今週の生け花(令和7年1月第5週)
令和7年1月も今日で最後となりました。明日からは2月、1番寒い季節かも知れません。既に沖縄北部の名護市では避寒桜の「桜祭り」が1月25日と1月26日に開催されたようですので、北から桜が次第に南下してくると思います(病院のある那覇市は南ですので開花するのはもう少しかかるかも知れません。緋寒桜は1番寒い時期に咲き出しますので沖縄本島の北部から咲き出して次第に南下してくるのです。ソメイヨシノとは逆ですね)
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令和7年1月も今日で最後となりました。明日からは2月、1番寒い季節かも知れません。既に沖縄北部の名護市では避寒桜の「桜祭り」が1月25日と1月26日に開催されたようですので、北から桜が次第に南下してくると思います(病院のある那覇市は南ですので開花するのはもう少しかかるかも知れません。緋寒桜は1番寒い時期に咲き出しますので沖縄本島の北部から咲き出して次第に南下してくるのです。ソメイヨシノとは逆ですね)
早いもので令和7年1月も第4週の金曜日になりました。先週までの寒さが少し緩んだ1週間だったのではないでしょうか? 南国沖縄に住んでいても寒いのは寒いのです。 人間って不思議で暖かい地域に住んでいると少しでも寒くなると大寒波が襲って来たように「寒い」を連発してしまいます(←私です😅)。 それでも季節はちゃんと回って来ます。もう少しすれば春の訪れも感じることが出来るかもしれません。
今日のFM放送いきいきタイムはめまいについて話をしました。めまいについてはブログでも何度か書いていますので参考にされて下さい(→めまいで緊急搬送、 →めまいについて)
めまいの原因の多くは耳と脳の異常から起こります。 日本全体の統計ではありませんが、めまいを来す病気の7割は耳の病気で、1割が脳の病気,残り2割がその他沢山の病気によるものです。
今日は脳の病気のために起こるめまいについて書いてみたいと思います。
私達の脳の位置と機能についてイラストに書きました(☝)。人間の進化は大脳の進化でもあり、大脳が大きいのが人間の特徴でもあります。大脳は脳の80%の重量を占めています。
大脳は右脳・左脳と大きく分かれていて、比較的機能も分化しており、運動神経や知覚神経などは左右で交差して私達の体を支配しますので、大雑把に書くと、右の大脳の運動領域が障害されると左の半身麻痺に、左が障害されると右の半身麻痺になります。 聞いて判断したり、言葉を構成し出す場所も限局しており、その場所が障害されると聞くことが出来ない、言葉がでないなどの障害が起こります。情動などを管理する前頭葉がやられると情動を逸した行動をしたりします。
人では小脳は全体の10%の重量ですが、運動能や平衡感覚を調整しているため鳥などは発達しています。 あまり多くはないのですがこの小脳の血管が詰まったりした場合、頭痛以外にめまい、歩行困難、吐き気などが現れます。すぐに麻痺が出現することはなくても、細かな手の動きなどが困難になります。
めまいが主な症状となると救急病院に搬入されても、内耳の障害による症状が多いため、耳の病気と診断されて、点滴等で経過観察となる場合も多くあります。原因が血管が詰まる脳梗塞であるために早期治療を逃してしまうこともあるのです。
小脳は元々小さく、CTを撮っても病変を発見出来ない場合もあります。早期の場合はMRIの方が診断が付く確率が高いようです。 いずれにしろめまいの中で、脳梗塞を疑い診断をしなければ、早期発見出来ないこともあります。
医療者の我々の方も診断に難渋することもあるのです。若い方でも心臓などに出来た血栓が飛んできて詰まることもあるようです。若いから大丈夫というわけでもありません。
めまいは色々な病態で起きます。急を要する場合もありますし、何度も繰り返しおこり、日常的になっている方もいます。 注意しないといけないのはめまいの強さと病態の重篤さが必ずしも一致しない点です。 その事が更にめまいの診断や治療を困難にさせているのです。
1月15日の第3水曜日ですので会議のためにラジオ放送はなく、それに付随する医療ネタもありません。
1月12日に久しぶりに首里城近くを散歩したので、写真でも載せようかと思います(首里城の中には入っていません🙏)。いつも海外の写真だけ載せていますので、身近な場所の写真も紹介です。
守礼門という名前は、貿易を行っていた中国の明の皇帝が1579年に「琉球は守礼の邦と称するに足りる」と言ったことに由来しているそうです。これは、儒教の原則を守る国であるとの宣言を示したことを意味しているそうです。また一般の人々にそうするよう命じる勧告でもありました。私は単に「礼儀を重んじる」と考えていたのですが、儒教を守ることだったのですね。ヨーロッパの「キリスト教」を受け入れるに何故が重なってみえてしまいました😅
守礼門から入ると直ぐ左手に琉球石灰岩で造られた建造物で、1519年(尚真王(しょうしんおう)代)が建てたとのことです。国王が外出するときに安全祈願をした礼拝所となっています。形は門になっているが人が通る門ではなく、いわば神への「礼拝の門」ともいうべき場所だそうです。琉球の石造建造物の代表的なものであり、1933年(昭和8)国宝に指定されたが、沖縄戦で一部破壊され、1957年(昭和32)復元された。現在、国指定重要文化財となっている。また2000年(平成12)には世界遺産へ登録されています。
首里城の城郭(じょうかく)内へ入る第一の正門で、「歓会(かんかい)」とは歓迎するという意味である。往時、首里城へは中国皇帝の使者「冊封使(さっぽうし)」が招かれたが、こうした人々を歓迎するという意味でこの名が付けられたとのことです。
首里城は外郭(外側城郭)と内郭(内側城郭)により二重に囲まれているが、ここは外郭の最初の門で、別名「あまえ御門(あまえうじょう)」とも言われるそうです。「あまえ」とは琉球の古語で、「喜ばしいこと」を意味する。
創建は1477~1500年頃(尚真王代)で、沖縄戦で焼失したが、1974年(昭和49)に復元されています。
この奥には「円鑑池」は1502年に造られた人工池で、首里城や円覚寺からの湧水・雨水が集まる仕組みになっているそうです。写真には写っていませんが湖の後方には大きな溜池の「龍潭(りゅうたん)」へ流れています。 写真の上の白い建物が首里城正殿を被っている建物で、現在復元中の首里城の赤い壁の塗装に着手したとのニュースがありました。 あと少しであの朱色の首里城が姿を現すかも知れません。
この奥には戦前の国宝であった円覚寺(えんかくじ)があり、1494年に創建された沖縄における臨済宗(りんざいしゅう)の総本山で、第二尚氏王統歴代国王の菩提寺となっていました。1933年(昭和8)に総門(そうもん)、山門(さんもん)、仏殿(ぶつでん)等計9件が旧国宝に指定されていたが、すべて沖縄戦で破壊されてしまいました。ここは首里城の焼失とは関係ありませんが、早く全体が復元して欲しいものです。
円鑑池に橋でかけられた建物が「弁財天堂」と呼ばれています。航海安全を司る水の女神・弁財天を祀っていたそうです。建物は当初1502年に朝鮮から贈られた方冊蔵経(ほうさつぞうきょう)を納めるために建立されたが、1609年の薩摩侵入で破壊されてしまいます。このようなことを観ると
1629年に修復、このとき円覚寺にあった弁財天像を安置したが、その後荒廃したため1685年に薩摩から新像を移した。しかし、これも沖縄戦で破壊され、その後1968年(昭和43)に復元されとのことです。堂にわたる小橋は「天女橋(てんにょばし)」と呼ばれ、中国南部の駝背橋(だはいきょう)の特徴をもち、石の欄干(らんかん)には蓮(はす)の彫刻等が施されている。
僅か1時間の散歩でしたが、首里城が日本本土、中国、朝鮮との繋がりで運用されていたのが分かる時間でした。
戦前はその近くに師範学校があり、父が通っていましたし叔父さんが通っていた1中(現在の首里高校)も近くに在りました。私の祖母があんなに美しかった首里の街や叔父さん達を奪った戦争だけはやっては駄目だと子供の頃に聞かされて育ちました。私にとってもこの場所を歩くときっと戦前は美しい所だったのだろうと思いを寄せる場所となっています。
早く首里城やその周囲の復興が待たれています。
ミラノ中央駅は1日あたり32万人が利用するとされており、ミラノの陸の玄関として機能しています。ミラノ市民の交通機関である地下鉄やトラムと連結しています。またヨーロッパ各国の大都市とを結ぶ電車の発着はほとんどがこの中央駅なので国際ステーションとしても機能しています。
白いリンゴの形をした巨大なオブジェがあり、最初はアップル社の宣伝かと勘違いしてしまいましたが。ちゃんとした(🙏)芸術作品で作品名は、“La Mela Reintegrata” (The Reintegrated Apple) 「再統合アップル」(2015年)と言う作品とのことです。

今の駅舎は1912年に設計者が決まり建設が開始されるも、第一次世界大戦とその後のイタリアの経済危機の影響で工事は途中何度も中断したそうです。その後1922年にファシスト党のムッソリーニが首相になると、ファシスト政体の権力を象徴するような権威主義的なデザインが付加され、駅舎は荘厳で豪華な仕様に変更されたとのこと。1931年に開業となっています。

駅は1912年のデザイン最終コンペで優勝した建築家ウリッセ・スタッキーニが設計によるとのことですが、その後色々と変更もあったようです。建物前面は幅200mあり、天井高は72mに達する。これは当時、記録的な大きさだっとのことでした。

駅舎の建築様式は一つで無く、リバティ様式やアールデコの影響を受けた混合様式となっています。建築家フランク・ロイド・ライトにより「世界でもっとも美しい鉄道駅」と称された駅で、確かに美しく巨大な駅となっています。
プラットフォームはアルベルト・ファーヴァによる全長341m、66,000平方メートルの鉄とガラスのトレイン・シェッドで覆われていて、それが並列してあるために駅内は明るくとモダンな作りとなっています。
2025年(令和7年)も第2週となります。皆新しい年に向けてスタートを切ったことと思います。巳年の年は新しいことに取り組むチャンスかも知れません。頑張りましょう!
いつもの2階のスペースに生け花が飾られていました。今年初の生け花となります。今年もよろしくお願いいたします🙇
これまでに何度か口内炎については記載しています(☞口内炎、 ☞アフタ性口内炎の予防 )が、これは一般的なアフタ性口内炎や外傷性(カタル性)口内炎のことに付いて記載しています。
ヘルペス性口内炎について記載したいと思います。アフタ性口内炎、カタル性口内炎以外にも結構ヘルペス口内炎を経験した方は多いと思います。
ヘルペス性口内炎:これは小児のヘルペス感染の1部として捉えることも出来ますが、大人での発症の場合は免疫力が落ちた時などに発症します。
A:小児のヘルペス感染症には、次のような症状や特徴があります。
①感染後4~7日で感染部位が赤くなり、水ぶくれがたくさん現れる
・内服薬(抗ウイルス剤)を服用すると、再発を繰り返す場合でも早く治すことができます
・重症例では点滴注射が必要となります
口内炎が治った後もヘルペスウイルスは体内(神経)に潜伏、大人になってからも疲れや体調不良の場合に再発しやすいとされています。
B:ヘルペス性口内炎の主な原因(感染経路)
ヘルペス性口内炎の原因であるヘルペスウイルスは感染(初感染でも再発でも)した人から人、モノ(タオル、食器)を介して人へと感染します。
C:ヘルペス性口内炎の治療
通常の1〜2週で自然に消滅しますが、軟膏や貼付剤、スプレータイプの治療薬などを症状に合わせて使用します。最近では抗ウイルス薬を使用する頻度が高くなりました。
*^*^*^*^
☞皆様方も誤解することが多いと思うのでヘルペスウイルスについて追記☜
ヘルペスウイルスは、ヘルペスウイルス科として実は9種類存在します。一般的には、口唇ヘルペスを引き起こす単純ヘルペスウイルス(HSV)と、帯状疱疹を引き起こす水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)の2種類を「ヘルペス」と呼んでいます。
HSVとVZVはヘルペスウイルス科としては一緒ですが、ウイルスそのものは別々のウイルスです。その為に治療法も異なりますので、分けて考える必要があります
①HSV感染症として、口唇ヘルペス(口の周りにできるヘルペス)と性器ヘルペス(陰部にできるヘルペス)があり、どちらも体の疲れなどにより症状(小さい水ぶくれ)を頻回に繰り返しやすいという特徴があります。病変部を直接触れることにより他の人にうつしてしまうことがあります。治療は、抗ウイルス薬内服/外用が一般的に行われます。
②VZV感染症として、水痘(水ぼうそう)と帯状疱疹があります。水痘(水ぼうそう)はウイルスが初めて感染した時に発症するもので1生に1回経験するものです。従来は子供に多い病気でした。しかし、最近はワクチン接種により水痘(水ぼうそう)の発生が激減しています。ただし水痘(水ぼうそう)は、麻疹(はしか)、結核とともに空気感染しますので、水痘(水ぼうそう)と診断された方は隔離が必要です。 水痘に罹って治ってもこのウイルスは私達の神経の場所で眠った状態で過ごし、私達の体調が悪くなると勢いづいて神経を伝わり帯状疱疹を発症させます。 基本的に帯状疱疹は移ることはありませんので隔離は必要ありません。しかし注意点として周りに小児でワクチンも打ったこともなく水痘に罹ったこともない人がいれば、水痘(水ぼうそう)を発症することがあります。
ミラノの大まかな場所の紹介は終わったのでそろそろ次の目的地へと考えていたのですが、写真をまとめていたので没にするのは勿体無いので紹介したいと思います。ミラノに飽きたと言う皆様方はもう少しお待ち下さい😅
<凱旋門(平和の門)>
以前紹介したスフォルツェスコ城 ( →スフォルツェスコ城 ) から真っ直ぐに見えた凱旋門があります。 凱旋門といえばパリの凱旋門(→エトワール凱旋門)を思い浮かべる方も多いと考えています。私も真っ先に浮かぶのはパリの凱旋門です。まあ「凱旋門」は大きな戦争などで勝利を収めた時に造られていますので、世界各地にあります。
<ミラノ・ドウォーモ周辺>
<ミラノ・ユニクロ>
<ミラノ・スタバ>
<ファショナブルな街・ミラノ>
今年も大晦日から1泊2日で台北へ出かけることが出来ました。仕事の関係でギリギリまで出かけることが出来るかハラハラしながらでしたが無事出発できました。
台湾は旧正月を祝うので12月31日も1月1日も普通に営業してるので助かります。コロナ前と比べてLCCも随分と値段が高騰し、台北のホテルも高くなりました。早く円安から円高になって欲しいと旅行者としては考えてしまいます。
大晦日の朝早く、病院に電話をかけて入院患者さんが落ち着いているのを確認しながら飛行場へと向かいました。昨年末に7年ぶりにiPhoneを買い替えたのでeSIMが使えるようになり、海外でもSIMカードを入れ替えることなく使うことができます(超嬉しいです😉・・・7年の進化を感じたのは地図アプリが結構サクサクと使えることができた事でした)。
2025年(令和7年)、明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。今年も宜しくお願い申し上げます。
今年も日本や世界で色々なことが起きるでしょうが、それを乗り越えて飛躍出来る年になれたら嬉しいです。
今年は巳年🐍となります。 これについて調べてみると、なんとなくいい感じの1年になりそうで期待したいです。私達が諦めずに夢や希望を持ち続けているときっと良い方向に進むと信じています💪
巳年は、脱皮を繰り返して大きくなる蛇のイメージから、復活と再生、新しい挑戦や変化への前向きな姿勢を意味するようです。また、植物に種子ができはじめる時期や次の生命が誕生する時期など、新しいことが始まる年ともいわれています。 本当に明るい未来へと変わって欲しいものですね。
今年も細々と医療や旅行、生け花について記載してゆく予定です。どうぞ今年もお付き合い下さい🙇💝
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