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2022年3月

2022年3月30日 (水)

世界を夢みて(291):1989年エジプト旅行No4(ハトシェプスト女王葬祭殿)

(2022年3月30日は第5水曜日となりFM放送「いきいきタイム」は医療情報ではなく私の音楽特集となりますので、ブログの医療ネタもありません。以前書いた昔のエジプト旅行の続きを記載致します→(前回)エジプト旅行N03:カルナック神殿、ルクソール神殿

1989年のエジプト旅行の続きを記載します。勿論当時はデジタルカメラなんかありませんので、撮影後日本に帰って現像したら写っていなかったなんていう失敗もありました。 久しぶりにアルバムの中から何枚かをスキャナーで取り込んで載せてみます。

ルクソールに到着後、カルナック神殿とルクソール神殿を観光し、そこからバスにてハトシェプスト葬祭殿に向かいました。1980年代までイスラム原始主義などもあまり聞くこともありませんでしたし、エジプトやトルコなどのイスラム教国はヨーロッパ旅行よりもむしろ安心だというイメージがありました。実際に歩いていてもいわゆる神の恵みを的な呼びかけはありましたが、ものを盗まれたり、危害を受けるような心配は少なかったように感じたのです。

私が旅行から帰って8年後の1997年にルクソール事件が起きてしまいました。ハトシェプスト葬祭殿にてイスラム原理主義派の「イスラム集団」が外国人観光客を狙った無差別殺傷テロ事件でした。観光業で成り立つエジプト政府への財源を断つ手段として選ばれました。その事件で日本人10名を含む外国人観光客58人と警察官2名、エジプト人4名が犠牲になったのです。 その後の世界は宗教間の分断や国家間の争いが頻発してしまっています。これから先、安心、安全に旅行が出来るようになるのか不安でもあります。

長くなりましたが、当時は安心だと考えていたエジプト旅行です。

この建造物は葬祭殿ですので死者のためのものです。ですからナイルの西側になっています(カルナック神殿やルクソール神殿は生きた人のための神殿ですので、ルクソールのナイル川の東側に位置しています)。

遠くからこの神殿をみると、これまでのエジプトの建造物とは異なるような直線的で近代的な外観でした。現在の建築でも通用しそうな感じです。ハトシェプスト女王は古代エジプト唯一の女性ファラオで、その側近の建築家センムトが設計したとのことです。



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崖を利用した建物は3階建ての、3つのテラスで構成された直線的な建物です。長いスロープも特徴的です。2階にはハトホル女神の礼拝堂があります。ハトシェプスト女王は平和的なファラオだったようで、壁画にも戦争の光景ではなくて、貿易の様子があったり、プント(現在のソマリア)から持ってきた樹木などが描かれています。残念なことにハトシェプスト女王が亡くなると義理の息子トトメス3世がファラオに即位します。トトメス3世は生前から仲が悪かった女王に関する記載を削り取ってしまい、残っていないのです。残念ですが、歴史上の問題ですので仕方ありません。人間はなかなか進歩しないようです😢


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南方の国プントとの交易図、ハトシェプストの誕生伝説のレリーフなどが残されています。この葬祭殿の壁のレリーフの色が色鮮やかに残っているのがとても印象的でした。天空を飾る青い色彩と星は今でも色々なモチーフにされています。
このハトシェプスト女王葬祭殿の山を挟んだ向こう側に有名な「王家の谷」があります。

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ツタンカーメンの墳墓の入り口にある看板です。私が訪ねた時はまだオリジナルのツタンカーメンの墓に入ることが出来ました。観光客が増えて観光客の蒸気で内部にカビが生えて保存状態が悪化したとのことで、直ぐ横に同じ様な作りのレプリカを作る構想がでていました。出来上がった後は本当のお墓は閉鎖され、観光客は新たに造ったレプリカの墓の中に入るようになっているそうです。 当時の内部の写真は残っていませんので、撮影禁止だったのかも知れません。現在はどうなんでしょうか?まあ本物ではありませんが・・。
(時々医療ネタや生け花のネタがない時には昔の旅行の写真を追記しる予定にしています、これからも宜しくお願いします。)

2022年3月27日 (日)

世界を夢みて(283);2013年:モンテネグロ(コトル)No1

クロアチアのドゥブロヴニクからモンテネグロの観光名所のコトルへと観光に出かけました。バスで2時間ほどで到着します。パスポートチェックがあったかさえ覚えていない程で直ぐに到着しました。他の方のブログを読むと国境でのパスポートコントロールでかなり時間がかかったという記述がありましたので、出かける方は注意が必要かも知れません。

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モンテネグロは、ヨーロッパ南東部、バルカン半島に位置する共和制国家で旧ユーゴスラビアに属する国家でした。バルカン半島の複雑な歴史を歩んだ国家で人口は64万人程度ですので、日本では殆ど聞いた聞いたことのない国家かも知れません。前身はユーゴスラビア紛争によるユーゴスラビア社会主義連邦共和国の解体によって成立したユーゴスラビア連邦共和国(1992年-2003年)およびセルビア・モンテネグロ(2003年-2006年)を構成する2つの共和国のうちのひとつ、モンテネグロ共和国でなったそうです。更にモンテネグロ共和国は2006年6月3日に独立を宣言し、21世紀に独立を果たした国家とされています。

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モンテネグロだけの観光でこの国を目指す方は少ないかも知れません。最近人気のクロアチア旅行のおりに立ち寄ることが多いのではないでしょうか? 私の方は陸路でドブロブニクからコトルへ向かい、聖トリフォン大聖堂、旧市街を徒歩観光後は日帰りで、ドブロブニクにて宿泊となりました。

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アドリア海の複雑な入り江の奥にあるコルトは天然の要塞で、15世紀当時この地域を支配していたベネチア共和国がコトルを支配下に置くと、オスマン帝国の侵入を防ぐため、背後の山にまで続く総延長4.5kmにも及ぶ城壁を築きいたそうです。これが現在のコルトの街並みとなっています。

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アドリア海から深い入り江となったコルト湾を通って巨大なクルーズ船が接岸出来るようです。私が到着した時にも既に大きなクルー前から乗客が下船していました。まだあちこち飛び回りたいのですが、いつかはクルーズ船の旅も経験したいものです・・😊

コトル湾の入り江の一番奥にはコルト旧市街があります。街の建築物は古く、12世紀のロマネスク様式をはじめ17世紀のバロック様式など中世の時代に迷い込んだような街並みです。 この旧市街は世界遺産に指定されています。

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港にこのような看板がありました。コルトで書いてるようで全く読めません。"CRNA GORA"は、モンテネグロ語での国名だそうです。英語で書くとMONTENEGROとなるのでしょうか? 

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背面を急峻な山で囲まれて居て、海側から街に入る城壁は非常に高く積み上げられていて、鉄壁な守りになったのかも知れません。
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コトル旧市街の西側の入口である海の門は、その名の通りコトル湾に面しています。常に多くの人が行き交う「海の門」をくぐると、旧市街最大のオルジャ広場が広がります。
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城門の中に入ると狭い区間に建物が密集していて、観光客で賑わっていました。
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2つの塔が特徴的な建物が、聖トリプン(トリフォン)大聖堂(St. Tryphon Cathedral)です。カトリックの教会となります。1160年創建で、地震による損傷を受け1667年と1979年に再建されています。


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中に入るには有料です。もう値段は忘れてしまいました😅(ネットでみると2.5€だと書いてありました)。 カトリックの教会ですが内部は落ち着いた感じで煌びやかさはありません。2階には展示室があり、ベネツィアの商人によってコンスタンチノープル(現イスタンブール)から運び込まれた絵画や宝飾品、金色に輝く聖具なども見ることが出来ます。

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聖トリプン大聖堂の近くに、少し古めかしい建物がありました。聖ルカ教会です。この小さな教会は1979年の地震の被害を受けていないコトルで唯一の建物だそうです。
1195年に建てられたカトリック教会で、後に正教会の教会となります。モンテネグロはちょうどローマカトリックと東方正教会が接する地域にあたり、それぞれの祭壇の特徴が見らるとのことです。


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更に近くには聖ニコラ教会があります。8世紀に焼失した修道院の跡地に建てられたカテドラルで、1902~1909年の築。こちらはセルビア正教会のため、大きな汎スラブ色の旗が掲げられていました。

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城壁の中にある旧市街地には小さな範囲で沢山の教会がありました。それだけ多様な宗教が争うことなく、色々な民族が共存していたのでしょうね。

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石畳に古い建物が並ぶコルトの街はとても美しい街でした。特に街の丘に登り、入り組んだ港には、巨大なクルーズ船が入港するところが見えて来ました。今ではこのように多くの観光客が押し寄せる港町かも知れません。次回は世界一美しい湾とも称されるコトル湾の眺めを紹介します。

2022年3月25日 (金)

今週の生け花(令和4年3月第4週)

2022年3月も後半になりました。蔓延防止等重点処置が全県で解除されました。 それは嬉しいことですが、丁度3月4月は通常でも卒業・入学・就職・転勤など年度初めに向けて人の動きが活発になりますし、花見なども開催されることでしょう。 マスクを付けても長い間の会話を避けたり、アルコールによる手指消毒、飲食などでは食べる時以外はマスクを着用して会話を行い短時間に切り上げるなど、コロナ対策を十分に気をつければ感染拡大はかなり防げると考えています。 
 しかし医療者の間では実際はこの4月前後で第7波が起こることを予想されていますし、既に感染拡大の予兆が見えています。飲酒運転撲滅の「飲むなら、乗るな」と同じで「出かけるのなら、感染対策を」だと思います。 お酒飲んでテンションが上がり、マスクなしに大声で会話なんて観ているだけでぞっとします。
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お花達には関係のない話しですが、新型コロナウイルス感染症が終息しない状況での経済活動再開ですので、対策はしっかりと講じて欲しいと願っています。
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今日の生け花は、黄色のミモザアカシアが特に目立ちます。日本ではこの花が咲いてもピンときませんが、欧州特にイタリアなどでは春を告げる花ですし、女性に対して感謝を捧げる花でもあります。毎年3月8日は国連が決めた「国際女性デー(=ミモザの日)」です。1904年3月8日にアメリカで女性労働者が婦人参政権を求めてデモを起こしたことがきっかけで、1910年にコペンハーゲンで行われた国際社会主義会議で「女性の政治的自由と平等のために戦う」日と提唱したことから、同年「国際女性デー」と制定されました。丁度春先のイタリアではミモザが咲く時期と男性が女性に感謝を込めてミモザの花束を贈るために「ミモザの日」となったようです。 我が日本男性も何かしなければ世界から取り残されてしまいそうです😅

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アンスリウムの赤や小菊の白があるお陰で、ミモザの黄色も更に目立っているようです。
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(花材:ミモザアカシア、アンスリウム、小菊)
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<ミモザの日>
ウクライナでの習慣は判りませんが、イタリアなどでは春を告げるミモザが咲く3月8日は「ミモザの日」として、男性が女性にミモザの花束をプレゼントする習慣があるそうです。恋人だけでなく贈る対象は母親、祖母、友人、など年齢とわず女性達だそうです。 その日はイタリアの女性達は日頃の家事や育児などから解放されて1日中お喋りをしたり食事を取ったりと楽しむことが出来るとのことです。これまで3回ほどイタリアを旅行したことがありましたが、イタリアのマンマ(母親)は働きもので一家の中心的存在だと感じることがありました。何となくいい年した男達も皆マザコンじゃないかと思う程・・・決して悪いことではなくて尊敬され、愛されているマンマ達なのです。
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毎日朝夕にウクライナのことが気になってしまいます。今日も子ども達が、何も罪のない市民や兵隊達が犠牲になっていないか心配です。戦争に駆り出されたロシア兵の若者たちの死にも心が痛みます。早く戦争が終わって欲しいです。残虐行為の加担をさせられているロシアの若者達も自分の国で待っている恋人や母親の元に帰って欲しいと願うのです。銃弾よりもミモザの花束を贈って欲しいです💖

2022年3月23日 (水)

春先の体調不良について

春先は日本では花粉がまったり、仕事でも家庭でも進学、就職、年度末や年度初めに向けて何かと忙しく緊張する中で体調がどうも優れないなどを訴える方が増加します。もちろん花粉などのはっきりした原因もありますが、これから書く季節変化に伴う体調不良も多きと感じます。

3月4月は気象が目まぐるしく変わります。寒さ、暖かさだけでなく、晴れたり曇ったりと湿度の変化・気圧の変化も大きくなります。本来、1年を通して、私達の身体もこの季節に合わせてゆっくりと体調を整えています。これを司っているのが主に自律神経となります。

気温が1日おきに変わったりすると私達の自律神経もバランスを崩してしまいます。私達の自律神経には活発に活動するための交感神経と、リラックスする時に働く副交感神経があり、この二つの神経がお互いに上手く調整を図って活動をしています。

春先は、日中の気温差も激しかったり、1日単位で気温も変化したり、雨や晴れ間など湿度や気圧も目まぐるしく変化します。 体調を維持しようとするために、春先は自律神経にも大きな負担がかかってしまいます。 

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皆様方も、経験上おわかりかも知れませんが、何となく春は疲れるな〜と思う方もいらっしゃると思います。年度末で色々とやることが多くなること、家族の引っ越しや進学・就職で慌ただしいために疲れていると思う方の中に、私達自身の季節変化に伴う自律神経失調症も絡んでいるのかも知れないのです。

私達の自律神経が疲労してしまうと、疲労の蓄積、食欲低下、不眠、「無気力になる」「イライラする」「熱っぽい」「立ちくらみ、めまい、ふらつき」「むくみ」「食欲不振」「下痢、便秘」などの症状が起きる原因となってしまいます。

皆様もよく自律神経失調症などという病名をお聞きになることがあると思いますが、自律神経失調症とは主に精神的なことが原因で起こることを言いますが、症状的には夏バテや春先のだるさも似た症状になります。

春の気候は、三寒四温と言われ、寒暖差が体にこたえるなー。なんとなくだるくて、仕事も遊びもやる気がわいてこない……。

この様な外気温の変動が多い春先ですので、自分なりの温度管理や湿度管理を行うように心がけて下さい。 睡眠時間を確保して、寝る時に温度に合わせて毛布を余分に掛けたり脱いだりして、寒くなったり暑くなったりするのを防いで欲しいと思います。

春先は暖かくなり気分も高揚すると思うのですが、意外と体調管理が重要であると言うことを知っているだけで、無理をしないで済むと考えます。

2022年3月20日 (日)

世界を夢みて(282);ドゥブロヴニクNo4(スルジ山展望台)

クロアチアの中でも有数の観光地であるドブロブニクにおいて、一般の開門の前に旧市街地の城門を貸し切り入場に大満足(→ドブロブニク城壁の早朝散策No1。→ドブロブニク城壁の早朝散策No2しながら、城壁内にあるフランシスコ修道院、ドミニカ修道院、大聖堂、旧総督府、プラッツア通り、ピレ門、スポンザ宮殿、旧港などを散策しました(→旧市街散策)。

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ドブロブニク旧市街地の観光の後は、いよいよどの旅行のパンフレットにも載る旧市街地の全景をみるために、ドブロブニクの背後にそびえる標高412メートルのスルジ山に登ります😉😍 徒歩でも登れるようですが、時間もなく疲れそうですのでケーブルカーに乗ることに。先ほど出て来たピレ門を出て徒歩約10分程度のところにケーブルカー乗り場があります。 どんな感動が待っているのかわくわくして来ました。


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ピケ門を出てすぐにこのような案内板もありましたので、迷ううことなくケーブルカーへ乗り場へと到着しました。
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ケーブルカーの窓の光が反射して少し残念ですが、綺麗な眺めです💖
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ここからの景色は旅行本やパンフレットで見た景色と同じです。

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ケーブルカーを降りて城壁内の赤い屋根が連なる旧市街地を右側に向けると、そこにはまた違う印象の突き出た半島が見えます。沖にはアドリア海に浮かぶ島々も確認出来ます。

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山頂のケーブルカー乗り場にはカフェもありますので、時間がある方はここで夕食を取りながら、沈む夕日を観ながら過ごすことが出来るかも知れません。私もいつかこの時間帯にここの滞在したいものです😂 夕暮れ時のドブロブニクとアドリア海と島々の印影はの凄く素敵なことだと想像してしまいます😍 何百枚に1枚自分の載った写真があります。今後私が認知症になっても、一応この場所に行ったと言う証拠写真にはなるでしょうか😃

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魔女の宅急便のキキがホウキに乗って飛んでいても不思議でない風景ですね😍
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上り下りの風景もデジカメで動画も撮ったのですが、ケーブルカーが満員状態で多くの方の顔が入りこんでお見せ出来る動画を作成することが出来ませんでした(残念)。
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ケーブルカーを降りて旧市内に入る横道も素敵でした。
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時間がない中でも結構楽しめた、ドブロブニクでした。もしいつか行けたらここの滞在して満喫したい場所の1つでした😍
本当に世界は美しい景色に溢れています。そんな美しい景色を破壊する愚かな戦争は直ぐにでも止めて欲しいです。

2022年3月18日 (金)

今週の生け花(令和4年3月第3週)

戦争や地震など予期せぬ災害が世界中で起こっています。それでも人間は団結すれば強いです。 そして自然の花々も時が来れば何食わぬ顔をしていつものように花を咲かせてくれています。

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今週の生け花は、桜それも沖縄県で一番寒い時期に開花する寒緋桜ではない白い花弁の桜が飾られていました。5弁の花びらや雄しべと雌しべの長さからソメイヨシノなのでしょうか? 私には区別がつきません😅 沖縄の私にとってはヒガンザクラじゃないのは皆ソメイヨシノと思ってしまいます(その他の桜には申し訳ない🙏)
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それぞれを拡大して観るとそれぞれが単独でも綺麗な花達ですね。今日は美人姉妹を観ているようなものです😃
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<花材:桜、スカビオーサ、アルストロメリア、千年木>
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今日の朝は大雨でしたが、昨日の朝に我が家で春を告げるイッペイの黄色の花を携帯で撮影しました。もうしばらくすると一足先に沖縄は春に入ります。平和な日が続くことを祈っています。
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2022年3月16日 (水)

ウクライナへの支援の在り方

気が重くても観なければならないウクライナの情報を集めながらため息が出ます。昨夜は勢いでこれまでの世界の動きについて書きました。なにも出来ない自分でもやれる援助を先週から試しています。そのことを今日は追記したいと思います。

ロシアが進行してから、ウクライナをどのように支援すべきかを悩んでいました。あの様な一方的な破壊、なによりも人を殺すことを決して許してはいけません。特に医療者として病院が破壊され、電気も消えた中でライトを頼りに懸命な治療を行っている医療者を観た時には彼らの怒りや辛さも理解でき、申し訳なく思ったのです。 本当にウクライナの人々は頑張っています。しかし私はなにも出来ません。それでも出来る範囲で公的な機関への寄付も行いました。

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そして先週からは旅行が好きな私としては、サンフランシスコに本社がある民泊大手の「Airbnb」が行っているウクライナ支援の企画に参加しました。この会社が「実際には行かなくてもウクライナ国内の宿泊を予約をすることで手数料なしに宿泊料金全額がそのオーナーに届く」支援を行っていることを知りました。

これまでキエフ市内やキエフ郊外、オデッサなどの10件の予約を行いました。もちろんそのオーナーがウクライナ人なのかどうかは確認出来ませんが、大手のホテルではなくてクロアチア国内の民泊ですのでウクライナ人の可能性が高いと考えました。

予約を確定すると、オーナーへの要望などメッセージを書き込むことが可能となっています。私はそれぞれに、大変な状況の中で耐えている皆様方を日本を含めて世界中が支援していること、どうか無事にいて欲しいこと、平和になった美しいウクライナで会えることを楽しみにしているなど」を沿えて送っています。

その方々からもお礼のメッセージが返って来ました。「ロシア軍の侵攻地域にある自宅(予約の宿泊提供場所)から離れて避難しているため、既にこの家は破壊されたかも知れませんが、絶対再建します」「妻や子どもは妻の実家の西部に移動させたが、自分は最後までキエフに残ります。必ず勝ちます」「1匹の犬と4匹の猫がいます、私はキエフを離れません。どうか神のご加護を」「ご寄付はウクライナの子ども達のために使います、ありがとう」「キエフに居ます。ええ、戦争が終わったら美しいキエフの街でお会いしましょう、ありがとう」など生の声を聞くことが出来ました。

またこのような返事を貰っていた途中で「丁度いま妹や妹の子ども達がポーランドに着いたとメールと写真が送って来た」と安堵と喜びの内容の返答がありました。その後何とこの方からこのポーランドに着いた家族の写真の添付もありました。「多少疲れ気味の妹さんでしたが、子ども達は元気そうでした」。私もとても嬉しいですとお答えしました。初めてメールをした方々ですが、どうか無事でいて欲しいと願わずにはいられません。

ただ中には返事が貰えない方がいらっしゃいます。交信手段が駄目なだけならいいのですが・・・もうケガ人や人の死はみたくありません。1日も早く停戦して欲しいと願うばかりです。

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支援や援助のやり方は様々な形態があると思います。だだ祈るだけでも十分です。このような理不尽な殺戮を決して許さないと心にとめたいと思います。

「愛の反対は憎しみではない。無関心だ。」(マザー・テレサ)

2022年3月15日 (火)

ウクライナ侵略から学ぶ教訓

主権国家のウクライナにロシア(ロシアというよりもプーチン一派)が圧倒的な軍事力を用いて進行しています。罪もない市民が犠牲になっています。子ども病院や産婦人科の病院が爆撃されたりしている光景を観ると憤りを越えた失望や悲しみが湧いてきます。何も出来ない自分に苛立ちさえ覚えてしますのです。

私は20代後半から30代そして50代半ばからヨーロッパを中心に旅行をして来ました。もちろん生活もしていないので表面的なことしか知りません。ソビエトにも行ったし、今では呼ばなくなった東ヨーロッパ諸国や更には国が分裂したユーゴスラビアやチェコスロバキアにも出かけました。東西冷戦時代からソビエト連邦が崩壊した後のヨーロッパを経時的にみて来ました。ベルリンの壁が壊される前後のドイツも訪ねたことがありました。 ソビエトの恐怖から立ち上がって独立を成し遂げたバルト三国(エストニア、ラドビア、リトアニア)にも出かけました。

第二次世界大戦後、国連が機能し世界秩序が出来上がりました。しかし時間と共に各国の利害関係が台頭して「人権や平和や自決」という絶対譲れないはずの理念が崩壊寸前にまでなってしまっています。 それぞれの国内においては保守やリベラル、左派と右派の対立が顕在化し、グローバリズムに対抗するようにナショナリズム台頭します。世界は中道が少なくなりバランスの悪く、振れ幅が大きい内政へと変化してきています。

しかし今回のウクライナ危機に関して、第二次世界戦後初めてからも知れませんがヨーロッパ全域が武力による威嚇は許さない姿勢をみせました。もちろん日本もアメリカも含めた多くの国々がロシア(プーチン)に対して一致してNoを突きつけました。

2020年3月に新型コロナウイルスのパンデミックが宣言され、世界中がこの対策に追われてしまいます。コロナウイルスの封じ込めに対しては、中国などの中央集権・専制国家が民主主義国家よりも感染制御が上手くいっているとの発言も聞かれました。医療者の私としては地団駄を踏む思いがありました。しかしウクライナ侵攻は私達に改めて人権の大切さや民主主義のありがたさを再認識させることになりました。自信を失いかけた「平和や自由の尊さ」が蘇りました。

ウクライナの主権を脅かすロシア軍の一方的な破壊活動に対してウクライナ国民は断固として反対し、一般市民も銃を取り参戦しています。 多くの若者がキエフに残り戦おうとしています。 彼らを駆り立てるのは、かつて日本の国民が大日本帝国や天皇のために戦った愛国思想とは違うと考えています。 批判されるかも知れませんが、彼らは自分の愛する家族や故郷を守り、自由や主権を守ろうとして立ち上がっているのです。

このような混乱を利用して自己主張する政治家や一般人もいます。ソビエトが核を持ち出して脅しているとして、日本も核共有をしないとやられてしまう脅威論を述べる方が増えました。 以前このブログでも書いたのですが、戦争になったら原子力施設を狙うのが一番のダメージを与える手段となると考えています。 原爆の投下よりも原子力発電所を爆破する方が、これ以降未来永劫に広大な地域が使用できなくなり脅威となります。 ですからプーチンも核施設を押さえて脅しをかけているのです。 

日本において核共有を叫ぶ政治家の殆どが原子力発電の推進派であることを見逃すことは出来ません。両政策への矛盾をどのように説明出来るのでしょうか? 同様に世界で唯一の被爆国の政治家が原爆の廃止を訴えるのではなくて、核の傘に入る安全を述べているのも不思議でなりません。

もう1つ気をつけないといけないのは、ソビエトがウクライナでやっている力による支配を引き合いに「中国が台湾や日本へも行いかねない」として日本の軍事力増強を声高に主張する方がいます。一瞬そうだと賛成したくなるのですが、もう少し冷静に時間をかけて対応しなければいけない問題だと考えます。

今はこのような軍事増強や核保有の議論よりもロシアの暴走を世界が止めることが最優先事項なのです。これを許せば、力による現状変更、核の脅威が正当化されてしまうのです。中国を念頭に危機意識をあおっている人々がいますが、ロシアの暴走を止めることが中国への最も強い抑止力にもなると認識すべきです。 

現状で日本がウクライナへ武器などを供与することは出来ません。しかし経済を含めあらゆる手段でプーチン派を追い詰めることは可能だと考えます。 対岸の火事では済まされず、原油の高騰や世界経済への悪化を私達も被るはずです。 コロナ禍で更に追い打ちをかける状況を私達は甘んじて受け入れる必要があると考えています。簡単ではなく大変な痛みを伴うことも覚悟しなければならないと思うのです。

いずれ暴君は失脚します。しかしロシアの一般国民は愛情を持って受け入れなければなりません。それが私達日本を世界を、そして何よりも大切な「自由」を守ることになると考えるのです。

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もう一人の命も失いたくないです。兎に角一刻も早く停戦をして欲しいです。愚かな裸の王様を除いて誰も戦争なんか望んでいません。

(また偉そうな事を記載しました。ただなにも出来ない自分への憤りなのです。ご容赦を)

2022年3月13日 (日)

世界を夢みて(281);ドブロブニクNo3(街中散策)

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ホテルを早朝に出て、一般の開門の前に旧市街地の城門を貸し切り入場でした。期待通りに城壁の散策で他のグループはいないために人が歩いていない城壁の写真を撮ることが出来ました😍 城壁を降りて、旧市街の中の散策開始となります。

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ピレ門を抜けると、正面には「プラツァ通り」、その通りに沿って右手には「オノフリオの噴水」、左手に「フランシスコ会修道院」があり、その教会と城壁の間に小さな救世主教会があります。

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ピレ門から旧市街に入ると、円形のオノフリオの噴水が目に止まります(前々回のブログでは朝早く暗くて分かりずらかったと思いますが、日中はこのような感じとなります)。この噴水は 12 km 離れたドゥブロヴァチュカ川から水を運ぶため、1438 年に建設された給水施設で、水路を通じて飲料水を街の中へ送っています。

今でも特徴的なドームの大噴水は、建設当初は壁などには更に多くの彫刻と凝った装飾で飾りたてられていたそうです。1667 年の大地震でこうした装飾は失われたそうです。昔の図面や絵画などが残っていたら建設当時の姿に復元して欲しいですね。 それでも現在は16面ある水道口にはそれぞれ違う顔のレリーフが飾られています。

旅行後に判ったことですが、大噴水があるなら小噴水もあるようで、実際にストラドゥン通りのもう一方の端には、小規模な噴水があり、ルジャ広場のマーケットに水を供給しるそうです。

Th__20211214131801大噴水の隣(ピレ門のすぐ横に)救世主教会があり、その横の路地を入るとミュージアムの看板があり、そこからフランチェスコ会修道院に入れます。入場料はたしか30クナ程度だったと思います。

フランシスコ会修道院が建設されたのは14世紀です。ここもやはり1667年に起きた大地震で崩壊し、その後に再建されたものです。

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ドブロブニクの大きな通りに面している修道院ですが、中に入る外の喧騒はほとんど聞こえず、厳粛な気分になれます。
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修道院内のロマネスク様式の回廊が美しく、柱には動植物が彫刻されています。中庭から降り注ぐ光が影を作りまたそれも美しいのです。


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フランチェスコ会修道院を有名にしているのが、世界で3番目に古い薬局マラ・プラーチャ薬局です。なんと1317年に開設され、現在でも営業を続けています。
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修道院の奥には小さな博物館があり、昔の秤や薬草を収めた小さな壺や、当時の処方箋が展示されていました。これらは修道院内の薬局で中世時代に実際に使用されていたものです。

1317年に開設された薬局は、クロアチア最古の薬局で、ヨーロッパでも3番目に古い薬局になります(ちなみに一番古いのは1221年のフィレンツェのサンタ・マリア・フラ・レ・ヴィニェ修道院の薬局だそうです)。

内部には、薬局のほかに治療院や病院も作られ、現在に引き継がれています。  修道院の薬局で調合されるクリームは、14世紀から同じ製法でつくられており、観光客にも地元の人にも人気の品です。私は買いませんで私がが、この店オリジナルのハーブやローズを使用した自然派コスメは、日本人女性客に大人気でだそうです。行く機会があれば皆様方もチェックして下しね😃

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修道院を出てドブロブニクの大きなプラツァ通りを歩くと、通りの横にもこのような路地が並んでいます。色々なお店がありそうですよ。

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旧市街西部に位置する「ピレ門」から旧市街中心部の「ルジャ広場」へと続く「プラツァ通り」は、この街のメインストリートとして長く愛されてきました(一番上の地図を参照)。 石畳の約200mの通りを周りには可愛らしいカフェやショップが並びます。プラツァ通りの東側にあたるのが「ルジャ広場」があり、正面にはランドマークである、時計塔が見えてきます。丁度朝日を浴びて眩しいです。


時計塔の高さは31 mで、毎時、美しい鐘の音で時刻を知らせてくれます。もともとは 1444 年に建てられ、この周囲に大被害をもたらした1667 年の大地震でも崩壊することはなかったそうです。

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プラツァ通りの突き当たりのルジャ広場の右側にはドゥブロヴニクの守護聖人ヴラホの名を冠したバロック様式の聖ブラホ教会があります。この広場にはカフェなどもあり多くの観光客で賑わっています。
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教会の屋根の正面に建立されているのが聖ヴラホです。
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ルジャ広場に面して建つレクター宮殿です。もとはラグーサ共和国の総督の邸として1435年に建造されたそうです。その後、火薬庫の爆発や大地震などで何度も被害を受け、その度に修復、再建を繰り返し、その結果、現在のゴシック様式とルネッサンス様式が混在した様式に変わったとのことです。 正面の6連のアーチを持つ柱廊が特徴的です。
現在は文化歴史博物館として公開されているようですが、こちらも時間がなく入館していません😂
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ズボラ宮殿を更に南に進むと、「ドブロヴニク大聖堂」が見えてきます。別名「聖母被昇天大聖堂」と言いますので、聖母マリアに捧げられたカトリック教会と言うことになります。教会の歴史は非常に古く1192年になんと「英国」の「リチャード獅子心王」によって「ロマネスク様式」で建てられました教会とのことです。
なんでイギリスなのと調べたら、十字軍が関係していたようです。イギリスのリチャード獅子王が1192年、第三次十字軍戦争の帰路、嵐のロックルム島付近で船が難破してしまいます。王は生き残ることが出来たら、着いた土地の町に大きな教会建設のためのお金を寄付すると誓ったのです。その誓いを守ったことのようです。そのためにイギリスが支配していた訳ではないのですが、ドブロブニクに英国王の寄付で建てられたこの教会が出来たのです。

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だだ建築当初の教会は「1667年の大地震」で「全壊」してしまい、後に「バロック様式」で再建され教会となっています。現在はこのバロック様式の大聖堂となっています。私は時間がなくて入りませんでした。素晴らしい宝飾品が納められているそうです。

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来た道を戻って、旧ドブロブニクの港に出ました。

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急に海の匂いがして来ました。私の住む沖縄の海の匂いと同じです😃

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ドブロブニクの猫ちゃんも沖縄と同じで大きな違いはなさそうです(一緒にしないでよと・・言っているかも知れませんが・・)
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このような城壁の門をみていると、旧市街には大きなトラックは入りそうもないですね。大きな工事をする時にはどうしているのでしょうか😅
次回は、一番ドブロブニクらしい景色が見渡せるケーブルカーでスルジ山展望台から旧市街の写真を紹介したいと思います。

2022年3月11日 (金)

今週の生け花(2022年3月11日)

今日は東日本大震災から11年目を迎えます。遠い沖縄にいてもあの光景を忘れることが出来ません。夢や希望を胸に羽ばたこうとしていた若者たち、将来の子ども達の成長を楽しみに頑張っていた人々、あどけない笑顔で笑っていた子ども達、言葉では言い尽くせない程の大切な方々があの地震で失ってしまいました。心にぽっかりと空いた穴をどのように埋めればいいのか今も苦しんでいる方も多いと思います。

いつかその記憶が私達の生きる支えになって欲しいと願っています。残された私達は彼らの分も笑顔で生きて行かねばならないと考えています。 命を無駄にせず前を向いて歩いて欲しいと祈っています。

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今週の生け花をいつものように紹介致します。 それと共に震災後に多くの方を励ました「花は咲く」の歌詞を記載致します。作詞は岩井俊二さん、作曲は菅野よう子さんです。100年後も受け継がれる素敵な歌です。いま世界を苦しめているウクライナの悲劇が早く終息して、この曲を唄って欲しいです。

「花は咲く」(作詞:岩井俊二、作曲:菅野よう子)

真っ白な 雪道に 春風香る
私は懐かしい あの街を思い出す
叶えたい夢もあった
変わりたい自分もいた
いまはただなつかしい
あの人を思い出す
 誰かの歌が聞こえる
 誰かを励ましてる
 誰かの笑顔が見える
 悲しみの向こう側に
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう

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夜空の向こうの
朝の気配に
私は懐かしい あの日々を思い出す
傷ついて 傷つけて
報われず 泣いたりして
今はただ 愛(いと)おしい
あの人を思い出す
 誰かの想いが見える
 誰かと結ばれてる
 誰かの未来が見える
 悲しみの向こう側に
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう

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花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう

花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
いつか恋する君のために

2022年3月 9日 (水)

知らぬ間に筋トレ(骨トレ?)

今日のFM放送「いきいきタイム」で骨(骨粗鬆症)について話をしました。

私達の骨には身体の保持、脳や心臓などの重要臓器の保護、カルシウムの貯蔵、造血組織などの役割があります。

私達の身体を支える骨の部分は表面にある硬い骨皮質の部分です。この硬い骨も実は皮膚や髪の毛と同じ様に新陳代謝を繰り返しています。骨の新陳代謝を担っているのが「破骨細胞」と「骨芽細胞」です。前回のブログ→「骨の構造や役割」

私達の骨には負荷が加わると骨を強くする作用があります。なにもジムに通う必要はありません。 私達は立っているだけ・座っているだけでも筋トレ(骨トレ?)を行っているのです。

はて?と思われるかも知れません。 私達は地球上に住んでいるだけで重力に対抗して立ったり座ったりしています。地球から1Gという力の負荷を受けながら生活しています。

何となくピンと来ないと思いますので、宇宙飛行士を例にとって説明します。

 宇宙飛行士は宇宙に滞在中、秒単位のスケジュールをこなしてゆくわけですが、それでも一日2〜3時間も筋肉トレーニングを欠かさず行っています。 宇宙でこんなに優雅に過ごせるという訳ではありません。やらないといけないのです。

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宇宙空間には重力がないため、骨に負荷がかからず、骨からカルシウムが溶け出して骨が弱くなってしまいます。 なにもしなければ10日間で約3.2%の骨の成分が溶け出してしまうというのですから、宇宙ステーションで半年、1年という長期間滞在して、地球に戻るとしたら、どれほど危険な状態になるか想像出来ると思います。

 無重力の宇宙では、骨だけでなく筋肉にも影響が現われます。筋肉が萎縮し、筋肉の結合組織も退化してきます。このような骨と筋肉の退化を避けるため、宇宙飛行士は日に2〜3時間の加圧トレーニングを含めた運動をする必要があるわけです。筋肉はなにも手足の筋肉(骨格筋)だけでなく、運動負荷で心臓の筋肉や呼吸筋も同時に鍛えているのです。

地上で暮らしている私たちは、重力を相手に知らず知らずのうちに、筋トレをして骨を鍛えているようなものなのです。

地球での生命の誕生は35億年以前になるそうです。人類の起源は200万年前とも500万年前ともいわれます。  

 人類を含め地上で進化した生物にとって、重力に対応して進化を続けたわけですから、いきなりスペースシャトルや宇宙ステーションで宇宙空間の無重力の世界を経験するとなると、様々なことが起こるわけです。重力なしには私たちの生活は考えられないし、重力が私たちの骨を休まず鍛えているわけです。

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2022年3月 6日 (日)

世界を夢みて(280);2013年:ドブロブニクNo2(早朝の城壁巡りのNo2)

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2013年旅行のドブロブニクNo2(→早朝の城壁巡りの続き)

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今回のツアーで1番良かった点の一つが、城壁の一般開場前に入れたことです。恐らく上のような写真は昼では多くの人が写ってしまうことになったと考えています。ある意味貴重な写真かも知れませんね😊
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世界遺産のドブロブニクの魅力は恐らく街を見下ろすことが出来る高台からの眺めだと思いますが、この城壁巡りも変化に富む景色が味わえますので旅行者にとっては魅力的です。この城壁は12世紀から17世紀にかけて建築され、海に突き出た街ごと要塞のように外敵から守り続けてきました。 城壁一周にかかる所要時間はおおよそ1時間~2時間はみていた方がいいと考えます。まあ急げば40分ぐらいで回れますでしょうか?
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城壁からは街の中を見下ろすこともでき、住んでいる人々の日常も垣間見ることが出来ます。
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都市に入るための海の玄関口の旧ドブロブニク港の眺めです。こちらかは近郊の島々への定期便も運行されているようです。時間のある方は近くの島に渡りながら、帰りには海からこの城壁をみながら入港できるかも知れませんね。
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城壁の一番高い場所にはクロアチア国旗がはためいています。内戦が終わりクロアチアの人々にとって団結を示す旗なのかも知れません。

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城壁の窓からこのような風景を眺めることが出来ました。ずっとここから移り変わる景色を眺めたくなりました。しばらくした青空と太陽が注いで来ましたので、その時間帯ならまた違う光を放っているのでしょうね・・・想像するだけでワクワクしてしまいます。
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紺碧のアドリア海です。海は広く、ここから船を出せばいつかは私の住む沖縄にも辿りつくことが出来るのでしょう。
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早朝の城壁の一般開場前の贅沢な時間を楽しんで降りて来ました。

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城壁への入り口は三箇所あり、ピレ門、プロチェ門、聖イヴァン要塞の近くにあります。写真はプロチェ門となっています。
次回はドブロブニクの城壁内の教会や街並みを記載予定です。

2022年3月 4日 (金)

今週の生け花(令和4年3月第1週)

季節は3月へと移りました。3月は別れと出会いそして旅立ちの時ですね。いつもなら期待に胸を弾ませないといけないのですが、オミクロン株の再拡大やウクライナ情勢のお陰で嫌な気分で過ごしています。 

戦争は政治の失敗で起こります。ウクライナの多くの方々や戦争に駆り出された若いロシアの兵士も戦いたくないはずです。 プーチンは強迫観念に駆られ、恐怖心が高まり理性を失ったとしか思えません。 

主権国家を武力でいいなりにさせる手段が通用すれば民主主義や世界秩序も崩壊してしまうはずです。 遠い地域で起こっている戦争も私達、いや世界中の人々にとっても当事者となり得る出来事です。 

医師をしていると1つの命を救うことの大変さを知っているつもりです。 死ななくてもいい無垢の人々が簡単に殺される映像を見たくありません。 「善い戦争や悪い平和などあったためしがない:フランクリン There never was a good war or a bad peace.」   平和を心より祈りたいと思います。

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3月に入り、生け花にも桃の花が使われています。丁度昨日は桃の節句でした。お供えやお祝いをした家庭もあったか知れませね。
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今週の生け花は、柔らかい竹のカゴを利用して、その上に赤いストック、白いかすみ草、菜の花の青い葉、上には黄色いフリージアに菜の花と梅と明るい春の花々の競演です。もうすぐ春ですね〜(キャンディーズかいな😃)
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破壊ではなくて、綺麗な花々で埋め尽くして欲しいです。地球は本来綺麗な星だと思うのです。
<花材:桃、菜の花、ストック、フリージア、かすみ草>
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 3月3日は桃の節句でいつものように7階の職員食堂に上がったらお弁当も季節に合わせたメニューになっていました。
「花より団子?」と言うことで写真を撮りました。コロナが終息して、早く昔のように職員とわいわいガヤガヤとお喋りをしながら昼食をとりたいです。それまではまだまだ我慢の日が続きますね。もう少しです!頑張りましょう💖
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2022年3月 2日 (水)

骨の構造や役割

今日3月2日のFM放送「いきいきタイム」は骨の構造や役割について話をしました。

 私達人間の骨は大小様々で、数はおおよそ206本です。おおよそとしたのはまれに腰椎が5本のところが6本あったり、足の小指の骨が1本少なかったりする方がいますので、多少のバリエションはあります(これは異常ではありません)

冬の沖縄はサトウキビの製糖時期も真っ盛りとなりますので、サトウキビの形を参考に骨の構造を説明したいと思います(ローカルの話でサトウキビを実際に見たことのない本土の方には申し訳ありません😅)。 サトウキビの表面には白い「ぬめり」みたいのものがあり、骨に例えると骨膜の部分となり骨の表面を薄く被います。その骨膜には神経が多数あり、骨折すると骨が痛いのではなくこの骨膜の神経が痛むのです。

サトウキビの硬い皮の部分が、骨の強度をつくっている皮質骨と呼び、サトウキビの中心の甘く柔らかな部分が骨の海綿骨となります。 この海綿骨の部分には、血液の元をつくる骨髄があります(骨髄移植などは主に腸骨の部分から注射器のような物で硬い皮質骨を貫いて、内部の骨髄液を採取して移植します)・・・高校時代までは自宅のキビ畑の収穫を手伝っていたので骨の構造を医学部の授業で初めて習った時に 何となく「キビに似ている」と感じたのを思い出して記事にしました😅

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骨は硬くて、石みたいに変化しないと思っているかも知れませんが、実は、髪の毛や皮膚と同じように、常に新陳代謝を繰り返しています。 骨における新陳代謝の役目を果たす細胞には、破骨細胞骨芽細胞があります。

「破骨細胞」は弾力や固さを失った古い骨を分解する細胞です。骨の新陳代謝に欠かせない細胞ですが、女性の場合は、閉経を迎えると破骨細胞のはたらきを抑える女性ホルモンが減少し、そのことにより骨を溶かす細胞が力を増して、急速に骨の量が減ってしまう状態となります。これが閉経後に急速に骨粗鬆症の割合が多くなる理由となります。

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「破骨細胞」は古くなって骨のカルシウムを吸収して、血液の中にカルシウムを放出します。「骨芽細胞」は私達の骨の土台となる部分(コンクリートのビルにたとえると、鉄筋にあたる部分)の骨のコラーゲン・繊維をつくりながら、この繊維に絡めるように、血液中のカルシウムを骨に取り込んで硬く仕上げます。破骨細胞が壊した部分を修復する働きの細胞と言うことになります。 運動で骨に力が加わると、骨芽細胞のはたらきが活発になり、骨が丈夫になります(骨粗鬆症の予防に運動しなさいと言われるのはその作用があるからです)。

骨の働きは身体を支持し運動を支える機能、骨髄における造血、そして血液や細胞のカルシウム濃度の調整という3つの主な働きに集約されます。 たまには骨のことを考えて生活してみましょう。                                    

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