フォト

« 今週の生け花(平成30年6月第3週) | トップページ | 空に星があるように(ギター弾き語り) »

2018年6月23日 (土)

沖縄慰霊の日に;平和って何だろう

今日6月23日は73年目の「慰霊の日」です。沖縄県では太平洋戦争末期の沖縄で組織的戦闘が終了した日を「慰霊の日」定めています。

Th_01ad3c5daacacc0a43cc18fd58fa7588 沖縄では悲惨な地上戦が行われ、非戦闘員が多数巻きこまれて犠牲となりました(以前のブログにも記載しましたhttp://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-e44a.html )。

私にとっては学校の校長をしていたお祖父さん、県立中学生だった二人の叔父さんが犠牲となった戦争でした。

徴兵され戦後満州から引き揚げて来た父の無念はいかばかりだったかと想像します。

ただ平和を考える時、今の世界をみてみると戦争状態でないことが平和ということなのだろうかと考えてしまいます。

おそらく平和の究極の反対は戦争であろうと考えます。 しかし生活が保障されず不安定な状態や恐喝されたり、いじめを受けている場合は戦争ではなくても平和なのでしょうか?

行き過ぎた格差の中で生きている底辺の人々にとっては平和な世界なのだろうか? 正義が脅かされ、自由を制限される中で生きることは平和なのだろうか?

一昨年旅行で訪ねたアウシュビッツでみた光景。その時代に迫害されたユダヤ人が平和を求めて作ったイスラエルという国。しかしその人々がパレスチナ人を迫害する世界。

虐待されて死んでいった子供達、いわれのない差別の中で生きて来た人々。

何故、人はもっと優しくなれないのだろう。「それが人間だよと」言われても、やはりもっと幸せになりたい、もっと幸せになって欲しいと祈るのです。 

「慰霊の日」に人が寛容で慈悲深いならば、本当の平和が人々に訪れるのではないだろうかと想像するのです。 今日はゆっくりと祈りを捧げたいです。

« 今週の生け花(平成30年6月第3週) | トップページ | 空に星があるように(ギター弾き語り) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

おはようございます。

私も東京から沖縄に引っ越して来て、沖縄のことが少し理解出来る様になってきたと思っています(まだ浅いと思いますが)
東京にいる時には、東京だって「東京大空襲」のように壊滅的被害を受けているのに何故沖縄だけ大変だなんて言っているのかと内心考えていたのです。
しかし、沖縄では自分の住んでいる地域で戦闘が行われ、何ヶ月の間の戦闘で目の前で肉片が散って行く戦争を経験。その後は戦前には鬼畜米兵と言われ、戦時には親兄弟を殺された敵国の米国に支配され、戦後復帰までの長い間復帰も果たせず、日本本土が高度成長する中で取り残され、更に米国に依存し支配されて生活を余儀なくされたこと・・・などなど

沖縄はまさにずっと本土の私達のための捨て石、犠牲を払わされていることにやっと気が付きました。沖縄の友人達もでき沖縄の人が見せる複雑な心境が少し理解出来る様になっています。
私も東京に帰る時には沖縄の複雑な事情も話すようにしています。言わなければ判らないことも多いとかんじました。

長々となりました。私は今日は沖縄で慰霊の日を迎えています。明日からは東京ですが、水曜日には帰りますので先生のラジオを楽しみにしています。

院長先生
 こんにちは。
「沖縄慰霊の日」多くの方々が犠牲になられ、
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 
格差社会の中、世界中の方々に平和が訪れるのを願うばかりです。

T.Kさん、こんにちは。

T.Kさんは以前のコメントでおもろまち地区にお住まいだとのことで当院と近い場所ですね。
私の友人も沖縄に対する思いを同じ様に感じていたようでした。何故沖縄だけ戦争犠牲者のように言われるのって・・・・私も亡くなった方やその家族に取っては同じだと思います。 
しかし例えは悪いのですが、本土での戦争は台風が襲い、その後は穏やかな気候の中で復興することが出来たと思うのです。でも沖縄は台風が過ぎ去っても、ずっと強風が吹き荒れている状態が何十年も続いて、止む気配がない状況で生きて来たのです。 その感覚が沖縄に住む人間と本土に住む人間の肌感覚の違いではないかと最近考えるようになっています。

決して本土の方を責めているいる訳ではなくて、殆どの方がその肌感覚を理解出来ないせいだと思うのです。 

T.Kさんの様な方がいれば、沖縄の私達と本土の方の意識のずれがなくなると期待しています。 いつもラジオ放送も聴いて頂き有り難うございます。

マコママさん、こんばんは。

今日は沖縄にとっては特別な日です。今日の12時には仕事の手を緩めて、黙祷を捧げました。
あんな悲惨な戦争を経て手に入れた平和です。大切なものを忘れてしまいそうな現在ですが、改めて平和の大切さを考えてしまいました。

本当に世界で平和が訪れることを願いたいですね。

テレビでこの慰霊の式典を拝見しました。
少女の『生きる』が感動的でした。
現在は戦争と言う戦いは表面には出ていませんが、心の見えない戦争が
あるように思います。誰しもが自分が、自分の国だけがと意を強くする
のですが、いつになれば真の和解がなされるのか…自我の欲求だけでは
悲しい事ながら戦いは永遠になくならないのでしょうね。
首相の挨拶はまったく拝聴する気はありませんでした。

でんでん大将さん、こんばんは。

慰霊の日の追悼式典で読まれた中学生の平和の詩「生きる」はとても感動的でしたね。 生きているだけで美しい世界が広がり、未来に希望を描くことが出来る世界が、戦争によって消滅してしまうのです。 だからこそ平和を求めてゆかねばなりません。

でんでん大将さんの書いてあるとおり、個人的にも世界的にも理想を求めるのではなく、利己的になって来ていますね。 またいつか来た道を歩もうとしているのでしょうか? 今の世界の流れは怖い気が致します。

首相の話には、いつも沖縄のことを思っている振りだけで、心がありません。 言葉の重要性を知らない方の話を聞いても心に響かないのです。 首相の言葉よりこの中学生の言葉の方が何千倍も心を打たれました。

こんにちは。通信費をケチってるのでインターネットがつながったり
繋がらなかったりで、イライラする日々です。沖縄での戦争、映像で見る
だけですが、直視できないような、場面がたくさんあります。戦争って人が
人でなくなるんですね。普通は人を殺せば厳罰を受ける。でも戦争は
一人でも多く殺せば英雄になる。なんと恐ろしい。私のおじさんに当たる人も
大学生のとき、特攻隊になり、出撃する日が決まってたそうですが1か月
まえに終戦になり行かずにすみました。その後先生になり、いつも戦争の
話をするので、あだ名が「センソ」になったそうです。90歳で天寿をまっとう
しました。

フーミンさん、こんばんは。

そうでしたがネット環境がイマイチなのですね。通信が悪いとイライラしてしまいますよね。

戦争は普通の人を狂気に駆り出してしまう危険性があります。私だってきっと戦時下のアウシュビッツなら同じ様にしていたのかも知れません。
私は特に2人の叔父さんが18才16才でいきなり兵隊にされて犬死にしてしまったのです。戦争がなければ私も沢山の従姉や親戚に恵まれたのかも知れません。

フーミンさんの叔父さんは間一髪で戦争を免れ長生きできたのですね。生き残った者の使命として戦争を語り継いだのでしょう。

私は今叔父さん達の何倍も自由に生きています。平和に感謝です。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/590699/65431959

この記事へのトラックバック一覧です: 沖縄慰霊の日に;平和って何だろう:

« 今週の生け花(平成30年6月第3週) | トップページ | 空に星があるように(ギター弾き語り) »