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2022年11月20日 (日)

ジュネーブ市内観光2(宗教改革記念碑〜国際連合欧州本部)

ジュネーブ市内観光の続きです(→ジュネーブ観光1)。 サン・ピエール大聖堂を見学後、市庁舎からジュネーブ大学に接したパスチョン公園にでました。 丁度中央部は長い壁があり、その上は僅かに高台にあるためジュネーブの旧市街が眺めるは絶好の場所かも知れません。 
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この場所にはなんとも長いベンチがあります。こんなに長いのは必要ないなと思っていたのですが、実はこのベンチはギネスに認定されている「世界一長いベンチ」なのだそうで、その長さはなんと、全長126mにあるそうです。もう少し気にかけていたらベンチの1番端の方から角度を変えて写真に収めていたかも知れませんが・・😅

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長ーいベンチから下に降りてゆくと、そこには長ーい壁があります。そこには壁に文字や人物の彫刻が建っています。宗教改革記念碑と呼ばれています。この記念碑そのものは比較的新しいものです。記念碑の建設は1908年に始まるも、第1次世界大戦の影響もあり完成したのは1917年だそうです。ジュネーブを本拠地として活動したカルヴァン生誕400年を記念して作成されたとのことです。予算はスイスやプロテスタント諸国の私的・公的財団からの寄付で建てられたとのことです。 キリスト教徒でない私にとってはジュネーブ旅行の1つのモニュメントでしかありませんが、キリスト教のプロテスタントの人々にとっては重要な場所ともなっているようです。

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中世ヨーロッパにおいてローマ教会の権力集中や腐敗に対して、意義を唱えて抗議(プロテクターリー)し変革を求める宗教改革が16世紀から17世紀に起こります。 昔習ったことのある歴史の本では確かドイツの神学者のマルティン・ルターによる宗教改革が記憶に残っていますが、ジュネーブもその中心的役割を果たしたようです。この宗教改革の嵐の中で、ジュネーブはジュネーブはプロテスタントの地位を確立し、ヨーロッパの他地域に住むプロテスタントが安心して亡命できる場所として、多くのプロテスタントの人々を受け入れて、プロテスタント教徒の1大聖地となっていった歴史があります。
大雑把な豆知識として<イエスとその弟子たちによって広められた「キリスト教」が色々な迫害を乗り越えて313年にローマ帝国の国教となり世界に広がって行きます。しかしその途中でローマ帝国が東西に分裂した煽りで、1054年にキリスト教も東西に分裂します。歴史的に「大シスマ」と呼ばれキリスト教も「東方教会」と「西方教会」に分裂します。東方教会は現在の「正教会」のことで、東ヨーロッパやロシアで多く信仰され、ロシア正教とかギリシャ正教など〇〇正教の名前で呼ばれています。一方西方教会はローマ(バチカン)を本部として西欧諸国で信仰されます。その後に西方教会内で教皇への権威主義や金権体質に対して異を唱える宗教改革が起こり、その一派は抗議を唱えたために「抗議」を意味する「プロテスタント」と呼ばれることになります。これに対してこれまでのローマ教皇を頂点とするキリスト教は「ローマ教会」「ローマ・カトリック教会」とか単に「カトリック教会」と呼ばれています(カトリックとはギリシャ語で「普遍的」とか「世界的」というカトリコスが語源)。西暦500年ごろに 「 キリストが復活した年」を遡って西暦の0年として今の西暦が制定されることになります。現在では、キリスト紀元歴は「主の年」を意味するラテン語、anno domini の省略形である A.D. が使われています)>

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この宗教改革記念碑の中央にはこの教義を広めた中心人物4名が並んで配置されています。左から、ジュネーヴの著名人、ギヨームファレル、最初に宗教改革を説いたジャンカルヴァン、セオドアベザ カルヴァンの後継者ベーズ、スコットランドの牧師ジョンノックの4人の偉人が立ち並んでいます。私は知りませんでしたが、ジュネーブは「プロテスタントのローマ」とも呼ばれているとのことです。


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ジュネーブ大学校内にある宗教改革祈念碑から公園内を通り、旧市街を散策しました。
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奥の大きな建物はジュネーブ大劇場(Grand Théâtre de Genève) となります。 手前に建つ像はスイス初の将軍となった英雄「ギョーム・アンリ・デュフール(Guillaume Henri Dufour)」の騎馬像となります。この辺りがジュネーブ旧市街地の中心かも知れません。周りは色々な大きな建物が並んでします。 


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ヨーロッパ国連本部の移動のバス停に向かうために、街の中を散策しながら写真を撮っていました。このタワーのある場所を中心に周囲は、ブランドに興味ない私でも知っているカルティエ、ディオール、ルイ・ヴィトンなどの店舗が並ぶブランド店街になっています。その場所が何処なのか分からないままでしたが、どうも上の時計があるタワーは英名はモラード・タワー(The Molard Tower)のようです。14世紀に軍事用タワーとして建設されたのが起源。1591年に再建された後、改装などが行われ、最後の改装は1906~1907年に行われたと書いてありました。

この近くのバス停からバスに乗って郊外の欧州国連本部へと向かいました。

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バスを降りると国連本部の前の広場があり、有名な「壊れた椅子(英:Broken Chair) 」がありました。
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『壊れた椅子』は、スイス人芸術家ダニエル・ベルセ(Daniel Berset)による巨大な彫刻で、スイス・ジュネーヴのパレ・デ・ナシオン(旧国際連盟本部、現国連連合ジュネーブ事務所)前の広場に設置されています。このモニュメントは強烈なメッセージがあります。


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巨大な椅子は全部で5.5tの木材を使って作られれ、その高さは12mもあるそうです。4本の脚のうちの1本が折れているが見て取れるとおもいます。これは地雷やクラスター爆弾への反対を象徴しており、ジュネーヴを訪れる政治家にこれらの兵器のことを思い起こさせる役目を果たしている。

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広場から道を挟んだ建物が、欧州国連本部となります。こちらに行ったことがある方はなんか違和感があるのかも知れません。実は建物のポールには世界各国の国旗がずら〜と並んでいたはずです。旅行前にみた写真も国旗が舞っていました。
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世界の4箇所に所在する主要事務所のひとつで、ニューヨークの国連本部に次ぐ大きい事務所である。国際連合欧州本部とか国際連合ジュネーブ事務局とも呼ばれるそうです。

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カラフルな国旗が無いのは寂しい気もしますが、なければないで貴重な一枚かもしれません。国連に来たら近くのアリアナ美術館に寄ってみたかったのですが時間がないために、私は急いでアヌシーAnnecyと向かいました。
次回はジュネーブに来たら是非ともよりたかったフランスの景勝地のアヌシーAnnecyを紹介したいと思います。

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コメント

omoromachi様、こんにちは。
天気も良くて世界一の長い椅子も
映えますね。
昔教科書で習い、試験のために
「宗教改革=ルター」と覚えています
欧州国連本部はジュネーブにあった
のですね。今でも地雷やクラスター
爆弾で足を失う子供達も多いようで
ウクライナの戦況も気になるところ
です。壊れた椅子のメッセージが
多くの国に伝わって欲しいですね。
途中の豆知識も参考になりました
お忙しい中いつも有難うございます

院長先生
こんばんは。
今日もお疲れ様でございました。

ジュネーブがプロテスタントの発祥の地?だったのですね?
何も存ぜずでした!
キリスト教にも沢山の宗派があるのですね?
ヨーロッパの教会に行くとプロテスタント教会には偶像崇拝はなく
あっけらかんとしていたように思います。
ヴァチカンは凄いですね?戦利品?に溢れてますね?

ギネス登録の長〜いベンチにビックリ😍
そして大きな壊れた椅子にも驚き😲です!
表現が未熟ですみませんm(__)m
ここにも国連があるのも存ぜずでした!
ニューヨークの国連には沢山の国旗が
はためいてましたよ!

どのお写真も青空の元、とても綺麗です✌️
続きを楽しみにお待ちしております。

つくしんぼさん、こんばんは。

私も高校時代に「宗教改革=ルター」と丸暗記していた覚えがあります。やはり覚えることは必要ですが、実際にヨーロッパなどを旅行するようになって初めて歴史や地理が繋がってきた気がします。

国連はニューヨークの本部が真っ先に思い浮かべますが、ヨーロッパの国連事務所も時々ニュースに出ますので、これまでも壊れた椅子も見たことがありました。実際に見てこの大きさにはびっくりしました。

自分の知識の整理のためにこのブログを書いている側面もありますので、大雑把ですが簡単に書いてみました。読んでくれて有難うございます。

マコママさん、こんばんは。

旅行に行くまではジュネーブが宗教改革の重要な場所だったのは知りませんでした。
キリスト教はユダヤ教の影響を受けますので、元々は偶像崇拝は禁止されていたようですが、次第に信者の獲得や免罪符などの営利目的で偶像が描かれたり形となって信仰の対象にもなった経緯があるようです(私は無宗教ですので難しいことは分かりません)。

長いベンチですが、ギネスに登録されているとは後で知りました。まあ必要なない長さのような気もしますが・・・

国連には世界各国の国旗が掲揚されていると思いますが、なんと私の行った日は入れ替えか何かで全く国旗がない状況でした。ちょっと寂しい気もします。

晴れ渡った空は写真映えしますね。次のアヌシーは特に綺麗でしたよ。次回紹介したいと思います。

こんばんは
平和を訴えながらもあちこちで不穏な空気が漂っている昨今
犠牲になるのは弱者
未来ある子供たちですよね
この大きな椅子のように私たちは未来ある子供たちをしっかり守っていきたいもの
ですね
青空の元、ジュネーブの街を楽しませていただきました

ゆめちゃんさん、こんばんは。

愚かな政治家のために、将来ある若者たちが戦場に送られ死んで行きます。戦争することは容易いのですが平和を維持するのは難しいことです。難しいことをやらないといけないのが長く生きた大人の責任だと思うのです。

子供を守るのは大人の責任です。戦争以上の愚かなことはありません。地雷やクラスター爆弾で戦中も戦後も罪のない子供が犠牲にならないことを祈りたいと思います。

天気がすごく良くて楽しめましよ💖

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