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2017年5月

2017年5月31日 (水)

慢性腎臓病(CKD)について

今日のFM放送は、腎臓の機能を中心に話をしました。以前ブログでも腎機能に関して記載しました(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-5b69.html )。

今日は慢性腎臓病について書いてみます。
Th_443885 腎臓の機能が低下する病態においては、急激に腎臓が悪化する場合(急性腎不全)とゆっくりと腎臓が悪化する慢性腎不全があります。急性腎不全は治療により回復の可能性は高いのですが、慢性腎不全は徐々に進行して回復が見込めないことが多くあります。
腎不全を起こす疾患は様々ですが、何らかの状態で腎機能が悪化することを腎不全と呼んでいますので、腎炎によって腎不全になったとか、糖尿病によって腎不全になったなど様々な原因疾患があります。いずれも本来の腎蔵の役割が果たせなくなることを腎不全と呼んでいるのです。

腎不全も大まかに二つの段階があります。腎不全保存期は腎機能の悪化で尿毒素や体内で余分な水分が蓄積(むくみ)が起きている状態ですが、まだ透析を受けなくても生命が維持出来ている状態です。この時期には末期腎不全(透析期)への移行を遅くするために、血圧の管理や塩分・水分の管理さらにはタンパク質やりん・カリウムなどの摂取制限などを行います。

この治療や食事療法を行っても、更に腎機能が低下して、生命維持が出来なくなる時期が末期腎不全となります。これに関しては透析あるいは腎移植が必要となります。

Th_106821 最近、役所や病院などでCKDという文字を見かけませんか? 慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease; CKD)の頭文字です。

これは慢性に経過する全ての腎臓病を示し、原因は沢山あります。代表的なものとしては、糖尿病、高血圧などの生活習慣病、糸球体腎炎などの腎蔵病などがあります。

なぜ、慢性腎臓病(CKD)について、行政でも取り組んでいるかというと、慢性腎臓病の状態で早めに対策をとって、将来的に透析療法維持に莫大な医療費がかかる末期腎不全者を減らすことが目的となっています。

ビックリするかもしれませんが、実は日本においてCKDの患者さんは1330万人以上、ようするに成人の8人に1人が慢性腎臓病であるという実態なのです。

年齢と共に腎機能は落ちて行きますので、この8人に1人が高齢化と共に更に腎不全の状態となれば透析人口が急増し、莫大な医療費がかかって行くことが予想されています。

慢性腎臓病の状態では殆ど自覚症状はありません。しかしながら尿検査や血液検査で腎機能の悪化は判断出来ます。早い段階から腎機能の悪化の原因を探り、予防をすることが将来的には重要となるのです。

検診やドックなどで、尿タンパク、尿潜血などの異常や、腎機能の異常を指摘されたら、1度は医療機関を受診して、ご自身の腎臓や泌尿器の状態をチェックなされて下さいね。

2017年5月28日 (日)

世界を夢見て 53 :ヴィリニュスの街並みと教会群

リトアニアの首都ヴィリニュスを散策すると教会の数の多さそれもそれぞれが個性があり美しい教会の多さには驚嘆してしまいます。

歴史的にみると1323年からローマカットリックの影響が強い都市だったようで、熱心なカトリック教信者の多い町だったようです。何キロ四方の中に、ヴィルニュス大聖堂、ヴィルニュス大学の中の聖ヨハネ教会、聖イグナトス教会、聖キャサリーン教会、聖霊教会、フランシスコ教会、ペルナルディン教会、聖ミカエル教会、聖カジミエル教会、聖テレサ教会などなど沢山あります

そして街並みが美しく、ホテルに着いても何時もながら直ぐに、街の散策に出かけました。 昼と夜では印象も違いますが、本当に綺麗な街は昼も夜も美しく、楽しめます。これもバルト三国がヨーロッパの中では治安がいいからできることでしょうが・・・

今回は少し写真を多めに出してみます。まずは夜の街から

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こんな所で飲むコーヒーは格別です

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昼は昼で美しい街並みです

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街を歩きながら、この街の美しさへの配慮も分かって来ます。

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上の写真の中でパネルのような壁面にヴィルニスの綺麗な写真が飾られていました。

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観光案内図かと思いながら、歩き進め奥の広場に入ると、何とこれはボックス型の露店の壁に綺麗な写真が貼ってあることに気づきました。ちょうどこの四方形のボックスを広げて開店の準備をしている方がおり、10分程度でセッティングが終わり、可愛らしいお土産品店に早変わりしていました。閉店後はこのボックスが町の綺麗な写真の展示物となって、通り過ぎる人々の目を楽しませていました こんな工夫もあり街が美しいわけです。

私が旅行に出る時に、多くの街をなるべく徒歩で歩くことにしています、歩きながら本当に楽しいですし、沢山の発見があります。風景も建物も人も観察するのに超多忙です

家々のドアや看板なども実に楽しいものがいっぱいです。

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ユニークな看板が外に飛び出しています。

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バブ?のドアのオブジェ

街を歩くと沢山の教会があります。ここにも人のぬくもりを感じたり出来ます。

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この街では色々な年代の建築様式を同時に観察出来るのも魅力です。

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私が訪れたのは9月ですが、しばらくすると寒くなります。そんな折、ヴィルニスの人々の優しさなのか、ユーモアなのか木にマフラーが巻かれるそうです。木も暖かくなるばかりか、見ている私の方もホンワカとなってしまいました

教会のことをもっと書こうとしたのですが、沢山の教会がありすぎて今回はこれまでいっぱいでした。まだ紹介したい教会もあるのですが・・・次回書けますでしょうか?

2017年5月21日 (日)

Far away (ギター弾き語り)

久々にギターを弾いてみました。5月前半は休みもありのんびり出来るはずなのですが、時間があると余り調子が出ない私なのです(仕事病でしょうか)。

以前アリス(谷村新司)の唄っていた「遠くで汽笛を聞きながら」をアップしました(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-58a7.html )。谷村さんの唄った曲の中で私が好きな曲に「Far Away」があります。 何となく壮大な感じの愛の唄ですので、てっきり「昴」と同じ谷村さんの作詞・作曲だと思っていました。 調べてみると、作詞・作曲とも伊藤薫さんだったのです。 伊藤薫さんは作詞家、作曲家として沢山の方に唄を提供しているだけでなく、ご自身でも唄われている方でした。 

Th_51 恥ずかしながら伊藤薫さんについて全く存じ上げませんでしが、欧陽菲菲が唄っていた「ラヴ・イズ・オーヴァー」を作詞作曲された方だったのです(←これぐらいは私も知っています

ネットでこの名前を調べたら最初に「女子プロレスラー」の名前が出て来て、ビックリしました。その方ではなくて1953年東京生まれの男性の方でした。

調べていると色々と出て来ました。私の記憶の中では曲名が「Far away」ではなくて 「Too far away」と「Too」がついていたように思っていたのです。 何とその疑問も解けました。

実は伊藤さんは水越けいこさんの「ほほにキスして」の作詞・作曲をされていて、谷村新司さんが「Far away」を唄う前から、水越けいこさんが同じ曲を「 「Too far away」」として唄っていたそうです。知りませんでした ですから「Too」が付く場合と付かない曲名があったのですね(スッキリ)。

高校卒業して50過ぎるまで全く音楽を聴かなかった私としては大きな空白期間があります。色々と唄う中で新しい発見があり、楽しいです 

今回も何時ものように、綺麗な写真でギターのミスタッチを誤魔化しながら動画にしてみました。宜しければお聴き下さい

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2017年5月17日 (水)

世界を夢みて 52 : トラカイ城

リトアニアのヴィルニスの郊外に、30以上の湖と森に囲まれた景勝地があります。そのなかで北側に突出した半島が昔からの中心地で、その半島を橋で渡り一番奥にある島に有名な赤煉瓦作りのトラカイ(トゥラカイ)城が建っています。今ではリトアニアの有名な観光地となっています。

このトラカイはヴィリニュスに首都が移る前はリトアニアの首都がおかれた場所で、ヴィルニュスから車で40〜50分ぐらいの距離があり、多くの観光客で賑わっていました。バスを降りて、真っ直ぐに伸びた道を歩くと、綺麗な湖と対岸の美しい森の緑が飛び込んできます。心なしか空気も美味しく感じられます。

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観光案内所や教会、湖を眺めながら食事が取れる飲食店や観光客相手の露天などが並ぶ場所を通ってゆくと、奥に湖を挟んで、青い水面から浮かんでくる赤煉瓦づくりのトラカイ城が見えてきます。 湖と空とこのお城の眺めは心が震えるほどの絶景でした。暫く岸辺からこの景色を眺めていました。透き通る水の中で睡蓮が咲いて、水鳥が楽しそうに泳いでします。ヴィリニュスの旧市街地とはまるで違うリトアニアの魅力です。

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トラカイ城は14世紀後半にチュートン騎士団の侵略から守るために立てられた城でしたが、その後この城の権力がポーランド側に移ると廃墟となってしまったそうです。その後1961年から本格的な修復が始まり27年程かけて、元の15世紀当時の姿に復元されています。

半島から湖にかかった橋を渡り、更に小さな島を通り、更にトラカイ城のある島へ橋を渡って到着します。今回はこの部分の橋が工事中で、ガイドブックに載っているような、橋を入れたトラカイ城の正面の写真は撮れませんでした。それでも十分美しいお城です。

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ゲートをくぐり城の内部に入ると、広い広場が広がり,奥に本丸、横に二層の建物が連なっていて、現在は博物館となっています。 本丸の間には堀があり、跳ね橋でわたれるように出来ていて、城壁には沢山の小窓が開いていました。昔はそこから重火器を出して城を防御していたのかもしれません。

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お城の展示室では、この地域にかつて傭兵として当地に迎えられたトルコ系の住民の暮らしが再現されていました。彼らはリトアニアに忠誠を誓いながらも、独自の文化を継承してこの地で暮らしていたとのことです。今でもリトアニアでは彼らの民族料理がキビナイなどを食べることが出来るそうです。 お互いに尊敬しあえば、違う民族でも共存出来るのだと妙に関心してしまいました。

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この日は天気も良くて最高の観光日よりでした。どうでしょうか綺麗な景色ではないでしょうか? また行ってみたい景気でした

2017年5月15日 (月)

沖縄でよかった と 思う人々

「沖縄でよかった」と言うタイトルをつけると、何かいいことのように聞こえるかもしれません。しかし今日は良いことではありません(不快に感じる方もいるかも知れませんがご了承下さい)。            

復興大臣が東北大震災・福島原発事故に関して「東北でよかった」などと馬鹿げた発言を行い、多くの国民が怒りを感じたと思います。私も怒り心頭でした。何でこんな人が大臣なのと思えたのです。                             Th_48b203384890a443aa8db121124db4f2

 

今日(5月15日)で沖縄の復帰45年目を迎えました。

 

日米同盟を基軸とする国の安全保障に関して80%の国民は了承しています。しかしそれを維持するために、0.7%の面積しかない沖縄に米軍基地が集中させることに、国民の多くは「沖縄でよかった」との思いが強いはずです。 そんなことはないとお叱りを受けるかも知れませんが、おそらく「東北でよかった」への怒りと「沖縄でよかった」への怒りに温度差があると考えています。 

先日のNHKの世論調査で、「沖縄の経済の基地依存度の質問に」沖縄県に住む方は「基地が沖縄県の経済を支えていることに対し60%の方は否定的でした。逆に沖縄県以外の方は「60%」がそうだと答えたそうです。

そこにはおそらく、沖縄県は基地があるお陰で発展し、そのための補助を貰って生活が出来ているから仕方ないと思いたいと考えるのです。 何か理由をつけなければ、自己矛盾から目をそらすことが出来ない(日米安保は重要だが、自分の所は御免だ)、ある種の弱みを抱えることになるからではないかと考えるのです。

沖縄県の基地経済依存度は昭和47年の復帰直後の15.5%から昨年度は5.7%と低下し、実際に沖縄に住んでいる私達は、巨大な基地が返還されれば跡地が発展することを経験しているのです。 私達の病院のある那覇新都心地区も以前は米軍の住宅地でした。 それが返還され巨大な商業地や巨大マンションなどの住宅地に生まれ変わって経済効果は何十倍になったと言われているのです。

Th_758954日頃、人は平等でなければならない、人種、地域、言語などで差別をしてはならないと説いている多くの国民が、沖縄の矛盾を「基地があるお陰で沖縄県は成り立っている」とのことで心の均衡を保とうとしているのではないかと考えるのです。

 

本土復帰当時、中学生だった私も歳を取って来ました。 こんなことを書くお前は復帰しなった方がよかったと言っているのかと・・・そんな単純なことを問うているのではないのです。 

 

あんなに悲惨な戦争を乗り越えて来た先人達の苦労のお陰で、私は戦後ぬくぬくと自由を謳歌し好きなことが出来ているのです。なによりも感謝したいのです。沖縄で生まれた私は次の世代にも、相手の立場を想像し尊敬し、自分を高めることが必要であることを常に問いたいのです。

2017年5月 7日 (日)

飛行機内の無礼な態度

先日、東京の出張の帰りに、プレミアムクラスで帰りました(このような時には当然、職場持ちではなくて自腹での支払いとなります)。

Th_ このクラスは、食事もつきますので至れり尽くせりです。2−3−2の並びで席も広々としています。優先搭乗もあり、早めに機内に乗り込みました。客室乗務員さんから御丁寧な挨拶も受けて嬉しいと感じながら、窓際の席に着きました。

しばらくすると、隣の席の方が大きな荷物を抱えながら、凄い勢いで荷物を棚に入れて、座席に着きました。 その方にも客室乗務員さんは笑みを浮かべて挨拶。「何か新聞でもお持ちしましょうか?」との答えに「○○新聞、持ってこい」と・・・・その後も「水を持ってこい」「ビールくれ}などの礼儀のない言葉が続くのです。 最初は無視していたのですが・・いったいこの方は何か勘違いしているのではないかと考えてしまうのです。 お金を払っているからいいと言う訳ではないと思うのです。 何を威張りたいのでしょう? 自分は偉いと勘違いしているのでしょうか?    

小さな弁当箱の食事がこのクラスでは出されます。 Th__2 私の夕食でもあり、ボリュームは少ないのですが美味しく頂けました。まあその時でもお隣の方、左手で雑誌を読みながら、行儀悪く食事を取っているのです。

時々世の中には勘違いさんを見かけることがあります。礼節がない態度しか取れない方は見苦しいです。 威張っても誰もそんな方が偉いなんて思っていません。こんなことを知らないなんである意味不幸な方でもいらっしゃるわけです。

知崇礼卑(ちすうれいひ)という言葉を思い出しました。相手がどの人であっても接する態度は自分自身の表れでしかありません。他者に対する態度は自分に跳ね返って来るのです。私ももう少し謙虚でありたいと願うフライトでありました。

2017年5月 4日 (木)

博士が愛した数式

今日はのんびりと映画を観ていました。10年以上前に映画化されていますので、映画や小山洋子さん原著で読まれた方かも多いと思います。

Th_6082f3393d93671ffee6b9e242735671 映画の内容や評判に関してはすでに多くの方が書かれていると思いますが、80分しか記憶が持たない天才数学者とその家政婦と家政婦の子供(博士がルート√と呼んでいます)との関わりのなかで、数式の美しさが表現されています。 (まあ、家政婦さんが次々と交換するほどの博士の状態ではないとか、家政婦さんが余りにチャーミングで、シングルマザーと一人息子関係も良好すぎるほどななど・・多少問題もありますが、こんなものどうでもよいことでした)

数学者が家政婦さんやその息子さんに説明する数式を聞きながら、こちらもその美しさにはまり込みそうになります。次々と数式や公式などが出てきます。素数、完全数、友愛数、π、√、など懐かしい数式ですが、これが美しいとは感じたことが今までなかっただけに、この映画で数学者の頭の中を少し理解できた気がしました。

映画のなかで博士が説明します。「素数とは」;素数の素は素直な素、何も加えない、本来の自分と言う意味、潔く、美しいではないか。つまり1と自分自身以外では割り切れない数字のこと。 例えば2.3.5.7.11.13.17,19.23.29・・・・この素数は夜空に光る星のように無限に存在しますと・・・

「完全数とは」;28の約数を足すと、28になるんです。完全数だ、デカルトは完全な人間が滅多にいないように、完全な数も稀だといっている。 この数千年の間に見つかった完全数の数は30個に満たないんだよ・・・<参考までに28の数字は割れる数字は、1.2.3.4.7.14となります。それを合計すると28となります。6=1+2+3となり6も完全数です、それ以上なら486となるそうです>・・・なるほど凄い数値だと思わず映画を見ながら納得するわけです

「友愛数とは」;見てご覧、この素晴らしい一続きの数字の連なりを。 284の約数の和は220。220の約数の和は284・・・・友愛数だ(未だ世界で5つしか発見されていない組み合わせ)。 神の計らいを受けた、絆で結ばれた数字なんだ、美しいと思わないかい?  君(家政婦さん)の誕生日(2月20日)と、僕の手首の時計に刻まれた文字(284)が、これほどまでに見事なチェーンで繋がり合っているなんて・・・<参考までに;220の約数の和 1+2+4+5+10+11+20+22+44+55+110=284となり、284の約数の和、1+2+4+71+142=220となります>・・・そうかこんなに少ないのかなどと思いなが映画を進めていました

Th_3b84053f54d4907b1fa25fa54ddc02cb 私達はおそらく、先天的に美しいものを感じ取ることが出来ると思います。朝日や夕日、花々、恋人、音楽などなど・・・それは生命を維持するために先天的にDNAに組み込まれたものかも知れません。これに反し「数式の美しさ」は、それを理解して初めて成り立つもので、完全に後天的な捉え方だと考えます。 

私達はこの先天的の持っているものと、後天的に獲得したものが複雑に絡み合って美しいと感じるのだと思うのです。 生涯を通して学ばなければ美しいものを見逃してしまうのかも知れません・・・実にもったいないことです

この映画のなかで、もう一つ(明日が子供の日だからではありませんが)博士が子供を通して「小さいもの、弱いもの」への愛情を示します。 少子化が進む日本で、どうか「小さいもの、弱いもの」が美しく感じられる社会になって欲しいと思いながら映画を見終わりました。

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