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2025年6月

2025年6月29日 (日)

サン・ミニアート・アル・モンテ教会(Basilica di san miniato al monte)&フィレンツェの眺望

フレンツェを見渡せるサン・ミニアート・アル・モンテ教会Basilica di san miniato al monteへと出かけました。

Wikipediaによると「サンミニアートアルモンテは、イタリア中部のフィレンツェにある大聖堂で、市内で最も高い場所の1つに立っています。トスカーナで最も素晴らしいロマネスク様式の建造物の1つであり、イタリアで最も美しい教会の1つとして説明されています。隣接するオリヴェタン修道院があり、階段を上ると大聖堂の右側に見えます」と書いてあります。

私がこの場所に行こうと思ったのは、フィレンツェの眺望出来る最も有名な場所が「ミケランジェロ広場」だと思います。これまでの旅行でミケランジェロ広場からの眺望は見たことがありました。それに今回は夜にミケランジェロ広場は訪ねる計画でした(ただし夜は雨になる予想となっています)。

またその日は夕方にフィレンツェ大聖堂のクーポラに登る予定でしたので、その隙間時間にタクシーにてこの教会までやって来たのです。

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フィレンツェ大聖堂の近くからタクシーを乗り、ミケランジェロ広場から更に上に昇ると教会の横手でタクシー運転手がここだよと下ろしてくれました(教会が見えないけど・・・と思いましたが・・・GoogleMapではあたっているようです)
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裏手から入ると教会の前の広場に出ました。
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なんとなく以前紹介したサンタ・マリア・ノヴェッラ教会に似た雰囲気のファザードとなっていました(→以前のブログ)。
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ファサートの中央部にあるのは、13世紀作の「玉座のキリスト、マリア、聖ミニアート」の黄金モザイク。キリストがここからフィレンツェの町へ祝福を与えているかのようです。
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この教会は、250年にフィレンツェで殉死した聖ミニアートの聖遺物を納めるため、1018年から建設が始まりました。ロマネスク様式のこの教会となっています。内部も美しい作品で埋め尽くされているそうですが、時間がないので殆ど写真を撮らずに外へと出ました。


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観光客でごったがえすミケランジェロ広場から歩いて10分程度の高台ですが、ここは静かです。学校の課題なのか分かりませんが、多くの学生達がフィレンツェの眺望のデッサンをしていました。
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ミケランジェロ広場からの眺めとは違うフィレンツェの大パロノマです。夜からは大雨の予想ですが晴れた日に訪ねてみたいものです。
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天気が良ければもう少しはっきりしていたかも知れませんね😢 (今回の旅行でその夜は本格的な雨の日となりました)
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中央の階段を降りて行くと10分ほどでミケランジェロ広場となります。
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多くの観光客やツアーでのバスもここからの景色を楽しむ一大スポットのミケランジェロ広場となります。
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この広場の後ろにはレプリカのミケランジェロのダビデ像がありますが、そのためにミケランジェロ広場になった訳ではありません。実は1865年イタリア統一がされた時にフィレンツェはこの国の首都に選ばれます。その時には町を囲んでいた中世の城壁が壊され、街を囲む環状道路が整備されることになります。その時にこの展望台が整備されます。今はミケランジェロのダビデ像はアカデミア美術館に保存されていますが、元々はシニョーラ広場に置かれていました。この偉大な彫刻作品を収めるための美術館をフィレンツェ市内を見下ろせる場所に造る計画があり、そのためにミケランジェロ広場となったそうです。
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多くの観光客が訪れるには駐車場もあるミケランジェロ広場が一番利用しやすいビューポイントだと思います。皆様方も時間があればサン・ミニアート・アル・モンテ教会まで足を伸ばしてみて下さいね。

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ミケランジェロ広場から写真を撮ってタクシー乗り場に向かうと、既にタクシーを待っている行列が出来ていて次の予定が差し迫っていて焦ってしまいました。どうにか無事時間内に乗り込めました😅

2025年6月28日 (土)

マーブル紙のIL Papiro(イル パピロ)を見学後フィレンツェ中央市場(Il Mercato Centrale)へ

イタリアの職人芸はローマ時代から時代をかけて醸成されてきたと思います。なんとなく現在のイタリアを見るとインフラの悪さや治安の悪さ、人々の働きぐわいをみるとどうにかならないものかと思うのですが・・しかしながら伝統に培われた芸術の懐の深さには感嘆することが多いのも実感です。

イタリアは革製品も素敵なものが多いのですが、高温多湿の沖縄に済んでいるとメンテナンスの方が大変ですので革製品を購入したことはありません。 しかし今回はマーブル紙の作り方もお店で見せてもらえる IL Papiro(イル パピロ)のことをネットで見つけましたので、この店を訪ねることにしました。 フィレンツェのシニョーリア広場とドゥオーモの間の細道via de' tavoliniタヴォリーニ通りにあるマーブル紙のお店です。

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マーブル紙というのは、日本の墨流しが中国に伝わり、シルクロードを使ってここヨーロッパに入ってきたと言われます。日本の墨流しは白黒のモノトーンのデコレーションですが、1800年代にイタリアらしくアクリルカラーを使ったカラフルなマーブル紙として作られています。イタリアのマーブル紙はここフィレンツェが発祥の地だそうです。マーブル=大理石の様な模様を作りだすという意味だそうです(作品を見て納得)。

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このマーブル紙を使った様々なても文具用品が売られています。とてもカラフルで素敵です。 比較的安いですし私達も自分用にお土産として購入しました。

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店の一角に小さな工房がありました。こんな小さなスペースで創れるのかしらと思ったのですが・・・いくつか購入した時に店員さんから創るの見てみると言われて・・当然お願いしますと・・・写真や動画も許可を貰いましたので今回載せておきます。
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こんな可愛らしい文房具が並んでいると暫く楽しめそうです。 私はやはり食事に時間をかけるよりこのような場所で時間をかけたいです。味音痴で良かった思えてしまいます😅
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自分たち様にいくつか買い物をして支払っていると、作り方見る?とのことでしたので、もちろん見たいと答えました。 店員さんに写真やビデオで撮ってあとでブログなのでアップしていいと尋ねたところ、快く了解を頂きましたのでアップ致します。
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何もない所から、表面にインクを垂らして色づけを行いながら、まさしく刷毛と棒と櫛みたいな金属を使ってあっという間に芸術作品を仕上げてしまいました。1回きりのオリジナル作品です。 僅かな時間ですが息をのむほど美しい変化でした。 日本の芸術も凄いのですがイタリアの芸術も凄いです。色を加えたり操作を繰り返すとより細かな作品も出来るそうです。
<昨夜動画にしましたのでこのままYou-tubeの動画を貼り付けたいと思います。あっという間に出来上がりますのでご覧くださいね😉>
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普段旅行先でも買い物をしない私達ですが、自分用に買ってこれて満足です✨️
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フィレンツェの街の中心地の共和国広場には、このカラフルな年代物のメリーゴーランドが今でも活躍しています。逆にレトロ感とこの場所にあることで、大人も子供も世界中からこれに乗ったり写真を撮ったりしています。 禿げたオヤジ(私です)も乗ろうかと考えましたが、芸術作品を地に落とすかも知れませんので乗らないことにしました😃・・・ちゃんと大人料金も子供料金の設定もあるそうです。
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フィレンツェ中央市場(Il Mercato Centrale)はフィレンツェ市民の胃袋とも言われる巨大の生鮮食品市場で、私達も夕食と明日の朝食用にテイクアウトしました。
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中央市場2階に2014年春オープンしたのが巨大なフードコートがあります。フィレンツェの伝統料理を気軽に楽しめる注目されているスポットだそうです。
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トスカーナ産のお肉でしょうか? 美味しそうです。
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この店で牛肉を食べやすいように一口サイズに切ってもらって焼いて貰いました。夕食はフィレンツェ大聖堂が見えるアパートメントで最高の場所で最高の肉に普段飲まないワインも買ってきて楽しむことが出来ました。
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人気があるのが分かる程色々な食料品店があり、そのまま食事も取ることが出来るので、ここも覗いてみて下さいね。

2025年6月27日 (金)

今週の生花(令和7年6月第4週)

2025年6月も最後の週となります。来週からは2025年も後半に突入しますね、時間は速いです🥵 今日は時間が取れませんでしたので写真だけアップ致します。皆様方も熱中症に気をつけながらお過ごし下さい。沖縄県ではコロナウイルスの再流行期に入ったようで、当院でも発熱患者さんの半数以上がコロナ陽性となっているようです。これからも感染対策を可能な範囲でなされて下さい🙇

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<花材:房スグリ、芍薬、クルクマ、姫ひまわり>

2025年6月25日 (水)

ポリープとは? 胃や大腸ポリープの診断と治療。

今日(2025/06/25)のFM「いきいきタイム」は大腸癌について話をしました。 日本で胃癌は減少傾向にありますが、大腸癌は食事の欧米化と共に戦後一貫して増加を辿っています。 今日は折角ですので大腸癌だけに絞らず胃と大腸のポリープについて書いてみました。

 

バリウム検査や内視鏡検査でポリープを発見することはよくあります。 ポリープを指摘された場合「いよいよ駄目か」とびっくりする方や「な〜んだポリープ」かと平気な方まで反応が様々です。

 

では「ポリープ」とはどのようなものでしょう?

消化管や口や鼻あるいは女性の膣や子宮などの粘膜から発生する隆起性病変(盛り上がった病変)をポリープと呼んでいます。

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胃や大腸のポリープ、子宮頸部ポリープ、鼻にできるポリープ(鼻茸)、声帯ポリープなどが有名でしょうか。 

 

ポリープの原因は大きく炎症性と腫瘍性に分かれ、問題となるのは腫瘍性のうち良性なのか悪性(癌)なのかということになります。

 

ポリープも範囲が大きいので今回は胃と大腸のポリープの絞って説明します。

 

胃や大腸のポリープを指摘されたことがある方は多いと思いますが、同じポリープでも癌化の発現率に違いがあります。一般的に胃のポリープは大腸と較べて癌化率は低いです。

 

胃ポリープ過形成性ポリープ胃底腺ポリープ腫瘍性ポリープがあります。①:胃過形成性ポリープはピロリ菌の感染や慢性の炎症のために粘膜が肥厚し隆起したもので大きさも形も様々です。大きくなって出血したり胃の出口を塞ぐようになると良性でもポリープの切除を勧めます。癌化率は1%程度です。 ②:胃底腺ポリープは胃底腺と呼ばれる組織が肥大化したもので、小さく多発するのが特徴で検診で最も多く指摘されますが、癌化することはなく大きくも殆どなりません。何もしなくてもよいポリープです。 ③:全体としては少ないですが粘膜が腫瘍化してできた腫瘍性ポリープは良性の腺腫が殆どですが癌のこともあり経過を充分行います。癌化率は10%程度ありますのでこの場合は胃のポリープの切除を早めに勧めています

 

大腸のポリープ過形成ポリープ腫瘍性ポリープに分かれます。①:過形成ポリープは腸の粘膜の炎症でポリープ様になったもので一般的に経過観察のみとなります。 ②:腫瘍性ポリープは良性(腺腫)と悪性(癌)との鑑別が重要になります。 大腸の場合、平坦な粘膜がいきなり癌になることは稀で、多くの場合はポリープが徐々に大きくなり癌化することが一般的です。 このことより大腸癌の予防のためにはこのポリープを見つけて早めに処置をすることが重要となります。
ポリープの大きさと癌化率は大きさ4mm以下では0.05〜0.1%5〜9mmで7〜8%10〜20mmで20〜30%20以上で30〜50%となっています。この殆どが粘膜内にとどまっている癌でポリープを切除するだけで根治が期待できます。30mmを越えると進行癌が多く内視鏡的切除の適応とならないのが殆どです。

 

上記に対しては多くの場合の治療は内視鏡で行うことが多く、単純の場合はポリープに輪っか引っ掛けて電気で切る「ポリペクトミー」、輪っかがかかりにくい場合は粘膜の下に液体を入れて浮き上がったところで輪っかをかけて切り取る「内視鏡的粘膜切除術」、早期癌や病変が大きい場合には粘膜下層に薬液を入れながら広範囲に切除する「内視鏡的粘膜下層剥離術」などを行ってゆきます。

ちょうど良いイラストが「イラストAC」にありましたので拝借して貼り付けておきます。


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今日この様なことを書きましたのは、患者さんから「ポリープをいわれたけど大丈夫でしょうか」とか「ポリープは癌にならないと聞いたけど本当」・・等の質問を受けることがありましたので書いてみました。 ポリープは癌にならないなどと極端なことを言う方も中にはいますが、正確な情報をもとに検査や治療をされたのがよいと思います。 極端な意見を発した方が注目されることはありますがその後の責任は負いません・・・不思議です。

 

2025年6月22日 (日)

サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局(Officina Profumo-Farmaceutica di Santa Maria Novella)

(前回→サンタ・マリア・ノヴェッラ教会

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会に隣接するサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局は(Officina Profumo-farmaceutica di Santa Maria Novella)は、イタリア・フィレンツェに所在する、現存する世界最古の薬局として有名です。修道士が作った世界最古の薬局が元で、その設立は1221年ですので、既に800年の歴史を誇っています。

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<サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の歴史>

1221年フィレンツェに移住してきたドミニコ会の修道院サンタ・マリア・フラ・レ・ヴィニェ(Santa Maria Fra Le Vigne ブドウ畑の中のサンタ・マリアの意)の修道僧たちが薬草を栽培して薬剤を調合していたのが始まりとなります。この修道院は後のサンタ・マリア・ノヴェッラ教会へと発展します。1612年には薬局として認可され、一般営業を開始。ヨーロッパ諸侯が顧客リストに名を連ねた。創業についての助言と協力のあったトスカーナ大公(メディチ家)からは王家御用達製錬所の称号を受けることになります。

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現在は誰でも入ることが出来ます。見学だけでも楽しめますし、博物館に入るような店内となっています(もちろん入場料は要りません)。かつては教会から直接入ることも出来ると思いますが、観光客は教会を出て裏通りを抜けると小さな入り口ですが飾りつけも素敵ですので、直ぐに分かります。
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入り口は高級ホテルに入るようなドアマン(店員さん)が挨拶してくれます。ちょっとビックリしますよね😊
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店の前のディスプレイもドライフラワーで飾られ、高級貴金属店のような雰囲気です😃
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この薬局を最初に有名にした製品がフランス王家のアンリ2世に嫁ぐカテリーナ・デ・メディチのために考案した「アックア・デッラ・レジーナ(王妃の水)」(L'acqua della regina)だそうです。 これは後の18世紀にイタリア人の薬剤師によってケルンで作られ、「アクア・ディ・コローニア」(ケルンの水、オーデコロン)と呼ばれるようになったというオーデコロン起源のひとつとして伝えられている。「アックア・デッラ・レジーナ」は現在でも「サンタ・マリア・ノヴェッラ」というブランド名を冠したオーデコロンとして売られていると書いてありました(この辺りは興味がないので全く持って知りません😅)。
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広々とした店内で、中の調度品も中世から引き継いだと思いわれる品々でした。店員さん達もシックな出で立ちで薬局と言うよりも高級ブランド店のような雰囲気です(まあ私は高級ブランド店に興味がありませんので入ったことはありませんが美しい建築物は見たいです・・😅)。
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アンティークな調度品や昔の調剤器具なども展示されていました。まさに博物館です。
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古い薬品棚の中には、古いフラスコや薬瓶などが飾られ、前に置かれたポプリや石鹸 やクリーム類なでの商品も展示品の1部に思える程綺麗に並べられています。これが歴史の深さなのかと感嘆しました。現在の量販店の薬局とは異質な空間でした(当たり前か😅)。
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いまでも当時の伝統を守りながら、オーデコロンや石鹸、ボディーケア、スキンケアなどを昔からのレシピに基づいて作り続けているそうです。世界中の顧客に愛されているとのことです。
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天井にもフレスコ画が描かれ、世界最古の薬局であることが伺え知ることが出来ます。
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店内は全体としてほのかなハープやバラ?の香りが漂い、ヨーロッパのあのどきつい香水の香りはしませんでしたので高感度が上がりました。
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店内は石けん、フレグランス、コロンに化粧品以外にもハープティ(?)などの飲み物も売っていました。
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室内用のコロンを買いましたので、奥のレジで精算出来ます。私達は毎回免税するような買い物をしたことがありませんが、沢山買えば免税の手続きもしてくれるかも知れません(分かりません🙇)。薬局だけあって、かつては気絶した際の気付け薬の「アチェート・ディ・セッテ・ラドリ(香料酢)」や、鎮痛剤や目薬の「アックア・ディ・ローゼ(薔薇水、ローズ・ウォーター)」なども製造していたと書いてありましたが、まだ売っているかも分かりませんでした。

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お店の奥にはこのような当時の壁面のフレスコ画も残されている部屋が開放されていました。凄い薬局です。皆様方も買い物でもいいですし見学でもいいので覗いてみては如何でしょう。買う必要はありませんが品位を持って見学されて下さいね。 

2025年6月21日 (土)

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会(Basilica di Santa Maria Novella)

4回目のフィレンツェで行ってみたかった教会の1つにサンタ・マリア・ノヴェッラ教会(イタリア語: Basilica di Santa Maria Novella)があります。これまで外観の写真は撮ったことがありましたが中に入ったことがない教会です。

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サンタ・マリア・ノヴェッラ教会も隣接する薬局も大聖堂や中央駅からも徒歩で簡単に行く距離にあります。

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この教会の歴史は古く、1219年に12人のドメニコ会修道士がボローニャからフィレンツェへやって来て、1221年に小さなサンタ・マリア・デッレ・ヴィーニェ教会(ぶどう畑の聖母マリア教会)を入手したのが初まりとのことです。教会の名の通り、当時この地域は耕作地だったそうです。その後何度も改修工事が行われ、現在の形になったのは1858年から1860年にかけてのこと。


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この均衡の取れた美しい大理石ファサードは、ルネサンス以前に建設が開始され、修復を重ねようやく1920年に完成したとのことです。フィレンツェ・ルネサンス期の最も重要な建築作品の一つに数えられ、本当にシンメトリックな美しいファザードとなっています。
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ゴシック建築の特徴的な尖頭アーチが特徴の身廊部分です。奥(主祭壇部分)に向かって柱の間隔が次第に狭くなって造られているとのことで、それにより実際よりも奥行きがあるように設計されているとのことです(芸が細いです😆)。フィレンツェにおいてゴシック様式が適用された最初の建築物だとのことです。


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天井から吊り下げられた十字架は1290年ごろに作成されたジョット作の「十字架磔刑」とのことです。フィレンツェの大聖堂の横に立つ鐘楼は「ジョットの鐘楼」と呼ばれている、そのジョットの作品です。

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ゴシック様式の特徴、尖頭アーチが使われています。
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床の模様も現代に繋がる模様となりますね。このような配列などは1000年経っても受け継がれることなのでしょう。
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昔は聖職者と信者とは入れる場所が違い、信者は入り口から半分ぐらいの場所まで入ることは許されなかったそうです。ここは以前は聖職者しか入れなかった内陣の場所で、トルナブオーニ中央礼拝堂(主祭壇)となっています。フランチェスコ・トルナブオーニは、14世紀から15世紀のフィレンツェの富裕な商人。メディチ家とその関係者たちと商売をしていたとのことです。

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この主祭壇の周りのフレスコ画やステンドグラスもトルナブオーニ家依頼のギルランダイオ(ドメニコ・ビゴルディ)と弟子たちが作成したものとなっています。 ギルランダイオは有名な画家ですが、素人の私には分かりませんが、ミケランジェロが最初に弟子入りしたのは彼の工房なのです。ですのでこの作品の中に若き日のミケランジョロの作品も含まれているとのことです😳 側面のフレスコ画はギルランダイオの「洗礼者ヨハネと聖母の物語」を描いています。

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3つ連なっている正面のステンドグラスもギルランダイオの作品となっています。

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サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の祭壇に向かって右側には「フィリッポ・ストロッツィの礼拝堂」があります。この祭壇はフィリッポ・リッピが設計したものです。
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実際は分かりませんが上の受胎告示の絵があるところまでしか一般信者は入れなかったとのことです。建築当時は聖職者だけが立ち入ることができる聖堂内陣と、信者が入ることのできた身廊との間には大きな障壁が 設けられて、2つに分けていたそうです。それをトスカーナ大公コジモ1世の命によりジョルジョ・ヴァザーリの指揮下で1565年から1571年に実施された改装中にこの仕切りは外されたたとことです。 

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身廊の正面内側、中央扉の上に展示されているルネサンスを代表する画家のボッティッリの作品で1476〜1478年の作品だそうです。目立たない場所にあるので見落としてしまいそうですが、実はこの作品は修復後にボッティッリの作品であることが判明したとのことでした。

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遠近法を用いたマザッチョの「三位一体」。この頃から遠近法が用いられるようになったとのことです。マザッチョはイタリアの初期ルネサンスを代表する画家で、ジョットと同じく「ルネサンスの始祖」と呼ばれることもあります。

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途中で教会内の売店がありました。周りが凄過ぎてショッピングなど出来ませんでした😅
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教会には修道院と3つの大きな回廊が隣接している。緑の回廊、スペイン人大礼拝堂、食堂は今日サンタ・マリア・ノヴェッラ美術館の一部として一般に公開されている。

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緑の回廊の北側に位置する「スペイン人大礼拝堂」はフラ・ヤコポ・タレンティにより建設され、1367年から1369年にかけてアンドレア・ボナイウティによりフレスコ画で装飾されています。1566年にトスカーナ大公コジモ1世の奥さんであったエレオノーラの為に譲渡された礼拝堂です。

エレオノーラがスペイン人で、フィレンツェのスペイン人のコミュニティのために使われたことから「スペイン人大礼拝堂」と呼ばれています。描かれているフレスコ画はルネサンスが開花する前の1365年〜1367年に描かれました。描かれている人物の多さに圧倒されること間違いありません。

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緑の回廊は1350年以降にフラ・ヤコポ・タレンティにより建設され、画家パオロ・ウッチェッロにより15世紀前半にフレスコ画で装飾された。

次回は日本でも有名なイタリアの香水ブランド「サンタ・マリア・ノヴェッラ(santa maria novella)」の本店が教会の隣ですので紹介します。

香水ブランド「サンタ・マリア・ノヴェッラ」は修道士が作った世界最古の薬局が元です。その設立は1221年ですので、既に800年の歴史を誇っています。

2025年6月20日 (金)

今週の生け花(令和7年6月第3週)

那覇市は梅雨明け後やはり暑い状態が続いています。前の日曜日に所用で那覇市の「国際通り」を歩いていたら多くの観光客が戻って来たいました。日本人が多いのですが、韓国語や中国語もよく聞かれました。街を歩いた感じでは沖縄観光はコロナ以前に戻った感じがします。

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今週の生け花は花器の上に目立つ花々がいけられていました。特に前方にあるデカいアンスリュームは「なんか文句ある」と言わんばかりに陣取っています😅🙇
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花器の形や色合い、ナナカマドの葉や実にスモークツリーがケバケバした色合いを吸収して穏やかにしてくれています。全体としては調和の取れた大人の生け花となっています。
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今週も個性派揃いの生け花でした。
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<花材:ナナカマド、スモークツリー、アップルジンジャー、ガーベラ、アンスリューム>

2025年6月18日 (水)

ドゥオモ附属美術館

(今日は第3水曜日ですので会議の為ラジオ放送はありませんので医療ネタもありません。イタリア旅行記が終わりそうもありませんので今後は土日も旅行記を記載したいと考えています)

前回も記載しましたが私達はクーポラを登るために日本でBrunelleschi Pass(ブルネレスキ・パス)を公式サイトから予約しています。

前回のブログのサン・ジョヴァンニ洗礼堂 を見学後はドゥオモ附属美術館へと向かいました。

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洗礼堂を出て、洗礼堂の東の門(天国の門)の正面にある大聖堂とジョットの鐘楼を右側から回り込みながら附属美術館へと向かいます。
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フィレンツェ大聖堂の大きさが分かります。こんなにも大きいのに全ての壁面や扉に素晴らしい彫刻が施されています。
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洗礼堂の反対側に美術館の入り口があります。大聖堂が十字架の形をしているのも判りますね。
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附属美術館へと入って行きます。

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想像したよりも広々とした美術館となっていました。
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上の写真の右側にかろうじて見えているのが、13世紀当時のドゥオーモ大聖堂の西側ファサードの様子を再現した模型になります(正面で撮った写真はガラスに光が反射してしまいボツでした😢)。ドゥオーモのファサードは、1296年より彫刻家「アルノルフォ・ディ・カンビオ」によって制作が開始せれるも製作者のカンビオが途中で亡くなり、下部だけが装飾された状態で放置されていました。

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奥の部屋に進むと、先ほどのファサードの下部分だけが巨大模型て再現されています。大きさに圧倒されます。
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中央部分にカンビオ作の「ガラスの瞳の聖母」があります。なぜそう呼ばれているかと言うとカンビオは聖母を生き生きと表現するために、目にガラス素材を使用しました。当時としては斬新なアイデアだったかも知れません。 日本人の私たちにとっては日本の仏像において、眼球を表す手法としては、「玉眼」という技法がありましたので、逆にあまり驚きもなかったのです。これは、水晶やガラス玉を眼球部分に嵌め込むことで、よりリアルな目を表現するものです。玉眼は平安時代末期から鎌倉時代以降に普及し、多くの仏像で採用されていました。
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中央の4体並んでいるのが「教会博士」と呼ばれており、これも初期ドゥオーモのファサードを飾っていた彫刻群の一つだそうです。

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これが実際に洗礼堂の東にあった「天国の門」のオリジナル作品です。
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若きミケランジェロが驚嘆したことも分かる様な細かな彫刻が立体的に施されています。
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天国の門は単なる平面的な彫刻ではなくこのような立体的に描かれています。
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こちらはアンドレア・ピサーノ作の旧東の扉(今は南)「洗礼者ヨハネの物語」のオリジナルです。

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第10室にはミケランジェロが生涯で4体制作したと言われる「ピエタ」シリーズのうちの1体が展示されています。これを見るためにここに寄ったのです。圧倒的な存在感を放っています。
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ミケランジェロに興味のある方は(→ミケランジェロの作品を求めてブルージュ聖母教会)(→私を魅了し続けるミケランジェロ
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ミケランジェロの作品とともに見逃せないのが「マグダラのマリア」です。フィレンツェの彫刻家「ドナッテロ」による傑作で石ではなくて木彫り彫刻です。これまで見て来た「マグダラのマリア」像とは異なる作品です。キリストの母のマリアではありません。マグダラのマリアは、キリスト教美術でよく目にする聖人の1人です。新約聖書によれば、イエスの十字架の死を見守り、復活に立ち会ったことで知られます。マグダラのマリアは、裕福な家庭に生まれ、美貌と富から快楽におぼれた人生を送ってきましたが、イエスに出会いこれまでの人生を悔やんで改悛し、神のために生きることを決めたためです。長い髪と油壺が象徴とされています。 先ほどのバンディー二のピエタ像で横にいる女性が聖母マリアとマグダラのマリアとなっています。


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この像の高さは188cmほど、ポプラの木を材料にして表面には金メッキも施されているそうです(他の方のブログにこのように記載されていました)。元々はサン・ジョヴァンニ洗礼堂に置かれていましたが、1966年の洪水で大きな被害を受け、大規模修復が完了した1972年からここに展示されています。
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2階に登ると第14室「ジョットの鐘楼のギャラリー」になります。このギャラリーでは、ジョットの鐘楼の一部だった装飾や彫刻のオリジナルを見学ができます。
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やはり作品を守るためにオリジナルはこのような美術館で管理されていることが多いです。 オリジナルを見るためにも時間があれば付属の美術館などは訪ねた方が良いかも知れません。

2025年6月15日 (日)

フィレンツェ:サン・ジョヴァンニ洗礼堂 (Battistero di San Giovanni)

 

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フィレンツェ中央駅からドォーモ方向に歩くと、最初に見える白亜の建物がサン・ジョヴァンニ洗礼堂となります。

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チェックインの前でしたので宿泊のアパートメントに荷物を預けて、フィレンツェの街歩き開始です。丁度昼時でお腹も減ったので、礼拝堂の前のピザ屋さんで注文して、目の前のテーブル席が2席空いたのでここで頂くことに・・・私のブログをご覧の方は私が食事に無頓着なのはご存じと思います。街の写真は撮っても食事を撮り忘れるのもしばしばです。上の写真も一口かじった後に思い出して撮りました(一片がかけています🙇)。 コーラとピザを食べて行動開始です。
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サン・ジョヴァンニ洗礼堂 (Battistero di San Giovanni) は、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂付属の洗礼堂となります。

大聖堂の正面玄関に向き合って立っている八角形の建築物で、ロマネスク様式の最も重要な集中形式の教会建築のひとつだそうです。この洗礼堂の起原は4世紀から5世紀となっているとのことですが、大聖堂、鐘楼よりも古く、現存の3つの建築物の中では最も古く11世紀に起工されています。最初は礼拝堂として使用され、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の建立にともなって、1355年から1375年まで改修を行い、礼拝堂に入る前に洗礼を施す洗礼堂として使われるようになったとのこと。

この洗礼堂で洗礼を受けたダンテ・アリギエーリは、『神曲』地獄篇で「わが美しき聖ジョヴァンニ」とこの洗礼堂に言及しているそうです(Wikipediaに書いてありました😅)。

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『天国への門』
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この礼拝堂の入り口は東と南北の3箇所あり、観光客は北の門(?)から入ります(何故か私が調べた範囲では西の門はなさそうです?)。しかし有名なのはロレンツォ・ギベルティによる東側の扉(1452年完成)で「天国の門」と呼ばれています。これは幼いミケランジェロが初めてこの扉を見た時に「天国のような門」だと言ったとかで、後に「天国への門」と呼ばれるようになったとのことです。この門だけが特別扱いされるようになっています。しかし1966年の洪水でオリジナルが損傷した際にレプリカと入れ替えられ、現在設置されている扉はレプリカで、本物はドゥオーモ付属博物館に所蔵されています(後ほどこのブログでオリジナルを紹介します)。
東側扉上彫刻『イエスの洗礼』アンドレーア・サンソヴィーノ作とされています。
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これはレプリカですが、大彫刻家ミケランジェロにも影響を与えた「天国の門」となっています。
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北側の扉は『キリストの生涯』を表し、多くの方が参加し製作されたとのことです。この扉は大聖堂と面する東の扉として作られたそうですが、後に出来た東の門(天国の門)と置き換えられたそうです。


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 洗礼堂内部の直径約26mほどで、高い位置に多くの窓があることより自然光だけで中は十分に明るいです。

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洗礼堂内部の1番の見どころは、何と言っても天井一面に描かれた黄金のモザイク画です。このモザイク画の製作にあたっては当時最先端だったベネチアのモザイク職人を雇って製作したとのことです。何と製作期間は1225年〜1330年まで1世紀以上かかったそうです😲


このモザイク画を実際に製作したのはヴェネツィアのモザイク職人達ですが、構図や原案は14世紀初頭のフィレンツェを代表する芸術家たち(チマブーエ、メリオーレなど)によってつくられたそうです。製作期間は1225年〜1330年まで1世紀以上に渡りました。

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ネットの情報によると装飾は下画像の様に大きく6つシーンに分類されているそうです。① 最後の審判、② 天使の階級、③ 天地創造、④ ヨセフ物語、⑤ 新約聖書、⑥ 洗礼者ヨハネ。

「① 最後の審判」と「② 天使の階級」を除く、③〜⑥までは、それぞれ時計回りに物語が繋がっています。

 

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2024年は修復中で中央部の大きな矢倉が組まれていて、写真は上手く撮れていません(残念)
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洗礼堂内部は、床は一面のモザイク模様、壁面は外装と同じく大理石による幾何学模様が施されていとのこと。👆の写真は実際の写真ではなくてポスターが貼ってあったので撮したものです。
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2024年の写真は櫓のお陰で綺麗に中央部が撮れませんでしたので、画質は悪いのですが2014年の旅行時の写真を追加しました。


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洗礼堂の天井の黄金の壁画は圧倒的ですね。
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今回泊まった場所からの洗礼堂の眺めとなります。

 

サン・ジョヴァンニ洗礼堂 チケットの種類と料金

「サン・ジョヴァンニ洗礼堂」だけに、単体入場できるチケットはありません。公式サイトなどでオンライン予約できる「Brunelleschi Pass(ブルネレスキ・パス)」「Giotto Pass(ジョット・パス)」「Ghiberti Pass(ギベルティ・パス)」と呼ばれる、複数のドゥオーモ関連施設に入場できる共通パス(チケット)のいずれかを購入する形になります。私達はBrunelleschi Pass(ブルネレスキ・パス)を日本にいる時に予約しました。大聖堂のクーポラに登る時間は前もって時間の予約が必要となります。クーポラに登る予定ならBrunelleschi Pass(ブルネレスキ・パス)しかありません。

Brunelleschi Pass(ブルネレスキ・パス)

料金

  • ・30ユーロ(大人)
  • ・12ユーロ(7-14歳)
  • ・無料(6歳以下)

入場可能施設

  • ・クーポラ(ドゥオーモの展望階)
  • ・ジョットの鐘楼
  • ・サン・ジョヴァンニ洗礼堂
  • ・ドゥオーモ付属美術館
  • ・サンタ・レパラータ教会跡

Giotto Pass(ジョット・パス)

料金

  • ・20ユーロ(大人)
  • ・7ユーロ(7-14歳)
  • ・無料(6歳以下)

入場可能施設

  • ・ジョットの鐘楼
  • ・サン・ジョヴァンニ洗礼堂
  • ・ドゥオーモ付属美術館
  • ・サンタ・レパラータ教会跡

Ghiberti Pass(ギベルティ・パス)

料金

  • ・15ユーロ(大人)
  • ・5ユーロ(7-14歳)
  • ・無料(6歳以下)

入場可能施設

  • ・サン・ジョヴァンニ洗礼堂
  • ・ドゥオーモ付属美術館
  • ・サンタ・レパラータ教会跡

公式サイト(英語)で事前にチケットを予約して入手する方法は、以下の記事にて詳しく解説しております(→公式サイト)。

 

2025年6月13日 (金)

今週の生け花(令和7年6月第2週)

梅雨明けした沖縄は暑い気温となっています。沖縄旅行を考えている方がいれば梅雨明けの今がいいのかも知れません。本土の方では梅雨の雨や蒸し暑さで鬱陶しい時期になっていると思いますので、晴れ間の多い沖縄旅行がこの時期は値段的にも比較的リーゾナブルだと考えます。

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今週の生け花は落ち着いた雰囲気の花器の上に伸びた芍薬の大輪が目立ちます。そこを左手に黄色の小菊、右側に紫のリンドウが全体を引き締めた感じがします。
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今週の生け花も形や色も違う花材を上手く三次元的に配置しています。流石美的センスに優れる生け花クラブの皆様方の作品です✌️
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最後は何時ものようにそれぞれの花材をアップしましたが、全然違う個性ですね。 それを纏めて1つの作品を見るのは楽しいものです💝
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<花材:雲仙ツツジ、芍薬、小菊、りんどう>

2025年6月11日 (水)

もしかして貧血?

今日のFM放送いきいきタイムは「貧血について」話をしました。貧血は身近な病気ですが、実は色々な種類がありますし、症状も様々となります。もちろん急劇な事故や手術などによる大出血による急性の貧血もありますが、一般的には慢性的な貧血のことだと考えています。

素人の方でも急劇な貧血はもちろん生命を脅かすことになりますし、気絶したりするだろうと想像出来ると思います。

では慢性的な貧血ではどんな症状が出るのでしょうか?

なんとなく続く不調、その背後にあるかもしれない「貧血」の場合だってあるのです。朝起きにくい事や、疲れやすい、運動不足で息切れすると思ったら貧血が原因なんて言うこともあるかも知れません。

まず「貧血」とは?どういう病態なのでしょうか?

貧血とは、血液中の赤血球やヘモグロビンの量が少なくなり、体全体に酸素が十分に行き渡らなくなる状態のこと。全身の細胞に必要な分の酸素が行き渡らなくなるのです。
特に女性に多く、「疲れやすい」「立ちくらみがする」「顔色が悪い」などの症状が目立ちます。

しかし一口に「貧血」と言っても、原因やメカニズムはさまざま。正しく理解し、必要な対策を講じることが健康への第一歩です。

 

実は貧血と言っても色々なタイプ(原因)があるのです。その分類を簡単に表にまとめてみました。

主な貧血の種類と原因・症状

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①鉄欠乏性貧血

日本人に最も多く、特に月経のある女性に圧倒的に多いタイプの貧血です。

(A)原因

  • 鉄の摂取不足(ダイエット・偏食など)

  • 月経過多や消化管からの出血

  • 鉄の吸収障害(胃の手術後など)

(B) 主な症状

  • 疲れやすい・動悸・息切れ

  • 爪がスプーンのように反り返る「スプーンネイル」

  • 口角が切れやすい・舌の痛み

(C)対策・予防

  • 食事で赤身肉・レバー・あさり・小松菜など鉄を補う

  • ビタミンCと一緒に摂ると吸収効率アップ!・ 対策・予防

(D)治療

  • 病院で検査後に治療の場合は鉄剤内服や注射も検討されます。

 

②巨赤芽球性貧血・・・名前はなんとなく壊そうな貧血ですが、悪性の病気ではありません

(A)原因:

ビタミンB12または葉酸の不足が主な原因です。これらのビタミンはDNA合成に不可欠なため、不足するとDNAの合成が阻害され、赤血球の成熟が不十分になります。(私達の赤血球は特別な進化を遂げた細胞で、次第に余計な成分がなくなり成熟すると細胞の大きさは小さくなるのです。それが十分に出来ないと大きな未熟な細胞が出現することより巨赤芽球性貧血と呼んでいます)
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(B)症状:


貧血に伴う動悸、息切れ、疲れやすいなどの症状に加え、ビタミンB12欠乏の場合は神経障害(知覚障害、歩行障害など)や消化器症状(舌炎、味覚異常など)がみられることがあります。


(C)診断:

末梢血塗抹検査で大球性貧血(赤血球のサイズが大きくなる)を認め、血液検査でビタミンB12や葉酸の値を測定し、骨髄検査で巨赤芽球を確認することで診断されます。


(D)治療:

ビタミンB12または葉酸の不足している原因を特定し、不足しているビタミンを補充する治療を行います。ビタミンB12の吸収障害がある場合は筋肉注射による補充、そうでない場合は経口投与で補充します。

<悪性貧血について>
・・・ビタミンB12の吸収は小腸の終わりの部分(回腸末端)で行われ、その吸収には胃からでるホルモン(内因子)が必要となります。胃を手術したり、小腸を広範囲に切除するとビタミンB12の吸収が低下して巨赤芽球性貧血となります。
この場合を手術に関連していたことより悪性貧血と呼ぶようになっています。かつては胃がんなどが原因で貧血が進む場合は根治できないと考えられた昔は「悪性貧血」と呼んでいた名残なのです。現在でもこの場合はビタミン剤をいくら飲んでも吸収率が悪いので、ビタミンB12の筋肉注射が必要となります。ただしこの場合の悪性は「がん」と言うことではありません。

・その他:
ビタミンB12は主に肉類や魚介類に多く含まれており、葉酸は野菜や果物などに多く含まれています。妊娠中や授乳中はビタミンB12や葉酸の需要が高まるため、食事やサプリメントで積極的に補充することが推奨されます。


その他の主な貧血
  • 「再生不良性貧血」は専門医による精密検査が必須

  • 「溶血性貧血」は遺伝性もあり、小児にも起こります

  • 「慢性疾患に伴う貧血」は高齢者や持病がある方に多く、慢性腎臓病や癌、自己免疫疾患が背景に潜んでいることも

 

「貧血」は、単なる“鉄不足”と軽視されがちですが、実は命に関わる重篤な疾患のサインであることも。なんとなく体調が悪いなども貧血が原因のこともあるのです。
症状が軽くても慢性的に続く場合は、自己判断せず医療機関での検査をお勧めします。

この記事のまとめ

・貧血にはいくつかの種類があり、原因は一つではない
・ 特に「鉄欠乏性貧血」は女性に多く、日常的な食生活が影響(無理なダイエットも注意)
・慢性的な疲労感や顔色の悪さを感じたら、医師に相談を!

 

2025年6月 8日 (日)

メディチ家礼拝堂Medici Chapels

フィレンツェはこれまで4回訪ねたことがありましたが、過去2回はツアーで半日の滞在、1回は1日滞在でしたがこれも実質は半日と夜間で憧れのフィレンツェも毎回表面だけ見て終わってしまいました。今回は初めてフィレンツェに宿泊それも2泊ですので、これまでに出かけたことのない場所も見て回ることにしました。

シエナからフィレンツェに到着後に宿泊の受付に荷物を預けてすぐに行動です。まずは行きたかったメディチ家礼拝堂Medici Chapelsを見ることにしました。一応チケットはネットで事前に入手していました。

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あの壮大な権力を持ったメディチ家の礼拝堂としてはなんとなく外観はパッとしません👆。あれ以外と質素なのかとも思える程です。しかし中を見るとびっくりします。

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メディチ家は銀行家として財をなし、実質的なフィレンツェの支配家であり、後にはトスカーナ大公国の君主でもありました。それよりも私にとってはルネサンスの芸術を開花させた一族のイメージです。ルネサンスで有名なレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ボッティチェリ、ヴァザーリはみんなメディチ家の保護下にありました。

北イタリアに行くとメディチ家の影響力の凄まじさを目の当たりにします。その一族の礼拝堂がフィレンツェ大聖堂の近くにあります。これまで存在は知っていましたが入ることは叶わなかった場所です。


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 右側のドームの場所が後で入る「君主の礼拝堂」の部分となります👆

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後で知ったことですが、ここはメディチ家一族の私的な礼拝堂であるのですが、やはりカトリック教会の支配下でもあります。メディチ家の財宝はイタリア国が管理し、教会は教会で管理するという2重の管理システムになっているとのことでした。すなわちメディチ家礼拝堂はサンロレンツォ聖堂の一部でありながら、国立の美術館となっています。私達旅行者にとっては別段気にもならないことですが、メディチ家の礼拝堂の見学に当たっの入場料は「イタリア国」と「教会」の2箇所に払わねばならないようです。はっきりしませんがフィレンツェで見学料金が高い理由だそうです。
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メディチ家礼拝堂は大きく「君主の礼拝堂」とミケランジェロ設計の「新聖具室」に分けることが出来ます。


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前置きが長くなりましたが、いよいよ「君主の礼拝堂(地図の3番)」へ入ることになります。
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八角形の巨大な空間が広がります。天井が高く、フィレンツェ風モザイクの床から壁、天井に至るまで色の違う大理石で出来上がっています。
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ここはコンメッソフィオレンティーノ(フィレンツェモザイク)の技を集結した豪華な空間です。
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1600年代からこの教会は作られますが、この天井画は1800年代初頭にピエトロ・ベンベヌーティによって描かれた作品となっています。磔刑のキリストを主祭壇側に配して新約聖書と旧約聖書のエピソード8場面が描かれています。
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その中心部には預言者と聖書の編者達が描いているそうです。
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壁面を大量の彩色大理石と半貴石で飾り立てるために、トスカーナ大公家は専門の加工工房を設立してその芸術性を高めて行ったそうです。
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主祭壇の両サイドに細い通路が設けられ、その先に小さな部屋が設けられており、クリプタに置かれていたものより時代が遡る聖遺物のコレクションとメディチ家の2人の教皇、レオ一世とクレメンス七世にまつわるものが展示されています。

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主祭壇の装飾はエマウスの晩餐を中心に配されていますが、19世紀後半に製作された貴石細工です。これが絵画ではなくて石で造られていることは驚愕に値します。


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上の画像はピエンツァの紋章だそうです。これもコンメッソフィオレンティーノ(フィレンツェモザイク)で描かれています。


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この礼拝堂で特記すべきはミケランジェロの彫刻作品がずらりと並べられていることです。

ロレンツォ豪華王の末息子でレオ十世の弟ジュリアーノの霊廟👆。行動の人、その下に女性の像、夜と男性の像、昼が横たわっています。

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ロレンツォ豪華王の孫のロレンツォの霊廟👆。思索の人、その下に女性の像、曙と男性の像黄昏。女性も筋肉隆隆として描くのはミケランジェロの特色でもありますが、もっと柔らかくして欲しいと思うのは私だけではないと思いますが・・・😅


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ロレンツォ豪華王1449-1492年とその弟ジュリアーノ1453-1478年のお墓👆 この3体の彫刻のうち中央の聖母子がミケランジェロの作品で、両サイドはメディチ家の守護聖人、聖コズモとダミアーノを描いたいます。

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最後にサン・ロレンツォ教会(Basilica di S.Lorenzo)内部 数学的に計算され、美しく整った内部。フィリッポ・ブルネッレスキの設計です。遠近法をうまく使っています。 床の色彩などイタリア芸術の深さを感じさせる教会です。

2025年6月 6日 (金)

今週の生け花(令和7年6月第1週)

令和7年も6月となりました。沖縄地方は梅雨入りが遅れ、例年より雨に日も少なく経過しています。だだここのところは梅雨らしい天気が続いて来ました。今年の梅雨入りは南九州が1番早くてその後奄美地方、そして沖縄地方となり、北から南へと梅雨入りが進むという真逆の始まりとなりました。これも地球温暖化のせいなのでしょうか?

 

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赤いアンスリュームと花器、黄色の向日葵が咲くともう夏だなと感じてしまいます。向日葵の黄色は元気を貰えます。
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今回のアンスリュームは赤い馬車を先導しているかのように感じられます。俺に追いて来いと言わんばかりです😊
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今回はブルーベリーの青い実と葉や小菊は脇役に回っています。それでもどれが欠けても今日の生け花は成り立ちません。皆がそれぞれ力を合わせて初めて作品が出来上がるのです。私達も生け花に負けず6月も頑張って行きましょう!
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<花材:ブルーベリー、アンスリューム、向日葵、小菊>

2025年6月 4日 (水)

臍ヘルニア

臍ヘルニア(サイヘルニア)は、臍帯脱落後の臍輪の瘢痕収縮が不完全な新生児初期に、何らかの原因で腹圧が亢進することにより臍輪の閉鎖が遅れて、臍輪から腹くう内臓器が脱出した状態です。

(多くの赤ちゃんは下の図のように出生後はお母さんと繋がっていた臍帯が脱落して、臍帯と胎児の間を通っていた血管なども瘢痕化して閉じてしまし、お臍が出来上がります)

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臍ヘルニアは臍帯脱落から生後 1 ヶ月までに発症することが多いと言われています。発症初期は臍部がわずかに隆起する程度ですが、そのまま放置すると次第に皮膚が伸展し、ヘルニア内容(腸や大網などお腹の中の臓器)の脱出が増大し、2〜4ヵ月時には最大となることが多くなります。

その後、多くは縮小に転じ、生後 1 年までに 90 %が自然治癒します。ヘルニアかん頓や破裂などの合併症はごくまれですがありますので注意は必要です。 臍ヘルニアは小児科の外来診療で数多く見られる疾患ですが、乳児期に外科的処置を必要とするものは少なくいのが現状です。 逆に子供の頃から持っていたヘルニアが大きくなってきて、成人で手術する場合は時々あります。

 

<念の為、いわゆる「でべそ」と「臍ヘルニア」は似ていますが、厳密には違いますので記載しておきます>

「でべそ」と「ヘルニア」は、どちらもおへそが飛び出した状態を指しますが、その原因や性質が異なります。でべそは、おへその部分の皮膚が突出しているだけで、内部の組織や臓器が外に飛び出しているわけではありません。一方、ヘルニアは、お腹の中の臓器(主に腸)が、おへその部分の筋肉の隙間などを通って外に飛び出している状態を指します。そのために臍ヘルニアの特徴としては、出べその中心を指で押さえると引っ込み、指を離すとまだ出てくることや、立ったりお腹に力を入れると出る部分が大きくなったりします。幼児の時期のヘルニアは自然治癒することもありますが、それ以降のヘルニアはいずれの時期にか手術が必要となることが殆どです。

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手術に関しては単純に閉鎖できる場合と、大きくなりすぎたり、最初の場合は補強材としてメッシュを使うこともあります。

2025年6月 1日 (日)

憧れのPalazzo Gamba Apartments al Duomに宿泊(フィレンツェ)

2025年のイタリア旅行で念願のPalazzo Gamba Apartments al Duomに泊まることが出来ました。

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実は新型コロナウイルスが流行だした2020年の夏に今回と同じ旅行を計画していました(飛行機は可能ならJALとANAの特典航空券を利用することが殆どでしたので、約1年前の2019年にANAの特典航空券もゲットしていました。その時点で翌年(2020年)のPalazzo Gamba Apartments al Duomも予約したのです)。コロナのために旅行は中止へ。40代50代後半まで仕事が忙しくて海外旅行を諦めていました。それがやっと年に1回ヨーロッパ旅行を復活させたのに、この年齢になってからの旅行の中断は痛いです。 2020年も翌年同じようにチェレンジ、翌年も同じルートでこのフィレンツェの宿泊施設も1年前から予約していたのが没となりました。 日本では2022年秋はやっとコロナの自粛は解かれたのですが、まだ影響があり人と接することが少ない大自然のスイスを旅行先にした経緯がありました。

シエナからフィレンツェへはバスを利用して移動しました。このまま歩いてフィレンツェ大聖堂の目の前にある宿泊施設に荷物を預けて、先にドゥオーモの周りの施設などを見学しました。まずは待ちに待ったこの宿泊施設を紹介いたします。

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エレベーターで最上階まで上がるのですが、最上階は何故か他のフロアと違う方向の出入り口となっています。
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最近はデジタルキーが多くなりましたが重厚なドアを専用のルームキーを回して室内に入ることが出来ます。

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通常で6名宿泊出来るそうですが、ソファーなどを利用すれば10名は泊まれそうな沢山の部屋がある造りとなっています。
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洗面所も浴室も2箇所がありました。私達は1つの部屋と1つのバスルームだけ使用して他は写真だけ撮って触らないようにしました。無駄に使っても掃除の方が困るだけです。この空間に入れただけで幸せでした。
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屋上の屋根にポツリと空いたテラスがあります。そこからの眺めが素晴らしいためにこの宿泊施設を選んだのでした。
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待ちに待った憧れのフィレンツェ大聖堂の目の前の宿泊施設です。ここから1日で変わる景色を堪能出来るなんて何と贅沢なことなのかと改めて思った次第です。
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いくつかの部屋からも大聖堂が見渡せます。
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夜も幻想的な大聖堂が目の前にありました。夢のような体験です。
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1日目の夜は大雨でしたが翌朝からは晴れてくれて、素晴らしいフィレンツェを楽しめたのです。次回からはフィレンツェの色々な施設を紹介したいと思います。

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