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2018年2月

2018年2月28日 (水)

胃内視鏡検査の進歩

今週のFM「いきいきタイム」は胃癌について話をしました。診断や治療における内視鏡の進歩には目を見張ることが多いです。 私が外科医としてやって来た30年あまりでも随分と進歩してきた実感があります。

Th_ ブログでは胃内視鏡検査の歴史と変遷について書いたみたいと思います。

つい近年までは胃癌は早期で見つかることはなく、手術や死んだ後の剖検でその病巣をみることしか手段はありませんでした。その後レントゲンが発見され、バリウムによる胃透視にて間接的に病気を見つけ出すことが出来るようになりました。

はやり胃の病変を直接みてみたいと先人達は努力をしてきました。1860年代にドイツにて棒の先にレンズがあり、根元にカメラを取り付けたような装置が出来、最初は棒のように硬く曲がらない硬性胃鏡、その後この棒の部分が少し柔らかくなった(今の内視鏡と比べると太くて硬いです)軟性胃鏡が発明されましたが、おそらくサーカスかなどで観るような硬い棒を飲み込むような芸当が出来なとやれなかったと思われます(左のイラストはウッキペリアからとりました、著者権は切れています。こんな胃カメラなら絶対受けませんね)。

1950年代に初めていわゆる「胃カメラ」が日本で開発されます。その当時の状況を昔、研究に携わった先生から聴いたことがありましたが、失敗の連続だったそうです。その中で胃の中が写った写真を見たときには衝撃的だったと話されていました。Th_8cdc73a2d41a8d8ad96f8baf175f77b1

基本は軟性胃鏡と同じ感じです。カメラの先にレンズがあり、根元にカメラの本体があります。ただカメラ本体と入っても、のぞき窓などありません。 胃の中に入っていると思われたら、レントゲンをみたりして、だいたいこの辺と考えて、カメラのシャッターを押すわけです。何枚か写真を撮り終えて、現像したら真っ暗で何も写っていなかったなんてことも何度もあったそうです。

その後アメリカでファイバースコープが開発され、1970年代から胃カメラにも応用されてゆきます。 ファイバースコープのため、カメラの先端から光をだしたレンズから拾った画像を手前の1cm程度の窓からのぞき込むことが出来る様になりました。 私も初めてカメラをやったことはこのタイプでした。 当然窓は1つですので1人しかみれませんし、写真を撮って現像ですので、患者さんにも後日の説明になる時代でした。最初は白黒で後にカラーだったような気がしますが記憶が定かではありません

その後1980年代から、モニターに映し出せるビデオスコープが開発され、現在のようにモニターで映し出されるため、周りの医療者含めても本人もみることが可能となりました。今やフルカラーからハイビジョン撮影、色々な色調を強調できたり、微小な病変を拡大出来たりするカメラが出現し診断技術の向上により早期発見や内視鏡的処置手術の拡大に繋がっています。

画像処理の進歩と共にファイバーそのものを細くする技術も格段に進歩しました。 細くなった利点はやはり大きいです。 私が始めた1980年代でもカメラの直径が15mm程度が細いと感じましたが、今では色々な処置が出来る普通のカメラでも9mm程度の太さになっています。更に細径ファイバーと呼ばれる直径が5〜6mm前後のカメラが普及型として出回ってきました。

Th__2 細くなった利点は、口からの挿入でも太いより細い方がより楽です。それでも口からのカメラは一番反射が強いベロ(舌)を押さえ込みながら入るので、麻酔をしてもゲロゲロと苦しいことも多いのです。 細径カメラの一番の利点は、この大きさなら多くの方が鼻の穴から挿入可能となった点です。 それによって嘔吐反射が減り、お喋りをしながらのカメラも可能となったのです。 更に鎮静剤を併用することで、眠っている間に終わったと感じることも多くなりました。

まだまだ、早期発見に勝る治療はありません。胃カメラが苦しくて2度と受けたくないより、楽に挿入できて、気楽に胃カメラを受ける方が早期発見にとって重要です。

胃カメラの進歩は受ける方の安楽と、そして診断や治療をより高度に行えるようにと日々進歩しているのです。

2018年2月25日 (日)

苦しくても敏感で有り続けること

年齢を重ねると、何となくわかった気分(諦めの気分?)になり世の中こんなものだよと知ったかぶりをしたくなる。

齢を重ねただけで、何が変わったのだろうか? 人に対しても世の中に対しても鈍感になれたらひょっとして楽になるのかと考えたりもする。

Th_ でも肉体は老いぼれても精神は老いぼれたくないなと思うことがある。 敏感であるためには感動もショック(痛み)も受け止めなければなるまい。 感動はいいにしても、ショックに絶えきれる体力が残っているのか未知な部分が出てくる。

しかしもっと感動したいと心が欲する。苦しいと叫びながらもまだまだだぜと叫ぶ自分もいる。 世間ではじじいと思われる年になっても、まだ青春の呪縛から開放もされずおろおろとするのだ。 妄想のなかで生きている。 悲しいことに敏感に感じて心が痛くなる。

鈍感力を求めず生きづらさを選択した。結果、多くのことを敏感に感じ取ることも出来るようになったと思う。 人に対しても自然に対しても美に対しても敏感であるが故に、より多くを得ることが出来る気になっている。 これも苦しさとの取引をして得ているのだ。 神がいるかどうかは分からないも、きっと神はバランスを取ってくれているのだろう。 そう信じながらまた生きてゆくのだろうか?

2018年2月23日 (金)

今週の生け花(平成30年2月第4週)

何となく忙しかった今月も既に後半となっています。全国的に厳しい寒さもピークを越えた感じがしますが如何なのでしょう? 冬期オリンピックも終盤を迎えています。Th_img_0591 日本人選手の活躍も伝わって来ますので嬉しいです 

今週もいつもの2階の場所に生け花クラブの皆様方のお花が飾られていました。

光に照らされ、凛とした表情で迎えてくれています。 白い花器には細い線が描かれ、それと同調するかのように、左右に伸びた木蓮が美しいです。 とても心を落ち着かせてくれてます。

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この穏やかな春の日差しにガーベラの真っ黄色の花が燦燦と咲き誇っています。通常、黄色で鮮やかなガーベラを合わせるのは難しいかも知れませんが、白い花器と白い木蓮に囲まれることで、優しい色合いに変化したかのように思えてしまいます。

花器、木蓮、ガーベラに挟まれる格好で、深紫のスプレー菊が咲き誇り、その色に合わせたドラセラの葉がスプレー菊の花々を吸収して、抑え気味の演出となっています。

今週の生け花もとても色合いや形が調和が取れて綺麗です 

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生け花は造花と違い、刻々と変化してゆきます。 前日撮った時にはまだ木蓮の花はあまり開いていませんでしたが、今日アップする前には沢山花開いていました。ついでにこの花も載せて起きましょう。木蓮の花を間近に見ることは余りなかったので、この様な花の形になっていたのですね。

<花材:木蓮、ガーベラ、スプレー菊、ドラセナ>

2018年2月18日 (日)

世界を夢みて73: コルドバ観光No2(メスキータ・ローマ橋)

マドリッドからAVE(スペイン版の新幹線)に乗ってコルドバ駅へ。マドリッドとは全く空気感が違うことを肌で感じながらアンダルシア地方に入ってきたことを実感します。
前回のブログではコルドバの西の城壁を通り、迷路のようなユダヤ人街を南へと進みながら途中パティオなども楽しみながら散策たことを記載しました(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/72-no1-d427.html )。
いよいよコルドバ観光のメインイベントのメスキーナへと入って行きます。

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メスキータへの城壁は高く長く続き、その途中途中に馬蹄形アーチの門が空いています。その内の北側の門から入ってきました。 

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広い中庭があり、沢山の木が植えられ公園の様な造りになっています。アルマンソール泉の奥にそびえ立つのがミナレットと呼ばれる尖塔が立っています。 イスラム教の寺院でよく見かける礼拝(サラート)を呼びかけるアザーンを流す場所として使われていました。 

スペイン王朝がレコンキスタにてイスラムを追い出してもその施設を破壊しないのは懸命な方策だと思います。 
ある意味キリスト教とイスラム教は元は同じですので、私達が思っている以上に似かよった所も多いと思うのです。 トルコのイスタンブールでもキリスト教の教会がイスラム寺院に改修されたり、逆のパターンをみたりしますので、西洋とイスラムの世界ではこの様なことが普通に行われたいたのかも知れません。

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いよいよシェロの門を通り、メスキータの中に入ります。711年にイベリア半島に侵攻したイスラム教徒は占領した土地をアル・アンダルスと呼び、その首都をコルドバにします。その王は首都に相応しいモスクを造るために785年にメスキータを建造します。三回にわたる拡張をつづけ、最大で2万5千人が礼拝できるモスクになってきます。 この数だけみてもこの施設がどれだけ巨大だったか想像が付くと思います。

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メスキータの特徴は「円柱の森」と評される1000本以上の柱の美しさです。幾何学的に整えられ、オレンジと茶色が交互に組み合わされた屋根は本当に美しいです。 これは大理石とくさび形の赤レンガを交互に組み合わして作られています。巨大な空間にこの柱が見渡す限り続く景色はため息が出るほどの美しさです。

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奥にはメッカの方向に向かってカリフ達が祈りを捧げたミフラーブには細かい細工が施されています。

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レコンキスタ後このイスラム寺院もキリスト教の礼拝堂へと改修されます。全てを破壊せずに利用したことにより、キリスト教の礼拝堂とイスラムの建築が同じ場所でみるとこが出来るのがこのメスキータの特徴でもあります。 

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イスラムに負けてはなるまいとキリスト教の枢機卿の小聖堂も実に美しく出来上がっています。キリスト教徒の意地みたのも見えてしまいます。この様にお互いが影響し合い、切磋琢磨して文明が開化すればいいのですが・・・

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何時間でもこの場に居たい衝動に駆られますがメスキータを後にして、グアダルキビル川にかかるローマ橋をみながらバスの駐車場に向かいました。

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本当はローマ橋の対岸から橋を渡ってメスキーナに向かう方が美しいのですが、今回はユダヤ人街を通り逆方向から来ましたので仕方ないです(20年前に来た時はこの方向からみた記憶があります)。

コルドバは5月にパティオ祭りが2週間程度開催されます。その期間は多くの方がパティオを開放していますので都合があえばこの時期の旅行もお勧めです。

2018年2月16日 (金)

今週の生け花(平成30年2月第3週)

今日の沖縄は暖かくなりました。寒緋桜も北部から南下し南部の那覇市内でも先週見頃を迎えています。 長らく寒さが続いていますが本土の方もこれからTh_img_0574 少しずつ春の気配を感じさせてくれるのではないでしょうか。特に今年は春が待ち遠しい方も多いと思います。

今週も2階のいつもの場所に、生け花が飾られています。
今週の生け花は華やかです ・・・可憐とか繊細ではなくて力強くて、元気を与えてくれます。

Th_3023 の枝振りも太く、直線的で、青空に広がってゆくようです。 褐色の花器と大きなムンステラの葉に金魚草の花々も力強い生命の息吹を感じさせてくれます。ここではもう冬を寄せ付けない程の春が訪れています。

「春近し雪にて拭ふ靴の泥」(沢木欣一)・・・の頃となりますでしょうか

<花材:桜、金魚草、モンステラ>


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朝の回診が終わって、病院の東向きの廊下から市内をのぞき込むと朝日が街を照らしていました。 南側の海が見える景色と違いますが、朝日に照らされた街は美しく輝いています

生け花とは関係ありませんが、美しかったので記載していました(・・・しかしながら夕方より那覇市は雨がしとしとと・・・この時期は1日中晴天とはならないようです・・

2018年2月14日 (水)

手と足で血圧は違うの?

今日のFM放送は、動脈硬化が足の血管で起こる下肢閉塞性動脈硬化症について説明しました。年齢や生活習慣病のために私達の血管の中で動脈硬化が進み、次第に色々な部位の血管が細くなったり詰まったりします。脳血管に起これば脳梗塞となりますし、心臓の冠動脈に起これば狭心症・心筋梗塞、足の血管に起これば閉塞性動脈硬化症となります。

足の血管が細くなり、血液の流れが悪くなると、足の冷感・しびれ、色調変化(Fontain 1度)、間歇性跛行(2度:このことについては4年ほど前のブログに書いています→http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-9e10.html  )、次第に安静時にも痛みが来ます(3度)、更に進むと足が壊死や潰瘍が起こり、足の切断となることもあります。         Th_525750_2

足の動脈硬化の判定の簡便な検査で、通常測定する上腕の血圧と足の血圧を比べて早期発見しようとする方法あります。

血圧は心臓が収縮拡張を繰り返す中での血管の圧力を水銀柱の高さで示したものです。水銀と水の比重は13.6対1ですので、血圧が120mmHg(Hgとは水銀のこと)と言うことは、水の高さにすると120mm×13.6=1630mmの高さの圧があることになります。もし動脈が切れると163センチの高さまでビューと吹き出ると言うことです・・・またまた余計な話を入れてしまいました。

今日のタイトルの質問です。足の血圧は下腿部にマンシェットを捲いて測定することが可能です。足に流れる血圧を計る訳です。 

心臓から全身に血液を送っていますので、手で計ろうが足で計ろうが全く同じ値と思っていませんか?・・・実は微妙に違います。それは色々なことがありますが、簡単に言えば、腕の血管は大動脈から別れるとき屈曲が強いのと径が細く、それと比べて足の血管は太くて真っ直ぐなこともあり、足の方の血圧が手よりも僅かに高いのが普通なのです。

Th_739086_2 一般的に計ったら「下肢の血圧 ≧ 上肢の血圧 」と言う結果になります。(下肢の血圧)÷(上肢の血圧)の比をAPI(Ankle Pressure Index)と呼んで、足の動脈硬化の早期発見の簡易検査で使用しています。 通常は1.0から 1.2が正常範囲です。 手の動脈は普通では動脈硬化により細くなることは殆どないのも特徴です。

ですので、この比を測定して、0.9以下であれば足の動脈硬化が進んでいると考えて、精密検査をすすめているのです。

<APIのおおよその基準を書いておきます>
 0.9以下: 狭窄または閉塞の疑いあり
 0.8〜0.9:高度狭窄または閉塞の疑いあり
 0.5〜0.8:閉塞が1カ所ある可能性があり
 0.5以下:閉塞が数カ所ある可能性が高い

最近、足が冷たくなったとか、一定区間を歩くと痛くなったなどがあれば一度、足の動脈硬化の進み具合もチェックしてみる必要があるかも知れません。

2018年2月11日 (日)

アルマーニデザインの制服導入について

小学校でのアルマーニ監修の制服導入のニュースを聞いた時に、私自身とは随分と意識のズレがあることを感じました。

高級ブランド品に興味のない私としては「子供にブランド品を着けさせてどうしたいの?」と思ったのが率直な感想でした。 質の良いものを否定しているわけではありません。 ブランド品はその価値があるからブランド品なので素敵だと思います。

Th_096507 私が違和感を覚えるのは、小学校で子供に教えるのが自分達の優越性やブランド化をして選別することなのかと言うことです。 こんな貧しい考えのもとで初等教育を受けるのかと思うと子供達が可哀想です。 

この制服を決定した校長先生の説明文を読んでみました。この制服の決定理由が理解できる内容でした(肯定しているわけではありません)。 例えば高級メーカーは長い時間をかけて他とは違う高度な技術やアイデアを基に、伝統を作り上げブランドとしての地位を築いたと思います。 この校長先生のお考えも、この小学校をブランド品にしたいとお考えているようです。 校長先生も悪気があって考えた訳ではないでしょうが、非常に偏狭な考え方に支配されているように感じてしまいました。

一部の親御さんには受けるのかも知れません。でも子供にとって何が大切なのでしょう? 特に初等教育で重要なのは差別化ではなくて皆と仲良く出来ること、社会の一員としての自覚の形成だと思うのです。

小学校から高価な服を着ることで他との優越感を自覚した子供が将来、ブランド品を買えるだけの経済力を持たなかった時、その方は一生涯満足感が得られないのではないかと危惧するのです。 幸福感はお金では買えないものがあるから人はそれぞれが幸せになれるのだと思うのです。 

どうか子供達にはこのような外界からの騒音に惑わされることなく、子供らしく伸び伸びと学校生活を送って欲しいですし、世界の多様性や価値観を認めあえる子供達に成長させて欲しいです

2018年2月 9日 (金)

今週の生け花(平成30年2月第2週)

日本中、例年になく寒い日が連続している気Th_img_0538 がします。連日のように寒さや雪の被害もニュースで紹介され、改めて雪国の人々の大変さを感じております。

今週は生け花クラブの活動があったようで、いつもの2階の場所にも花が飾られていました。

今日の沖縄は昨日と比べてだいぶ暖かくなりました。今回の生け花も伸び伸びとして、春の陽気にお散歩に出かけたくなる雰囲気です。

赤く四角い花器の上から、上下左右に伸びたコデマリが開放感のある空間を作り出しています。 そして中央に大きなゴムの葉を配置し、その上から金魚草の花々が上に向かい咲き始めようとしています。 いかにもこれから咲くぞという決心()が伝わってきます。

今回は私はあまり見たことがない「スカビオサ」が2本植えられています。色が違うので前方の赤紫の花と後方にある紺色の花は同じスカビオサです。Th_3022 色々な種類があるそうですが、日本名だと「マツムシソウ(松虫草)」と呼ばれるそうで、あまり可愛らしイメージが湧きません。

なんで松虫なのよ」とツッコミを入れたくなりますが、松虫の形からではなくて、松虫が鳴く頃に咲くのでこの名前になったそうです(通常は秋の花で、昔から俳句では秋の季語となっているそうです・・・全く知りませんでした

形もユニークで小花が集まって大きな頭状花を形作って、外側に花弁が大きく広がるのが特徴な様です・・・花も色々です。

Th_6d8793ea4beeebe96bd3b9fca195d52d この花々の様に早く春になって欲しいなと眺めていましたら・・・いつものように私の悪い癖が出てしまいまして・・・・今週の生け花何かに似ている気がしてなりません・・・動物好きな私としてはヨーロッパの山岳地帯に住む羊の仲間のムフロンを思い出してしまいました(左の写真)。

生け花クラブの皆様にはまた怒られそうですので・・・ここは逃げの一手です

<花材:コデマリ、金魚草、スカビオサ、ゴムの葉>

2018年2月 7日 (水)

風邪と肺炎は似て非なるもの

今日の「いきいきタイム」は冬場に多い気管支炎・肺炎について話をしました。

一般的に風邪と肺炎の症状は似ていますし、関連がありますので同じものと考えれている方が多いと思います。 風邪で死ぬことは殆どないと思いますが、現在でも肺炎は日本人の死因の第3位を占めている重篤な疾患です。

一般的な風邪と肺炎の違いについておおよその違いを書いておきます。

風邪:<症状>鼻水、クシャミ、咳き、喉の痛み <原因>殆どウイルス感染 <熱>38度程度まで <期間> 数日から1週間

肺炎;<症状>咳、息切れ、発熱、悪寒、胸の痛み、全身のだるさ、黄色から緑色・鉄さび色の痰、呼吸困難、チアノーゼ(顔や唇が紫色 <原因>ウイルス、細菌、マイコプラズマなど感染 <熱>38度以上の高熱 <期間> 長く続く

風邪が喉などの口の入り口の症状で済んでいるのに対し、肺炎は酸素の取り込みをする肺臓がダメージを受けますので呼吸困難や息切れ、胸痛など全身の重篤な症状として表れます。

この違いを昔書いたイラストで説明します。

Th_ ウイルスや細菌などの病原微生物が空気から入ってきてまず炎症を起こすのは殆どは上気道と言われる場所で起こります。

一般的に風邪と言っているのはこの部分の炎症で上気道炎と呼んでいます。

更に上気道を越えて気管や気管支まで炎症が及ぶと気管支炎の状態となります。気管支炎になると喘息の方のようにゼーゼーやヒューヒューといった気管支の狭窄音が出現することがあり、一般的に咳がひどくなり、高熱や息苦しさも出現してきます。

更に炎症が肺の実質の酸素交換をする肺胞まで及ぶと肺炎と言うことになります。

これがなぜ重症かというと、上気道炎、気管支炎は空気の通り道の炎症ですが肺炎は肺実質(肺胞)そのものが破壊されますので、高熱、咳、痰が続き、体に酸素を取り入れることが出来なくなります。そのため呼吸困難となり心臓にも負担がかかり、特に高齢者では亡くなる確立が高くなります。胸膜の近くまで炎症が波及すると胸痛も出現するようになります。

肺炎は現在でも日本人の死因の第3位となっている重篤な病態です。平成27年の死亡数は日本で12万にとされ、この95%以上が高齢者となっています。

高齢者の死亡原因となっている理由として、体力・免疫力の低下や基礎疾患があること、それと同時に気をつけないといけないのは「初期の段階で自分あるいは周りの方が気が付きにくい」こともあります。 高齢者がいつもと違って、無口になったり、だるそうにしていたり、呼吸が浅い・早いなどがあったら微熱の場合でも早めに医療機関を受けるようにして欲しいと願っています。

日本列島寒波に被われています。ますます春が待ち遠しい気分ですね(沖縄で住んでいる私が書いたら北の国の方に怒られそうですが・・・

2018年2月 4日 (日)

世界を夢みて 72 : コルドバ観光No1(中世の迷路の街へ)

Th__8 マドリッドからスペイン版新幹線AVEにてコルドバに到着。マドリッドは標高も高いせいもあり、マドリッドから南にあるコルドバに降り立つと明らかにマドリッドとは違う空気が漂います。 カラッとしていますが直射日光も強く、非常に暑く感じます。 暑いと思っても木陰に入るとすっと汗も引いて気持ちよいです。        Th_dsc08868

コルドバはアンダルシア地方の中でセビーリャ、マラガに次ぐ都市です。アンダルシア地方はスペイン南部を占める場所でスペインの中でもイスラムの世界を強く感じる街です。

古代ローマ時代からの都市で、711年にイベリア半島に侵攻してきたイスラム教徒によりこのスペイン南部は支配下に置かれます。この様な占領した土地をアル・アンダルスと呼んだことにより、アンダルシア地方と呼ばれるようです。

私達の中ではおそらくヨーロッパがアラブ世界より優れていたと勘違いしている方も多いと思います。 ヨーロッパにおいて特に中世の時代は「暗黒の中世」と言われ学問でも文化でも遅れていたのです。 この時代は明らかにイスラムの世界が多くの分野で世界の最先端を走っていたと思われます。 イスラムの世界から観たらヨーロッパはなんと遅れた未開の地域だったと言われる程です。

コルドバを支配したイスラム教徒により、古代のギリシャやローマの文献がアラビア語に翻訳され伝わり、学問都市が形成されてゆきます。地理学や数学、土木技術、装飾などもヨーロッパに影響を与えてゆきます。

この地域から11世紀から13世紀にかけて様々な文献がラテン語の訳されてヨーロッパ各地に伝えられることになります。

10世紀にコルドバは全盛期を迎え、50万人の人口と300ものモスクが建てられたそうです。その後キリスト教が奪還するのが1236年になりますが、このアンダルシアでは今でも色濃くイスラムの影響が残っています。

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駐車場を下りて、有名なメスキータの間にはイスラムの影響を受けた白壁の迷路の様な街並みが広がっています。コルドバ城壁の西の入口にはセネカ像があるアルモドバル門があり、その門をくぐるところから白亜の壁と青い空が眩しい旧ユダヤ人街となります。 小さな雑路の中を人々とすれ違いながら進むと今どこを歩いているのかさえ分からなくなります。 

イスラム支配下のスペインではユダヤ人は今と違い圧遇されて経済を支える存在でした。 しかしキリスト教がイスラムをイベリア半島から追放するレコンキスタ達成後の1492年に「ユダヤ人追放令」が出させます。キリスト教徒に改宗しなければスペインから追放する命令で、偽政者は多くが改宗すると期待しましたが、実際は経済を支えていた多くのユダヤ人やイスラム教人はスペインを離れます。 そのことでスペインは経済が悪化してしまうのです。 

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細い小道を歩くと家の入口は狭いのですが奥が広いパティオを見かけます。中庭が広く、木が植えられているせいでしょうか、その入り口に立つとパティオ内部の涼しい風がまるでクーラーに入った様にこちらに吹いて来ます。中は涼しく感じますのでこれもイスラムの人々の智慧かも知れません。

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Th_dsc08947 細い道が入り組んでいてガイドさんがいないと迷い込んでしまいます。次第に奥に進んで行くと丁度メスキータの尖塔がみえる小さな白亜の壁に囲まれた小道に辿り着きました。

花の小道 Calleja de las Flires」と呼ばれる写真スポットです。写真を撮るために順番待ちの状態でした。

そこから間もなく歩くとコルドバ観光のハイライトの「メスキータ」「ローマ橋」へと向かいました。

次回それについては記載します。

2018年2月 2日 (金)

花と小父さん  (ワーズワースの庭の写真を添えて)

今週は生け花クラブがお休みで、生け花がなくて寂しく思えました。お花・・・なにかないかな〜と考えていました。

Th_1 そう言えば以前イギリスの湖水地方を尋ねた時に、英国を代表とする詩人ワーズワースの庭で沢山の花達を見ることができ、沢山写真を撮ってきたことを思い出しました。 とても穏やかで美しい場所でした(以前のブログはhttp://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/26-e53d.html )。 

写真を見ながらとても懐かしい唄が浮かんで来ました 「花と小父さん」という曲です。 非常にシンプルな曲ですが、小さな歌詞の世界に1つの物語が描かれています。 随分長い間聴かなかった曲ですが、何となく覚えていた曲です。

昨日ネットでギターコードを検索して、歌ってみました。以前の旅行で撮った写真を眺めていると改めてワーズワースが晩年の38年間を過ごした家や庭「ライダル・マウント」の美しさに感動しました。

折角ですので私のギターの弾き語りの下手さを隠すためにも、旅行で撮った写真を組み込んで動画にしました。よろしければお聴き下さい(・・・夜中に創ったために今日は寝不足気味です

日本中まだまだ寒いと思いますが、写真は3年前の9月初旬のワーズワースの庭です。気持ちだけでも温かくなれたらいいのですが・・・(逆に凍り付いたらご容赦を

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