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2021年5月

2021年5月30日 (日)

世界を夢みて(244):オルセー美術館;ゴッホ作品

このブログの記事をまとめたホームページを作りました。見て頂くと嬉しいです😃( ニライの夢https://dreams-nirai.com

フラン・パリの旅行はこれまで3回出かけたことはありましたが、いつも短い滞在ですのでもしも生きている間に時間が作れたらノンビリとパリを散策したいと願っているのですが・・・パリは色々な魅力に溢れています。 その1つに美術館巡りがあります。美術館の中でもオルセー美術館は大好きな美術館です。

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パリ・オルセー美術館は昔の駅舎を改造して作られた美術館で外装も貯蔵作品も素晴らしい美術館です。ルーブル美術館のように年から年中混んでないのも魅力です(笑)。
前回のブログでは「マネ」と「モネ」の作品を主に載せましたので、今回はオルセー美術館の「ゴッホ」の作品を記載します。(→オランダのファン・ゴッホ美術館



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L'église d'Auversオヴェールの教会(1890)

パリ郊外にある村のオヴェールの教会を描いた作品で、ゴッホの晩年の作品群の特徴であるうねるような絵の具の重なりを観ることができます。数奇な運命を辿ったゴッホが人生の幕を閉じたのもこの村でした。

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La chambre de Van Gogh à Arles:アルルの寝室(1889)

アルルの寝室の平面的な構図はゴッホが浮世絵に傾倒していたことを伺わせる作品でしょうか? 遠近法よりもシンプルな線で大胆に配置された窓枠やドア、飾られて絵など大胆な線の使い方を観ても浮世絵から影響を受けた感じたします。
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ゴッホ:ローヌ川の星月夜 1988年
ゴッホはひまわりなどの自然の花を描くことにも情熱を燃やしますが、もう一方で夜の光の表現にも興味を持ったと記載されています。弟のテオに宛てた手紙の中でも「夜は昼よりもずっと色彩が豊か」と書いていて、夜の光を表現するかも研究したようです。ひまわりのシリーズもいいのですが、オランダのクレラー・ミュラー美術館にある「夜のカフェテラス」と並んで好きな絵の1つです。
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Hôpital Saint-Paul à Saint-Rémy-de-Provence:ゴッホ:サン・レミのサン・ポール病院(1889)
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Potrait de l'artiste画家の肖像(自画像)(1889)

この自画像の背景の大気のうねりがゴッホの特長の1つでもあります。代表作の「ひまわり」シリーズもそうですが、この厚塗りのうねりは観る側に作品中の人物や花が放つ生命のうごめきが伝わってくるかに感じてしまいます。

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L'Arlésienne(Madame Ginoux)アルルの女(ジヌー夫人)(1888)
素人の私からみてこの作品はゴッホ独自のうねるような絵の具の重ねがこの作品には余り目立ちませんでした、黄色の色はやはりゴッホでしょうか?

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シエスタ:1890年
この絵の感じを観たら、ミレーを思い出すと考えます。ゴッホはミレーに尊敬の念を描いていたと言われていますので、ミレーの作品を元に描いたのかも知れませんね。この時期のゴッホは精神的なことで入退院を繰り返した時期でした。しかし精神的に落ち着いた時には絵を描いたと言われています。ゴッホは安らぎを求めていたのかも知れません。
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コルドヴィルの藁葺き屋根の家:1890年
この作品も1番上の作品と同じオヴェールの風景を描いた作品です。特に晩期のゴッホの絵には建物、木々、そして空もが曲がったうねりのある作品が多いのです。彼の精神的な不安定さが作りだした作品かも知れません。


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Dr Paul Gachet : ガシェ医師の肖像<第2バージョン>(1890)
この「ガジェ医師の肖像」には実は2つのバージョンが存在します。同時期ですが第1バージョンを描いた後で、これを元に殆ど同じ構図の第2バージョンを描いています。これはゴッホが肖像画本人の医師の「ガジェ」氏に寄贈しています。ガジェ氏の死去後遺族からフランス政府に寄贈されて、オルセー美術館に展示されています。第1バージョンについては実は日本にも一時あったのです(詳細は来週記載予定です)。
オルセー美術館にあるゴッホの作品群で気づいたところがあるでしょうか? 殆どは彼が亡くなる後半の作品です。 この時期の作品はゴッホの担当の精神科医の「ガジェ医師」とその遺族によってフランス政府に寄付されたものが多いそうです。
改めてゴッホの作品を眺めると写真では表せない油絵が私達の感性に衝撃を与える力があることを考えてしまいます。美的感性のない私でも余韻に浸りたくなる絵が多いのです。
思わずこのようなポスターを作ってみました。早く旅行に行きたいよ〜
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次回はオルセー美術館のルノワールの作品を紹介したいと思います。

2021年5月28日 (金)

今週の生け花(令和3年5月第4週)

新型コロナウイルス感染症の新規発生者数が増加する中で、5月も後半となりました。感染者は増え、ワクチン接種は進まず、東京五輪も近づくという閉塞感が漂う雰囲気で6月を迎えることになります。まあ、不満を言っても仕方ありませんので、目の前にあるべきことを淡々とこなしてゆくしかありません。頑張りましょ😃

今週も生け花クラブの活動があったようで、いつもの2階の小さなスペースにもお花が飾られていました。

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白い変わった形の花器に、ガマの茎の直線と葉の曲線を上手く使った作品となっています。
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ガマがあるお陰で、他の花々が柔らかな印象を受けます。黄緑のカーネーションに、黄色のオランジューム、赤いアンスリュームに赤いヒペリカムが愛らしいです。後面にある大きな葉はクルクマの葉を使っています。
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ガマをみると子供の頃を思い出します。家の近くにガマが生い茂っている場所があり、登校前にこれを何本か取って学校までの長い田舎道を、皆でチャンバラのように叩きあったりしながら小学校に通ったものでした。長閑な時代でした💕
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<花材:ガマ、カーネーション、アンスリューム、ヒペリカム、オンシジューム、クルクマの葉>

2021年5月26日 (水)

赤血球細胞の特殊性

今日のFMレキオは貧血について話をしました。

今日は赤血球の特殊性について話をしたいと思います。 赤血球の最大の役割は肺から取り入れた酸素をくまなく全身の細胞に届け、発生した二酸化炭素を肺から放出するという、酸素と二酸化炭素の運搬役です。

当然、血液の中を通って行きますが、血管は段々小さくなって最後の細胞にまで酸素を運ぶには、赤血球が大きければ詰まってしまいます。 ここからが赤血球の不思議です。

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赤血球を顕微鏡で見ると中央部が凹んだ円盤状の形をしています。他の細胞と較べて、この円盤はとても小さくそして柔軟性(変形性)があります。自分より小さい血管を通る時にこの円盤は折りたたまれるように通過することが出来るため、赤血球の大きさよりも小さい血管と通ることができるため、最後の最後の細胞まで酸素を供給できるのです。

変形しても大きければ小さな血管を通るのは無理なため、赤血球は自ら小さくなることを選択しました。 小さくするために細胞内の余計な成分を取り外していったのです。

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皆様方も細胞には核(DNAなど)がある事はご存じだと思います。赤血球は自分の体を小さくするために、大切な核だけでなく、他にも普通の細胞が持つミトコントリア、リボゾーム、ゴルジ装置、小胞体なども削りとって、小さな細胞へと変化を遂げて酸素を運ぶだけに特化した珍しい細胞になったのです。

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この様に小さくスリムな体型になったため、赤血球の数は成人の男性で1mm平方メートル(1mmの小さな箱)に450〜530万個、女性で100〜480万個の膨大な数を確保出来たのです。一人の人間の赤血球数は20兆にもなるのです。

これは本当に多くの数なのです。 私達の体は沢山の細胞の集合体で200種類以上、約37兆個前後の細胞から成り立っています。  ということは私達の細胞の1/2から2/3近くは1種類の赤血球から成り立っていることになるのです。 

赤血球は鉄を原料に酸素を運ぶのに特化した細胞に変化しました。これは取りも直さず、私達が進化して行く過程で、平温動物としてエネルギー産生の増加に多量の酸素が必要になったこと、肥大化していった人間の脳細胞にも沢山の酸素が必要となった必然的な進化でもあるのです。

貧血のある方はこの進化の恩恵に預かれないのかも知れませんので注意して下さいね(←冗談ですからね。ちゃんと進化していますから心配しないで下さい

2021年5月23日 (日)

世界を夢みて(243):オルセー美術館No2(マネとモネ)

オルセー美術館は外観も内装もそして、展示品も素晴らしく私の最も好きな美術館の1つです。前回はオルセー美術館が駅舎を改築して作られたことをうかがわせる部分を紹介しました(→オルセー美術館:駅舎)
今回は恐らく多くの日本人が好きな「モネとマネ」の作品を中心に載せたいと思います。
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マネ:笛を吹く少年、1866年(小さく見えますが:大きさは161 Cm×97Cmのサイズです)
私に取ってマネの笛を吹く少年には思いで深いものがあります。初めて海外に行った時にメモ帳が入った金属ケースを持って行きました。このケースのデザインが「笛を吹く少年」でした。そのメモ帳に飛行機の日程などを書き込んでいました。土日もなく病院で殆ど寝泊まりをしていた研修医時代に、この手帳を見ながら「あと何日で旅行に行けるぞ!」と気持ちを高めたものでした。この「笛を吹く少年」をみると今でも希望が湧いてくるのです😃
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{マネ:オランピア1863年}

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{マネ:すみれの花束をつけたベルト・モリゾ 1872年}

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{マネ:バルコニー、1868−1869年}

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{マネ:ロラ・デ・バレンシア1862年}

 

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{マネ:草上の朝食 1863年} 
きっと皆様方も疑問に思っている方もいらっしゃるかも知れません。「何故、男性はスーツ姿なのに、女性は裸なの?」と思いませんでしたか。 西洋絵画の歴史の中ではキリスト教の影響が強く、公衆の前で「裸の女性を描くことは」タブーであり、画壇からもバッシングを受けていました。 それが比較的許されたのはルネッサンスの時期になってからだと考えます。
キリスト教のアダムとイブの話を聞いたことあると思います。イブは一糸まとわぬ裸で登場します。聖書にそう書いてあるのですから誰もイブを裸で描くことには非難できない訳です。神話で出てくる女神も裸で描いても大丈夫でした。 ですから絵画や彫刻でもイブや女神は裸でもOKでした。 そのために西洋絵画で女性の裸婦像を描いても、これは「女神である」とか「神話の中の世界」などと言い訳をして(確信的な詐欺をして?)堂々と公開することができたのです。
改めて「マネ:オランピア1863年 」の作品を見て欲しいのですが・・・どう観ても現実世界の裸の女性ですよね(「オランビア」とは当時のパリの娼婦の通称)・・・この時期に「マネ」は神話ではない現実の裸の女性を描くことで、当時の画壇にセンセーションを起こしたのです。マネはその当時の批評家達から「不道徳で、なんと下品なやつ」と罵られたとのことです。それに対して何故誤魔化す必要があるのかと反論したそうです。・・・まあ気の弱い世の男性諸君も裸の女性の写真を眺めているのがばれたら「これは神話の世界の話」と言い逃れしましょう(・・・無理か😅)

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{モネ:草上の昼食 1985〜1986年}

今度は「モネ」ですよ「マネ」ではありませんよ・・・ついてきて下さいね(笑)。クロード・モネ(1840〜1926年)とエドゥアール・マネ(1832〜1883年)は同じフランス生まれの印象派の画家ですが、マネの方が印象派初期の大先輩となります。マネが比較的しっかりとした輪郭で描いたのに対して、モネは光の効果や時間的変化を淡い色使いとして作風となっています。
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{モネ:(左を向いた)日傘の女 1886年}

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{モネ:(右を向いた)日傘の女 1886年}
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{モネ:青い睡蓮 1917〜1919年}
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{モネ:睡蓮の池、緑の調和 1899年}
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{モネ:ジヴェルニーの庭園1900年}

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{モネ:ロンドン、霧の国会議事堂 1904年}
日本人は印象派の画家達が好きな方が多いと言われています。日本の浮世絵が印象派に与えた影響は大きかったと言われています。もしかしたら印象派の作品は浮世絵と重なって日本人の心の中に入りやすかったのかも知れません・・・まあ、私には分かりません😅

2019年の旅行では行きませんでしたが、モネの有名な「睡蓮」の作品群を収集したオランジュリー美術館については後ほど載せたいと思います。

2021年5月21日 (金)

今週の生け花(令和3年5月第3週)

2021年5月も第3週となりました。新型コロナウイルス感染症を抑える手段のワクチン接種が遅れる中で、沖縄県も緊急事態宣言が発令となるようです。コロナの影響で、観光業界、飲食業界は多大なダメージを受けています。緊急事態宣言の発令は更に疲弊したこのような産業を追い詰めています。私は医療者ですので、感染の拡大を防ぐ為には人の移動や行動の自粛を求めてきました。しかし同時に昨年当初より「自粛と補償はセット」でないといけないと訴えてきました。社会の中で感染の発生リスクが高い所から押さえ込む、それも短期間で集中して行うことで感染の拡大が防げ、ひいてはそれが経済的にも良いと考えていました。日本の対応はワクチン行政も感染封じ込めも実に曖昧で後手後手の印象しか残りません。政治が感染の専門家の意見にもっと真摯に答えていたら、今頃はアフターコロナを見据えた社会経済再開の道筋を示せたと思うのですが・・・庶民はワクチン接種の順番を得るにも必死で、我慢を余儀なくされています。

冒頭から愚痴をこぼしてしまいましたが、そのような時には生け花を眺めて心を静めたいと思います😊

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今週もいつもの2階の場所に生け花が飾られていました。丸く白い花器に茎の太いヘリコニアと青々とた大手まり(ブロッコリーではありませんよ(^0^))が印象的です。小菊やスプレーカーネーション比べてヘリコニアがかなり大きいのでバランスが取りにくかったと感じました。
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斜め上と横からの眺めです。ヘリコニアを入れない方がバランスが良さそうですが・・・ちゃんとそれをまとめているのが生け花クラブの皆様のセンスの良さだと思いました
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大手毬(オオデマリ)は5月の時期に開花しますので、今が旬の時期でしょうか。いつもこんがらがるのが、大手毬と紫陽花(アジサイ)の違いで、私には区別がつきません😢  よく似ていますが、アジサイの花と思う部分は実は萼(ガク)ですが、大手まりの場合は、花そのものとなります。 ついでにもう1つ、大手まりがありますが、小手まりもあります。 まあ、花については詳しくありませんので、この辺でおしまい😊
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黄金色の額に飾るとまた違う印象となります。 まだまだ耐える時期ですが、耐えていたらいつの間にか何事もなかったかのようになっているかもしれません。希望を持って臨みましょう😉
<花材:ヘリコニア、大手まり、小菊、スプレーカーネーション>

2021年5月19日 (水)

メルク修道院(世界遺産)

(今日は第3週の水曜日ですので医療ネタはありません。世界遺産のメルク修道院を記載致します)

初めてのヨーロッパは35年程前のウィーンでした。その後オーストラリアは旅行の経由や途中で3回ほど寄ったことがありました。何度(何度と言うほどではありませんが)訪れても素敵な街です。ハプスブルクの栄華を垣間見ることが出来る都市です。

2013年の旅行でドナウ川のヴァッハウ渓谷にあるメルクの街の高台にメルク修道院を回る機会がありました。この時まで名前も知りませんでしたので、余り期待もしていませんでしたが、ちょっと意表を突かれた感じの素晴らしい修道院でした。

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12世紀には修道士の学校であるメルク修道士校が設立されたという、歴史の長い修道院のようです。現在見ることが出来る修道院は1700年代に設計されたバロック建築の豪華な建物となっています。

私が考えている修道院はなんとなく質素なイメージでしたが、この修道院は豪華絢爛です。建物も凄いのですが、内部のフレスコ画に、私が1番ビックリしたのは併設されている図書館でした。中世から残る貴重な本も沢山収められているとのことでした。

言葉で言うよりも写真を並べてみます。 いま思い返しても凄い修道院だったと改めて思えるのです。

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メルクの街を見下ろせる高台に建っています。

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正面の庭から入る建物も、何処かの宮殿の様な佇まいです。
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規模は違いますが、教会の内部もバチカンなどの大聖堂と匹敵するほどの装飾で埋め尽くされています。凄い財力を持った修道院だったことが伺われます。更に奥に進むと図書室がありました。ここも圧巻です。両サイドにある古い蔵書も凄いですが天井のフレスコ画もまた素敵です。

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修道院は1978年から2006年まで大規模な修復作業を終えたようです。その為でしょうか、外壁が割と新しく感じられました。

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思いもかけない素晴らしい修道院でした。ヴァッハウ渓谷に立ち寄る場合には是非寄って欲しい修道院でした。交通の便は悪いのですがもう一度訪ねてみたい場所でした💖

2021年5月16日 (日)

世界を夢みて(242):オルセー美術館No1(駅舎の名残)

(ココロブの記事をまとめた私のホームページはここからニライの夢

今のところ、大好きな美術館を上げるとしたらオルセー美術館が筆頭かも知れません。私がパリを訪ねたのが1987年、1995年、2019年ですがいずれもオルセー美術館だけは毎回立ち寄りました。1987年の初めてのパリで、ルーブル、オルセー美術館を訪ねました。1995年はオランジェリー、ピカソ、オルセー美術館を訪ねました。やはり1番印象に残っていたのがオルセー美術館でした。それぞれの美術館は1日あるいは数日かけて廻れるほどの展示品があるのですが、時間のない私はそれぞれが2〜3時間の滞在となっています。いつかは1〜2日かけてそれぞれの美術館巡りをやってみたいのです(・・・無理か😂)。

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オルセー美術館の建物はもともと1900年のパリ万国博覧会開催に合わせて、オルレアン鉄道によってオルセー駅の鉄道駅舎兼ホテルとして建築されたとのことです。その当時の流行として、産業革命後によって多量に生産可能となった素材の鉄やガラス、コンクリートを使ったあたらしい駅舎だったようです。
セーヌ川湖畔に立つ王宮のような外観、内装、それに展示品の数や馴染み深い印象派の作品など、いくら時間があっても足りない展示品、そして今でも印象に残っているのが、1995年の美術館内での昼食でした。美味しかったかどうかは記憶にない(😅)のですが、宮殿のような場所で食事が取れたのは田舎者の私にとっては圧巻でした。これまで美術館などはあまり入ったことが在りませんし、ましては美術館内でフルコースの食事が出来たことにはビックリとしました。

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セーヌ川の対岸からみたオルセー美術館です。この外観だけでも非常に美しい建物です。遠く向こうにエッフェル塔が見えています。

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これまで、運河が人や物の物流の手段だったのが、新しく鉄道へと変わった時代の流れをみているような写真ですね


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美術館のイメージしかありませんので、逆に電車が構内に入って居るのが不思議な気になります😊

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どうでしょう。入り口の上に大きな時計、ヨーロッパで見かける歴史ある駅舎の雰囲気が漂っています。最初の駅舎の開業当時からある時計だそうです。

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オルセー美術館のセーヌ川に面した大時計からモンマルトルの丘が見えます。この場所もオルセー美術館でお気に入りの場所です。
次回からオルセー美術館の主な作品を紹介する予定です。

2021年5月14日 (金)

今週の生け花(令和3年5月第2週)

コロナ禍においては色々な活動が制限されています。当院の生け花クラブも密にならず、風通りのよい大きな部屋で活動をしています。4月に入り、新入職員のオリエンテーションの会場として、新しいシステム導入の準備部屋として使用されたために、生け花クラブの活動が休止となってしまいました。 この生け花クラブが今週は1ヶ月以上ぶりに活動が再開されたようで、いつもの2階のスペースにも生け花が飾られていました。

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今週の生け花は、色々な色や形の違う花を上手く組み合わせています。上方と前方に伸びる山ボウシが自由で伸び伸びとした印象を与えてくれます。
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左右から眺めると、花々の位置関係やそれぞれの花々の色や形もよりよく判断できます。
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アガパンサスの紫の花々が球体状に咲く華やかさがあります。ヤマボウシ(山法師)は日本から中国・朝鮮半島に分布する高さ5から10メートルになる落葉高木で、白い花びらに見える総苞片(そうほうへん)を坊主頭と頭巾に見立てて「山法師」と名付けられたそうです。
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<花材:山ボウシ、アガパンサス、カーネーション、トルコギキョウ>

2021年5月12日 (水)

最高血圧と最低血圧の差について

去年、高血圧の診断基準が改正されたために、このブログでも説明しました(→高血圧と食塩(血漿浸透圧)との関係)。

先月診察室で、昔と比べて上の血圧と下の血圧の差が広がってきたんですが、差が大きいことは悪いことでしょうか?と質問されました。それの答えを見つけながら今日はその辺りを書いてみたいと思います。

血圧の上昇には色々なファクターが存在します。その中で避けることができないのは加齢と共に動脈が硬くなる変化です。動脈硬化を進める危険因子としては皆様方がよくご存じの「高血圧」「高脂血症」「糖尿病」「高尿酸血症」「内臓脂肪増加」などがあります。

どのように頑張っても加齢と共の動脈は次第に硬くなり、若い頃のような弾力はなくなります。

心臓は心臓の筋肉(心筋)により拡張と収縮を繰り返し、4つの逆流を防ぐ弁のために、ポンプのように全身に血液を送り出したいます。
収縮期血圧(=最高血圧、上の血圧)は心臓(左心室)が収縮し大動脈に血液を送った時の1番高い血圧のことで、拡張期血圧(=最低血圧、下の血圧)は心臓弁(大動脈弁)が閉じて、左心室が拡張を迎えた時の血圧となります。

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一般的には動脈硬化は全身の細い血管の方が先に起こり影響が出ます。そのために初めの頃は拡張期血圧が少し高くなることが多いと思います。 
その後、中心部の太い血管にも動脈硬化が表れることで、次第に収縮期血圧も上昇します。多くの方は拡張期血圧も収縮期血圧も高い状態となって高血圧と診断されて、治療を受けることが多いと考えます。
更に動脈が硬くなると最高血圧は上昇しますが、最低血圧はあまり上昇せず、むしろ低下傾向のなる場合もあります。そうなると私の患者さんの質問のように、最高血圧と最低血圧の差が大きくなリます。
最高血圧と最低血圧の差を脈圧(みゃくあつ)と呼びますが、一般的に年齢とともに大きくなってゆきます。通常の加齢的変化では脈圧は65mmHg以内が目安となります。
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もしもそれ以上に大きくなると心臓弁膜症(大動脈閉鎖不全)を考慮する必要もあります。大動脈弁閉鎖不全症では心臓から拍出された血液がまた心臓に戻ってまた拍出されるので、左心室に溜まる血液が多くなり、収縮期に更に多くの血液を出すために最高血圧が高くなります。今度は拡張期には血液が心臓内に逆流するために最低血圧が低くなります。脈圧が大きい場合は主治医の先生と相談することを勧めます。

2021年5月 9日 (日)

世界を夢みて(241):エッフェル塔

花の都とも称されるパリですが、19世紀半ば頃までのパリは、非常に不衛生で、病気や疫病が蔓延する都市だったようです。 第二帝政期、皇帝ナポレオン3世の指示により、1853年にセーヌ県知事に就任したオスマン男爵により「パリ大改造」が行われ、現在のエトワール凱旋門から放射線状に12本の大通りを基盤とした近代都市パリを生み出したのそうです。専制君主だったお陰で強引にやり遂げた計画だと考えます。現在のフランスでこのようなことをしたら民衆の大暴動が起こり、恐らくこの10分の1も達成出来なかったのではないかと想像致します😄

その大改造によりパリの街は高さなども統一されて美しい街へと変貌します。今ではパリのシンボルともなっているエッフェル塔も1887年にフランスのパリ万博の目玉として建築されることになります。丁度世界は産業革命が進み、鉄鋼業が盛んになった時期でもありました。優美な建築物があり、街にはカフェも立ち並ぶ世界の都パリとなっていました。当時の作家、画家、彫刻家さらに建築家までもが「我が首都の真ん中に、無様にして醜悪であるエッフェル塔の建設は、フランスの芸術と歴史の名において怒りを込めて抗議する」との声明を出した程だったようです。


・・・その後取り壊しの危機も乗り越えて、いまではパリの至る所からみることの出来るエッフェル塔です。
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セーヌ川からみたエッフェル塔です。もうこのエッフェル塔がない景色は想像が出来ません。この鉄塔が見えるお陰で、誰もがこの写真を見ただけでパリだと認識するのだと思うのです・・・きっと皆様方もそうでしょうね😄
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パリの街歩きをしながら色々な建物の間からも見えてきます・・・東京タワーではありませんよエッフェル塔です😅
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近くで見るとその大きさが分かります。今ではテロ対策(?)で周囲が網で被われているのは残念です。
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パリの散策を終えて夕暮れ時にエッフェル塔に戻ってきました。

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夜の11時頃にエッフェル塔が光に包まれます。これもまた美しいです。実は毎日エッフェル塔では日没後の毎時0分から5分間、エッフェル塔がキラキラ輝くイルミネーションが行われています。このキラキラ輝きから「シャンパンフラッシュ」とか「ダイヤモンドフラッシュ」と呼ばれています。 今回もみることはできませんでしたが、エッフェル塔が消灯するのがAM1時5分ですが、このAM1時から5分間は白い色だけの特別なライトアップのシャンパンフラッシュが点灯するとのことですので、機会があればご覧下さいね。

<思い出のアルバムから>

初めてパリに行った1987年のアルバムを開くと懐かしい写真が色々とありました。エッフェル塔の写真もありましたので、紙の写真をスキャナーに取り込んでみました。

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今では治安のためエッフェル塔の周りも金網に被われてしまいましたが、1987年エッフェル塔の写真を見ると昔はやはりなかったようです。私の足を上げた写真もありました。ここまで来て何を考えている「アホやろ〜」😅と呆れてしまいますが、今ではやろうとしても足が上がりません😭、20代ならバク転していたかも知れません。 月日は流れて行くのです😊
 
若者たちよ! コロナが終息したら広い世界を旅して欲しい💕 1度しかない短い人生、たらたらと生きずに走り抜いて欲しいと思う今日この頃です(笑)。

2021年5月 7日 (金)

ドイツ共和国(写真のみ・・😅)

(金曜日ですが生け花クラブがないようですので、お花を紹介出来ません。昔出かけたドイツの写真をメインに紹介したします)

ドイツ連邦共和国(ドイツ語: Bundesrepublik Deutschland)、通称ドイツ(ドイツ語: Deutschland)は、中央ヨーロッパ西部に位置する連邦共和制国家で、首都および最大都市はベルリン州となっています。

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私が初めてドイツに行ったのはまだ東西が分断されていた1987年でした。そう言えば思い出しましたが、当時は西ドイツの首都はベルリンではなくて、ドイツ中西部の「ボン」が首都でした。東ドイツの首都は東ベルリンでした。その時はまだ東ベルリンに西側から入ることは出来ませんでした。この後東西ドイツが統一され、ベルリンの壁が壊されました。


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1994年に訪ねた時には旧西ドイツと旧東ドイツの間も自由に旅行することが出来ました。(→2014年のベルリンの壁崩壊後25年目の記事)。その時に撮った写真が↑ですが、今となっては貴重な写真となっていると考えます。

2011年は経由で2日間ドイツに滞在し旅行を楽しみました。 新たに時間が出来たらドイツの旅行記を書きたいと思います。今回は有名な旅行先の写真だけです・・🙇🙇

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ネオバロック様式のベルリン大聖堂は、街を歩くと目に入る格式高い建物が特徴的です。114mの高さを持つ天蓋は第二次世界大戦で破壊されますが、1993年に修復を終え現在の姿を取り戻しています。

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ベルリンにあるペルガモン博物館は凄く印象に残っています。以前トルコを旅行した時に、古代のペルガモン遺跡を見学したことがありました。ペルガモンは紀元前3世紀から2世紀にアッタロス朝の都として繁栄したヘレニズム時代の大都市でした。そのトルコの観光の時に、重要な部分はドイツのベルリンで見ることが出来ますと何気に聞いていました。
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ペルガモン博物館は巨大で「ここまでやるのか」と半ば呆れ気味に見学したのが今でも脳裏に焼き付いています。ベルガモン遺跡から持ってきた「ゼウスの大神殿」、バビロニアの「イシュタール門」、エーゲ海の古代都市ミレトゥスにあった「ミレトゥスの市場門」などがそっくり移設されて公開されていました。美術館や博物館が好きな私としても、これはやり過ぎなと感じたのです。
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ドイツ南部のバイエルン州にある、ノイシュバンシュタイン城の遠景です。オーストラリアの国境に近く、森と湖に囲まれた地にあります。

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ノイシュヴァンシュタイン城<ドイツ語(Schloss Neuschwanstein ): Schloss(=城) Neu(=新)schwan(=白鳥)stein(=石)>:南独の旅行では必ずと言っていいほど立ち寄る場所でしょうか? 上の写真は恐らくこの城が1番美しく見えるというマリエン橋から撮ったと思うのですが、記憶に残っていません😅


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この場所も人気のビュースポットですね(ローテンブルク)。城壁周りも楽しいです。
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ローテンブルク・オプ・デア・タウバードイツ語: Rothenburg ob der Tauber)
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ハイデルベルクHeidelberg):学園都市で活気がありました。↑1987年の写真です。地下のパブで可愛い女子大生のグループが大きなジョッキでビールを何杯も軽々と飲んでいる姿は圧巻でした(私は弱い方ですので、小さなジョッキ1杯で十分でした・・・😸)

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ケルン大聖堂:Kölner Dom):ケルンはドイツ第4の大都市でしたが、イギリス空軍を始め第二次世界大戦で徹底的に破壊された街でした。その後市民の努力にて大聖堂も完全に復旧がなされ1996年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。


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ドイツの東部にある人口51万人の都市で、エルベ川沿いの平地に開かれた街です。ここから30Kmするとチェコになりますし、陶器で有名なマイセンまでも25Kmの場所にあります。ドレスデンの旧市街にある広場は劇場広場と呼ばれ、周囲にはバロック建築の傑作が立ち並んでいます。18世紀に作られた壮麗な大聖堂、美術館、興味深い博物館があり、有名なオペラ
ハウスでバレエやオペラを鑑賞することもできます。
今回は、昔のアルバムにあったドイツの有名な観光地の写真を抜き出してみました。いつか時間を見つけてドイツの旅行記を記載と考えています(いつになることやら😅)。

2021年5月 5日 (水)

コロナウイスル接種の手続きや副反応について

先進国の中で1番遅れて、新型コロナウイルスワクチン接種が始まっています。オリンピック開催の最低条件として国民の大多数が予防接種を終えていることだと思うのですが(本気で東京オリンピックを開催すると考えているのか不思議です)

それでも各地でコロナウイルスの予防接種が始まっていると思いますので、今日(2021年5月5日)までに私が分かる範囲内で説明致します。これから随時変わると思いますので、皆様方も情報を仕入れて下さいね。

現時点で日本で使われている、あるいはこれから使う予定の、ファイザー製もモデルナ製もmRNAワクチンです。それについては(→mRNAワクチンについて)を参考にして下さい。

そろそろ65歳以上の方には「ワクチン接種の案内」が届いているかも知れません。(これがないとまず始まりません)

こらからの一般的なワクチン接種の流れについて説明します。

・大まかな流れですが、お住まいの市町村から個人宛に「ワクチンの接種券」が郵送されるはずですので、待っていて下さい。時々、間違えるのが、65歳以上で65,70,75,80.85,90,95.100歳に送られてくる「肺炎球菌ワクチン」とは違いますので、新型コロナウイルスのワクチン接種であることを確認下さい。

受け取ったらご自身で予約しなければいけません。ワクチン接種券が届いても、ただ待っていても市町村が手続きをするわけではありません(←実際間違っていた私の患者さんもいました)接種券などに、お住まいの地域の予約をする電話番号があります。

今のところネットなどの予約ができる箇所は少ないと思います。書いてある電話で予約を取ります。電話が繫がらないなど苦情はありますが、繫がらないからと言って役場や病院に行っても無理ですので、電話を頑張っておかけ下さい。

・そこで予約が出来れば、何日の何時に、どの場所(接種会場)に出かけて受付をして下さい。この時に送って来た接種券以外に、本人の確認が出来る運転免許証や保険証などを持参して下さい。

・会場では問診票のチェック、その後医師による予診や接種が行われます。

 ただし、これまでにアナフィラキシーという重篤な状態に有る方、重度な免疫不全などの受けられない方も出て来ます。 この問診票の記載の中にこれまでに心臓病や脳卒中などで通院中の場合に「主治医が接種してもよいかどうか聴きましたか」と言う欄がありますので、ワクチン接種までに主治医の病院に出かける時には、一言「私はコロナのワクチンを打っていいですよね」と聞いて下さいね。

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6月1日追記上の予診票の問題で、現場が混乱を生じたとして厚生労働省は今後はかかりつけ医での事前相談については「必須ではない」と訂正し、今後は、接種会場での医師の判断のみで接種の可否を決めて良いことになりました→ワクチン接種のためにかかりつけ医にわざわざ連絡をしたり受診する必要はなくなりました(私としては当然の改善で、ホッとしています😀)

その後に、接種会場で、健常状態、これまでの既往症、内服などの状況、接種可能かどうかを判断する医師の予診が行われます。これで問題なければワクチン接種となります。

・・・恐らくこの受付を開始して、医師の予診が終了するまでに時間がかかると思います。

・受ける場合には上腕の三角筋に打ちますので、接種の時には腕の付け根ぐらいまで、袖がまくれるような服装でゆくようにして下さい。ドックのように会場に着て着替えなどは出来ないと思いますので、注意下さい。

筋肉注射を打った後、気分不良や体調不良がないかどうか、もちろんアナフィラキシーショックが出ないかを会場や病院で30分程度待機して貰います。 その後はワクチン接種を受けたシールを貼った用紙と次回の案内も受けて帰宅となります。

<現時点で日本人の投与で分かっている副反応について>:(厚生労働省のホームページからご覧になれます。)要約を書いておきます。

<接種部位の反応>

  • 接種部位の反応の頻度は、1回目と2回目の接種で大きな差はありませんでした。 このワクチンは筋肉注射ですので、上腕の三角筋の中に注射をします。この注射した部位の発赤、腫脹、硬結の反応があり、いずれも翌日と翌々日が多く出ています。最初の投与、その後3週間後に2回目の筋肉注射をします。 打った部位の発赤は、当日が4%、翌日が12%、翌々日が11〜13%となっています。 打った部位の腫れは最大で12%、硬結は最大で9%の方が訴えていますが、打った後の2日目からは徐々に少なくなります。
  • 接種した部位の痛みについてですが、こちらは多くの方が訴えられています。こちらも1回目の接種と2回目の接種で頻度は変わりませんでした。

痛みはほぼ90%がありますが、翌日がピークで徐々に低下します。熱間は1回目が最大10%、2回目が14%、で翌日がピークです。痒みに関しては6〜8%ですが、こちらは打ってから2〜3日後が1番多くなっています。こちらも次第に低下いてゆきます。

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<全身反応>こちらの方が気になるかも知れませんね。主に頭痛、全身倦怠感、鼻水などです。こちらは1回目よりも2回目が多く出ることが分かっています。

  • 頭痛に関しては1回目が13%で2回目は48%ですので、②回目の方が圧倒的に多いようです。これも翌日がピークで徐々に低下します。
  • 風邪の初期症状のような全身倦怠感は1回は20%で2回目が70%でこれも圧倒的に2回目が多くなりますが、これも翌日をピークに低下します。
  • 鼻水に関しては1回目8%、2回目12%となっています。

次に発熱に関してです。37.5度以上の発熱に関してはまず年齢差なども出ていますので全体の数を示します。1回目で数%で、2回目は多くなり約半数が経験します。これもピークは翌日のとなります。 反応の違いか何か分かりませんが、年齢別にみると若いほど頻度が高く、男女別にみると女性の方が多く発熱するようです。 もちろん推測ですが、若いほど反応が強いのは予想されますし、男女差があるのは、男女の体格差があるのかも知れません。これは分かりませんので推測ですが、男性より女性の方が体つきは小さいのですが、ワクチンの投与量は一律同じですので、この差が出ているのかも知れません・・_・分かりません😅

頭痛に関してですが、これも発熱と似た傾向があります。1回目より2回目が多く、若いほど、男女間では女性に多い結果となっています。1回目で平均で20%、2回目で63%の方が経験しますが、これも打ったと2日目をピークに減少します。

これらの反応は、ワクチンを打った後に、人間の体が反応して抗体を作り出している結果の表れでもあるわけで、ワクチンを打って全く反応がなければ、逆に抗体もつくられていないのかも知れません。

やはり気になるのは重篤な副反応で、アナフィラキシーとか死亡例に関してだと思います。

厚生労働省の統計によると4月25日までに日本で接種した271万回の報告で、アナフィラキシーだされたのが94件で死亡例が12件あるとされています。現時点で死亡件数に関しては欧米の報告と同じ頻度だとのことですが、アナフィラキシーに関してはやや日本人に多いとしていますが、現時点ではワクチン接種のメリットの方がリスクを上回ると結論して、日本においてもワクチン接種を勧める方向となっています。

死亡例が12件とすると、今日のリスナーの皆様もこれは大変だと考えている思い、ワクチンを辞めようと考える方も出るかも知れません。 死亡例は高齢者が殆どで、基礎疾患を有していますのでワクチンそのものが死亡原因かどうかが分からないのです。他の病気で亡くなったり、寿命だったかも知れないのです。

ただ、これから高齢者の接種が本格化しますので、注意は今後も必要と思われます。

2021年5月 4日 (火)

オー・シャンゼリゼ(ギター弾き語り)

前回のブログ(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-000d34.html )で2019年のパリの旅では、コロナの影響ではなくてフランスらしいデモ(黄色いベスト運動)のために、シャンゼリゼ通りが閉鎖されてしまうハプニングも・・・シャンゼリゼ通りでカフェなんていう私の儚い夢も消えてしまいましたが・・・でも行けただけで十分幸せでした💖

旅は憧れです。子供の頃に観た「兼高かおるの世界の旅」は別世界の夢や希望への扉でした。 今でも田舎者の私は「パリ」「シャンゼリゼ通り」なんていう言葉を聞くとワクワク感が止まらないのです。 日本では1971年にフランス人歌手の「ダニエル・ビデル」さんが唄った「オー・シャンゼリゼ」が大ヒットしました。日本語訳は「安井かずみ」さんが担当したようですが、フランスで唱われた歌詞の内容とはだいぶ違うようです。

Th_a7300233フランスの歌詞と違うのはおかしいと言う方もいましたが、私にとってはどちらでもいいのです。この歌はパリへの憧れが詰まっているのです。そもそも私達にとってはフレンチポップスの代表曲と考えていたのですが、もとはイギリスの「ジェイソン・クレスト」のバンドの曲だったのがまたビックリもします。

 

1年ぶりにギターの弦を替えて、久々に自宅でギターを弾いてみました。長い間弾かないせいで弦を押さえる指が痛くなりましが、昨夜ネットで「オー・シャンゼリゼ」の歌詞とギターコードを探して録音してみました。よろしければお聴き下さい。(私が撮った写真と、許可のある写真やイラストを添えています・・・早く旅に出たいです✨️✨️)

 

2021年5月 2日 (日)

世界を夢みて(240):エトワール凱旋門

モンパルナスから地下鉄でシャンゼリゼ通りの端に建つ、パリのエトワール凱旋門に立ち寄ることにしました。スペイン・ビルバオを金曜日の早朝に飛行機に乗ってパリに9時に到着。明日の土曜日の観光を残して、日曜日の朝にはパリから日本へ帰国。2019年の旅行も終了となります。 
2018年5月よりフランス(特にパリ)では燃料費の値上げに端を発した抗議運動が毎週土曜日に開かれることになっていました。 私の旅行の最終日と重なり、デモ隊が1部暴徒化して放火などでパリが騒然となったこともあり気になっていました。
このこともあり、パリでは頼りになる日本人に2日間パリの案内を頼みました。その方の情報で、パリ市内では明日の土曜日は大きなデモが予想されて、シャンゼリゼ通りや1部の交通機関は閉鎖されるとのことでした。明日は凱旋門のあるシャンゼリゼ通りは閉鎖されるとのことで、凱旋門をみるなら今日(金曜日)のうちがいいでしょうとのとになったのです。そして実際に土曜日は交通機関も閉鎖されるところもあり、デモ隊が通過する場所は警察車両が並んで、厳戒態勢となりました。 彼女がいなければ私は身動きが取れない事態となったかも知れません・・・アリガタヤアリガタヤ・・・仏さん、いやマリヤ様にも思えました😄
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二日間のパリの周遊チケットを買っていますので、地下鉄に乗り凱旋門の近くの駅から地上に上がることに。直ぐに凱旋門が見えました。

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凱旋門と言うとパリの凱旋門を思い浮かべますが、凱旋門は軍事的な勝利を讃えてその勝利をもたらした将軍や国家元首や軍隊の凱旋式を行う記念Th_-20210211-182127のために作られた門ですので、世界各地にあります。発祥の歴史は古代ローマ時代まで遡るとのことで、以前旅行の時に見たローマのコンスタンティヌスの凱旋門が古い凱旋門の1つだったと記憶しています 。

フランスだけでも幾つかの凱旋門が存在するようです。フランスの都市計画で凱旋門のあるエトワール広場を中心に12本の通りが放射線上に伸びたようの造りになっています。地図で見る形が星(=etoile:エトワール)のように見えることから「星の広場(エトワール広場)」にある凱旋門とのことで「エトワール凱旋門」と呼ばれているのです。

「エトワール凱旋門」は、1805年にナポレオン・ボナパルト皇帝が、ロシア・オーストリア連合軍を破った「アウステルリッツの戦勝」を記念して、1806年にナポレオン自らの命によって建設が始まっています。完成までに30年を要し、1836年に完成した凱旋門です。完成はナポレオンの死後10年以上を経過していました。
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25年ぶりの凱旋門ですが、やはりでかいです。時間があれば頂上まで登れるのですが、今回は辞めました。入場料が必要で、らせんの階段を頑張って歩く必要があります。昔頑張って登ったのですが・・・
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今回の旅行では凱旋門には登りませんでしたので、外にある大きなレリーフを写真で紹介したいと思います。
シャンゼリゼ通り川から右側の壁のレリーフがリュード作の「1792年の義勇軍の出陣」で、通称は「ラ・マルセイエーズ」と呼ばれています。なんとなく聴いた名前ではないでしょうか?
当時の義勇軍が広めた歌の題名で、現在の「フランス国歌」です。その意味でも1番有名なレリーフかも知れません。
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シャンゼリゼ通り通りからみて左側のレリーフはコクトー作の「1810年の勝利という名前です。真ん中に立っているのがナポレオンで、月桂冠をかぶった勝利の女神より、ナポレオンの頭にも勝利の月桂樹を受けている場面です。


ナポレオンの命で作られた凱旋門ですが、このように彫刻で残って彼も心置きなく過ごせているかも知れません。
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シャンゼリゼ通りの反対側のグランダルメ通りから凱旋門をみるとやはり大きな2つのレリーフが壁面に飾られレています。
向かって右側にエテクレ作の「1814年抵抗」という作品です。この年にフランス革命があったわけではありませんので、フランス人の支配者への抵抗の歴史を著しているのかも知れません。

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最後は左側になるエテクレ作の「1815年平和」です。これも先ほどの抵抗のように、紛争(戦争)の後の平和の探求を示したのかもしてません。


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夜の凱旋門です。この日は土曜日の夜で2018年から続いている「黄色いベスト運動」のデモが予定されているために、明日早朝からのデモに備えて警察車両が続々と集まってきました。 案の定、明日土曜日はシャンゼリゼ通りは閉鎖となりました😭 これもまさにフランスの象徴する出来事かも知れません。

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折角のパリのシャンゼリゼ通りを散策したかったのですが、黄色いベスト運動のデモのため閉鎖となりました。それでも先月の大規模な破壊を伴うデモはなかったようで、土曜日の20時頃より徐々に閉鎖が解除されて、シャンゼリゼ通りに入ることが出来ました。当然どの店も閉まっていましたが・・・(上の写真は土曜日の22時頃の写真です)

改めて個人旅行では、このようなことが予想される場合には現地に住んでいる日本人の力は偉大だと感じたパリでした。もう一度元気なうちにパリのシャンゼリゼ通りを闊歩してみたいです😀

 

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今回パリを案内して頂いた彼女にも了解を得ましたので、パリ在住のigo_ksさんのインスタグラムを紹介しますね(パリ好きな方はフォローしてみて下さいね)→https://www.instagram.com/igo_ks/

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