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2020年12月 6日 (日)

世界を夢みて(220): ゲルニカ散策No1

このブログの記事をまとめたホームページを作りました。見て頂くと嬉しいです😃(ニライの夢:https://dreams-nirai.com )。
前回のブログではゲルニカの歴史について記載しましたので、今回は街を散策した写真を中心に書いてみたいと思います。ゲルニカの歴史を知らないとピカソが描いたゲルニカの意味も分からないと考えますので、時間があれば先に前回のプログをお読み頂けたら嬉しいです(→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2020/11/post-6a0e47.html  )
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ドノスティア(サン・セバスチャン)から港町の風情が残るゲタリアを観光後、ゲルニアに向かいました。

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まず到着後、街の中心地のフォル広場(バスク鉄道のゲルニカ駅からも徒歩数分)へと向かいました。広場の中央にはゲルニカの創設者のDon Telloの像が建っています。

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広場の北側が市庁舎です。何となく皆似ていますが、4面ある時計塔が目印です。市内の多くの場所からこの時計を観ることが出来ました。
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広場の南側には平和博物館があります。少し気は重くなるかも知れませんが、時間があれば寄って欲しいと思います。ただし、ここも掲示板はバスク語とスペイン語で書いてあるようで、スペイン語が出来ない方は英語で記載されたノートを貸してくれるそうです。(バイヨンヌの歴史博物館は日本語のノートを貸してくれました→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-285932.html )。
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広場にはこのような観光案内の掲示板もありました。観光場所は比較的に近くにまとまってあり、多くの場所は徒歩で廻れるようです。


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先を急ぐといっても直ぐですが、一応これも観てみたかったのバスク議事堂に向かう前に、右側の道を進むと福祉センターの広場に出ます。この壁画の写真撮影だけはやって来ました。ゲルニカ駅から徒歩で3分ほどです。広場からは徒歩1〜2分の直ぐ側にあります。(実際のゲルニカはマドリードにあります。33年前にプラド美術館で、その後絵はソフィア王妃芸術センターに移されいます。3年前はここでみました。以前のブログに書いてあります→ http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-d840.html )
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フォル広場から坂道をバスク議事堂へ向かう途中に、サンタマリア教会が見えて来ます。15世紀に建てられたゴシック様式とルネサンス様式が混在する教会となっています。あのゲルニカの空爆にも耐え、空爆の時には警報の代わりにこの教会の鐘が市内に鳴り響いたとのことです。

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教会の裏手側には広場に面してEscuelas Públicas(公立学校)が書かれた建物がありました。何の学校か判りません😰 広場の中央にはバスクの国旗を抱えた兵士像があります。ベレー帽を被っているのは如何にもバスクの兵士ですね(ベレー帽はバスクが発祥です)。

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私は時間がなく見ませんでしたが、上の建物はエウスカル・エリア博物館(Museo Euskal Herria)です。ゲルニカの歴史を展示している博物館で、ゲルニカとバスク地方の伝統にまつわるさまざまなアイテムや民族衣装などを堪能出来るそうです。バスクの伝統や郷土の歴史に興味のある方は立ち寄ってみては如何でしょうか。
次回主にゲルニカ議事堂について記載予定です。

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旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
ゲルニカも見どころが沢山あったのですね?
何より青空が素晴らしい☀やはり晴れ男さまですね!
ピカソのゲルニカの壁画がいいですね!
先生は実物を何度も鑑賞されて羨ましいです。
続きを楽しみにお待ち申し上げております。

マコママさん、こんばんは。

ゲルニアの滞在は短時間でしたが、見所は沢山あるようです(私はほんの一部だけ見学しただけです)。 
バスク地方は緑のスペインと言われるだけ雨も多く樹木も育っています。今回の旅行も傘をさしたのはパンプローナでの2時間程度でした。それ以外は殆ど晴れ渡ってくれていました。

この街の外壁の場所にゲルニカが描かれているのはビックリしました。ピカソが描いたゲルニカはマドリッドにありますね。マコママさんは折角行った時に改装中で見れなかったとのことで、本当に残念だと思います。私は3回観ることが出来ました。

いつも本当にありがとうございます。このようなコメントを頂き感謝致します💖

歴史博物館は閉まっていてたのですが教会・美術館・議事堂と立ち寄りました。
議事堂は元々教会であった名残がよく解る建物でした、民主的な運営がなされていたこと建物の構造からもよくわかりゲルニカがバスク政治の中枢であったことが伺えました。
美術館はあらゆるところにバスクのシンボルであるバスク十字がデザインされていました。ここでスペイン内乱を中心にしたゲルニカの歴史のビデオを見たのですがとても良かったです。HPでビデオが見られるはずなのですが私には探せませんでした。
先生は時間の都合で短時間のご訪問だったようですね。
でも、その地に立つとそこが世界初の大型爆撃を受けた悲劇の場所であるという感慨を持たれたことだと思います。
空爆を知らせるこの教会の鐘があの日鳴り響いたのだと私も鐘を見上げました。

おたまさん、こんばんは。

以前のおたまさんんのブログでもゲルニカの話がありましたね。私より多くを観て感じてこられたと思います。 バスクの人々は昔の直接民主制のような政治形態で運用されていたようです。 その伝統の中で独裁的なフランコ政治とは相容れなかったのかも知れません。

美術館をご覧になったのですね。羨ましいです。ゲルニカの歴史を学ぶことが出来るのですね。HPで観れたらいいのですが・・・

ご存じのように空爆の目標地点が僅かにずれた為に、サンタマリア教会は空爆を逃れてることが出来ました。その空爆を知らせる鐘の音がゲルニカの街に響き渡ったと書いてありました。

沢山の歴史をみる中で、人類の愚かさも崇高さも学ぶことが出来ると感謝して旅を続けるのです。 おたまさんも来年は旅に出ることが出来たらいいですね💖

こんばんは。
いよいよゲルニカの街の入られたのですね
前回のブログで舞子も勉強になりました
ゲルニカのことが少し分かった気になり
ました。
サンタマリア教会は空爆にも耐えて破壊され
ずに残っていて、そして空爆を告げる
鐘を鳴らしたなんて映画のシーンを観ている
ようです(すみません人が大勢亡くなって
いるのですよね)
本当に先生は晴れ男なのですね。お天気も
先生にご褒美をあげたと思います😘

舞子さん、こんばんは。

短時間ですが、ゲルニカの街を散策できてよかったです。一度は観てみたいと思っていましたので、この目で観れて幸運でした。
サンタマリア教会は空爆の知らせを鐘で知らせたと書いてありました。確かに映画のシーンに出て来そうですね。

私が晴れ男と言うより、恐らく9月中旬頃のヨーロッパの気候が落ち着いているのだと思います。お天道様に観られても恥ずかしくない生き方をしてみたいです(あくまでも希望ですが・・・😢)。

こんばんは。

確かに建物の色ですとか形状が似ていますね。
統一感を出したのでしょうか。
上から8枚目のお写真の構図がキリコの絵にように見えました。
このゲルニカの壁画は大きなものなのでしょうか?
この街の史実を表すシンボル的な存在なのでしょうね。
サンタマリア教会はシンプルながら力強い佇まいですね。
空爆を免れて良かったです。
きっとこの街の人々の心の拠り所となった事でしょう。
次のゲルニカ議事堂の記事も楽しみにしています。

sharonさん、こんばんは。

ヨーロッパの街並みが美しいことに、建物の色や高さの統一もありますよね。この広場もそうのような設計になっていたのかも知れません。

8枚目の構図ですか・・・イタリアの画家がキリコの作品に似ていましたか・・・直線的な作品が多いですね。確かに線がある構図かも知れません(私は意識していませんでした😅)。

サンタマリア教会は空爆の時にも鐘を鳴らし続けてゲルニカの人々に伝えたとのことですので本当に残っていて良かったと思います。

次回はゲルニカ議事堂を紹介したいと考えています。いつもありがとうございます💖

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