マカオ観光『セナド広場〜聖ドミニコ教会』
(今日は5月の第3週ですので、会議のため私のFM放送はなくて医療ネタもありません。そのために年末年始に出かけたマカオ・香港の記事を記載致します)
世界遺産の聖ポール天主堂、ナーチャ廟(⇨前回のブログ)を見て同じく世界遺産のセナド広場に向かって降って行きました
(今日は5月の第3週ですので、会議のため私のFM放送はなくて医療ネタもありません。そのために年末年始に出かけたマカオ・香港の記事を記載致します)
世界遺産の聖ポール天主堂、ナーチャ廟(⇨前回のブログ)を見て同じく世界遺産のセナド広場に向かって降って行きました
今回のモンサント旅行で驚いたのが、村のあちこちに飾られたドラマ『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』『house of the dragon monsanto』 のポスターでした。実はこの村、世界的大ヒット作の重要なロケ地として選ばれていたのです。実は私はこのことを知らずに街を歩いていてこのポスターで初めてわかった次第😅
帰国後モンタントのブログ記事を書こうと調べていたらこのような記事がいろいろなところに載っていましたので要約しながら記述します。
**ネットの情報から以下を記載してもます。最後は私が行った時の写真を載せておきます**
モンサントが劇中で担ったのは、ドラゴンを操る一族、ターガリエン家の本拠地**「ドラゴンストーン」**の屋外シーンです。
巨大な花崗岩の間に家々が埋まったようなモンサントの幻想的な景観は、まさに「ドラゴンの巣」と呼ぶにふさわしい唯一無二の世界観。私たちが歩いたあの岩場や城跡が、そのままドラマの壮大な背景として使われています。
2. 空軍ヘリまで出動!過酷なロケの裏側(詳細は公式なyou-tube動画に載っています)【撮影スポットの目玉】 撮影の場所は私が歩いた村の頂上にある**モンサント城(Castle of Monsanto)**とその周辺の岩場が撮影の中心となりました。
旅行の前にこのドラマや撮影の現場の情報があったらもっと楽しめたと思います(私がこの村を訪ねた理由は巨石が持つ独特な村の風景とモンサント城から眺める壮大な夕日と朝日をみつのが目的でした)ブログのネタとして面白いのが、その撮影の舞台裏です。
機材搬入は空から: モンサントの道は非常に狭く、車両が通れません。そのため、2021年の撮影時にはポルトガル空軍のヘリコプターまで出動して機材を運んだそうです。
人力の勝利: ヘリでも運べない場所は、ポーター(運搬人)による人力で設営が行われました。あの中世のような風景を守るための苦労が忍ばれます。
2021年の撮影当時は、お城の周辺が完全に封鎖されるほどの厳戒態勢だったようですが、現在は**「Dragon's Nest(ドラゴンの巣)」**という観光ルートが整備されています。
ドラマを見たことがなくても、ポスターと実際の景色を見比べながら歩くだけで、「あ、ここがあのシーンかも!」という発見があり、いつもの村歩きがよりエキサイティングになりました。
メインの撮影時期: 2021年10月26日頃から11月13日頃まで
モンサントは巨石の村で有名ですが、もう一つ宿泊者だけに許されるモンサント城からの夕日を朝日が見れることも重要となります。
モンサント(Monsanto)は、ポルトガル中東部のスペイン国境近くに位置する、巨大な岩と共存する不思議な景観で知られる村です。1938年には「ポルトガルで最もポルトガルらしい村」に選ばれ、現在は政府指定の「歴史的な村」の一つとなっています。
モンサントの魅力は前回のブログで書いたようにモンサント城から眺める夕日や朝日が壮大であることも宿泊することを後押ししました。
今日はFM放送ですが、第5水曜日のため「音楽特集」となります。必然的に医療系の記事はお休みになりますので、年末年始に初めて訪れたマカオ・香港旅行記を、ポルトガル旅行記の合間に挟みながらご紹介したいと思います。
今回は、マカオ半島の世界遺産エリア「聖ポール天主堂跡〜ナーチャ廟」を歩いた際の写真を掲載します。
前回のブログでご紹介した「モンテの砦」から坂を下ってくると、やがて教会のファサードだけを残した聖ポール天主堂跡が姿を現します。
そのため、この教会には日本との深い関わりを感じさせる痕跡が数多く残されています。
右上には「無原罪の御宿り」を主題としたマリア像が彫られています。マリアが悪や罪の象徴を踏みつける構図ですが、その足元に刻まれた「七つの頭を持つ龍」が、キリシタン弾圧を行った徳川家康を暗示しているという説があります。(⇨フランス・ルルド)
建設当時、日本は江戸幕府による禁教政策の最中でした。この天主堂建設には日本人キリシタンも参加していたとされ、その強い祈りや無念さが反映されたのではないかとも語られています。真偽は定かではありませんが、非常に興味深い話です。
その横には、日本語文字のような刻印と骸骨の装飾も見られました。

私は時間の関係で見ていませんが、天主堂芸術博物館および地下納骨堂は、マカオ政府が1990年から1996年にかけて行った発掘調査と教会の修復事業の一環で建てられ、かつて聖母教会の内陣があったとされる場所で1996年10月23日に開館したとのことです。色々と見どころもあるようですので、お時間がある方は見学されても良いかもしれません。

神話上の人物であり武道と疫病退治の神であるナーチャを祀っています。当時疫病が流行った際に厄除けとして祀ったところ、疫病が収まったと言われています。ナーチャは多くの神話や伝説に登場する暴れん坊の子供の神です。有名なものでは、西遊記に登場します。
ナーチャは中国の観音様の弟子として人間界の人々を助ける神様であります。
ナーチャは神様になる前に、色々な労苦や試練を乗り越えて、一度体が消滅してしまい、魂しか残っていない状態になりました。
その時、観音様がナーチャを助けるため、蓮根と蓮の葉でナーチャの新たな体を造って魂をもう一度入れてあげました。
ナーチャは西遊記では、孫悟空が天界で「斉天大聖」を自称して反乱を起こした際、父の李天王と共に討伐軍として派遣されました。 火輪など、いろいろな武器を使い孫悟空と戦ったとのことです。西遊記は読んだことがあると思いますがナーチャは覚えていません😅
モンサントは公共交通機関で訪れるには本数も少なく、決して行きやすい場所ではありません。それでも多くの旅人を惹きつけるのは、巨石の中に人々の暮らしが息づく、他に類を見ない風景があるからだと思います。
私がここに宿泊しようと決めた最大の理由は、モンサント城から眺める夕日と朝日でした。時間も手間もかけて辿り着いた先で、もし雨だったらどうしよう――そんな思いもありました。9月は比較的降水量が少ない時期とはいえ、自然相手のことです。雨や霧なら、それもまた旅の一部として受け入れるしかありません。
以前、ハルシュタットを訪れた際、雨に備えてわざわざ2泊したにもかかわらず、見事に雨模様でした。晴れた湖畔の景色は望めませんでしたが、しっとりと濡れた街並みもまた印象深く、美しい思い出として残っています。(⇨ハルシュタット)。
このような大自然の中で夕日を眺める時間は、本当に贅沢です。高級ホテルや美食とはまた違う、その場にいなければ決して味わえない、旅の本質的な豊かさだと思います。
以前、ゴルナーグラートで見た夕日も圧巻でしたが、ここモンサントの夕景にもまた別の力強さがありました。⇨ゴルナグラートの夕日)
モンサントを訪ねた理由の1つにモンサント城からの夕日と朝日を見ることでした。モンサントはポルトガルの内陸部、スペインとの国境近くにある巨石で有名な村です。広々とした平原の中に隆起した岩山にモンサントはあり、その頂上にモンサント城が存在します。 そのために城壁に登ると360度の大パノラマが望むことができます。 モンサントのネット検索すると夕日の眺めが素晴らしいことや写真もあり、どうしてもこれをこの目で見たかったのです。おそらく私の年齢になると、モンサントを訪れるのは最初で最後かも知れません。そのためにここで1泊することを決めたのです。
モンサントに到着を石造りの宿泊施設を見学後にモンサントの村を歩き遅い昼食もとって、再度部屋に戻ってきました。
(今日は第3週水曜日ですので私が会議のためFM放送は担当でなく、医療ブログもないために、年末・年始に行ったマカオと香港の旅行記をアップ致します)
おそらく多くの旅行者にとって、マカオ観光の魅力は大きく二つに分けられるのだと思います。
ひとつは世界遺産に代表される歴史と文化、もうひとつはカジノを中心としたエンターテインメントです。
このまったく異なる二つの顔が、同じ街の中に共存している。
それがマカオという場所の面白さなのかもしれません。
どちらも楽しむことはできますが、私たちはカジノには足を向けず、歴史地区をゆっくり歩くことにしました。
それだけでも、十分にこの街の魅力を感じることができそうな気がしたからです。
それでは、私たちはマカオ歴史地区の散策を始めることにした。

半島の南西部にある「媽閣廟(マーコミュウ)」——
この古い廟が、マカオの始まりとされています。
1488年に建てられたこの寺院は、海の女神・媽祖を祀る場所で、今も多くの人々が祈りを捧げに訪れています。
この街の名前には、少し面白い由来があります。
16世紀、ポルトガル人がこの地に上陸した際、ここはどこかと尋ねたそうです。
それに対して現地の人々は、地名ではなくこの廟の名前「媽閣」と答えました。
その音が「マカオ」として伝わり、いつしかそれが地名として定着した——
そんな話が残っています。
ほんの小さな行き違いが、街の名前として残っていく。
そう考えると、歴史というものはどこか人の温度を帯びているようにも感じられます。
世界遺産: 「マカオ歴史地区」の一部としてユネスコ世界遺産に登録されており、明朝時代の建築スタイルを今に伝えています。
パワースポット: 航海の安全を守る女神「阿媽(アマ)」を祀っており、現在も多くの参拝客が訪れるパワースポットです。
なぜそのような形になったのかと言うと、港町マカオで漁師の安全を祈り、家族が長期の航海に出た漁師が無事に帰還することを願って、長く燃え続けるようこの線香が作られたという歴史があります。
煙がゆっくりと空へと昇っていく様子を見ていると、
ここが単なる観光地ではなく、人々の暮らしの中にある祈りの場所なのだということが、自然と伝わってきました。
ここはマカオの聖ラザロ地区(St. Lazarus District)にある「瘋堂斜巷(Crazy Hall Slope Alley)」と呼ばれる通りとなります。この場所は昨年出かけたポルトガルの雰囲気を残す場所として有名です。ポルトガル統治時代の面影を残すコロニアル建築の建物が並び、美しい波模様の石畳(カルサーダス)が特徴的な場所です。
静かな観光スポット: マカオの中心部から徒歩圏内ですが、比較的静かな住宅街で、写真撮影のスポットとしても人気があります。
文化的なエリア: 近くには聖ラザロ教会があり、この通り沿いにはギャラリーやショップ、カフェなどが点在しています。
カオのラザロ地区にある聖ラザロ教会(St. Lazarus' Church)です。歴史: 元々はハンセン病患者のための病院に付属していた礼拝堂で、マカオでも特に古い教会の一つです。
マカオのラザロ地区にある「澳門演藝學院-音樂學校」となります。 この建物は、ポルトガル風のコロニアル様式建築が残るエリアに位置しています。澳門演藝學院-音樂學校は、マカオ特別行政区政府文化局に属する正規の音楽学校で、もちろん現在も開校しています。
マカオのラザロ地区にある歴史的建造物「仁慈堂婆仔屋(Albergue SCM)」の中庭で、クリスマスの頃子供達も交えて各種イベントが行われていたとのことです。かつては高齢の女性のための救護施設でしたが、現在はギャラリー、クリエイティブスペース、レストランとして利用されています。中庭には樹齢約200年の大きなクスノキが2本あり、夜はライトアップされてポルトガル風の雰囲気を楽しめると書いてありましたので、時間がある方は夜に訪ねても楽しめるかも知れませんね。
聖ポール天主堂跡へ向かう途中、ひとつの像が目に入りました。
イタリア人宣教師、マテオ・リッチの像です。
彼は中国にキリスト教を伝えただけでなく、西洋の知識や科学をもたらし、東西の文化をつなぐ役割を果たしました。
外国人でありながら中国に埋葬されることを許された数少ない人物でもあります。
この街が、単なる交易の拠点ではなく、文化と思想が交わる場所であったことを、静かに語りかけてくるようでした。
モンテの砦(ポルトガル語:Fortaleza do Monte)は、マカオ半島の中心部に位置する17世紀の軍事要塞です。ユネスコ世界遺産「マカオ歴史地区」の一部であり、現在はマカオを一望できる絶景スポットとして親しまれています。
場所: マカオ半島、聖ポール天主堂跡のすぐ隣の丘の上
営業時間: 07:00〜19:00(マカオ博物館は 10:00〜18:00、月曜休館)
料金: 砦への入場は無料(マカオ博物館は有料:大人15パタカ)
村に登ってきた入り口に少しだけの広場があります。おそらく1日1本程度の定期バスはこちらで降りることになるかも知れません(使わなかったのではっきりしません)。モンサントは広い平原の中にポツリと立つ岩山の村です。この広場には襲ってくる敵に対する大砲が目を光らせていたと思われます。
ポルトガル巨石の村:モンサント散策
リスボンから巨石の村モンサントへ(宿泊:Old House)
今回の旅の中で、最後まで行くかどうか迷っていた場所——それがモンサントでした。
ここでしか見られない風景に強く惹かれてはいたものの、何よりも交通の便が悪い。「ここを外して他を回るべきか」そんな思いも頭をよぎりました。
しかし、私にはもう“次”があるとは限りません(笑)。リスボンやポルトのような主要都市であれば、再び訪れる機会もあるかもしれない。
けれど、このモンサントはどうだろうか。——今回を逃せば、二度と来ることはないかもしれない。そう考え、訪問を決断しました。
モンサントは写真で何度も見たことがあり、ポルトガルでは有名な観光地の一つです。
ただし場所は内陸部、スペイン国境に近い山間部。車であれば問題ありませんが、鉄道やバスといった公共交通を利用する旅では、ここが大きな壁になります。
リスボンからモンサントへの直通バスはありません。まずは中継地であるカステロ・ブランコ(Castelo Branco)まで向かう必要があります。
問題はそこから先です。カステロ・ブランコからモンサントへのバスは、1日1本あるかどうか。行きはなんとか行けても、帰りを考えると現実的とは言えません。距離は約48km。私たちは往復ともタクシーを利用することにしました。調べてみると、同じように考える旅行者は少なくないようで、タクシー会社も柔軟に対応してくれます。
事前に時間を指定して予約することができました。なお、モンサントからカステロ・ブランコへのバスは朝7時台のみ。この時点でバス移動は完全に諦めました。
今回はFlixBusを利用し、リスボン(Oriente)9:45発 → Castelo Branco 12:30着の便を選びました。リスボンのアパートからはUberでOriente駅へ。
到着して驚いたのは、その規模と近代的な造りでした。まるで大型ショッピングモールのようです。ここでゆっくり朝食をとり、さらにモンサントで食事に困る可能性を考えて軽食も購入しておきました。
余裕をもってバスターミナルに到着したのは良かったのですが、同じFlixBusが何台も並び、乗車は完全に自己確認。
日本のようなアナウンスは一切ありません。時間になると何事もなく出発します。——これは少し注意が必要です。
カステロ・ブランコに到着すると、すぐにタクシー乗り場があります。事前にバスの便と到着時刻を伝えていたため、運転手の方が名前を呼んで迎えてくれました。40代ほどの恰幅の良い男性。そのままオリーブ畑の中を走りながら、モンサントへ向かいます。
運転手は英語があまり得意ではなく、最初は目的地と所要時間を伝えてくれる程度でした。そこで、私はiPhoneの翻訳アプリを使い、「日本から来ました。モンサントの天気はいつもこんな感じですか?」と話しかけてみました。
すると運転手さんも、自分のスマートフォンで翻訳を使い、日本語で返してくれたのです。そこから一気に距離が縮まり、車内はとても賑やかな時間になりました。
やがて、写真で見たあの岩山が見えてきます。「あれがモンサントだよ」そう言いながら、住民の数や村の話を教えてくれました。
運転手さんはこのルートに慣れており、宿のオーナーとも顔見知りとのこと。 到着前に電話を入れてくれ、着いた時には宿の女性オーナーが待っていてくれました。
モンサントの村内は道が非常に狭く、タクシーは入口までしか入れません。翌朝8時に同じ場所で再会する約束をして、ここで別れました。
オーナーの車にはスーツケースのみ積み込み、私たちはその後ろを歩いてついて行きます。石畳の坂道を約10分。スーツケースを持っての移動だったなら、なかなか大変と思いました。荷物だけでも運んでくれるサービスはありがたかったです。
今回宿泊したのは「Old House Monsanto」。
いつものように、複数の宿泊サイトを比較し、部屋の雰囲気・眺望・価格・口コミを総合的に判断して決定しました。
モンサントでは(1)石造りの村の散策、(2)城からの夕日と朝日を眺めること。この2つが目的です。
その条件に最も合っていたのが、この宿でした。
オーナーは英語があまり得意ではありませんが、必要であればご主人が対応してくれるとのことで安心。実際、細やかな配慮が行き届いており、不安を感じることはありませんでした。
石造りの小さな家。その奥にはモンサント城。花が飾られ、ウッドチェアが置かれた外観は、到着した瞬間に「ここにして良かった」と思わせてくれるものでした。
入口横に腰掛けると、目の前には広大な平原。ここで何もせず、ただ風を感じながら人々と挨拶を交わす。それだけで十分に贅沢な時間です。
室内に入ると、木と石に囲まれた空間。まさにモンサントらしい、温もりのある造りでした。
2階は広々とした空間で、写真右上にもベットが備え付けられており、大人数でも宿泊可能。さらに奥へ進むと、私たちの寝室があります。
最近のコメント