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2024年6月

2024年6月30日 (日)

オーストリア・チロル地方:ラッテンベルグ(Rattengerg)観光No2

前回のオーストリア・チロル地方:ラッテンベルグ(Rattengerg)観光の続きとなります(→ラッテンベルグ観光No1)

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チロル地方はドイツのバイエルンやイタリアとの国境に近いため、もともとチロル伯爵の領土であった部分は現在のオーストリアやイタリア領土に分割された複雑な歴史を持つ場所となっています。ラッテンベルグは1504年までバイエルンの支配が続きその後オーストリアになり、銀の産出と交易で栄えました。オーストリアで1番小さな市と言われるのですが、これから紹介する教会や街並みはかなり裕福だったことを忍ばせてくれました。

しかし17世紀に銀が枯渇すると発展から取り残されていきました。そのために逆に中世の街並が現在までほぼ完全な形で残った観光の街として知れ渡っています。また中世から続いた硝子工芸の町として知られています。

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前回のブログの「聖ノトブルカの泉」から小高い山を登り、教区教会とビーナー塔へと昇り町のパノラマ風景を眺めました。

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坂の途中で教会が見えて来ました。外観からは何処にでもある地方の教会のような雰囲気でした。ところが中に入ってみるとその豪華さにびっくりしました。
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教会の正面から見たところです。祭壇も天井がも500人の住民の教会とは思えないほど豪華です。これはやはり中世に銀鉱山で富を得ていた名残だったと思います。
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柱や天井が小国にパイプオルガンなど緻密で美しい教会です。
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豪華絢爛であることよりカトリックの教会であることは想像つきますし、キリストが十字架にかけられていることよりカトリックの教会であることが決定できます(→ 教会の見分け方
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正面の大きな祭壇と同様に右側にも規模は小さい(左側と比べるからですが)な祭壇があります。これも主祭壇です。規模は違えど1つの教会の中に主祭壇が2つある教会となっています。右側の小さい方も十分過ぎるほど豪華です。
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両方の主祭壇を入れるように写真を撮ると2つの主祭壇がある教会だとわかると思います。
それ程多くはありませんがこの教会のように2つの主祭壇を持つ教会を見つけることがあります。どちらかと言うと権力者と一般市民を分けたような(詳しくはないのですが)礼拝所を見ることはあるのですが、あからさまに同じ教会内に主祭壇が2つあるのはあまり経験がありません。
正面の大きな祭壇は市民用、右の小さな祭壇は銀鉱に出稼ぎに来た坑夫用とのことです。免罪符を出して罪が免れた中世のカトリックでしたので然もありなんかも知れません。それでも右の小さな部分を切り離しても立派な教会だと言えるほど素晴らしい装飾で飾られていました。
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2階に登るステンドグラスには聖ノドブルカが聖人として描かれていました。
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2階の階段に上がると聖ノトブルカの礼拝所があります。鎌が空中に留まったので鎌を持っています。ノドブルカのシンボルは鎌です
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ルルドのマリア様。洞窟のような部屋に入っていきます。ルルドのマリア様が祀られていました。そう、青いリボンを前に結んで下げているのはルルドのマリア様のシンボルです(→ルルドの泉)。ラッテンベルグとルルドがどのように繋がっているかは不明ですが、少女が奇跡を起こしたことでは共通点なのでしょうか?
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坂を曲がると先ほど見た教会の尖塔見えて来ました。もう少し上に登ることにしましょう。
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現在は殆ど城壁しか残っていませんが、昔は立派なお城が建っていたようです。
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城内にわずかに残る四角形のビーナー塔となっています。見張り台になっていたのでしょうか?
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名前を忘れてしまいましたがこのような銅像が立っていました。
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この景色を眺めるために遥々来たようなものです😊 イン川の麓にあるカラフルな中世な街です。

補足(イン川は、スイス・オーストリア・ドイツの3ヶ国にわたって流れる川で、ドナウ川の支川のひとつ。スイスのエンガディン地方を源泉(この地域はEnと呼ばれていたことよりイン川と命名)とし、ラッテンベルグの上流にはインスブルック(「イン川に架かる橋」と言う意味)があります。ドイツとの国境を北東へ進むと、ザルツブルグを流れるザルツアハ川も下流でイン川に合流します。このままドイツ南東部に位置するバイエルン州の都市パッサウにおいてドナウ川の本流に合流して、ヨーロッパを西から東へとむかい黒海に流れ込みます。その後はウィーンやブタベストなどの主要な都市を通るヨーロッパとイスラム社会を結ぶ重要な交易路ともなっています)

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イン川を辿ればウィーンなどに物資を運ぶことも可能だったのですね。
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ここの景色も晴れていたらもっと気持ちの良い風景だったかも知れません。8月後半のオーストリア中西部の気候は雨はそれ程多くはないのですが曇りが多く突然晴れて急に暑くなったりの気候でした。

オーストリアの綺麗な村に選ばれたアルフバッハへと向かいます。

2024年6月28日 (金)

今週の生け花(令和6年6月第4週)

6月ももう終わりですね。来週からは2024年も下半期に入ります(早い、早すぎる!😊)。今週もいつもの2階の小さなスペースに生け花が飾られていました。沖縄の暑さにも負けない力強い生け花たちです。

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トクサの太い茎が全体の形を整えています。今回の生け花は、温室を飛び出して野生の雰囲気を感じさせます。
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夏の強い日差しを浴びながら前に進む船団のように感じます。私は素人なので、どうしてこんなに生け花が繊細で優しげなものから、今日のように何かにぶつかっても動じないような強さを感じさせるものまで、いろいろあるのか不思議に思います。
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でも、一つ一つの花や葉をよく見ると、どれも優しげです。個性を観察するのはとても楽しいし、違いがあるのは素敵な世界です。
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<花材:トクサ、ピンクッション、姫ひまわり、クルクマ>

2024年6月26日 (水)

大腸内視鏡検査を受けよう🙏

今日のFM「いきいきタイム」は大腸癌について話をしました。それに関連してブログは「大腸癌の検診」について書いてみます。

日本は世界的に見ても胃癌の多発地帯でした。そのため多くの医療機関や国の政策にて、住民健診を始め企業や個人の人間ドックにも、多くの場合胃カメラかバリウムによる上部消化管検査が積極的に取り込まれて来ました。

ところが現在は胃がんは減少傾向で大腸がんは増加の一途を辿っています。

今や男女合計すると部位別にがんに罹る確率(罹患率)では大腸、肺、胃、乳房、前立腺(男性なら前立腺、大腸、胃、肺、肝臓の順、女性なら乳房、大腸、肺、胃、子宮)と変化しています。

また癌による死亡率で言うとがん死亡率順位で男女合計で肺、大腸、胃、膵臓、肝臓(男性なら肺、大腸、胃、膵臓、肝臓。女性なら大腸、肺、膵臓、乳房、胃)となっています。

現在は日本人で1番罹りやすい癌は大腸癌となっていますし、死亡率では、女性の第1位、男性で肺がんに次いで2位なのです。

この様な状況をみると、少なくとも胃カメラと大腸カメラの検査数は同数程度ないといけないと思うのですが、実際は胃カメラと比べて1/3程度としか行われていません。

 

内視鏡メーカーのアンケートで大腸内視鏡検査を受けない理由を聞いたところ、「自覚症状がない」「つらそうだから」「必要性を感じていない」が上位で、その他としては「他の検査を受けているから」「検査の対象年齢(40歳以下)でないから」になっています。

Th_大腸内視鏡検査は下剤をかけた後に、肛門から内視鏡を挿入しますので、胃カメラと違い「恥ずかしいから」を受けない理由に上げる場合もあります。 これに関して私が考えたよりも男女間にそれ程の差が無かったこと、女性に関しては年齢別に大きな差が無いのも、私の偏見だったと反省しました。男性では恥ずかしいからが5.6%で女性では9.0% 女性の年齢別では20代、30代、40代、50代、60代以上で、6.6、8.3、11,2、10.9、9.3%となっていました。

 

 

実際やった経験者では胃カメラと大腸カメラでは53%、48%はつらくなかったと答えています。私自身の経験では90%以上の方はきつくなかったと答えています。

大腸がん検診で大きな流れとして、便潜血検査と大腸内視鏡検査があります。日本で多く行われている1日法による便潜血免疫法検診を毎年受診することで大腸癌死亡が60%減ると報告されています。ただ1回の検査においてはがんがあっても便潜血陽性となるのは30〜90%とまちまちであることに注意が必要です。 それと比べて大腸内視鏡検査のがん発見率は95%以上となり、極めて有効な検査法です。

このブログを読んで頂いた皆様方に対して、是非40歳以上では最低5年に1回以上大腸内視鏡検査を行って欲しいと思います(もちろん何か所見があれば医師の指示に従って毎年がいい場合もあります)。

大腸癌は日本人で1番急速に増えているがんの1つです。ただ他のがんと比べて予後がよく、早期発見では95%以上が治癒します。 逆に言えば治りやすいがんの1つですのにがん死亡率でトップになるのは検査を行わない方が多いことも原因です。 そのため進行して初めて検査を受けた方が多く、既に全身に転移していることも多いのです。 早期発見早期治療に勝るものはありません。

臨床医の私としては、どうか自分のため、家族のために怖がらず、恥ずかしがらずに検査を受けて下さいますよう是非お願い致します。

2024年6月23日 (日)

オーストリア・チロル地方:ラッテンベルグ(Rattengerg)観光No1

(今日6月23日は沖縄慰霊の日です。終戦から79年目となります。あの沖縄戦でお祖父さんやまだ中学や高校生だった叔父さんを亡くしました。若い叔父さん達はあの戦争がなければこれから進学して新しい道を歩んでいたのだろうと考えてしまいます。私は戦争のない時代に生きて、世界を旅して回れる幸せをもう一度心に留めたいと思うのです。誰も得しない愚かな戦争が無くなることを願う1日です)

私にとっては何となくチロルチョコのせいか馴染みのあるチロルとういう言葉です😅 これまで知りませんでしたが調べてみたらこのチョコの名称はオーストリアのチロルからネーミングしたとのことですのであながち私の想像も間違ってはいませんでした😃

チロル(Tirol)とは、オーストリアとイタリアにまたがるアルプス山脈東部の広域地名です。氷河・森林・牧草地からなる自然景観で知られる風景明媚な地方です。前述の会社が2002年に社員旅行でオーストとリアのチロルを訪れた際は、日本へチロルの名を広めた功績に対して現地の州観光局より感謝状が贈呈されたとのことです。

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Wikipediaによると「チロル、ティロール(独: Tirol、英: Tyrol)」は、ヨーロッパ中部にある、オーストリアとイタリアにまたがるアルプス山脈東部の地域である。大部分の住民はドイツ系(バイエルン人・アレマン人の一部)で、イタリア側においても初等教育よりドイツ語が使用されている。中世以来ハプスブルク家の所領であった「チロル伯領」にあたる地域で、第一次世界大戦後にオーストリアとイタリアに分割され、今日に至る」となっています。 恐らく国は分かれていますが、このチロル地方に入るオーストリアとイタリアでは似た習慣や風習が今も息づいているのかも知れません。

25年以上前にインスブルックには出かけたのですが、ザルツブルクの3日間の滞在の中日をインスブルックを含めたチロル地方の観光に当てるつもりで計画を進めました。 私の年になると段々ともう2度と訪れることは無いだろうと考える場所が増えて来ました。 大都市は今後回る機会もあるかも知れませんが地方を観ることはないのではと考える中でチロル地方のラッテンベルグ(Rattengerg)とアルプバッハ(Alpbach)を経由してインスブルックに入ることにしました。

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ザルツブルク中央駅を朝早く出発です。駅や空港などは旅人にとってはワクワクする場所です😘
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乗り込む電車が入って来ました。ラッテンベルグ観光に便利なウェルグル駅まで1時間半ぐらいありましたので、車窓を眺めながら駅で買ったパンとコーヒーで朝食を取りました。移りゆく景色を眺めながら食べる食事はそれだけで幸せな時間となります😍

地図で見ての通りオーストリアのチロル地方はドイツとイタリアに囲まれた細長い領域のようです。直ぐ南に行くとイタリアとなります。
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時代背景は分かりませんが、アルプバッハ渓谷地域にあるラッテンベルクは昔から市に指定されているそうです。オーストリアで一番小さな市となっているとのことでした。わずか約11 ヘクタールの土地に住民も約500 人程度しかいないながらラッテンベルグ市となっています。しかしながらイン川とシュロスベルクの間にこの小さな街には文化的宝物が溢れていました。 中世の魅力に加えて、さまざまな見どころがあります。
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街の入り口にHandwerkskunstmuseumという美術館がありました。中には入っていませんので分かりませんが、説明によると元々は石の壁を削って建てられた家でしたが現在では当時の様子を展示品として見られる博物館になっているそうです。そう言われると岩を削った感じがしましいた(笑)。



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現在のラッテンベルクはガラスの街として有名なようです。 この地域ではあらゆる形態のガラス芸術が長い間伝統工芸品であったため、その工房がメイン通りに並んでいます。ガイドブックにも載っていた有名なKisslinger Kristallglas (キスリンガー)というお店を覗くことにしました。ここはもちろんガラス製品の展示と販売を行っていますが、中で実際のガラス工芸品の作成を観光客向けに見せてくれる体験も出来ます。 修学旅行生になったつもりで訪ねてみました。

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店内には様々なガラス製品が展示されていて、観るだけでも楽しめます。
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2階の奥のガラスケースに入った商品は細かな細工が施され、値段もかなり高かったという記憶があります。郵送もしてくるようですので日本に送ることも可能かも知れません。
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敷地内に工房がありガラス玉吹きを体験することもできます。硬いガラスも熱するとアメのように柔らなり、筒の先から空気を吹き込むと風船の様に膨らんで来ます。それを回しながら次第に形を整えて行く行程を見せてくれました。

2024年6月21日 (金)

今週の生け花(令和6年6月第3週)

沖縄も梅雨が明け、これから本格的な長い長い夏が訪れます。今年は例年より梅雨入りが遅れて前半は少雨かと思われましたが、後半は凄い雨の量となってしまいました。何度となく大雨警報なども発令された今年の梅雨でした。

本土の方はこれから大雨の季節になると思います。折角ですのでジメジメとした場所から沖縄へ観光に来られたら嬉しいです。ただし沖縄県は恐らく7月中盤まで新型コロナウイルス感染症の増加しますので、対策も講じながら楽しんで欲しいと願っています。

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今週の生け花は夏に向けて明るい太陽の下で光輝くような生け花となっています。子供の頃にガマの穂で遊んだ記憶も蘇って来ました。
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がっしりとした岩のような花器に濃い青のグルクマの葉に対して、グロリオーサの花が軽やかな空気の中で舞っているように感じる生け花達です。
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今回は目立ちませんが、花器の上には蕾のリンドウが愛らしい姿で生けられていました。何となくリンドウは夏の終わりから秋の初めをイメージしますので、開花まではもう暫くお待ち下さいと言いたくなってしまいます(笑)。
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<花材:ガマ、グロリオーサ、クルクマ、リンドウ>

2024年6月16日 (日)

ザルツブルク(写真+タイムラプス動画)

40年近く前の私の初ヨーロッパはウィーンとロンドンでした。その後短期間ですが3回ほどドイツや中央ヨーロッパとのセットで旅したことはありました。しかしながらオーストリア単独の旅行は今回が初めてでした。ザルツブルグ観光も初めてで、8月の旅行と重なり念願のザルツブルグ音楽祭も観ることができました(ラッキーでした)。

ザルツブルグの宿泊も素晴らしいロケーションの場所でした。ザルツブルグの旅行記の最後に動画を作成しました。またいつか行きたい場所の一つになりました。少し長いのですがご覧いただけたら嬉しいです(4Kにしていますので可能でしたら大画面でどうぞ・・😉)

 

2024年6月14日 (金)

今週の生け花(令和6年6月第2週)

これまで沖縄地方は例年より梅雨入りも遅れて余り雨の量も多くなかったのですが、今週は梅雨の後半の豪雨となっています。土砂災害も懸念されます。那覇市の方では2日前は雨と共に夜から雷が凄くて眠れない方も大きいました(私も時々目を覚まして熟眠感が無かったです)、その次の日は豪雨の為に夜間3時頃に豪雨警報がけたたましく鳴ったために眠りが中断されてしまいました。病院の職員や外来患者さんも眠いですと話す方が多かったです。幸い昨日も雨でしたが警報もなくて眠ることが出来ました。

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いつもの2階の小さなスペースに生け花が飾られていました。ここは外界とは関係なく穏やかな日が続いています。丸い黄色い花器と向日葵が生えます。
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上方にスッと伸びた房すぐりの赤い実が可愛らしいです。葉っぱの横からチョコンとでた赤い実・・思わず取って食べてしまう衝動に駆られます(私ももう十分に大人ですのでそのようなことは致しません😅)・・食べても毒ではないようです。

フサスグリの開花は4~5月で、その後には直径5~8ミリほどの小さな果実が房状にできて6~8月に熟するとのことです。果実は赤あるいは白に熟する2種類があるようです。赤い実が美味しいと想像していたのですが、赤い実は酸味が強過ぎて生食に向かないそうです。加工してジャムやスイーツのデコレーションに、色合いと香りが良いため果実酒にすることも可能だそうです。

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全体的にはスッキリとした今週の生け花ですが、個々の花を並べると実に個性的で全く違う印象です。それが1つの作品に変わるのですから生け花は実に面白いです。
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沖縄は梅雨の終盤ですが、これから本土では梅雨が本格化すると思います。土砂災害などが起こらないことを願っています。
<花材:房すぐり、向日葵、トルコギキョウ>

2024年6月12日 (水)

赤血球の役割と一酸化炭素中毒

今日のFM放送は貧血ついて説明しました。赤血球の主な働きは全身に酸素を運ぶことです。これまでも沢山このブログで書きましたので全然違う視点で赤血球の役割について記載します。

今回のブログは一酸化炭素中毒と赤血球の役割について説明します。

毎年のように、この冬場は ガス湯沸かし器やストーブの不 完全燃焼によって一酸化炭素の発生量が急激に増えることにより中毒事故となり、毎年多くの方が亡くなっています。 物が燃えるためには酸素が必要です。当 然、私達の呼吸も酸素が重要です。 多くの方が、よく勘違いしていることがありますので、話を加えます。

  一酸化炭素中毒による死亡事後では、ストーブを燃やしたために部屋から酸素が全て無くなってしまい、酸欠となって死んでしまうと言う訳ではありません。 

 なぜ部屋の中に酸素がないわけでもないのに、この様な酸欠事故が起こります。

一酸化炭素は酸素よりも約250倍も赤血球中のヘモグロビンと結合しやすく、その上、離れにくい性質があります。 それによって一酸化炭素が多い環境では、酸素が在ったとしても、呼吸することで一酸化炭素が赤血球とくっつき体内に入ることで、血液の酸素濃度が減り酸欠状態となって、死亡したりするのです。

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 また炭鉱での爆発事故や地下空間や井戸などで換気が悪い場合に一酸化炭素は蓄積してしまうのですが、一酸化炭素は無色・無臭のため、一酸化炭素の貯まっていると分からずに誤って、喚起の悪い穴や井戸に入り、突然人が倒れてしまいます。

一緒に作業していた人などは目の前で仲間が倒れるわけですから、それを助けようと直ぐに中に入る行動をしてしまいます(知識で止めない限りは当然このようにするはずです)。 しかし、一酸化炭素がある環境に入ると次々と一緒に倒れてしまうこともあるのです。

→このような作業環境で働く労働者には、何度も危機管理教育を行って対応策を学んで欲しいと願っています。

閉じた井戸や、深い穴に入る場合は、十分に喚起を行った後に作業をしなければいけないのです。

(追記)

一酸化炭素は化学式COでガス比重(対空気)は0.967で空気より軽いです。人体には少量でも命の危険がある、毒性の高いガスです。☞煙も一酸化炭素も上に先に上がりますので、火災の時には出来るだけ身をかがめて外に出るようにしましょう!

一方、二酸化炭素は化学式CO2、常温常圧で無色、透明、無臭の気体であり、完全燃焼によって発生するガスで、化学的にも極めて安定した気体であり、地球の環境中ではごくありふれた物質です。ガス比重(対空気)は1.529で空気より重いです。毒性も弱く、かなりの高濃度でない限り人体への影響は限定的です。

2024年6月 9日 (日)

ザルツブルグの夜景(➕老舗チョコレート店(フュルスト)も紹介)

私の旅行は朝から夜まで、全力で1日中楽しむことをしています。時間貧乏ですので、旅行中オイオイと寝て入れないのです😅 旅行のために土日もなく1年中働いていますので旅行の時間がもったいないのです😂

今回も旅行するには最適な場所の宿泊施設ですので、直ぐに歩いて綺麗な景色を見ることが出来ています(本当に贅沢なことだと感じています)

ヨーロッパの綺麗な街は何処も夜のライトアップされた風景がこれまた美しいです。私は食べたり飲んだりに興味がなく、その時間があったら街を歩いています。 

それではご一緒にザルツブルグの夜の街歩きをやってゆきましょう😃

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今回どうしても泊まって見たかった宿泊施設からの眺めです。この光景を見たら私が泊まりたかった理由も皆様方に伝わるかも知れません。今回3日間の宿泊を提供してくれたマダムにも感謝です(→最高のロケーションの宿泊施設)。
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夜も勿体ないいので、夜の街歩きに出かけました。とても治安の良い街で危険を感じることは全くありませんでした。
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エレベータを降りて、目の前の大学広場の周りのショーウインドーを除くと昼間は気づかなかった土産品が並んでいました。
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直ぐ裏手のゲトライデ通りへ向かいました。

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ゲトライデ通りはザルツブルグで一番の人気の通りで高級ブランドのお店や「モーツァルトの生家」もここにあります。流石に21時を過ぎると静かになっています。
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1階のショーウィンドウを眺めるのも楽しいのですが、軒にある看板もオシャレで一見の価値があります。


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メンヒスベルグの丘へ向かう通りをも整然としています。
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メンヒスベルグの丘の岩肌がライトアップされて怖いぐらい間近に迫ってくるようです。
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馬の洗い場の反対側にある有名なチョコレート老舗のフュルスト(Fürst )がありました(後で詳しく説明します)
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馬の洗い場の夜の雰囲気です
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馬の洗い場からザルツブルグ音楽祭の祝祭大劇場を通ると、正面に聖ペーター教会の尖塔と奥にホーヘンザルツブルグ城が見えて来ました。
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ザルツブルグ大聖堂の前の広場はザルツブルグ音楽祭で野外コンサート場として使用されましたが音楽祭の終了と共に解体作業が進んでいました。
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丸い球体の上に立っている方も夜も頑張っています😂『お勤めご苦労様です・・』
この大きな金色のポールの上に一人の男性がポツンと立っています。中世の面影を残すこの広場に置かれた彫刻は最初見た時には違和感があったのですが、たった3日間の滞在で気にならない存在に変化していました。ドイツ人彫刻家シュテファン・バルケンホールの作品となっています。私は全く彼のことは知りませんでしたが、人物や動物、建築などをモチーフに、1本の木から台座ごと掘り出す人体彫刻、その背景としての役割を担うようなレリーフなどの彫刻作品を制作しているとのことです。国際的にも有名で日本でも個展などを開くほどの有名な彫刻家とのことです(知らなくて🙏)。

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ザルツブルグ大聖堂の横にあるカビテルプラッツからもライトアップされたホーヘンザルツブルグ城を見ることが出来ます。
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カピテル広場の端の池にはポセイドンの彫刻があり、昼間よりも夜の方が湖面に反射して雰囲気が出ています。
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夜の池は反射があって水面から浮かび上がる風景も幻想的となります。
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どの通りか忘れました、このような迷路のような場所も一瞬ありますが、そこを通り過ぎると見慣れた風景が出て来ます。
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カフェフュルストは、ザルツブルクのお土産として大人気であるモーツァルトクーゲル発祥のカフェとしても有名です。このお店の中でアップルシュトゥルーデル、リンツァートルテなどの有名のケーキとコーヒーを楽しみたかったのですが時間が合わず夜の写真のみです。
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ザルツブルグに4箇所(調べた範囲ではですが・・)の店舗があるようです。食べ物にあまり興味のない私でもモーツァルトとの絵がらが書かれた丸いチョコレートは空港などでもよく見かけました。日本でもすっかりおなじみ、オーストリア土産の代表となっている「Mozaltkugel(モーツァルト・クーゲル)」の老舗を訪ねてみよう。

1890年にここでチョコレートを使ったお菓子を考案したのが、「Fürst(フュルスト)」だったそうです。

最初はモーツァルトボンボンと呼ばれていました。ドイツ語でボールを意味する「クーゲル」の名の通り、ヘーゼルナッツクリームやアーモンドを混ぜてペースト状にしたマジパンを丸めて、チョコレートでコーティングしたお菓子です。

 

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上の写真の様に元祖モーツァルトクーゲルの包みの色を見て下さいね。違いが分かる人はお分かりかもしれません。銀色の包み紙に青いモーツァルトがデザインされているのがフュルストのものとなっています。空港などでたくさん売っているのは青以外の赤色などになっています。 まあ食べ比べしていませんが、FurstのMozartkugelは見た目よりも甘くなくてコーティングのチョコの味も美味しかったです。旅行で買い物をしないのですが、ここでは自分たちのお土産のチョコをいくつか買い求めました。
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オーストリアには日本でも有名なチョコレートがいくつかある様です。私は全く知りませんでしたがザルツブルグの夜景の写真の中に上の写真もありましたので載せておきます(どんな店か分かりません🙏)


 

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ホテルザルツバッハの隣にあるカラヤンの生家です。その庭にはカラヤンの銅像が置かれていて、ライトアップされた影は如何にもこれから演奏を始めそうな雰囲気でした。
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最後にザルツァハ川の整備された歩道を歩きながら旧市街地を眺めています。こんなことが可能なのはザルツブルグが治安が良いからで、女性でも一人で歩ける雰囲気です。
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旧市街地が世界遺産のザルツブルグです。この風景も目に焼き付けたい1つとなりました。
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宿泊のある、大学広場もこの時間になると屋台もなくなり静かになりました。ザルツブルグは流行り行って良かった観光地でした。感謝!

2024年6月 7日 (金)

今週の生け花(令和6年6月第1週)

6月に入り、沖縄地方は梅雨の真っ只中だと思うのですが、今週は比較的晴れの天気が続いています。6月の声を聞くと何となく今年も半分近くになったと頭の中で考えてしまいます。何もしてないのに時間だけが過ぎ去るようで焦りを感じてしまうのもです。今年の目標はなどと大それたことを考えないのですが、それでも6月の声を聞くと何も前進していない現実を憂いてしまうのです😂

これまで沖縄県では5月の連休を明けたぐらいから新型コロナウイルス感染症の増加が起こり、6月7月にかけて激増して医療逼迫に追いやられました。今年も例年と同じ様なカーブで増加していると沖縄県から情報がありました(☞沖縄県R6年6月コロナ情報

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新型コロナウイルス感染症の入院患者さんも増加しており気になるところです。私の憂いをよそに今週も2階の小さなスペースにお花が飾られていました。ありがたいことです🙇
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向日葵があるだけで、グンと夏に近づいた気になります。今週は梅雨にも関わらず晴れていてまた気温も低めでしたので過ごしやすい那覇市でした。 生け花も見つめてると夏が近づいたことを伺わせてくれます。
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お花達は皆元気です。私も下を向かずに頑張りたいと思える今週の生け花たちです😉
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<花材:油ドウダン、ひまわり、カーネーション、スプレーカーネション>

2024年6月 5日 (水)

鼠径ヘルニアの病態と手術

今日のFM放送は2年ぶりにヘルニアについて話をしました。前回と殆ど同じ内容でしたので、ブログも前回と同じで特に代わりばえはありません😅

皆さんヘルニアって 聞いたことありませんか?  恐らく、よく聞く病名の1つだと思います。 しかし 皆様の中でも、それぞれが個人によって全く違う病態を想像されている場合があるのだろうと、私は考えています。と言いますのも、医者の仲間でもその専門領域によってヘルニアと言っても全然違う病名について話す場合もあるからなのです。 

整形外科医ならヘルニアと言えば椎間板ヘルニア、脳外科医なら脳ヘルニアを、小児科な臍ヘルニア、鼠径ヘルニアを、外科医なら鼠径ヘルニア、腹壁瘢痕ヘルニア、消化器内科なら食道裂孔ヘルニアなどをまず真っ先の思い浮かべる訳なのです。

 リスナーの皆様が 腰を痛めたことのある方は腰椎椎間板ヘルニアを思い浮かべるでしょうし、お子さんがいて脱腸やデベソで手術をした経験をお持ちの方は、鼠径ヘルニア、臍ヘルニアを思い浮かべるかもしれないのですね。

そのような謎を解くためにも、まずヘルニアという言葉の定義を述べてみます。ヘルニアとは臓器またはある組織が、元々あった場所から、直接その横から飛び出すことを言います。

ですから・・・何とかヘルニアなど沢山の病名が存在し、それを区別するため、飛び出した臓器や場所を頭につけて病名として区別している訳なんです。 たとえば足の付け根、「また」のところは医学用語では、鼠径部といいますので、その場所にお腹の腸などが飛び出すことを鼠径ヘルニアと言っています(俗に言う脱腸です)。お臍の部分が飛び出すのはお臍の部分は臍(サイ)といいますので臍ヘルニアと呼んでいます。

腰椎には椎間板という腰の骨と骨の間のクッションの役割をする組織があり、それが重いものを持ったときなどで飛び出してしまい神経を圧迫して痛みなどを来す場合があります、ではこの場合は 何ヘルニアと呼びますか?・・・・  

そうです👍 椎間板ヘルニアといいますね。腰の骨の部分なら腰椎ですから、もっと詳しいことを言うと、腰椎椎間板ヘルニアと言うことになるわけですね。お聞きになった皆様も、急に医学用語が使いこなした気になりませんでしたか? 

沢山あるヘルニアの中で外科で対応する機会が多いのは鼠径ヘルニアになります。

俗に脱腸と言われている鼠径(そけい)ヘルニアは子供の病気と思われていますが、実際は子供よりも成人に多くみられます。しかしその発症のメカニズムも治療・手術方法も子供と大人の場合では異なってきます。


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<鼠径ヘルニアの手術方法 >

(小児期を除いて)鼠径ヘルニアと診断されたら治療法は手術しかありません」ので手術の時期のご検討をされて下さい。

おおよそ、小学校入学までに起こる小児の鼠径ヘルニアは先天的に鼠径部のヘルニアの通り道が通常より大きいために起こります。 それに対し大人ではヘルニアの通り道の筋肉を含めた周囲組織が緩んできてヘルニアが発生します。 子供の場合はヘルニアの出口を縛ってしまえば手術は終了で、筋肉をよせたり補強する必要はありません。


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大人では基本的にメッシュという補強用の布を使用して、広がった穴(ヘルニア門)をカバーして修復する手術を行います。そけい部の皮膚を切開して、直接上方から腹膜の上まで剥離してからメッシュを挿入して補強する方法と、腹腔鏡を使って、お腹の中からヘルニアの入り口をメッシュを被せて塞ぐ方法が主流です。


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直達法で行うか腹腔鏡で行うかは、それぞれ一長一短がありますので、担当医と相談して方法を選択されたらいいと考えます。外科医に取っては両方の手術を理解しないといけないと考えます。

最近は何でもかんでも腹腔鏡とかロボット手術に目が向きますが、老外科医の視点からするといつでも開腹や直達法などが出来ないといけないと思うのです。それぞれにメリット、デメリットがありますが、緊急事態(突然の出血、あるいは装置の故障など)で命を救えるかどうかも外科医の経験と技量にかかる場面もあるからなのです。

2024年6月 2日 (日)

ザルツブルク音楽祭(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とボストン交響楽団を鑑賞)

ザルツブルグは旧市街地が世界遺産であり、サウンド・オブ・ミュージックの街、そしてモーツァルトの街でもあります。またザルツブルクは、国際的な文化シーンにおいてザルツブルグ音楽祭としても有名です。春と夏に催されるのですが、特に毎年夏に開かれるザルツブルク音楽祭は世界中から多くの観光客を引き寄せ旧市街を大きな舞台に変身させる世界的なイベントとなっています。

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ザルツブルグの公式ガイドブックによると「ザルツブルク音楽祭:ビッグスターが集う国際文化祭」と銘打っています。


「街全体が舞台」~ザルツブルク音楽祭の創設の父であるマックス・ラインハルト、フーガー・フォン・ホーフマンスタール、リヒャルト・シュトラウスは、100年前の企画意図をこのように表現しています。彼らの願いは叶い、現在でも引き継がれています。国際的な舞台スター、セレブリティ、エリートがザルツブルクに集うことで、ザルツブルクは音楽祭の期間に「時間のメタモルフォーゼ」を遂行しています。いつの間にか、ザルツブルク音楽祭は世界で最も重要な舞台芸術のフェスティバルの一つに数えられるようになりました。この成功は、「オペラや演劇、コンサートの比類のないコンビネーションによる幅広い芸術的オファー」、「文化と休暇のコンビネーション」、「ユネスコ世界遺産の街ザルツブルクの特別な雰囲気」の3つの柱によるものです・・・知ったか振りで書いていますが、このように書かれていました😅




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私の旅行は50代後半になって再開したのですが、2023年の旅行では8月後半にヨーロッパ旅行の日程となりました。8月の旅行は30年ぶりだったと思います。8月にヨーロッパと思い浮かべたのが、かねてから行きたかったザルツブルクでした(これまでは音楽祭ではなく「サウンド・オブ・ミュージック」の世界を観たかったのが主な理由でした)。
私の初めてのヨーロッパ旅行は20代で訪れたオーストリアのウィーンでしたので、今回で3回目のオーストリアとなります。今回はザルツブルク音楽祭が観られる8月後半となりましたので、ザルツブルク音楽祭の公式ホームページを時々チェックしていました。8月29日から8月31日の3日間ザルツブルグ滞在としました。 8月30日はインスブルックなど近郊に出かける計画で8月29日と音楽祭の最終日の8月31日のチケットを狙っていたのです。 公式ホームページで予約ができるようになると直ぐに申し込みをしました。
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8月29日はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のチケットを購入出来ました。ウィーン楽友協会大ホールに本拠を置くオーケストラで毎年のようにニューイヤーコンサート が日本でも放映されています。宝くじに当たるほど入手が困難でしょうが、ニューイヤーコンサートを一度は楽友協会大ホールで 聴きたいと願う世界中のファンは多いはずです。


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ザルツブルク音楽祭最終日の8月31日はNelsons指揮のボストンシンフォニーオーケストラのチケットを無事購入出来ました。
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折角なので値段は高かったのですがグリーンで示された前方の席で入力しました。申し込みの時点では席を自由に選ぶことは出来ません。間もなく公式サイトから私達の座席とバウチャーがメールで届きました。なんと上の座席表で示すたように前方2列目3列目のほぼ真ん中となっていました。音響的は分かりませんが、この位置ですと演奏者の顔や息遣いも分かる座席となります。
8月29日のウィーンフィルはJakub Hrusa指揮によるコンサートで、若手で有望な指揮者の一人だと思います。ドヴォルザーク_ 交響曲第8番 ト長調 Op.88、ブラームス:ピアノ協奏曲第2番となりました。子供の頃よりピアノなどはよく聴いていました、クラシックが理解できるほどの音楽性は身につけていませんので、演奏会の解説はできません。ただ言えることは現場でしか聴けない音響があることは確かなことだと感じています。素晴らしい演奏でした。
8月31日は2023年のザルツブルグ音楽祭の最終演目となり、少し早めの開演となりました。ボストン交響楽団は小澤征爾さんが長年音楽監督をしていましたので日本人も馴染みのある楽団だと思います。彼がいたせいもあったのでしょうか、楽団員に多くに黄色人種がいたのも印象深かったです(曲とは関係ないのでどうでもいいかな😅)。Andris Nelsons指揮のボストン交響楽団の演奏です。バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版) I.ストラヴィンスキー作曲の曲目とJOHN WILLIAMSのバイオリンとなっています。私にとってはJOHN WILLIAMSのバイオリンについてはすごく有名で上手い方と存じ上げていますが余り好みではありません(強弱が強すぎて心臓がドキドキしてしまいます🙏)。それでも素人の私にとっては最高の贅沢な舞台で聴くことができて感謝しかありません♡ Andris Nelsonsさんは次第に太って来たので医者目線でもう少しダイエットした方がいいのではと妙なところが気になりました。


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左の奥がザルツブルク音楽祭のメイン会場の祝祭大劇場となります。左手前がサウンド・オブ・ミュージックでトラップ一家が聴衆の前で音楽を披露した「フェルゼンライトシューレ」となります。その会場からハラハラドキドキしながら無事トラップ一家がアルプスの山越えをしてスイスに亡命するシーンで映画が終わりました。
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開場前には世界中から着飾った老若男女が集まって来ました。私も珍しくネクタイ姿で臨みました😊
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どなたか分かりませんが時々ベンツなどに乗った方々が開場の前で降りて中へと入って行くのが確認されました。降りたら人だかりが出来る訳ではありませんので、私が見た方々は超有名人ではないのかも知れません(金は持っているかも知れませんが・・😸)
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マナー違反になるのかも知れませんが、団員がいなくなった間に座席から舞台を撮ってみました。これぐらい距離から音楽が聴けて最高でした。音響的にどうかは分かりませんが、指揮者や楽員の顔や仕草も観れるので素晴らしい経験でした。
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休憩に入った時に振り返った写真です。2階席はどんな風かと思ったので、トイレ休憩の時に中に入ってみました。
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2階の正面はボックス席になっていました。誰もいないので写真を撮りました。成る程このように見えるのですね😊
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8月29日の演奏が終了したのは22時頃となります。このような雰囲気で会場を後にしました。二三枚ピンボケした写真がありましたので、記載します。許可は貰ってないのでピントが合っていたら写った方に申し訳ないです😅
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このように華やかな感じでザルツブルク音楽祭のコンサートは終わりました。私達の宿泊施設はここから徒歩3分程度ですが、少し散歩をしながら帰ることにしました。初めての貴重な経験になりました。それ程敷居が高い訳ではありませんので、ゆったりと楽しむことが出来ました😉 

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