下肢閉塞性動脈硬化症(ASO)
動脈硬化が進みやすい危険因子(糖尿病、高血圧、高脂血症、高尿酸血症など)を予防しようと試みているわけです。特に血管病変の多くに糖尿病が多く関与していますので、糖尿病を持っている方は注意が必要です。 « 2019年1月 | トップページ | 2019年3月 »
動脈硬化が進みやすい危険因子(糖尿病、高血圧、高脂血症、高尿酸血症など)を予防しようと試みているわけです。特に血管病変の多くに糖尿病が多く関与していますので、糖尿病を持っている方は注意が必要です。
「ディアナとニンフたち」(1655-1956年)はフェルメールの最初期の作品とされています。この当時の神話の中の女神はもっと派手やかに描かれていることが多いと思うのですが、既にフェルメールは初期の作品に現実に周りにいる女性達の姿を投影して穏やかに描いています。 フェルメールが次第に「静謐(せいひつ)の画家」と呼ばれる片鱗がこの作品には読み取れます。
彼女は何を訴えようとしているのでしょう。彼女のまなざしは何を見ているのでしょうか? 幽閉された音のない張り詰めた世界から淋しげな瞳で見つめて助けを求めているのでしょうか? それなのに、この艶やかな唇を少し開ける姿は少し微笑みかけているようにも思えるのです。 戸惑い、驚き、あきらめ、喜び、ほのかな恋心・・・頭が混乱しそうになります。 でも目を離すことなく見つめていたいのです。 まるで初恋の人に逢ったかのような気持ちです。
彼女の瞳をご覧下さい。右目の瞳の中に小さな白い点が見えるはずです。そして左の瞳にも白く欠けた部分が見て取れます。少女の立ち位置の左上から彼女に向けて光が入ってきていることが分かります。この小さな白い点が彼女の瞳をより輝かしているのです。なんと透き通った瞳なのでしょう。 本当に虜になってしまいます![]()
彼女の左の耳に飾ってある大きな真珠の耳飾りです。これにも左の上から光が差し込んできて、反射しています。更に下の部分にもかすかに白い部分、これは光が彼女の襟元の白い服に反射していることを表しています。フェルメールはとことん光の当たり具合を研究したのだと考えるのです。
この艶やかな唇、まるでリップでも塗ったかのよう、あるいは舌で唇を湿らせた後なのでしょうか? 何故フェルメールはこの様な艶やかさを出したのでしょう。 フェルメールと彼女の関係にも想像が広がります。 やはりこの唇にも光の反射があります。それによって唇がより生き生きと浮かび上がって見えてくるのです。
フェルメールの「青」と呼ばれる色です。この時期のオランダでターバンが流行ってもない時代(?)に、何故フェルメールは異国(?)のターバンをまとわせたのでしょうか。 少女の髪の毛を描くことにより、髪にも視線が行くことがないようにターバンにしたのでしょうか? 黒い無地の背景とこのターバンにより一層彼女の顔に皆の視線が向くようになったとも考えるのです。 当時絵の具はそれぞれの画家が自分で作成していました。この青の原料は西アジア原産のタピスラズリという宝石から作ったもので、非常に高額な絵の具で、当時財力のあったフェルメールはこの青を多くの作品で使用しています。その為この青い色を「フェルメールの青」とも呼ばれています。
彼の作品の女性達はなにを訴えかけているのかと私の想像を掻き立てるのです。 見れば見るほど、彼女は今なにを考え、なにを言ようとしているのかと心を揺さぶる作品が多いのです。それと同時に観ているだけで次第に心が落ち着いて来ます。この2つの感覚が同時に感じるのがフェルメールでした。 子供の頃に毎日観ていた「牛乳を注ぐ女」にもそう感じたのですが、本当に静かです。日常の騒音から隔絶されて、彼の絵の中で「静」を貰うことが出来ているのです。
お花屋さんでは「ミモザ」「ミモザアカシア」「ギンヨウアカシア」などと書かれて売られています。 アカシアは私達が知っている、黄色の花をつける常緑樹です。黄色い花が特徴ですので見かけた方も多いと思います。
建物を回り込むと、マウリッツハイス美術館(正式名はマウリッツハウス王立美術館)の正面玄関へ。あの少女の旗が翻っています。元々は17世紀にマウリッツ侯爵の館として建造されたオランダ古典様式建築の代表作とされているそうです。1822年に王立美術館として開館しています。1822年と言ったら日本では江戸時代の文政5年だということになります。美術館の歴史が覗えますね。 建物自体は大きな美術館ではありませんが、世界の珠玉の名作が揃っています。 なんと言っても私に取ってはフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」のある美術館です。
アムステルダム美術館などと比べればあまり混まないとのことでしたが、ゆっくりと眺めたいこともあり閉館時間を狙って16時30分頃から閉館時間18時まで堪能しました。チケットはネットで購入済みでしたのですぐに入館。
レンブラントの自画像です。向かって左は若かりし頃(23歳)、レンブラント・ファン・レインの工房「首あてをつけたレンブラントの自画像(模写)」1629年頃。アムステルダムにあるレンブラント自画像の工房による模写だそうで、オリジナルはドイツのゲルマン国立美術館の所蔵だそうです。右が晩年の自画像(63歳)で、最後の自画像となっています。最後まで非常に細かなタッチで描いています。 フェルメールは美男子だったようですがレンブラントは?
このブログの記事をまとめたホームページを作りました。見て頂くと嬉しいです😃(ニライの夢:https://dreams-nirai.com )。
国際司法裁判で写真撮影後、今後はトラムでマウリッツハイス美術館やエッシャー美術館などがあるランゲ フォールハウトで降りました。ランゲフォールハウトは、複数の大通りが走るハーグの東の玄関口となる場所です。 ハーグ有数の素晴らしい古い住居、歴史ある教会、エッシャーの作品、骨とう品市場、オランダの典型的な細い住宅が集まる歴史地区のような感じでしょうか? シナノキが立ち並ぶ並木道を歩くとランゲフォールハウト広場にでました。
iPhoneの mapを頼りにこの場所を捜すも、すぐ到着。やはり「Eschar Museum」と思っていましたので、到着しても看板に「Escher in The Palace」と書いてありましたので、間違い?と思っていましたが、多くの人が入って行くので入ってみるとやはりここで間違いありませんでした。
初めてエッシャーを知ったのはこの絵(描く手)だったような気がします。球体を持ったらこの様に写るだろうと想像出来ますが、初めて見た時には不思議な気分になったことを思い出しました(写真がライトの光も意識せずに取ってしまいこの様な写真になってしまいました
)
今日は午前中は雨模様でしたが天気も良くなり、気温も24度となっています。 まだまだ本土の方では寒さが厳しい所もありそうですが、例年よりも気温は高めに推移しそうです。
切符は中央駅内に自動販売機にてカードで購入しました(残念ながら写真を撮っていませんでした
)。 先ずは販売機の画面をタッチし、画面下に言語が選べますので、英語にしました。 色々なチケットがありそうですが、先ずは紙チケット(Paper tickets)を選びました。割引(Discount)と書いてあるものありますが、分かりませんので取りあえず上の「Single Full fare」を選んで、行き先の画面のアルファベット欄が表示されます。 今回行き先がデン・ハーグですので、「DEN」と選ぶと・・画面にいくつかの駅名が出て「Den Haag」がありましたので、これをタッチします。 間違えればリターンを押せばいいです。 続いて「1st.class特等」か「2nd.class普通」が選べますので、今回は普通車を選びました。
駅構内もゆっくり見たかったのですが、次のデン・ハーグ行きのIC(Intercity:急行列車)の時間まで間もなくでしたので、ホームの番号を確かめてホームに入りました。 間もなく黄色の車両のICが入ってきました。面白いのは車両の番号は「1」か「2」しか書いてありません。日本のように1号車、2号車、3号車・・・・・ではなくて「1」または「2」だけです。今回は普通席ですので「2」と書いてある車両に乗り込みました。昼だからでしょうか席も空いていますので「スーツケース」に隣に入れることが出来ました。人が多いと迷惑と心配しましたが、最後まで空いていました。
デン・ハーグの駅を降りて、どの交通機関を利用するのか分かりませんでしたので、駅内の案内所に設置されていた自販機で、デン・ハーグの市内の交通機関が使える「1日乗車券」を購入しました。ここではマウリッツハイス美術館や国会に近い便利な場所の宿泊を選びました。この旅で唯一の「B&B」タイプ(まあ日本で言う民宿みたいなもの)にしていましたので、メールで到着時間も予め通知しておきました。駅からトラムを利用して、先ずは重いスーツケースを預けて行動開始です。
時間的にはギリギリですが、トラムに乗って色々な国際裁判が行われる「国際司法裁判所」を写真撮影のためにだけ見に行きました
。 中を見れるツアーもありそうですが、すぐに乗り換えて戻り、マウリッツハイス美術館の前に「エッシャー美術館」を見学へ。
今回は脳梗塞が起こった場合の超急性期の治療について説明します。
動脈硬化や脳血栓(血の塊)によって脳の血管が詰まると脳梗塞が発症します。 それと同時にその血管の支配下にある細胞に酸素の供給が止まるため、脳細胞が死んで行きます。
死んだ細胞は戻りませんが、その周辺には、機能が止まっていてもまだ生きている細胞があります。このままですと、約3〜6時間後にはこの部分も死んでしまいます。
この3〜6時間以内を「超急性期」と呼んでいます。脳梗塞後の診断後、この超急性期に薬物療法などで血の塊を溶かして、血液の流れを再開通させる「血栓溶解療法」が重要となります。少しでも死んで行く細胞を少なくする治療です。
脳梗塞を起こした細胞周囲には「フリーラジカル」という有害な活性酸素が発生してしまい、死にかけた脳細胞を痛めつけてしまいます。 これに対して発症後24時間以内に、薬でこのフリーラジカルの働きを抑える「脳保護療法」を行います。
更には、ダメージを受けた脳にはむくみ(浮腫)が出て来ます。このむくみの程度に合わせて「抗脳浮腫療法」も併用されることがあります。
その急性期の治療を終えると、再発予防の薬剤やリハビリを行って行きます。リハビリに関しては早くから取り組む施設が増えて来ています。
私達にできることは、いつも言われているメタボ対策、不整脈などの循環器疾患、脳ドックなどでの動脈瘤の有無などのチェックでしょうか。 寒い時に脱衣所が寒い場合などはヒートショックを起こしますので、周りの環境の対策も重要ですね。
どうぞこの寒く、寒暖差も激しい季節を元気に乗り越えて下さいね。
ホテルで朝食後、スーツケースを持ってトラムでアムステルダム駅に向かいました。トラムの使い方もだいぶ慣れてきました。アムステルダム駅にも預ける場所があるかも知れませんが、トラムを降りて旧教会に向かう左手に手荷物の預かり所がありましたので、そこにスーツケースを預けて行動開始です。
そこから歩いてすぐにダム広場というアムステルダムの中心地があります。アムステルダム川をダムで堰き止めて創られた町が「アムステルダム」です。ここがこの街の出発点となった場所です。 ダム広場のダムはまさしく最初にダムがあったからなのですね。 ダム広場に白い尖塔がありますが、これは古くはなくて1956年に第二次世界大戦の慰霊碑として建てられました。
広場を挟んであるのが王宮です。ローマ様式の立派な建物で、最初は1665年に市庁舎として建てられます。 1808年からはフランス侵略時代のナポレオンの弟ルイ・ボナアルトが王宮として接収して使用します。 その後フランスの撤退後は市庁舎として返還されます。
中央ホールは大理石の床に四方が豪華な装飾やレリーフで飾られ荘厳豪華で、床の大理石の上に書かれた世界地図は当時の海洋国家の繁栄を今に伝えています。 ここでは舞踏会も開かれるそうですよ。踊ってみたいですか?
でもこの彫刻群がおかしいのです。 女神も目を被っていますし、ここの彫刻は皆、歯を抜かれたりする拷問のシーンで埋め尽くされています。裁判所や牢獄として使用された部屋ではないでしょうか? 華やかな王宮らしかなぬ一角です。
アムステルダム駅に向かいながら、実はもう1つ見たいのがあったのですが、なんと日曜日は午後からの開館だそうです
。屋根裏教会(アムステルクリング博物館)と博物館。オランダは宗教改革時代にカトリック教徒が公の場で礼拝することを禁じたために、家の中にまるごと教会を造ってそこで礼拝したという歴史があります。何カ所かあるそうですがここは1番保存状態も良いと言うことで期待していたのですが・・・・私としたことが・・・
・・・気を取り戻して外観の写真だけ取りました。
(今週は生け花クラブがお休みでお花の話しが出来ません。何か書こうと思ったら、4年ほど前にボツにした記事が残っていました。私自身も自分を見つめ直して謙虚になるためにアップしたいと思います・・・生意気なことと書いているかも知れませんがご容赦を願います)
時々、仕事をしていると色々な場面でぶつかることがあります。
「自分が1番・・・している」「自分は1番・・・している」と話す方います。それこそ疑いもなく自分がそのような存在であるかのように話をするのです。
しかしそれは根本的に誤りなのです。「自分が1番・・・」は自分で自分の評価することではなくて他者からの評価を受けることなのです。 他者が「貴方が1番・・・です」と評価するのであればそれは正しいのかも知れません。
人間は「自己愛的」な存在です。内なる自分にたいして「自分が1番・・」と認めることは自己防衛としても問題ない行動です。
しかし多くの場面で「自分が1番・・・している」と妄想的に話すことで、普通に努力している人のモチベーションを下げることに気がついていません。
「自分が1番・・・している」というのは自分の不当な評価への不満を違う形にして話しているだけで、根底にある自分を認めてくれないことへの不満・不平でしかないのです。
自分だけが特別な存在と主張すればする程、周りと解離し、呆れ果てる存在になります。 早くそれに気がついて立ち直れたら「裸の王様」にならなくてすむと思うのです。
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