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2020年11月

2020年11月29日 (日)

世界を夢みて(219): バスク(ゲルニカ)を理解するための基礎知識?

このブログの記事をまとめたホームページを作りました。見て頂くと嬉しいです😃(ニライの夢:https://dreams-nirai.com )。

 

ゲタリアを観光後にピカソの大作「ゲルニカ」で有名な街のゲルニカに向かいました。恐らくゲルニカのことを知るためにはバスクの歴史を理解しないと分かり難いかもしれません。そのためにゲルニカ観光の前にバスクの歴史や背景を記載します。

もの凄く大雑把で間違いも多いかも知れませんが・・・ご了承を😅

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スペインとフランスにまたがるバスク地方(スペイン側にバスク州の3県とナバーラ州の計4領域とフランス側に3領域)には、ヨーロッパでも最古の民族であると言われるバスク民族が暮らしており、言葉も文字も他のヨーロッパ圏と異なる、極めて習得が難しいと言語体系と言われています。 紀元前800年頃にはバスク人が主体のナバラ王国ができ、代々その君主が納める国家となります。1515年にナバラ王国の大部分がカスティーリャ王国(今の殆どのスペイン領)に編入される形でスペインが出来上がります。その後しばらくは緩やかな統一で旧ナバラ王国下のバスク人の自治も広く認められる感じが続きます。

ゲルニカの街はバスク自治州の自治・独立についても非常に重要な意味をもつ町だといわれています。中世の頃よりバスクのビスカヤ地方の村々では大きな樫の木(オーク)の下で集会を開き、領主もこの木の下で宣言をすることで認められたとのことです。現在もゲルニカにあるバスク議事堂の広場には樫の木があり、古くからこの地域の議会はこの樫の木の下で行われていました。「ゲルニカの木」と呼ばれるこの樫の木はバスクの自治・独立の象徴でもあり、バスク自治州の紋章にも描かれています。ゲルニカはバスク民族主義の象徴でもある街なのです。

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1839年頃よりマドリードを中心とするスペイン政府によってバスクの権利や自治が剥奪されてゆきます。それに反撥するようにバスク民族主義運動が高まって分離独立の機運も高まります。

第一次世界大戦後スペインは左右の政党が激しく争いながら政治が安定しない状態となります。1931年にいわゆる左派の政権が選挙で誕生します。これに反撥する右派の軍隊を率いていたフランコ将軍が反乱を起こし、スペイン内戦が勃発します。 選挙で選ばれた左派政府は人民戦線(共和国軍)となり、ソビエトやメキシコが支援(イギリスやフランスなど多くの国は中立か支持)に回ります。一方フランコ将軍の反乱軍側にはドイツとイタリア、ポルトガルなどのファシズム国家が支持をすることになります。内戦は次第に反乱軍が優位になってきます。ファシズムを嫌う若者たちや知識人が世界から共和国軍の支援に戦闘に加わります。その中にヘミングウェイもいました。その経験の中から「誰がために鐘は鳴る」という小説が出来上がります。

反乱軍が次第に優性になる中で北部のバスク地方にもフランコの影が押し寄せて来ます。バスク人の多くは自治権剥奪を行うフランコに対抗するために共和国支持に回ります。

ドイツとイタリアはこの時期に急速に軍事力を高めて行きます。ドイツ軍は空軍の力を試す場所を捜します。この軍事作戦でこの後の空軍の破壊力を知ることになり世界の戦争のやり方が一変します。ドイツ空軍のコンドル軍団とイタリア空軍はフランコを支持する目的と軍事実験のために、バスクの中心都市のゲルニカを空爆の目標とします。これは人類史上初めての空軍による緻密に計画された無差別都市攻撃となります。その空爆は三波に分かれ、まず爆撃機が破壊力の高い爆弾で建物を破壊し、その直ぐ後に戦闘機が機銃掃射を行い住民を射撃、その後は焼夷弾によって街を焼き尽くすことを行い、ゲルニカはこれまでの戦争にないほど跡形もなく破壊されてしまうのです。

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スペインでゲルニカ爆撃が行われていた時にフランスでは万国博覧会が開催されていました。スペイン館は元々選挙で選ばれていた共和国側の出展でした。当時フランスにいたピカソにスペイン館への絵画の出展依頼があり、その時ピカソは他の題材を構想していたそうです。 しかしゲルニカの爆撃は世界中に衝撃をもたらし、パリの新聞にもこの惨状が一面に載ります。 それを見たピカソは激高し、一気に大作「ゲルニカ」を書き上げたそうです。そのため「ゲルニカ」の絵はフランコの独裁政権が崩壊するまでスペインに入ることはなかったのです(現在、プラド美術館を経てソフィア王妃芸術センター(マドリード)にありますが、近年マドリードよりもバスクに置いた方がいいとの声も高まっているそうです)

その後スペインは第二次世界大戦を経てフランコ将軍のよるファジズム国家となります。フランコはバスクを更に弾圧します。バスクの文化は完全に否定され、バスク語の使用も完全禁止さます。その鬱積がバスクの民族運動に火をつけます。その中からバスク祖国と自由(ETA)が結成され、次第に武力闘争となります。1975年にフランコ将軍病死後の1979年に自治憲章によってバスク4州は独自の徴税権や州警察などをもつ自治州となります。しかしその後もしばらくはスペイン中央政府とETAの対立は残り、1983年にスペイン政府の非公式の対テロ特殊部隊とETAの間で爆破や暗殺が繰り返される悲惨な状況が続きます。これもやっと2006年に無期停戦合意となって落ち着きを取り戻しているのです。

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長い間禁止されていたバスク語も復権されましたが、元々難しい言語のため、禁止されていた世代はバスク語を話せない方が多く、今では子供達が学校の教育などを通してバスク語を習っているとのことです。この旅行を通してバスクの人々は自分達の民族の誇りを持って強く生きているように感じました。

・・・私の浅薄な知識で 非常に大雑把にゲルニカとバスクの状況を説明しました。バスクの人々の背景を理解しないと、バスク地方を旅行しても、単に街が綺麗で食事が美味しかったで終わってしまいそうです。バスクの歩んだ背景を知りることで、複雑な歴史を乗り越えて逞しく生きるバスクの人々をよりリスペクトでき、旅がより深いもになると感じたのです・・・

次回はゲルニカの散策を書きたいと思います。

2020年11月27日 (金)

今週の生け花(令和2年11月第4週)

全国で新型コロナウイルス感染症の新規発生者の増加や重症者の増加が止まらない状況となっています。Go-toなんとかの失策のツケを暫くは患者さんと医療側が耐えなければならない状況だと考えています。 経済も大切ですし、規制をかけることで商売が成り立たなく方も多いと考えます。既に3月頃よりこのブログでも書いてあるように、規制と補償はセットでないと意味がありません。感染状況をみて、柔軟に制限と緩和を繰り返して、1番ダメージの少ない環境を維持するのが行政の役割なのですが・・・これ以上増えないことを祈るだけです。

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今週も2階の小さなスペースに生け花クラブの皆様がお花が飾ってくれていました😃
面白い形をした青藍色の花器に、黄色や赤の鮮やかな花々と青文字の枝が上方に伸びています。右側の空間が空いているせいか伸びやかなイメージを受けます。
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正面では確認しずらかった、柔らかなピンクの色合いのアルストロメリアやカーネーションも斜めや上方から見ると存在感が出て来ます。花器の形もより分かりやすくなります。
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天井側のライトを点けると、花々の影も底面に映し出されてより一層、花材を浮き上がらせるように感じられます。 ワクチンが世界各国に供給されて集団免疫が確保出来るまで、まだまだ時間がかかりますが、ウイルスと人間との我慢比べです。 今はお花を眺めて心を落ち着かせたいものですね💖
<花材:青文字、カーネーション、菊、アルストロメリア、千年木>

2020年11月25日 (水)

タバコをやめよう

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今日のFM放送「いきいきタイム」は肺がんについて説明しました。ブログには「タバコをやめよう」と促す内容となります😊

いつもの通り、難しいこと(単に私が知らないので・・😅)を除いて説明したいと考えます。愛煙家の皆様方には耳が痛いことだと思いますし、タイトルを見ただけで、拒否して読まないとも考えますが・・・

まず、①何故タバコを吸うようになってしまったのか、②何故タバコは害なのか について記載します。

①なぜタバコを吸うようになったのでしょう・・・多くの方は大人への憧れや興味から、あるいは周りの環境から吸い出したと思います。吸っている自分が大人にみえたのかも知れません。 タバコには約4000種類の化学物質が含まれているそうです。その中で重要な物質の1つがニコチンです。初めて吸った時にはむせ込んだりまずかったはずです。それから暫くするとニコチンが脳のドパミンの分泌を促すことで、次第に脳内伝達系が作動して、快感や開放感を得ることが出来るようになります。「ニコチン→ドパミン↑→多幸感」と言った循環が出来上がり、身体的依存が形成されてきます(実際はニコチン以外の成分も関わっているとのことです)。 多幸感や開放感、タバコを吸うと気分が高揚したり、頭がスッキリして仕事に集中できる気になっていきます・・・あえて「気になります」と書きましたが、タバコがなくてもやれたことが、精神的依存が出来上がると、タバコがなければ集中できなくなって来ているのです。 簡単(タバコを吸う行動)にストレスが取れて仕事も出来ると思い込んだ脳は、自分の喫煙行動も正当化してしまいます。 タバコはアルコールや大麻、覚醒剤と同様に精神的・肉体的依存を形成するのです。

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②−1:癌の発生; ではタバコの何が悪いのとなると・・・(逆に身体にとって良いこと捜す方が難しいです)。 1番有名なのはがんとの関わりでしょう。 タバコの煙の中には沢山の有害物質があります。特にタバコの三大毒物と言われるのが「タール、ニコチン、一酸化炭素」です。喫煙することで、口腔がん、咽頭がん、喉頭がん、肺がんなど煙の通る場所はもちろんのこと、食道・胃・膵臓・膀胱・子宮などあらゆる臓器でがんの発生が増加します。喫煙と肺がんの関連は85%で、15%の方はタバコを吸わない方です。タバコを吸わなくてもがんになるじゃないと反論をする方もいると思いますが、 しかし単一の嗜好品でこれほど有意な関連は例がありません。

②−2:循環器系の悪化進展; 

 A;ニコチンの血管の収縮作用:ニコチンが体内に吸収されると副腎などを刺激した「アドレナリン、ノルアドレナリン、コルチゾール」などのホルモンが分泌されます。これらは交感神経に作用し全身の動脈を収縮、心拍数の増加などをもたらします。タバコを吸うと血圧が10〜20mmHg上昇し、脈拍も軽度上昇します。これが何度も続くと心臓・血管系の負担になり、いずれ病気に繋がります。 ニコチンを吸うと依存が出来ている頭はスッキリしてリラックス出来たと勘違いしても、全身の臓器は緊張状態になって負担がかかるのです。

B;喫煙により身体の中で一酸化炭素が増加します。これはいわゆる「活性酵素」で全身の血管を傷づける作用があります。Aの作用と相まって全身の血管系をボロボロにしてしまうのです。

・・・このようなことから、喫煙は心筋梗塞・狭心症、脳卒中、腎機能の悪化などを早めてしまうのです。

②−3:COPD(慢性閉塞性肺疾患)の発生:肺は空気の入れ替え(酸素と二酸化炭素)を行う臓器で、とても細かなスポンジ様の組織です。その肺の中に直接タバコの煙が入ることにより、タール、ニコチン、一酸化炭素を始め様々な物質により、肺の細かな細胞が破壊され、次第にスカスカの状態になります。これがCOPDの本態で次第に酸素の取り入れが困難となります。年齢と共に呼吸機能も低下しますので、酸素なしには生活することが困難となります。現在、酸素を抱えて生活している方の多くはこの「タバコ肺」によるものなのです。

・・・今日は少し厳しめに書いていますが、これを読んで禁煙しようと思わないのであれば、自分が「中毒患者」であることを自覚する必要がありそうです・・・

2020年11月22日 (日)

世界を夢みて(218): ゲタリアの街の散策No2

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サン・セバスチャンから車で30分程でゲタリアの町に到着です。この街のバスクの代表的な古い街で、港町として栄えたそうです。街の反対側の斜面はぶどう畑が連なり、有名なバスク産白ワイン「Txakoli」(チャコリ)の産地で多くの観光客を迎入れているそうです。また王室に仕え、16世紀に史上初の世界周航を遂げたフアン・セバスチャン・エルカノの生地で街中に記念碑がありました(前回のブログ→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2020/11/post-33ee88.html )。私には分かりませんが、ファッション通には「バレンシアガの出生地」として有名だそうです。

港町だけあって新鮮な魚料理が自慢だそうです、そしてその魚料理に合うのはここの特産のチャコリだとか・・・わざわざこの魚料理とチャコリを求めた多くの観光客が訪れるそうですが、サン・セバスチャンのホテルでたんまりと朝食を取った私にとっては素通りとなってしまいました。グルメの皆様方には申し訳ないです😢 大西洋に面した急な丘の上に栽培されている葡萄はミネラル分を豊富に含んでフルーティーな微炭酸の白ワインとなるとのこと(ワインを知らない私は解説出来ません・・)

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ゲタリアの市庁舎の直ぐ近くにグルメファンの皆様方には有名な「レストラン・エルカノ」が見えましたので、写真だけは撮りました😓 ミシュラン⭐️の魚介類専門のレストランだそうですよ・・ここまで来てなにも食べずに散策だけするのは私だけかも知れません・・我ながら情けない😢

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お店の横にはかつてのオーナーの写真なのでしょうか、昔ながらの炭火焼きの網焼きの様子が飾ってありました。新鮮な魚介類をプランチャという炭焼き台で焼く炭火焼レストランがたくさんありました。特にカレイの炭火焼 ロダバジョ・ア・ラ・パリージャ Rodaballo a la Parrilla が名物のとのことです。(レストラン・エルカノのカレイの炭火焼きに興味のある方はスペイン語ですがこの記事をご覧になって下さい。You-Tubeの動画もありましたので雰囲気が伝わると思います→https://gastronomiaycia.republica.com/2016/12/23/rodaballo-a-la-parrilla-de-elkano/

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お魚を挟んで両面を焼く器具(言葉で説明出来ませんのでイラストにしました。上のような器具です😅)もエルカノが使い出したとのことを聞きました(確認は出来ていませんが・・)
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街を歩くとレストランはかなり多いです。ゲタリアの魚料理で定番なのは炭火焼きを求めて遠方からも訪れる方が多いと伺いました。面白いことに煙が出るからなのでしょうが、バルやレストランの焼き場はなんと店の外に設置されていました。店の中で注文すると、魚を外で炭火焼きにしてから店内に持ってくるようです・・・確かに換気扇がなかった時代には言いアイデアだったと思います。 朝早いせいで多くのお店はまだ開いていませんでした。

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朝の新鮮な野菜や港から水揚げされてばかりの魚が道ばたで売られいました。丁度私が歩いている時に地元のお祖母ちゃんが常連のようにお喋りをかわしながら魚を10匹ほど買っていきました。どんな風に料理するのでしょうかね?

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細い路地を歩くとサン・サルバドール教会 が見えてきましたので、入ってみました。スペインの史跡にも指定されている古いゴシック様式の教会です。

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小さな街ですので、余り大きいとは思っていませんでした、中に入ると天井も高く想像以上に大きな教会でした。朝日がステンドグラスから差し込みいい感じです。その時間帯は誰もいませんでしたので本当に静寂そのものの内部でした。

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ゲタリアの英雄エルカノの像が海に向かって建てられています。小さな街ですが、何処を切り取っても絵になる風景がありました。沢山写真を撮ったのですが、ごく僅かしか紹介出来ません😢 
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港内にはカラフルな色の漁船が係留されていました。潮の香りが更に旅情を誘います。港町ゲタリアを後にしてゲルニカへと向かいました。
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2020年11月20日 (金)

今週の生け花(令和2年11月第3週)

いよいよ、冬場に向けて新型コロナウイルス感染症の新規発生者数の増加の足音がはっきりと聞こえだした11月中旬の日本列島です。経済再開とコロナの押さえ込みのバランスが難しい局面を迎えています。医療側の私達からすると、今の政府の方針は医療が潰れるまではGo-toキャンペーンを続けようと考えていると感じます。極力、補償をせずに現場まかせにしたいと考えているようです。Go-toキャンペーンを使って感染が広がるなら、事業者と国民の努力(自助)が足りないからだと既に逃げ道を作っています。 病気について普段から考えることが少ない若者達にとっては「お上が遊んで良いよと、お金も出すのだから、気をつけながら(←厳密にやるのはかなり困難)やれば問題なし」と勘違いしている方も多いようにみえてしまいます。 それは想像でしかありませんので、ため息をついても仕方ありませんのでやれることをやって行こうと思うのです。
今週も2階のいつもの小さなスペースにもお花が飾ってありました。ありがたいことです。
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正面から見ると豪華な帆船が大海原を駆け抜ける雰囲気で颯爽としています😊

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船の形に見えたのは、白い花器の形に合ったのでしょうか。面白い形をしています。前方に大きな実がついているのは、初めて見ましたがアルストロメリアの実だそうです。夏にかけて縞模様が綺麗な花を咲かせますが、実を見るのは初めてでした。前方と後方の繊細な黄色の花はヒペリカムと小菊です。同じ黄色ですが柔らかさや色合いが違います。
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南米原産の赤い苞が目立つアンスリウムはサトイモ科に属するそうで葉は確かにサトイモ科に属する感じがします。赤い部分は葉が変化した苞(形から仏炎苞と呼ばれています。先の飛び出した部分(肉穂花序)に小さな花が無数に咲きますが、小さすぎて目立ちません😅

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<花材:ヒペリカム、小菊、アンスリウム、アルストロメリア、裏白朝顔?>

2020年11月15日 (日)

世界を夢みて(217): ゲタリアの町の散策No1(ゲタリアの英雄:フアン・セバスチャン・エルカノ)

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旅行計画を立てていた頃はサン・セバスチャンからビルバオに電車で直接向かおうかと考えていました。しかしながら色々と調べていると、行ってみたい場所が幾つか出て来ました。1つは多くのバスク在住の方が進めていたゲタリアの港町、バスクの独立と悲劇を伝えるゲルニカの街、大西洋に突き出た絶景スポットのガステルガチェがあります。これらを効率よく回るには慣れた方にはレンタカーで回るのがいいかも知れません。今回はガイド付きの車をお願いすることにしました。(ゲタリアだけならサン・セバスチャンのバス乗り場(Federico Garcia Lorca, 2)から、スマイア(Zumaia)行きのバスに乗ると40分ほどでゲタリアに行けます)。


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サン・セバスチャンのホテルに朝に迎えて貰い、ゲタリアの町へと向かいました。

この街の歴史は古く、1209年、サン・セバスチャン郊外の刷新を図っていたカスティリャ王の命令で、城塞都市ゲタリアがつくられたそうです。ゲタリアはサン・セバスティアンやオンダルビアより早くできた中世の町だそうです。その後、中世から漁業の町として栄え、島南部にあった漁港は捕鯨基地でもあったとのこと。

街の丘川の斜面はぶどう畑が連なり、有名なバスク産白ワイン「Txakoli」(チャコリ)の産地で多くの観光客を迎入れているそうです。また王室に仕え、16世紀に史上初の世界周航を成し遂げたフアン・セバスチャン・エルカノの生地で、至る所に記念碑がありました。私には分かりませんが、ファッション通には「バレンシアガの出生地」として有名だそうです。

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サン・セバスチャンのホテルを出て30分程すると、海に突き出たような山が特徴的なゲタリアの街が見えてきました。

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海の香りとカラフルな色合いの船、それに隣接するような倉庫がみえてきて、いかにも港町という風情です。

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ゲタリアの街に入る手前には海水浴場が広がっていて夏のバカンスシーズンには浜辺は沢山の海水浴客でいっぱいになるそうです。私が出かけたのは9月の後半となりますので、浜辺には犬を散歩させているおじいさんが一人だけでした(バカンスシーズンは犬は入れないとのことです)。

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街の散策の前に車を降りて、街の見下ろせる高台(余り高くはありませんが)に昇ると街と港がも下ろせます(絶景です!)

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登り切った場所が元々の要塞の跡なのでしょうか? ゲタリアの英雄のフアン・セバスチャン・エルカノの記念碑があるとのことで見学にゆきました。見学と言うほどではなくて登れば直ぐですが・・・😊 上の写真は海側の反対から撮った写真です。
私達は教科書的には「世界一周=マゼラン」と覚えていますが、実際は世界一周で生き残って再びスペインに戻ってこれたのはファンが率いた1隻の艦隊のみとなります。最初スペイン王の命を受けてマゼラン(彼はポルトガル人)が5隻のの艦隊を率いて(その1隻の船長だったのがファンです)1519年にスペインから世界一周に出航します。しかしフィリピンでの現地住民との戦闘でマゼランは死亡します。その後も戦闘などで無事スペインに帰ってこれたのは、最後はファンが船長となっていたビクトリア号1隻となったのです。この偉業に対して当時のスペイン王カルロス1世はファンに対して、Primus circumdedisti me(ラテン語で“我を一周せし最初の者”の意)」という文字を配した地球儀の紋章を贈与し、生涯にわたる多額の年金を保障したとのことです。その偉業のため彼はゲタリアの港町の英雄となったのです。「初の世界一周航海達成=マゼラン」ではなかったのですね。

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最初の世界一周は本当に過酷なものだったのでしょう。出航時点では265名の乗組員で帰って来たのはファンを入れて18名だったそうです。登り切った場所は僅かに広場になっていました。記念碑の裏にはネームプレートがあり、世界一周で生き残った18名の名前と出身地が書いてありました。もちろん1番上にフアン・セバスチャン・エルカノの名前と出身地のゲタリアの地が誇らしげに書いてありました😊
そう言えば大学受験の時に「一行ふうふうマゼラン艦隊:1522年マゼラン艦隊が世界一周を達成」と覚えたことを思い出しました😅 

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この記念碑から、数分歩いた場所に、小さな可愛らしいゲタリア市庁舎があります。その広場にも街の英雄の全身像が建ったいました。船の舵や荷物・ロープなどいかにも船員らしい造りとなっています。

次回はゲタリアのもう一つの観光の目玉の魚料理と教会について記載したいと思います(ただし、食べてはいませんので・・・料理についてはコメント出来ません・・・いつものことですが・・😓)

2020年11月13日 (金)

今週の生け花(令和2年11月第2週)

11月中旬になり全国的にも次第に寒くなってきた日本列島です。新型コロナウイルス感染症がパンデミックとなった時点で寒くなる時期の感染増加は既に春頃から予想されていました。その予想は外れることなく日本には第3波の感染者数増加の波が押し寄せて来ています。じわりじわりと全世代に感染が広がり、感染経路が追えない方が増加していることが気になります。 ここで国民も政府も認識を新たにして立ち向かわなければ一気に増加、医療崩壊に繋がる恐れが出てきます。 私達もコロナ疲れ?コロナ慣れ?が生じて、全国でこれまで最大の感染者数がでた報道に対しても危機意識を持たなくなったことが心配です。 少しずつですが、ワクチンの開発も進んでいるようですので、忍耐強く待たなければならないと考えます。
生け花クラブの皆様が いつもの2階の小さなスペースにお花を飾ってくれていました😍
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焦げ茶の丸い花器に、同系色の大きな千年木の葉を生かして、前方には目立つ赤いガーベラを配置しています。ガーベラとカーネーションの明るい色合いで元気が貰えそうです。
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先に黄色の蕾を付けた植物はカンガルーポーと言う多年草だそうです。初めて耳にしました。名前に「カンガルー」がつくだけあって花弁には細かな毛のような花被片があり、形もカンガルーの手に似ているから名付けられたそうです。もちろん原産地はオーストラリアだとのこと。百合のように全体が開くのではなくて、黄色い蕾の先の方だけが花開くユニークな形状となっています。
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これから本格的な冬の時期を迎えます。多くのウイルスにとっては寒くて乾燥する冬は感染を起こし易い状況となります。私達もこのことを考えてこれまで以上に感染対策を行わなければなりません。 簡単ではありませんが、皆で乗り越えて行きましょう💖
<花材:カンガルーポー、ガーベラ、カーネーション、千年木、ミツマタ>

2020年11月11日 (水)

インスリンの働き

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今日のFM「いきいきタイム」は糖尿病について話をしました。今回は最も基本的な「インスリンの役割」について記載します。

糖尿病を理解するために、インスリンと血糖について考えることにします。私達は生命を維持するために、エネルギーが必要です。三大栄養素の中で最も基本的なものが糖分となります。食事を取ると主に小腸で吸収されて、ブドウ糖(糖分)として血液の中に取り込まれます。血液の中にはブドウ糖が存在して、血液と共に体中を循環しています。

A)生きて行くためには酸素とエネルギーが必要(こんなの常識?😅)

人間の身体にはおおよそ37兆個近い細胞が存在します。その細胞の種類によって消費するブドウ糖や酸素の量が違いますが、いずれにしろブドウ糖(エネルギー源)と酸素なしには生きてゆけません。

私達の細胞の中にはミトコンドリアというエネルギー生産工場があります。この工場内で人間の細胞に必要なエネルギー(ATP:アデノシン3リン酸)を作り出すために、材料となるのが「ブドウ糖、脂肪、蛋白質」で、その触媒が酸素になります。 ですので、酸素がなくても栄養分がなくても死んでしまいますし、足りないとエネルギー不足を生じて体調を悪くします(バテてしまいます)。

B)ではインスリンは必要ないの?

上記のことからすると、酸素とブドウ糖があれば十分と言うことになるのでしょうか? はやりそうは行かない訳です。血液の中に酸素(実際は赤血球のヘモブロビンと一緒に運搬)とブドウ糖は流れていますが、それだけでは各々の細胞の中には取り込まれません。赤血球(ヘモグロビン)にくっついた酸素は細胞膜を介して、細胞内に取り込まれ、消費された二酸化炭素をもらい受けます。

ここで、今度はブドウ糖が細胞に入るために必要なことがあります。細胞の中にブドウ糖を取り込むためにインシュリンという物質が必要となるのです。これがなければただ血液の中をブドウ糖が流れているだけで、細胞は栄養素を取り込むことは出来ません。インスリンは膵臓のβ細胞から作り出される物質で、私達の血糖を下げる唯一の物質になります。

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 食事を取ると血糖が上昇するため膵臓のβ細胞からインシュリンが分泌されます。しかしインシュリンが十分なければ血管の中に糖分はあっても細胞内には取り込むことが出来ず(←インシュリンの最重要役割①)、細胞はエネルギー不足に陥ることになります。細胞で使われない糖分のため、血液の中の糖分が上昇し、高血糖の状態(糖尿病)となるのです。

それ以外にもインスリンの重要な役割としては ②エネルギーが切れてしまわないように、ブドウ糖を貯蔵しておくことの出来る物質、動物性デンプン「グリコーゲン」に変えて肝臓や筋肉に蓄積します。 ③肝臓で蓄積されず余ったブドウ糖を中性脂肪として脂肪細胞の中へ取り込む。 このようにインスリンは私達の細胞のエネルギー産生や栄養備蓄に大きな役割を担っているのです。

一般的な糖尿病(2型糖尿病)は、必要以上に糖分をとったために膵臓のβ細胞が疲れてしまい、次第にインシュリンの分泌が低下します。また肥満が起こると脂肪細胞から様々なサイトカインが出て、インシュリンの反応も悪くなるために、更に高血糖が持続してしまいます。これが糖尿病の発症の大きなメカニズムの1つとなります。 

元々日本人は欧米人と較べてインシュリンの分泌が悪いために、余り肥満でなくても糖尿病になるリスクが高いのです。 粗食に耐えて生き延びてきた日本人の身体は急に飽食の時代になっても細胞レベルでまだ時代の変化についていけてないのです😂

 

2020年11月 8日 (日)

世界を夢みて(216): サンセバスチャンの朝(出発)

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短い滞在時間・・それでも十分満足したサン・セバスチャンでした。いつの日か来る機会があれば今度はノンビリと滞在したい場所でした。

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朝はサン・セバスチャンの街並みには靄がかかっていて、それはそれで幻想的で美しい光景でした。少しひんやりしたホテルの周りを散歩して、ホテル内で朝食としました。本来なら美食の街ですので、ホテルのアメリカン・ブレックファーストよりも旧市街のバルで取った方が良かったのかも知れませんが、早めに次の目的地への移動もあり朝食付きのプランでホテルを予約していました。
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ホテル1階のレストランはかなり座席も広く、この場所からコンチャ湾を眺めることもできます。壁には昔のコンチャ湾での貴婦人達の写真が貼られていました。きっと昔から高級リゾート地として栄えていたのでしょうね。

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何気に置かれたパンやジャムを置いた調度品も味わいがありました。
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パンの種類は豊富でしたが食事の種類は余り多くないようです。

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取ってきた朝食のメニーです。普段はこんなに取ることもないので私としては十分すぎる朝食です😄。

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さらばコンチャ❗・・さらばサン・セバスチャンです❗

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気持ちの良い朝を迎えました。素敵な思い出を胸に次の目的地に移動です😍

2020年11月 6日 (金)

今週の生け花(令和2年11月第1週)

世界中が固唾を吞む米国大統領選挙が最後の最後まで何処に傾くか分からない状況ですが、次第にバイデン氏が優勢のようで少しホッとしています。人の上に立つ資質のない傲慢なあの顔をあと4年見るのは耐えがたいのです・・・米国の融和と良識を取り戻して欲しいと祈っております。

あっという間に11月になってしまいました。あと少しで今年も終わろうとしています。コロナ・コロナとため息が出そうです・・・いや!上を向いて歩かなければ・・・

今週もいつもに2階の小さなスペースに生け花クラブの皆様のお花が飾ってありました(ありがとうございます😉)。

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今週は不思議な形の花器が使われていて、まるで空中庭園のイメージです😊 花器の骨組みとサンゴ水木の枝、そして大きな葉のハランで構図を決めています。
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中央に大きな黄色のマリーゴールドと小さな花が連なった紫のランを配置していますが、見る角度で随分と違う印象になります。
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花器の中央部分には随分とお花達が密集しています。ここは三密を避けることは出来ていないようです😅
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どんな時にも前を向いて歩きましょう。耐える力も私達には求められているのです。そう呼びかけているようなお花達でした。
<花材:さんご水木、ハラン、マリーゴールド、蘭>

2020年11月 4日 (水)

呼吸はどこで調整しているのでしょう?

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今日のFM「いきいきタイム」はイビキと睡眠時無呼吸症候群について説明しました。睡眠時に呼吸が止まることで循環器系を中心に負担がかかり、様々な合併症を起こします。無治療では平均余命が7年短くなるといっています(睡眠時無呼吸症候群については→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-acac.html )。

・・・そう言えば皆様方「呼吸は何処で調整しているのか」って・・・分かります? 寝ているのに呼吸はしていますよね? 今回のブログはこの辺りを説明したいと思います。

Th_1829862 呼吸はそもそも何のためかと言うと、外から酸素を取り入れて、身体に溜まった二酸化炭素を排出するために行われます。

・・・と言うことは体内の「酸素濃度」と「二酸化炭素」の濃度に注目すれば解決できるはずです(またまた細かな所はすっ飛ばして説明します・・・と言うより私も細かなところは分かりません😅)

私達の体の全ての細胞は酸素がなければ生きてゆけません・・・だったら「酸素濃度」で呼吸を決めているはずと考えたくなります。勿論これも当たりですが、寝ていたり、意識しない場合には「二酸化炭素」の濃度で呼吸を促して調整しているのです。

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呼吸中枢の存在・・・私達の頭の中で大脳や小脳の他に呼吸や心臓、体温など生命の維持に深く関わっている視床下部・延髄・橋という場所があります。 呼吸を司るのは延髄と橋があります。延髄は呼吸中枢、橋は呼吸調節中枢と呼ばれています。

ではこの中枢は何に反応して、呼吸を促したり止めたりしているのでしょうか?・・・答えは血中の「二酸化炭素」濃度です(←酸素濃度には反応しません)。

 

これでスッキリ「二酸化炭素」で解決と思うかも知れませんが・・・呼吸が止まることは死に直結します。ですからこれだけでなくもう1つの呼吸調整器官が存在します。 それは酸素濃度と反応してゆくことになります。

頸動脈と大動脈の部分には血液の酸素濃度をキャッチするセンサーがあります(頸動脈小体、大動脈小体)。血液の酸素濃度が必要以上に低下すると、このセンサーが作動し、呼吸中枢に情報を与えることで、呼吸中枢は呼吸筋に呼吸するように指令を出すのです。 

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例えば運動すると酸素が低下するために、末梢の化学受容器が低酸素をキャッチして、延髄に情報と伝達して、呼吸と心拍が増加するように働きかけます。このことは無意識に出来ていることで私達は日常の生活をスムーズに行える訳です。

・・・まあ今回も老外科医の適当な解説です😅・・・40年ぶりに「頸動脈小体」などという医学用語を学生以来目にしました😃

もう一度古ぼけた頭を回転させてみたいものです。お付き合いありがとうございました。

2020年11月 3日 (火)

東南植物楽園「光の散歩道」

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コロナの影響で、今年の海外旅行は諦めざるお得ません😭 私自身が感染し、患者さんにうつすことが1番心配でなかなか出歩くことが出来ません。 今年に入って、自宅と病院の行き来、コンビニと床屋さん以外出かけていません。唯一8月に朝早く北部まで出かけて、海洋博公園にある屋外の熱帯ドリームセンターに出かけました。その日は開園前に到着し、誰もいない一番乗りで入場し、1時間ほど美しい花々をみて誰にも接触せずに帰って来ました。それでも青空の下開放された気分になれました。

Th_2_020200911130128_qc21l 患者さんも比較的落ち着いていたため、この土曜日(10/31)にドライブに出かけようと考えていました。運転は好きなので、高速にのってヤンバル(沖縄本島北部)まで行って、このまま帰ってこようと考えていました。 

偶然、前日の新聞に10月30日から「東南植物楽園のイルミネーション」についての記事が載っていました(左は公式サイトのパンフレットです)。 東京ドーム3個分の敷地内に、280万個の光が点滅し日本夜景遺産に登録と書いてありました(詳細は分かりません)。 

東南植物楽園には子供の頃より、何度か行ったことはあるのですが、このような催しがあることは知りませんでした。

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人が多くて、ソーシャルディスタンスも保てないようならこのままドライブをして帰る予定で、訪ねることに・・・20時半頃に到着。受付近くに人は殆どいません。 確認後に、スマホで料金を支払い・・・なんたって私の場合シニア料金で安いのです😄

屋外でその日は風もあり、10メートル以内に人はいない余裕の広さで、コロナは心配なさそうです。もちろんマスクをして、何処にも触れないようにし、トイレにも寄らずに、黙々と写真を撮り1時間以内に帰って来ました(笑)・・・今の状況でなければノンビリと過ごし、園内で食事をとっていたかも知れません。 ただただ本当に美しいです。 想像以上の目映い光の演出でした・・・今日は朝病院に出かけて、その後動画の編集を行いました。少しは「文化の日」らしい動画になれたらいいのですが・・・

PCでご覧の方は「You-tube」で大画面でご覧になれます(https://www.youtube.com/watch?v=-EQiLTPe0MU

 

2020年11月 1日 (日)

世界を夢みて(215): Mercure Monte Igueldoメルキュール モンテ イグエルドからの望遠での眺望

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Mercure Monte Igueldoメルキュール モンテ イグエルドのホテルの部屋からの眺めは最高でした。今回の旅行で使ったことのなかった望遠レンズに変えて、サン・セバスチャンの街やサンタクララ島を写してみました。 望遠で撮るとまた違う印象がありましたので、ご紹介します(今回の写真はEOSKissMと55−200mmレンズのコンパクトなミラーレス一眼で撮影しました)

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ホテルのあるイゲルドの丘と反対側にある旧市街地のMonte Urgullの丘にはモタ城、キリストの像が見えます。


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海岸沿いの白い建物はレストランやバーなどが入っているようで、夜も多くの人々で賑わっていました。中に入りませんでしたが、コンチャ湾の夜景を眺めながら飲むにはいいかも知れません。奥の茶色の立派な建物が昔のカジノを改修したサン・セバスチャン市役所です。
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尖塔が見えるのが修復中のサン・セバスチャン大聖堂(→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-5e80fb.html )です。 コンチャ湾を見渡せる高級マンションやホテルが建ち並んでいます。夏のシーズンには超満員だそうです。

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夏のシーズンは終わっていますが、まだ浜辺には人影が多いです。

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沢山のヨットや船舶が停泊しています。走っている青い船は何処かへの定期船なのでしょうか?

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湾の中央にあるサンタクララ島には船もつけられ、護岸にはカフェもあります。
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旅行でのカメラは広角領域のズームレンズを使うことが殆どです。ヨーロッパの建物は皆大きいので、広角でないと入らないことが多いからです。今回、ホテルのベランダから望遠レンズに切り替えて撮影しました。 ビックリするぐらい大きく見えてきます。肉眼では分からない部分まで再現されています・・・・と言う事で・・・何を考えていたかと言うと・・・このような島で湾を眺めながら海に向かって「立ちション」でもしたら写真に写されてしまいます。世の男性諸君広大な景色を眺めても決してこのような行為は慎まないと行けませんよ😊 望遠恐るべしです! 

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丘の上にある2つの尖塔を持つ大きな建物はSeminario Diocesano De San Sebastianと言うカトリックの神学校のようです。余りネット上にも出ていませんので、観光客向けではなさそうです。かなり大きな建物ですので、サン・セバスチャンの至る所から観ることが出来る建物でしたが、恐らく見学は出来ないと思います。

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コンパクトなミラーレスカメラでもこれ程写りますので、本格的な一眼望遠レンズで撮ると凄いことになるのでしょうね。

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携帯でも今は素晴らしい写真が撮れますが、流石に夜景の望遠は一眼レフカメラに軍配が上がるようです。新しいiPhone12などの夜景モードではどの程度写るのでしょうか? もう重いカメラを持ち歩くことはなくなるかも知れませんが、携帯で写真を撮る癖がない私にとっては、ミラーレス一眼の方が扱いやすいのです。
今回はネットなどでみてもこのような角度からの拡大写真は少なかったので、紹介しました。

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