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2022年5月18日 (水)

1990年スウェーデン観光。

(1990年の旅行の健忘録です)ノルウェーの首都オスロ(→前回のノルウェー旅行記)からスウェーデンの首都ストックホルムまでの移動は電車で6時間程度かかりますが、車窓を眺めながら過ごしていたら思ったより近いと実感しました。 夕方に到着し食事をはホテルに移動でした。翌朝から市内観光となりました。

当時としては長らくフィンランドと共に中立政策を保って来たのですが、今回のロシアのウクライナ侵攻を受けてノルウェーとフィンランドがNATOへの参加を表明しています。 地図で確認すると北欧の3ヶ国の中でロシアとの国境線を持たないのはスウェーデンだけで、フィンランドはまさしくロシアの隣国ですし、ノルウェーも僅かですがバレンツ海でロシアと国境を接しています。ロシアの愚かな侵略はNATOの拡大の阻止にありましたが、逆にNATOの拡大を進める結果となっています。

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上の地図のようにストックホルムは広い平原ではなくて実は大小様々な14の島から形成されています。島と言っても橋で繫がっていてそれぞれが近いので通っていても陸続きのように感じてしまいます。



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ストックホルムに到着後、街で一番高いところにあり眺めのよいセーデルマルム地区に向かいました。 セーデルマルムは今でも若者でいつも賑わう話題のお店が立ち並んでいるそうです。最近のストックホルムの写真をネットで見たら手前の旗が同じ様になびいていたのはびっくりしました😊
入り組んだ海の間に島々があるのが伺うことが出来ます。ここが一番高い所と言うのでストックホルムは殆ど平坦な低地にあることが分かります。そこから海の対岸に見えた旧市街地の散策に出かけました。



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ストックホルム観光のメインでもある「旧市街(ガムラ スタン)」の散策ですが、ここを中心に観光スポットが多数あるので便利です。ガムラスタン (Gamla stan) はスウェーデン・ストックホルムの旧市街で、ストッホルムの島の1つ「スターズホルメン島」を占めている。『古い街』を意味し、他に「橋の間の街」(Staden mellan broarna)と呼ばれることもあるとWikipediaに書いたありました。  上の正面に見えているガラムスタンにある大聖堂(Storkykam)となっています。


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北欧らしく一つ一つが大きな建物ですが、統一感があって街が綺麗に見えます。
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ノーベル賞の晩餐会が開かれる事で知られるストックホルム市庁舎(Stadshus)となります。毎年ノーベル賞の記念晩餐会が行われる場所で多くの方がご存じの建物と思います。ナショナル・ロマンティシズム建築の傑作としても知られるそうですが、それ程古い建物ではなくて、1909年から1923年にかけて建築されたとのことです。

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30年以上前の写真をスキャナーで取り込んだのですが、画質が悪くて済みません。一応上の「青の間」(写真)ではノーベル賞晩餐会も開催されます😓
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歴代のスウェーデン国王が眠るリッダーホルム教会です。13世紀にフランチェスコ会修道院を改築して建てられています。こちらは歴史が古そうです。丁度ガムラスタンの端の方にあります。

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僅かな滞在で夕方にはストックホルムからフィンランドのヘルシンキに豪華客船に乗り込み一晩の滞在クルーズの移動となります。

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コメント

院長先生
こんばんは。
今日もお疲れ様でございました。

プーのお蔭?でNATOへの加入が増えますね!
隣国を恐怖に陥れ、決して許される事ではありません!
😰

良い時期にご旅行が出来て良かったです!
ノーベル賞の晩餐会のメニューはお召し上がりには
なりませんでしたか?
友人も妹も頂いたようですよ😋

ノルウェー等に比べたら平坦で綺麗な町並みが続き
沢山の島で繋がっているのですね?

次は豪華客船⛴️楽しみにお待ちしております。

マコママさん、こんばんは。

世界中がロシアの侵略の状態、それもブチャなどでの残虐行為を見て改めて統率の取れていないロシアの軍隊の恐ろしく感じたと思います。 特にノルウェーやスウェーデンもこれまで中立を保ってきた国民世論も大きくNATO加盟へ舵を切ることになりました。ロシアにとっては大誤算だと思います。

30年以上前は、交通手段やネット環境はなかったのですが、政治的には安心して旅行が出来る地域が多かったです。

ノーベル賞の晩餐メニューはその後の人気メニューとなったようですが、私は残念ながらそのようなメニーはなく普通の食事でした。

ストックホルムは1泊2日の短い旅でしたが、島々を渡っている感覚は全くありませんでした。運河や河を渡っている感じで橋を歩きました。

次回は大きな客船を紹介致します。いつも本当にありがとうございます。

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