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2021年7月21日 (水)

世界を夢みて(番外編);1989年エジプト旅行No2(アブシンベル神殿)

(第3週水曜日は会議のためにFM放送が私の担当ではありませんので、医療ネタもありません。以前の旅行の続きを記載致します)

前回のエジプト旅行記No1の続きです

アブシンベル神殿について知ったのは、確かテレビで見たユネスコによるアブシンベル神殿の移設計画のプロジェクト番組だったと記憶しています。こんな凄い移設を行うことが出来たことに凄く感動したことを覚えています。

元々はナイル川に面した砂岩の岩山を削るように作られた岩窟神殿で、大神殿と小神殿から構成されています。新王国時代第19王朝の王、ラムセス2世のもとで創られます。大神殿は太陽神ラーを祭るために、小神殿はハトホル女神を祭神としているそうです(紀元前1300年頃)。また小神殿は最愛の王妃ネフェルタリのために建造されたものでもあるそうです。

 この巨大な神殿も砂漠の砂に埋もれて歴史から消えてしまっていました。1813年にスイスの東洋学者ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトによって小壁の一部が発見され、1817年にブルクハルトの知人であったイタリア人探検家ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルツォーニによって出入り口が発掘されたと言うのですから、ビックリします。

 私達の年代では教科書にも載った(今でも?)、毎年洪水を起こしていたナイル川の治水のためと巨大な発電所のためにアスワン・ハイ・ダム建設の工事が1960年から始まります。そのダムにより、このアブシンベル神殿は水没の危機に陥ります。世界的な貴重な遺産を後世に残すために世界の人々は立ち上がります。これがユネスコによる移設計画でした。世界中から建築家、技術や考古学者などが結集されます。1964年から1968年の間に、この大神殿を正確に機械で分割し、これを今まで在った場所からダムによっても水没しない60m上方の位置(ナイフ川より210m離れた丘)に角度も全て変えずに移設出来たのです。

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上の写真が、ダムによって出来たナセル湖です。この大規模な移設工事がきっかけとなり、遺跡や自然を保護する目的で世界遺産が創設されました。アブ・シンベル神殿は世界遺産の象徴的な遺跡で、文化遺産として登録されている。

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アブシンベル大神殿です。入り口付近の人影の大きさから、この巨大さも想像出来ると思います。大神殿は高さ33メートル、幅38メートル、奥行きが63mもあります。
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移設にあたり、角度も変えずに移設したと書きましたが、この神殿では、年に2回神殿の奥まで日の光が届くように設計されています。入り口から60mの神殿の奥には4体の像があり、そのうちの冥界神であるプタハを除いた3体を明るく照らすようになっています。テレビで見たことがありますが、その日には観光客やテレビ局のクルーなど多くの方がこの現象を見に来るそうです。本来はラムセス2世の生まれた日(2月22日)と、王に即位した日(10月22日にこの現象が起こるものであったそうですが、神殿の移設により現在は日に違いが出ているとも記載されていました。内部の写真はなかったので恐らく写真撮影は禁止だったと思われます。
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大神殿の正面の壁面にはラムセス2世の巨像が鎮座しています。ラムセス2世の青年期から壮年期までの像だとのこと。左から2体目の頭部の部分は壁から剥げ落ちてしまっています。足の部分にある巨大な岩のようにみえる部分が頭部の部分となっていますが、移設する時点での状態を保存しています。中央は太陽神ラーの像でしょうか?

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本当に大迫力のラムセス2世像です。一体どれだけの権力を持っていたのでしょうか? 上の写真の足の部分にどう観てもエジプトの古代文字とは違う文字が落書きされています。1887年とか1875年だとか読み取れます。実は相当昔の落書きもあるそうで、古代ギリシャ文字の落書きなどもあるそうです。ユネスコは移設する時の状態をこのままにしたのでしょうね。私なら落書きを修復して建設当時のものに復元しようと試みそうですが・・・
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大神殿の右横に小神殿も移築されています。この小神殿(小と言ってもデカいですが)はなんとラムセス2世が結婚25周年を記念して王妃ネフェルタリに捧げられたものだそうです。世の奥様方、指輪は花束で喜んでいる場合ではございません。贈り物としてはスケールが違いますよね。生まれ変わったらネフェルタリになりたいと想像している奥様もいらっしゃるかも(まあいないか?😸)。正面にはネフェルタリとラムセス2世の立像が並んでいます。ネットに書いてあったのですが、これまでの慣習では通常、王妃の像は王の足元に小さく作られるもので、アブシンベル小神殿のように王と王妃の像が対等に並ぶのは他に例がないそうです。ネフェルタリ愛されていたのですね💖

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コメント

こんばんは。
今日もお疲れ様でした。
まだ、台風の影響もあると存じますが、
明日、明後日は休診でしょうから、
少し?安堵なさっていらっしゃるかも知れません。

凄い神殿ですね!
移設の様子は私もTVで観た記憶がありますが〜!
実際にこの偉大な神殿の前にお立ちになられて圧倒されたと思います。
いい時期にいらして良かったですね。

続きを楽しみにお待ち申し上げております。

贈り物は花束さえ貰った事が無い、可哀相な妻でした😭

こんばんは!
エジプト旅行・・・夢だなぁ。
紀元前1300年頃というと日本では縄文時代ですね。
日本には文字も無かったであろう頃に、エジプトではこんな巨大な建築物を作っていたんですねぇ。
そう思うと色々と想像して夢の世界へ。
学生の頃は授業中にそんなことを考えてしまい、授業を聴かなかった事もしばしばでした。
一度は訪れてみたいものですが、まだちょっと危ないですね。
はやく安全になれば良いのですが・・・。

今日、2回目のワクチン接種を受けました。
午前11時頃に接種したのですが、午後9時前の現在、すでに接種した左腕が痛くなりましたよ。
明日の朝はどうなっていることやら・・・。

マコママさん、こんばんは。

那覇市の方はまだ強風が吹いています。台風は沖縄本島から逸れたために休診もなくすみそうです。 明日、明後日は公休日で休みとなります。私の方は明日はいつもの通り出かけて、あわよくば明後日は久々の休みを取ろうかと考えています。

ユネスコの移設のテレビ番組を観て以来、この神殿は是非観てみたいと思っていました。やはり圧巻でした。 小アルハンブラ宮殿は奥様のために作ったというのですから、昔のファラオの権力の凄さがわかります。 マコママさんは愛情を頂いていますので、花束は必要なかったのかも知れません😊

FUJIKAZEさん、こんばんは。

エジプトは男のロマン(女性に怒られそうです😅)ですね。当時の文明の凄さ、巨大遺跡を造るエネルギー、権力者ファラオの存在・・・どれも想像を掻き立てられます。

古代エジプト文明は歴史ロマンそのものですね。紀元前何千年なんて想像がつきません。今みたいに重機もないのにどのようにしてあのような遺跡を残すことが出来たのでしょうか?

今回2回目のワクチンでしたか・・・明日はもう少し筋肉痛になりそうですね。2〜3日は痛みや風邪症状に近いだるさや微熱が出るかも知れません。 これから2週間程度すると免疫力も安定して、95%程度の予防効果が期待出来ると思います。 これで安心感が出て来ますね。

こんばんは。

やはりアブシンベル神殿にも行かれたんですね。
ここもいつか訪れてみたい憧れの巨大遺跡の一つです。
これだけの遺跡を水没させるのは勿体無い。
巨費が投じられたと思いますが、移設されて良かったです。
私も神殿の奥に光が届いて石像を照らす様子をTVで観た事があります。
そういった様子もミステリアスでロマンがありますね。
ラムセス2世などの石像は表面がとても滑らかに見えますが
当時の石工が何人でどの位の期間でこの巨大な石像を仕上げたのか
改めて王の権力が偲ばれますね。
そして小神殿をプレゼントされたネフェルタリが羨ましいです。
きっと美しい方だったんでしょうね。

sharonさん、こんばんは。

アブシンベル神殿はピラミッドと同じぐらい観たい箇所でした。ユネスコの移設計画のテレビを子供の頃に観て以来、実際自分の目で確かめたい遺跡でした。
年に2回正確の時間に神殿の奥まで太陽の光が差し込めるように設計されています。それだけの正確な太陽の動きを把握できて神殿を完成させる当時のエジプトの技術力、天文学の高さには脱帽です。

エジプトの権力者の力をみるとネフェルタリのために作った神殿も納得ですね。当時の胸像を観ると綺麗な王妃だったようです。

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