウイークも後半となりました。 皆様方はゆっくりなさることが出来たのでしょうか? お仕事の方も休みの方も有意義なゴールデンウイークをお過ごし下さいね💖

2019年5月 1日 (水)

令和の時代も安寧を祈る

平成が終わり、令和の時代となりました。戦後生まれながらも、沖縄という特殊な地域で生まれ育ったお陰で、平和や平等がいかに大切なのかを肌で感じて育った気がします。 

平成元年に東西ベルリンの壁が崩されると冷戦が終結して一気に世界は平和に向かうと考えていました。しかしその後、地域内での紛争や民族間、宗教間での対立、排他主義が次第に増悪して来ていると感じます。 平成の始まりのバブル絶頂期から、いきなり不況の時代になり、学生の就職活動も個人の優劣以上に大きな力が働き、優秀で努力をしてきた人材でも正職員になれない若者も出ました。 夢を自分の力で掴めないもどかしい時代でもありました。

大きな地震や台風などの被害で、尊い命が奪われ、生活が破壊されることも多かった平成でした。大震災で何もかもが海に流された様に人々も時代に流されて行ったのだと感じたのです。では平成は嫌な時代だったのでしょうか?

Th__13  そうではありません。「平成」は戦争のない尊い時代だったと思うのです。 地震や災害は残念ながら防ぐことは出来ないのですが、戦争は人が起こす行為です。 

小さな我慢が出来なくなり、次第に憎悪を増すことで戦争へと繋がります。 戦争ほど愚かな行為はありません。フランクリンは「良い戦争、悪い平和などあったためしがない」と述べています。 そんなこと判りきっていると誰でもが思うのかも知れません。

人間は本来なら歴史から学ばなければいけないと考えるのですが、つい自己欲が出てしまい、自分に都合の悪いことは排除しようとしてしまいます。 悲惨な戦争を体験すると勝者も敗者も二度と戦争はしたくないと考えるのです。 第二次大戦後、世界中で平和の大切さを実感し国際的にも強調して取り組んできたはずです。 しかし残念なことに歴史よりも、人間は自分の実体験で物事を判断してしまう生き物のようです。 

私達にとって本当に大切なものは当たり前の様に存在しています。空気も水もそうでしょう。命も永遠と勘違いしてしまいます。 平和もなくした時にその大切さに気づくのでは遅いのです。

どうか令和の時代もずっと平和な日本であり続けて欲しいと願います。今日5月1日、新しい時代に皆の幸せを祈りたいのです💖

 

2019年4月17日 (水)

パリ・ノートルダム大聖堂の火災

今週はFM放送がないため、健康ネタはありません。日本でも大きく報じられたパリのノートルダム大聖堂の炎上に絡めて、旅行記ではなくて思いで話として書いてみます。

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20代、30代は1年に1回海外旅行に行っていたのですが、大学病院から離れて30代後半から50代半ばまでは、年に1回の海外旅行も出来ないほど忙しくなり、本当に365日年中無休で働いていました。50代後半から思い切って海外旅行を復活させることにしました。病院の再建、移転と忙しく働いた仲間からも「行ってらっしゃい」と背中を押されて、ここ5年はヨーロッパに行っています(皆に感謝です)。

私がフランスに行ったのは1990年代ですので、随分と経ってしまいました。フランス各地を回るとフランスが農業国で各地方の文化度が高く、豊かな国だと言うことを実感しました。そしてその旅の最後が花の都パリの2日間でした。エッフェル塔からの夜景や運河からノートルダム大聖堂やオルセー美術館などを見学し、華やかなムーランジュールのショーも見学しました。本当に夢にような若い頃の旅行でした。

Th__9 昨日、悪夢のようなノートルダム大聖堂の炎上のニュースをみました。本当はもう一度ゆっくりと観る計画を頭の中では考えていたのです。 気になっていたノートルダム大聖堂が炎上する光景を観ながら、パリ市民が涙を流し賛美歌を歌っている動画には思わず涙が溢れそうになりました。 私自身は全くの無宗教家ですし、キリスト教のことも知りません。 だだ世界の美しい景色や街並み、教会や美術館をみるのも好きなせいで、ヨーロッパを旅行するとキリスト教の文化には触れることがあり、学ぶことも多くありました。

パリのノートルダム大聖堂はゴシック様式の始まりであり最高傑作にも挙げられる教会です。宗教革命やナポレオンの時代、2回の世界大戦も生き延びた教会で、パリ市民にはなくてはならない存在、そして永遠に有り続けると信じていた教会だったと思います。その火災を目の当たりする喪失感は如何ばかりかと想像します。

久々に20数年前のアルバム(当時はデジタルではありませんでした)を取り出してみました。懐かしい景色ですが、もう無くなってしまった部分も多くあるのでしょう。 その写真の横に小さな文字で私が書いた解説がありました。 「ノートルダム大聖堂は十字架の形」だそうです。

折角ですので、記憶の整理に書いてみたいと思います。

ヨーロッパを旅すると聖母マリア信仰が根強いことを感じます。キリスト教文化ですので、キリストが一番でしょうが、マリア様の方が人気が高いかも知れないと思うことがあります。 一度そのようなことを現地で聞いたことがありました。キリストの教えは絶対的なもので、戒律なども厳しいそうです。それに対してマリアさんは慈愛の象徴で、何もかも受け入れて許してくれるそのような母親像のために、マリアさんは人気があるのではと・・・なるほどと納得した思いでがあります(きっと諸説あるのでしょうが・・・)

この「ノートルダム」と言う名の教会は世界各地にあります。 炎上したのはパリのノートルダム大聖堂とわざわざ「パリ」のと付いているのです。 ノートルダム(Notre-Dame)とはフランス語で「我らの貴婦人」という意味で、聖母マリアをさす言葉です(フランス語を知らなくてもマダム(Madame)は聞いたことがあると思います。語源は「私の (ma)婦人  (dame)」から来ていて、英語のミセスやミスに相当するそうです。Notre-DameのDameもこれと一緒です)
。 そのため世界各地にノートルダムと名を記した教会(聖堂、大聖堂)があります。(以前、教会の呼び方について書いてますので、一緒に読んで頂ければ嬉しいです→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/88-4e57.html

ノートルダム教会の基本的な形は上空からみると「十字架の形」をしています。教会の上部にはマリア御堂があり、中央の交差部分にイエスの十字架がおいています。ゴシック様式は空高く造られ、内部の空間の広々とし、ステンドグラスなどの光が美しいのが特徴です。そのために壁の外部にはそれを支える支柱が沢山建ち並ぶ構造となっているのです。

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上の写真は20数年前に運河クルーズから眺めたシテ島にあるノートルダム大聖堂の威風堂々した姿です。私がノートルダム大聖堂を観てから随分と経ちましたので、もう細かなことは覚えていません。

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若かりし頃は時間も永遠にあると思い、旅行に行っても写真も余り撮りませんでした。今思うとノートルダム大聖堂の写真を沢山撮っておけば良かった思います。マクロン大統領もすぐに再建する話をしていますし、既に沢山の寄付を出すという方も多いようです。 ただ残念ながら昔の資材は消失したのも多いかも知れません。 再建され形は同じでも同一ないのですね。 

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私が観た昔の内部の彫刻や美術品はどうなったのでしょうか? キリスト教徒でなくてもこの教会は永遠だと思えていたのですが・・・・・

永遠というのは実際にはないのでしょう。永遠はなくても継承は出来ると思います。同じ作り手や材料ではなくても、人類の財産はその歴史の継承と共に次の世代にもみて欲しいですね。

焼灼されてしまいそうな貴重な美術品や重要な遺産をフランスの消防士の懸命な努力で救われたものも多いと聞いていいます。フランスだけでなく全世界の遺産ですものね。お怪我をなされた消防士もいたと報道されています。御回復をお祈り致します。

 

2019年3月17日 (日)

原発からの決別を

3.11から8年が過ぎました。震災に遭われた方々は大変な悲しみや苦労をなされたことだと思います。 東京電力福島原発の事故も、復旧の見通しもたっていません。復旧するまで後何十年あるいは溶け落ちたデブリの取り出しは未来永劫に不可能かも知れません。

Th_ 日本は地震国です。いつ自然災害で同じことが起こるかも知れません。 原発について費用が安いなんて全くの誤魔化しではないかと考えるのです。

 福島原発事故の被害補償、その後の復旧に費やす費用も全て原発の費用に入るはずです。 原発に伴う核廃棄物(使用済み核燃料)の処理費用も計算には載っていません。 これからも一体原発の維持にどれだけのコストがかかってゆくのでしょうか? 本当に安い電力なのでしょうか? 「原発=低コスト」・・・本当ですか?

原発を進める政府は、北朝鮮や中国の脅威論も同様に述べています。 もしも戦争になっても「原発には爆弾を落としません」なんて紳士協定があるのでしょうか? 逆です、原発が標的にされたら、日本は戦争を続けることさえ困難です。 戦争しながら、爆破された原発からどのように住民は避難することが出来るのでしょうか? 日本の危機管理の問題上でも原発は止めるべきだと思うのです。 原発推進と北朝鮮や中国脅威論は矛盾する論法です。

日本も先進ヨーロッパ諸国のように再生エネルギーを主エネルギーとする政策に舵を切るべきです。 再生可能エネルギーは気象条件で変動し、安定しません。だから使い物にならないのではありません。 発想の問題だけなのです。

Th__2 再生エネルギーをベースの電力源として普及させ、天候により電力不足になったら、天候に影響を受けない火力発電にて不足分の電力を補い、エネルギーの安定供給を図るべきだと思うのです。

 今日本ではおかしなことに、電力が余ったら再生エネルギーからの買い取りを中止するという訳の分からない方針です。これでは再生エネルギー事業が発展しません。 単に原発を進めるために再生エネルギーを抑制、あるいは電力会社の既得権を守る為に動いている政治家達の考えです。

未来永劫に処理が難しい原発から私達の世代で決別すべきだと思うのです。 このような問題で正解はないのかも知れません。ただ解決が難しい負の遺産は未来を生きる子供達に渡したくないと思うのです・・・そんなことを考えた日曜日の朝です。

2019年2月 1日 (金)

自分への評価は他人が行うもの

(今週は生け花クラブがお休みでお花の話しが出来ません。何か書こうと思ったら、4年ほど前にボツにした記事が残っていました。私自身も自分を見つめ直して謙虚になるためにアップしたいと思います・・・生意気なことと書いているかも知れませんがご容赦を願います)

時々、仕事をしていると色々な場面でぶつかることがあります。

「自分が1番・・・している」「自分は1番・・・している」と話す方います。それこそ疑いもなく自分がそのような存在であるかのように話をするのです。

Th_189263 しかしそれは根本的に誤りなのです。「自分が1番・・・」は自分で自分の評価することではなくて他者からの評価を受けることなのです。 他者が「貴方が1番・・・です」と評価するのであればそれは正しいのかも知れません。

人間は「自己愛的」な存在です。内なる自分にたいして「自分が1番・・」と認めることは自己防衛としても問題ない行動です。

しかし多くの場面で「自分が1番・・・している」と妄想的に話すことで、普通に努力している人のモチベーションを下げることに気がついていません。 

「自分が1番・・・している」というのは自分の不当な評価への不満を違う形にして話しているだけで、根底にある自分を認めてくれないことへの不満・不平でしかないのです。 

自分だけが特別な存在と主張すればする程、周りと解離し、呆れ果てる存在になります。 早くそれに気がついて立ち直れたら「裸の王様」にならなくてすむと思うのです。 

2019年1月 2日 (水)

2019年明けましておめでとうございます

2019年明けましておめでとうございます。平成も終わり今年は新しい年号の始まりでもありますね。 これからの時代が安定して平和でありますことを祈りたいと思います。                             
Th_img_2032 私にとっては1月2日が仕事始めとなりました。今日は朝から病院に行って、挨拶回りで、夕方からはラジオ放送もあります。 病院は外来部門が1月3日まで休みですが、入院患者さんや透析患者さんもいますので、365日動いている状況です。

病院の入口も正月の飾り付けで、いよいよ今年が始まったことを実感させてくれます。    

実は昨年同様、年始年末を台北で過ごしました。何時ものようにぎりぎりまで待って、病院や患者さんが落ち着いているかどうかを確認、12月31日から1月1日の1泊2日で台湾へと出かけました。 緊急の手術などが入ると当然旅行はキャンセルとなります。 
 台北の天気予報はずっと雨マークでしたが、外国に行くと言っても沖縄からだと九州より近く、LCCが幾つか飛んでいますので格安でゆくことが可能です。更に私達日本人にとっていいのは、台湾は旧暦で祝いますので、新暦の1月1日は普通の日と変わらず、観光地もお店も通常通り開いていることが多いのです。
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天気予報で通り、雨模様で、特に九扮では一時土砂降りに近かったのですが、そのためか昨年より人が少なく、傘をさしても余り邪魔にはなりませんでした。
Th_20181231 今回、はじめて十分(シーフェン)へ出かけました。これはよく台湾の旅番組でも紹介されていた場所で、台湾でも唯一、鉄道の上で天燈(チャイニーズランタン)を挙げることが出来ます。 天燈は人の高さほどあり、4方向に面があり、それぞれの場所に願い事を書き入れて、それを天に挙げます。 夜に浮かぶ天燈は神秘的で美しい風景でした。 私も個人的な願い事と人類の平和について書きました。 写真も撮りましたが、私の写真は非公開です
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今年は台北101のカウントダウンをホテルから観ることが出来ました。事前に幾つかのホテルのチェックをしていましたが、今回のホテルがコストパフォーマンスは一番良いと思いました。どうしても右側が建物に接してしまうのですが・・・
昨年は雨が降っていませんでしたので、101の近くの開放された車道に座り込んで観ましたが、あいにくの小雨模様で今回は座ることが出来ないと考え、ホテルからにしたのです。 台湾を満喫して帰って来ました。
 
二日ぶりにみる病院の景色も新鮮で今年また頑張って行くことを改めて決意しました。                                                  
年齢も重ねても、不安や迷いだらけですが、このブログを通して、沢山の皆様方と繫がっていることに感謝しています。 私のブログは気に入れない文面や誤字脱字も多いと思いますがどうかお許し下さい。 
 
どうか2019年も宜しくお願い申し上げます。

2018年12月25日 (火)

だいじょうぶだよ

クリスマスの時期が来ると、クリスチャンじゃない私も、皆が温かく幸せになって欲しいと願いながら過ごしています。

ただ今の世界情勢をみると、自分が不幸にさせられたのが他の原因によることだと責任転嫁を煽っているようなこともしばしば経験します。 自国第一主義、移民の排斥など最終的にはよい方向に行かないのではないかとも心配します。

私達の幸せって何なのでしょう。日本やヨーロッパ、米国などで何故不幸と感じてしま人がこんなに多いのでしょう・・・もちろん全ての人々でもありませんし、満足しうるものでもない場合もあるのでしょうが、多くの方は最低限の衣食住が確保出来ているはずです・・・十分幸せなはずなのにそれ以上に不幸と感じてしまう人々が多いことは悲しいことです。

Th_ お金の基準や幸せの基準も相対的なものです。 他人と比べるから私達は不幸になっているのかも知れません。 お金は見えますが、お金持ちだから幸せではありませんし、幸せそうに見えても心の中は見えません。 戦争や災害以外では不幸は自分が作りだしているのです。

他人の幸せを喜べる人間になりたいです。ややもすると私も他人の不幸や不遇を喜ぶまでは行かないにしても、それをみて安堵していないか内省してしまいます。 

クリスマスの明るく賑やかな季節、自分だけがこの雰囲気に馴染めず孤独感を感じている人がいるかも知れません。 不安がそのようにさせているのかも知れません。 

不安はより自分を高めようとする心の叫びでもあるのです。 だから自分の心に呼びかけるのです「お前は大丈夫だよ」と。 生きている、だから大丈夫、何かあったら誰かが助けてくれる、だから大丈夫なのです Merry Christmas for you !


2018年12月19日 (水)

素敵なクリスマスプレゼントが届きました

ココログでもお馴染みの鳥取市で活躍するアトリエトトロさんから、素敵なプレゼントが届きました(トトロさんのココロブは→ http://atelier-totoro.tea-nifty.com/blog/  )。 童画家のトトロさんは、鳥取市で子供達のための絵画教室を主宰されています。 小さな子供さんから高校生まで通われているそうです。 トトロさんの暖かい人柄が子供達にも届いている素敵な教室です。   
昨年に続き、遠い沖縄の私達の病院までクリスマスのプレゼントを届けてくれました。 子供達の心温まる力作揃いです
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早速、職員に手伝ってもらい、1階の総合案内の近くに飾り付けをしました(明日はもう少し周りにクリスマスらしい飾り付けを追加したいと思います)。
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外来の患者さんや職員から「可愛い」とか「どんな子供達なのかね〜」、「上手だね〜」などの感想が聞こえてきました。師走の慌ただしいなかほっこりと致します
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このブログのお陰で、まだ会ったことのない鳥取市の絵画教室と繋がることが出来ています。人の縁とはありがたいことだと今更ながら感じさせてもらっています
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子供達の絵画から優しさが溢れ出しています。きっとこの子達は将来思いやりのある大人へと成長するのだろうと想像してしまいます
Th__3 今年も素敵なクリスマスプレゼント、有り難うございます。遠い沖縄より鳥取市の子供達そしてトトロ先生にお礼申し上げます。本当にありがとうございます

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