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2019年8月12日 (月)

世界を夢みて(142) ブルージュ:ベギン会修道院とレースセンター

このブログの記事をまとめたホームページを作りました。見て頂くと嬉しいです😃(ニライの夢:https://dreams-nirai.com )。
フランドル地方の水の都ブルージュは運河に囲まれた旧市街全体が「ブルージュ歴史地区」として世界遺産に登録(2000年)されています。その旧市街の中にあるベギン会院は世界遺産「フランドル地方のベギン会修道院群(1999年登録)」の一部として登録していますし、もう1つ街のシンボルの「鐘楼」も「ベルギーとフランスの鐘楼群(1998年登録)」の1つとして登録されています。つまりブルージュは3つの世界遺産がある特別な場所でもあるのです✨
ホテルを出て、運河めぐりを終え、街の中心部のマルクト広場・ブルグ広場を見学しながら南下しました。聖母教会を見学後、次にベギン会修道院に向かいます。
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運河に架かった橋を渡ると、広大なベギン会修道院の中に入ることが出来ます(写真の橋の左側が入口となります)。

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「修道院」と呼ばれていますが、いわゆる教会に属する修道女の為の施設ではありません。元は1245年にフランドル伯夫人によって設立された、女性達の互助的な組織で、信仰をベースとしていますが、その女性達は教会に属するのではなくて、半聖半俗の仕事場と生活の場を共有するベギンホフ(女性達の専用住居集落)で暮らしていました。

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この様なベギンホフがオランダやベルギーの各地にあり、それぞれが独立した組織として各自で運営されたいたそうです。 その中で女性達は教育や執筆や当時全盛を極めた織物などを生産して多くを支えることが可能だったようです。 このベギンホフを出ると結婚も可能だったとのことです。

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当時としては画期的な互助組織だったのではないでしょうか。この様な自由の雰囲気も今のベルギーやオランダの人々の意識の中に刻まれているのかも知れません。日本でいうと鎌倉時代や室町時代ですので・・・自由に対する認識も違うのかも知れません😵

ですので本来は「互助会?」ともいうべき組織が「修道院」と呼ばれているのは、誤解があるとのことです。 特にブルージュのベギンホフは大きな組織だったのですが、次第に居住者が少なくなったために、その場所をベネディクト会の修道女によって買い取られて、現在は文字通り修道院として使われているために、世界遺産の呼び名でも「フランドル地方のベギン会修道院群」となってしまっています😲
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広々としたベギン会修道院を出ると、白鳥やがん、アヒルなどがノンビリと過ごしている「愛の湖公園」があります。ここはブルージュの内港だったところで、今では運河と水門で仕切られた湖となっています。 

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運河クルーズなどでも運河から橋やこの公園を眺める場所はビューポイントとして人気があります。

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前後しますが、ここでブルージュのリニューアルした「レースセンター」見学を記載します。ベルギーが誇る伝統工芸遺品はベルギーの財政を支える重要な輸出産業でした。このこととベギン会は関連も高かったと思います。ベギン会修道院の中でもこの様な工芸品を作ることで多くの女性達が生活の糧を得ていたと考えます。

Th_dsc025292014年にレースセンターはリニューアルオープンします。1階では中世時代からのもの凄く緻密なベルギーレースが展示されています。

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人の手で織り上げたのがとにわかに信じられないほどの繊細で美しい作品が多くありました。 

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2階の方では、月曜から土曜の14時から17時まではレース編みのデモンストレーションも見学出来ます。熟練した手さばきで複雑な模様のレースを編んで行く様子は見ていても楽しく飽きてきません。

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現在ではこのようなきめ細かなレース編みが出来る方は殆どいなくなったとのことです。中世の頃から女性達が自ら生活を支えあう組織の発達やそれを支える細かな手作業の繋がりにも想いを馳せた時間となりました😃

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旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
 ベギン会修道院、私たちも行きました。
静かな佇まいですね。
もう今は旅立たれた知人さまはここへ2度宿泊されておりますよ。
ミッションスクールご出身でそこのシスター?からのご紹介で、
お泊りになられたそうです。(個人旅行で)
わら布団のような?ベッドだったと仰っていたのが印象的でした。
 レースセンターではなく私たちは実演しているお店で見せて頂き、
古い小さなレース入りのペンダントと蝶々のピアスを姪のお土産に・・・。
その外、ブラウスなども購入しました。
ボビンレースといいますが、ちょこっとだけ私も習いましたよ。
ボビンの数が勿論少ないですが・・・。
あれだけのボビンを手早く交差させたり、ピンを打ったり熟練を要するものですね。
続きを楽しみにお待ちしております。

マコママさん、こんばんは。

ベギン会修道院の中でもブルージュは保存状態も良く、観光地としてゆっくりと見学をすることが出来ていいですね。

マコママさんのお知り合いの中で特別なその方は現在の修道院の中で宿泊が出来たのですね。 きっとベットなども質素なものなのでしょう。

レースセンターは私が行った時には新しくなった建物でした。3人ほどの方が実際に作っていらして、観光客も見ることが可能でした。丁度私が行った時間帯に小学生ほどの子供二人がこれから習うと来館されていました。地元の子供達への普及活動もしているのかも知れません。

本当に細かい作業でした。ピンを移動しながら編む方法を初めて見ました。凄い技術ですね。

次回もブルージュですが、とても素晴らしい経験をしましたので、記載しますね。ご期待下さい💖

おはようございます。
この街、時間がとまっているみたいです。
中世のままみたいです。
こんな綺麗な街並みが普通にあるんですね。
ずっと見入っちゃいました。
レースが高価な訳は緻密な手作業だからなんですね。
私は機械で編まれた勘弁なものしか知りませんもの。
旅行記楽しませていただきました。
ありがとうございました。

おはようございます。

ブルージュの街は本当に美しい街です!
「屋根のない美術館」と言われることに
納得します✨️
 
ベギン会修道院といっても修道女の集まり
ではなかったのですね。名前からして
宗教に身を投じた修道女の集まりだと考えて
いました。
日本では鎌倉時代にこの様な今でも通じる
組織作りがされていたのにびっくりします。

レースが繊細で美しいですね。作り方は私が
想像していたのは全く違っていました

ますます、今後の旅行先が迷ってしまいます😊

いつもこのブログを楽しみにしています
これからも私も一緒に旅行させて下さいね💓

EOSのパパさん、おはようございます。

ブルージュは中世の初め頃、北海に通じる運河による、流通港として繁栄をします。しかしその後は運河が浅くなり大型船がブルージュまで入れなくなったために、この中世の建物や街の雰囲気が残されたとのことです。

ブルージュは時間が止まった街並なのですね。

ブルージュのレースは繊細で美しく、フランスなどの貴族も多く買い上げたために、ブルージュを支える一大産業となったとのこと。これを支えた労働力はベギン会の修道院で生活をした女性達だったのです。

私の健忘録としての旅行記ですが、一緒に旅行楽しんで頂けたら嬉しいです。

舞子さん、おはようございます。

ブルージュはヨーロッパの中でも落ちついた美しい街の上位に入る街だと実感しました。本当に素晴らしい場所でした。

私も「ベギン会修道院」という名前のため、修道女が教会の中で、レースなどを作って生活していると思っていたのです。 修道院じゃなくて何かいいネーミングがないですかね?

私もレース編みの光景として椅子に座ったおばあちゃんが糸と針で縫っていることを想像していました。それよりももっと細かい作業でした。
作り方が違っているのであの様な細かな編み方が可能だったのですね。


以前のスペイン旅行記も素敵な場所でしたので、私の旅行記が参考になると嬉しいです。

こちらこそ、ブログを通して一緒に旅行できれば嬉しいです💖

先生、こんばんは。

確かにベギン会修道院と言われると文字通り修道女の為の施設と思ってしまいますが
、前身は女性達の互助施設だったんですね。
白鳥などが戯れるこんな長閑な環境で、女性達は織物などの製作に勤しめたんでしょうね。

そしてなんて繊細で芸術的なレース編みなんでしょう。
糸の付いたこんなに沢山のピンを操るなんて熟練の成せる技ですね。
こんがらがってしまいそう^^;

ブルージュ歴史地区と言うのはとても奥が深いようですが、先生の丁寧な説明で分かりやすかったです。初めて観る景色や興味深いお話、次回も楽しみです♪

sharonさん、こんばんは。

私も最初は、いわゆる修道女が生活の糧として教会内で織物などを作っていると勘違いしていました。
緩やかな宗教的関係の中での運用で、それよりも女性達の相互援助の方が強い組織だったようです。

レース編みに関しては本当に細かい作業でした。幾つもある糸にピンを移動しながら編む作業をみていると頭が混乱してしまいそうでした(^0^)

私の文書力がないので、もっと魅力的な街と思いますが表現が出来ません😢 写真で想像なされて下さいね。

次回はブルージュでのとっておきの経験について書く予定です。是非ご覧になって下さいね。最高の経験でしたよ!

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