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2019年2月

2019年2月27日 (水)

下肢閉塞性動脈硬化症(ASO)

人間は血管とともに老いるとうことがあります。いわゆる動脈硬化が加齢と共に進んで行きます。 年齢は止めようのないことですので、Th_ 動脈硬化が進みやすい危険因子(糖尿病、高血圧、高脂血症、高尿酸血症など)を予防しようと試みているわけです。特に血管病変の多くに糖尿病が多く関与していますので、糖尿病を持っている方は注意が必要です。         
動脈硬化が進むことで、気をつけなかればならない三大血管病として、心蔵の血管に起こる冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞)、脳の血管に起こる脳血管障害(脳出血、脳梗塞)、それに足の血管に起こる下肢閉塞性動脈硬化症があります。
全身の動脈に等しく動脈硬化は起こるはずですが、人により心蔵の血管から先、脳血管から先のこともありますし、足の動脈から先に症状が出る場合もあるのです。 どちらが重症という訳ではありませんが、心蔵や脳血管は詰まると急を有する事態が多いのですが、足の血管は徐々に進行するケースが多いです。
Th_aso 徐々に進行するため、その状態の進行度にてⅠからⅣの段階で評価しています。
まず動脈が細くなって起こる軽い症状として、足の冷感やしびれが起こります(Ⅰ度)、更に血管が細くなると、歩く時に酸欠となるために間歇性跛行(Ⅱ度:それについては以前ブログに書いています→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-9e10.html  )、更にひどくなると運動しなくても痛くなる安静時疼痛(Ⅲ度)が出現しQOLが著しく低下します。これ以上進むと血液が途絶するために足に潰瘍や壊疽起こり(Ⅳ度)、足の切断を迫られることも多くなります。
Ⅱ度の時期になると治療の必要性が高まりますので、病院で検査を受けた方が良い時期になります。 最初に話したように、ASOはいきなり進行することは少ないので、Ⅱ度の時期に内服の治療やリハビリをしながら、悪化するようであればカテーテルにより細くなった血管を広げたり、更にはバイパスの手術を行って行きます。それでも進行を止めることが出来なかったり、急速に壊疽になる方ではやむなく足の切断に踏み切ることもあるのです。                     
Ⅰ度の場合には単なる冷え性なのか足の血管の狭窄が原因かは足と手の血圧差を測る簡単な検査で慣れた医師(血管外科や循環器)ならおおよそ見当はつきますので、心配なら受診されて下さい(以前書いたブログの参照→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/post-f8f6.html  )
似ている症状でも、全く違う疾患もありますし、放置しいて良いものと急がなければならない病態もあるのです。

2019年2月24日 (日)

世界を夢みて(119); 真珠の耳飾りの少女

今回の旅で、出逢いたい絵画がありました。世界的にも有名なフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」と言う作品です。
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私が物心ついた時には既に、自宅にフェルメールの「牛乳を注ぐ女」が壁に飾られていました。表彰状を入れるような薄い額に飾ってあった記憶さえ鮮明に残っています。この作品がフェルメールのものだと知ったのは中学生の美術の時間だったように思えます。その後、高校の頃にフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を知りました。それ以来、彼女の虜になっています。
アムステルダムからデン・ハーグへ電車で移動し、その日はデン・ハーグ宿泊としました。マウリッツハイス美術館はアムステルダム美術館ほど混んではいませんが、世界的な名作の宝庫ですのでそれなりに来館者も多いと聞いています。それで閉館時間に合わせて美術館を訪ねるために宿泊地にしたのです。        
その他の作品に関しては前回のブログ(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/post-6b30.html )に書きましたので、ここではフェルメール特に彼女を中心に話をします。
世界で37(35?)点ほどしかないフェルメールの作品のうち、この美術館には3つの作品が収蔵されています。
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ディアナとニンフたち」(1655-1956年)はフェルメールの最初期の作品とされています。この当時の神話の中の女神はもっと派手やかに描かれていることが多いと思うのですが、既にフェルメールは初期の作品に現実に周りにいる女性達の姿を投影して穏やかに描いています。 フェルメールが次第に「静謐(せいひつ)の画家」と呼ばれる片鱗がこの作品には読み取れます。
フェルメールは日常の生活の一コマを切り抜いたような作品が多いのですが、彼が生まれ育ったデルフトの風景を2作描いています。1つは以前紹介したアムステルダム美術館の「小路」(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/105-cab0.html )で、特に有名なのがこのマウリッツハイス美術館の「デルフトの眺望」ではないかと思います。
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デルフトの眺望は1660年から61年に書かれて作品と言われています。マウリッツハイス美術館を訪れる方で、この作品を目当てに来られる方も多いと思われます。
 いよいよ「真珠の耳飾りの少女」です。1665年から1666年に描かれたフェルメールの代表作です。もう359歳の少女ですが、350年以上世界の人々を魅了し続けている少女です。青色のターバンを巻いていることより「青いターバンの少女」「ターバンを巻いた少女」とも呼ばれています。また「北のモナ・リザ」とか「オランダのモナ・リザ」とも評されいます。
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私の狙い通り、17時過ぎになると入館者もまばらになってきました。17時半頃には独り占めの時間帯でした(上の写真の柵がある場所に少女が居ます)
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なんと贅沢な時間なのでしょう。暫く彼女の目を見つめながら過ごす時間帯です。
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彼女は何を訴えようとしているのでしょう。彼女のまなざしは何を見ているのでしょうか? 幽閉された音のない張り詰めた世界から淋しげな瞳で見つめて助けを求めているのでしょうか? それなのに、この艶やかな唇を少し開ける姿は少し微笑みかけているようにも思えるのです。 戸惑い、驚き、あきらめ、喜び、ほのかな恋心・・・頭が混乱しそうになります。 でも目を離すことなく見つめていたいのです。 まるで初恋の人に逢ったかのような気持ちです。
フェルメールならではの光の捉え方がこの少女をより一層輝かせているのかも知れません。
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彼女の瞳をご覧下さい。右目の瞳の中に小さな白い点が見えるはずです。そして左の瞳にも白く欠けた部分が見て取れます。少女の立ち位置の左上から彼女に向けて光が入ってきていることが分かります。この小さな白い点が彼女の瞳をより輝かしているのです。なんと透き通った瞳なのでしょう。 本当に虜になってしまいます
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彼女の左の耳に飾ってある大きな真珠の耳飾りです。これにも左の上から光が差し込んできて、反射しています。更に下の部分にもかすかに白い部分、これは光が彼女の襟元の白い服に反射していることを表しています。フェルメールはとことん光の当たり具合を研究したのだと考えるのです。
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この艶やかな唇、まるでリップでも塗ったかのよう、あるいは舌で唇を湿らせた後なのでしょうか? 何故フェルメールはこの様な艶やかさを出したのでしょう。 フェルメールと彼女の関係にも想像が広がります。 やはりこの唇にも光の反射があります。それによって唇がより生き生きと浮かび上がって見えてくるのです。
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フェルメールの「青」と呼ばれる色です。この時期のオランダでターバンが流行ってもない時代(?)に、何故フェルメールは異国(?)のターバンをまとわせたのでしょうか。  少女の髪の毛を描くことにより、髪にも視線が行くことがないようにターバンにしたのでしょうか? 黒い無地の背景とこのターバンにより一層彼女の顔に皆の視線が向くようになったとも考えるのです。 当時絵の具はそれぞれの画家が自分で作成していました。この青の原料は西アジア原産のタピスラズリという宝石から作ったもので、非常に高額な絵の具で、当時財力のあったフェルメールはこの青を多くの作品で使用しています。その為この青い色を「フェルメールの青」とも呼ばれています。
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上の写真でもう1つ秘密があります・・・・・   分かります?                
 彼女には眉があえて描かれていません。描かないことで全く違和感もありませんし、より彼女の瞳に私達の視線が行く効果を狙ったのではないかと思えるのです。
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私が好きなフェルメールの作品、ずっと見つめていたいのです
Th_dsc01105 彼の作品の女性達はなにを訴えかけているのかと私の想像を掻き立てるのです。 見れば見るほど、彼女は今なにを考え、なにを言ようとしているのかと心を揺さぶる作品が多いのです。それと同時に観ているだけで次第に心が落ち着いて来ます。この2つの感覚が同時に感じるのがフェルメールでした。 子供の頃に毎日観ていた「牛乳を注ぐ女」にもそう感じたのですが、本当に静かです。日常の騒音から隔絶されて、彼の絵の中で「静」を貰うことが出来ているのです。 
フェルメールは余計なこと(周りの雑音)を全て消し去ってその絵の中の人物と一対一で向き合えるように考えていたのではないかと感じるのです。 私は幸運にも彼女と一対一で見つめ合うことが出来ました。 永遠の片想いの恋人との出逢いなのです。
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マウリッツハイス美術館は素敵な美術館でした。いつの日かまたこの少女に出逢いたいです 

2019年2月22日 (金)

今週の生け花(平成31年2月第3週)

段々と春らしい気温になってきた沖縄ですが、やや雨の多い日が続いています。スカッとする青空が続けば良いのですが・・・・今週は月曜日の深夜から朝方まで緊急で呼ばれて殆ど寝ずに週の初めを迎えたせいか、なんとなく疲れて、シャキッとせずに金曜日まで来てしまった感があります                      Th_img_2185
そんな鬱陶しい天気や疲れを吹き飛ばしてくれるように、今週も生け花クラブの皆様が2階のいつもの場所にもお花を飾ってくれています
白い花器にの美しさがマッチしてウットリとしてしまいそうです。 この様に気品のある蘭は世界中で愛好者がいることも納得します。
紫の小菊に赤いカーネーション。花器と蘭の白い色を挟むように千年木の青い葉を置くことで小菊とカーネーションの花にも目が行くように感じられます。どちらも柔らかで優しい花弁です。
後ろにある黄色の小さな花を携えた花木は「ミモザアカシア」だそうです。あまり聞き覚えのない花でしたのでネットで調べて見たら、「ミモザって言う植物は本来存在しない」そうです?
Th_3123 お花屋さんでは「ミモザ」「ミモザアカシア」「ギンヨウアカシア」などと書かれて売られています。 アカシアは私達が知っている、黄色の花をつける常緑樹です。黄色い花が特徴ですので見かけた方も多いと思います。
本来の「ミモザ」は「オジギソウ」のことで、花は丸くて毛が伸びているふさふさとした感じです。実際の色はピンクですが、その花の形にアカシアが似ていたため、ヨーロッパでは「(フサ)アカシア」のことを「ミモザ」と呼んでしまったようなのです。
最近切り花で人気で、日本でも花屋さんに並びますが、アカシアと言うよりヨーロッパ風に「ミモザ」と言った方が格好いいのかどうか(実際は分かりませんが・・・)で、そのように呼んでいるようなのです。 実際に出回っている「ミモザ」の大部分はギンヨウアカシア」と呼ばれるアカシアだそうですよ・・・・こんがらがってしまいますね。
まあ、そんなことは兎も角として、今週も生け花達に癒やしと元気を貰いました。
<花材:ミモザアカシア、千年木、カーネーション、小菊、蘭>

2019年2月20日 (水)

世界を夢みて(118); マウリッツハイス美術館

フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」が見たくて、アムステルダムからデン・ハーグに移動し宿泊することにしました。
短時間の市内観光をしながら、エッシャー美術館をざくっと見て、マウリッツハイス美術館を目指します。
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建物を回り込むと、マウリッツハイス美術館(正式名はマウリッツハウス王立美術館)の正面玄関へ。あの少女の旗が翻っています。元々は17世紀にマウリッツ侯爵の館として建造されたオランダ古典様式建築の代表作とされているそうです。1822年に王立美術館として開館しています。1822年と言ったら日本では江戸時代の文政5年だということになります。美術館の歴史が覗えますね。 建物自体は大きな美術館ではありませんが、世界の珠玉の名作が揃っています。 なんと言っても私に取ってはフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」のある美術館です。
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アムステルダム美術館などと比べればあまり混まないとのことでしたが、ゆっくりと眺めたいこともあり閉館時間を狙って16時30分頃から閉館時間18時まで堪能しました。チケットはネットで購入済みでしたのですぐに入館。
Th_dsc01119美術品に囲まれた階段を登ります。
Th_dsc01007観たい作品は3階にありますが、ざっと全体を見回すも、この時間帯からはだいぶ入場者も少なくなっているようです。
フェルメールことしか頭に入っていませんでしたが、本当に素晴らしい作品群です。
アムステルダム美術館で主要な作品の「夜警」を描いた画家のレンブラントの作品が、意外にもマウリッツハイス美術館にも多かったにはビックリしました。
Th_レンブラントの自画像です。向かって左は若かりし頃(23歳)、レンブラント・ファン・レインの工房「首あてをつけたレンブラントの自画像(模写)」1629年頃。アムステルダムにあるレンブラント自画像の工房による模写だそうで、オリジナルはドイツのゲルマン国立美術館の所蔵だそうです。右が晩年の自画像(63歳)で、最後の自画像となっています。最後まで非常に細かなタッチで描いています。 フェルメールは美男子だったようですがレンブラントは?
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ちょっとグロテスクかも知れませんがレンブラントの出世作の「テュルブ博士の解剖学講義」。これで一躍彼の名は有名になったようです。
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レンブラントの「羽根飾りのついた帽子をかぶる男のトローニー」1635 -40年頃の作品(上部の丸い光の輪っかは美術館の電球が写ってしまっただけです)。
Th_dsc01046 同じくレンブラントの「笑う男」
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オランダ人画家ではありませんが、ベルギー出身のルーベンスの(「《聖母被昇天(下絵)」1622-1625年頃) がありました。この旅行の途中でアントワープで漫画の「フランダースの犬」で有名な聖母教会でルーベンスは堪能しました。
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あまりに絵画が多すぎますが取りあえずご紹介を・・・
Th_dsc01015 ピーテル・パウル・ルーベンス「ろうそくを持つ老女と少年」。光の当たり具合、老女の穏やかなまなざし、少年の生き生きとした瞳。ここで初めて見ましたが、ちょっと好きになった作品
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ポッテルの『雄牛』。かなり大きな作品で、目立っていました。
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ハルス 「笑う少年」1625年。この子も教科書に載るような有名な作品でしょうか。
Th_dsc01067 アドリアーン・コールテ「苺のある静物画」。この様な植物や果物を題材にした作品も多く見れました。
Th_dsc01027 ハンス・ホルバイン「ロバート・ チェズマンの肖像」。細かな描出で、この様な鷹などを持った題材もヨーロッパ絵画で見受けられます。
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・・・いくらでもありすぎて紹介できません。                               
なんたってこの美術館は世界で30点ほどしかないフェルメールの作品が3点あります。世界的に有名な「デルフトの眺望」「真珠の耳飾りの少女」があります。今回書き切れませんでしたので次回に書いてみたいと思います。

2019年2月17日 (日)

世界を夢み(117); エッシャー美術館

国際司法裁判で写真撮影後、今後はトラムでマウリッツハイス美術館やエッシャー美術館などがあるランゲ フォールハウトで降りました。ランゲフォールハウトは、複数の大通りが走るハーグの東の玄関口となる場所です。 ハーグ有数の素晴らしい古い住居、歴史ある教会、エッシャーの作品、骨とう品市場、オランダの典型的な細い住宅が集まる歴史地区のような感じでしょうか? シナノキが立ち並ぶ並木道を歩くと ランゲフォールハウト広場にでました。

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ランゲフォールハウト広場から見ると近代的なビルリングも聳える、古い物と新しいものが混ざり合う街の様子が覗えます。
その広場に東側にランゲフォールハウト宮殿があります。元々はオランダ王室のエマ女王の居城だったそうですが、2002年からはエッシャー美術館として使われています。その為かミュージアムではなくて「Escher in The Palace」となっています。
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iPhoneの mapを頼りにこの場所を捜すも、すぐ到着。やはり「Eschar Museum」と思っていましたので、到着しても看板に「Escher in The Palace」と書いてありましたので、間違い?と思っていましたが、多くの人が入って行くので入ってみるとやはりここで間違いありませんでした。
エッシャー美術館は2002年に開館。日本でも近年人気があるだまし絵の世界を描いているオランダ出身のエッシャーの作品を集めた美術館です。(9.5€)。
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彼の作品は観たことはあるのですが、彼自身の顔写真は見たことがありませんでした。ハットの似合う格好いいオジさんでした
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初めてエッシャーを知ったのはこの絵(描く手)だったような気がします。球体を持ったらこの様に写るだろうと想像出来ますが、初めて見た時には不思議な気分になったことを思い出しました(写真がライトの光も意識せずに取ってしまいこの様な写真になってしまいました
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上の作品は館内では丸い円筒状の回転盤に貼り付けた状態で展示しているものもあり、ぐるりと1周するとまた繋がって、延々と続く作品となっています。くるくる回ると不思議な気分になり私の頭もくるくると回ってしまいます
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彼が使っていた小道具や説明書きも随所にあります。かなり多くの作品がありますので、真剣に見ていたら疲れそうです ここはあまり考えすぎないように作品を眺めて終わることに。
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最上階にはだまし絵を体験出来るスペースもあり、子供連れにも人気があるようでした。
次は、私が恋い焦がれた「少女に」に逢いにゆきます(決してロリータ趣味ではありません、もう描かれて350年の少女です

2019年2月15日 (金)

今週の生け花(平成31年2月第2週)

2月も中旬になり、沖縄県では暖かい日になっています。Th_img_2149 今日は午前中は雨模様でしたが天気も良くなり、気温も24度となっています。 まだまだ本土の方では寒さが厳しい所もありそうですが、例年よりも気温は高めに推移しそうです。
今週も2階のいつもの場所に生け花クラブがお花を飾ってくれています。 暗緑色の花器に浮かび上がるかのようにアンスリウムの光沢のある赤が一段と目立ちます。それに黄色のフリージアがあるためにこちらも元気が出そうな色合いです。                      
まだ蕾のままですが紫のアイリスはそのシャープな葉と共にスッキリとした印象を与えています。 真ん中から左右にアーチ状に分かれているのは小手毬で、今回は小さな白い花よりも花材として用いられ、視線を上方にも向ける様に活けられています。
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赤紫のの花は今回は完全な脇役のような存在で、それがなくてもスッキリした生け花となったかも知れません。
ただしそれは正面から見ただけの印象で、側面や上方から見るとこれらの菊も存在感があります。 生け花は様々な角度で見ることで随分と違った印象を受けることがありますね。
早く暖かい春になって欲しいですね。      
 
昨日のニュースでは麻疹に罹患した方が新幹線に乗って移動したとのことですので感染が拡大しなければ良いのですが(はしか麻疹については以前のブログに記載しています→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-0646.html )                
<花材;サンゴ水木、コデマリ、アンスリューム、フリージア、アイリス、菊>

2019年2月13日 (水)

息苦しい(呼吸困難)の定義は?

今日のFMは肺炎などの呼吸器感染症について説明しました。 その中から「息苦しさ」について書いてみたいと思います。
まずその定義からみた場合に、呼吸困難は「呼吸をする時に感じる息苦しさや努力感などの不快感を総称した自覚症状」を示します。自覚症状ですので「息苦しい」「息切れする」「胸が苦しい」「息が吸えない」「呼吸が出来ない」「酸素が足りない」などの訴えがあります。      
これに対して呼吸不全は実際の体の中の酸素濃度(量)が低い(動脈血酸素分圧PaO2が60Torr以下:低酸素血症)と言う客観的な数値に対して使用します。 その意味では呼吸困難と呼吸不全は必ずしも同じ病態ではないことになります。                                                     Th__3        
・・・・少し専門的になりますが、これも最近では多くの病院でも簡単に測定できるので行っていることも多く、皆様方もやったこと(やられたこと?)があるのが経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)というものです。               
簡単に指先につけたら、大凡の酸素の値を示してくれます。先ほどのPaO2は通常の採血の静脈血ではなくて、動脈を実際に刺して採血して分かる検査手段です。痛いですし簡単にも頻回にも行うことが難しいこともあり、この機器は大活躍します・・・・・
・・・またまた専門的になりますが、PaO2とSpO2は同じ値とはなりませんが、大凡の換算表がありますので、下記に記載しておきます。(看護師さんや医学部の学生や初期研修医のレベルですので、難しいですが許して下さい)
Th__2  息苦しさは、長らく続いている慢性のものから急激に悪化や突然出現のケースもあります。慢性的なものでは、COPDに代表される慢性呼吸器疾患、慢性の心不全などがあります。   
 急激に呼吸困難となる場合は、COPDの急性増悪、気管支喘息の重積発作、急性肺炎、肺塞栓症、気道閉塞、気胸などの肺疾患、急性心筋梗塞、重篤な不整脈、薬などのアレルギー症状などを疑い、直ちに検査や治療が必要な場合も多くあります。
息苦しさは、ストレスや不安などでも感じますし、過換気症候群でも起こります。その場合はSpO2の低下は殆どありませんので、冷静に原因を探って対処する必要があります。      
・・なるべく簡単にと考えている私のブログとしてはちょっと専門的過ぎましたので申し訳ありませんでした・・
 

2019年2月10日 (日)

世界を夢みて(116); アムステルダムからハーグへ

楽しかったアムステルダムから政治の中心デン・ハーグへ移動しました。
アムステルダム中央駅はかなり大きな駅で、外観は古い佇まいですが、内部は近代的です。オランダはもちろんベネリクス三国はともに鉄道網が発達して乗り入れしやすく、三カ国共通で使えるユーレイルベネルクスパスなど多彩な切符が売られています。これらを利用する方法も考えたのですが、急な変更もあり得たので今回は1回ずつ買うことにしました。
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切符は中央駅内に自動販売機にてカードで購入しました(残念ながら写真を撮っていませんでした)。  先ずは販売機の画面をタッチし、画面下に言語が選べますので、英語にしました。 色々なチケットがありそうですが、先ずは紙チケット(Paper tickets)を選びました。割引(Discount)と書いてあるものありますが、分かりませんので取りあえず上の「Single Full fare」を選んで、行き先の画面のアルファベット欄が表示されます。 今回行き先がデン・ハーグですので、「DEN」と選ぶと・・画面にいくつかの駅名が出て「Den Haag」がありましたので、これをタッチします。 間違えればリターンを押せばいいです。 続いて「1st.class特等」か「2nd.class普通」が選べますので、今回は普通車を選びました。
 カード支払いにしますが、ヨーロッパの多くでまず使えるのは「VISA」で続いて「MasterCard」となります。「Amex」はホテル等では使えますが、一般的な駅の切符売り場では使えませんし、残念ながら「JCB」も駄目です・・・・・如何、切符の売り方の解説ではありませんね・・・さっさと旅行記に戻りましょう  
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駅構内もゆっくり見たかったのですが、次のデン・ハーグ行きのIC(Intercity:急行列車)の時間まで間もなくでしたので、ホームの番号を確かめてホームに入りました。 間もなく黄色の車両のICが入ってきました。面白いのは車両の番号は「1」か「2」しか書いてありません。日本のように1号車、2号車、3号車・・・・・ではなくて「1」または「2」だけです。今回は普通席ですので「2」と書いてある車両に乗り込みました。昼だからでしょうか席も空いていますので「スーツケース」に隣に入れることが出来ました。人が多いと迷惑と心配しましたが、最後まで空いていました。   
長閑な田園風景を電車は走ります。途中のライデンでは学生の街らしく多くの若者が乗り込んできました・・・・嬉しかったのは学生同士がよく話をしていることでした。日本の様に直ぐにスマホに目を通して黙っている学生はいませんでした。 この旅行の色々な場面でスマホだけに目を向けている方の少ない光景には安堵しました。
約1時間ほどでデン・ハーグに到着です。           
オランダは場所によって機能が分かれています。1番大きな街はアムステルダムですが、政治の中心はデン・ハーグにあり、王宮や国会、国際司法裁判所などの国際機関もあります。商業・貿易の中心はロッテルダムとなっています。
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デン・ハーグの駅を降りて、どの交通機関を利用するのか分かりませんでしたので、駅内の案内所に設置されていた自販機で、デン・ハーグの市内の交通機関が使える「1日乗車券」を購入しました。ここではマウリッツハイス美術館や国会に近い便利な場所の宿泊を選びました。この旅で唯一の「B&B」タイプ(まあ日本で言う民宿みたいなもの)にしていましたので、メールで到着時間も予め通知しておきました。駅からトラムを利用して、先ずは重いスーツケースを預けて行動開始です。
わざわざ、デン・ハーグを一泊選んだのは「真珠の耳飾りの少女」を見るためですので、時間もここに標準を合わせます
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時間的にはギリギリですが、トラムに乗って色々な国際裁判が行われる「国際司法裁判所」を写真撮影のためにだけ見に行きました。 中を見れるツアーもありそうですが、すぐに乗り換えて戻り、マウリッツハイス美術館の前に「エッシャー美術館」を見学へ。
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公園の中を進むと広場があり、近代的なビルリングも聳える、古い物と新しいものが混ざり合う街のようです。
 
エッシャー美術館とマウリッツハイツ美術館についてはそれぞれ記載したいと思います。

2019年2月 8日 (金)

今週の生け花(平成31年2月第1週)

Th_img_2127_2 2月に入り、やはり暖かくなりだした気がします。 ニュースなどを見ると春節で中国からの観光客が増加し、どらだけ日本に経済効果を生んでくれるかが連日話題となっています。 
 
考えてみたら、沖縄で生まれた私は、復帰するまでは主に旧正月で新年を祝っていましたし、次第に新も旧正月も同時に祝うようになり、今では新正月のみを主に祝うように変わってきました(まだ沖縄の糸満市などは旧正月がメイン)。  農耕民族にとっては旧暦の方が今でも理にかなっているように思います。 キリスト教的影響がない人にとっては、日常生活では旧暦の方が分かりやすいと感じます。
この様なことを感じながら歩いていると、いつもの2階の場所に、生け花クラブの皆様が生け花を飾ってくれていました。
上方からライトを入れると、全体的に白くなり、今回の白い花器ともバランスが良さそうです。
2重に構成された円形の白い花器が面白い形をなしています。                   
黄色のガーベラとピンクの花が愛らしい寒緋桜がほんのりと優しい感じで咲いています。
後ろにある深緑色の葉材は椿です。 そろそろ椿も咲き出す季節でしょうか?
正面からは丁度隠れてしまいましたが、斜めや上から見ると、大輪のが飾ってあります。ピンクの菊もガーベラ同様に存在感があります。 菊が入るだけで随分と印象も違います。
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正面と側面・上方からでは雰囲気も違っているように思えます。皆様方はどのように感じられるのでしょうか?
 
春節の季節で多くの中国観光客も訪れると思います。どうか爆買いだけでなく本当の日本を知って帰って欲しいと願います。 お互いに違う文化を尊重する姿勢があれば、世の中丸く収まると考えるのですが・・・
<花材:寒緋桜、ガーベラ、菊、椿>

2019年2月 6日 (水)

脳梗塞の超急性期の治療

寒い時期には寒冷刺激によって、交感神経が反応して血圧が高めの状態となります。 またこの時期には昼夜や室内・室外で1日なかで温度差が極端になり、血圧が安定しません。そのため今の時期に脳卒中が増加する傾向があります。                         
これまで何度か脳卒中については説明しましたので、総論を下記にまとめましたのでご覧下さい。
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今回は脳梗塞が起こった場合の超急性期の治療について説明します。

Th__2 動脈硬化や脳血栓(血の塊)によって脳の血管が詰まると脳梗塞が発症します。 それと同時にその血管の支配下にある細胞に酸素の供給が止まるため、脳細胞が死んで行きます。

死んだ細胞は戻りませんが、その周辺には、機能が止まっていてもまだ生きている細胞があります。このままですと、約3〜6時間後にはこの部分も死んでしまいます。

この3〜6時間以内を「超急性期」と呼んでいます。脳梗塞後の診断後、この超急性期に薬物療法などで血の塊を溶かして、血液の流れを再開通させる「血栓溶解療法」が重要となります。少しでも死んで行く細胞を少なくする治療です。           

脳梗塞を起こした細胞周囲には「フリーラジカル」という有害な活性酸素が発生してしまい、死にかけた脳細胞を痛めつけてしまいます。 これに対して発症後24時間以内に、薬でこのフリーラジカルの働きを抑える「脳保護療法」を行います。

更には、ダメージを受けた脳にはむくみ(浮腫)が出て来ます。このむくみの程度に合わせて「抗脳浮腫療法」も併用されることがあります。

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その急性期の治療を終えると、再発予防の薬剤やリハビリを行って行きます。リハビリに関しては早くから取り組む施設が増えて来ています。

私達にできることは、いつも言われているメタボ対策、不整脈などの循環器疾患、脳ドックなどでの動脈瘤の有無などのチェックでしょうか。 寒い時に脱衣所が寒い場合などはヒートショックを起こしますので、周りの環境の対策も重要ですね。

どうぞこの寒く、寒暖差も激しい季節を元気に乗り越えて下さいね。

2019年2月 3日 (日)

世界を夢みて(115); アムステルダム市内観光No5(王宮ほか)

アムステルダム3日目の朝、今日午前の観光後には電車で「真珠の耳飾りの少女」が待つデン・ハーグに移動となります。
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ホテルで朝食後、スーツケースを持ってトラムでアムステルダム駅に向かいました。トラムの使い方もだいぶ慣れてきました。アムステルダム駅にも預ける場所があるかも知れませんが、トラムを降りて旧教会に向かう左手に手荷物の預かり所がありましたので、そこにスーツケースを預けて行動開始です。
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何気ない建物ですが、旧証券取引所です。その10年後には新証券取引所が隣に出来たために今はネザーランド・フイルハーモニック・オーケストラの練習所兼コンサートホールとして利用されています。
何故この写真を撮ったかというと、ここは世界初の証券取引所で私達が教科書で読んだ「東インド会社」の拠点が置かれた場所で、オランダが17世紀に繁栄する基礎ともなったからです。
オランダ東インド会社はジャワや日本などにも進出しました。日本史にも沢山の影響を与えた本拠地がここだったのですね。 ネーデルランドの一部分のオランダ州が中心となって長崎県の出島などで日本と関わった為に、今でも私達はネーデルランドのことをオランダと呼んでいます(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-b2c3.html )。
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この場所から振り返って見た所です。運河の向こうにアムステルダム駅が見えます。晴れ男の私としては、今日も良い天気になりそうで嬉しい限りです
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そこから歩いてすぐにダム広場というアムステルダムの中心地があります。アムステルダム川をダムで堰き止めて創られた町が「アムステルダム」です。ここがこの街の出発点となった場所です。 ダム広場のダムはまさしく最初にダムがあったからなのですね。 ダム広場に白い尖塔がありますが、これは古くはなくて1956年に第二次世界大戦の慰霊碑として建てられました。
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広場を挟んであるのが王宮です。ローマ様式の立派な建物で、最初は1665年に市庁舎として建てられます。 1808年からはフランス侵略時代のナポレオンの弟ルイ・ボナアルトが王宮として接収して使用します。 その後フランスの撤退後は市庁舎として返還されます。 
 その後、オランダは新しく君主国家として歩み出すのですが、中心部に王宮がないことより、アムステルダム市が王宮として新王家に献上することになり、こんどは王宮として使用され、現在は迎賓館として公開されるという複雑な経緯をはらんでいます。
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中央ホールは大理石の床に四方が豪華な装飾やレリーフで飾られ荘厳豪華で、床の大理石の上に書かれた世界地図は当時の海洋国家の繁栄を今に伝えています。 ここでは舞踏会も開かれるそうですよ。踊ってみたいですか?
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王宮がユニークなのは昔の市庁舎の名残で、王宮というより市庁舎の執務室のような作りとなっているとのことです。当たり前ですね。元々お役所なのですから・・・
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また何室かはホテルのようにベットが備え付けてありました・・・何故と思ったのですが、今でも要人が来る時は宿泊できるそうです・・・いつかは王宮ホテルとして一般にも開放して欲しいほどですが・・・
もう1つ、王宮だしからぬ大きな部屋があります。 通りに面してやや地下に降りるような構造になっていますし、天井も高く、周りには彫刻もあります。
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でもこの彫刻群がおかしいのです。 女神も目を被っていますし、ここの彫刻は皆、歯を抜かれたりする拷問のシーンで埋め尽くされています。裁判所や牢獄として使用された部屋ではないでしょうか? 華やかな王宮らしかなぬ一角です。
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中には入りませんでしたが王宮の隣には新教会がありますが、「新」といってもそれ以前に教会があったために15世紀の建立ですが「新教会」と呼ばれています。歴代の王様の戴冠式に使われています。
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アムステルダム駅に向かいながら、実はもう1つ見たいのがあったのですが、なんと日曜日は午後からの開館だそうです屋根裏教会(アムステルクリング博物館)と博物館。オランダは宗教改革時代にカトリック教徒が公の場で礼拝することを禁じたために、家の中にまるごと教会を造ってそこで礼拝したという歴史があります。何カ所かあるそうですがここは1番保存状態も良いと言うことで期待していたのですが・・・・私としたことが・・・・・・気を取り戻して外観の写真だけ取りました。
次はアムステルダムを後にデン・ハーグへ向かいます〜

2019年2月 1日 (金)

自分への評価は他人が行うもの

(今週は生け花クラブがお休みでお花の話しが出来ません。何か書こうと思ったら、4年ほど前にボツにした記事が残っていました。私自身も自分を見つめ直して謙虚になるためにアップしたいと思います・・・生意気なことと書いているかも知れませんがご容赦を願います)

時々、仕事をしていると色々な場面でぶつかることがあります。

「自分が1番・・・している」「自分は1番・・・している」と話す方います。それこそ疑いもなく自分がそのような存在であるかのように話をするのです。

Th_189263 しかしそれは根本的に誤りなのです。「自分が1番・・・」は自分で自分の評価することではなくて他者からの評価を受けることなのです。 他者が「貴方が1番・・・です」と評価するのであればそれは正しいのかも知れません。

人間は「自己愛的」な存在です。内なる自分にたいして「自分が1番・・」と認めることは自己防衛としても問題ない行動です。

しかし多くの場面で「自分が1番・・・している」と妄想的に話すことで、普通に努力している人のモチベーションを下げることに気がついていません。 

「自分が1番・・・している」というのは自分の不当な評価への不満を違う形にして話しているだけで、根底にある自分を認めてくれないことへの不満・不平でしかないのです。 

自分だけが特別な存在と主張すればする程、周りと解離し、呆れ果てる存在になります。 早くそれに気がついて立ち直れたら「裸の王様」にならなくてすむと思うのです。 

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