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2017年6月11日 (日)

世界を夢みて 54 : バルト三国の自由への願い 人間の鎖

今回の旅行記は昨年出かけた、フィンランド〜バルト三国〜ポーランドについて特に今回初めて出かけたバルト三国の記事を主に書いています。

多くの日本人はバルト三国とひっくるめて考えてしまうと思うのですが、エストニア、ラドビア、リトアニアの国々はそれぞれ民族も言葉も習慣も違う独立国家です。三カ国をまとめてしまう理由の1つに、戦後ソビエト連邦から三国がまとまって自由を獲得するために連携して独立したことにあると考えます。

歴史的にみてバルト三国はスカンジナビア半島の国々、ソビエト(ロシア)、ポーランド、ドイツなどの大きな国々の干渉を受けて来ました。

Th_2016_2 特に第二次世界大戦中はナチスドイツに占領され、大戦後はソ連邦に編入され、独自の文化を制限されてしまいます。 それぞれが持っていた文化や言葉も制限されて、人々の中には自由への憧れや独立心が芽生えます。 しかしスターリンの強権政治に支配されて続け、反対派は極刑やシベリア追放とされました。

しかし、バルト三国の人々は怯むことはありませんでした。

エストニアでは「歌」によって戦いました。エストニアでは母国語が禁止となるのですが、歌だけは母国語で唄うことを許されたいました。そのためエストニアでは独立への思いを表現するために「歌(と踊り)の祭典」を始めて行きます。1969年より開催され、次第に民族高揚運動の場となり5年に1度の祭典は規模を大きくします。1988年には全国各地から30万人以上が会場に集まり、3万人以上のエストニア人歌手が独立への願いを込めてエストニア語で唄ったのです(当時の全人口の3人に1人以上が参加)。

Th_ ラトビアでは1980年代、もっとも早くからソビエトからの独立運動が展開され、1988年にはラトビア独立戦線が結成されます。ソビエトとの武力衝突も起こります。流血事件の後も怯むことなく独立に向ける運動は日に日に高まりました。

そしてリトアニアでは、十字架の丘でも紹介したように(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/47-2477.html )、ソビエトの戦車により十字架がなぎ倒されても、直ぐに人々が十字架を持ち寄り立て直して行ったのです。

折しも、1985年にゴルバチョフがソ連共産党第1書記になり、ペレストロイカが始まると更に、バルトの国の人々も独立の機運が高まって来ます。

Th_dsc04964 巨大なソ連邦と立ち向かう為に、民族も言語も異なるバルトの小国は独立のために手を取り合って連携して立ち向かう行動を取ります。それぞれの国々で運動が組織化されて、秘密裏に世界に向けて行動を起こします。これが1989年8月23日に決行された「人間の鎖」だったのです。(「人間の鎖」は2007年ユネスコの世界記憶遺産に登録)

リトアニアの首都ビリニュスから、ラトビアの首都リーガを経て、更にエストニアの首都タリンまでの600Kmを200万人以上の人々が手を結び、連携して独立への思いを世界に示したのです。
その後三国は同時に 独立を果たします。この様なことがあったために、私達の記憶の中でも戦後の教科書の中でもバルト三国とひっくるめて表現されるようになったのかもしれません。

Th_私の泊まったホテルの目の前がヴィルニュス大聖堂でした。その棟楼前に余り目立ちませんが、人の足形をしたプレートが差し込まれています。これは1989年の人間の鎖の始点になった場所を示すためのプレートです。もしここを訪ねるのなら捜してみて下さいね。

もう一つこの広場には「奇跡」とリトアニア語で書かれたプレートもあります。これを起点に三回回ったら願い事が叶うと信じられています。 ミラノのアーケードの雄牛のモザイク画のプレートも同じ様に三回回ると願いが叶うなどがありました。その様な場所が沢山あるのでしょうね。 ここはミラノと違い人だかりは出来ていませんが、大聖堂の広場の前でぐるぐる回る人がいたらそのプレートが見つかるはずですよ。捜して下さいね

Th__2

人間はどの時代、どの国だろうと愛と自由を常に追い求めているのかも知れません。私はこのプレートの上に立った時、このことを考えてしまいました。

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コメント

院長先生
 こんばんは。
私は3国が民族・言語も同じと思っておりました。
教えて頂きありがとうございます。
お恥ずかしい限りですね?
 いつかは訪れたいと願っておりましたものの、
実現不可!となりましたので、院長先生の旅行記を
拝見させていただくのを楽しみにしております。
 ちなみにミラノではあの牡牛の所で3回転しましたよ!

omromachi様、こんばんは。

バルト三国は同じ文化、民族と思っていました
ブログを読んで始めて理解出来ました
改めて自分が何も知らなかったと認識する
と共に、いつかバルト三国を旅行したいと
思うようになっています
景色も本当に綺麗で、このような歴史遺産を
あり、とても興味の湧く国々ですね。

omoromachi様のブログは本当に人間愛の
ある温かみのあるブログと感服しております。
沢山の人に読んで貰いたく思います。

明日の日本が、世界がよりよくなって欲しい
ですね。いつも沢山の知識を頂いています
本当にありがとうございます。
これからも宜しくお願い申し上げます。

マコママさん、こんばんは。

きっと多くの方がバルトの国々を三国としてまとめて考えていますので、同じ民族だと思われている方が多いと考えてブログに書いてみました。

マコママさんは健康上の問題で海外に出かける事が難しくなったと思いますが、ミラノの牡牛のレリーフで三回廻ったのですから再度行けるかも知れませんよ。夢は持ち続けておきましょう。

しばらく天候が変わりやすいと思いますので、健康に留意しながらお過ごし下さいね。

ツクシンボさん、こんばんは。

多くの日本人がバルト三国をまとめて考えていると思いますよ。
私の説明が上手くないために、バルトの魅力を伝えきれていない気がしますが、本当に美しい国々です。もし御機会がありましたらバルト三国の旅行お勧めします。

ブログをお褒め下さりありがとうございます。私は多くの方から幸せを頂いて過ごして来ました。少しでもお返しが出来ればと考えて常に行動するように心掛けています。

本当ですね、今よりもっと良い日本、世界になって欲しいと願っています。

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