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2018年10月28日 (日)

安田純平さんに対する自己責任論は見当違いでは?

安田純平氏の解放が23日の夜のニュースで突然入ってきました。よく生き延びてくれたと率直に思いました。 その時点で安田さん本人かどうかは確認中とのことでしたのでtwitterなどで情報があるかと見てみました。Th_b7588b02c86601d5c0c3526028415b12 そしたら、良かったという以上に、沢山の自己責任論、非難の書き込みがあり、違和感を感じを得ませんでした。
・いつもこの様なことがあると、すぐに自己責任論が出ます。この場合は自己責任には当てはまらないと考えます。
 まず第1に安田氏は自己責任論で非難する方のような「素人ではない」ことが重要です。 一般の方が興味本位で渡航禁止地区に入ったらもちろんお灸を添える必要があります。 彼は常に紛争を伝えてきたジャーナリストです。 紛争地帯は危険と隣り合わせですが、誰もそこに入って取材しなければ、何が起こっているかさえ分からないし、私達に伝わらないのです。 ネットで調べたり、衛星写真を見ても分からないのです。 その種のジャーナリストが世界中にいるために、私達は事実を知ることも可能だと考えるのです。
第2に、どのような理由にかかわらず、外務省、在外大使館などは全力で「邦人の生命・財産を保護する」組織ということ。 ですから自己責任論の以前の問題として、全力で救出する義務があります。  
Th_b03ca6e167b23c1b9fe9585d9a343da5 今回と関係ない事例で例えましょう。 海外のサーフポイントでサーフィンがしたい。特に台風が近づいたのでビックウェーブが期待できると遊泳禁止の海に出かけ遭難したとします。あるいは海外で悪巧みのために出かけて、その国で行方不明になったとしても、邦人の救出のために現地の日本大使館は全力で捜索をするのです。 そして救出出来たら、その経緯などを聞いて処分が必要ならその時点で行えばいいことなのです。 まず救出、命を救うことが先なのです。
・それとSNSなどで目についたことに「一体どれだけ皆に(心配ではなく)迷惑かけたのか」「一体どれだけ日本のお金がかかったのかと」いう発信でした・・・滑稽に思えたのは、これまで安田氏の為に何もしていないであろう人達にとって「本当にどれだけ迷惑がかかったの?」という話。 あなたに取って実際何が迷惑だったのか、どれだけ金を支払ったのかと言うことになります。
これらのことより私はこの種の問題に関しては「自己責任論」は宛てはまらないと考えるのです。安田さんも命を賭けて現場に向かったと考えます。 何もみすみす捕まりにいったわけでもないと思います。同じ様に捕まった後藤健二さんは無残にも殺害されました。 もちろん偶然や幸運もあったかも知れませんが、この様な環境下で長期間、耐え抜いた安田純平さんは凄い方だと思いますし、生きていてくれてありがたいと素直に思うのです。私は弱虫ですので、耐えきれないと考えるからです。
ただし、彼を英雄視している訳ではありません。捕まったのですから何処かにミスがあったわけで英雄ではないと思うのです。
・今後、拉致された状況などを正確に報告して貰い、現場の状況を伝える責務があると思います。その結果で対策が不十分だったらジャーナリストとして軽率だったと非難されるべきと思うのです。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

omoromachi様、こんばんは。

私も自己責任論もあるのかと
考えていましたが、読んでいて
スッキリしました。
私も素人とジャーナリストを混同して
考えてしまっていました。

最近何でも自己責任論になる気が
しますね。
日本人の中にいったい何時から
自己責任論が蔓延したのでしょう
政府の指示通りにしなかったら
自己責任になる世の中は怖いような
気になります

omoromachi様の主張には勇気を
貰えた気になりました
私も世の中に流されないように
本筋を見失わないようにしたい
と考えています

ツクシンボさん、こんばんは。

確かに安田氏が行かねば、家族も心配しなくて済んだし、大使館なども苦労せずに済んだと思います。しかし身の危険を冒しても現場に行かねばならない職種もあると思うのです。紛争地帯で医療を続ける人々もいるのです。彼はジャーナリストとしての使命感で出かけたと思うのです。
自己責任論が出てくることに対して、一般人と混同して考えているのではないかとの思いがあったのでブログに記載しました。

私には紛争地帯に医療者として出かける勇気がないのです。その意味で私は安田さんのようなジャーナリストは凄いと思うのです。

omoromachiさん、こんばんは。
私もomoromachiさんと 全く同じです。
彼を怒れるのはご家族だけ(心配だったことでしょうね。気が遠くなりそう)
色々な考え方はあると思うので 批判的な意見はあっても仕方ないとも思いますが
SNSだけで責めるなんてむしろ卑怯です。

私は・・・。
別件ですが支払われたであろう3億円ともいわれる身代金で
新たなテロがおき人の命が奪われたり 安田さんのように危険な事がおきないように
祈るだけです。。。戦争などこの世からなくなりますように。。。(これは余談ですが)


舞さん、こんばんは。

良かったです、賛同して貰えて
本当ですね。奥様やご両親は本当に辛い日々を送ったと思います。
この問題は答えは1つではないと思います。色々な角度で色々な視点で総合的に判断しないと行けない問題とも思います。
私が書いたのはニュースになって、ほんの1時間も経っていないと思うのですが、安否の信憑性について調べようとしたら、すでに多くの非難が書き込まれていたことです。 日本人は何時からこうも簡単に人を批判できるようになったかと思いました。

私も簡単にお金で解決すべきではないと思っています。日本政府がハイとお金を出せば、ビジネスとして誘拐が成り立ち、今後日本人は拉致のターゲットにされてしまうと思うからです。

信憑性は分かりませんが、3億円カタールが支払ったとして、1人の日本人が3年以上拘束から解放された金額は、日本人が1人3円出せば彼を救うことが出来た金額となります。それが多いか少ないかはまた別の議論になると思います。


私もまったくomoromachiさんの言われていることに同感です。
彼はジャーナリストとして危険を犯しても行くべきところに行ったのです。
行った先の現実が世界に知られたことで世論が動きどれだけの命が救われたのかと思います。
彼が脚光を浴びることに面白く思わない人たちが自己責任論を振りかざしながら非難を組織的に集中しているのでしょうか。
自己責任論が浮上してくるときは大概が福祉関係予算を削る時か、政権の過ちをうやむやにする時でした。
そんなところを見極めながら注視していきたいですね。

wakokuoujiさん、おはようございます。

wakokuoujiさんも同じ意見で嬉しいです。今の世の中、余計な事をして世間をかき乱すのは悪と考える風潮があるようです。嫌なことや死者が出ることでも自分と直接関係ないことは見て見ぬ振りする傾向があります。

あるバカな大臣は病気になっても自己責任論を展開する方もいます。裕福な家庭でお坊ちゃま扱いされた方は、ジムに通い、健康管理ができる方の多くはある程度の余裕のある方で、生活に困窮している方は自分の健康管理をやれる余裕がないことを知らないのです。

政治の失敗を自己責任に転換されないように注意深くみて行く必要がありますね。

確かに、すべて自己責任論で責任を押し付けてしまうことには疑問を感じます。
でも、安田さんが
「俺はジャーナリストだ。もう一度シリアに行く。」
と言ったら、
「冗談じゃない」
と答えると思います。
あと、安田さんが記者会見で自ら
「申し訳ありませんでした」
と言えるかどうかも見たいところです。

しげまるさん、こんばんは。

最近やたらと自己責任論が幅を利かせています。もちろん自己責任の場合もありますが、先ずは命を救うことが先決だと思います。

私も今の状況で「もう一度行く」と言ったら反対します。行かなくてもこの経験を生かして後方支援をして欲しいと願っています。

記者会見で私は安田さんが「申し訳ありません」と言うと考えています。そこまで横柄ではないと信じていますが・・・・もしそうしたら彼はいわゆるネトウヨ達の餌食になるでしょうね。

omoromachiさんこんばんわ☆彡 お久さしぶりです。
人は自分の立場でいろんな職種についていると思います。

安田さんはジャーナリストとして自分の命をかけ、omoromachiさんは全力で他の人の命を救う立場に、
先日の吉田拓郎さんの曲・詩には人の自由と孤独を歌い、人々の心に語りかけます。
私は誰の命にも関わることのない、絵を描くということに携わっていますが
多くの人々の心を癒すようなものではありません。
時々なんの意味もないことをしているのかもしれないと思うこともあります。。

もし私が安田さんを自己責任の範疇に収めるとしたら、私はどんな責任も負わない、
生きる責任・価値のない人間になってしまうと思います。
そこの部分を取り上げたら、私等生きてることへの代償を支払わなければならないと思ってしまいます。
一体いくら支払わなければならないんだろう(;´∀`)⁇

mirroさん、こんばんは。

本当ですね。私達の人生は自分の立場、職種を通して自分の存在意義を訪ねる旅をしているのかも知れません。

mirroさんの絵は素敵ですよ。私は絵が描ける人が羨ましいのです。 絵を描くことは何もないキャンパスから想像豊かな作品を生み出すのですから人間だけが成せることだと思っています。

今回の件とは直接関係しないかも知れませんが、私達は生きてゆく中で人に助けられたり助けたりと影響し合ったいると思います。何かことある毎に自己責任を問われると窮屈な世の中になってしまいそうです。
人間の価値ってなんなのでしょうか? この世に生を受け、生きる価値のない人間っていないと思うのです。 他人の価値を認めな人こそ、その後の人生で価値のない人間になってしまう気がします。

こんばんは!

「滑稽に思えたのは、これまで安田氏の為に何もしていないであろう人達にとって「本当にどれだけ迷惑がかかったの?」という話。」と仰いますが・・・。

私は少ない稼ぎから一所懸命税金を払っている日本国民です。
その税金を彼のために使う以上、何もしていないは当てはまらないのでは?


FUJIKAZEさん、こんばんは。

確かにFUJIKAZEさんの言う通りです。私達の税金を使っているので皆に負担がかかっていると考えています。 その意味で私の表現は正しくはありませんでした。 嫌な思いをさせてしまい申し訳ございません。

少し言わさせて貰えば、官房長官の発言がニュースで飛び込んできて、恐らく30分も経っていない状況で開放されたのが本人かどうか情報が知りたくてtwitter(普段はやっていませんが、地震など早く情報を知りたい時に利用しています)で調べたら、私がブログに書いたような書き込みが沢山あったのです。 殆ど信憑性や身代金が本当に支払われたかどうかも分からない時点で、反射的に書き込まれたのではないかと考えたのです(これも私の偏見かも知れませんが、私にはそう思えたのです)。

昔、フィリピンで日本人が女性を買いに出かけて誘拐されたことがありました。その時も日本の大使館や現地の警察やお金が動いたと記憶にあります。それでも私は助かって良かったと思っています。後で怒りたくはなりますが・・・

このブログの内容が正しくないこともあると考えています。それでも書いたのは、自己責任論が蔓延する日本ではあって欲しくないと思ったからです。20年、30年前の日本人なら非難よりも安堵の方が多かった気が致します。

長々と言い訳を書いてしまいましたが、そのように感じたのです。


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