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2018年5月23日 (水)

世界を夢見て 80:セビージャ(セビリア)観光No1 カテドラル

ジブラルタを後にして 海岸を西に北上すると、スペイン第4の都市セビリアに入ります。Sevilla を日本語でセビリアと書いたり、セビーリャ、セヴィージャと書いてあったりする場合もあり唯でさえ混乱するスペインの地名がこんがらかってしまいます。

おそらく日本ではビゼーのオペラ「セビリアの理髪師」が有名となり、その為「セビリア」と呼んでいる気がします(根拠はありませんが)。実際にスペイン人に聞くと「セビージャ」が一番近いとのことです。(日本でおなじみのパエリアPaella もスペイン語で「lla」はジャと呼ぶことが多ので「バエージャ」が近いのと同じ様です:スペイン語は全く知りませんが、ガイドさんが教えてくれました)

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 この都市は紀元前から港湾都市として栄え、アラブの支配、その後の大航海時代に貿易港として栄え、街並みの豪華さ、美しさでも特記すべき場所となっています。

Th_dsc09700 街はローマ時代に遡り西ゴート王国の首都として栄えますが、ジブラルタル海峡を渡ってきたモーロ人によって700年代から500年間イスラムの支配下となり、経済的にも文化的にも栄えます。この時代の建物が街を形作っています。

国土回復運動によってイスラム勢力が衰退する時期と相まって、コロンブスが新大陸を発見します。 コロンブスはアメリカ大陸を最初はインドと勘違いしていました。 これが新大陸だと証明したのはセビリアで船団を率いたのがアメリゴ・ベスプッチ(イタリア人)でした。当時良港として栄えていたセビリアから軍団を率いて、コロンブスが達したのはインドではなくて新大陸であることを証明します。 

コロンブスが初めて新大陸を発見したのでのに、彼はインドだと思ったまま、この世を去ります。コロンブスが航海して辿り着いたのはインドではないことを証明したのがアメリゴ・ベスプッチだったために、彼の名前を記して「アメリカ大陸」と呼バレるようになったのです。

まあ、名前はさておき、その為に新大陸との貿易独占権を確保します。この莫大な富によってセビリアはヨーロッパで最強の地位と財を手に入れるのです。 その為、新大陸発見後、さらに街自体が拡大し繁栄したのです。

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その富を象徴するのが、カテドラルです。なんたってその建築の発想が凄いです。勢いがあるのはこうしたことでしょうか。「後世の人々が我々を正気の沙汰ではないと思わせるほどの巨大な聖堂を建てよう」と1401年の教会参事会で決定しするのです。この基礎はイスラム時代に作られたモスクの跡地を利用して奥行き116m、幅76mの巨大な教会が出来上がります。 スペインで最大の教会で、ヨーロッパの聖堂としては、バチカンのサン・ビエトロ寺院、ロンドンのセント・ポール寺院に次ぐ大きさだそうです。

Th_dsc09737_2 確かに大きいです。周囲を歩くだけでも呆れる程大きいです。 ひときはそびえ立つのが高さ97mのヒラルダの塔です。 この様な形、アンダルシア地方でよく見かけます。 これも12世紀にモスクのミナレット(礼拝などの時間を告げる場所)を利用して造られたからなのです。 

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塔に天辺に聳えるブロンズ像が風を受けて回転することより、ヒラルダ(風見)と呼ばれる所以だそうです。風見鶏ではなくて女神像です。 この大きさにもビックリします。 このブロンズ像は高さ4mでなんと重さは1288kgもあるそうです。 こんな重いのが風を受けて回るなんて信じがたいのですが、実際に回るようです

今回の旅行では内部には入る時間がなかったので、24年前の内部の写真を載せて置きます。

Th__2 内部は天井が高くステンドクラスや王室の礼拝堂などが眼に止まります。

Th__3 ここカテドラルで有名なのが「コロンブスの墓」です。スペインに莫大な富をもたらしたコロンブスですのでここで丁重に葬られています。コロンブスの墓を担いでいるのは当時のスペインを構成した、レオン、カスティーリャ、アラゴン、ナバーラの国王達です。

カテドラルの展望台まで昇った記憶が全くなかったのですが、どうやら24年前には登ったようです(国会答弁とは違い、記憶より記録(写真)の方が正しいようです) 

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カテドラルの展望台(高さ70m)からはカテドラルの全体像やセビージャの街が見渡せます(24年前の写真をスキャナーで取り込んでみました)。

 

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コメント

院長先生
 こんばんは。
セビリアって思っておりました。
セビージャなのですね?
大聖堂にはいりましたが、カメラは禁止でした。
コロンブスのお墓は私も観て、王の足を触るといいとか?で
触ってきましたよ。とにかく大きいカテドラルでしたね?
24年前にも行かれて展望台へも上がられたのですね。
雄大な景色が広がっていたことでしょう。
 続きも楽しみにお待ちいたしております。

マコママさん、こんばんは。

私もセビリアと思っていましたが、ガイドブックや色々な書物でもセビージャとかセビーリアなどと書いてあるものもあってこんがらかっていました。 それでガイドさんに、どちらが正しいのですかと伺いましたら、スペインではセビージャが1番近い発音だそうです。

マコママさんが行った時には大聖堂内はカメラ禁止だったのですね。今回は入りませんでしたが、24年前の写真は大変貴重なのかも知れませんね。
24年前にコロンブスの墓の記憶はあったのですが、大聖堂の展望台からの写真は全く記憶にも残っていませんでした。偶には昔のフイルム時代の写真を見返すのもいいかも知れません。

本当にこのようにコメントを頂き感謝致します。これからもどうか宜しくお願い申し上げます。

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