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2026年3月

2026年3月29日 (日)

レガレイラ宮殿(後半):地下から地上へ、五感を揺さぶるミステリアスな迷宮

前回の続きとなります(⇨レガレイラ宮殿No1)。

シントラ観光で外せないスポットといえば、シントラ王宮(Palácio Nacional de Sintra) ペーナ宮殿(Palácio Nacional da Pena) 、そして今回ご紹介する レガレイラ宮殿(Quinta da Regaleira) 、さらに ムーアの城跡(Castelo dos Mouros) です。

 

今回は前回の続きレガレイラ宮殿(後半)を紹介いたします。

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前回、この宮殿で最も象徴的な「天と地をつなぐ地下の井戸(イニシエーション・ウェル)」を見学しました。

一説にはフリーメイソンの通過儀礼に使われていたとも言われるこの場所。歴史のロマンに浸りながら、9層構造の螺旋階段をゆっくりと降りていきました。

井戸の深さは約27メートルですが、底から見上げるとそれ以上の深淵を感じさせる圧倒的な空間です。

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地下から地上へ——光へ抜ける道

前回、この宮殿で最も象徴的な場所である

「天と地をつなぐ地下の井戸(イニシエーション・ウェル)」を見学しました。一説にはフリーメイソンの通過儀礼に使われていたとも言われるこの空間。
9層構造の螺旋階段を、歴史のロマンに思いを馳せながらゆっくりと降りていきます。井戸の深さは約27メートル。

しかし底から見上げたときに感じるのは、単なる深さではなく、どこまでも続くような「精神的な深淵」でした。

そして——その底から、さらに地下道へと進みます。暗く湿ったトンネルを黙々と歩き続ける時間。その先に突然現れたのは、光に満ちた庭園でした。まるで異世界に抜け出たような感覚です。

静かな森。やわらかな風。そして、何事もなかったかのように置かれたベンチ。地下の緊張から解放され、思わず足を止めてしまいました。


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再び歩き出すと、木々の合間から宮殿の全貌が姿を現します。森の奥深くに佇み、町を見下ろすように建つその姿は、「ミステリアスな館」「魔宮」「ゲームの世界」と形容されるのも納得の迫力です。
広大な敷地には礼拝堂、塔、庭園、隠し通路のようなトンネルが点在しており、すべてを丁寧に見るなら丸一日かかるほどの規模を誇ります。

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随所にちりばめられた「象徴」とマヌエル様式

敷地内にある礼拝堂に立ち寄ってみました。正面入口にはサンゴや海藻、ロープなどを思わせる装飾が施されています。これこそが、大航海時代の豊かさを象徴するポルトガル特有の**「マヌエル様式」**の特徴です。


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内部はこぢんまりとしていて、大聖堂のような威圧感はなく、静かで落ち着いた祈りの空間が広がっていました。



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ふと天井を見上げると、印象的な紋章が刻まれています。これは**「プロビデンスの目(万物を見通す目)」**。すべてを見通す神の存在を表すとされています。

この宮殿を建てたアントニオ・アウグスト・カルヴァリョ・モンテイロも、フリーメイソンとの深い関わりがあったと言われており、この場所全体にこうした象徴的な意味が込められているようです。


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【ミニ知識:プロビデンスの目とは?】
三角形の中から光を放つ目は、もともとキリスト教由来の意匠ですが、フリーメイソンでは「宇宙の精神的建築家」の摂理を象徴するものとして用いられます。アメリカの1ドル紙幣にも描かれており、陰謀論や歴史ミステリーの文脈で語られることも多い、非常に好奇心をそそるモチーフです。


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芸術的なディテールと、かつての生活の息遣い

礼拝堂から宮殿へ向かう途中のベンチですら、一つの芸術作品のようでした。ポルトガル十字架、天体の位置を測る渾天儀(こんてんぎ)、複雑なロープ装飾など、ここにもマヌエル様式の意匠がふんだんに使われています。


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宮殿に向かう前にも教会のような建物があり、されに右に曲がって登ると宮殿が見えてきます。
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いよいよ宮殿の内部へ。
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外観の上部には驚くほど精緻な彫刻が施されており、オーナーの凄まじいこだわりを感じます。
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最初の部屋は、居間として使われていたのでしょうか。木を基調とした温かみのある空間が広がっていました。
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壁には、実際にここで暮らしていた人々の写真が飾られていました。
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壁の写真を見ていると、ここが単なる観光地や風変わりな建造物ではなく、かつて誰かの「家」であり、生活の場であったという事実に、どこか不思議な感覚を覚えました。


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宮殿を出た場所から望むと先ほどの礼拝堂(教会)が見えています。
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シントラの風に吹かれて

さらに遠くの山の稜線には、龍の背中のように延びるムーアの城跡の城壁が確認できました。
今回の滞在は約3時間。それでも十分圧倒されましたが、隅々まで探索するならやはり一日は必要かもしれません。


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リスボンからの日帰りで、シントラの魅力を存分に堪能することができました。30年前に訪れたユーラシア大陸最西端の「ロカ岬」へは今回は寄りませんでしたが、シントラとセットで巡るツアーも多いため、初めての方にはそのルートもおすすめです。

帰路はポルトガル鉄道(CP)に揺られ、約40〜50分。
リスボン中心部のロシオ駅に到着し、私のリスボン滞在はこれで幕を閉じます。


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リスボンの中心のロシオ駅に到着し、リスボン滞在はここで一区切りとなりました。

そして——翌日からは、ポルトガル内陸の村モンサントへと向かいます。

2026年3月27日 (金)

今週の生け花(令和8年3月第4週)

いよいよ3月も最後となります。来週からは新年度となります。この季節は旅立ちと別れの季節かも知れませんね。引っ越しの準備や4月からの新しい学校や就職、職場の移動なども控えて一番忙しい季節だと思います。

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4月1日からは当院もこの地区に新築移転して20年目となります。どうにか頑張れたのも患者さんや職員のお陰だと感謝いたします。 一番役職に向いていない私が院長になっても20年目となります。運命とは分からないものです。一番やりたくない人が一番長く続いている、厄介なことです😅
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今週のいつもの場所に私の愚痴を聞いてくれる生け花が飾られていました。白い牡蠣の上にフリージアや小菊、カーネーションが重なりあって集団を作り、そこから情報にあずき柳が勢いよく上方に広がっています。解放された気になります。
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いつも不思議に思っているのが、それぞれの花は色も形も異なっているのに、まとまって一つの美を形成することです。世界がこのようにお互いが違うことを認め合えば地球はもっと優しく美しくなるのではとつい考えてしまいます。
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<花材:あずき柳、千年木、フリージア、カーネーション>

2026年3月25日 (水)

その痛みは昔の感染かもしれません(水痘と帯状疱疹)

今日のラジオ放送は春先に広がりやすいウイルス感染症の話をしました。

春から初夏にかけて増えてくる感染症として代表的なものに麻疹、風疹、流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)、水痘(水ぼうそう)があります。

コロナ禍の期間中は、多くの方が感染対策に努めた結果、インフルエンザをはじめとする様々な感染症の流行が一時的に抑えられていました。しかし現在は社会活動が以前の状態に戻りつつあり、人の移動や接触の機会も増えています。その結果、これまで見られなかった感染症の流行が再び起こる可能性があります。

春は生活環境の変化が多い季節です。進学や就職、転勤や引っ越しなど、新しい生活が始まることで、知らず知らずのうちに心身に負担がかかることがあります。こうした変化は体の抵抗力の低下につながり、思いがけない体調不良の原因となることもあります。

今回は、この季節に知っておいていただきたい感染症として、水痘(みずぼうそう)と帯状疱疹についてお話しします。

体の中には、長い年月を経て再び活動を始めるウイルスが存在します。子どもの頃に経験した感染症が、年齢を重ねた後の体調変化として現れることがあるのです。

 

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図:子どもの頃の水痘感染と帯状疱疹の発症の関係

 

水痘は子どもの頃に多くの方が経験する感染症です。発熱とともに全身に水ぶくれのような発疹が現れ、数日かけてかさぶたへと変化していきます。現在はワクチンの普及により重症例は減っていますが、それでも毎年一定数の患者さんが見られます。

しかし重要なのは、水痘は一度治れば終わりの病気ではないという点です。原因となる水痘帯状疱疹ウイルスは、感染後も体の中の神経の近くに潜伏し続けます。普段は免疫の働きによって抑えられていますが、加齢や疲労、ストレスなどにより免疫力が低下すると再び活動を始めます。

その結果として発症するのが帯状疱疹です。

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帯状疱疹は体の左右どちらか一方に、帯のように広がる痛みと発疹が特徴です。皮膚の症状が治った後も神経の痛みが長く続くことがあり、これを帯状疱疹後神経痛と呼びます。特に高齢者では生活の質を大きく低下させる原因となることがあります。

また顔面に発症した場合には視力や聴力に影響する可能性もあり、早期の受診と治療が重要です。

 

なんとなく子供の時期に罹ったウイルス感染症は大人になるともう感染しないというイメージがあります。水痘の場合は子どもの頃の感染症が、

人生の後半に思わぬ形で現れることがあります。

日頃の体調管理や十分な休養、そして必要に応じたワクチン接種など、小さな心がけが将来の健康を守ることにつながります。

これから迎える暖かな季節を、安心して過ごすためにも、

正しい知識を持っていただきたいと思います。

2026年3月22日 (日)

不思議の国シントラへ!レガレイラ宮殿の「逆さ塔」を巡る(レガレイラ宮殿No1)

前回の続きとなります。

シントラ観光で外せないスポットといえば、主に以下の4つが挙げられます。

 

  1. シントラ王宮(Palácio Nacional de Sintra):街の中心レプブリカ広場に面した白亜の宮殿

  2. ペーナ宮殿(Palácio Nacional da Pena):山頂に立つカラフルな城

  3. レガレイラ宮殿(Quinta da Regaleira):神秘的な庭園が広がる邸宅

  4. ムーアの城跡(Castelo dos Mouros):山の上にそびえる古城

今回は時間の関係もあり「ムーアの城跡」は見送りました。もし徒歩で1時間以上、急な坂道を登る覚悟と体力があるなら、街から約3kmの道のりに挑戦してみるのも一興です(あるいはツクツクのような移動手段を使うのも賢い選択かもしれません)。

今回は、もっともミステリアスな3番のレガレイラ宮殿を目指します。

 

 

今回は③番目のレガレイラ宮殿を目指します。

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街歩きを楽しみながら宮殿へ

リスボンから西へ約30km。世界遺産(文化的景観)にも登録されているシントラは、日帰り観光客で常に賑わっています。中心部にはお土産屋さんやレストランも多く、散策には事欠きません。


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レガレイラ宮殿は、30分単位での入場制限があるようです。私たちは余裕を持って、ゆっくりと街中を散策しながら向かうことにしました。
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道中、地元の人が水を汲んでいる水飲み場を発見。こうして生活に溶け込んでいる水を見ると、きっと飲めるのでしょう。
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シントラ王宮のある中心部からなだらかな道を進み、次第に鬱蒼とした森へと入っていくと、木々の隙間からレガレイラ宮殿の姿が見えてきました。

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億万長者が作った「地上のテーマパーク」

曲くねった道なりに進むと一風変わったレガレイラ宮殿が見えてきました。もと王族の荘園(=キンタ、別荘?)の一つとして建てられたとのこと。ポルトガル語だとレガレイラ宮殿は「Quinta da Regaleira(キンタ・ダ・ヘガレイラ;レガレイラ荘園)」と呼ばれるようです。ここは1番大きな宮殿を中心にしますが、それよりも広大な庭園を含めて存在感は増すようです。

王族の手を離れたあと、この荘園の所有者は、名前の由来でもあるレガレイラ男爵、「モンテイロ・ザ・ミリオネアー」と呼ばれたブラジルの億万長者アントニオ・アウグスト・デ・カヴァーリョ・モンテイロ氏、日本の青木コーポレーションなど何度も変わったのですが、1998年にシントラの自治体が所有権を獲得し、一般公開されるようになったんだとか。

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17世紀に王族の別荘として建てられた館を、20世紀初めにブラジル出身の富豪アントニオ・モンテイロが買い取り、イタリアの建築家ルイジ・マニーニが設計を担当した。ロマネスク、ゴシック、ルネッサンス、マヌエルなどの様式が混在していて、すごいと思う反面統一感のなさは否めない作りになっています。それでも訪ねた人を楽しませるために大金を注ぎ込んだ箇所が随所に見られ、時間があれば一日中楽しめる当時のテーマパークのような存在だったのかも知れません。
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宮殿の受付でチェックがあります。私たちは何ヶ月か前に公式サイト(regaleira.byblueticket.pt

)で予約をしました。少し早く着いたのですが、時間になったら入れるとのことで少し待たされました。意外とこのあたりはしっかりしているようです。時間で入場する人数を決めているようです。
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完成までには1904 年から1910年の6年を費やしたそうです。宮殿、礼拝堂、広大な庭、沢山の門、塔、洞窟、湖、滝などもこの巨大な敷地内に散りばめらています。

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道の横にはところどころに洞窟の入り口のような場所もあります。中には本当の洞窟になっているのもあると思いますが、上の写真などは奥行きはありませんでした。
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敷地内にあった庭園の地図ですが、これを回るだけでも大変な距離になることが予想できます。
圧巻の「イニシエーション・ウェル(啓示の井戸)」
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この宮殿の目玉(?)で必ずと言っていいほどレガレイラ宮殿の写真にのる、深い螺旋状の井戸(イニシエーション・ウェル、Initiation Well:啓示の井戸)があります。これだけは絶対抜かせない場所と思い最初からチェックを入れて箇所となります。脇目も降らずにまずはこの井戸を目指しました。
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地図を頼りに歩いても、きっと他の人が並んでなければ、素通りしたかも知れないぐらい小さな入り口です。人が1人通れるぐらい狭くて、ここから戻ることはできません。一方通行となります。まあ逆になっても誰も文句は言わないと思いますが。
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ネットで検索したらこのようなことが書いてありました。イニシエーション・ウェル(InitiationWell、啓示の井戸)は、ポルトガルのシントラにあるレガレイラ宮殿の庭園にある、地下へ続く螺旋階段を持つ深さ約27mの井戸状の構造物です。水はなく、タロットの儀式やフリーメイソンに関連した神秘的なイニシエーション(加入儀式・試練)に使用されたと言われています
特徴と意味:(1)構造: 9階建ての螺旋階段が底へ続いており、これはダンテの『神曲』に描かれる地獄、煉獄、天国の9つの円を象徴している。(2)用途: 水源ではなく、儀式的な目的で設計された。地下の秘密のトンネルで庭園内の他の場所とつながっている。(3)神秘性: 井戸の底にはテンプル騎士団の十字架が描かれており、闇(地下)から光(地上)へ向かう精神的な「生まれ変わり」や「試練」を体現した場所と見なされている。・・・とのことです。
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上から下を見ながら歩くのもいいのですが、下から見上げると中央から光が差し込み、幻想的です。
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この写真まで来ると、多くの方々もこの宮殿の旅行案内やブログの記事でも読んだことがあると思い出すかも知れません。
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井戸と呼んでいますが、実際は螺旋状の通路で、上の土地から下の土地へと繋ぐ螺旋階段の役目を担っていると思いました(まあ私の感想です)。階段を降りたら随分と違う低地に出ることになりました。
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井戸といっても水を汲むために使われたことは一度もないそうです。私と同じ感覚で、地下に向けて伸びる「逆さ塔」ととらえる人もいると他のブログに書いてありました。井戸の名前に名前が示唆するように秘密結社のイニシエーション(通過儀礼)に使われていたそうです。

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底にあるシンボルはテンプル騎士団の十字(十字架): 井戸の底の中央に、赤いタイルで「テンプル騎士団の十字」と②フリーメイソンのシンボル(その周囲を囲むように、フリーメイソンの象徴である「コンパスと直角定規」)の両方をモチーフにしたデザインが描かれていました。この場所は、当時の所有者アントニオ・アウグスト・カルヴァーリョ・モンテイロが、フリーメイソンやテンプル騎士団、薔薇十字団などの教義に基づいた儀式的な場所として設計したため、両方の象徴が組み合わされています。なんとなく納得です。


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地下洞窟への道が続いています。まずは水の音がする方向にまっすぐに進むと
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このような外の世界と繋がっています。lago da Cascata(滝の池)と呼ばれるようです。
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この奥は通行禁止となっていましたので、少し戻り先ほどの地下通路を進むことにしました。
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この辺りが出口で、この場所が低い場所となっていますので、実際の使用としては上層と下層を繋ぐ螺旋階段といった役目だった気がします。しかしいちいち手が混んでいます。 まだまだ見どころ満載ですので次回に続きます。

2026年3月20日 (金)

今週の生け花(令和8年3月第3週)

今日は春分の日で休みも多かったと思います。3連休と聞いてピンと来ませんでしたが、明日は土曜日で元々休みの方も多いのかも知れません。私の方は、最初の10年数年間は大学病院のでしたが当時は土曜日も半日は仕事でしたので、土曜日の休みとは未だ経験したことがないのです(😂)。 
ちょうど各地でソメイヨシノの開花もあり、良い観光日和となった箇所も多いと思います。沖縄での桜は寒緋桜で花びらごと散るのであまり風情がありません。 初めて東京に行った時に染井吉野の花吹雪が美しかったことを思い出します。
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今週の生け花もいつもの場所に飾れていましたので写真を撮ってきました。 全体として品位がある造りとなっています。こちらにある桜は八重桜となっています。
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今週の生け花は沖縄と本土の方の花が折衷した感じがします。花器はなんとなく東南アジアよりでしょうか?
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右上の黄色花はラナンキュラス・ラックスという品種の花です。一般的なラナンキュラスはもっと花弁が多いのですが、色が白かったらくちなしの花に近いイメージです。花びらにワックスをかけたような光沢があり、太陽の光でキラキラと輝くのが特徴です。一般的なラナンキュラスよりも耐寒性・耐暑性に優れ、春まで長く花を楽しめるそうです。


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明日、明後日もお花見ができる箇所も多いかも知れません。夕方は冷えるかも知れませんので体調に気をつけて楽しんで下さいね。
<花材:八重桜、ストレリチア、ラナンキュラス、菊>

2026年3月18日 (水)

マカオ:レジェンド パレス ホテル(Legend Palace Hotel)宿泊

最近は1泊2日で台北に大晦日と元旦に行くことが多かったのですが、今回は初めて正月に3泊4日の休みをとって初めてのマカオ・香港へと出かけました。同じ中華圏といっても台湾、マカオ、香港はかなり違う文化や魅了を有していました。

今回もマイルを使っての旅で、那覇➡︎台北(経由)➡︎マカオ。香港➡︎台北(経由)➡︎那覇とこれも初めてのエバー航空、私はマイルでビジネスクラスを取れたのですが、おそらく取れるのは1席のみで2人は申し込めませんでした。そのため連れは通常料金でエコノミークラスです。各飛行時間は1時間程度ですのでエコノミーでも全然平気です。

 

台北からマカオに到着後、ホテル近くまでの無料のシャトルバスもあるようですが、時短のためタクシーに乗り込み、宿泊予定のレジェンド パレス ホテル(Legend Palace Hotel)に向かいます。

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ここを選んだのはすぐ隣にフェリーターミナルがあり、マカオからフェリーで香港に向かうのに便利だったことです。
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ホテルの横にあるのは「レジェンドパレスカジノ」(↑)、後で知ったのですが、私たいの宿泊の前月の2025年11月に営業が中止となったそうです。マカオに出かける方がカジノを体験することも目的している人も多いと思います。その方々にとっては残念かも知れません。
マカオ旅行の目的を大きく分けると①古いマカオ地区の世界遺産などの観光、②マカオの豪華ホテルとカジノを楽しむ。③は両方楽しむに分かれるのでないかと推測します。私の方は①でカジノには残念ながら興味がありませんでした。
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このホテルも、マカオから香港への移動に便利な橋ができたために、フェリーの利用客の減少とともに少し取り残されたのかも知れません。
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しかし18世紀のモンテカルロをモチーフにしたと言うだけあって、豪華な宮殿を思わせる外観と内部の装飾が煌めいていました。

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ホテルの客室はとにかく豪華で、ものすごく広いです(広すぎて使いきれません😅)。客室は海側が見える方面と市内が見える側に分かれますが、もしかしたら12月31にのカウントダウン花火が見れるかと思ったのですが、今年は開催されなかったようです。ちょっとがっかり!
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ホテルの窓からベネチアン マカオ カジノがかろうじて見えました(左の下)。この方面からカウントダウンの花火が見えると期待してこの部屋を予約したのですが残念でした。

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1階の朝食会場に向かう廊下もキラキラした大理石仕様となっています。
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このホテルで1番感動したのは朝食でした。おそらくこれまで私が泊まったホテルで1番メニューも豊富で美味しいと感じたホテルでした。おそらく麺類や中華が洋食だけのヨーロッパのホテルと違ったからかも知れません。
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オムレツやサンドイッチもシェフがその場で作ってくれます。それがかなり美味しいです。
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せっかくですので、温かい麺類も作ってもらいました。私のような食に疎い人間でもこのホテルの朝食には満足でした。

2026年3月15日 (日)

シントラ国立宮殿(Palácio Nacional de Sintra)とカフェ・ド・パリス(Café de Paris)のランチ

シントラ王宮とカフェ・ド・パリス(Café de Paris)のランチ
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丘の上にあるペーナ宮殿を降りて、市の中心部に向かった歩きました。
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ここもリスボンに違わず、起伏が多いのでこのようなツクツクが移動には活躍するかも知れません。私たちは徒歩での移動です。
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青空にやたら目立つ白い尖った建物(実際は二つの塔となっています)が見えて来ました。何かと思えばこれがシントラ宮殿でした。後ほど説明します。
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街の中心部からもシントラ宮殿の中からも見える小高い丘に城壁に囲まれた廃墟があります。これはかつての7〜8世紀ごろにイスラム教徒がイベリア半島を支配した時代に築かれた城とのことです。実はシントラにはその時代にはこの城以外に中腹に、シントラ地方を治めるムーア人支配者の住居となって城があったとのことです(私は知りませんでした)。

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ちょうど時間的にお昼時となったので昼食をとることに。シントラを検索する中で歴史のあるレストランを見つけました。実はシントラはカフェ文化が根付いていて多くのお店が軒をつなれる場所でもあります。シントラで時間があればカフェ巡りも楽しいかも知れません。
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Cafe Parisはシントラ宮殿を正面に見る絶好のロケーションに構える業歴長い老舗レストラン。混んでいると書いてあったのですが、私たちが行った時には少し時間がずれていたせいか、数名しかお客さんはいませんでした。
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1920年代の創業の老舗で内装も豪華でした。

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喉も乾いていたのでオレンジジュースを頼んだら、すごく細長いクラスに生ジュースが提供されました。
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シントラは小高い丘にありますが、すぐ近くは大西洋となりますので、海の幸も新鮮で豊富です。イカやタコ、魚のフライを頼みましたが、これは当たり、実においしかったです。
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相方が食べた海鮮スパゲティもなかなかの味でした。今回ポルトガル旅行で外した食事はありませんでした。日本人には合う食べ物が多いのかも知れません。
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ほか昼食後足の疲れも取れたので、すぐ横にあるシントラ国立宮殿を訪ねることにしました。
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この宮殿はムーア人の城ではなくて、14世紀にエンリケ航海王子の父ジョアン1世が夏の離宮として建てられた宮殿となります。その後増築され16世紀にマヌエル1世によって今の大きさまで拡張されてゆきます。

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宮殿の模型が置かれていました。あの白い2棟の塔はなんなのでしょうか? 最後にわかります(笑)。
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天井の白鳥などを見ると、一瞬ドイツのノインシュタインシュバルツ城を思い出してしまいます。
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白鳥の間 - Sala dos Cisnes  マヌエル様式。天井に描かれた白鳥の絵にちなむそうです。
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螺旋階段を登り2階(3階?)へと進みます。
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いきなり巨大な空間が出て来ました。特色のある場所で宮殿の中心施設かも知れません。天井もアズレージョの側面も見事です。
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「紋章の間」と呼ばれるようです。

天井の中心にマヌエル1世の紋章を中心にその周りにその当時の有名な一族の紋章が並んでいるとのことです。
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最後は評議会室(裁判官と国王の顧問会議が行われていたとされる部屋)を通り、階段を降りるとあの白い正体がわかります。
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この広い部屋が調理室となったいます。当時は多くの方がここで働いていたのでしょうね。
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この部屋から2つの高く伸びる天井(?)が見えて来ました。 外から目立った白いとんがり屋根の塔はシントラ宮殿の食堂の煙突でした。
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シントラと言えばあの鮮やかな色彩のペーな宮殿をイメージしますが、王宮もなかなかの見応えでした。時間があれば寄って下さいね。

2026年3月13日 (金)

今週の生け花(令和8年3月第2週)

昨日は緊急などもあり時間なしでした。せっかくの生け花ですので3枚だけアップします🙏

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<花材:木蓮、グロリオーサ、梅の新芽、ストック>

2026年3月11日 (水)

骨粗鬆症 ― 私たちの骨は静かに働いています

今日はラジオでもお話ししましたが、「骨」について少し考えてみたいと思います。

私たちの骨は普段あまり意識されることはありません。しかし骨は体を支える大切な臓器です。立つこと、歩くこと、座ること。こうした日常の動作はすべて骨があるからこそ可能になります。もし骨がなければ、私たちはナメクジやクラゲのような軟体動物のようになってしまいます。

さらに骨には、体を守る働きもあります。脳は頭蓋骨に守られ、心臓や肺は肋骨に囲まれています。骨はまさに体の「鎧(よろい)」のような存在です。

しかし骨はただ硬いだけの組織ではありません。実は骨は常に作り替えられています。古くなった骨を壊し、新しい骨を作るという働きが続いており、これを「骨のリモデリング」と呼びます。

ところがこのバランスが崩れると、骨は徐々にもろくなります。これが骨粗鬆症です。

骨粗鬆症が問題になる理由は、骨折の危険が高くなることです。特に高齢者では転倒などをきっかけに骨折し、その後の生活に大きな影響を与えることがあります。太ももの付け根の骨折(大腿骨頸部骨折)は高齢者の寝たきりの原因の一つとして知られています。

ところで、骨はどのようにして強く保たれているのでしょうか。

実は私たちは、特別なことをしなくても骨を鍛えています。その理由は「重力」です。私たちは地球の重力の中で生活しており、立っているだけでも骨には負荷がかかっています。この刺激が骨を強く保つ働きをしています。

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このことは宇宙飛行士の研究からもよく知られています。宇宙では重力がほとんどないため、骨に負荷がかからず、骨からカルシウムが失われてしまいます。そのため宇宙飛行士は毎日2〜3時間ものトレーニングを行い、骨や筋肉の衰えを防いでいます。

骨を守るために大切なのは、栄養と運動です。カルシウムを含む食事、日光によるビタミンDの生成、そして日常的な運動が骨の健康を支えます。激しい運動である必要はありません。歩くことや体を動かす習慣だけでも骨には十分な刺激となります。

骨は普段あまり意識することのない臓器ですが、私たちの体を静かに支え続けています。

人間の体は本当によくできています。普段当たり前のように歩いたり立ったりしていますが、その裏では骨や筋肉が見事なバランスで働いているのです。年齢を重ねるほど、こうした体の仕組みに少し目を向けてみることも大切なのかもしれません。

2026年3月 8日 (日)

ペーナ宮殿No2

前回からの続きです(➡︎ロシオ駅からシントラ)

リスボンの宿泊施設から8時過ぎに出掛けて、ペーナ宮殿へと向かいました。リスボンは天気が良く、シントラ駅も天気はあまり悪くなかったのですが・・・近づくにつれ霧が濃くなりせっかくの宮殿の外景が、それこそ霧に包まれてパッとしませんでした。内部見学は指定時間があり、時間が来たので見学開始です。入る瞬間には一部霧が抜ける時間もありました。

内部見学を終えて、外に出ると霧が抜けて青空が見えてきました。流行りこの宮殿は青空が似合います。

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この宮殿は当時のありとあらゆる様式を取り入れた不思議な宮殿となっています。ここまでくると趣味がいいのか悪いのかの区別もつかなくなってしまいます。テラスに向かうため、宮殿の入り口近くの「トリトンの門(Porto do Tritão)またはコーラルの門(Coral Gate)

」を通ることに。
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その門の上にあるトリトン(Toriton)の像を拡大してみました。なんとも奇妙な姿をしています。トリトンは神話のポセイドンの息子とされています。ネットの情報によるとその外観は半人半魚の姿をしており、巨大な貝殻の上に座りながら、その頭上から生えるブドウの木(生命の樹)を支えるようなポーズをとっています。下層のネオ・ゴシック様式のアーチにはサンゴが飾られ「海洋世界」を、トリトンの頭上のブドウの木は「地上世界」を表しており、2つの世界の境界(ポータル)としての役割を持っています。多くの研究者や作家によると、この像は「世界の創造」や「天と地の結合」を象徴しているとのこと
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外側のテラスの出ることには霧も晴れて遠くまで見渡せるように変わってきました。
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紅い塗装が剥がれている場所も多く、フォトジェニックとしては少し残念ですが、とんがり屋根のところに古いチャペルがあります。ここはペーナ宮殿の場所は16世紀の修道院が前身であり、宮殿(19世紀建設)に取り込まれる形で保存された歴史的区域となっている場所です。
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派手な宮殿と違いこの一角だけはモノトーンの落ち着いた内装となっています。小さいですが綺麗なステンドグラスがあり、祭壇も設けられていて静かに祈ることも可能です。
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晴れてくると、宮殿の外の森や遠くには大西洋も見渡すことができるようになりました。
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リスボンで見えたのはテージョ川でしたが、ここからは大西洋が見渡せる場所となっています。
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赤い時計塔も青空に生えてきました。この時計塔は1843年に完成して、テラスの日時計と連動し、かつては毎日正午に大砲を自動発射する仕組みが備わっていたそうです。この塔は、イスラム、ゴシック、ルネサンス様式が混在するカラフルな宮殿外観の象徴的な要素として、シントラの山頂に存在しています。
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時間指定の内部見学を終えて、外のテラスや教会が見れる領域は有料スペースとなっています。朝入る時には霧がかかった場所も帰る頃には青空が見えて来ました。
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前回のブログの霧のかかった時の印象と帰りの青空ではだいぶ印象も変わってきました。
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ゲートをくぐり、坂を下ってシントラの中心部へと戻ります。
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霧がなかれば入る時からこの景色が望めたと思います。帰りには晴れてくれたので、2つの風景を楽しめてある意味ラッキーだったかも知れません。
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次回はシントラ宮殿と昼食の風景を紹介したいと思います。

2026年3月 6日 (金)

今週の生け花(令和8年3月第1週)

今週も生け花が飾られていました。写真だけでもアップいたします。生け花があるだけで病院の無機質な空間が和らぐ気がします。

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<花材:椿、マリンブルー、ガーベラ、小菊>
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今日朝出かける前に自宅のいっぺいの花が満開でしたのでiPhoneで撮りました。これが咲くと我が家も本格的な春を迎えます。
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2026年3月 4日 (水)

長引く咳の原因は?

2026年3月4日のFM放送いきいきタイムは春先の体調不良について話をしました。その多くは気候の変動が強ういために起こる自立神経失調からくる体調不良、それと咳が多いのが特徴です。今日は春先に長引く咳の注意点を簡単に記載いたします。

3月に入りました。この時期になると本土の方では「花粉症」で大変な方も多いと思います。

これから春先は体調を崩す方も多くなります。特にこれから3月4月は咳が続く方も多く見受けられるようになります。今日は長引く咳で注意する3疾患について記載します。

長引く咳の原因は?

― 咳喘息・気管支喘息・COPDの違い ―

「風邪が治ったはずなのに、咳だけが続いている」外来でよく耳にする訴えです。

咳が2週間以上続く場合、単なる風邪ではない可能性があります。特に注意したいのが「咳喘息」「気管支喘息」「COPD(慢性閉塞性肺疾患)」です。それぞれ似ているようで、実は異なる病気です。

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① 咳喘息

咳喘息は、ゼイゼイという喘鳴がほとんどなく、「咳だけ」が長く続くのが特徴です。風邪のあとに気道の炎症が残り、気道が過敏な状態になっています。冷たい空気、会話、夜間などで咳が悪化しやすいのも特徴です。

放置すると約3人に1人が気管支喘息に移行すると言われています。早期治療で改善することが多いため、「長引く咳」は軽視しないことが大切です。

② 気管支喘息

気管支喘息は、アレルギーなどにより気道が慢性的に炎症を起こし、発作的に狭くなる病気です。

「ゼイゼイ」「ヒューヒュー」という喘鳴や息苦しさを伴うのが特徴です。

炎症が強いと呼吸困難を起こし、重症例では命に関わることもあります。吸入薬による継続治療が重要になります。

③ COPD(慢性閉塞性肺疾患)

COPDは主に長年の喫煙が原因で起こる病気で、「タバコ病」とも呼ばれます。気道だけでなく肺胞も壊れていくため、呼吸機能が徐々に低下していきます。

初期症状は、階段での息切れや慢性的な咳・痰程度ですが、進行すると日常生活に支障をきたします。禁煙が何よりの治療であり予防です。

 

共通点と違い

3つに共通するのは「気道の炎症」です。しかし、

咳だけが続く → 咳喘息

ゼイゼイ・発作的な息苦しさ → 気管支喘息

喫煙歴があり徐々に息切れが進む → COPD

このように特徴が異なります。

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大切なのは「2週間ルール」

咳が2週間以上続いたら、自己判断せず呼吸器専門医を受診してください。

早期発見・早期治療で多くは改善します。

「ただの風邪」と思い込まないこと。

それが、ご自身の肺を守る第一歩です。

 

2026年3月 1日 (日)

ロシオ駅からcp(ポルトガル国営鉄道)にてシントラ駅へ。434バスでベナ宮殿バス停着。

目一杯堪能したリスボンから今回初めてのシントラ観光となります。

イギリスの詩人バイロン(➡︎シオン城)が「エデンの園」と称賛したことで一躍世界的に有名となったシントラ。その歴史は古く7~8世紀にイベリア半島をイスラム教徒のムーア人が占領し、この地に城を建設します。1147年、初代ポルトガル王アルフォンソ1世が、ムーア人からシントラを奪還したことでポルトガル王国に併合され今に至ります。

そんな歴史背景からムーア人が建てた城壁後や、ジョアン1世が夏の離宮として建てた王宮、イスラム・ゴシック・マヌエル・ルネサンスなどの様々な建築様式で造られた、おもちゃを思わせるぺーナ宮殿など、小さな町の中にそれぞれの歴史を象徴する貴重な建造物が残り、独特な美観を生み出しています。

シントラはかねてより王族や貴族が避暑に訪れ、ヨーロピアンに知られたリゾート地でしたが、1995年、「シントラの文化的景観」としてユネスコの世界遺産に登録され、より多くの観光客が訪れるようになりました。

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ポルトガルはヨーロッパ(ユーラシア大陸)最西端の国となります。この最先端の岬が有名なロカ岬となっています。30年前の旅行でロカ岬は出かけたことがありました。今では当時より充実した施設があると考えていますが、陸の移動はありませんので最西端の風景は変わらないと考えて今回は行くことは諦めました。今回向かうのはシントラと言うポルトガルでも人気の観光地となります。リスボンからシントラおよびロカ岬の組み合わせのツアーなども沢山出ています。今回はロカ岬をパスして1日かけてシントラ観光に絞りました。

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早朝宿泊地の から、トラム28号線でロシオ駅へと向かいました。ロシオ駅からは直通でcp(ポルトガル国営鉄道)にてシントラ駅へと向かいました。40分で到着します。私たちはリスボアカードを購入していますので、ロシオ駅とシントラ駅は無料で使うことができます。駅を降りると直ぐにバスがずらりと並んでいて各方面へと向かってくれます。私たちは434バスでベナ宮殿バスへ移動。 シントラはペーナ宮殿、レガレイヤ宮殿、シントラ宮殿、ムーア城跡など見どころ満載で、非常に多くの観光客も訪れるために前もって入場券が必要です(それも指定時間が決められていますので前もってどのルートで行くのかどれぐらい滞在するのかも決めてから予約を行う必要があります)

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今回はシントラ駅からまずはペーナ宮殿へと向かい、街の中心地で食事どころも多いシントラ宮殿を昼過ぎ、ここから午後にレガレイラ宮殿を見学後、夕方にリスボンに戻る計画としました。

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先ほど降りたバスから実際の入り口までは坂道を登ります。足が不自由な方はミニバスが利用できます(3ユーロ程度でその場で買うことが可能です)。私たちは坂道をのんびりと歩きました。

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本当は上のイラストのようにくっきりとしたペーナ宮殿を見たいと考えていたのですが、バスを降りたところから上を見るとかなりの霧がかかる状況。私を含めて観光客は色鮮やかで派手な宮殿見たさに訪れると思うのですが天候だけはどうしようもありません。

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ペーナ宮殿はフェルディナント2世の命により、ドイツから優秀な建築家が集められ1885年に完成したとのことです。この宮殿を世界的に有名にしたのが、その建築様式と壁の色かも知れません。リスボンで見かけたマヌエル様式、占拠された時代のイスラム様式、さらには西ヨーロッパのゴシック・ルネサンスなど建築法を取り入れ、外観も内装もおもちゃのような可愛らしい城として作り上げられています。

フェルディナント2世はドイツのノイシュヴァンシュタイン城を建てたルードヴィッヒ2世のいとこ同士で、同時期にペーナ宮殿とイノバンシュタイン城(1886年に完成)が出来上がるのでお互いが競い合ったのかも知れません。

 

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この霧のかかった状況で細工の施された門を通り入場です。
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門の一つ一つに細かな彫刻が施されています。
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次第に霧が濃くなり、残念な状況となりました(まあその後霧は晴れて快晴になりますので、今後ご期待下さい)
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細かな彫刻が施されていますが、全体として黄色と赤(どちらも近くからは燻んでいますが、遠くから全体を見るとこの色合い)が色鮮やかに見えてきます。2025年に出かけたのですが、塗装が部分的に剥がれている箇所も多く、再塗装が必要かも知れないと感じました。
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これが青空だったら映えるのでしょうが・・・ただ霧ですので傘を刺す必要はなかったのでその分は歩きやすかったです。
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内部見学にはチケットが必要で、ここも時間指定となっています。その時間帯で20〜30人が一緒にガイドと共に内部の見学となります。
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内部が吹き抜けになっている場所もあり、その場所には貝をモチーフにした波打った作りとなっています(これはジェロニモス修道院などと共通するマヌエル様式)。
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内部は撮影禁止と書いてあるブログもあったのですが、私が一緒に回る時には皆自由に写真を撮っていましたし、念のためにガイドさんにも聞きましたがフラッシュなしなら撮っても良いとのことでした(要確認)。

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遠い昔話のように思えましたが、1900年代までポルトガル王のカルロス1世とアメリア王妃はこの宮殿が気に入り、1年の多くをここで住んでいたとのことです。
残念ながらカルロス1世は1908年2月に王太子ルイス・フィリペと共にリスボンにて共和主義者たちにより暗殺されてしまい、ポルトガルは1910年の革命により共和国へと変わってしまうことになります。


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2階に上がる階段の手すりも創意工夫が施されています。
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2階の廊下から見た風景はどころなくジェロニモス修道院に似た雰囲気です。
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イスラム様式の中に、日本の皇室の菊の紋章に似た彫刻もありました。
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細かな彫刻や調度品が目白押しとなっています。ありすぎてどこをどう通ったかも覚えられません。
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ポルトガルのシントラにあるペーナ宮殿の「円形の食堂」は、正式には
「牡鹿の間(Stag Room / Sala dos Veados)」と呼ばれる、かつての修道院の食堂を改装したダイニングルームだそうです。塔の形状に合わせて円形(円筒形)をしており、16世紀マヌエル様式の肋骨ヴォールト天井が特徴です。
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広々としたキッチンに調理器具が整理整頓されて展示してあります。魚や豚の形をした金型なども展示されており、宮殿が修道院として使用されていた当時の面影を感じさせる実用的な空間となっています。
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内部見学を終えて外に出ました。気づきましたか? 先ほどまでの濃霧が晴れて来ました。次回は晴れた宮殿の外観などを紹介したいと思います。引き続きご覧くださいね。

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