今週の生け花(平成30年6月第5週)



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今日6月23日は73年目の「慰霊の日」です。沖縄県では太平洋戦争末期の沖縄で組織的戦闘が終了した日を「慰霊の日」定めています。
沖縄では悲惨な地上戦が行われ、非戦闘員が多数巻きこまれて犠牲となりました(以前のブログにも記載しましたhttp://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-e44a.html )。
私にとっては学校の校長をしていたお祖父さん、県立中学生だった二人の叔父さんが犠牲となった戦争でした。
徴兵され戦後満州から引き揚げて来た父の無念はいかばかりだったかと想像します。
ただ平和を考える時、今の世界をみてみると戦争状態でないことが平和ということなのだろうかと考えてしまいます。
おそらく平和の究極の反対は戦争であろうと考えます。 しかし生活が保障されず不安定な状態や恐喝されたり、いじめを受けている場合は戦争ではなくても平和なのでしょうか?
行き過ぎた格差の中で生きている底辺の人々にとっては平和な世界なのだろうか? 正義が脅かされ、自由を制限される中で生きることは平和なのだろうか?
一昨年旅行で訪ねたアウシュビッツでみた光景。その時代に迫害されたユダヤ人が平和を求めて作ったイスラエルという国。しかしその人々がパレスチナ人を迫害する世界。
虐待されて死んでいった子供達、いわれのない差別の中で生きて来た人々。
何故、人はもっと優しくなれないのだろう。「それが人間だよと」言われても、やはりもっと幸せになりたい、もっと幸せになって欲しいと祈るのです。
「慰霊の日」に人が寛容で慈悲深いならば、本当の平和が人々に訪れるのではないだろうかと想像するのです。 今日はゆっくりと祈りを捧げたいです。
スペイン、アンダルシア地方を代表する風景に「白い村」があります。南スペインの降り注ぐ太陽と白い街並みは如何にも絵になる景色です。 今回は白い村で有名なミハスを訪ねました(24年前も訪ねたようで写真に残っていても記憶に残っていません
国会答弁と違い記憶よりも記録が正しいです)。
私達はロンダからバスで2時間ほど南に下りて地中海沿岸に向かうと有名なコスタ・デル・ソル(太陽海岸)が見えてきます。そこにミハスの村があります。 ミハスは海岸沿いの高級リゾート地のミハス・コスタ(海岸)と私達が目指す山並みの中腹に位置するミハス・ブエブロ(村)に分かれています。その間には、プールがある高級住宅地が介在します。
ミハス・ブエブロに到着し、駐車場から街の入り口に来ると、観光用の馬車やロバタクシー乗り場があり客待ちをしています。日差しが強いだけに馬も木陰で待機です。
街の入り口には、日本人の観光客には有名(と聞いている?)なナッツ売りの叔父さんがいて、片言の日本語で陽気に声をかけてくてくれます。その声に惹かれて皆それぞれお買い上げに。
アンダルシアの強烈な太陽とこの白い家並みは実に似合います。 この白い壁を維持するのは大変で、年に1回塗り替える必要がありますが、ちゃんと行政から補助が出ているそうです。
細り路地と坂道、周りの軒先や壁に花々が植えられ異国情緒(
)たっぷりです。ヤシが植えられたビルヘン・デ・ラ・ペーニャ広場が街の中心でお土産品店も揃っています。そこを中心に2時間ほど街歩きを楽しみました。
私の方は沖縄に住んでいても、朝早く家を出て夜帰る生活で太陽に当たることがないため、毎回のようにヨーロッパの旅行中に日焼けします
今回は特にアンダルシアの強力な日差しですので、帽子を被っても日焼けしそうで、とうとう地元の薬店に入り日焼け止めを調達。スペイン語で書いてあるので分かりませんが、薬局の方が英語が通じたために間違えないで買えました。 以前フランスで日焼け止めと思っていたらサンオイルだったことがありましたので、今回は慎重に調達です。
白い街並みに細い坂道で有名なサン・セバスティアン通りで写真(上)を撮影。人気の撮影スポットだけあり、皆順番待ちで写真を撮っていました。そこからくねくねと曲がった道を散策。
途中でピカソ(人形)が座ったりしておりました・・・・ピカソに挨拶しながら白い家に囲まれた細い道を歩くと、どこか映画の世界に迷い込んだような感覚になってしまいます。
今度は展望台に向かって歩くと、小さな闘牛場やラ・ベーニャ聖母礼拝堂がみえて来ました。
展望台に登ると、遠くに地中海が広がり、海岸沿いにミハス・コスタが見えます。
眼下にはどの家にもプールがついた豪邸が連なっています。映画に出て来そうな雰囲気です。
やはり青い空と白い街並みは本当に似合う景色ですね
ビタミンの効用について話す中で、サプリメント市場の拡大と広告のせいで、サプリメントは沢山摂った方が健康に良いと勘違いしている方が多いと感じてしまいます。
多くの方は毎日のように頻回に及ぶサプリメントの広告で迷わされていることが多いだろうと思います。広告の内容を見ると、飲んだ瞬間から自分の体が変わる様な過度の期待を持たせる広告も多く見受けられます。 広告の抜け穴として、小さな文字で「これは個人の感想です」と表示されています。
ビタミンの定義から言うように、これがないと私達は生きてゆけません。かつては死因のトップにも並ぶような脚気や壊血病など深刻な欠乏症が起こったのです。もの凄く重要な要素なのです。 しかし多くの場合は普通の食事が取れる状況ならほぼ深刻な事態にはなりません。 これまで人類は多様な食事をしてきて生き延びてきたのです。 ですからこれからも極端な環境や食事制限でなければビタミンやビタミン様物質などの欠乏は起こりにくいと考えるのです。
同様なことは、食事の極端な制限食に関しても言えると思われます。1つの側面から見ると低(無)炭水化物食などの制限食はいい面もあるかも知れません。しかしまだ経験値だけの問題です。人間が一世代だけでなくこれからも続くことを考えると、極端な制限食などが人間にとって有用かも未知数なのです。 少なくともこれまで人類が存続してしているのですから、この何百年あるいは何千年かけて営んできた私達の食文化には大きな間違いはないはずです。
この食文化を継承しながら、個人個人の検査の値を見ながらバランスの良い食事をすべきではないかと私は思うのです(これも私の考えですので異論のある方も多いと思います)。
ビタミンが発見されてまだ100年しか経っていません。これからも命を繋いで行く人類ですので、ゆっくりとした時間の流れで食文化を考えるべきだと思うのです。今回はあまり根拠もないことかも知れませんが最近の偏った食事やサプリメントへの過度の期待感に違和感を覚える老医師の考えを記載しました。
これまで3回スペインに旅行で訪れました。おおよそ30年前、25年前、今回の三回でその3回ともフラメンコショーを見ることが出来ました。場所も舞台も、演出する方も皆違い、それぞれに特徴がありました。私自身が全くフラメンコのことは知りませんし、やったこともありませんので、今回フラメンコショーの基本のところを調べてみました。
スペイン南部アンダルシア地方を中心の芸術としてフラメンコがあると思います。発祥の歴史も沢山のことが言われており、それを解説するだけでも凄い量の記事になりそうです。 兎も角、色々な民族、宗教、文化が融合した歴史の中からフラメンコも生まれたと考えられます。
フラメンコ舞踊をスペイン語で「バレル・フラメンコ:Barrel・Flamenco」と呼ぶそうです。単にバレルと呼んだりするようです。
フラメンコは幾つかの物語(形式)があってそれに従って踊るそうです。これまで私は各自がアドリブで自由に踊っていると思っていました。それについて今回の旅行の時に初めてその場面場面で基本的な踊りの要素が異なる事を教えてもらいました。
まず、床を叩く音の出し方でタップと違うことも初めて知りました。 下の図に書いて見ました。足の踵と先端に丸い鋲をその人の好みやスタイルに合わせて靴に鋲を打ち込んでいるのがフラメンコシューズです。それに対してタップダンスの靴は踵と先端に平面のプレートがはめ込まれています。そしてフラメンコでは足を床に打ちつけて音出しをします。タップダンスの場合は靴と床を擦り付けて音出しをする違いがあるようです。
ただしタップダンスの原型ともなったアイリッシュダンスは多くは床に足を打ち付けて音を出すことが多いようですので、基本的にはフラメンコと同類なのでしょうか?
バレルの基本操作の一例を書いてみます(今回の旅行で教えてもらった通りに記載してみます)
①イントロダクション: ギターによる演奏が始まります。
②サリーダ : サリーダとは「出発」の意味で、唄い手が歌詞を歌う前に「ア〜イ」とか「ティリティリティリ」などの架け声で歌い出します。これからが本格的なショーの幕開けとなります。
③歌い出し(歌振り): サリーダが終わると、踊り手がギターのメロディ、フォルセータに合わせて踊り始めます。 ジャマーダ(合図)のサパテアードを打つと唄い手が歌いだします。それに合わせて踊りだし、身体全体で動きを見せて行き、ジャマーダを打って次第にテンポアップして見せ場を作ります。再びジャマーダを打って停止します。
④シレンシオ: シレンシオとは「静寂」の意味で、ギターも踊り子もゆったりとして踊ります。ギターの音色も短調の悲しげなメドリーとなります。踊り子は上体の美しさを見せ場とします。
⑤パセイージョ: パセオは「散歩、散歩道」の縮小形で、踊り自体が歩くようにして踊ることからそう呼ばれるようになっているそうです。バセイージョとは短いパセオと言った意味で、文字通りこのセッションでは短く、軽やかに踊られ、ジャマーダを打って一旦停止となります。
⑥エスコビージャ: サバテアード(足の技)によるリズムが中心となるパートとなります。この時は女性の場合はスカートを持ち上げ、足を見せながら踊りますし、男性の場合は上半身は余り動かさずに、足のステップを強調する様に踊ります。次第にテンポを上げて行きます。結構迫力があります。
⑦ブレリアス: ジャマーダが打たれて、歌が歌い始められます。明るい曲調のが多く、踊り子も曲に合わせて全身を使って踊り出して、最後の追い込みとなります。最後やジャマーダを打って静止して終わります。
この様な段階があることをこれまで知りませんでしたがこれを知るだけでもフラメンコショーがこれまで以上に楽しめました。 何事も知識がある方がより楽しめる様です
最後は出演者全員が一斉に踊りだしたり、ギター部門、唄い手部門の方がそれぞり挨拶をして終了しました。 今回のショーでは最後の5分間だけ写真撮影が許可されていました。最後は写真は撮らないといけないは、拍手はしないといけないわで忙しかったです。大満足のフラメンコダンスでした
(世界を夢みて83)
これまでに何度がビタミンについて記載しましたので、今回は「ビタミン様物質」について記載してみます(素人ですのでこのあたりはあまり判りませんが・・・)
ビタミン様物質とはビタミンの定義には当てはまらないが,ビタミンと似た働きのある物質の総称です。ではビタミンの定義とは1:体の組織の構成成分ではなく、エネルギーに変換されないもので 2:体内で必要量が合成されず、3:欠乏症が確認されているもので 4:無機質でないものとなります(難しすぎます)。
しかし研究が進み色々な体内での物質や作用が判るにつれて、このビタミンの定義には入らないも、ビタミンと同じ作用を示すも、まだ欠乏症がはっきり判らない物質が次々と判明しビタミン様物質と総称されるようになっています。
医学的にみても重要なことも多いのですが、この様なビタミン関連はサプリメント業界が先行して色々と話題づくりがなされています。専門外の私からはこれを沢山摂ったら諸症状が改善されたり、余命が改善されるのかどうかも不明なために、アドバイスが出来ません。
主なビタミン様物質の名前を挙げてみます。さてどれぐらい皆様が知っているのでしょう?
①ケルセチン(ビタミンP)、②フラボノイド、③ノイシトール、④コエンザイムQ10,⑤ルチン(ビタミンP) 、⑥コリン、⑦ヘスベリジン(ビタミンP) 、⑧ポリフェノール、⑨アルファリボ酸(チオクト酸)、⑩ピニトール
・・・コエンザイムQやポルフェノールなどは皆様もなんとなく聞いたことがあるかも知れませんね。 以前はビタミンと考えられ「ビタミンP」と命名されるも、ヘスペリジンとルチン、ケルセチンの混合体であることがわかり、正式なビタミンから除外され、それそれの名称でビタミン様物質として扱われるものがあります。これらはビタミンCによく似ていて、毛細血管を強くすると考えられていて、抗酸化作用、抗炎症作用、抗動脈硬化作用などの効用を言われています。これらはタマネギ、ほうれん草、ケール、パセリなどに多く含まれています。
コエンザイムは脂溶性のビタミン様物質で、人のミトコンドリア(エネルギーを生成する場所)に多く含まれており、その為アクティブな生活をサポートする効能で食品としても売られています(実際の効果は判りません)。 食品ではレバーやモツ、牛肉、カツオなどに多く含まれています。
これも赤ワインの効能などで有名になった「ポリフェノール」もビタミン様物質の仲間です。ポリフェノールは植物が光合成で作り出す糖分が変化したもので、よく知られているものに、赤ワインの「アントシアニン」、大豆に含まれる「イソフラボン」、お茶の「カテキン」、カレー粉の「クルクミン」や更にはゴマの「セサミノール」などあります。 どれも私より皆様方の方が健康食品等でよくご存じかも知れません。
それぞれが、効能などがあり、それをうたい文句に沢山の一般用医薬品やサプリメントとして市販されています。
私としてはいつもの通り、基本は食事からで、足りない分をサプリメントを含めた薬からだと考えています。 万遍なく食事が取れているのであれば、殆ど不足することはありません。必要以上に摂っても単に尿などから排泄されるだけです。もしも健康のためと摂取されても、過剰症もありますので、しっかりと容量を守ってお飲み下さいね。
スペイン、アンダルシア地方と言えば闘牛とフラメンコは欠かせない芸術を思います。 闘牛に関しては賛否両論もありますが、私達の価値観で捉えるべきではなく、スペインの方々の意見を尊重すればいいことだけだと考えています。
今回で3回目のスペインですが、3回ともフラメンコショーを見学することが出来ました。1回目はバルセロナでいわゆるショービジネス的な場所でした。男女とも見栄えする若い綺麗な踊り子達の演技でした。演技については上手いのか下手なのか分かりませんでしたが、私も若かったせいか(?)、美しい女性が踊る姿に感激を覚えた印象が残っています。
2回目は家族経営のような感じの小さなタブラオ(洞窟フラメンコ?)で両サイドに観客の椅子があり、
間近で若い子からベテランの女性までが踊ってくれました。間近でみたのと迫力のある体型(
)のベテランダンサーの気迫に圧倒された時間を楽しめました。
その時にはもう一つ想い出があります。ショーではなくてスペイン最終日に地元の人が踊りに来るフラメンコ酒場のような所を紹介され出かけたのです。明日の朝は4時起床で5時にホテル出発しマドリッドからロンドン経由で帰国となっていました。 最終日まだ名残惜しい私にとって、現地のツアーコーディネーターから、ホテルのすぐ近くに地元の方々が来る店があるし、私もそこに行く予定なので「よかったら覗いてみますか」と悪魔の囁き
いつものようにお土産も買いませんし荷物の整理もない一人での参加としては、即OK。 11時ぐらいにその場所に行くと先ほどの方が待ち受けていました。 数名いるぐらいで結構がらんとした雰囲気。遅いからもう殆どの方が帰ったのかと思ったら、そうではなくて早いから少ないので日をまたぐぐらいから賑わうよとのことでした。 冗談かと思いましたが、本当に0時ぐらいから次第に人が増えて、フラメンコギターに合わせて、おのおのが自由に踊り出すようになって盛り上がって来ました。 わたくしと言えばもちろん、訳の分からない状況で皆に囲まれて踊り明かしました。 3時頃にホテルに戻りシャワーを浴びてホテル出発となったのです。 いやはやまだ30代で体力があったのですね。
今回は3回目のフラメンコショーの見学です。セビーリャはフラメンコの本場で、沢山のタブラオがしのぎを削っています。
その中でも洗練され質か高いと評判だったエル・アレナルで予約が取れてみることが出来ました。最初にみたバルセロナとは明らかにレベルが違いますし、2度目の土着のステージとも異なった、美しさ迫力、洗練された身のこなしはこれまでの中で一番感激したステージでした。
フラメンコにも型があることを初めて分かりました。だだいくつかのスタイルを組み合わせただけでなくちゃんと進行があるのです。私も今回初めて知りましたので、次回のブログで調べたことを記載してみたいと思います。
国民栄誉賞の受賞者がこの2〜3年一気に増えた感じがあります。それ程、多数の優秀な人材が活躍したことでしょうから素晴らしいことだと思います。
私自身はこれまでに老若男女を問わずに尊敬出来る方は差別なく立派な方々だと思っていました。 当然、私自身も国民栄誉賞を取る方はそれだけの価値のある実績を積み上げているからだと考えています。
これを書いたら皆にパッシングを受けるかも知れませんが、私はある程度の年齢になってから、「国民栄誉賞」は差し上げていいのではと考えています。若い方には「国民栄誉賞」と言う名前自体が重りになると考えるのです。
スポーツや囲碁・将棋などのいわゆる勝負の世界で子供の頃から戦って来た人間です。この一点の世界では世界的に素晴らしい方々です。 しかし実社会やそれ以外の関係では逆に経験不足で未熟な部分も多く残していると考えるのです。
今や高齢化社会でもあり、国民栄誉賞を頂いた年月より実はその後の人生の方がずっと長いと考えます。 あまりにも若くしてこの様な栄誉ある賞を貰うことで、その後の人生の負担にならないかが心配なのです。
若者らしく、自由に生きて行けないのではないか、時には世間の目から逃れたい時期もあるのではないのかと思うのです。自由に恋愛もしたいのではないかと・・
もしも若い時の実績が十分ならば、その方がもう少し大人になってから差し上げてもいいのではないかと思うのです。
どうしてもなら今回の羽生選手のような方なら、「国民フィギュアスケート大賞」などの違う名称でも良いのではないかと考えてしまうのです。そして彼が今後現役を退いてもなお指導者などとしてフィギュアスケート界の発展に寄与したと言うことで「国民栄誉賞」でも良いのではないかと思うのです。
折角の羽生選手の素晴らしい受賞の喜びに対して水を差すようで申し訳ありません。皆様方はどう思われるのでしょう?
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