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2025年1月

2025年1月31日 (金)

今週の生け花(令和7年1月第5週)

令和7年1月も今日で最後となりました。明日からは2月、1番寒い季節かも知れません。既に沖縄北部の名護市では避寒桜の「桜祭り」が1月25日と1月26日に開催されたようですので、北から桜が次第に南下してくると思います(病院のある那覇市は南ですので開花するのはもう少しかかるかも知れません。緋寒桜は1番寒い時期に咲き出しますので沖縄本島の北部から咲き出して次第に南下してくるのです。ソメイヨシノとは逆ですね)

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今週の生け花はとてもシンプルで、自由で大らかに飾っているように感じられる作品です。
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小手まり、グロリオーサ、ガーベラにH型の白い花器が「私は私、あなたはあなたね、伸び伸び生きましょうよ」と声を掛け合っているように思えてしまいました。
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私も生け花達のように自由に生きて行きたいです😅 
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<花材:小手まり、グロリオーサ、ガーベラ>

2025年1月26日 (日)

Ai Pesci Room Rental(リオマッジョーレ宿泊施設)を紹介


前回の記事からの続きとなります。

チンクエ・テッレ「イタリア語: Cinque(=5) Terre(土地)」は、イタリア北西部のリグーリア海岸にある5つの村を指す名称です。険しい海岸に色とりどりの家屋が並ぶ文化的景観によって知られており、ポルトヴェーネレ(←今回こちらも訪ねました)や小島群などと共にユネスコの世界遺産に登録されています。

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5つの村もそれぞれが良さそうで宿泊地を何処にするのか迷いました。ミラノからの出発がゆっくりだったことと、次の移動がシエナとなるために、チンクエテッレの中では最南端(シエナに1番近い)のリオマッジョーレに宿泊することを決めました。5つの村は北からモンテロッソ・アル・マーレ (Monterosso al Mare) - 西北端②ヴェルナッツァ (Vernazza)③コルニリア (Corniglia)④マナローラ (Manarola)⑤リオマッジョーレ (Riomaggiore) - 東南端 の順となります。
何時ものように色々な宿泊施設を捜すなかで、部屋から1日中眺めても飽きない場所だと考えたAi Pesci Room Rentalに予約を入れました。

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リオマッジョーレの観光案内や多くのブログの写真で見かける有名なビューポイント(↑)の直ぐそばに今回の宿泊場所を決定しました。ホテルではありませんのでオーナーとはメールでやり取りをしました。15時からチェックインとのことでしたので、こちらもこれに合わせて15時のチェックインできるとメールしました。 

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予定日の2日前にオーナーから「駅からこの場所への道順と鍵の受け渡しが書いてある写真付き案内」のメールが返って来ました。非常に分かりやすく、番号付きのボックスを指示通り開くとその中に鍵が入っていて自分達の部屋に入ることが可能です。最後までオーナーには会いませんでしたが、何かあれば直ぐに来てくれるとのことで安心感はありました。
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建物の入り口の鍵を開けて中に入ると、こんな可愛らしいオブジェが飾られた階段があります。
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小さな家ですので部屋数も多くありません。小さな螺旋階段を昇り私達の今回の宿泊部屋となります。部屋の鍵を開けて入ることになります。
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やや古さはありますが、バルコニー付きの可愛らしいお部屋です。
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部屋には小さなバルコニーが設置されています。そこから眺めが楽しめます。
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部屋からの眺めがこれです・・yoo-hoo😍 期待通りの眺めの部屋です。 期待していたように綺麗なカラフルな街並みや海に沈む夕陽も眺められそうです!
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もう1つこの宿泊施設の決め手となったのは部屋から屋上に出られることでした。細く急な階段を昇ることが出来ます。
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階段を昇ると天井の覆っている金属の屋根をスライドさせると開いてくれます。
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屋上には椅子やソファーも在り、恐らくヨーロッパの方ならここで水着になって日光浴を楽しいでいることだと想像します。 私達は1年中太陽が降り注ぎすぎる沖縄に住んでいますので、イタリアでも日焼け止めクリームと帽子の出立ちで日光を避けて散策しています(笑)。
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屋上からのリオマッジョーレの街並みです。
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屋上から地中海の眺めで、向こうに夕陽が沈んで行きます。
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屋上から海と反対側の眺めです。
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最高の眺めの場所です。日柄部屋に降りたり、屋上に登ったりと景色を眺める事が出来ました。
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夜も美しいリオマッジョーレの風景です。

2025年1月24日 (金)

今週の生け花(令和7年1月第4週)

早いもので令和7年1月も第4週の金曜日になりました。先週までの寒さが少し緩んだ1週間だったのではないでしょうか? 南国沖縄に住んでいても寒いのは寒いのです。 人間って不思議で暖かい地域に住んでいると少しでも寒くなると大寒波が襲って来たように「寒い」を連発してしまいます(←私です😅)。 それでも季節はちゃんと回って来ます。もう少しすれば春の訪れも感じることが出来るかもしれません。

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今週も2階の小さなスペースにも生け花が飾られていました。今週の生け花は横長な構図で上から太陽が降り注ぎ、その影にも温かさを感じさせてくれます。
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色とりどりで鮮やかですね😉 重いコートは脱いで心も軽やかになりそうです💝
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後ろに隠れ気味の紫の小菊や黄色のストックも全体を下支えしてくれていました。有難う!お花達😍
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<花材:雪柳、グロリオーサ、ストック、小菊>

2025年1月22日 (水)

めまいの原因(小脳梗塞の場合)

今日のFM放送いきいきタイムはめまいについて話をしました。めまいについてはブログでも何度か書いていますので参考にされて下さい(→めまいで緊急搬送、 →めまいについて)


めまいの原因の多くは耳と脳の異常から起こります。 日本全体の統計ではありませんが、めまいを来す病気の7割は耳の病気で、1割が脳の病気,残り2割がその他沢山の病気によるものです。
今日は脳の病気のために起こるめまいについて書いてみたいと思います。

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私達の脳の位置と機能についてイラストに書きました(☝)。人間の進化は大脳の進化でもあり、大脳が大きいのが人間の特徴でもあります。大脳は脳の80%の重量を占めています。 

大脳は右脳・左脳と大きく分かれていて、比較的機能も分化しており、運動神経や知覚神経などは左右で交差して私達の体を支配しますので、大雑把に書くと、右の大脳の運動領域が障害されると左の半身麻痺に、左が障害されると右の半身麻痺になります。 聞いて判断したり、言葉を構成し出す場所も限局しており、その場所が障害されると聞くことが出来ない、言葉がでないなどの障害が起こります。情動などを管理する前頭葉がやられると情動を逸した行動をしたりします。

 

人では小脳は全体の10%の重量ですが、運動能や平衡感覚を調整しているため鳥などは発達しています。 あまり多くはないのですがこの小脳の血管が詰まったりした場合、頭痛以外にめまい、歩行困難、吐き気などが現れます。すぐに麻痺が出現することはなくても、細かな手の動きなどが困難になります。

 

めまいが主な症状となると救急病院に搬入されても、内耳の障害による症状が多いため、耳の病気と診断されて、点滴等で経過観察となる場合も多くあります。原因が血管が詰まる脳梗塞であるために早期治療を逃してしまうこともあるのです。

小脳は元々小さく、CTを撮っても病変を発見出来ない場合もあります。早期の場合はMRIの方が診断が付く確率が高いようです。 いずれにしろめまいの中で、脳梗塞を疑い診断をしなければ、早期発見出来ないこともあります。

医療者の我々の方も診断に難渋することもあるのです。若い方でも心臓などに出来た血栓が飛んできて詰まることもあるようです。若いから大丈夫というわけでもありません。

めまいは色々な病態で起きます。急を要する場合もありますし、何度も繰り返しおこり、日常的になっている方もいます。 注意しないといけないのはめまいの強さと病態の重篤さが必ずしも一致しない点です。 その事が更にめまいの診断や治療を困難にさせているのです。

2025年1月19日 (日)

ミラノからチンクエテッレへ移動(リオマッジョーレ)

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今回の旅行で初めてミラノの中心部に宿泊し、これまで訪ねたことのない素敵な場所も見学でしました。運が良ければもう一度訪ねることも出来るかも知れないミラノですが、この角度からみるミラノのドウォーモもこれが最後かも知れません。深夜の殆どいないミラノのドウォーモ広場の風景です。夜中に目が覚めて撮影しました。ミラノまたね〜😉
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今回始めて世界遺産に指定されているチンクエテッレへと向かいました。チンクエ・テッレ「イタリア語: Cinque(=5) Terre(土地)」は、イタリア北西部のリグーリア海岸にある5つの村を指します。 険しい海岸に色とりどりの家屋が並ぶ文化的景観によって近年多くの観光客が訪れ、ポルトヴェーネレ(←今回こちらも訪ねました)や小島群などと共にユネスコの世界遺産に登録されています。また、チンクエ・テッレは段々畑によるブドウとオリーブの栽培が盛んで、ワインの産地としても知られそうですが、私にワインの味は分かりません😅
その中の1つリオマッジョーレの宿を予約しています。これも色々な宿泊施設を捜すなかで、部屋から1日中眺めても飽きない場所だと考えた宿泊施設となっています。 ホテルではありませんのでチェックイン時間が15時以降になっていたために、15時過ぎに到着するようにミラノの出発も少し遅れてとなりました。
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時間の30分前にミラノ駅のホームの中に入りました。電車の時刻や便は決まっていてもホームが決まらないために移動することも出来ず、ひたすら電光掲示板とにらめっこです。 
イタリアでは大凡15分前に出発ホームが掲示されます。今回は15分を切って12分前に表示されました。 それを見てこの電車に乗る方がゾロゾロと移動を開始します。今回2号車ですが座席指定だけはとっていますので余裕です。 席に向かうと私達の席に違う方が座っていました。チケットを見せてここは私達の席ですと移動して貰いました。他にも空いていましたので良かったと思います。 
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ミラノからチンクエテッレに向かう途中にジェノバの街があります。「母を訪ねて三千里(古いか😅)」のアニメで主人公のマルコ少年が母を捜しに出発するのが「ジェノバ」でした。ジェノバはまだ行ったことがなかったために、ここを訪ねてチンクエテッレを1泊にするのか迷いました。もしかしたらジェノバは大きい都市ですの何らかの周遊で訪ねる可能性もあるだろうと、今回最初で最後であろうチンクエテッレで2泊して堪能することにしました。

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イタリアの鉄道網は発達していて(時間に厳密と言うことではありません😅)、イタリアの2大鉄道会社のトレニタリア(Trenitalia)とイタロ(Italo)が全国を網羅しています。いずれの会社も高速列車、国際列車、在来列車を運行しています。
トレニタリアは旧イタリア国鉄で、日本のJRに相当します。高速列車の「フレッチャロッサ」は、最高時速360kmでイタリアを南北に縦断し、各主要都市を結んでいます。

イタロは別名「フェラーリ特急」とも呼ばれ、深紅の車体と革のシートが特徴です。各停車駅には専用ラウンジ「Casa Italo(カーザ・イタロ)」があります。イタリアの主なハブ鉄道駅は、ローマのローマ テルミニ駅(Roma Termini)とミラノのミラノ中央駅(Milano Centrale)です。
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今回ミラノからチンクエテッレへ移動するのは「InterCity」となるフィレチェロッサ(高速列車)より少しスピードが落ちる特急列車となります。
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ジェノバ駅です。今回は通過となります。いつかジェノバもゆっくり旅してみたいです。マルコ少年と同じ様に船にも乗って見たいです😃

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ミラノからintercityの最終駅のレバントでローカル線に乗り換えです。チンクエテッレの各集落の間はシーズン中は15分程度で電車が行き交うようですが、この時は原因は判りませんが30分以上電車が来ずに駅内で観光客が溢れていました。
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チンクエテッレのリオマッジョーレへ到着です。まずは海岸沿いにある宿泊施設へと移動となります。
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海沿いと言っても入り組んでいる土地ですので駅と海沿いの集落の間は駅の下をトンネルで結ばれています。なんとなく水族館のトンネルに入った気分です😃
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人がやっとすれ違うことだ出来るクネクネッと曲がった坂道を海岸沿いへと向かいます。今回スーツケースを最小限にしたのは正解でした。

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チンクエテッレのリオマッジョーレと言えばこの景色が有名だと思います。この写真を撮った直ぐ右上の建物が今回の宿泊地を選んだ場所です。
次回はこの素敵な宿泊施設を紹介したいと思います。

2025年1月17日 (金)

今週の生け花(令和7年1月第3週)

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早いもので今年も第3週となりました。皆様方は何か今年の目標を立てられていますでしょうか? 私の方は何も立てることなく漠然と今年も進みそうでちょっと心配になります。 生け花達からも「オイオイもう少しシャキッとせいよ!」と怒られそうそうです😅
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それでも日々を誠実に生きて行こうと思うのですが、いつも追われるように過ごしています。生け花達から叱咤激励されながら少しでも前を向いて歩みたいと思う年頭です💪
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南国沖縄でも寒いと感じる最近の天気ですが、北の国の皆様方は寒さや雪の中で特に春が待ち遠しいと感じると思います。ピンクの縁取りで生け花を飾ってみました。少し春らしい感じになりますでしょうか? 
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暖かい春が待ち遠しい冬の1日です💝
<花材:レンギョウ、白菊、スプレーカーネーション、小菊、においヒバ>

2025年1月15日 (水)

首里城周囲の散歩写真


1月15日の第3水曜日ですので会議のためにラジオ放送はなく、それに付随する医療ネタもありません。

1月12日に久しぶりに首里城近くを散歩したので、写真でも載せようかと思います(首里城の中には入っていません🙏)。いつも海外の写真だけ載せていますので、身近な場所の写真も紹介です。

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守礼門(しゅれいもん)
守礼門は、儀式用の中国様式の多彩色の木造の門で、尚清王の命令で1527年から1555年の間に建てられ、沖縄で最も有名で広く知られたシンボルの1つとなっています。これから先が首里城の中と考えていますが、元々、それより100年前に約500メートル西に建てられていた中山門が首里城の主な儀式用の門となっており、王朝の高官は中山門で使節団やその他の重要な客人を迎えていたそうですが、城から遠いために、首里城の近くに新たに「守礼門」を建造したとのことです。


守礼門という名前は、貿易を行っていた中国の明の皇帝が1579年に「琉球は守礼の邦と称するに足りる」と言ったことに由来しているそうです。これは、儒教の原則を守る国であるとの宣言を示したことを意味しているそうです。また一般の人々にそうするよう命じる勧告でもありました。私は単に「礼儀を重んじる」と考えていたのですが、儒教を守ることだったのですね。ヨーロッパの「キリスト教」を受け入れるに何故が重なってみえてしまいました😅

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園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)


守礼門から入ると直ぐ左手に琉球石灰岩で造られた建造物で、1519年(尚真王(しょうしんおう)代)が建てたとのことです。国王が外出するときに安全祈願をした礼拝所となっています。形は門になっているが人が通る門ではなく、いわば神への「礼拝の門」ともいうべき場所だそうです。琉球の石造建造物の代表的なものであり、1933年(昭和8)国宝に指定されたが、沖縄戦で一部破壊され、1957年(昭和32)復元された。現在、国指定重要文化財となっている。また2000年(平成12)には世界遺産へ登録されています。


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首里城公園のホームページから転用した地図となります。
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歓会門(かんかいもん)


首里城の城郭(じょうかく)内へ入る第一の正門で、「歓会(かんかい)」とは歓迎するという意味である。往時、首里城へは中国皇帝の使者「冊封使(さっぽうし)」が招かれたが、こうした人々を歓迎するという意味でこの名が付けられたとのことです。

首里城は外郭(外側城郭)と内郭(内側城郭)により二重に囲まれているが、ここは外郭の最初の門で、別名「あまえ御門(あまえうじょう)」とも言われるそうです。「あまえ」とは琉球の古語で、「喜ばしいこと」を意味する。

創建は1477~1500年頃(尚真王代)で、沖縄戦で焼失したが、1974年(昭和49)に復元されています。

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石造りの外壁は日本本土で城が造られる以前に既に沖縄ではこのようなスタイルの城壁が造られていて、城壁の最後の部分のソリが美しい造りになっています。
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この奥には「円鑑池」は1502年に造られた人工池で、首里城や円覚寺からの湧水・雨水が集まる仕組みになっているそうです。写真には写っていませんが湖の後方には大きな溜池の「龍潭(りゅうたん)」へ流れています。 写真の上の白い建物が首里城正殿を被っている建物で、現在復元中の首里城の赤い壁の塗装に着手したとのニュースがありました。 あと少しであの朱色の首里城が姿を現すかも知れません。

この奥には戦前の国宝であった円覚寺(えんかくじ)があり、1494年に創建された沖縄における臨済宗(りんざいしゅう)の総本山で、第二尚氏王統歴代国王の菩提寺となっていました。1933年(昭和8)に総門(そうもん)、山門(さんもん)、仏殿(ぶつでん)等計9件が旧国宝に指定されていたが、すべて沖縄戦で破壊されてしまいました。ここは首里城の焼失とは関係ありませんが、早く全体が復元して欲しいものです。


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弁財天堂と円鑑池(べざいてんどうとえんかんち)

円鑑池に橋でかけられた建物が「弁財天堂」と呼ばれています。航海安全を司る水の女神・弁財天を祀っていたそうです。建物は当初1502年に朝鮮から贈られた方冊蔵経(ほうさつぞうきょう)を納めるために建立されたが、1609年の薩摩侵入で破壊されてしまいます。このようなことを観ると

1629年に修復、このとき円覚寺にあった弁財天像を安置したが、その後荒廃したため1685年に薩摩から新像を移した。しかし、これも沖縄戦で破壊され、その後1968年(昭和43)に復元されとのことです。堂にわたる小橋は「天女橋(てんにょばし)」と呼ばれ、中国南部の駝背橋(だはいきょう)の特徴をもち、石の欄干(らんかん)には蓮(はす)の彫刻等が施されている。

僅か1時間の散歩でしたが、首里城が日本本土、中国、朝鮮との繋がりで運用されていたのが分かる時間でした。

戦前はその近くに師範学校があり、父が通っていましたし叔父さんが通っていた1中(現在の首里高校)も近くに在りました。私の祖母があんなに美しかった首里の街や叔父さん達を奪った戦争だけはやっては駄目だと子供の頃に聞かされて育ちました。私にとってもこの場所を歩くときっと戦前は美しい所だったのだろうと思いを寄せる場所となっています。

 

早く首里城やその周囲の復興が待たれています。

2025年1月12日 (日)

ミラノ中央駅(Stazione Centrale di Milano、Milano Centrale)

これまでに4回目のミラノです。そのため少なくとも4度はこのミラノ中央駅(Stazione Centrale di Milano、Milano Centrale/ Milano C.LE)を利用していました。これまではスーツケースを持って駅の移動でしたし、スリの多い駅ですので切符を買う時も周りを気にしながら緊張して写真もほとんど撮ったことがありませんでした。
電車を降りるとそのホームは綺麗ですし、いつかは駅自体を見て回りたいと思って通り過ぎていました。 今回はミラノ中央駅自体を観光の旅程に汲んで手ぶら(パスポートと貴重なカードは胸の中のポシェットにいれ、写真器のみ)で駅構内を散策しました。
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ミラノ中央駅は1日あたり32万人が利用するとされており、ミラノの陸の玄関として機能しています。ミラノ市民の交通機関である地下鉄やトラムと連結しています。またヨーロッパ各国の大都市とを結ぶ電車の発着はほとんどがこの中央駅なので国際ステーションとしても機能しています。

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駅前の広場は広々としており、周りには多くのホテルなども立ち並んでいます(右に曲がると中央駅正面となります)。中央部の細長い建物はロンバルディア地方議会 として使われているそうです。新しい建物と思っていましたら60年前の建築だそうです。

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白いリンゴの形をした巨大なオブジェがあり、最初はアップル社の宣伝かと勘違いしてしまいましたが。ちゃんとした(🙏)芸術作品で作品名は、“La Mela Reintegrata” (The Reintegrated Apple) 「再統合アップル」(2015年)と言う作品とのことです。

 

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今の駅舎は1912年に設計者が決まり建設が開始されるも、第一次世界大戦とその後のイタリアの経済危機の影響で工事は途中何度も中断したそうです。その後1922年にファシスト党のムッソリーニが首相になると、ファシスト政体の権力を象徴するような権威主義的なデザインが付加され、駅舎は荘厳で豪華な仕様に変更されたとのこと。1931年に開業となっています。 


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当時のファシスト政権の権威を示す駅舎だけあった質実剛健を現す構造となっています。
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駅は1912年のデザイン最終コンペで優勝した建築家ウリッセ・スタッキーニが設計によるとのことですが、その後色々と変更もあったようです。建物前面は幅200mあり、天井高は72mに達する。これは当時、記録的な大きさだっとのことでした。


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駅舎の建築様式は一つで無く、リバティ様式やアールデコの影響を受けた混合様式となっています。建築家フランク・ロイド・ライトにより「世界でもっとも美しい鉄道駅」と称された駅で、確かに美しく巨大な駅となっています。


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壁には色々な場所から見た壁画が飾られています。 電光案内板の上の壁画は見覚えのあるミケランジェロ広場からみた景色だと分かりました。

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高速鉄道ITALOイタロの上級席を予約したので、ITALO CLUBというラウンジが無料で使えるそうです。上のイタロの看板の階段の上がラウンジとなっているようです。

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この日は写真撮影だけでスーツケースもなくて、自由度が違うために駅内でも身軽でスリの被害も気にかけずに廻れて良かったです。
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奥の地下にはフードコートがあって多くの出店があり、色々な食事も出来そうですよ。
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ここからは最終日にミラノからチンクエテッレへ向かうために、改札を通り中に入ったところです。昔はこの改札(写真上↑)がなくて出入りが自由に出来たため、スリなども簡単に出入りできることが出来ました。もちろん今でも観光客に紛れてスリは沢山いると思いますが。スーツケースを持っていましたので、改札でチケットをチェックし中に入りました。私たちはネットで車両も座席も指定していましたので、乗る時のチェックは必要ありませんでした。
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プラットフォームはアルベルト・ファーヴァによる全長341m、66,000平方メートルの鉄とガラスのトレイン・シェッドで覆われていて、それが並列してあるために駅内は明るくとモダンな作りとなっています。

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中に入って、後ろが壁のところに寄りかかって時間を待ちます。後ろを壁にすることでスリ対策にもなります。左手のオレンジ色のところが出発の掲示板となります。15分ぐらい前にならないと自分が乗る電車がどのプラットホームに入るかわからないため、皆掲示板と睨めっこしています。そして新しく電車の出発時間と番号が示されると、それを見ていた利用者が一気に同じ方向に歩き出します(なぜかフラミンゴの動きを思い出して1人吹き出してしまいました😆)。

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13分程度になってやっと私たちの電車の番号が出ましたので、早速移動開始です。番号がはっきりしていますので焦ることはなくてゆっくり進んでも十分間に合います。

2025年1月10日 (金)

今週の生け花(令和7年1月第2週)

2025年(令和7年)も第2週となります。皆新しい年に向けてスタートを切ったことと思います。巳年の年は新しいことに取り組むチャンスかも知れません。頑張りましょう! 

いつもの2階のスペースに生け花が飾られていました。今年初の生け花となります。今年もよろしくお願いいたします🙇

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白い花器に啓翁桜の僅かにピンク色をした白い花が対をなしているように飾ってあります。中央には緑の葉に赤いカーネーション、紫のストックなど形も色も違う花々が賑やかです。
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新春の明るい日差しの中で伸び伸びと輝いて見えますね。
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小さき花々に明るい未来を描きたいと願っています。皆様方にとりましても良い1年でありますように💝
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<花材:啓翁桜、レッドジンジャー、千両、カーネーション、ストック>

2025年1月 8日 (水)

口内炎(主にヘルペス口内炎について記載)

これまでに何度か口内炎については記載しています(☞口内炎、 ☞アフタ性口内炎の予防 )が、これは一般的なアフタ性口内炎や外傷性(カタル性)口内炎のことに付いて記載しています。

ヘルペス性口内炎について記載したいと思います。アフタ性口内炎、カタル性口内炎以外にも結構ヘルペス口内炎を経験した方は多いと思います。

 

ヘルペス性口内炎:これは小児のヘルペス感染の1部として捉えることも出来ますが、大人での発症の場合は免疫力が落ちた時などに発症します。

A:小児のヘルペス感染症には、次のような症状や特徴があります。

感染後4~7日で感染部位が赤くなり、水ぶくれがたくさん現れる

    • リンパ節がはれて痛みを伴う
    • 発熱、倦怠感、頭痛などの症状を伴う
    • 約2~4週間で治る
    • 乳幼児は、多数の口内炎(ヘルペス性歯肉口内炎)ができることがある
    • アトピー性皮膚炎がある場合は、顔や体の広範囲に水ぶくれが現れる(カポジ水痘様発疹症)
    • ヘルペス感染症の治療は、症状や年齢、基礎疾患、季節などに応じて異なります。

 

②ヘルペス感染症の治療は、症状や年齢、基礎疾患、季節などに応じて異なります。

  ・軽症の場合は塗り薬(軟膏)でもよくなります

  ・内服薬(抗ウイルス剤)を服用すると、再発を繰り返す場合でも早く治すことができます

  ・重症例では点滴注射が必要となります


ヘルペス感染症は、一般的に皮膚科で対応します。ただし小児の場合は小児科、性器に症状が出ている場合は、産婦人科や泌尿器科で対応することもあります。*単純ヘルペスウイルスにも1型と2型があり、1型は上半身(口腔内、眼球)、2型は下半身(陰部)に症状が出ます*

口内炎が治った後もヘルペスウイルスは体内(神経)に潜伏、大人になってからも疲れや体調不良の場合に再発しやすいとされています。

B:ヘルペス性口内炎の主な原因(感染経路)

ヘルペス性口内炎の原因であるヘルペスウイルスは感染(初感染でも再発でも)した人から人、モノ(タオル、食器)を介して人へと感染します。

C:ヘルペス性口内炎の治療

通常の1〜2週で自然に消滅しますが、軟膏や貼付剤、スプレータイプの治療薬などを症状に合わせて使用します。最近では抗ウイルス薬を使用する頻度が高くなりました。

*^*^*^*^

☞皆様方も誤解することが多いと思うのでヘルペスウイルスについて追記☜

ヘルペスウイルスは、ヘルペスウイルス科として実は9種類存在します。一般的には、口唇ヘルペスを引き起こす単純ヘルペスウイルス(HSV)と、帯状疱疹を引き起こす水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)の2種類を「ヘルペス」と呼んでいます。

HSVとVZVはヘルペスウイルス科としては一緒ですが、ウイルスそのものは別々のウイルスです。その為に治療法も異なりますので、分けて考える必要があります

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 ①HSV感染症として、口唇ヘルペス(口の周りにできるヘルペス)と性器ヘルペス(陰部にできるヘルペス)があり、どちらも体の疲れなどにより症状(小さい水ぶくれ)を頻回に繰り返しやすいという特徴があります。病変部を直接触れることにより他の人にうつしてしまうことがあります。治療は、抗ウイルス薬内服/外用が一般的に行われます。


 ②VZV感染症として、水痘(水ぼうそう)と帯状疱疹があります。水痘(水ぼうそう)はウイルスが初めて感染した時に発症するもので1生に1回経験するものです。従来は子供に多い病気でした。しかし、最近はワクチン接種により水痘(水ぼうそう)の発生が激減しています。ただし水痘(水ぼうそう)は、麻疹(はしか)、結核とともに空気感染しますので、水痘(水ぼうそう)と診断された方は隔離が必要です。 水痘に罹って治ってもこのウイルスは私達の神経の場所で眠った状態で過ごし、私達の体調が悪くなると勢いづいて神経を伝わり帯状疱疹を発症させます。 基本的に帯状疱疹は移ることはありませんので隔離は必要ありません。しかし注意点として周りに小児でワクチンも打ったこともなく水痘に罹ったこともない人がいれば、水痘(水ぼうそう)を発症することがあります。

 

2025年1月 5日 (日)

ミラノその他<凱旋門(平和の門)、ユニクロ、スタバ、ファショナブルな街>

ミラノの大まかな場所の紹介は終わったのでそろそろ次の目的地へと考えていたのですが、写真をまとめていたので没にするのは勿体無いので紹介したいと思います。ミラノに飽きたと言う皆様方はもう少しお待ち下さい😅

 

<凱旋門(平和の門)>

以前紹介したスフォルツェスコ城 ( →スフォルツェスコ城 ) から真っ直ぐに見えた凱旋門があります。 凱旋門といえばパリの凱旋門(→エトワール凱旋門)を思い浮かべる方も多いと考えています。私も真っ先に浮かぶのはパリの凱旋門です。まあ「凱旋門」は大きな戦争などで勝利を収めた時に造られていますので、世界各地にあります。

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路面電車を降りて、凱旋門に向かいました。ちょうど門の真ん中に先ほどいたスフォルツェスコ城の塔が見えています。その間はセンピオーネ公園となっています。造ったのはあのフランスのナポレオンですのでパリの凱旋門と似たのかも知れません。そのため城から凱旋門の延長上にはパリの凱旋門があるとのことです。当初はそんなことを考えて造ったのですね。
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ナポレオンがイエナの戦いで勝利を収めた記念に、当時支配していたミラノにこの凱旋門を造ったのです。しかしその建設途中でナポレオンが失脚したために、次にナポリを収めたフェルディナント1世(オーストリア皇帝)の元、凱旋門ではなくて「平和の門」として完成したそうです。
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大きすぎてイメージは湧きませんが、高さ25m、幅24mだそうで、8階建てのビルに相当するそうです。なるほど大きいわけです。
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側面のレリーフなども細かいので見応えある「平和の門」です。
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<ミラノ・ドウォーモ周辺>

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トラムに乗ってドウォーモ中心部に戻って来ました。 ミラノは小さな街ですので歩いてもいいのですが、地下鉄やトラムなどを利用すると疲れずに時短で回れると思います。
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偶然ミラノのトラムが年代別順に並んでいましたので写真に撮りました。 1番奥の木製の電車が1番古いそうです(あまり多くはなくて観光用かな?)。中央のオレンジの電車は現在も走っている古いタイプ、手前が新しいタイプです。次第に車高が低くなって、2000年以降はバリアフリーに適した超低床電車の導入に変わってきているようです。時代の流れなのでしょうね。

<ミラノ・ユニクロ>

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ミラノの中心部に世界を代表するカジュアルウェアを展開する日本のユニクロが2019年9月13日にオープンして話題になったとのことです。何せフェラガモ、プラダなどの世界的なファッション界をリードする老舗が軒を連ねるミラノにユニクロとなるので一応にびっくりしたそうです。それでもしっかりと業績を残しているようで、私も足りなくなった下着を1着買いに行きましたが、結構賑わっていました。ユニクロ頑張って欲しいですね。

<ミラノ・スタバ>

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こちらの方が1年早いのですが、2018年9月に上海、シアトルに続き、世界で3番目の高級志向のスタバが開業しています。私は知りませんでしたがスタバにもランクがあるようです(全くもって知りませんでした)。スターバックス リザーブ ロースタリー ミラノ(STARBUCKS RESERVE® ROASTERY Milano)と名乗っているそうです。他の方のブログを見ているとなるほど凄そうです。ユニクロ同様、こちらは本場イタリアのカフェ文化に挑んできて上手く行っているようでした。
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写真を撮るためだけに中に入ろうかと思いましたが、コーヒーを飲んだ後でしたので入り口の写真だけしかありません🙏

<ファショナブルな街・ミラノ>

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上の写真のお店は「PECK」というイタリアの食品店となっています。日本にも出店しているそうで知る人は知るだそうです(当然私は知りませんでした😂)。 私たちの宿泊施設の近くにあり利用しました。 ここで食材を買ってミラノのドウォーモを観ながら夕食を摂ったりしました。結構いろいな品揃えがあり助かりました。
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なんとなくショーケースもオシャレです。
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イタリアは南北で随分とイメージが違い、それそれの土地で個性があります。南のナポリと北のミラノでは街の雰囲気も全然違い同じイタリアとは思えないほどです。
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世界のフアッションの中心地ミラノだけあって、すれ違う街の人々の着こなしも素敵な方が多かったです。
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夜の街も人通りのある場所なら安全だと感じます。夜のショーウィンドウを眺めていても私でも知っているブランド店が軒を連ねるミラノの街並みでした。街歩き楽しいミラノでした😍
次回はミラノ中央駅を案内したいと思います。チャオ!

2025年1月 4日 (土)

2025年台北101のカウントダウン花火(動画)

今年も大晦日から1泊2日で台北へ出かけることが出来ました。仕事の関係でギリギリまで出かけることが出来るかハラハラしながらでしたが無事出発できました。

台湾は旧正月を祝うので12月31日も1月1日も普通に営業してるので助かります。コロナ前と比べてLCCも随分と値段が高騰し、台北のホテルも高くなりました。早く円安から円高になって欲しいと旅行者としては考えてしまいます。

大晦日の朝早く、病院に電話をかけて入院患者さんが落ち着いているのを確認しながら飛行場へと向かいました。昨年末に7年ぶりにiPhoneを買い替えたのでeSIMが使えるようになり、海外でもSIMカードを入れ替えることなく使うことができます(超嬉しいです😉・・・7年の進化を感じたのは地図アプリが結構サクサクと使えることができた事でした)。

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沖縄は高い山がないのですが、雲の上から山並が観れると台湾に近づいたとワクワクしてしまいます。
荷物も小さなリュック1つですし、那覇国際空港においても出国手続きも自動ゲートを使えますし、台湾はネット上で入国書類を出しておくと簡単に入国できて便利です。
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ホテルに荷物を預けて、今年は久しぶりに淡水に出かけることにしました。昔よりもこざっぱりとした印象を受けました。台湾は発展が速いです。淡水の海岸沿いにずらっとカメラマンたちが三脚を立てて、2024年最後の夕日のシャッターチャンスを狙っていました。 私も彼らの間からポチッと写真を撮らせてもらいました。
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淡水から台北へ戻りながら、夕食を済ませてホテルに到着です。昨年は3時間ほど前から場所を確保したのですが、今年は見れる所だったら何処でもいいやと思いながら歩いていました。ちょうどいい感じの場所があったのでそこからカウントダウンを待つことにしました。本当に多くの地元の方や観光客あるいは仕事で来ている海外の方も多くいらっしゃいました(色々な国の言葉が飛び交うので面白いです)
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2025年の幕開けです。世界が是非落ち着いて平和になって欲しいと願いながら眺める今年のカウントダウン花火です。簡単に動画編集をしました。よろしければご視聴ください❤️

2025年1月 1日 (水)

2025年明けましておめでとうございます

2025年(令和7年)、明けましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。今年も宜しくお願い申し上げます。

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今年も日本や世界で色々なことが起きるでしょうが、それを乗り越えて飛躍出来る年になれたら嬉しいです。

今年は巳年🐍となります。 これについて調べてみると、なんとなくいい感じの1年になりそうで期待したいです。私達が諦めずに夢や希望を持ち続けているときっと良い方向に進むと信じています💪

巳年は、脱皮を繰り返して大きくなる蛇のイメージから、復活と再生、新しい挑戦や変化への前向きな姿勢を意味するようです。また、植物に種子ができはじめる時期や次の生命が誕生する時期など、新しいことが始まる年ともいわれています。 本当に明るい未来へと変わって欲しいものですね。

今年も細々と医療や旅行、生け花について記載してゆく予定です。どうぞ今年もお付き合い下さい🙇💝

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