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旅行・地域

2020年9月20日 (日)

世界を夢みて(209): サンセバスチャンに到着(市内観光)No2

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コンチャ湾沿いの遊歩道を歩き、少しだけ丘を登って、旧市街へと入りました。ここは美食の街と言われるサン・セバスチャン旧市街地で有名なバルが建ち並んでいます。午後の3時頃でしたが、既にバルの中にも多くの方が入っていました。夜はもっと賑やかになります。

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旧市街に入り、丘の方向に何やら古い教会が見えてきました(私は個人的にあまり人の顔を写すのが得意ではありませんし、自分自身も撮られるのが嫌いです😅。顔が正面に見えるとその個人が分かりそうな時に写真の中に文字を入れて使っています。どうか人様の顔の上に文字を書いているのをお許し下さい)。 バロック様式のサンタマリアデルコロ教会(basílica de santa maría del coro donostia)です。サン・セバスティアンの守護聖人である「サンタ・マリア・デル・コロ(Santa Maria del Coro)」を祀った教会だそうで、1743年から30年程費やして建てられたとのこと。

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教会の時計の下には、サン・セバスティアンの守護聖人「セバスティアヌス (Sebastianus)」が、何本かの矢を射られた姿の彫刻で立っています。 セバスティアヌスは元はローマの軍人なるもキリスト教に改宗します。当時キリスト教はローマでは認められずに、彼は皇帝の命により身体中に多数の矢を射られます。それでも死ぬことはなく最後は死ぬまで殴打されて殉職したそうです。そのためこの守護聖人の像は他の教会でも弓が刺さった状態で描かれていました・・・300年以上矢が刺さった状態で立っています😢。 教会の正面の壁には沢山の彫刻がありますが、詳細は分かりません😅 

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サンタマリアデルコロ教会は突き当たりにあり、ドアが開いていて自由に入れると思ったら、一応入場料が3ユーロ必要でした。当然と言えば当然でしょうけど? 何となく開けっぱなしの感じでしたのでそう思えました。内部も外部同様に装飾が綺麗な教会でファザードも高く厳粛な雰囲気となります。主祭壇の彫刻も、更にその上の絵画も矢を射られた「セバスティアヌス(Sebastianus)」が描かれており、この街の守護聖人に捧げられた教会だと言うことを改めて実感致します。
教会の外に出ると目も眩むような明るさです。
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旧市街は細い通りに石造りの街並が十字状に走っています。この周りはサンセバスチャンの中心のバル街でもあります。今や世界中から美味しい食べ物を求めて来られる場所で、有名なお店が軒を連ねています(この時刻でバルに入ってピンチョスのお昼ご飯を食べました。バルについては後ほど記載います・・・まあ私の味覚ですので期待しないで下さい😅)
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通りを東側に歩いて行くと、横に大きな広場が見えて来ます。そこに続くアーケードは入ってみました。
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アーケードを通るとサン・セバスチャン旧市街地の中心部にある有名なPlaza de la Constitucionコンステシオン(憲法)広場に入りました。 長方形の広場はかなり広々とした場所でした。この広場は18世紀初めに作られたそうで、周囲はパルやカフェがあり、市民の憩いの場所のようです。

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かつては闘牛場としても利用されていたということで、広場を囲むテラスは、観覧席として貸し出されたのこともあったとのことです。この広場は市民に取って大切なお祭りのLa Tamborradaの開会宣言が行われるとのことです。毎年1月20日のサンセバスチャンの日の午前0時にこの広場は人で埋め尽くされ、開会宣言が行われ、多くの市民が太鼓を叩きながら街を行進するとのことです。パンプローナでは市庁舎で牛追い祭りの宣言を起こっていましたので、この広場はサン・セバスチャン市民にとっては重要な場所かも知れません(パンプローナの市庁舎は→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-2f5b48.html )。
Th__20200618151803後で調べて観るとこの広場の一角の建物は以前の市役所で、現在は市立図書館として利用されているとのことです(中は入りませんでしたので詳細は分かりません)
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広場から通りに出ると、青空に映えるサンセバスチャンの旧市街地の街並です。何処をとっても絵になる光景ですね✨️
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通りを出て更に東に歩くと、またまた教会が出て来ました。後で調べたらサン・ヴィセンテ教会(Iglesia de San Vicente)だそうです。16世紀に建設されたゴシック様式の教会でサン・セバスティアンで最も古い教会とのこと。

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サン・ヴィセンテ教会(Iglesia de San Vicente)のファザードの飾りや、横にあった水道跡?は如何にも歴史のある造りとなっていました。

・・・写真も多くなりましたので、次回に続きます。

2020年9月13日 (日)

世界を夢みて(208): サン・セバスチャン国際映画祭 2019年

私がサン・セバスチャンを訪ねた2日後にはスペイン最大の映画祭、第67回サン・セバスチャン映画祭(スペイン語: Festival Internacional de cine de Donostia-San Sebastián、バスク語: Donostiako Nazioarteko Zinemaldia) 2019(9月20日〜28日)がこの地で開催されるため、その準備で街も活気づいているようでした💡

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今やスペインを代表する女優「ペネロペ・クルス」さんが今回の映画祭のポスターに使われていました。後で判ったことですが、この映画祭で彼女は生涯功労賞にあたるドノスティア賞を受賞されたそうです。彼女の映画を観たのは確か「すべての美しき馬」「コレリ大尉のマンドリン」だったと思いますが、日本でも彼女を有名にしたのはトム・クルーズ主演の「バニラ・スカイ」だったのではないでしょうか? 「ボルベール 帰郷」「それでも恋するバルセロナ」・・などなどですね。

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カンヌ、ヴェネツィア、ベルリンに並ぶ歴史ある映画祭だそうです(私は余り知りませんでした😅)公式ホームも貼り付けて置きます(→https://www.sansebastianfestival.com/fototeca/index.php  )。なるほど私も見たことのある映画監督や俳優さんが沢山出ているようです。(↑)川向こうの四角い建物がメイン会場のクルサール国際会議場・公会堂です。

日本人の作品も多く出ているようでした。調べた限りでは、三池崇史監督 「初恋」、土井康一監督「よあけの焚き火 」、是枝裕和監督「真実」、新海誠監督 「天気の子」、渡辺崇監督「ル・ショコラ・ドゥ・アッシュ 」、深川栄洋監督「そらのレストラン」、しまだちえみ監督 「ちよ」と多くの作品が上映されるようです。内容は判りませんが、個人的には是枝監督とあの大女優のカトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュが共演しているのは気になってしまいますが・・・

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向こうに見えるのが映画祭のメイン会場のクルサール国際会議場・公会堂で橋の欄干もユニークで特徴的です

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橋を渡らず、反対側には歴史を感じさせるビクトリア・エウヘニア劇場があります。
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ビクトリア・エウヘニア劇場を進むと、やたら長い名前のマリア クリスティーナ ア ラグジュアリー コレクション ホテル サン セバスチャンがあります。ここに泊まれる訳ではなくて、ここを載せたのはこの映画祭の時に映画スターなどが沢山泊まるホテルだということでしたので、覗いてみることに。
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5ッ星ホテルだけあって中も本当に綺麗です。取りあえずロビーまでは入れましたが、それ以上の階に上がる勇気はなかったです😅

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ホテルの前を出るとこのような感じです。2日後には上のような感じでレッドカーペットがひかれて、映画スターや監督が歩くそうです(上の写真は実際はレッドカーベットはありません、私が写真に赤帯を着けただけの合成です)。一般の方は柵の向こうに立って身近で映画スターをみることが出来るようです。あと2日この場所に滞在できたらみれたのかも知れませんね😊・・・まあ私の場合は混雑がなくて街を楽しめたので良かったと思っていますが・・・😉

2020年9月 6日 (日)

世界を夢みて(207): サンセバスチャンに到着(市内観光)No1

今回のスペインとフランスにまたがるバスク地方の旅先は海沿いの街が多かったため、無理して内陸部にあるかつてのナバラ王国の首都のパンプローナを旅先に入れました。朝早くオンダルビアの古城ホテル(パラドール・オンダルビア)を出発し、午前中にパンプローナを散策後脇目も振らずに(笑)にサン・セバスチャンへと向かいました。

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内陸のパンプローナから車で大西洋に面したサン・セバスチャンに向かいます。バスク地方に入ると公共の標識を含めて、バスク語の表示とスペイン語の表示が並列して記載されることに気がつくようになります。

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これから向かうサン・セバスチャン「ビスケー湾の真珠」とも形容される美しい街です。最近では美食ブームもあって今では「世界一の美食の街」とも呼ばれるようです。

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味音痴の私(基本的に何でも食べられて、何でも美味しいと感じてしまう味覚で、細かな味の違いが分からないのです😰)にとっては、俄然前者の美しい街の方に興味が湧いてしまいます。

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サン・セバスチャンに到着後ホテルにチェックインの前にコンチャ湾を取り囲むような遊歩道を散策しました。上の地図の湾の周辺を歩いているのが上の写真になります。夏のバカンスシーズンには浜辺は人で埋め尽くされるとのことですが9月下旬となると疎らです。

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コンチャ海岸沿いの遊歩道を中心部の旧市街地へと進むと、右手にアルデルディエデル公園が見えてきます。子供達の遊び場もあり親子がノンビリと楽しむ光景がありました。その奥にはサン・セバスチャン市庁舎の建物が見えてきました。なんと昔はこの建物はカジノのだったそうです。優雅な石造りの建物ですが、外観の写真を撮ったぐらいで、今思えば中も見ておけばよかったと後悔しています😢

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市庁舎の横を海外沿いに向かうと次第に人通りも増えて来ます。市庁舎の奥を今度は右に進むと美食の街のバルが並ぶ旧市街へと繫がります。写真の頂上に見えるのがモンテ・ウルグルの丘にあるキリスト像が見えてきます。その周囲はモタ城という要塞があり、今でも大砲などが残っているとのことです。

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市庁舎を過ぎた当たりが砂浜の先端となりますが、ここから眺めると半球状の湾だとよく分かる光景です。きっと夏のシーズン中は人でいっぱいなのでしょうね。
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写真を撮るだけのために走って丘の中央の写真スポットまでは昇ったのですが時間がないために、後少し上のモタ城には上がれませんでした😭
今回のホテルは反対側のモンテ・イゲルドの丘にありましたので、その場所からの写真も一緒に並列して並べてみました。どちらも美しいです。もし時間がある場合には両方とも昇って楽しんで欲しいですね。心が洗われるほどの美しい景色でした💕(続く)

2020年8月30日 (日)

世界を夢みて(206); パンブローナ(牛追い祭り)

先週、パンプローナを有名にした作家のヘミングウェイについて記載しましたが、「牛追い祭り」について追記したいと思います😃

情熱の国といわれるスペイン。確かに南西部を中心に、太陽に燦々と降り注くイベリア半島のを旅すると、スペイン人は情熱的で自由奔放で陽気な人々にであえます。そのラテン系の陽気さと同じ様に、祭りも大大的で特徴ある(日本ではあり得ないような)祭りも多く見受けることが出来ます。 そんなスペインの代表的なお祭りが「バレンシアの火祭り」「セビリアの春祭り」「牛追い祭り」の三つです。その中でも細い路地を「牛を追いかけるのか、牛に追いかけれられるのは」分からないような祭りがこのパンプローナで繰り広げられる「牛追い祭り」です。

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パンプローナの旧市街に入ると、このようなイラストや人形をみることが出来、祭りの期間でない場合でも、この街が有名な牛追い祭りの場所で在ることが分かります😀

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このようなポスターもあり、そうそう「テレビで見たことあるよね」と思ってしまいます。スペインで行われている牛追い(エンシエロ)で最も有名なものが、パンプローナで行われる牛追い祭りだそうです。パンプローナの守護聖人である「サン・フェルミンの日(7月7日)」を祝うサン・フェルミン祭の一端として行われています。
この祭りは「牛追い?」で有名ですが、もともとは、その日に闘牛で戦う牛を闘牛場まで移動させることが始まりとなっていたのです。 それがいつの間にか牛の前を走るお祭りに変化しました。過去に死者が出ている危険なお祭りですが、18歳以上であれば参加することが可能です・・・上限はないのでしょうかね?・・なら私もと言いたいところですが、きっと100メートルも走ると牛に引かれてというより、運動不足による心臓発作で命を落とす可能性が高いかも知れません😢
 参加者は白い服に、首に赤いバンダナを巻き、腰には赤い紐を身にまとっています。 この赤いバンダナに関しては次のことが理由だとのことです。3世紀頃、聖フェルミンはパンプローナのあるナバラ地方にキリスト教を伝道した聖職者で、伝道を続ける途中のアミアン(南フランス)で斬首されてカトリック教会の殉教者となります。フェルミンの受難を思い出すために、祭りの参加者は首に赤いスカーフを巻いて参加するのだそうです(白い服になったのは1960年代からだそうで理由は分かりません😢)。
祭りの開会宣言は7月6日正午。人で埋め尽くされた市庁舎広場で行われます。市庁舎のバルコニーから市長は「パンプローナ市民たちよ!ビバ・サン・フェルミン!」と宣言を出し、広場を埋め尽くした参加者たちが「ビバ!」と応えると同時に1.2mの大きさのロケット花火(Chupinazo:チュピソナ)が打ち上げられ、いよいよ祭りのスターだそうです。その宣言とともに牛追いはスタートしませんが、広場ではシャンパンや生卵が投げられるとのことですので、悠長に写真を撮っていたりするとひどい目に遭うかも知れません。服が卵で汚れようがもう自分もきっと参加者の一人なのできっと楽しんでいるのでしょうね・・・一度は参加してみたいです(バルコニーから😀)

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街の中心地にはこぢんまりした、市庁舎がありました。ファザードは17世紀のバロック様式で再建されてもので、屋上には力強い彫刻像やナバーラ王国の紋章が装飾された気品ある建物です。 朝まで雨でその後晴れたためか、バルコニー前には観光客が一気に広場に出て来たようで、混雑していました。
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期間中毎朝8時から行われ、闘牛場までの約800mを荒ぶる牛とともに駆け抜けます。調べてみると、誰かが1番になるとかでもなく、牛よりも早く走ればいいというわけでもありません。己の勇敢さや度胸が試すことが目的で、全速力で走る牛の前を走ることができた人は勇者となり、名誉を得るとのことです・・・しかしそれで毎回多くの人が怪我をして、時には命を落とす人もいるのに、人間の行動は理解不能な部分もあります。だから人間は面白い生き物かも知れません😵

上の写真は両方にバルコーニーがあり、その時には見学客で人もいっぱいですが、眺めのよいバルコニーは牛追い祭りの撮影のテレビ局などで使用され、実に何百万でその為に貸し出されるバルコニーもあるそうですよ。この通りを牛と人間が走って来ます。

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街歩きをしながら、闘牛場に向かうと有名な「Monument al Encierro」があるとガイドブックにも載っていますので、iPhoneの地図アプリの指示に従いながら、進むと巨大なブロンズ像が見えて来ました。
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大迫力のブロンズ像です。他のヨーロッパ諸国では戦争記念碑のような感じのブロンズ像が多いのですが、ここでは人間と牛の戦いの場面です

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近くで見てもド迫力!、この倒れた人は難を逃れることが出来たのでしょうか? もしも私がこの祭り期間に訪れることはあっても、バルコニーからの見学で十分であります😓
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走ってきた牛はゴール地の闘牛場に入って行き、実際に午後からは闘牛として使われるとのことです。パンプローナの闘牛場の壁にも牛追い祭りが描かれていました。
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パンプローナに到着した時には雨で、傘をさしての闘牛場の写真でしたが、すっかり晴れ渡りゆっくりと写真を撮ることも出来ました。

ここパンプローナの牛追いはアメリカの小説家、ヘミングウェイの作品『日はまた昇る』や『午後の死』で有名になり、それ以降更に多くの観光客が訪れるようになったとのことです。

次回からは内陸のパンプローナから(私には余り縁のなさそうな😅美食の街)サン・セバスチャンへと向かいます。

2020年8月23日 (日)

世界を夢みて(205); パンブローナとヘミングウェイ「日はまた昇る」

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今回旅行先をバスク地方に決めてから、多くの場所が海岸沿いの街である中で、内陸部のパンプローナを観てみたかったので訪ねることに。この場所に興味があったのはテレビ番組などでも何度となく放映される「牛追い祭り」でした(なんで牛に追いかけられて楽しいのよって😰)。私が訪ねたのは2019年9月ですので、当然牛追い祭りの期間ではありません。

スペイン文化の1つだった闘牛は、スペインとその影響を受けたメキシコが主な開催地で、ローカルな競技だったと思います。 この闘牛やパンプローナの牛追い祭りについて、世界中に注目を浴びせたのも、アメリカ作家のアーネスト・ヘミングウェイの小説だったと言われています。

ヘミングウェイに関しては余り知りませんが、何となく、古き良き時代のアメリカのマッチョの作家のイメージが付きまとってしまいます(好きな方からは非難を浴びせられそうですが・・・余り知らないのであくまでイメージです。お人好しで、酒と女も大好きで、狩りや漁も好きな叔父さん的な存在です)

ヘミングウェイは第1次世界大戦で赤十字の輸送部隊としてヨーロッパ戦線で参戦し負傷します。その後イタリア・ミラノで治療を受け、その時の経験が小説「武器よさらば」になったとのことです。

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1923年にヘミングウェイはパンプローナを訪れた際に実際に闘牛や「牛追い祭り:サン・フェルミン祭」を見学し、その魅力に取り憑かれる事になります。その後もスペイン各地やあるいはメキシコで何度も闘牛を見学に出かけたそうです。

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余談になりますが、以前スペインのロンダの闘牛場を訪ねた時も、ここにヘミングウェイは足繁く通ったと聞いたことがありました。(スペイン・ロンダについては→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/77-6fed.html
1926年には「日はまた昇る;The Sun also rises」を発表し、世界中からこのスペインの田舎町に観光客が押しかけるようになります。今では牛追い祭りは世界中に配信されることにもなったとのことです。

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パンブローナの巨大な闘牛場の入口にはヘミングウェイ胸像がおいてあることより、パンブローナ市民にとってもヘミングウェイは親しみのある作家なのかも知れません。

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闘牛場からほど遠くない街の中心にヘミングウェイがパンプローナ滞在時に定宿としていたHotel de Perlがありました。今回パンプローナで宿泊の予定はないため、パンプローナのホテルのチェックは全くしていませんでした。今調べて観ると、1881年創業の洗練されたホテルのようです。こだわりの強いヘミングウェイが愛したのですからそれなりの値段もしたのでしょうか😀
余りヘミングウェイのことを知らないのですが、事前に調べたところでヘミングウェイが通ったバーがあるとのことでしたので、その場所も覗いてみました。

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パンプローナの街の中心部、カスティーリョ広場(Plaza del Castillo)に面しているヘミングウェイの通った老舗カフェがあります。

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右の建物の奥に入口があります。カフェ・イルーニャ(Cafe Iruna)が1888年より創業しているこの老舗のカフェです。入口もシックです。
店内はその歴史を感じさせるレトロな内装で素敵ですが、観光客が多いのでしょうか? 昼前からいっぱいでとても綺麗な内装は写真に納めることが出来ませんでした😢

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ただ私が行きたかったのはこのフロアではなくて、奥にある、ヘミングウェイが通っていたバーなのです。今では彼がいつも座っていた場所に銅像が建てられています。大人の雰囲気のバーでなるほどお酒好きなヘミングウェイが入り浸りだったことも分かります。
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部屋の中には当時の写真なども飾ってありました。今ではヘミングウェイの部屋とでも言う場所なのでしょうか?  店内は食事でなくてもコーヒーヒーやケーキもありますので時間があれば入ってこのゴージャスな雰囲気も味わって下さい。店員さんに断る必要があるかどうかは分かりませんが(私は一応入って写真を撮ってもいいかは了解を得ました)、是非この部屋も覗いて下さいね。
あまりヘミングウェイのことを知らない私ですが、思わずヘミングウェイの後を辿った気になりました。まあ私にとってはヘミングウェイは「武器よさらば」の原作者との記憶が強いです。なんたってイングリッド・バーグマンが可愛かったので記憶に残っている作品です😓

2020年8月16日 (日)

世界を夢みて(204); パンプローナ(Pamplona)観光No2

パンプローナ(スペイン語:Panplona、バスク語:Iruna)観光の続きです

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パンプローナはスペイン、ナバーロ州(スペイン語:Navarra バスク語:Nafarroa)の中央に位置して、パンプローナ盆地と知られる円形の谷の中にあるとWikipediaには記載されていました。ナバーロ州はスペインのバスク地方に与えられた自治州の1つで1県1州として認められているとのこと。

海に近いオンダルビアからパンプローナに向かう時に丁度雨も降っていましたし、緑の山々を抜けて来ました。私がこれまで3回訪ねて来た南部や中央部の乾燥したスペインとは気候もそしてイスラム文化を感じないなど全く違う感覚でこの地を捉えていました。

パンプローナは盆地ということもあるのでしょうが、年の平均気温が1月が1番寒く9.1度、8月が28.3度と最も暑くなります。降水量は平均で25から75mm/月で、湿度は年間を通して、57〜78%と書いてありましたので、かなり湿潤な気候のようです。やはり他のスペイン地域とは違うような気がします。

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今回の旅行で初めての傘の出番でしたので、雨に濡れないで済むパンプローナ大聖堂を先に見学していたら、出る頃には雨も上がって、次第に青空が拡がってくるようでした。

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パンプローナは中世の頃はナバラ王国の首都として栄え、旧市街地はやはり他の地域同様に硬い城壁で守られていました。旧市街をこのような城壁が取り囲んでいます。このような状況を見ると、中世までは戦争の繰り返しで領土を広げたり奪われたりしていたのでしょうね。

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大聖堂から北に向かうと見晴らし台があり、そこから階下の新市街地を臨むことが出来ます。遠くにフランスとの国境をなすピレネー山脈の山々の峰が続く、盆地であることもよく分かります。

Th__20200503165801城壁から再度門をくぐり、旧市街地へと入りました。いかにも歴史のある建物が続いていいます。
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その中の家の玄関の上に、枯れかけた草のようなものが飾られています。バスク地方でよく見かける事になります。この枯れたような花はバスク地方の標高の高い土地に生息する”EGUZKILORE”エウスキロレ(チャボアザミ)と呼ばれる花で「太陽の花」とも呼ばれているそうです。神話の中で、昔人間は暗闇で生活をしており、常に魔物に襲われる事がありました。それで女神Amm Lurに助けをもとめ月を最初に作るも、効果が薄いため更に人間は嘆願します。すると女神は太陽を与えます。昼は太陽が昇っていることで魔物は現れません。しかし夜になると太陽が落ち魔物が出没するようになります。更に人間は女神に嘆願します。それでは太陽に似たこの美しい花を人間に与えます。これは太陽の代わりとなり、魔物を寄せ付けない効果がありました。その為、バスク地方の人々は年に1回は高山まで登り、この花を持ってきて、玄関先に飾るようになったそうです。現在もこれを玄関扉につけることで魔除け、病や天災避けとして使われています。

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1年に1回しか咲きませんので、高山に咲いてある花は今回の旅行でも写真に撮ることは出来ませんでした。ネットで検索したら、本当にアザミのような葉の中にヒマワリが咲いているような植物でした。著作権がありますので載せることが出来ませんでしたので、イラストを描いてみました(当たらずとも遠からずぐらいです😢)

 

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先に旧市街地を突っ切ってパンプローナの南西部にある城壁公園に向かいました。城壁と堀の後が広大な公園として整備されその先にパンプローナのバスターミナルがありパンプローナの玄関口ともなっています。何となく日本の五稜郭のような感じがしました。城塞公園(Parque de Ciutadella)には、16世紀にフィリップ2世により建設された城塞跡が残されていました。
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本当に広々とした公園として、人々の憩いの場にもなっている様ですが、1つ上の模式図がなければ全体像は全く掴むことは出来ません。
Th_a7308342散策しながら元来た道が迷うほどの広々とした公園として整備されています。パンプローナは歴史ある建物が密集する市街地の中にこのような大きめな公園が幾つかありました。はやり色々な意味で余裕があるのでしょうね。
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緑の多かった公園から、入って来た城門と違う場所の城門から出て来ました。続いては、旧市街地の中の散策を進めたいと思います。

2020年8月 9日 (日)

世界を夢みて(203);パンブローナ観光No1(パンプローナ大聖堂、

オンダルビアからサン・セバスチャンに行く前に、牛追い祭りで有名なパンプローナに寄ることにしました。

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フランスバスクのバイヨンヌ、スペインのオンダルビア、これから向かうサン・セバスチャン、ビルバオと海沿いの街に宿泊となっていますので、内陸のパンプローナも訪ねた方がよいかと思い決定しました。

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内陸部のパンブローナに向かうと、雨が多く急峻な山もあり、私がこれまで来たスペインとは明らかに違う風景がありました。建物がなければ日本の山道を走っているように思える程、似た光景でした。スペインはこれまで3回訪ねたのですが、乾燥した大地に灼熱の太陽、イスラム文化を色濃く残すのが所謂スペインだとイメージしていました。しかしスペイン北部の大西洋側は降水量の多い湿潤で木々が生い茂り、グリーンスペインと呼ばれています。南のイスラム文化が色濃く残すスペインとは違うスペインがここにはありました。

パンブローナはスペイン・ナバーラ州<ムニシピオ(基礎自治体)>の州都で、かつてはナバール王国の首都そして19万の人口を有する都市だそうです。私達にとっては毎年7月6日から14日に行われるサン・フェルミン祭の「牛追い」有名かも知れません。アーネスト・ヘミングウェイの長編小説「日はまた昇る」の主な舞台として名前を知っている方も多いかも知れません。

Th__20200426213201緑の山の間を進むと、牛追い祭りで有名なパンブローナが見えて来ました。今回の旅行で初めての傘の出番です。
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街の看板などをみると確かに牛追い祭りのパンブローナに来たという雰囲気になれいます。闘牛場を通りを抜けて行くとパンプロナの旧市街地で、少し坂道を歩くとこの街のシンボルのIGLESIA CATEDRAL DE SANTA MARIA DE PAMPLONA(サンタ・マリア・デ・パンプロナ大聖堂)のツインの尖塔が見えて来ます。雨が降っていることもあり、先にこの教会に入ることに(入場料は確か大人5€・・はっきり覚えていません😅)。


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12世紀のロマネスク様式の建物を基礎に1397年カルロス高潔王によって建設が始められ、1501年に完成したそうです。天井が非常に高く開放的です。ナバーラ・ゴシック様式と書いてありましたが、詳細は分かりません😰

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主祭壇にはサンタ・マリア・ラ・レアル聖母の像が安置されています。光の関係で余り綺麗な写真が撮れませんでした(残念)。やはりマリア信仰は根強いようで、ナバーラ王国の王たちもこの聖母の前で誓いを立てたとのことです。

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祭壇の前に周りも細かい彫刻に囲まれた2つの彫刻像が安置されています。これはこの地を治めたナバラ王カルロス3世と妃レオノール・デ・トラスタマラの墓石とのことです。フランスの彫刻家ジャナン・ロムによる15世紀初めの彫刻のようです。

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1階から尖塔部分を覗くと、これまた綺麗な彫刻された螺旋階段がありました。

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中庭に面した回廊のの彫刻が細かく華奢で繊細です。この当時は円柱が細くみえる様に工夫されたのでしょうか?

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教会に入る前は雨でしたが、教会内を散策している間に、光が差してきました。光が窓枠を映し出すように、影も映える教会です。
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今回も晴れ男の本領発揮でしょうか✌️ 今回の旅行で雨が比較的多いバスク地方の旅でも、傘を差したのはこの2時間程度でした。晴れた後の教会の正面です。やはり青空の方が映える教会ですね💖

 

2020年7月26日 (日)

世界を夢みて(202):オンダルビアの朝夕の眺め(刻々と変化する眺望に感動!)

旅は憧れです。異空間の中に、しがらみを捨てしばし浸かることが出来ます。新しい感覚、新しい世界に心がときめきます。 新型コロナウイルス感染症の影響で自由に旅行に行けなくなった分、憧れは更に強くなったと感じます(今回の旅行記は2019年9月の旅を書いています)。
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フランス国境に近いオンダルビアでは、9世紀からの王様の居城をリニューアルしたパラドールに宿泊出来ました。

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夜も昼もパラドール・オンダルビアはそれ自体が歴史の重みと共に美しく感じます。王様を含めてこの入口をどれ程多くの人々が通ってのでしょう?

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海外旅行は時間もお金もかかり簡単に出かけられる場所ではありません。色々なことを我慢して旅に出ているのですが、それでも行ける私は幸せと思っています。 私の周りにも旅行に行くことを応援してくれる方も沢山います。本当にありがたいことだと感謝します😃


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私は文才もなく楽しい旅の思い出を表現出来ませんが、少しでも出かけた街々の雰囲気が観てくれる方に伝わって欲しいと願っています。今回はオンダルビアの朝夕の眺めが美しいため、時間と共に刻々と変化する眺望を中心に載せてみます。
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パラドール・オンダルビアの窓からの眺め(16時)

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パラドール・オンダルビアの窓からの眺め(18時)

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パラドール・オンダルビアの窓からの眺め(21時)

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パラドール・オンダルビアの窓からの眺め(23時)


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パラドール・オンダルビアの窓からの眺め(01時)

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パラドール・オンダルビアの窓からの眺め(06時)

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パラドール・オンダルビアの窓からの眺め(09時) 清々しい朝のオンダルビアです。朝の散歩にもってこいの天気です💖 

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朝散歩したら小さな朝市が開かれていました。作りたてのパンに新鮮な野菜が並んでいます。小さなパンを1個購入して、次の目的地パンブローナへと向かいます。

2020年7月19日 (日)

世界を夢みて(201):オンダリビア市内観光


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飛行機を何度か乗り換え、車や電車、タクシーで移動して、フランスとの国境にあるオンダルビアへと向かいました。オンダルビアは日本でも近年「美食の街」として注目を浴びているバスク地方のフランスとの国境の街です。 私はお酒を余り飲まないですし、食事に関しても「食へのこだわりがなく何でも美味しく食べてしまいます。味音痴の私からすると最も関わりが薄い」街のようにも思え、出かけることを躊躇していました。実際に美食家からは「あんたが行っても勿体ない」と言われそうです😢・・・それでも私がバスクを訪ねたいと思ったのは、かれこれ40年前の「バスク独立運動」ニュースを観るにつけ、「いったいバスクって何なの?」という単純な理由でした。 これまでスペインとフランスは何度か訪ねたことはあっても、両国にまたがり独自の文化を持つバスクのことを実際に自分の目で確かめたいとの思いが次第に強くなったのです。今回やっと訪ねることが出来たのです✨️

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フランスバスクの中心地のバイヨンヌから国境を越えてオンダルビアと入りました。国境をまたいだ感もありませんし、フランス、スペインと言うより、やはり同じバスクなのでしょう、街の雰囲気も似ているように感じられました。

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憧れのパラドール・オンダルビアに荷物を置いて、すぐに連絡船でアンダイエ(フランス)に向かいまたオンダルビア(スペイン)に入って、それから市内を散策しました。(上の写真はアンダイエから見たパラドール・オンダルビアで左側に立っているのはカトリック教会の鐘楼です)

以前にピレネー山脈のスペインとフランス国境にあるラ・リューム山に登って、気にかけることもなく、フランスとスペインの国境を何往復もしましたが(→ http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-34e07a.html )、今回もフランス→スペイン→フランス→スペインと3〜4時間で行ったり来たりしたのです。この地方では国境はあってないようなものですね。

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アンダイエとの渡し船の乗り場より下船しオンダルビア新市街地(?)の場所を歩くと、大きな建物や個性的な住宅も見えます。歩いて楽しい場所です。上の写真の右下の赤い建物は「デンタルクリニック」と看板がありましたので歯科医院なのでしょうね。何となくお洒落なペンションのような感じです。

 

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国境の街ですので、オンダルビアは要塞としての重要な場所で在ったとのことです。 度重なる戦争の中でオンダルビアの住民は城壁の中で暮らしていたとのことです。セント・メリーズゲート(St.Mary Gate)の上にはオンダルビアの紋章が刻まれています。手前の大きな帽子をかぶった衛兵が印象的でもあります。

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海沿いの平たい土地の部分から、ずっと城壁が街を囲むように造られていたようです。中にいると気づきませんでしたが所々にこのような城門が開いていました。城壁の門を通ると歩道橋が設置されていて新市街地へと出ることが出来ます。



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ホテルに戻りながら旧市街地を散策しながら、家の色合いやベランダに干された敷布やベンチで話をしている方などを見ると、この街の日常が覗えてきます。とても時間がゆっくりと流れているようです。

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城壁から次第に王宮へと昇る坂道の両側に造りや高さなどが統一された街並が続き、歩くだけでも楽しいです

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カトリック教会の鐘楼がみてて来ましたので、すぐに丘の頂上のパラドール・オンダルビアに到着です。

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パラドール・オンダルビアの前の広場には夕食にしては少し早いと思うのですが、次第にお客さんも入って来ているようです。いったんパラドールに戻りました。
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パラドールで一休みをしてから、再度坂を下りて、バルがひしめくマリア・サンペドロ通りへと向かいます。

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やはりバスク地方らしい街並です。色がカラフルですし、多くのベランダには鉢植えのお花が飾られています。

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美食の街と言われるバスク地方の街ですので、オンダルビアも美食の街として有名で、サンセバスチャンからも観光客や地元の方も訪れるとのことです。

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私達は1つだけ覗いて、ピンチョスを頂きましたが、実のところは地元のスーパーで色々と夕食の買い出しして、地元のワインを買って、パラドール・オンダルビアの部屋からの景色を眺めて食べたのです。 美食の街に来たらきっと多くの皆様方はお腹がはち切れるぐらい美味しい料理を楽しむことだろうと思います。 味音痴の私でさえ 時間があれば両方試したいのですが・・・・スーパーで買ったハムやパン、ピンチョス、ワインなどもそれはそれでとても美味しかったのです👍  なんといっても食事(お酒の?)つまみにはホテルの窓から見える景色でした✨️  
色々な楽しみ方があると思うのですが、私の方は折角のパラドール・オンダルビアですので、このホテルの部屋からの眺めを堪能したのです💖
(次回は刻々と変化するパラドールからの眺めを記載したいと思います・・ご期待を😄)

2020年7月12日 (日)

世界を夢みて(200):オンダルビア(スペイン)ーエンダイエ(フランス)連絡船

フランスのバイヨンヌからアンダイエを経由して、スペインのオンダルビアに到着。直ぐにパラドール・オンダルビアにチェックインし窓から外の景色を眺めウットリでした。
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窓から対岸のフランスのアンダイエが見えてきます。湾を挟んでスペインとフランスの国境となっています。窓を眺めていると連絡船らしきものがアンダイエの港に入る所でした。

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ホテルの窓より望遠で撮影すると、対岸のフランス・アンダイエも高級リゾート地である事が伺えます

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スペインとフランスの国境の入り江には豪華客船やヨットがひしめき合っています。地中海側のニースやモナコのような雰囲気です。

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何故、この連絡船のことが気になっていたのかと言うと、前泊のフランスのバイヨンヌから国境を越えてオンダルビアに向かう手段がなかなか決めきれず、エンダイエの鉄道駅からこの連絡船の船着き場まで行って、船でオンダリビアに渡ことも1つの案として考えていたのです。
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ノンビリと窓の景色を眺めて見たいのですが、すぐに行動開始です。高台にあるホテルより降って行くと広々とした遊歩道のある海沿いにでました。とても風が爽やかで海の匂いがします。このまま周りを散策しながら船着き場まで歩いて行きます。
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船着き場の近くでは船が陸揚げされペンキの塗り直しの作業をしていました。形も色合いも異国の船ですね。沖縄の船とはだいぶ違います(笑)。
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乗船場では既に多くの方が乗り込んでいて、間もなく出航のようです(15分おきに出航するようです)。チケットの購入は何処でと思ったのですが、乗り込むように指示されましたので、取り敢えず乗り込むことに。乗船後に乗務員が1人2€を受け取りに回っていました。


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入り江ですので波もなく穏やかに進みます。周りを見ながら15分程度で、パスポートチェックもなく(当然ですが😅)、再度フランス入国です。
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入船する前に写真を撮れませんでしたので、このような連絡船で20〜30名乗っていました。

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この港には豪華客船やヨットがずらりと並んでいます。リゾート地だけあって金持ちそうです。それにしても海が澄んで綺麗です。
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フランス・アンダイエの街並は高級リゾート地といった感じで、奥にはカジノもあるそうですが、そこには行かず海岸沿いに座って、対岸のオンダルビアの街を眺めて過ごしました。

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やや中央より左側の高台にあるのがバラドールです。先ほどはあの窓からこちらを眺めていたのですね。特にバスク地方のフランスとスペインの間ではそれぞれの国の国境を意識することなく自由に往来が出来ています。国が勝手に国境線を決めてしまっただけで、バスクの人々にとってはフランスもスペインもなく同じ民族・地域だったのですから自由な往来は当たり前のことなのでしょうね。

・・・あぁ!・それにしても風が心地よいです💖

 

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