フォト
2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

旅行・地域

2024年6月16日 (日)

ザルツブルク(写真+タイムラプス動画)

40年近く前の私の初ヨーロッパはウィーンとロンドンでした。その後短期間ですが3回ほどドイツや中央ヨーロッパとのセットで旅したことはありました。しかしながらオーストリア単独の旅行は今回が初めてでした。ザルツブルグ観光も初めてで、8月の旅行と重なり念願のザルツブルグ音楽祭も観ることができました(ラッキーでした)。

ザルツブルグの宿泊も素晴らしいロケーションの場所でした。ザルツブルグの旅行記の最後に動画を作成しました。またいつか行きたい場所の一つになりました。少し長いのですがご覧いただけたら嬉しいです(4Kにしていますので可能でしたら大画面でどうぞ・・😉)

 

2024年6月 9日 (日)

ザルツブルグの夜景(➕老舗チョコレート店(フュルスト)も紹介)

私の旅行は朝から夜まで、全力で1日中楽しむことをしています。時間貧乏ですので、旅行中オイオイと寝て入れないのです😅 旅行のために土日もなく1年中働いていますので旅行の時間がもったいないのです😂

今回も旅行するには最適な場所の宿泊施設ですので、直ぐに歩いて綺麗な景色を見ることが出来ています(本当に贅沢なことだと感じています)

ヨーロッパの綺麗な街は何処も夜のライトアップされた風景がこれまた美しいです。私は食べたり飲んだりに興味がなく、その時間があったら街を歩いています。 

それではご一緒にザルツブルグの夜の街歩きをやってゆきましょう😃

Th1_20240602135601

今回どうしても泊まって見たかった宿泊施設からの眺めです。この光景を見たら私が泊まりたかった理由も皆様方に伝わるかも知れません。今回3日間の宿泊を提供してくれたマダムにも感謝です(→最高のロケーションの宿泊施設)。
Th2_20240602135601
夜も勿体ないいので、夜の街歩きに出かけました。とても治安の良い街で危険を感じることは全くありませんでした。
Th6_20240602135601
エレベータを降りて、目の前の大学広場の周りのショーウインドーを除くと昼間は気づかなかった土産品が並んでいました。
Th7_20240602135601 Th8_20240602135601
直ぐ裏手のゲトライデ通りへ向かいました。

Th3-getreidegasse

ゲトライデ通りはザルツブルグで一番の人気の通りで高級ブランドのお店や「モーツァルトの生家」もここにあります。流石に21時を過ぎると静かになっています。
Th5-getreidegasse
1階のショーウィンドウを眺めるのも楽しいのですが、軒にある看板もオシャレで一見の価値があります。


Th9_20240602135701

メンヒスベルグの丘へ向かう通りをも整然としています。
Th10_20240602135701

メンヒスベルグの丘の岩肌がライトアップされて怖いぐらい間近に迫ってくるようです。
Th115furstgetreidegasse

馬の洗い場の反対側にある有名なチョコレート老舗のフュルスト(Fürst )がありました(後で詳しく説明します)
Th11_20240602135701

馬の洗い場の夜の雰囲気です
Th12_20240602135701
Th13_20240602135701

馬の洗い場からザルツブルグ音楽祭の祝祭大劇場を通ると、正面に聖ペーター教会の尖塔と奥にホーヘンザルツブルグ城が見えて来ました。
Th20_20240602135701

ザルツブルグ大聖堂の前の広場はザルツブルグ音楽祭で野外コンサート場として使用されましたが音楽祭の終了と共に解体作業が進んでいました。
Th21_20240602135701

丸い球体の上に立っている方も夜も頑張っています😂『お勤めご苦労様です・・』
この大きな金色のポールの上に一人の男性がポツンと立っています。中世の面影を残すこの広場に置かれた彫刻は最初見た時には違和感があったのですが、たった3日間の滞在で気にならない存在に変化していました。ドイツ人彫刻家シュテファン・バルケンホールの作品となっています。私は全く彼のことは知りませんでしたが、人物や動物、建築などをモチーフに、1本の木から台座ごと掘り出す人体彫刻、その背景としての役割を担うようなレリーフなどの彫刻作品を制作しているとのことです。国際的にも有名で日本でも個展などを開くほどの有名な彫刻家とのことです(知らなくて🙏)。

Th22_20240602135701

ザルツブルグ大聖堂の横にあるカビテルプラッツからもライトアップされたホーヘンザルツブルグ城を見ることが出来ます。
Th23_20240602135701

カピテル広場の端の池にはポセイドンの彫刻があり、昼間よりも夜の方が湖面に反射して雰囲気が出ています。
Th24iphone

夜の池は反射があって水面から浮かび上がる風景も幻想的となります。
Th31_20240602135701

どの通りか忘れました、このような迷路のような場所も一瞬ありますが、そこを通り過ぎると見慣れた風景が出て来ます。
Th34_20240602135701

カフェフュルストは、ザルツブルクのお土産として大人気であるモーツァルトクーゲル発祥のカフェとしても有名です。このお店の中でアップルシュトゥルーデル、リンツァートルテなどの有名のケーキとコーヒーを楽しみたかったのですが時間が合わず夜の写真のみです。
Th40ritzerbogen

ザルツブルグに4箇所(調べた範囲ではですが・・)の店舗があるようです。食べ物にあまり興味のない私でもモーツァルトとの絵がらが書かれた丸いチョコレートは空港などでもよく見かけました。日本でもすっかりおなじみ、オーストリア土産の代表となっている「Mozaltkugel(モーツァルト・クーゲル)」の老舗を訪ねてみよう。

1890年にここでチョコレートを使ったお菓子を考案したのが、「Fürst(フュルスト)」だったそうです。

最初はモーツァルトボンボンと呼ばれていました。ドイツ語でボールを意味する「クーゲル」の名の通り、ヘーゼルナッツクリームやアーモンドを混ぜてペースト状にしたマジパンを丸めて、チョコレートでコーティングしたお菓子です。

 

Th45
Th46furstritzerbogen

上の写真の様に元祖モーツァルトクーゲルの包みの色を見て下さいね。違いが分かる人はお分かりかもしれません。銀色の包み紙に青いモーツァルトがデザインされているのがフュルストのものとなっています。空港などでたくさん売っているのは青以外の赤色などになっています。 まあ食べ比べしていませんが、FurstのMozartkugelは見た目よりも甘くなくてコーティングのチョコの味も美味しかったです。旅行で買い物をしないのですが、ここでは自分たちのお土産のチョコをいくつか買い求めました。
Th47
オーストリアには日本でも有名なチョコレートがいくつかある様です。私は全く知りませんでしたがザルツブルグの夜景の写真の中に上の写真もありましたので載せておきます(どんな店か分かりません🙏)


 

Th50
Th51_20240602135801
Th52
Th53
Th54

ホテルザルツバッハの隣にあるカラヤンの生家です。その庭にはカラヤンの銅像が置かれていて、ライトアップされた影は如何にもこれから演奏を始めそうな雰囲気でした。
Th55

最後にザルツァハ川の整備された歩道を歩きながら旧市街地を眺めています。こんなことが可能なのはザルツブルグが治安が良いからで、女性でも一人で歩ける雰囲気です。
Th56

旧市街地が世界遺産のザルツブルグです。この風景も目に焼き付けたい1つとなりました。
Th60_20240602135901

宿泊のある、大学広場もこの時間になると屋台もなくなり静かになりました。ザルツブルグは流行り行って良かった観光地でした。感謝!

2024年6月 2日 (日)

ザルツブルク音楽祭(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とボストン交響楽団を鑑賞)

ザルツブルグは旧市街地が世界遺産であり、サウンド・オブ・ミュージックの街、そしてモーツァルトの街でもあります。またザルツブルクは、国際的な文化シーンにおいてザルツブルグ音楽祭としても有名です。春と夏に催されるのですが、特に毎年夏に開かれるザルツブルク音楽祭は世界中から多くの観光客を引き寄せ旧市街を大きな舞台に変身させる世界的なイベントとなっています。

Th0saruzburger



ザルツブルグの公式ガイドブックによると「ザルツブルク音楽祭:ビッグスターが集う国際文化祭」と銘打っています。


「街全体が舞台」~ザルツブルク音楽祭の創設の父であるマックス・ラインハルト、フーガー・フォン・ホーフマンスタール、リヒャルト・シュトラウスは、100年前の企画意図をこのように表現しています。彼らの願いは叶い、現在でも引き継がれています。国際的な舞台スター、セレブリティ、エリートがザルツブルクに集うことで、ザルツブルクは音楽祭の期間に「時間のメタモルフォーゼ」を遂行しています。いつの間にか、ザルツブルク音楽祭は世界で最も重要な舞台芸術のフェスティバルの一つに数えられるようになりました。この成功は、「オペラや演劇、コンサートの比類のないコンビネーションによる幅広い芸術的オファー」、「文化と休暇のコンビネーション」、「ユネスコ世界遺産の街ザルツブルクの特別な雰囲気」の3つの柱によるものです・・・知ったか振りで書いていますが、このように書かれていました😅




Th1_20240503163501

私の旅行は50代後半になって再開したのですが、2023年の旅行では8月後半にヨーロッパ旅行の日程となりました。8月の旅行は30年ぶりだったと思います。8月にヨーロッパと思い浮かべたのが、かねてから行きたかったザルツブルクでした(これまでは音楽祭ではなく「サウンド・オブ・ミュージック」の世界を観たかったのが主な理由でした)。
私の初めてのヨーロッパ旅行は20代で訪れたオーストリアのウィーンでしたので、今回で3回目のオーストリアとなります。今回はザルツブルク音楽祭が観られる8月後半となりましたので、ザルツブルク音楽祭の公式ホームページを時々チェックしていました。8月29日から8月31日の3日間ザルツブルグ滞在としました。 8月30日はインスブルックなど近郊に出かける計画で8月29日と音楽祭の最終日の8月31日のチケットを狙っていたのです。 公式ホームページで予約ができるようになると直ぐに申し込みをしました。
Th2_20240503163501
8月29日はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のチケットを購入出来ました。ウィーン楽友協会大ホールに本拠を置くオーケストラで毎年のようにニューイヤーコンサート が日本でも放映されています。宝くじに当たるほど入手が困難でしょうが、ニューイヤーコンサートを一度は楽友協会大ホールで 聴きたいと願う世界中のファンは多いはずです。


Th3_20240503163501

ザルツブルク音楽祭最終日の8月31日はNelsons指揮のボストンシンフォニーオーケストラのチケットを無事購入出来ました。
Th4_20240503163501
折角なので値段は高かったのですがグリーンで示された前方の席で入力しました。申し込みの時点では席を自由に選ぶことは出来ません。間もなく公式サイトから私達の座席とバウチャーがメールで届きました。なんと上の座席表で示すたように前方2列目3列目のほぼ真ん中となっていました。音響的は分かりませんが、この位置ですと演奏者の顔や息遣いも分かる座席となります。
8月29日のウィーンフィルはJakub Hrusa指揮によるコンサートで、若手で有望な指揮者の一人だと思います。ドヴォルザーク_ 交響曲第8番 ト長調 Op.88、ブラームス:ピアノ協奏曲第2番となりました。子供の頃よりピアノなどはよく聴いていました、クラシックが理解できるほどの音楽性は身につけていませんので、演奏会の解説はできません。ただ言えることは現場でしか聴けない音響があることは確かなことだと感じています。素晴らしい演奏でした。
8月31日は2023年のザルツブルグ音楽祭の最終演目となり、少し早めの開演となりました。ボストン交響楽団は小澤征爾さんが長年音楽監督をしていましたので日本人も馴染みのある楽団だと思います。彼がいたせいもあったのでしょうか、楽団員に多くに黄色人種がいたのも印象深かったです(曲とは関係ないのでどうでもいいかな😅)。Andris Nelsons指揮のボストン交響楽団の演奏です。バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版) I.ストラヴィンスキー作曲の曲目とJOHN WILLIAMSのバイオリンとなっています。私にとってはJOHN WILLIAMSのバイオリンについてはすごく有名で上手い方と存じ上げていますが余り好みではありません(強弱が強すぎて心臓がドキドキしてしまいます🙏)。それでも素人の私にとっては最高の贅沢な舞台で聴くことができて感謝しかありません♡ Andris Nelsonsさんは次第に太って来たので医者目線でもう少しダイエットした方がいいのではと妙なところが気になりました。


Th__20240518092601
Th5_20240503163501

左の奥がザルツブルク音楽祭のメイン会場の祝祭大劇場となります。左手前がサウンド・オブ・ミュージックでトラップ一家が聴衆の前で音楽を披露した「フェルゼンライトシューレ」となります。その会場からハラハラドキドキしながら無事トラップ一家がアルプスの山越えをしてスイスに亡命するシーンで映画が終わりました。
Th6_20240503163501
Th7_20240503163501

開場前には世界中から着飾った老若男女が集まって来ました。私も珍しくネクタイ姿で臨みました😊
Th8_20240503163501
Th9_20240503163501
どなたか分かりませんが時々ベンツなどに乗った方々が開場の前で降りて中へと入って行くのが確認されました。降りたら人だかりが出来る訳ではありませんので、私が見た方々は超有名人ではないのかも知れません(金は持っているかも知れませんが・・😸)
Th10_20240503163601

Th15_20240518092801

マナー違反になるのかも知れませんが、団員がいなくなった間に座席から舞台を撮ってみました。これぐらい距離から音楽が聴けて最高でした。音響的にどうかは分かりませんが、指揮者や楽員の顔や仕草も観れるので素晴らしい経験でした。
Th1655_20240518092801

休憩に入った時に振り返った写真です。2階席はどんな風かと思ったので、トイレ休憩の時に中に入ってみました。
Th17_20240518092801

2階の正面はボックス席になっていました。誰もいないので写真を撮りました。成る程このように見えるのですね😊
Th20_20240518092801

8月29日の演奏が終了したのは22時頃となります。このような雰囲気で会場を後にしました。二三枚ピンボケした写真がありましたので、記載します。許可は貰ってないのでピントが合っていたら写った方に申し訳ないです😅
Th21_20240518092801
このように華やかな感じでザルツブルク音楽祭のコンサートは終わりました。私達の宿泊施設はここから徒歩3分程度ですが、少し散歩をしながら帰ることにしました。初めての貴重な経験になりました。それ程敷居が高い訳ではありませんので、ゆったりと楽しむことが出来ました😉 

2024年5月26日 (日)

ザルツブルグとモーツァルト

世界中で知られているウォルフガング・アマデウス・モーツァルトとザルツブルクとは切っても切れない関係だと思います(私にとってはサウンド・オブ・ミュージックの方がザルツブルグと直結していますが・・・😊)。

モーツァルトや彼の父などはザルツブルクは彼の才能を広げるには小さな街と考えて、ウィーンやパリなどの大都市に憧れを持っていて、ザルツブルクが余り好きではなかったという逸話もあります(本当かどうかは定かではありませんが)。 しかしながら彼の死後はザルツブルク市も神童モーツァルトを前面にだして宣伝したようで、色々な場所でモーツァルトを目にすることになります。

ややこしいのですがザルツブルクの観光名所に「モーツァルトの生家」「モーツァルトの家(住居)」という似たようなミュージアム2つあります。

モーツァルトは1756年1月27日、ザルツブルクのゲトレイデガッセ9番の家で生まれ、彼の家族は1747年から1773年までの26年間、この建物の3階に住んでいました。これが「モーツァルトの生家」のミュージアムになって公開されています。

その後、一家が引っ越したMakartplatz Squareにあるのが「モーツァルトの家(住居)」として公開されています。 展示も比較的似ていて2つのミュージアムが競い合っている感もありますが、旅行者にとっては混乱します😅

旧市街のメイン通りにある「モーツァルトの生家」を初日に観ることにしました。私が宿泊した施設の直ぐ裏で徒歩1分の所でした。

Th1_20240503112401

上の黄色の建物がザルツブルクのメイン通りのゲトレイデガッセ通りにある「モーツァルトの生家」 です。
Th2mozarts-geburtshaus

入り口の案内も格好いいですし、階段を登ると可愛いモーツァルトの人形がお迎えしてくれます。
Th3_20240503112401

モーツァルト直筆の手紙や楽譜なども展示されています。
Th4_20240503112401
Th7mozarts-geburtshaus

当時のグランドピアノは造りが質素ですが、現在のグランドピアノとほぼ同じスタイルをしています。
Th8_20240503112401

こちらは現在のアップライトピアノと似た感じのピアノとなっています。コンパクトサイズです。 展示されていますが、弾くことは出来ません。一体どんな音色だったのでしょうか・・・ちょっと興味がありますね😃
Th9_20240503112401

モーツァルトの髪の毛です。余り興味はありませんが、これが在れば現在ではDNA鑑定やモーツァルトの直系の子孫を捜すことは出来るかも😅
Th11_20240503112401
Th12_20240503112401
Th18_20240503112401

このミュージアムではモーツァルトが実際に使った楽器や直筆の楽譜などを間近で見ることが出来ます。余り彼のことを知らない私にも興味深いものがありました。
Th19_20240503112401

ミュージアムを出る所にはお土産を売っている場所もありましたので、興味のある方は買うことも出来ます(ワルシャワでのショパンミュージアムではショパンのCDなど買いましたが・・ショパンほどは興味がないのでスルーです😸→ショパン生家を訪ねてNo2

 

一方新市街地にある「モーツァルトの住居(家)Mozart-Wohnhaus」は、モーツァルト一家が1773年から1787年まで住んでいた家を利用して展示しています。モーツァルト自身は1781年にウィーンへ活動拠点を移していますのでこの家で過ごしたのは僅かだったようです。

Th30_20240503112501

あまり知識のない私に取っては展示の違いが余り分かりませんでしたが、この住居での展示は主にモーツァルトの家族にスポットを当てた展示がされているそうです。ここではモーツァルト愛用のピアノが印象深く残っています。

Th31_20240503112501
Th32_20240503112501
Th34_20240503112501
Th35_20240503112501
Th36_20240503112501
Th37
モーツァルト本人や家族がザルツブルグにどれだけ愛着があったかは分かりませんが、市内にはモーツァルトの立派な像が立っている「モーツァルト広場」や、映画『サウンド・オブ・ミュージック』にも登場した橋の名前も「モーツァルト小橋」など彼の名前を幾つも観る機会がありました。

ザルツブルク市民(当時はドイツに編入)に取ってはザルツブルクを見捨てアメリカに渡ったトラップ一家の物語の「サウンド・オブ・ミュージック」に対して嫌に思った方も多いと聞いていますが、モーツァルト自身の思いはどうであれザルツブルク市民に取ってモーツァルトは街の英雄かも知れないと思った経験でした。 しかし戦後長く経ったので市民も次第に「サウンド・オブ・ミュージック」への後ろめたさや嫌悪感も無くなったのかも知れませんね。

 

私に取ってはモーツァルトよりもマリアの方がザルツブルクと結び付いています😉

2024年5月19日 (日)

サウンドオブミュージックツアー(ザルツブルク郊外)

今度の旅行で参加を楽しみにしていたのにサウンド・オブ・ミュージックツアーがありました。ザルツブルグ市内は自分たちの足で回れば事足りることですが、少し郊外の何ヶ所かに出かけるには時間が結構かかってしまうのですが、このツアーではバスで寄ってくれることになっています。このツアーに参加した方のYou-tube動画などを観ていると、バスの中で和気藹々と歌ったりする場面がありました。英語のツアーですが、英語が分からないくても大丈夫でした。皆について行けばいいだけで、映画のシーンを思い出しておけばいいだけです。 

Th2tour

私はネットでPanorama Toursが主催しているサウンド・オグ・ミュージックツアーを予約して参加しました。下の写真はツアー参加者に配られた絵葉書です。

Th1_20240503122701

9:15出発でそれまでにミラベル広場バスターミナル内、Panorama Toursチケット窓口に集合となっていました。既にバスが止まっていましたので、私たちは窓口ではなくて直接係の方にバウチャーを見せてバスに乗り込みました。帰りは14時が予定のようです。

Th3_20240503122701

このツアーで寄る主な場所をグーグルマップに記載しました。右側のザンクト・ギルゲン(景勝地で途中は映画の冒頭のような風景がありました)と映画の中の結婚式で使われた教会があるモンゼーには公共機関を乗りついて行くには時間がかかることもこのツアーを選んだ理由です。
Th3_20240503122702

何処からどう観ても「サウンド・オブ・ミュージックツアー」のバスです😆 結構満席で本当に老若男女で世界各国から集まった方々の参加者でした。映画そのものは半世紀前の映画ですが、子供さんも多くいました。私たちの隣の席にはドイツから来た中学生の女の子二人で参加している方もいてこの映画が今でも多くの方に影響を与えていることが伺えました。
Th4_20240503122701

バスはミラベル庭園を回り込んで進んで行きます。窓からホーエンザルツブルク城とノンベルク修道院が見えました。


Th13_20240503122901
ツアーのガイドさんの紹介を聞きながら、このままレオポルドスクロン宮殿 (外観見学)へと向かいました。
Th10_20240503122801
Th11_20240503122801
バスを降りたら直ぐに湖があり、先に進むとレオポルドスクロン宮殿。映画でトラップ大佐の屋敷として使われた宮殿が見えて来ました。このツアーでは池越しに宮殿を見る感じとなっています。宮殿の表がトラップ家の屋敷として利用されていました。映画ではトラップ大佐の前でマリアと子供達がレオポルドスクロン池にボートから落ちてしまったというエピソードもありました・・・懐かしいです😂

Th12_20240503122901

次にヘルブルン宮殿のガゼボ (外観見学)へと向かいました。17世紀に大司教マルクス・シティクスの建てたこの宮殿は、狩りをするために造られたそうですが、そこが目当てではありません。

Th20_20240503122901

ヘルブルン宮殿入り口から入ります。ここは宮殿内部より水の仕掛けの庭園が有名で、時間があれば楽しみたい所です。
Th21_20240503122901
まっすく行けばヘルブルン宮殿を見学できますが・・・皆左へと迂回して進みます。
Th22_20240512132001

これを観たら皆様思い出しますよね。トラップ家の長女のリーズルと恋人のロルフが歌う、"I am sixteen going on seventeen I know that I’m naive・・・"と歌っていました。  そしてマリアと大佐が愛を語り合った場所ともなっていました😍

ちょっとネタバレになるかも知れませんが・・・映画ではトラップ大佐家の敷地内で「ガラスの東屋」として使われた映画上の大道具だそうです(実際は存在しなかったと言うことになります)。ここを利用した映画の撮影シーンも実際はハリウッドのセットで行われたとのことです💦 
 ただここにある東屋はザルツブルクの現地ロケでレオポルツクロン宮殿の湖畔での撮影時に背景にこの東屋が映るものとして制作されたもう一つのパビリオンなのだそうです(要するにハリウッドとザルツブルクの2箇所に立てられ訳です)。
 映画撮影後に映画会社が宮殿内にあった「ガラスの東屋」をザルツブルグ市に寄付し、しばらくの間レオポルツクロン宮殿にあったそうです。その後、世界中のファンの要望もあり、修繕され、ヘルンブルン宮殿の一角に移設されて無料公開となっているのです・・・まあどうでもいいかな😂

Th23_20240503122901

この入り口に長女リーズルの顔写真と説明がありました。小学生の私にとってもなんと綺麗な目をしたお姉さんだろうと憧れたものです😍・・😆
Th24_20240503122901

やはりこのガラスのパビリオン(ガゼボ)は憧れてみていたのでしょう。 ツアー参加者がこのパビリオンを入れて沢山撮影をしていました(いつもの通り私は写真に写りたくないので自撮りはしていません)

Th25_20240519150001

Sixteen Going on Seventeen もうすぐ17才」トラップ家の長女リーズルと電報配達の青年ロルフと密かな恋人同士の設定。夕食の時にこっそり家を抜け出したリーズルは、約束していたロルフに会いにあずまやへ。ベンチを軽やかに乗り越えながら二人でこの歌を歌い合います・・16歳、17歳の多感な二人が愛らしいです😍

 

ここを離れるとザルツブルグ郊外へとバスは進んで行きます。次の目的地はザンクト・ギルゲンを眺望できる丘となっています。映画の最初にフュシュル湖からサンクト・ギルゲンへと向かうシーンがこの近くで撮影されました。山と湖が織りなすザルツカンマーグートと呼ばれるオーストリアでも有数の美しい景色が続いて行く場所となります。

Th26_20240503123001

少し雲行きが怪しくなりましたが、最後まで雨が降ることはありませんでした。バスは徐々に高度を上げて行きます。
Th27_20240503123001
長閑な道を進むと、突然すごい建物が出現しびっくりしました(一応ガイドさんが説明していましたが)。猛牛のようなものが飛び出して来ています(走るバスの中から撮したのでブレていますが🙏)・・・・ここ何処かわかる方はいますでしょうか?・・・この風景は分からなくてもおそらく多くの方がこのドリンクは見たことがあると思います。「レッド・ブル」の本社です。
Th27_20240503123002

現在でRed Bullは160カ国以上で販売され、世界で年に46億本のエナジードリンクの売り上げを記録しているそうです。アメリカではエナジードリンク市場の約50%をこのオーストリアのメーカーが占めています。今やレッドブルはエナジードリンクの代名詞となり、世界において最も名の知られたブランドとなっています。
Th31_20240503123001


オーストリアの景勝地ザンクト・ギルゲンは、ザルツブルグとバート・イシュル(→ ハルシュタットからザルツブルグ)を結ぶバスの路線上にあるヴォルフガング湖畔の町、モーツァルトの母の生家としても有名な町だそうです。

Th32_20240503123001
Th33_20240503123001
Th34_20240503123001

ヴォルフガング湖畔に教会の尖塔が見えたり、豪華そうな宿泊施設と思われる美しい建物が林立しています。こんなところでゆっくと時間を費やしたいです。 写真撮影タイムが終了したらまたバスに乗り込みました。

次は最終地の映画で結婚式を挙げたモント湖畔の教会のあるモンゼーへと移動となります。

Th40
Th41_20240503123101
Th42_20240503123101
Th50basilika-st-michael

モント教会(聖ミヒャエル教会 :Basilika St. Michael) は、映画でジュリー・アンドリュースが演じるマリアとクリストファー・プラマー演じるバロンが結婚式を行った場所です。1927年にトラップ夫妻が結婚式を挙げた場所はノンベルク修道院ですが、映画の結婚式の撮影では聖ミヒャエル教会が使われています。 映画で外観はノンベルク修道院が使われているのですが、ノンベルク修道院から内部撮影の許可がおりずに結婚式の様子の撮影にはこの聖ミヒャエル教会が使われたとのことです。

Th51basilika-st-michael
映画ではイギリスの王室の結婚式かと思うような純白の長いドレスを着たマリアがバージンロードを歩いて、周りから修道女たちの歌声が聞こえて来ます。

Th_20240504122001
映画で凄く長いドレスが使われたので、当時の女性たちは目を輝かして観ていたのではないでしょうか? このシーンは流れる音楽と共に本当に美しい場面でした😍
Th52basilika-st-michael

祭壇も豪華ですね。トラップ大佐が先に待っていて、一緒にこの場所にゆっくりと上って行き、司祭から祝福を受けます。
Th53basilika-st-michael
Th54basilika-st-michael
Th55basilika-st-michael
Th56basilika-st-michael
Th57basilika-st-michael
映画のシーンが思い出されました。
Th60_20240503123201

帰る途中でこのような風景がありました。子供達が木にぶら下がった光景が浮かんでくるようでした😍
Th61_20240503123201

後はザルツブルグに戻る車内では皆で、大合唱会が始まりました。 ツアーガイドさんがヤギの縫いぐるみを持って歌いながら回っています。私たちも皆歌いました・・・さあ!何を歌っているのでしょうか? 

 

そうです「ひとりぼっちの羊飼い (The Lonely Goatherd)」レイオロ・レイオロ・レイホー🎼🐐

2024年5月12日 (日)

サウンド・オブ・ミュージック:ロケ地(ザルツブルク市内)

ザルツブルグ旧市街は街全体が世界遺産に登録されていて、どこを歩いても有名どころに当たります。

やはり私たちに影響を与えたのはサウンドオブミュージックの世界だと思います。今回は散策しながら、サウンド・オブ・ミュージックでロケ地(ザルツブルク市内)を紹介したいと思います。

Th_4_20240427123801

ザルツブルグ大聖堂、ノンベルク修道院、ホーエンザルツブルク城は紹介しましたので、レジデント広場へと歩いて行きました。
Th_10_20240427123801
Th_11_20240427123801

この馬の噴水もマリアがトラップ一家へと向かう途中で自分を奮い立たせるような印象深いシーンで使われていました。
Th_12_20240427123901

この噴水の前で立ち止まり「I'll do better than my best(力いっぱい以上にやってみせる)」と歌って、噴水の水を彫刻にかけるシーンはこちらも元気が出ました😆

Th_15_20240427123901

この広場の隣には「モーツァルト広場」があります。前日は雨の中を歩いたのですが、この日はよく晴れていましたので多くの観光客がのんびりとベンチに座ったり写真を撮影したいました。
Th_16_20240427123901

写真を撮る時には気がつかなかったのですが、足元には「世界遺産のマーク」が埋め込まれていました。かろうじて写真に入っていてよかったです😅
Th_17_20240427123901
Th_20_20240427123901
Th_21-2
この鉄の橋も見覚えがありますでしょう😆  マリアが子供達のためにカーテンの布で遊び着を作って、それを兄弟全員が着けて遠足に出かけるシーンで使われました「モーツァルト小橋:Mozartsteg」です。

Th_22_20240427123901

映画では新市街側からカメラを向けて、後方にホーエンザルツブルク城が見えるようなアングルで撮っていました。ザルツァハ川に架かる歩行者専用の橋で、マリアと子供達が解放されて楽しそうに駆け抜けていく場面に使われています。
Th_23_20240427123901
Th_24_20240427123901

映画とは関係ありませんが、モーツァルト小橋を渡って対岸を歩くと、有名な高級ホテル「ホテル ザッハー ザルツブルグ Hotel Sacher Salzburg」がありました。ザルツブルグ音楽祭ではさらに高くなり、見晴らしの良い部屋では1泊40〜50万円以上もする値段でした😲
宿泊は無理だとしても、有名なザッハートルテを頂くためにホテルザッハー・ザルツブルクのカフェーでお茶はどうでしょうか? 私たちはウィーンで入る予定でしたので、ここには入っていませんが、多くの方のコメントを見るとウィーンより待ち時間が少ないようです。

Th_252_20240427123901

対岸から眺める旧市街は本当に美しい景色です。

川沿いを西の方に進み、橋を渡って再度、旧市街へと入り、メンヒスベルグの丘の麓に向かいました。

Th_33_20240427124001

この場所も見覚えありましょう😃 馬車に乗りながら「ドレミの歌」を唄いながらこの場所を通ります。有名な「馬の洗い場(Pferdeschwemme)です。

「カラヤン広場」とも呼ばれ、ザルツブルク出身の指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンの功績を記念してその名がついたそうです。直ぐ隣はトラップ一家が音楽祭で歌声を披露した祝祭劇場のフェルゼンライトシューレもあります。
Th_34_20240427124001

ここは単なる池ではなくて、かつては実際に使用された馬洗い場となっています。馬の銅像が立っていて背後の壁には馬の絵がずらっと描かれてる印象的な場所です。馬の洗い場にもこのような芸術的な造りなっているのは、如何に豊かな財力があったかが伺われます。

Th_35_20240427124001

この馬の洗い場の近くから、メンフィスビルの丘に登るエレベーターがあります。
Th_38_20240427124001

エレベーターから降りると近代美術館があります。時間があれば作品をご覧になったり眺めの良いカフェでお茶をしてもよいかも知れません。
Th_39_20240427124001
Th_40_20240427124001
ここからの眺めも映画で使われていました。マリアと子供達が手を繋いで歌を唄いながら坂を下りて行くシーンです。
Th_42_
Th_43_20240427124001

このメンフィスビルの丘からの眺めはホーエンザルツブルグの頂上からみる眺めとも違いザルツブルグ旧市街の魅力が伝わる場所だと感じました。

(次回はサウンド・オブ・ミュージックの現地ツアーの半日観光に参加しましたので、主に郊外の映画のシーンを紹介できると思います)

2024年5月 5日 (日)

ミラベル庭園・宮殿(Mirabell Gardens&Mirabell Palace)

ミラベル庭園と宮殿(Mirabell Gardens&Mirabell Palace)は旧市街ではなくて旧市街とザルツブルク駅の間にある新市街地にあります。それ程遠くはありませんので頑張れば旧市街から歩いても行けます。もちろん庭園と宮殿自体も美しくて観光スポットとなっていますが、世界中から訪れる観光客の多くもサウンド・オブ・ミュージックを思い出しながら訪れる人気の観光地となっています。 そのために人がまだ少ない朝早く訪ねることにしました(朝6時以降開いているようです)

ミラベル宮殿は、17世紀初めに大司教ヴォルフ・デートリッヒ・フォン・ライテナウが愛人サロメ・アルトのために建てた宮殿で、創建当初は、愛人アルトの名に因んで「アルテナウ宮殿」と名付けられていました。1611年に大司教デートリッヒが失脚すると、後任の大司教によって「ミラベル宮殿」と改名されたのことです。今では考えられませんが当時の大司教などは多くの愛人を抱えていたと言う話はヨーロッパ各地で聞くことが出来ます。私達が想像する聖職者とは違う地位だったのかも知れません。

Th_1_20240327160401

朝7時頃ですが、期待通りまだ人影は少なくて気兼ねなく写真取り放題です😸
Th_2_20240327160401

改修工事でしょうか左側のミラベル宮殿の一部がシートに被われていますが、有名なペガサスの泉の向こうにはホーエンザルツブルグを観ることが出来ます。ミラベル庭園は、オーストリアのバロック建築の巨匠ヨハン・フィッシャー・エルラッハによって17世紀に造られたそうです。優雅な造園となっています。
Th_4_20240502171201

Th_20240414112301
ペガサスの泉を回り込んで、この鉄の扉までマリアや子ども達が「ドレミの歌」を唄いながら登ってくるシーンで使われました。映画のシーンを載せたいのですが無理なのでイラストを貼り付けてみました。マリアが幼稚園の先生になってしまいましたが・・・😅・・有名なシーンですので皆様方もきっと覚えていると思います❤️‍🩹


Th_5_20240327160401
Th_610

宮殿内の「ペガサスの泉」はビューポイントでしょうか? 写真上の奥のライオンがある階段を登ると「妖精達がいる庭」になっています。
Th_711
Th_812
Th_917

この階段の上に「妖精の庭」があります。実際の妖精と形が違うことより、実際のシーンはここではなくてセットで撮ったようです。
Th_1013
Th_1116

広々とした庭園は綺麗に整理され、奥には噴水もあります。
Th_1214

公園を右側に向かい歩きました。このトンネルも皆様方覚えがあるでしょうね・・・サウンド・オブ・ミュージックでマリアと子供達が陽気に「バラのトンネル」の中を歌い踊りながら走り向けるシーンです✴️
Th_1315
Th_15_20240327160501

ミラベル広場の入口にある石像も見覚えがあります。私達は公園側から入り口に向かって歩いて来ました。しかし映画のシーンと似て非なるものを感じたのです・・・多少の違和感が・・・結構、私映画のシーンを覚えていたようです✌️
Th_16_20240327160501

先ほどより更に入り口側にも同じ様な彫刻がありました・・・と言うことは2対の彫刻が入り口と直ぐに入った場所にあったのです。
Th_182

入り口まで出て、ミラベル宮殿側を振り返って観たのが上の写真です・・・そうです、これですよ😍 映画に使われたのはミラベル宮殿が見える外側の像でした。


Th__20240502120901

映画でこの銅像の真ん中でマリアが大きく天に向かって両手を広げて子ども達がその左右を踊りながら通るシーンです。著作権上お見せ出来ないのが残念ですが・・・皆様方もついでにもう一度映画をご覧になって下さいね😃
Th_21_20240327160501

ミラベル宮殿は、1818年に大火災に遭い、大部分を消失してしまいます。現在の建物は、その後再建されたものだそうです。その大火災の中でも残った部屋もありました、それが宮殿内において、見どころの一つでもある「大理石の間」です。この大理石の間でモーツァルトも演奏を行ったとのことです。現在も、定期的に演奏会が開かれています。

一旦公園の外まで出たのですが、もう一度公園に入って来ました。その頃になると観光客も増えて来ました。8時からミラベル宮殿も見学出来るとのことです。 現在ミラベル宮殿の建物内は市のオフィスなどとして使用されていますが、「大理石の間(ミラベルホール)」と、そこに続く「天使の階段」のみが一般開放されています。入場は無料です。天使の階段は毎日8:00~18:00、大理石の間は月・水・木の8:00~16:00、火・金は13:00~16:00まで訪問可能とのこと。大理石の間は結婚式やイベントなどにも使用されていますので、そのような時は見学は不可になります。私が出かけた時には「大理石の間」は見学出来ませんでした😂

Th_22_20240327160501
Th_23_20240327160501

ミラベル宮殿内でミニコンサートもやっていますので、宮殿内でコンサートを聴きたければ申し込んだら良いのかも知れません。
Th_24_20240327160501

天使の階段への入口は、ペガサスの泉から宮殿内に入り、天使の像を見つけたら階段を上がって大丈夫のようでした。入り口で何も書いてないので階段を上がって良いのか迷いましたが、特に問題なさそうです。
Th_25_20240327160601
Th_26_20240327160601

宮殿内にある階段は大理石で出来ていて、天使の彫刻からでしょうか「天使の階段」と書いてあるブログもありました(正式な名称は分かりません😅)
Th_27_20240327160601
Th_28_20240327160601
Th_29_20240327160601
Th_30_20240327160601
もう一度写真を載せましょう。階段の向こうからマリア達が「ドレミの歌を歌いながら」登って来ますよ😸

2024年4月28日 (日)

ホーエンザルツブルク城

ザルツブルグの風景の中でホーエンザルツブルク城(Festung Hohensalzburg) はやはりなくてはならない中心的な城だと思います。単にザルツブルグ城でもいいのではとふと考えたのですが、ホーエンとはドイツ語で「高い」と言うことですので、もしかしたら低い場所にもお城があったのかも知れませんね(全くの憶測です🙏)

Th_2_20240326154701

川を挟んで旧市街地と丘に立つザルツブルグの風景は絵になる風景です。
Th_12_20240326154701
Th_310

Wikipediaによるとこのように記載されていました。

ホーエンザルツブルク城(Festung Hohensalzburg)は、オーストリア共和国北西部の都市ザルツブルクにある城。1996年、世界遺産「ザルツブルク市街の歴史地区」の一部として登録されたとのことです。

このお城の歴史としては1077年、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世とローマ教皇グレゴリウス7世の間に起きた聖職叙任権闘争後に、教皇派の大司教が、皇帝派の南ドイツ諸侯のカノッサの屈辱への報復を恐れて市の南端、メンヒスブルク山山頂に建設した防衛施設が始まりのようです。 私のような宗教にあまり関心のない人間にとって、人の行いを説くような教会のトップが戦争に明け暮れていた歴史もあることを醒めた目でみてしまうのです😅

その後はハプスブルク家、バイエルン公等の周辺諸侯の攻撃や市民の反乱に備えて強化され、鐘楼、薬草塔、鍛冶の塔、囚人の塔、武器庫、穀物貯蔵庫等が建設され、防壁が強化されたとのことです。ナポレオン戦争によるナポレオンのフランス軍の占領後の1816年からは、ザルツブルク市街とともにハプスブルク家の支配下に入ったとのことです。 中央ヨーロッパで莫大な権力を有したハプスブルク家が代々率いてきた都市だと思ったのですが、意外と短かかったです。 トリップアドバイザーの企画「バケットリスト」の「世界の名城25選」に選ばれたそうです。

Th_3_20240326154701
Th_4_20240326154701

右の青い旗のところがケーブルカー入り口となります。私たちはザルツブルグカードを購入していますので、往復一回は無料でした。
Th_5_20240326154701

丘の上にあり、このような高い城壁もあり、この城が難攻不落の城であることがわかります。確かに築城以来、700年以上もの間、難攻不落の要塞であり続けながら、ナポレオン戦争によって無血開城され、敵の手に渡ることになったとのことです。

Th_6_20240326154701

飛行機などがなかった時代では、この城を落とすのは無理だろうと思えるほどの城壁の高さです。
Th_7_20240326154701

お陰でこの城に登ると、360度視界が開け遠くは まで見渡せます。 この日は天気も良くて最高です☀️
Th_811
Th_10_20240326154701
Th_1112

一番外側の城門から入ると中にも教会の他にさらに城壁が築かれています。城の中には「ゲオルク教会」があり、その教会の壁には1495年に大司教となったレオンハルトのレリーフが彫刻されています。彼はこの教会ではなく、この城自体を建設した力を持った人物だったようです
Th_1213

城門の中にも食事や飲み物を取れる場所もあり、ゆっくりと回っても楽しめる場所だと思います。
Th_13_20240326154801

1番上へと昇る途中でこのようなジオラマも展示されています。こう見るとやはりホーエンザルツブルク城はかなり高い場所に築かれていることがわかりますね。
Th_20_20240326154801

眼下にはこれまで歩いてきた世界遺産のザルツブルグ旧市街が手に取るように分かります。
Th_2122_20240326154801
Th_22_20240326154801
Th_23_20240326154801

階段の最後まで登り切ると360度視界が開ける場所があります。小さなスペースに多くの観光客がいます。隙間から全周を覗いて観察してみました。
Th_2319
Th_2420

ザルツブルグは四方を山脈に囲まれた場所にあることが実感できます。
Th_25_20240326154801
ザルツブルグへ来て、天気が良ければホーエンザルツブルク城は是非登ってこの景色を堪能して欲しいです。

2024年4月21日 (日)

ノンベルク修道院(Stift Nonnberg)

ザルツブルグ大聖堂の見学を終えて、細い路地を通りノンベルク修道院(Stift Nonnberg)へと向かいました。この修道院も私を初めて映画が面白いと感じさせてくれた「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台となった場所でした。

主人公のマリアが過ごした修道院として使われ、トラップ一家の家庭教師として不安ながらも気丈夫に自分を奮い立たせて旅立つマリアの姿が印象的でした。

まずはノンベルク修道院の歴史について記載します。と言っても私には知識がありませんので、修道院のホームページにはこのように記載されていました。

ベネディクト会ノンベルク修道院は、ホーエンザルツブルク城塞の下、フェストゥングスベルクの東麓に位置しています。私たちの修道院は聖ペテロによって設立されました。ルパートは 712 年から 715 年の間に設立され、それ以来継続的に存在しています。同時に、ノンベルクはドイツ語圏で最古の女性修道院です。

狭い修道院エリアは西側で要塞の周囲の壁に接しており、残りの側面は急な傾斜になっているため、複合施設を拡張することはできませんでした。その結果、修道院の建物は 11 世紀から 20 世紀の建物がコンパクトに集まった複合体を形成しています (建物の最も古い部分はもうありません)。自由に出入りできるのは教会と墓地のみです。

Th_12_20240321083701

非常に長い歴史のある修道院のようです。前々回ブログに記載した聖ペーター修道院(聖ペーター僧院教会) と同じ聖ルパートによって創設 されたとのことです(→聖ペーター修道院 ) 。上の地図のようにお互いに近い場所にあります。
Th_2_20240321083701

ザルツブルグ大聖堂の前の広場からザルツブルグ城がよく見えます(ザルツブルグ初日は雨または曇り空で翌日からはよく晴れてくれました)
Th_3_20240321083701
Th_4_20240321083701
Th_5_20240321083701

ザルツブルグの城へ昇るケーブルカー乗り場(上の写真の右側の建物に青い看板が出ているところ)の細い道を進んで行きます。
Th_6_20240321083701

この辺りの風景は映画「サウンド・オブ・ミュージック」でマリアが修道院からギターを抱えてトラップ邸へ向かうシーンで使われて、ここから下に向かう階段を降りゆくと有名な馬の噴水へと切り替わる前の場所だと思います(著作権があるのでシーンを載せる事が出来ません😢)。
Th_7_20240321083701

ザルツブルグに来た1日目は雨や曇り空でしたが、翌日からは晴れていました。上は晴れた日のほぼ同じ場所からの写真となっています。
Th_10_20240321083701
Th_11_20240321083701

ノンベルク修道院への入り口はいくつかの門がありますが観光客が入れるのは上の矢印でぐるっと回った所となります。
Th_20_20240321083701
Th_21_20240321083701

ちゃんと「ノンベルク修道院」の看板もあります。鉄製のゲートも開いたいましたの自由に入ることが出来ます。
Th_22_20240321083701

映画の中ではマリアが教会を出てトラップ一家に向かうシーン(マリアが右手にギターを左手に鞄を握って修道院出てくる)でここが使われます。実際は正面の(今はドアが閉まっていますが)教会を出てこちら門から出るのではなくて、上の写真の右向きの通路をに向かって出て行く場面として撮影されています。
Th_23_20240321083801

ゲートの横にあった掲示板には修道女達の活躍が展示されていました。映画のシーンのような衣装ですね。修道女達の唄声も聞こえてきそうです😃
Th_25_20240321083801
Th_26_20240321083801
Th_27_20240321083801
Th_28_20240321083801
Th_31_20240321083801

門から入ると最初は正面の教会への門が閉じていたため入り口だけ見学が出来ると考えました。しばらくすると観光客らしい方がこのドアを開けて出てきたために、私達も恐る恐るドアを開けて入ることに。問題なく観光客も入れるようです(ただしマナーとして静かにです)
Th_32_20240321083801

中に入ると賛美歌が流れていて雰囲気があります。今でも修道女の方々ミサを行ったり、唄ったりしているのでしょうか? 思ったより床が響くのですが、写真撮影は消音モードにして撮ることにしました。
Th_33stift-nonnberg

カトリックですが修道院だけあって内部は質素で落ち着いていました。祈る場所としては相応しい静寂さがありました。
Th_33_20240321083901
Th_34stift-nonnberg
残念ながら今回の旅行でノンベルク修道院の全体像が撮れていませんでした😂。上の写真は翌々日の散歩の時に撮った写真で右上がホーエンザルツブルク城で左上の赤い尖塔があるのがノンベルク修道院です。
<後述>
私もこの修道院を映画「サウンドオブミュージック」の世界と結び付けて記憶していました。 修道院のホームページで私達が誤解していであろう点についての記載が載っていましたので追記します。 
20 世紀において、当修道院の歴史は、いくつかの映画、特に「サウンド オブ ミュージック」(1965 年) を通じて世界的に知られるようになりました。ゲオルグ男爵フォン トラップの家族の歴史とも密接に結びついています。映画の中で描かれている、マリア・アウグステ・クッシェラはまだ修道女ではなく、男爵の家の手伝いをしてほしいとの要請で当時の修道院長から派遣されたとき、ノンベルクにある「修道院の学校の候補者兼教師」に過ぎなかったとわざわざ記載しています。私を含めて映画の影響を受けた人々はマリアがこの修道院の修道女であると勘違いしているので、わざわざ記載したのだと解釈しました。
1927 年、マリア アウグステとゲオルク フォン トラップはノンベルク大学教会 (Nonnberg collegiate church 、Stiftskirche Nonnberg )で結婚しました。マリア・アウグステは、1984 年に亡くなるまで私たちのコミュニティと連絡を取り続けました。しかし、映画「サウンド オブ ミュージック」(1965 年)には、私たちの修道院のオリジナルの内部映像はまったく映っていません。結婚式のシーンも大学教会ではなくモンゼー教会で撮影されました。撮影は墓地と修道院前のみで行われた。

・・世界中から「サウンド・オブ・ミュージック」を観た観光客が押し寄せて、誤解を招いていると考えて記載したと思います。映画の世界がすべて事実を投影している訳でもなく、撮影の場所も必ずしも映画とは違うことを修道院も気にしたのかも知れませんね。それでも私の心の中にはマリアの生き生きした姿がいまでもこのザルツブルグの世界の中に残っています。

2024年4月14日 (日)

ザルツブルク大聖堂(Cathedral of Salzburg、Dom zu Salzburg)

ザルツブルク大聖堂は774年に聖ヴィルギルによって創設されたヨーロッパ有数の美しさを誇る教会と紹介されています。長い激動の歴史を持つことで知られ8回にも及ぶ火事での焼失の後に建築家サンティノ・ソラーリによってバロック様式に改築され現在の姿になっています。 奥行99メートル横幅88メートルもあり、どれぐらい入るかは分かりませんが、1万人の信者が大規模なミサを行ったと記載しているブログがありましたので、それぐらい入る大きな教会だと思います。

Th_12_20240316123701

宿泊したアパートメントから大学広場と通り、ザルツブルク音楽祭の主会場である祝祭大劇場の横を通り、修道院を観察しました(→聖ペーター修道院)。その後ザルツブルク大聖堂へと向かいました。
Th_2_20240316123701

ザルツブルク大聖堂の前にはザルツブルク音楽祭期間中に野外コンサートが出来るように臨時の会場が設置されています。7月中旬から8月31日まで長らく開催される世界的な音楽祭ですが、私達が訪問した8月29日には屋外コンサート会場は演目が終了し解体が始まる所でした。 広場の中央にはマリア像があり、そこから教会の正面を写真で捉えたかったのですがまだ足場があり残念な写真となりました。このマリア像の立つ大聖堂の前の広場では1920年にホフマンスクール作の戯曲イエーダーマンが上演されザルツブルグ音楽祭の始まりになったと言われていて、毎年屋外ステージでザルツブルク音楽祭の期間中色々な演目が行われているとのことです。

Th_3_20240316123701

工事の関係者が解体の打ち合わせをしているようでした。
Th_4_20240316123701

Th_6_20240316123701

正面のファザードには3つの門があり、それぞれに大きな彫像が置かれていました。最初はこの門の意味が分かりませんでしたが、後で教会内に説明書きがありました。中に入るとチケットコントロールがあります。ここはザルツブルグカードで半額?で入る事が出来ました。
Th_7_20240316123701

初めて入るザルツブルク大聖堂ですが天井も高く、圧倒的な美しさでした。しばし息を吞むぐらいの感動を味わいました。入って直ぐ左側に案内の看板がありました。
Th_8_20240316123701

オーストリアは第2次大戦でドイツに編入されますので、ザルツブルグも連合軍の空爆に遭ってしまいます。写真の右側のようにザルツブルク大聖堂も破壊されたようです。戦後修復を行い元のように復元されて私達もこの立派な教会をみることが出来ています。この教会の修復には日本から多くの寄付が寄せられたようです。この写真の左の上には日本語で「修復の寄付への感謝」が記載されていました。内容を見やすいように左の段に追記しています。
この記載から3つ上の写真に写っている3つの門の意味も回ったのです😅 ドーム広場から大聖堂の正面の大きな黒い3つの扉があり「信仰・愛・希望」を象徴しているそうです。入り口の彫刻像は手前から最初に大聖堂を建立した司教のヴィルギル、中央が火災後に再建した大司教パリス、奥の方は1959年戦後再建時の大司教アンドレアスがモデルのようです。
Th_91_20240316123701
Th_101_20240316123701

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトや、聖歌「きよしこの夜」の歌詞を作ったヨーゼフ・モールが洗礼を受けたロマネスク様式の洗礼盤でが火災や空爆にも耐えて残されています(何となくライオンの形や姿勢が遠いスペインのアルファンブラ宮殿の獅子と似ていていると感じました→アルファンブラ宮殿 )。洗礼版は14世紀に造られたもので、盤を支えるライオンは12世紀頃に造られたものです。

モーツァルトはここで洗礼を受けて、その後ザルツブルク大司教に使え大聖堂のオルガン奏者を務めました。モーツァルトは20以上のミサ曲を作りましたがその多くは大聖堂で演奏されたようです。世界的な指揮者であるカラヤンの葬儀もこの大聖堂で行われたとしても有名です。

Th_10_20240316123701
Th_11_20240316123701
Th_12_20240316123702
Th_13_20240316123701

他の教会にないほどの見所は主祭壇の他に絵画が置かれた祭壇が多数設置されており、その1つ1つが大きな教会に匹敵するほどの壁面のフレスコ画、そして最上部には十字架や彫刻さらには天井画で埋め尽くされておりどれもが美しいことだと感じました
Th_15_20240316123701
Th_16_20240316123701
Th_17_20240316123701

教会の中に沢山の教会があるようで、それぞれのドームにある彫刻や天井画を見るだけでも価値のある時間を過ごすことが出来ます。
Th_18_20240316123801
Th_20_20240316123801
Th_21_20240316123801
Th_22_20240316123801

このように幾つもの構造物が重なりあって奥行きのある美しさがありました。
Th_30_20240316123801
Th_31_20240316123801
Th_32_20240316123801
Th_33_20240316123801
Th_34_20240316123801

モーツァルトも演奏したと言われる大聖堂のパイプオルガンは6000本のパイプを使ったヨーロッパ最大級のオルガンと1つと言われています。大聖堂が広く天井も高いのでパイプオルガンが大きいとは感じませんが、実は非常に大きなパイプオルガンなのです。
Th_35_20240316123801
Th_36_20240316123801
Th_37_20240316123801
Th_38_20240316123801

それぞれの部屋の天井部分を見るだけでも圧倒される大聖堂内部です。改めて戦争で破壊されたのにここまで綺麗に修復出来ているのにはビックリしました。
Th_40_20240316123801

教会をぐるっと1周した後に地下へと続く階段を見つけましたので降りて見学することにしました。昔の遺構をみることが出来たり、小さな礼拝堂もあるようです。古代と近代が入り混ざった空間でした。
Th_41_20240316123901
Th_42_20240316123901
Th_43_20240316123901

やはりザルツブルクの中心の教会ですので、こちらには是非入った方が良い場所だと思いました。
Th_50_20240316123901
外に出て 広場側からみた大聖堂です。時間に合わせて鐘の音が聞こえてきました。この大聖堂には7つの鐘が設置されているとのことです。その中で有名なのがオーストリアで2番目に大きいと言われるサルヴァトールの鐘で、誰が投票したか分かりませんが(😅)オーストリアで最も美しい音色を出すと言われているそうです。

ザルツブルク旅行記まだまだ続きますので、これからも宜しくお願いします😊

より以前の記事一覧