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2022年2月25日 (金)

1989年エジプト旅行No3(カルナック神殿、ルクソール神殿)

今週は生け花クラブが休みのようで金曜日のお花を紹介できません。代わりに庭に咲いたイッペイの花を出したかったのですが、昨日まで雨が多く青空での写真が撮れずに断念しました。 代わりに昔行ったエジプトの旅行記をアップ致します。

以前書いたエジプト旅行記の続きを記載します。→エジプト旅行No1 , エジプト旅行No2

33年前に訪ねたエジプトの旅行記で、アルバムに中にあった写真をスキャナーで取り出して載せてみました。画質は悪いのですが、これも味がある写真となり記念になっています。初めて行ったエジプトの首都はカイロは色々な機関が集まっている雑然とした大都市の印象を受けました。

エジプト観光の目玉の1つにルクソールにある、カルナック神殿ルクソール神殿があります。 ルクソールはかつてエジプトの首都テーベが置かれた都市で、中王国時代の紀元前2000年頃から首都が何度か置かれた都でした。ナイル川の東岸にある神殿群で、かつての栄華がうかがわれます。映画のハムナムトラなどでもよく「テーベ」の名前を聞くことがあります。_0044_20210216143401


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カイロからは船で向かった記憶があるのですが、どの箇所で乗ったか健忘のかなたです。乗り物の記憶として残っているのは、とても時間にルーズな列車が30分の遅れで乗り込めたラッキーな思いでともう1つは飛行機の離陸の時でした。これはアスワンからの飛行機での移動の離陸時の時です。
もとエジプト軍のパイロットだったという機長の操縦でした。凄く上手だったことと、飛行機に乗り込んでドアが閉まって離陸準備と思いきや、すぐに動き出してUターンし滑走路に入りました。これまでの飛行機の体験では、いったん立ち止まる時間があると考えていました。 ところが1度も止まることもなく、もちろん速度を落とすことなく直ぐに加速して飛び出したことは昨日のように覚えています。これまでの経験の中で乗客が乗って離陸するまでの時間の最短記録だと思います😃・・・何故かこんなことは33年たっても記憶に残っています😅

カルナック神殿はアモン神を祭った神殿で、東西540m、南北600mの壁で被われた巨大な神殿建造物となっています。

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神殿に入る前の通路の両側には変わった形のスフィンクスの像が建ち並んでいます。あの大スフィンクスを思い浮かべたのですが、なんと頭は羊で胴体がライオンとなっています。「羊とライオン」奇妙な組み合わせです。

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兎に角何もかもが、やたらデカいです。この大きさに現代人でも圧倒されるのですから、古代の人々はここで神の存在を信じたかもしれません。綺麗に赤や青の装飾が残っている場所もあります。3000〜4000年前の色ですよ・・・凄い!

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カルナック神殿にはこのようなオベリスクがいくつも建ち並んでします。宮殿の支柱は何枚かの石を積み上げて造っていますが、このオベリスクは一枚岩を切り出して造っています。途中で割れたり、ヒビが入ることもあったのでしょう。古代エジプト人の建築術の高さが覗えます・・❗
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カルナック神殿から南へ2〜3Km の場所に今度はルクソール神殿があります。ここもエジプト観光ではきっと立ち寄る場所ではないでしょうか。
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カルナック神殿の正面のオベリスクが一対がかけているのがお分かりでしょうか。パリに出かけてことがあるなら、エジプトに行ったことがなくても、この相棒をみたことがあると思います。 エジプト・シリア戦線においてオスマン帝国がエジプトに軍を派遣し、その後エジプトは一時期オスマン帝国の属州エジプトとなります。トルコ人のムハマド・アリーが1805年から1849年の間、エジプト(ムハンマド・アリー朝)の初代君主となりました。イギリスとの敵対関係もあり、敵の敵は友達とのことで、エジプト政府はフランスと一時的に結びつきを強めた時代がありました。その時(1833年)にフランスのルイ・フィリップ国王にカルナック神殿のオベリスクを贈呈したのです。 今ではパリのコンコルド広場でこの相棒をみることが出来るのです。

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円柱の間にラムセス2世像がたっています。余程自己顕示欲が強い王様だったかも知れません。まあ皆そうだった時代だったかも知れません。当時の支配者は人間と神の間のような存在として描かれていますし、民もそのように思い込んでいたかも知れません。
現在のルクソールは更に観光地化されていて、夜のライトアップツアーなどもあるようです。いつかまた行く機会があればライトアップされた夜の神殿も訪ねてみたいものです。

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コメント

院長先生
こんばんは。
今日もお疲れ様でございました。

生け花の代わりがエジプト旅行記で嬉しく拝見させて頂きました。
コンコルド広場のあのオベリスクはここから持ち出されたものだったのですね。
映画🎥ハナプトラは確か全シリーズ観ていると思います。
あの映画でスカラベを知りましたよ。
ベルリンのエジプト博物館も行きましたが、残念ながらエジプトへは行っておりません。
大英博物館にもエジプトの展示物が多かったと記憶しております。
紀元前何世紀も前に凄い人々の偉業に驚きですね。
続きを楽しみにお待ち申し上げております。

あの国の大統領は狂ってますね。
他国へ攻撃とは・・・!すぐに中止して欲しいです😠

マコママさん、こんばんは。

早速読んで頂きありがとうございます。今日は生け花がないのでこのまま記事は書かずにおこうと考えたのですが、これまでの旅行記が沢山ありますのでアップすることにしました。

エジプトを行った後にフランスを訪ねましたので、コンコルド広場のオベリスクを観たときには感慨深いものがありました。

ベルリン博物館や大英博物館などはエジプトの展示品が大きなウエイトを占めていますね。それだけエジプトの古代文明は人類、特にヨーロッパの文明に影響を与えたと考えます。 エジプト→ギリシャ→ローマの流れがみえてきます。

戦争は日々の生活に忙しい無垢の人々が起こすのではなくて、愚かな政治家が起こすものです。 まさに今回の軍事攻撃は短絡的な愚行だと後々まで語り継がれると思います。 世界が一致して反対して欲しいですね。

omoromachi先生 こんばんは。

わたしも数年前、エジプトを旅したので、
とても懐かしく思いながら記事を読ませていただきました。

カルナック神殿の柱の大きさには、本当にビックリですね。
ヒエログリフなどの装飾も色あせない美しさで、
首が痛くなるほど、柱上部の装飾に見とれていたのを思い出します。
たしか青色は、ラピスラズリの石を砕いた顔料だとかで、
だから長い時を経ても美しくあるのだと、現地の方が仰ってました。

わたしが行った当時、どこだかの神殿の近くで
武装勢力??が近づいているとのことで
予定していた観光ができなかったことがありました。
緊張が絶えないエリアではありますが、
やはり独特の魅力がある素敵な国だと思います。

早くまた自由に旅に出かけられるようになるといいですよね。
シェアしてくださってありがとうございます♬

アケさん、こんばんは。

アケさんもエジプトに行かれたので懐かしい部分も多いのでしょう。街並みは数年で随分と変わるかも知れませんが、私が行った1989年とアケさんが行った数年前でも長い歴史遺産から観るとほんの一瞬の差しかないのでしょうね😀

現地に行ってその大きさに圧倒されますよね。3000年前の色が今でも残っている部分もあり、今も昔も人間の色彩感覚は余り差がないのかも知れません。

エジプトなどイスラム圏は旅行者にとっては安心な社会だったのですが、色々な宗教勢力が台頭して不安定な社会になってしまいました。旅行者にとってもいつ事件に巻き込まれるか心配にもなります。

エジプト文明はやはり人間社会の基礎を築いたいつまでも色あせない世界ですね。これからも自由に旅が出来たらいいですね。

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