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2019年5月

2019年5月31日 (金)

今週の生け花(令和元年5月第5週)

1週間があっという間に過ぎて、もう金曜日の夜になりました。 最近、幼い子供達が事故や事件に巻きこまれてしまうことも多く、ニュースなどを見聞きして、本当に心が痛むことが多くなってきたと感じます。 この様な事件事故が少しでも減少して欲しいと祈ります。

今週も生け花クラブがあったようで、2階のいつもの場所に生け花が飾られていました。

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今週の生け花は靄のかかったような印象を受けます。あるいは雲に被われた下界と雲の上の華やかな世界を映しているように思えました。直線的な白い花器を取り囲みようにスモークツリーを配置しています。このモヤモヤ感はスモーク(霧)の発生のように感じ、この植物の名前が的を得ている気がします。

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空の上には大輪のひまわりが周りを見渡し、赤いカーネーション、橙黄色のケイトウが空に向かい咲いています。後方にはクルクマが天空に向かって伸びています。 

天界の世界はこの様に美しいのでしょうか😊

<花材:スモークツリー、クルクマ、ひまわり、ケイトウ、カーネーション>

2019年5月29日 (水)

表層性胃炎、びらん性胃炎、胃潰瘍の違い

今日のFM放送では消化性胃潰瘍の第1弾として話をしました。 消化性潰瘍については何度かブログでも書いていますが、今日は基本的な胃炎、潰瘍の違いについて説明したいと思います。

私達の身体の消化管(口腔内から出口の直腸まで)の表面は粘膜と呼ばれる薄い組織で被われています。この粘膜の下には、粘膜筋板、粘膜下層、筋層、漿膜(しょうまく)があり、これが基本的な消化管の壁の構造となっています。

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胃炎と言う言葉も皆様方は良くご存じだと思いますが、胃炎もその深さによって表層性胃炎とびらん性胃炎に分かれます。胃の表面の粘膜だけに病変があって、炎症を起こし赤くなったり浮腫んだりしている状態が「表層性胃炎」と呼びます。 様々な原因で粘膜が傷ついて、粘膜がえぐられ、欠損する場合があります。 粘膜が欠損してもその下の粘膜筋板までは達していない浅い病変の場合は「びらん」と呼んでいます。この状態が胃で起これば「びらん性胃炎」と呼んでいます。

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では、もっと傷がついて粘膜筋板より深い欠損となってしまう状態はとなると・・・これが「潰瘍」と言うこととなり、「胃潰瘍」の状態となるのです。 潰瘍でも浅いものから、筋層に及ぶもの更には漿膜を超えて胃に穴が空く(穿孔)と重篤となることもありますし、粘膜下層や筋層には太い血管もあり、潰瘍の部分にこの血管があると大出血をする場合もあり、吐血や下血やショックとなる場合もあるのです。

びらんと潰瘍を何故分けたかというと、びらんと比べて潰瘍はより重症と言うこともありますし、治った場合に、びらんの場合はすぐに正常な粘膜に被われ、後まで残る(瘢痕)ことはありません。 潰瘍(浅い場合は判らないことも)の場合は治った場合、回の粘膜に引きずれが起こって、潰瘍瘢痕として傷跡が後々まで残ってしまいます。 ですのでびらん性胃炎と言われていても治った後に胃カメラを受けても全く痕跡もなく判りませんが、潰瘍の場合には「以前潰瘍になったことがありますね」と指摘されるのです。

2019年5月26日 (日)

世界を夢みて(131); ネロ少年とパトラッシュが最後に見た絵

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ルーベンスはベルギーを代表とする世界的な画家であることは間違いないのですが、彼の絵画より1975年の「フランダースの犬」のネロ少年とバトラッシュが最後に見た絵を描いた画家として私の記憶には残っていました。

多くの日本人はこのアニメに感激し涙したと思います。原作はイギリスの児童作家のウィーダが1875年に書いた作品です。
当のベルギーでは作家が英国人であること、悲しい物語であるため人気がなく多くの国民は知らなかったようです。  ところが日本でアニメの「フランダースの犬」が公開されて以降日本人が沢山押し寄せ、逆にベルギーで「なぜ無名な物語が日本で有名になったのか」というドキュメンタリーも作成されたとのことです。
かつて号泣して見ていたアニメのネロ少年の気持ちになってルーベンス作品を観にアントワープ大聖堂(聖母大聖堂)を訪ねることに。
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聖母大聖堂はアントワープの守護聖人である聖母マリアに捧げられたゴシック様式の教会で、1352年から1521年にかけて建築されています。

塔(鐘楼)の高さが123m、長さが124m、幅65mの立派な大聖堂です。ユネスコの世界文化遺産に登録されているのですが、登録されているのはこの高い鐘楼の部分だけで大聖堂全体ではありません。
現在のユネスコの登録名も「ベルギーとフランスの鐘楼群」となっているのです。 少し面白いのは、この塔の部分は時間を知らせたりする鐘楼として使用されていましたので、教会のものではなくて市の所有財産なのだそうです。なにか複雑ですね。

 

10時からの開館を待って入ることに。料金は6ユーロで日本語のパンフレットもありました。
Th_dsc01786内部も天井が高く、白いシンプルな柱に美しいステンドグラス、さらにはこの教会を有名にしている絵画が張り巡らされいます。Th_dsc01793
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沢山のステンドグラスは美しいだけでなく教会内に優しい光を注いでくれます。マリア様の像もあり厳粛な気分になります。

Th_dsc01830沢山の宗教画で教会内は埋め尽くされています
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沢山の彫刻も見逃せません。Th_dsc01814

天井が高く、更に高いキューポラの部分にも天井画が描かれています。

・・・さあ、これから「フランダースの犬」のネロ少年が憧れていたルーベンスの作品と対面です。貧しいながら愛犬パトラッシュと共に牛乳配達で生計を立てていた少年は画家を夢見ていました。全ての夢が絶たれたネロは死ぬ前にルーベンスの絵を見たいと考えて吹雪の中を聖母大聖堂に向かいます。
Th_dsc01811最後、彼の夢は叶えられ、夢見ていたルーベンスの「キリストの昇架」を見ることが出来ます・・・もうこの時点で私の方は昔を思いだして、涙がチョチョキレの状態に・・・ 上の三連作の正面の絵画の左下にもう一つ秘密があります。Dsc01861

ルーベンスは「キリストの昇架」の向かって左下に当時、彼が飼っていた愛犬の「パトラッシュ」を描いています。それでネロは子供の頃に拾って来た犬にルーベンスの愛犬と同じ名前をつけたのです。

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いよいよ「フランダースの犬」の最後の場面になります。「キリストの降架」の前でパトラッシュと共にいます。  飢えと吹雪の中を歩いてきて低体温症(?)になり、意識がもうろうとする中でネロはパトラッシュに呼びかけます「パトラッシュ、僕は見たんだよ。1番見たかったルーベンスの2枚の絵。だから僕は今凄く幸せなんだよ」と・・・書きながら、私の方がもう駄目です。更に

・・・静かに息絶えたネロとパトラッシュが天使とともに天国に旅立ってこの物語は終わりました。
辛い作品ではありましたが、このようなアニメは今でもあって欲しいと願います。海外では子供向けには余りにも寂しすぎてハッピーエンドで終わらせようという向きもあるとのことですが・・・
ルーベンスの絵に会いに来たのかネロ(昔の思い出に)に会いに来たのか分からない状態で教会を後にしました。
外は今日もいい天気です。さあ次の場所に移ります💖

2019年5月24日 (金)

今週の生け花(令和元年5月第4週)

5月24日となりました。「令和」にも馴染んできました😃  梅雨に入ったのですが、ここ1週間程度は好天に恵まれた沖縄地方です。今日もスカッとした青空が広がっています。

Th_img_2502 今週も生け花クラブの皆様が2階のいつもの場所にも生け花を飾ってくれています。

今週の生け花は艶やかです。光輝いていますね。 特に赤いアンスリウムは元々目立つのですが、今回のアンスリウムはかなり大きな仏炎苞で、これ程大きなものは余り見かけません。 私はいつも間違えるのですが、アンスリウムの赤い部分は花なのか葉なのかという部分です。 この赤い部分は葉が変形したもので、真ん中のとがった黄色の部分が花の部分となるのです。 花の部分は花序の形態をとり、先端部分が雄花で、下端部分が雌花となっています、よく見ると小さな花が咲いています。 仏炎苞(ぶるえんほう)と呼ばれるのは苞が仏像と後ろになる炎が燃えているイメージと重なるからと言われています。

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白い上品な花器に赤、黄色、緑と色彩に溢れています。目立つ黄色のヒマワリも赤いアンスリウムに押されがちです。まだ開いていないヘリコニアは尖塔のようですし、雲竜柳も今回は小さな葉をつけて飾りのような役割を果たしています。 後方の紫の苞が並んでいるのはレッドジンジャーです。

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来週はどのような天気になるかは判りませんが、今週の生け花は沖縄の青空にも負けないような輝きを放っていました😊

<花材:雲竜柳、アンスリウム、ひまわり、ヘリコニア、レッドジンジャー>

2019年5月22日 (水)

頸椎症について

今日のFM放送は首の痛みについて説明しました。 ブログにはその中から「頸椎症」について記載してみます。

人間の体の屋台骨を支えている椎体は上部から頸椎(7本)、胸椎(12本)、腰椎(5本)からなっています。この骨格は私達の姿勢の維持や運動を支えるだけでなく、椎体の真ん中に脊柱管というトンネルを作り、その中の脊髄神経を保護する役目をになっています。

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頸椎症の原因や症状に関しては頸椎だけでなく胸椎、腰椎に起こっても同じ病態ですので、イラストにしましたので皆様方も考えながら読んで頂くと嬉しいです。

・原因: 椎骨と椎骨の間にはクッションの役目を果たす椎間板という軟骨組織があります。椎間板は20歳を過ぎた頃より年齢と共に水分が失われて硬くなって、ヒビが入ったり、圧迫されて飛び出してしまうこと(ヘルニアと言います)も起こります。これも加齢と共に周りの椎骨自体も弱くなり、圧迫骨折をしたり、長年の使用で骨棘という骨の飛びだしが出たりします。また神経の入っている脊柱管の後方には強力な靭帯があるのですが、これが肥厚して硬くなって飛び出すこともあるのです。

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・症状: 脊柱管の中の脊髄という神経の束は私達の脳と体の隅々を結びつけているまさに大動脈の神経です。 ですので症状はどの部位で神経が圧迫されるかによって決まります。 上の図を見て貰うと判ると思いますが、椎間板ヘルニアや骨が前方に飛び出しても神経を圧迫しなければ頸椎症の症状は出ませんし、圧迫骨折があっても神経を圧迫しなければ、骨折による骨の周りの痛みだけで済みます。 しかし交通事故などで骨折と共に脊髄が圧迫されて、半身麻痺などの麻痺が起こる場合もあるのです。

頸椎の場合の症状としては、首の痛み、手(足)のしびれ感や感覚異常がでたり、ひどくなると痛みを感じないなどの知覚障害や手足などの細かい作業が出来なくなる場合もあります。脊髄神経は全身隈無く伸びていますので、時には膀胱や直腸の神経障害もでて、排尿障害や排泄障害も出現することもあります。

この様に圧迫される部位により多彩な症状が出ます。

・治療法に関しても様々です。 その人の生活環境や不自由さで選んでゆきます。 装具療法、薬物療法、牽引療法、温熱療法、理学療法(リハビリ)、神経ブロックに手術など色々ですので、専門の整形やペインの先生と相談して決定して欲しいと思います。

2019年5月19日 (日)

世界を夢見て(130); アントワープ早朝の散歩とルーベンスの家

旅行の宿泊地に関して私が1番重要視しているのは、立地条件です。私自身の旅行スタイルとしては朝から夜まで目一杯その土地を楽しみたいと考えてプランを立てています。その1番の条件が観光の中心地なのです。
 どんなに豪華なホテルであっても郊外にある場合、そのホテルに着いてからはホテル内で楽しむか、何もない周りを散策するかしか手がありません。 旅行期間が限られている中で実にもったいなく感じてしまいガッカリすることがありました。
Th_dsc01779しかし今回の旅行は自分で全て企画しましたので、自分の旅行スタイルに合う条件の宿泊施設を選びました。アントワープでは聖母大聖堂(ノートルダム大聖堂)がみえるヒルトンを選びました。
ホテルに着いて直ぐに行動して夜の街を散策してからホテルでのシャワー後直ぐ睡眠を取ることに。Th_dsc01641

早朝から行動開始です。夜の街や早朝の街は静かだったり、人々の暮らしの息づかいも伝わって来ることがあります。早朝のトラムはまだ人の気配が少ないです。

Th_dsc01659丁度、市庁舎広場は工事中で、広場には重機や機材が山積みにされて綺麗な写真は撮れませんが、このように上に向けると夜明けに浮かぶ「ブラボーの像」やグローテマルクト広場に建つ建物のシルエットが美しいです。
Th_dsc01657_1  ここで「ブラボー像」の説明を・・ブラボーはベルギーの伝説の登場する巨人のローマ戦士の名前です。この伝説では、昔シュケンデ川に川を通る通行人に重い税を課し、払わない場合は通行人の手首を切り落として捨てたという「アンティゴーン」という巨人が住んでいたそうです。その巨人を征伐し、その手首を切り取って川に投げたのがブラボーでした。
巨人の手「ant」を切り取って投げた「werpen」ことより、アントワープの地名になったと言う説もあります。
本来の彫刻では切り取った手や像の下から噴水が出ているのですが、今は工事中で水は出ていませんでした(残念)。
Th_dsc01649アントワープで1番有名なノートルダム大聖堂も殆ど人影もなく静かに見ることが出来ます。
Th_dsc01679街のカフェはもう既に開店しているのでしょうか?灯りが灯っています。
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レストランも開店の準備でしょうか?少しずつ明るくなり、それに伴い街も目覚めて、人々の動きを感じることが出来ました。1時間ほどブラブラしてホテルに戻り朝食。

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短い滞在でしたが、ヒルトンホテルも楽しめました。ラウンジから見るノートルダム大聖堂が朝焼けに照らされています。

直ぐにチェックアウトし、今日の予定の行動に取りかかります。
Th_dsc01714アントワープの主な観光施設は10時からの開館となっています。街を散策しながら10時前に「ルーベンスの家」に到着。 
Th_dsc01713チケットはその入口で買うのではなくて道向かいにチケット売り場があります。入場券は8ユーロで、リュックサックなどの大きな荷物はこの場所で無料のロッカーに預けることになります(鍵をかける時に1ユーロのコインが必要で、後で戻ってきます)
Th_dsc01739ベルギーの巨匠ルーベンスは画家としての名声だけでなく、7ヵ国語を話す外交官としても活躍していました。8年に渡るイタリアでの絵画修行を終えてアントワープに戻ったルーベンスが5年をかけて創った家で、居住兼アトリエとして使ったそうです。また多くの貴族や芸術家もこの家を訪ねて来たそうです。
Th_dsc01718内部には絵画や日常で使っていた調度品も展示されています。このルーベンス師匠は53歳のこの時期に再婚しているのですが・・・奥様はなんと16歳だったとのことです・・・当時何と言われたかは知りませんが、今なら「なんちゅーう叔父だ!」と非難されていたかも知れませんTh_dsc01744

ルーベンスの印象は巨大な宗教画家というイメージで実際に自画像は余り描かず4点ほど残されているそうです。上の絵は16歳のエレーヌ・フールマンと再婚した年(ルーベンス53歳)の自画像です。Th_dsc01729

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この家はルーベンスが自宅としても使用していましたが、やあり多くの作品を書いたアトリエとして、また多くの弟子達を育て、沢山の訪問客をもてなした場所で在ったことも想像出来ます。

Th_dsc01750現在は市の美術館として「ルーベンスの家」として公開されているのです。
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巨大敷地には中庭の庭園があり、季節季節の花も楽しめるようです。Th_dsc01765本来ならこの家を取り巻くように回廊が伸びていて彫刻などで囲まれているそうですが、現在改築工事で写真を撮るには残念な光景となっています。

ルーベンスに興味のある方は訪ねてみては如何でしょうか?

2019年5月17日 (金)

今週の生け花(令和元年5月第3週)

例年より少し遅れて、昨日梅雨入りした沖縄地方です。 雨は鬱陶しくて嫌ですが、植物にとっては潤いが増し、花々も良く開花する時期となります。 梅雨の時期に似合う花としては紫陽花があります。私にとってはなんとなく、鎌倉などの寺のある光景を思い浮かべますが、沖縄本島北部にも紫陽花園があり、1万本以上の紫陽花が見頃を迎えると地元紙が報じていました。

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今週もいつもの2階の場所に生け花クラブの皆様がお花を飾ってくれています😃

今週の生け花は白い花器が際立っています。不思議な形の花器ですね。花器が白いために、花の色がより浮かび上がって来ます。左上方に伸びた紫のデルフィニウムが鮮やかです。なんとなくグラジオラスにも似た印象を持ちますが、もう少し細い花々です。デルフィニウムはヨーロッパや北アメリカの涼しい高地に自生する多年草ですが、高温多湿の日本では1年で枯れてしまうそうです。そのため日本では1年草として流通しているそうです。 

名前の由来が面白いので記載します。 デルフィニウムの名前の由来はギリシャ語の「delhis(イルカ)」で、花の蕾がイルカのように見えるからだそうです。一方和名は「大飛燕草(ダイヒエンソウ)」で、英語では「Larkspur(ラークスパー):ラークはヒバリ」と呼ぶそうです。日本人も英国人もこの花をツバメやヒバリと同じ鳥に例えて呼んでいるのが面白いですね。

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この5月に映える赤とピンクのカーネーション、黄色い小さな花をつけたスターチスも可愛らしいですね。茶色の雲竜柳のあるお陰で膨張せずに引き締まった印象となっています。

<花材:雲竜柳、デルフィニウム、カーネーション、スターチス>

2019年5月15日 (水)

世界を夢見て(128); ブレダ(Breda)

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・・・世界を夢みてを順番に書いていたのですが、なんと「ブレダ」の街を紹介する前に、アントワープに記事を載せてしまいました。道順が逆になりますが、今日は水曜日ですがFM放送もないので医療情報はなく、飛ばしたブレダの記事を載せたいと思います。前回のアントワーブヒルトンホテルの前のNo128の記事です😅

風車で有名な世界遺産キンデルダイクからベルギーのアントワープに向かう途中にネーデルランド(オランダ)北ブラバンド洲のブレダという街があります。古くから通商の要所として栄えた街だそうです。

今回、荷物の移動や交通手段の乗り換えも多く発生するため、ロッテルダムからチーズで有名なゴーダ、そしてキンデルダイクをみてアントワープのホテルまでをタクシーでお願いしました。おおよそ6時間でこれ以上の滞在ならば追加料金とのことでした。
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予定時間よりも早く廻ったので、アントワープを行く途中のブレダにも寄って貰えることに。オランダの高速道路は全て無料です。

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下車したところから既に聖母教会の尖塔が見えています。そちらが街の中心となります。

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街に入る運河沿いに、スペイン門があります。玉ねぎの形をした屋根が特徴です。塔と塔との間に水門があるせいでしょうか「スペインの穴」とか「双子の塔」と書いてあるものもあります。16〜17世紀にスペインに支配された時期の名残と言われています。

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直ぐに街の中心のグローテ・マルクト広場に出ます。ここのは沢山のカフェやレストランのテーブルが所狭しと並べられています。かなりの人数分ありそうです。

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聖母教会はグローテ・マルクトの一角にそびえる、97mの尖塔を持った優雅な教会です。15世紀から16世紀に建てられたゴシック形式のプロテスタントの教会だそうです。 Th_dsc01565近くで見るとやはり迫力があります。塔には49個のカリヨンがあり時を告げるそうです。内部も10時から17時まで見学出来るとのことですが、今回は時間のないためスルーです。

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急ぎ足で寄ったのは、ベギン会修道院です。16世紀にベギン会修道院です。この会の修道院はオランダやベルギーの各地に創られた、神に仕える一人暮らしの女性のための仕事場と生活の場を提供していた場所となります。ブレダのベギン会修道院はこれらが完全に残っていると言うことでした。

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静かな公園の中のベギン会修道院の壁に銅像が建っていました(何の銅像でしょう?)

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現在のブレダ城は軍事学校などとして使われているそうです。内部は入れませんでした。

ブレダの名前は知らなくても、お菓子の「メントス」「フリスク」の製造元のペルフェティ・ファン・メレの本拠地があるそうです。
直ぐに、今日の最終目的地のアントワープに向かいました。追加料金なくアントワープのホテルに到着しました。(前回、この記事を飛ばして、アントワープのヒルトンホテルを紹介してしまいました・・悪しからず😰)

2019年5月12日 (日)

サルビアの花(ギターの弾き語り)

連休中も1日を除いて、仕事場に出て行ったのですが、それでもいつもより時間があり、久々に庭の手入れをしたり、Th__16 映画をみたりしていました。そういえばギター弾き語りを最近はしていないと思い、連休最後の5月6日の夜には十数曲を歌って過ごしました。庭仕事でまだ少し手は筋肉痛・・・困ったと思いながらも、折角なので録音。 連休中に赤と紫のサルビアも鉢に植え替えました。

Th__17 鉢を植え替えしながら、サルビアの花ってこの花だったのだと思い出しました。この名前の歌があったことを思いだして、さっそく早川義夫さんやもとまろさんの唄っていた「サルビアの花」を録音してみることに。

結婚を約束していた二人が別れ、先に女性の方が結婚してしまう現実を受け入れきれない男性の弱さの内容でしょうか。 この歌詞を書いたのが女性の相沢靖子さんである事も不思議です。男性の女々しさをよく判っていらっしゃるのかも知れません。 男性は過去を引きずり、女性は現実を生きる・・・まあそんな簡単に書けるほど生易しくはないはずですが・・・。 

内容は違うのでしょうが、昔の映画の「卒業」を思い出しました。 唄ったことはありませんが大塚博堂さんの「ダスティン・ホフマンになれなかっよ」と言う古い曲もありました。何となく「サルビアの花」と似かよった世界観がしてしいます。 

まあいつものように、私の唄は適当に唄っていますので、間違いだらけでギターもミスタッチが多いのですが、なるべく綺麗な写真を添えましたの、宜しければお聴き下さい。

https://youtu.be/6sKCYDZLbGE

2019年5月10日 (金)

今週の生け花(令和元年5月第2週)

Th_img_2465_1 令和に元号も変わり、長いゴールデンウィークも明けてそろそろ落ち着きを取り戻す日本かもしれません。ただし世界情勢は流動的で米中の貿易交渉、北朝鮮の飛翔体(どう見てもミサイルにしか思えませんが)の発射もあり、各地でデモやテロも起きていて世界的には落ち着かない時代かもしれません。

 

4月の新入職員のオリエンテーションのために生け花クラブの活動部屋が使えなかったり、大型連休もありと、令和初めての生け花クラブの活動があったようです。 いつも気にかけながら通る2階の角の空きスペースに久々にお花が飾られていました。何故かホッと致します。

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バショウの大きな葉があるために、鉄砲百合の白さやカーネーションが色鮮やかに浮かび上がって来ます。手前の千年木の葉も鮮やかです。正面から分かり難いのですが、紫のお花は芍薬です。病院では漢方の材料としても聞き慣れた名前です。

今日の沖縄は雨模様となりました。次第に梅雨が近づいているのかもしれません。 今日は全国各地で沖縄と同等か更に暑かった地域も観測されているようですね。 汗ばむ陽気だったのではないでしょうか?

2019年5月 8日 (水)

大型連休明けの5月病に注意。

今回のような10連休は国民に取っても経験のないことでした。例年この時期に急に学校に行きたくない、仕事に行きたくない、辞めたいと思う方が増えてきます。一種の適応障害の範疇にはいりますが、日本ではこの時期に多くなることより5月病と名付けています(医学的な病名ではありません)。今年の10連休がどのように響くのかは今後検証が必要かも知れません。

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日本の場合は4月が年度初めで、大学進学、新入職や職場異動などが新しくはじめる時期となり、その1ヶ月間は多くの方が非常にストレスを感じる期間となります。 そして1ヶ月程度すると、少し慣れるとともに、希望や努力してやっと入った学校や職場に対して「そんなはずじゃなかった、目標と違っていた、こんな人間関係ではなかった」など違和感やギャップが出てくる時期ともなります。 疲労感や集中力の欠如、食欲の低下、不眠などが出やすくなってしまいます。そのようなサインが出たら「5月病」かも知れないと考えた方が良いかも知れません。 これはうつではなくて、いわゆる適応障害の範疇に入る症状です。 この時期にストレスを貯め込まないでリフレッシュしたり、同僚や家族に今の心境を話したり共有することが出来れば一番良いと思いますし、専門のカウンセリングや心療内科などの専門を訪ねるのも良いかも知れません。

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本来ならこのような時期には何処か出かけたり、自分の趣味を行ったりするのは良いと考えるのですが、今回の10連休は余りにも長かったことで、時間配分などを間違うと逆に肉体的にも精神的にも仕事や学校の生活に再度向かう気力を削いでしまう可能性がないかと心配します(専門家でもない私の意見ですので間違いかも知れません・・)。

長期的に休みを取れた方は仕事始めは辛いと感じると思いますし、特に5月病になりかけている方はもっと辛い状況だと思います。今は慌てることなく、まずは生活のリズムを取り戻すことにして専念して、頑張りすぎないことです。 本人が一番辛いのですから、職場や学校の関係者、家族もサインを見逃さないように声をかけて欲しいと考えます。 周りと自分との関連性において一過性の適応障害(5月病)を長期的なうつ状態(自分が悪いとか能力がないと内向的あるいは自虐的に落ち込んでしまう)にしないように早めにチェックして欲しいと願います。 

5月病になりかけた新人の皆様には、禿げた老外科医からのアドバイスとして「人生には無駄なことも、回り道のことも多いのです、急いで結果を出さずに構えてほしい」と訴えたいですね💖

2019年5月 5日 (日)

世界を夢見る て 世界を夢見て(129); アントワープヒルトンホテル

オランダ南西部を一気に駆け巡って、ベルギーのアントワープへ。国境を越えたというイメージもなくオランダからベルギーに入りました。
個人旅行ですので、アントワープの宿泊は街の中心にあるヒルトンホテルを選びました。私自身は学会などで出かける時もホテルパックで一番安いビジネスクラスにか泊まりません。ホテルは寝る場所としか考えていませんので十分なのです。
 ヒルトンホテルは世界的に名が通ったホテルチェーンですが、私自身は初めての宿泊になりました。
今回の旅行は私の旅行スタイルの朝から夜まで観光を十分に楽しめる場所で比較的リーゾナブルな値段の宿泊施設を選びました。
 アントワープでもっとも有名なのがノートルダム大聖堂だと考えています。日本では特にフランダースの犬のネロ少年とバトラッシュが最後に見たルーベンスの絵画があるのがこの教会です。この教会(街の中心地)に近く、ラウンジからこの教会が見える位置にヒルトンホテルは建っています。思ったよりも格安で予約出来たため、ここを選んだのです。
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クラッシックな外観でこの街の風景にも溶け込んでいます。

当日はネーデルランドのデン・ハーグを朝早く出発し、夕方にヒルトンホテル到着しました。
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やはり綺麗なホテルです。デスクの上にはウェルカムシャンパンも準備されています。時間に余裕のある人はこの様なホテルを十分に使いこなすことが出来るのだろうと想像します。

Th_dsc01584大理石で出来たレストルームも綺麗ですTh_dsc01579

早朝から行動開始でしたので、ベットに横になって休みたい衝動に駆られるのですが、時間貧乏の私はすぐに街の散策に出かけました。

街の中心地にあるホテルは本当に便利です💖
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ホテルの前の広場に出ると、ノートルダム大聖堂の鐘楼がすぐに見えます。

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ほんの2〜3分歩くとノートルダム大聖堂の正面広場に出ました。夕陽に輝く美しい建物です。私がいつも無理をしてでも夜まで街歩きをするのは、街は刻々と時間帯によって表情が変わるからなのです。

Th_dsc01612市庁舎前広場のブラボー像
Th_dsc01613_220時過ぎて軽く夕食をとって再び街歩きです。この僅かな時間で日は落ちて、街のライトアップが美しく点滅してゆきます。
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街を散策しながら、20時過ぎてホテル前の広場に戻りました。ライトで照らされた街はホテルを出た2〜3時間前とは違う表情を見せてくれます。Th_dsc01626

この広場から眺めたヒルトンもライトアップされていました。

遅くまで街を歩いたせいで、今回宿泊のホテルのラウンジが使える時間が過ぎてしまい、そこからの夜景を眺めることは出来ませんでしたが、次の朝は楽しめました。
今日もよく遊んだと感心しながら、シャワーを浴びて爆睡でした・・・・アッという間に朝です。
Th_dsc01692今日は折角ヒルトンに泊まったのでそのラウンジからの眺めを写真に収めました。この眺めが観られるのはラウンジが利用出来る部屋だけです。又ここは開いている時間帯なら何時でもラウンジで飲み物や軽食が食べれる特典付きです。
Th_dsc01700朝食は階下でも利用出来ますが、折角ですので5階のラウンジを利用しました。ドアは閉まっていますが、利用出来る部屋のカードキーがあると出入りが可能です。もちろん上のノートルダム大聖堂が見える屋外のスペースで食事を摂ることも出来ます。
Th_dsc01708中は思ったより広く凄くゆったりとしていていました。プライベートな割には食材も多くどれも上品で美味しかったです。Th_dsc01706調度品もクラシカルで落ち着いていました。
初めてヒルトンホテルを利用しますが、私の旅行スタイルではその良さを十分に楽しめてないと考えました。時間とお金に余裕がある方はホテルライフも充実したものになるに違いありません。
次回はルーベンスの絵画を楽しみたいと思います。

2019年5月 3日 (金)

ゴールデンウイークの花々

今日は憲法記念日でお休みですね。10連休の方も多いと思いますが、4月30日、5月1日、5月2日は通常通り病院も開けていましたし、手術もありました。流石にドックは殆どいませんでしたし、外来も通常の7割程度でした。今日は私も1日だけ病院に行かずに自宅で過ごしています。荒れ放題にしている庭を朝から片付けたら手や足、腰がすでに痛くなり、明日以降が心配です😹

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今年の沖縄は例年になく、暖冬で、冬になって葉を落として、春先に一斉に黄色の花を咲かるイッペイの木にも異変が。何と今年は葉を落とさず、花の時期を逸したようなのです。 ところが1ヶ月程前に気温が急に28度程度上がった後、少し下がった時期がありました。その僅かな気温差を感じ取ったのでしょうか? 木の先端に例年の1/3程度の黄色い花が一気に咲きました。我が家では3月頃に春を告げる黄色の花がゴールデンウイーク中に咲くことに。 今年は咲くことはないと思いましたが、今年も観れてホッとしています。

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四季の変化が少ない沖縄でも春先には様々の花が咲いてきます。私はずぼらで手入れもしていないのですがちゃんと咲いてくれる花々には感謝です😅
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15年程前に知人から欄のような観葉植物を頂いて、これもほったらかしにしていたのですが、急に蕾が出てきて、花を咲かせたのです。15年も我が家にありながら、花は咲かないものだと思っていましたので、ビックリやら嬉しいやらです。
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多年草で水やりと時々肥料をやるだけですが、ちゃんと花を咲かせてくれ有難いです。
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中には自分で勝手に増えて花を咲かせてくれるのもあるので、主人としては嬉しいかぎりです。
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小さな花を咲かせた後小さな実をつけている植物もあり、可愛らしかったのでポシャりと写真に収めました。これは完全に雑草だと思いますが、ちょっと愛らしいです。
ゴールデンウイークも後半となりました。 皆様方はゆっくりなさることが出来たのでしょうか? お仕事の方も休みの方も有意義なゴールデンウイークをお過ごし下さいね💖

2019年5月 1日 (水)

令和の時代も安寧を祈る

平成が終わり、令和の時代となりました。戦後生まれながらも、沖縄という特殊な地域で生まれ育ったお陰で、平和や平等がいかに大切なのかを肌で感じて育った気がします。 

平成元年に東西ベルリンの壁が崩されると冷戦が終結して一気に世界は平和に向かうと考えていました。しかしその後、地域内での紛争や民族間、宗教間での対立、排他主義が次第に増悪して来ていると感じます。 平成の始まりのバブル絶頂期から、いきなり不況の時代になり、学生の就職活動も個人の優劣以上に大きな力が働き、優秀で努力をしてきた人材でも正職員になれない若者も出ました。 夢を自分の力で掴めないもどかしい時代でもありました。

大きな地震や台風などの被害で、尊い命が奪われ、生活が破壊されることも多かった平成でした。大震災で何もかもが海に流された様に人々も時代に流されて行ったのだと感じたのです。では平成は嫌な時代だったのでしょうか?

Th__13  そうではありません。「平成」は戦争のない尊い時代だったと思うのです。 地震や災害は残念ながら防ぐことは出来ないのですが、戦争は人が起こす行為です。 

小さな我慢が出来なくなり、次第に憎悪を増すことで戦争へと繋がります。 戦争ほど愚かな行為はありません。フランクリンは「良い戦争、悪い平和などあったためしがない」と述べています。 そんなこと判りきっていると誰でもが思うのかも知れません。

人間は本来なら歴史から学ばなければいけないと考えるのですが、つい自己欲が出てしまい、自分に都合の悪いことは排除しようとしてしまいます。 悲惨な戦争を体験すると勝者も敗者も二度と戦争はしたくないと考えるのです。 第二次大戦後、世界中で平和の大切さを実感し国際的にも強調して取り組んできたはずです。 しかし残念なことに歴史よりも、人間は自分の実体験で物事を判断してしまう生き物のようです。 

私達にとって本当に大切なものは当たり前の様に存在しています。空気も水もそうでしょう。命も永遠と勘違いしてしまいます。 平和もなくした時にその大切さに気づくのでは遅いのです。

どうか令和の時代もずっと平和な日本であり続けて欲しいと願います。今日5月1日、新しい時代に皆の幸せを祈りたいのです💖

 

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