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今日のFM放送いきいきタイムはは高血圧について話をしました。今日は塩分と高血圧の関係を話したいと思います。
ご存じの通り人も動物も塩がないと生きて生きていけません。
海に囲まれた日本では塩がある程度手に入りやすいので、その必要度は普段は感じられないと思います。
私は旅行が好きでヨーロッパに何度が行ったことがあります。そこには「塩」にちなんだ町や地方の名前もありますし、金と同じ値段で取引されていたなんて言う話しもよく耳にしました。 ラテン語で塩はサル(Sal)と言い、英語のソルト(Salt)、ドイツ語のザルツ(Salz)、フランス語のサレ(Sel)の語源となっています。
人間の祖先はアフリカで生まれたと言われています。次第に世界各地に広がってゆくのですが、北に進みヨーロッパへ移住すると太陽光線が少なくなり白人となってゆきます。 ヨーロッパへの人類の移動は海岸沿いに進んだそうです。 それは海から離れると塩が手に入らず、生きていけないからなのです。 内陸に住むには塩が絶対的な条件となります。
ヨーロッパ大陸も太古は海だった部分もあり、所々に岩塩が閉じ込められています。 偶然、内陸でその岩塩を地中から発見することが出来たため、人が生活できるようになり、その塩の貿易で莫大な富を手にして巨大都市がヨーロッパ内陸に生まれるのです。
オーストラリアのザルツブルグ(Salzburg:塩の城)、ハルシュタット(Hallstatta:Hall はケルト語で塩、 Stattaはドイツ語で場所)はザルツマーグート地方(Salzkammergut:塩の母鉱脈)の有名な観光都市です。サクソン人は製塩所を「ウィッチ:-wich」と呼んでいて、イギリス町にはノースウィッチ(北の製塩所)とナントウィッチ(南の製塩所)と呼ばれる地名があります。
これ以上書くと、旅行記なのか健康の話しか判らなくなってしまいそうです
ようするに塩がないと人は生きてゆけないと言うことです。 塩分が必要量取らなくなると、最初は虚脱感・疲労感がきて、次第に精神錯乱、頭痛、食欲不振となり最後は痙攣・昏睡となります。
以前より減ってきていますが、2022年で男性で平均10.5g、女性で9.2gだそうです。 厚生省の推奨塩分量は男性で9g未満、女性で7.5g未満、高血圧の治療をしている方は6g以下となります。WHOの世界の減塩目標は5gですので日本人にはかなり厳しい値となっています。
旅行記のようになってしまいましたが、塩の取りすぎで高血圧になるメカニズムを図に書きましたので参考にして下さい。 血液中に塩分が増えると、それを薄めるために血管内に水分が増えて来ます。 血管を水道のホースとします。ホースの長さは決まっているので、その中に多くの水を入れるとホースの中の圧が高くなります。 それが塩分の取りすぎたために起こる高血圧のメカニズムです(本当は色々な病態がありますが、単純にはそのような感じです
)
今日は第3水曜日で私が会議の為、ラジオ放送がなく、医療ネタもありません。旅行記を記載致します。
(前回の続きです→サンジャミャーノNo1) いよいよ世界遺産の街サンジャミニャーノの中に入ることになります。

今回旅行するまではなぜトスカーナの田舎にこんな街があるの?と疑問に思っていました。 サン・ジミニャーノに競って塔が建てられるほど栄えたのは、ローマとトスカーナ地方を結ぶ交易路にあったためだと印され納得が出来ました。 この街では権力者がそれぞれ自分の富を見せつける為に争って高い塔を建てて行ったそうです(争いが起きれば守りの塔となります)。最も多いときには70を超える塔が建っていたそうですが、多くは取り壊され、現在残っているのは14のみとなっています。
個人旅行ではなかなか向かうことが出来ないサンジャミャーノを駆け足でしたが行けて良かったです。リタイアしたらこの街にも宿泊してのんびりと散策してみたい場所です。帰りのバスのチケットはシエナで購入していましたので、滞在時間は2時間程度でした。もう少しゆっくり楽しみたいですね😢
5月も中旬になりましたが、沖縄地方まだ梅雨入りしていません。5月の連休の終わり頃雨模様となりましたのでこのまま梅雨入りかと考えていたのですが・・・今日もよい天気が続いています。
運動と健康については色々な分野で検討され運動は健康長寿に役立つことは証明されています。
「長寿科学振興財団が発表した資料」によると「コロナ禍における外出自粛により高齢者の身体活動の時間が3割減少した」と書いてありました。コロナが明けても高齢者の社会生活参加も元に戻っていない報告もあります。 高齢者の身体活動が低下することで、肉体的にも精神的にも急激に衰えることは皆が知っている現実だと思います。
これを最初に医学的な見地から考えたのが1989年のヨーロッパ医学会で「加齢に伴う筋肉の衰えを疾患概念」として扱うように提唱し、サルコペニアと名付けたのが最初といわれています。加齢による筋肉の衰えにより、疾病が増加し、寝たきりや死亡率の増加も起こることに着目した概念で、内科学や老年医学会など使うことが多いようです。
一方、最近耳にする機会が増えた「ロコモ」は2007年に日本整形外科学会が、筋肉だけでなく、関節や軟骨、骨粗鬆症など運動器で衰えた場合でも日常生活が困難となり、要介護や寝たきりになることを考え「ロコモティブシンドローム」を提案しています。
いやいや運動器だけではなくて、栄養が取れないための体力低下、認知症の問題、社会的インフラの問題なども含めて高齢者の生活の質を落とす要素を幅広く含めてフレイル(衰弱・虚弱)と提唱する概念も出て来ました。
私のような部外者からみたら、どちらも重なっている部分が大きいと感じます。これをまとめると、こんなものでしょう😅(専門家らみたら怒られますが・・・そんな時には💨ます😊)
私は全く知りませんでしたが、シエナにとってシエナの聖カタリナは非常に重要な存在のようです。聖カタリナはカトリック教会を擁護した最初の女性教会博士として、また神との深い一致を体験した神秘家として知られているようです。
彼女のことはネットで調べたら沢山の記述がありました。私が知っている西洋史の中で、フランスのアヴィニヨンに法王庁がある時期が存在していました。 1305年から、歴代の教皇はローマを離れ、フランス・アヴィニョンおいて王の権力下にあり、そのため教皇不在のローマでは、教会内は退廃し、権力闘争も頻発していたとのことです。カタリナは一介の女性でありながら、教皇グレゴリオ11世のローマ帰還を促すためにその交渉にあたることになります。その当時女性がそのような重要任務に赴くことはなかったそうです。カタリナの強い要望により教皇は1377年1月にローマに帰還し、それ以後教皇はローマを離れたことはなかっとのことですから、彼女が歴史を動かしたことにもなると考えました。
バチカンのローマ法王庁からの彼女の肩書はこのようになっていました。
1461年:聖カタリナはピオ2世(シエナ出身)によって、聖人となった。1866年:教皇庁をローマに帰還させた聖カタリナの功績をたたえ、聖ペトロ、聖パウロに次ぐローマ第2の守護者となった。1939年:聖カタリナはピオ12世によって、イタリアの守護者となった。1943年:聖カタリナはピオ12世によって、イタリアの看護師の保護者となった。1970年:10月4日、聖カタリナはパウロ6世によって、最初の女性教会博士となった。1999年:聖カタリナはヨハネ・パウロ2世によって、ヨーロッパ全体の守護聖人の一人となった。・・・このような記述がネットにありました。
5月病は元々、受験勉強を勝ち抜き希望を持って大学に入学した学生が、新しい学校になじめず、ゴールデンウィーク明けから気持ちが落ち込む症状を示していました。 学生だけではなく、新しい職場になじめない新入社員などにも同様な症状があり、仕事が本格的になる6月頃に起こりやすいといわれています。
5月病は新しい環境や生活に適応できずに、「何とかしなくては」と焦りと頑張りが空回りし、一時的に強いストレス状態に陥っていると考えられています。 厳しい受験勉強や入社試験を乗り越えて希望で胸一
杯なはずなのに、新しい教室や職場、人間関係に馴染めない・・・この様なことは多くの方が経験することだと思います。
このことを上手く乗り越えることが出来たら、また1つ成長することも可能でしょうが、現実的には自分の適応能力を超えて、仕事や対人関係が上手く処理出来ない場合はそれが大きなストレスとなって襲ってきます。
処理能力を超えたストレスは私達の自律神経に影響を与えてしまいます。いわゆる自律神経失調状態が起こってしまいます。
自律神経には交感神経と副交感神経があり、この2つが相互に作用しながら私達の体が維持できるように食べたり、寝たり、血圧の調整、呼吸や脈拍の調整、発汗や体温調整、胃腸の運動など高度で複雑な問題を解決してくれています。
自律神経も季節の変化や1日の変化に合わせて私達の体を調整しています。5月は冬から夏へと大きく気候も変動する時期ですが、急激に暑くなったり寒さが戻ったりと外気温の刺激の変化も著しいため自律神経には大きなストレスとなる時期です。
自律神経は何も精神的なものだけでなく肉体的にも影響を与えてしまいます。食欲不振、倦怠感、高血圧、動悸、睡眠障害、無気力や鬱症状など体や心に変調をきたします。
5月病は決して怠けているわけではありません。肉体も精神もどうにか適応しようと頑張りすぎたために変調をきたしたのです。周囲もこのような方を見た場合は「しっかりしろとか、頑張れ」ではなくて「頑張りすぎたので少し休みなさい」と声をかけて欲しいです。
うつ病ではなくて一種の通過儀礼だと思って見守る必要もあるかも知れません。その為、5月病は一種の適応障害(アバシーシンドローム:無気力症候群)とも考えられています。
産業医の講習などを受けていると、以前は労働災害への対応が多くの時間を占めましたが,今では職員のメンタル的な問題への対応に時間を費やしています。そのため最近は5月病の対策をとっている大学や
企業も増えてきているようです。
ストレスや疲労を感じたら一人で悩まず家族や友人、または専門医に相談(カウンセリング、精神療法など)してグチを聞いてもらいましょう。人に聞いて貰えるだけで気持ちが楽になる場合もあるのです。
また、症状が進んで、不安、焦燥、うつ状態などが強い場合には、専門医(心療内科、精神科など)を受診してみましょう。一時的に抗うつ薬、抗不安薬を使うことも有効です。適量の薬で、はやく症状が改善することもあります。
現代社会でストレスのない場所は恐らくないと思います。 心や体の不調は、我慢しないで治すことを優先することが大切です。疲れを感じたらしっか
りと体を休める、ストレスを発散するために旅行、趣味などでゆったりとした時間を過ごすなど気分転換をはかったら如何でしょうか![]()
(金曜日は生け花を紹介したいのですが、今週は生け花クラブが休みのようで花が飾られていませんでしたので、水曜日に続き旅行記を記載致します)
これまでシエナ大聖堂について2回記載しましたが、更にシエナ大聖堂の中に特別にピッコロミニ家の図書館と呼ばれる司祭館とサン・ジョヴァンニ洗礼堂さらには附属美術館などもあります。今回は図書館と洗礼堂を記載致します。
ピントリッキオ とその助手達が図書館の側面のフレスコ画を描いたそうです。 助手の中には、当時すでに有名だったボローニャ出身の画家、アミコ・アスペルティーニと 若き日のラファエロ・サンティがいたそうです。若いラファエロがこのような絵画の中の人物として描かれているのは他の画家たちも若きラファエロの才能を認めていたのかも知れません。
ちなみに上の絵画はウフィツィ美術館所蔵の「ラファエロの自画像」です(ウフィツィ美術館は後々書く予定です)。当時の三代巨匠、レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロと比べて美男子だったと色々な方が書いてありますので、当時はこのような中性的な顔が好まれたのかも知れません。

シエナ大聖堂から外に出て右手の階段を半ば降りた所、 大聖堂後陣の真下に当たる位置に「サン・ジョヴァンニ洗礼堂」があります。もともとは新大聖堂拡張計画に伴い、洗礼者ヨハネの教会として作られました。
前回もブログで説明したようにシエナ大聖堂は建設途中で飢饉やペストなどにて建設途中で中断されてしまいました。本来ならもっと大きくなるはずだったのですが、1355年から20年かけて改装工事が行われ、洗礼堂となったとのことです。今でもファサード上部などは未完のままだそうです。
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