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旅行・地域

2026年5月20日 (水)

マカオ観光『セナド広場〜聖ドミニコ教会』

(今日は5月の第3週ですので、会議のため私のFM放送はなくて医療ネタもありません。そのために年末年始に出かけたマカオ・香港の記事を記載致します)

世界遺産の聖ポール天主堂、ナーチャ廟(⇨前回のブログ)を見て同じく世界遺産のセナド広場に向かって降って行きました

 

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マカオを歩いていると美味しそうなエッグタルトの店を見つけることがあります。ホテルや食事を摂るレストランなどでもエッグタルトを見ることが多かったです。これもポルトガル文化が流入している1つかも知れません。エッグタルトが発祥のお店はリスボンで入りました(⇨パステイシュ・デ・ベレン(Pastéis de Belém)
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このような道のタイルと壁のタイルの彩りを見ると、まさしくポルトガルを歩いていると錯覚してしまいます。
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このような壁に描かれた絵などを見ると、マカオはまだ自由な雰囲気が残っているのかもしれないと考えてしまいます(実際は分かりませんが・・)


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セナド広場(Senado Square / 議事亭前地):街の中心地: 何世紀にもわたりマカオの政治・文化の中心であり、現在も様々なイベントや祝典の会場として賑わう最も有名な広場だそうです。波模様の石畳(カルサーダス): 1993年にポルトガルの職人によって敷き詰められた、美しく波打つ白と黒のモザイク石畳が特徴です。パステルカラーの洋館: 広場の周囲には、ネオ・クラシック様式のカラフルなヨーロッパ風の建物が建ち並びます。(ポルトガル・リスボンのロシオ広場にもこのような波模様の石畳がありました➡︎リスボン・ロシオ広場
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聖ドミニコ教会(St. Dominic's Church / 玫瑰堂);鮮やかなファサード: セナド広場から石畳を辿って徒歩約2〜3分、すぐ隣の聖ドミニコ広場に面して建っています。クリームイエローの外壁とグリーンの窓枠のコントラストが非常に美しく、絶好の写真撮影スポットです。歴史と建築: 1587年にスペインのドミニコ会修道士によって創建された、中国初の教会です。

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聖ドミニコ協会の堂内はバロック様式で、豪華な祭壇には「バラの聖母像」が祀られており、外の喧騒を忘れさせる静謐な空間が広がっています。聖物宝蔵(博物館): 教会内の鐘楼を利用した博物館が併設されており、17〜19世紀の貴重なカトリックの宗教美術品や彫刻など約300点が展示されています。
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徒歩で十分歩ける距離にマカオの世界遺産が集中しています。
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カテドラルに行く道の壁にもこのようなアズレージョがあり、ポルトガルを思い出してしまします。

2026年5月17日 (日)

ポルトガルの「石の村」モンサントが『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』の舞台に(house of the dragon monsanto)

今回のモンサント旅行で驚いたのが、村のあちこちに飾られたドラマ『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』『house of the dragon monsanto』 のポスターでした。実はこの村、世界的大ヒット作の重要なロケ地として選ばれていたのです。実は私はこのことを知らずに街を歩いていてこのポスターで初めてわかった次第😅


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このようなことも知らずに風景写真を撮っている中で『house of the dragon monsanto』のポスターが写っていました。気にかけていたらもっと他にもあったのかも知れませんが、私が写真に収めたのは全部提示しています。
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帰国後モンタントのブログ記事を書こうと調べていたらこのような記事がいろいろなところに載っていましたので要約しながら記述します。

ポルトガルの「石の村」モンサントが『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』の舞台に!

**ネットの情報から以下を記載してもます。最後は私が行った時の写真を載せておきます**

1. ターガリエン家の本拠地「ドラゴンストーン」

モンサントが劇中で担ったのは、ドラゴンを操る一族、ターガリエン家の本拠地**「ドラゴンストーン」**の屋外シーンです。
巨大な花崗岩の間に家々が埋まったようなモンサントの幻想的な景観は、まさに「ドラゴンの巣」と呼ぶにふさわしい唯一無二の世界観。私たちが歩いたあの岩場や城跡が、そのままドラマの壮大な背景として使われています。

Th-20260329-112459 【撮影スポットの目玉】 撮影の場所は私が歩いた村の頂上にある**モンサント城(Castle of Monsanto)**とその周辺の岩場が撮影の中心となりました。
2. 空軍ヘリまで出動!過酷なロケの裏側(詳細は公式なyou-tube動画に載っています)

旅行の前にこのドラマや撮影の現場の情報があったらもっと楽しめたと思います(私がこの村を訪ねた理由は巨石が持つ独特な村の風景とモンサント城から眺める壮大な夕日と朝日をみつのが目的でした)ブログのネタとして面白いのが、その撮影の舞台裏です。

  • 機材搬入は空から: モンサントの道は非常に狭く、車両が通れません。そのため、2021年の撮影時にはポルトガル空軍のヘリコプターまで出動して機材を運んだそうです。

  • 人力の勝利: ヘリでも運べない場所は、ポーター(運搬人)による人力で設営が行われました。あの中世のような風景を守るための苦労が忍ばれます。

3. ドラマを知らなくても楽しめる「聖地」の今

2021年の撮影当時は、お城の周辺が完全に封鎖されるほどの厳戒態勢だったようですが、現在は**「Dragon's Nest(ドラゴンの巣)」**という観光ルートが整備されています。
ドラマを見たことがなくても、ポスターと実際の景色を見比べながら歩くだけで、「あ、ここがあのシーンかも!」という発見があり、いつもの村歩きがよりエキサイティングになりました。

ロケ地としての特徴
  • ドラゴンストーンの舞台: ターガリエン家の本拠地であるドラゴンストーンの屋外シーンや城塞の風景として撮影されました。
  • 独特の景観: 巨大な花崗岩の岩山の間に家々が建てられた非常にユニークな村で、その幻想的な雰囲気が作品の世界観に合致したため選ばれました。
  • 主な撮影スポット: 村の頂上にあるモンサント城(Castle of Monsanto)とその周辺の岩場が中心です。
撮影の裏話
  • 過酷なロジスティクス: 村の道が非常に狭く、車両が通れない場所も多いため、撮影機材の搬入にはヘリコプターや人力(ポーター)が使われました。
  • 観光への影響: ドラマの公開後、モンサントは「リアルなドラゴンストーン」を体験できる場所としてファンに人気の観光地となっています。

『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』のモンサントでの現地ロケは、主に
2021年10月下旬から11月上旬にかけて行われました。
撮影期間の詳細

メインの撮影時期: 2021年10月26日頃から11月13日頃まで

  • 立ち入り制限: 撮影に伴い、モンサント城(Castle of Monsanto)とその周辺エリアは2021年11月13日まで一般公開が中止され、制作チームによって占有されていました。
  • 準備期間: 実際の撮影に先立ち、2021年10月中旬からは機材の搬入やセットの設営が始まっていました。急峻な地形のため、ポルトガル空軍のヘリコプターが機材運搬を支援したことも話題となりました。
  •  
  • シーズン1の撮影: この時期の撮影内容は、主にシーズン1の「ドラゴンストーン」に関連するシーンとして使用されました。
  • シーズン2について: シーズン2でもモンサントの風景が一部登場しますが、大規模な現地ロケの追加情報は2021年の際ほど顕著ではありません。
現在、モンサント村には撮影ポイントを巡る観光ルート「Monsanto – House of The Dragon | Dragon's Nest」が整備されており、劇中の雰囲気をいつでも楽しむことができます。

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今回の旅行では『house of the dragon』の撮影地であったことも知らなかったのですが、なかなか行ける場所でもなく今回思い切って訪ねて良かったです。

2026年5月10日 (日)

モンサント城の朝焼け(Sunrise from Monsanto Castle)

モンサントは巨石の村で有名ですが、もう一つ宿泊者だけに許されるモンサント城からの夕日を朝日が見れることも重要となります。

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昨日は夕日を見るためにモンサント城に登って行った道を今度は朝日を見るために登ります。
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同じ薄明かりでも夜に向かう空の色と、朝が明ける空は違います。
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道は比較的整理されていますので、問題なく登れますが、石の階段の上に小さな砂利が乗っていることも滑ることもあるので注意が必要です。
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モンサント城自体は火薬庫の爆発により消失していますが、城壁は綺麗に残っています。 敵がすぐに登ってこれないようにでしょうか、入り口は2重となっています。
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昨夜は夕日でしたので西向きの方向ですが、今日は東向きの城壁に登って日が上のを待ちます。この場所からは国境のスペイン方向となります。
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少しずつ明るくなり大平原が見えてきました。
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モンサント城からの日の出です。
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朝起きして登ってきた甲斐がありました。昨日同様に観光客を含め誰もいないので、この光景を1人じめです。
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東側の部分に朝日が当たってきました。刻々と変化するのがこの時間帯の魅力です😍
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城壁の部分も朝日で輝き出しました。
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壮大な朝日を眺めて、朝食をとりモンサントもお別れになります。
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モンサント村は城の西側にあるため、まだ太陽は登って来ません。
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振り返るとモンサント城の西側も明るくなりました。次回はこの城を中心に撮影された『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン(house of the dragon monsanto)』について少し記載する予定です。

2026年5月 3日 (日)

モンサントの夜の街歩き

モンサント(Monsanto)は、ポルトガル中東部のスペイン国境近くに位置する、巨大な岩と共存する不思議な景観で知られる村です。1938年には「ポルトガルで最もポルトガルらしい村」に選ばれ、現在は政府指定の「歴史的な村」の一つとなっています。

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モンサントは特徴的な村ですので、いつかは訪ねたいと考えていましたが、公共交通機関を使う個人旅行者にはなかなかハードルが高い場所となっています。私の年齢になるとこのチャンスを逃せば2度とゆく機会がないかもしれないと考えて、モンサントに1泊することにしました。リスボンやポルトなどの大きな都市は、もしかしたら今後のヨーロッパ旅行で行けるかもと淡い期待を込めています🤭

モンサントの魅力は前回のブログで書いたようにモンサント城から眺める夕日や朝日が壮大であることも宿泊することを後押ししました。

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そして、中心地に宿泊するメリットのもう一つは、夜の村を歩けることにあります。
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魅力ある都市や村などは、昼も楽しめますが夜の風景はまた昼とは違う表情を見せるので2度楽しむことが出来ます。モンサント城からの夕日を眺めて、村の入り口に差し掛かると街灯に映し出された巨石や石積みの家々が見えてきます。

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モノクロにするとまた違うイメージになってきます。
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この場所の人口は100人程度で、宿泊の観光客も多くないので夜は一段と静かになります。 ただ観光目所だけあって、村の隅々まで街灯が設置されていて暗くもなくて歩きやすい場所でした。
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村の中心地に戻ってきました。私たちが泊まったのが日曜日でしたので、食事を提供する場所も閉まっていました。事前におおよそのことは察しがついていましたので、ここに来る前にリスボンで夕食は買っていましたので問題なかったです。
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ルカーノ塔(Torre de Lucano)まで降りてきました。カルーの塔は村のシンボルである時計塔で、屋根には「最もポルトガルらしい村」に選ばれた際に贈られた「銀の雄鶏」のレプリカが飾られています。
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村にはこのようなポスターが随所に離れていました。実はこれは私も見たことがある世界中で大ヒットした『ゲーム・オブ・スローンズ』の続編(設定はその物語の約200年前のとなります)の『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』(House of the Dragon)が今後公開されますが、モンサントはその主要なロケ地の一つとして一躍有名になったそうです。
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モンサントの旅行記の最後(次次回)に『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』(House of the Dragon)についても記載したいと思います。

2026年4月29日 (水)

マカオ半島No2聖ポール天主堂跡〜ナーチャ廟

今日はFM放送ですが、第5水曜日のため「音楽特集」となります。必然的に医療系の記事はお休みになりますので、年末年始に初めて訪れたマカオ・香港旅行記を、ポルトガル旅行記の合間に挟みながらご紹介したいと思います。

今回は、マカオ半島の世界遺産エリア「聖ポール天主堂跡〜ナーチャ廟」を歩いた際の写真を掲載します。

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前回のブログでご紹介した「モンテの砦」から坂を下ってくると、やがて教会のファサードだけを残した聖ポール天主堂跡が姿を現します。


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聖ポール天主堂跡は、1602年から1640年にかけて建設された聖母教会と、その隣にあった聖ポール学院跡の総称です。1835年の大火災によって大部分が焼失し、現在は壮麗なファサード(正面壁)のみが残されています。


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正面の大階段を登った高台に立つこのファサードは、まるで街全体の祭壇のような存在感を放ち、マカオを象徴する景観となっています。
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聖ポール天主堂跡(中国語:聖保祿大教堂遺址、ポルトガル語:Ruínas da Antiga Catedral de São Paulo)は、使徒聖パウロに捧げられた17世紀の大聖堂遺跡であり、マカオで最も有名な歴史的建築物の一つです。
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1602年から1640年にイエズス会によって建設され、当時のアジア最大級のカトリック教会であったといわれます。設計はイタリア人宣教師カルロ・スピノラの指導のもと進められました。さらに当時のマカオには多くの日本人が暮らしており、日本から追放されたキリシタンたちが建設や彫刻制作に携わったとも伝えられています。

そのため、この教会には日本との深い関わりを感じさせる痕跡が数多く残されています。

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このファサードには日本人特に徳川家康のキリシタン弾圧によってマカオに渡った、日本人キリシタンたちの思いが込められているとされる彫刻もあります。

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右上には「無原罪の御宿り」を主題としたマリア像が彫られています。マリアが悪や罪の象徴を踏みつける構図ですが、その足元に刻まれた「七つの頭を持つ龍」が、キリシタン弾圧を行った徳川家康を暗示しているという説があります。(⇨フランス・ルルド

建設当時、日本は江戸幕府による禁教政策の最中でした。この天主堂建設には日本人キリシタンも参加していたとされ、その強い祈りや無念さが反映されたのではないかとも語られています。真偽は定かではありませんが、非常に興味深い話です。

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その横には、日本語文字のような刻印と骸骨の装飾も見られました。

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同じ段にある左側の部分になります。
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マカオの聖ポール天主堂跡のファサード(正面壁)の最上段には、十字架とそのすぐ下に羽を広げた聖霊の象徴である「青銅製の鳩」の像が配置されています。鳩の左右には太陽と月、そして最上部全体に「FATHER」を意味するイエス・キリストに関連する彫刻群が刻まれています。
さらにその下の段には、救い主(子)である「キリスト像(幼子キリストを抱くマリアやキリストの受難具)」が配置されています

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ポルトガルとの関係を連想させる帆船も描かれています。
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聖ポール天主堂跡のファサード(正面壁)下から2段目には、イエズス会を象徴する4人の聖人のブロンズ像が並んでいます。左から順に載せてみます。
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1. 聖フランシスコ・ボルジャ (St. Francis Borgia)


  • 役割: イエズス会第3代総長。
  • 特徴: スペインの貴族出身で、教団の組織基盤を固めた人物です。彫像では彼が大切にしたとされる十字架や聖書を手にしていることが多いです。
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2. イグナチウス・ロヨラ(St. Ignatius of Loyola)
  ・配置: 中央の左側


  • 人物像: イエズス会の創設者であり、初代総長です。元軍人という異色の経歴を持ち、厳格な規律と精神修行(霊操)を重んじました。
  • 役割: カトリック教会の立て直しと、世界各地(特にアジア)への宣教を指揮しました。ファサードの彫刻では、会の中心人物として象徴的な位置に配置されています。

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3. 聖フランシスコ・ザビエル (St. Francis Xavier)


  • 役割: 日本に初めてキリスト教を伝えた宣教師として有名です。
  • 特徴: 右から2番目に配置されています。アジア布教の象徴として、ロヨラと並びファサードの中でも特に重要な位置を占めています。(ポルトガルで見たザビエルに関して⇨サン・ロケ教会
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4. 聖アロイジオ・ゴンザーガ (St. Louis Gonzaga)


  • 役割: 若くして亡くなったイエズス会の修道士で、青少年の守護聖人
  • 特徴: 向かって右端に配置されています。慈愛と純潔の象徴として知られています。
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日本人キリスト教徒の関与: 17世紀、日本での迫害を逃れた日本人キリスト教徒の職人が彫刻に携わったと言われています。そのため、西洋の聖像の周囲には菊の花漢字の碑文など、東洋の意匠が融合しているのが大きな特徴です。ファザーとの部分だけとっても日本との関われが強い教会は海外では少ないのではないでしょうか?
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私は時間の関係で見ていませんが、天主堂芸術博物館および地下納骨堂は、マカオ政府が1990年から1996年にかけて行った発掘調査と教会の修復事業の一環で建てられ、かつて聖母教会の内陣があったとされる場所で1996年10月23日に開館したとのことです。色々と見どころもあるようですので、お時間がある方は見学されても良いかもしれません。

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聖ポール天主堂の左側を抜けるとすぐに、今度は中国式の寺院があります。神童ナーチャを奉るため1888年に建立されたこの小さな伝統的中国寺院は、地域の主要なイエズス会事業跡の近くにあり、マカオが多文化的なアイデンティティと信教の自由を受け入れた最も良い例の一つとして、西洋と中華の思想交流の姿を表しています。
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神話上の人物であり武道と疫病退治の神であるナーチャを祀っています。当時疫病が流行った際に厄除けとして祀ったところ、疫病が収まったと言われています。ナーチャは多くの神話や伝説に登場する暴れん坊の子供の神です。有名なものでは、西遊記に登場します。

ナーチャは中国の観音様の弟子として人間界の人々を助ける神様であります。
ナーチャは神様になる前に、色々な労苦や試練を乗り越えて、一度体が消滅してしまい、魂しか残っていない状態になりました。
その時、観音様がナーチャを助けるため、蓮根と蓮の葉でナーチャの新たな体を造って魂をもう一度入れてあげました。

ナーチャは西遊記では、孫悟空が天界で「斉天大聖」を自称して反乱を起こした際、父の李天王と共に討伐軍として派遣されました。 火輪など、いろいろな武器を使い孫悟空と戦ったとのことです。西遊記は読んだことがあると思いますがナーチャは覚えていません😅


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ナーチャ廟に立ち寄るもう一つの理由は、そこからの眺めになります。寺院と天主堂が見え、その向こうにはマカオの近代的なビルディングが見えてきます。宗教や新旧が混ざり合うマカオをいっぺんに見ることができるビューポイントとなります。目立ちませんが右側の壁は17世紀初期にポルトガル人居留区を守るために築かれた旧城壁とのことです。これは土砂、わら、牡蠣の貝殻を混ぜたもの(シュナンボー)で出来ています。

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ナーチャ廟から斜めに降りてゆくと、多くの方が写真を撮っている箇所がありました。なかなか良いビューポイントとなっています。後で調べたら通称、恋愛通りとも言われるそうで、たくさんのカップルが訪れ、写真を撮っていました。

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最後に降りてきて、聖ポール天主堂跡の階段から眺めて場所です。この広場がイエズス会記念広場(耶蘇會紀念廣場)で、世界遺産に登録されています。下の広場から天主堂跡の前に広がる階段までが含まれています。手前の男女の像は中国・ポルトガル友好記念碑だそうです。 その右側にある建物に「ユニクロ」が入っていますよ(本当にユニクロは世界展開ですね⇨ミラノのユニクロ

2026年4月26日 (日)

モンサント城と夕焼けNo2

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モンサントは公共交通機関で訪れるには本数も少なく、決して行きやすい場所ではありません。それでも多くの旅人を惹きつけるのは、巨石の中に人々の暮らしが息づく、他に類を見ない風景があるからだと思います。

私がここに宿泊しようと決めた最大の理由は、モンサント城から眺める夕日と朝日でした。時間も手間もかけて辿り着いた先で、もし雨だったらどうしよう――そんな思いもありました。9月は比較的降水量が少ない時期とはいえ、自然相手のことです。雨や霧なら、それもまた旅の一部として受け入れるしかありません。

以前、ハルシュタットを訪れた際、雨に備えてわざわざ2泊したにもかかわらず、見事に雨模様でした。晴れた湖畔の景色は望めませんでしたが、しっとりと濡れた街並みもまた印象深く、美しい思い出として残っています。(⇨ハルシュタット)

 

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前回の続きです。城壁を照らしていた夕日も、かなり傾いてきました。
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モンサント城は、かつて外敵からの防御には非常に優れた城塞だったそうです。しかし場内の火薬庫が爆発し、城は大きな損傷を受けました。現在残る赤い煉瓦造りの建物は礼拝堂です。
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城壁南側の巨石は、今にも崩れ落ちそうな迫力があります。近くで見るとその巨大さに圧倒され、もし動けば凄まじい衝撃だろうと想像してしまいます。
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城壁へ登る階段はむき出しの石段で、幅も狭く、足元には十分注意が必要でした。他にも登路はあるのかもしれませんが、私はこのルートだけを利用しました。
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モンサントは平原の中に突き出た岩山の上に築かれているため、ここからは360度の大パノラマが広がります。
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東側には、私たちが宿泊しているモンサント村が、岩山にへばりつくように密集しています。まるで自然と人間が共存する彫刻作品のような、不思議な光景でした。
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先ほどまで2〜3人いた観光客もすでに下山したようで、この絶景を独り占めする時間となりました。(相棒は疲れたとのことで宿泊施設から眺めることに。きっとあちらからも真正面に夕日が見えていたはずです。)
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このような大自然の中で夕日を眺める時間は、本当に贅沢です。高級ホテルや美食とはまた違う、その場にいなければ決して味わえない、旅の本質的な豊かさだと思います。

以前、ゴルナーグラートで見た夕日も圧巻でしたが、ここモンサントの夕景にもまた別の力強さがありました。ゴルナグラートの夕日

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刻々と変化する空と大地の色彩は、まるで地球そのものが演じる壮大なドラマを見ているようです


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この時間帯の色の移ろいは、地球の美しさを改めて感じさせてくれます。
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やがて私は、ゆっくりと村へ向かって下り始めました。見上げれば、まだ高い空には光が残っています。
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村へ戻るこのあたりまで来ると街灯もあり、ようやく緊張も解けました。感動の余韻に浸りながら宿泊施設へ一度戻り、その後また夜の街歩きへ出かけます。

次回は、昼間とはまったく表情の異なる、夜のモンサント村をご紹介したいと思います。

2026年4月19日 (日)

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モンサントを訪ねた理由の1つにモンサント城からの夕日と朝日を見ることでした。モンサントはポルトガルの内陸部、スペインとの国境近くにある巨石で有名な村です。広々とした平原の中に隆起した岩山にモンサントはあり、その頂上にモンサント城が存在します。 そのために城壁に登ると360度の大パノラマが望むことができます。 モンサントのネット検索すると夕日の眺めが素晴らしいことや写真もあり、どうしてもこれをこの目で見たかったのです。おそらく私の年齢になると、モンサントを訪れるのは最初で最後かも知れません。そのためにここで1泊することを決めたのです。

モンサントに到着を石造りの宿泊施設を見学後にモンサントの村を歩き遅い昼食もとって、再度部屋に戻ってきました。

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少し休憩して、今度は日没時刻にあわせて、モンサント城を訪れることにしました。少し歩くとこの様な広々とした広場があり、ここからも絶景が見ることができます。
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モンサント城への通路は整理されており、危険な山道を歩くことではありませんが、かなり急斜面となるところもありますので、足元はしっかりとした靴を履いた方がいいと思います。
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巨大な岩がこちらへ落ちてくるのではと思いながら登ってゆきました。いかにもモンサントらしい巨石ですね。
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この様な岩だらけの道もありますので注意です。実はここで転けそうになった、右側のつる草を掴んだら、なんと硬い棘があり見事に手を刺してしまいました(😂)。大したことはありませんが、なぜか悔しいです😅
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城壁が見えてきました。
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城に登る前に、一旦左側にそれて、見えてきたのが今は廃墟となった 教会があります。
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そこから右側に進むとこのアーチが見えます。
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この場所は見逃しそうですので、城に登る前に訪れた方がいいかも知れません。(暗くなると見つけにくそうです)
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もう一度戻って、今後は急な坂をモンサント城跡に登ります。
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城壁などは綺麗に保存されていました。
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モンサント村の岩山の頂上は標高758mにはかつてのモンサント城の城壁などが残っています。ポルトガルとスペインの国境近くにあり、ポルトガルの守りのために中世のころに城塞都市が築かれたそうです。この様なごつごつした岩山で周りが見渡せる天然の要塞となっています。確かにここは攻め落とされたことはないそうです。
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しかし中には城は残っていません。実は戦争で焼け落ちた訳ではなくて、19世紀に城の火薬庫で爆発事故が起こり廃墟になってしまったとのこと・・・残念ですね。残っていたどんなお城だったのでしょう? 
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モンサント村から城壁まで行くにはかなり坂道を上らないといけませんが、登る価値が大いにあります。しかしこの城壁に登るのは細い階段を登るので高所恐怖症やバランスが悪い方は気をつけて方がいいかもしれません。
城壁から見る景色は最高でした。写真が多くなりましたので、次回はこの絶景と今回見たかった夕日の風景を紹介いたします。
限りなく続く大地。スペイン領まで見渡せる。こんな絶景を見ているとここまで来たよかったと思いました。

2026年4月15日 (水)

マカオの始まりの場所(世界遺産):媽閣廟、聖ラザロ教会、澳門演藝學院、モンテの砦

(今日は第3週水曜日ですので私が会議のためFM放送は担当でなく、医療ブログもないために、年末・年始に行ったマカオと香港の旅行記をアップ致します)

おそらく多くの旅行者にとって、マカオ観光の魅力は大きく二つに分けられるのだと思います。

ひとつは世界遺産に代表される歴史と文化、もうひとつはカジノを中心としたエンターテインメントです。

このまったく異なる二つの顔が、同じ街の中に共存している。

それがマカオという場所の面白さなのかもしれません。

どちらも楽しむことはできますが、私たちはカジノには足を向けず、歴史地区をゆっくり歩くことにしました。

それだけでも、十分にこの街の魅力を感じることができそうな気がしたからです。

 

それでは、私たちはマカオ歴史地区の散策を始めることにした。

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最初に向かったのは、マカオの地名の由来となった場所となります。
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半島の南西部にある「媽閣廟(マーコミュウ)」——

この古い廟が、マカオの始まりとされています。

1488年に建てられたこの寺院は、海の女神・媽祖を祀る場所で、今も多くの人々が祈りを捧げに訪れています。

この街の名前には、少し面白い由来があります。

16世紀、ポルトガル人がこの地に上陸した際、ここはどこかと尋ねたそうです。

それに対して現地の人々は、地名ではなくこの廟の名前「媽閣」と答えました。

その音が「マカオ」として伝わり、いつしかそれが地名として定着した——

そんな話が残っています。

ほんの小さな行き違いが、街の名前として残っていく。

そう考えると、歴史というものはどこか人の温度を帯びているようにも感じられます。


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世界遺産: 「マカオ歴史地区」の一部としてユネスコ世界遺産に登録されており、明朝時代の建築スタイルを今に伝えています。

パワースポット: 航海の安全を守る女神「阿媽(アマ)」を祀っており、現在も多くの参拝客が訪れるパワースポットです。

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寺院は丘の中腹に建てられており、このような巨石があるので、丁度ポルトガル旅行記の「モンサント」を載せていますが、なんとなくモンサントに似た雰囲気です。
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入り口付近には色とりどりのジャンク船を描いた丸い岩が置かれ、廟には媽祖像とともにジャンク船の模型が祀られている。
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上の写真の円錐形の形のものはなんだと思いますか? 実はこれは天井から吊り下げられている線香なのです。丸い線香は「渦巻き線香(中国語で「塔香」)」と呼ばれて、大きいものだと1ヶ月間も燃え続けるものがあります。

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なぜそのような形になったのかと言うと、港町マカオで漁師の安全を祈り、家族が長期の航海に出た漁師が無事に帰還することを願って、長く燃え続けるようこの線香が作られたという歴史があります。 

煙がゆっくりと空へと昇っていく様子を見ていると、

ここが単なる観光地ではなく、人々の暮らしの中にある祈りの場所なのだということが、自然と伝わってきました。

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域内の4つの霊廟のうち3つは、船乗りと漁師の守護神に捧げられていると書いてありましたが、どれがどれか私にはわかりませんでした。この色彩の派手さは日本とは違う中華圏の色合いですね(台湾もマカオも、香港の寺院も赤い色彩の派手な色が多かったです)。
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正門、中国式鳥居と4つのお堂で構成されていて、この媽閣廟のように単一の建築集合体の中に異なる神を祀る様々なお堂が存在するのは、儒教、道教、仏教および複数の民間信仰の影響を受けた中国文化の典型的な例」だと書いてありました。こうした宗教観の融合は、中国文化の特徴であり、ヨーロッパやイスラム圏では見られない独特の世界観である。

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少し笑えるけど、素朴てそれなりに良かったです。
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マカオの歴史地区には、世界遺産が点在しています。

歩いて巡ることもできますが、今回は時間の関係でタクシーを使い、中心部まで移動してから歩くことにしました。
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ここはマカオの聖ラザロ地区(St. Lazarus District)にある「瘋堂斜巷(Crazy Hall Slope Alley)」と呼ばれる通りとなります。この場所は昨年出かけたポルトガルの雰囲気を残す場所として有名です。ポルトガル統治時代の面影を残すコロニアル建築の建物が並び、美しい波模様の石畳(カルサーダス)が特徴的な場所です。

静かな観光スポット: マカオの中心部から徒歩圏内ですが、比較的静かな住宅街で、写真撮影のスポットとしても人気があります。

文化的なエリア: 近くには聖ラザロ教会があり、この通り沿いにはギャラリーやショップ、カフェなどが点在しています。

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カオのラザロ地区にある聖ラザロ教会(St. Lazarus' Church)です。歴史: 元々はハンセン病患者のための病院に付属していた礼拝堂で、マカオでも特に古い教会の一つです。

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マカオのラザロ地区にある「澳門演藝學院-音樂學校」となります。  この建物は、ポルトガル風のコロニアル様式建築が残るエリアに位置しています。澳門演藝學院-音樂學校は、マカオ特別行政区政府文化局に属する正規の音楽学校で、もちろん現在も開校しています。

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マカオのラザロ地区にある歴史的建造物「仁慈堂婆仔屋(Albergue SCM)」の中庭で、クリスマスの頃子供達も交えて各種イベントが行われていたとのことです。かつては高齢の女性のための救護施設でしたが、現在はギャラリー、クリエイティブスペース、レストランとして利用されています。中庭には樹齢約200年の大きなクスノキが2本あり、夜はライトアップされてポルトガル風の雰囲気を楽しめると書いてありましたので、時間がある方は夜に訪ねても楽しめるかも知れませんね。  

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インスタなどをやっている方ならこのあたりは写真映えするスポットも多いので見逃せない地区かも知れません。
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聖ポール天主堂跡へ向かう途中、ひとつの像が目に入りました。

イタリア人宣教師、マテオ・リッチの像です。

彼は中国にキリスト教を伝えただけでなく、西洋の知識や科学をもたらし、東西の文化をつなぐ役割を果たしました。

外国人でありながら中国に埋葬されることを許された数少ない人物でもあります。

この街が、単なる交易の拠点ではなく、文化と思想が交わる場所であったことを、静かに語りかけてくるようでした。

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マカオ博物館がありましたが、そこには入らずにこのまま上に登って(実はエレベータがあるので)、モンテの砦の見学となります。

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モンテの砦(ポルトガル語:Fortaleza do Monte)は、マカオ半島の中心部に位置する17世紀の軍事要塞です。ユネスコ世界遺産「マカオ歴史地区」の一部であり、現在はマカオを一望できる絶景スポットとして親しまれています。

 場所: マカオ半島、聖ポール天主堂跡のすぐ隣の丘の上

営業時間: 07:00〜19:00(マカオ博物館は 10:00〜18:00、月曜休館)

料金: 砦への入場は無料(マカオ博物館は有料:大人15パタカ)

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1617年から1626年にかけてイエズス会によって建設され、かつてはマカオ防衛の中核を担いました。1622年のオランダ軍による侵攻を撃退した際にも決定的な役割を果たしました。総面積は約1万平方メートル。四方を高さ約9メートルの強固な城壁に囲まれ、かつては32台の大砲が備えられていたそうです。 

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 360度の絶景: 丘の頂上からは、旧市街の古い街並みからグランド・リスボアなどの巨大カジノビルまで、マカオを360度見渡すことができます。

 

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 モンテの砦の大砲は東・西・南の海側に向けて配置されていますが、中国大陸に面した北側には大砲が置かれていません。これは当時の中国(明・清)への配慮だったと言われています。今はもっと政治的なことでここには設置されることはないと思います。 上の写真の川の向こうは中国となります。

古いものと新しいもの。東と西。祈りと娯楽。それらが無理なくひとつの景色の中に収まっている。マカオという街は、そんな場所なのかもしれません。

2026年4月12日 (日)

ポルトガル巨石の村:モンサント散策

モンサントはポルトガルの中央付近、スペインの国境にほど近いところに位置しています。前回書いたように、車ならいいのですが公共交通機関を使っての移動はかなり難しい場所となります。それでも一度は訪ねたいのは、やはりこの独特な風景、巨石に囲まれた村の佇まいです。人口は200人弱と、とても小さな村です。
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村に登ってきた入り口に少しだけの広場があります。おそらく1日1本程度の定期バスはこちらで降りることになるかも知れません(使わなかったのではっきりしません)。モンサントは広い平原の中にポツリと立つ岩山の村です。この広場には襲ってくる敵に対する大砲が目を光らせていたと思われます。

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この奇抜な地形を利用して幾つかの映画やドラマのロケ地としても使われたいます。特に2021年に『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン(house of the dragon)』の撮影舞台として利用されたとのことで、ポルトガル軍も物資の輸送などで参加するほどの大々的なものだったようです。街に間この時のポスターが貼られていました((house of the dragon monsanto)については今後記載する予定です)。

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こちらが前回紹介した私たちの宿泊施設となります・
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壁や岩に囲まれた細い路地を一度少し下の方へ歩きました。
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ここにも小さな広場があり、モンサント城の岩山が見渡せる絶景ポイントとなっています。
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ここから頂上に風見鶏があるルカーノ塔へと向かいます。銀の風見鶏はモンサントは、1938年(!)に「ポルトガルで最もポルトガルらしい村」に選ばれた際にトロフィーとして贈られたとのことです。トロフィーにしては随分と大きいですが。村のあちらこちらからも目出す存在で青空に実に映えます。

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この位置からですと屋根の上に設置された風見鶏のように見てます。
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この位置からみてやっと時計台があるルカーノ塔の上に飾られているのが分かりました。

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街の中心部へ足を運ぶと、ミゼリコルディア教会が見えてきました。扉が閉まっていますし、むやみに私たち観光客が踏み入れる場所でもないために入れるかどうかも確かめずに素通りです。

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教会から道と村へと上がってくる道の交差点に小さな可愛らしい建物がありました。おそらくB&Bの宿泊施設だと思います。後日調べたら「Quinta da Pedra Grande」というB&Bのようでした。

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少しずつ登り坂を歩くと先ほどの銀の風見鶏が見えてきました。赤煉瓦に映えますね。
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この辺りが村の中心地でしょうか? ジェラードやお土産を売っている店舗などがありました。
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巨大な岩の周りを人工的な石の壁を作って住まいにしていますので、部屋の中も巨大な岩が剥き出しになっています。頭をぶつけたら痛そうです。今思うと、これらの岩の表面はあまりごつこつしたのがなかったです。
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Gruta(洞窟)があり、中を除くことができます。
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説明文によるとかつては豚小屋として使用された場所のようです。このような天然の岩を利用した造りはかつてのモンサントの家の作りでもあったようです。
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中はこのようになっています。小さいですが意外と人間も住めそうです。このような岩穴や地下の都市は「夏涼しくて、冬暖かい」ことが多くて快適な住まい環境かも知れません。
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巨大な岩は動かすことは不可能ですので、それをうまく利用して家を作って住んでいるようです。外的から身を守るにはこの場所の方が住居として相応しかったのかも知れません。
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昼食どころとして考えていた場所がお休みだったため、その近くのCasa da Gruta Food & Wineに入ることにしました。日曜日はモンサントは休みのところも多いようですので気をつけた方が良いかも。その情報があったので念の為、リスボンを断つ時にレンジでチンして食べるものと缶詰も買ったのですが開いていてよかったです。
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豆料理がおすすめとのことで注文しました。これ実に美味しかったです。元気が出そうな食事でした。結構これだけで十分な量がありました。
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小さい村ですが、このような通りを通るのはワクワクして楽しいです。
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岩に潰されて家のように見えますが、岩を利用した家が正しいですね。中も見てみたかったです。
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岩と岩の隙間から道がまた繋がっています。
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ポルトガル巨石の村:モンサント散策

 

2026年4月 5日 (日)

リスボンから巨石の村モンサントへ(宿泊:Old House)

リスボンから巨石の村モンサントへ(宿泊:Old House)

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今回の旅の中で、最後まで行くかどうか迷っていた場所——それがモンサントでした。

ここでしか見られない風景に強く惹かれてはいたものの、何よりも交通の便が悪い。「ここを外して他を回るべきか」そんな思いも頭をよぎりました。

しかし、私にはもう“次”があるとは限りません(笑)。リスボンやポルトのような主要都市であれば、再び訪れる機会もあるかもしれない。

けれど、このモンサントはどうだろうか。——今回を逃せば、二度と来ることはないかもしれない。そう考え、訪問を決断しました。

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モンサントは写真で何度も見たことがあり、ポルトガルでは有名な観光地の一つです。

ただし場所は内陸部、スペイン国境に近い山間部。車であれば問題ありませんが、鉄道やバスといった公共交通を利用する旅では、ここが大きな壁になります。

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リスボンからモンサントへの直通バスはありません。まずは中継地であるカステロ・ブランコ(Castelo Branco)まで向かう必要があります。

問題はそこから先です。カステロ・ブランコからモンサントへのバスは、1日1本あるかどうか。行きはなんとか行けても、帰りを考えると現実的とは言えません。距離は約48km。私たちは往復ともタクシーを利用することにしました。調べてみると、同じように考える旅行者は少なくないようで、タクシー会社も柔軟に対応してくれます。

事前に時間を指定して予約することができました。なお、モンサントからカステロ・ブランコへのバスは朝7時台のみ。この時点でバス移動は完全に諦めました。



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リスボンからカステロ・ブランコへ

今回はFlixBusを利用し、リスボン(Oriente)9:45発 → Castelo Branco 12:30着の便を選びました。リスボンのアパートからはUberでOriente駅へ。

到着して驚いたのは、その規模と近代的な造りでした。まるで大型ショッピングモールのようです。ここでゆっくり朝食をとり、さらにモンサントで食事に困る可能性を考えて軽食も購入しておきました。

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余裕をもってバスターミナルに到着したのは良かったのですが、同じFlixBusが何台も並び、乗車は完全に自己確認。

日本のようなアナウンスは一切ありません。時間になると何事もなく出発します。——これは少し注意が必要です。

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カステロ・ブランコに到着すると、すぐにタクシー乗り場があります。事前にバスの便と到着時刻を伝えていたため、運転手の方が名前を呼んで迎えてくれました。40代ほどの恰幅の良い男性。そのままオリーブ畑の中を走りながら、モンサントへ向かいます。

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運転手は英語があまり得意ではなく、最初は目的地と所要時間を伝えてくれる程度でした。そこで、私はiPhoneの翻訳アプリを使い、「日本から来ました。モンサントの天気はいつもこんな感じですか?」と話しかけてみました。

すると運転手さんも、自分のスマートフォンで翻訳を使い、日本語で返してくれたのです。そこから一気に距離が縮まり、車内はとても賑やかな時間になりました。

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やがて、写真で見たあの岩山が見えてきます。「あれがモンサントだよ」そう言いながら、住民の数や村の話を教えてくれました。

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モンサントの岩山の方向へと右折して村へと続く道を登り始めます。

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運転手さんはこのルートに慣れており、宿のオーナーとも顔見知りとのこと。 到着前に電話を入れてくれ、着いた時には宿の女性オーナーが待っていてくれました。

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モンサントの村内は道が非常に狭く、タクシーは入口までしか入れません。翌朝8時に同じ場所で再会する約束をして、ここで別れました。

オーナーの車にはスーツケースのみ積み込み、私たちはその後ろを歩いてついて行きます。石畳の坂道を約10分。スーツケースを持っての移動だったなら、なかなか大変と思いました。荷物だけでも運んでくれるサービスはありがたかったです。

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今回宿泊したのは「Old House Monsanto」。

いつものように、複数の宿泊サイトを比較し、部屋の雰囲気・眺望・価格・口コミを総合的に判断して決定しました。

モンサントでは(1)石造りの村の散策、(2)城からの夕日と朝日を眺めること。この2つが目的です。

その条件に最も合っていたのが、この宿でした。

オーナーは英語があまり得意ではありませんが、必要であればご主人が対応してくれるとのことで安心。実際、細やかな配慮が行き届いており、不安を感じることはありませんでした。

石造りの小さな家。その奥にはモンサント城。花が飾られ、ウッドチェアが置かれた外観は、到着した瞬間に「ここにして良かった」と思わせてくれるものでした。


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入口横に腰掛けると、目の前には広大な平原。ここで何もせず、ただ風を感じながら人々と挨拶を交わす。それだけで十分に贅沢な時間です。

 

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室内に入ると、木と石に囲まれた空間。まさにモンサントらしい、温もりのある造りでした。

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壁にはポルトガルの装飾品が並び、どこか異世界に迷い込んだような感覚になります。
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扉の上部から差し込む光は柔らかく、その小さな窓からも夕景を楽しめる設計になっていました。
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2階は広々とした空間で、写真右上にもベットが備え付けられており、大人数でも宿泊可能。さらに奥へ進むと、私たちの寝室があります。

 

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その途中、ガラスで覆われた一角がありました(↑)。——そこには、巨大な岩。この家自体が、岩の上に建てられているのです。

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寝室もまた岩に囲まれた空間。 まるで大地に抱かれているような、不思議な安心感がありました。
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窓の外には、どこまでも広がる平原。しばらく部屋で過ごしていると、いつの間にか目の前に洗濯物が干されていました。

 

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風通しの良いこの場所は、村人にとっても日常の一部なのでしょう。旅先でこうした生活の気配に触れること。それもまた、旅の醍醐味の一つだと感じました。 次回は街並みを紹介いたします。

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