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2017年1月

2017年1月29日 (日)

世界を夢みて 43 : リガ市内観光No2

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  ラドビアの首都リガは70万人が暮らすバルト三国の中では1番人口が多い都市です。バルト海に注ぐ 川の交通の要所に出来た街で、ハンザ同盟の貿易拠点として13世紀より急速に発展します。旧市街はその頃の建物が再建保存され、街自体が世界遺産となっています。

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前回リガの市内観光をまとめようと思ったのですが、有名な場所を紹介していませんでした。

Th__10 街自体はコンパクトで美しく、石畳の道路も塵一つ無いほど綺麗です。何処を撮っても絵になる風景です。

全体像が分かる様に、上に聖ペテロ教会からの旧市街の眺めを載せました。聖ペテロ教会は13世紀の建物ですが、何度も火災などに見舞われその都度立て直され、第二次世界大戦後もまた修復されています。高さが123mの鐘塔からリガ市内を一望出来ます。

教会の裏手の広場にはブレーメンの音楽隊の像が建っています。グリム童話に出てくる音楽隊ですが、本拠地(?)ドイツのブレーメン市以外にもリガにその音楽隊像があります。下からロバ、イヌ、ネコ、ニワトリの順となっていますがロバの前足を撫でながら願い事をすると叶うとのことで、光っています。その足以外にも突き出た顔面も触るためその部分が皆光っています。多くの方がより高くジャンプしてそれぞれ触っていますが、ニワトリに届くのは余程ジャンプ力がないと出来そうもありません。

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三人兄弟の家はリガでは有名な観光スポットのようですが、説明がないと通り過ぎてしまいそうですcoldsweats01 向かって右の建物は15世紀のリガ最古の石造住宅でゴシック様式の建物、真ん中が17世紀のオランダのマニエリスム洋式の建物、左は17世紀に建てられた末っ子のバロック洋式の建物だそうですが、その当時になるとリガの街も密集して、3番目の兄弟の建物は手狭になってしまったとのことです。

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エストニアのタリンは城壁が概ね保存されていたのですが、リガの方はこのスウェーデン門が唯一現存する城門となっています。かつてこの近くにスウェーデン兵の兵舎があったことより名付けられています。スウェーデン統治時代にリガの娘は外国人と付き合うことが禁じられていたそうですが、恋に落ちてしまいます。それがばれて、娘は罪としてこの門の内部の壁に塗り込められたと言う怖〜い伝説もあるのです。いつの間にかこの門をく ぐると幸せになるとも言い伝えられていましたので、一応coldsweats01通ってみました(手前が旧市街)。

Th_ かつて城壁のあった場所にベージュ色の落ち着いた雰囲気の国会議事堂が建っています。そこを通り抜けると、かつての城壁の塔の一部が火薬庫として使用され、現在は博物館となっている塔が見えて来ます。沢山の名所があり、個々を説明出来ません

Th_dsc03837_3 中心部のリーブ広場に面して「猫の家」と呼ばれる建物があります。1階がレストランとなっているのですが、昔はラドビアの商人の邸宅だったようです。今ではネコが向いている道向かえにギルド会館があります。 実は昔この商人がドイツ系の商人が支配的だったハンザ同盟の大ギルドに加盟することを拒否された為に、腹いせとしてこの屋根のネコの象を、わざとお尻がギルド会館に向けるように設置したそうです。その後ギルドに入会出来たために、ネコの顔の向きをギルド会館に向け直したそうなのです。

おそらく、ヨーロッパの観光地はライトアップされて昼とは違う美しさを携えていると思います。今回は治安もよく(よいと聴いている)リガの街をゆっくりと散策出来ました。この街自体の美しさに加えてバルト諸国の国民の生真面目さや街を綺麗に保とうとする気持ちが旅行者である私達にも伝わってきました。 今後観光地化が進んでも、このままの状態であって欲しいと願う気持ちになった国々でした。

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灯りが点ったカフェでくつろぐ人々、パブでゆっくりとお酒を飲んでいる方々、ミュージシャン達の奏でる音楽が聞こえる広場・・・・この空間に身を置くことが出来た幸せを感じながらホテルへ帰りました。

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2017年1月27日 (金)

今週の生け花(平成29年1月第4週)

2017年も1ヶ月が経とうとしています。1月も後半になりました。日本列島は週初めは大雪に見舞われたり各地で大変だったと思います。Th_img_5411 週末は少し気温も上がりだしそうです。

今週も生け花クラブのお花が2階のスペースに飾られていました。 沖縄に春を告げる避寒桜が飾られていました。 沖縄では北の方から咲き始める「緋寒(ひかん)桜(または寒緋桜とも呼んでいます)」を観ることが出来る様になります。

沖縄では桜と言えば、寒緋桜をさします。 本土で一般的な染井吉野は沖縄の気候では花を咲かせません。 染井吉野は春の訪れと共に冬から春へと気温が上昇して行く時に花を咲かせますので、桜前線は南から北へと向かって行きます。

ところがこの寒緋桜は、寒さがピークになる時に花を咲かせます。沖縄は小さな島ですが、それでも南北に細長いので、この寒緋桜は沖縄本島の北から南へと徐々に南下しながら花を咲かせるのです。沖縄では桜前線は南下して行きます。 

Th_2914 沖縄本島の北の方の本部町(海洋博記念公園・美ら海水族館のある場所)では一足先に1月21日より桜祭りが開催されています。名護市では明日より桜祭りが開催されます。 次第に桜前線が南下し、あと3週間ほどすると私の住む那覇市でも桜が見頃を迎えると思います。

お花もピンクで染井吉野のようにものの哀れ感は感ぜず派手やかな色ですし、この桜、花びらが舞うようには散りません。花吹雪なんて言うこともなく、お花全体がぼたっと落ちますcoldsweats01 あまり風情はありませんが、散った後の地面もピンク色となりそれはそれで綺麗です。

今回の生け花は花器を2個使って奥行きのある立体的な構造となっています。アイリスの紫の蕾、椿の青い葉と蕾、カーネーションもこれから花開く状態です。全てが春に向かって勢いをつけて咲きほこりそうです。こちらもパワーを貰えます。

まだまだ寒い日が続くでしょうが、今週の生け花から春を感じてパワーを貰って下さいね。ここまだ来たら春もそう遠くはありませんscissors

<花材:寒緋桜、アイリス、椿、カーネーション>

(名護市の観光協会のホームページに桜祭りのページがありましたので貼り付けておきます)

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2017年1月25日 (水)

脳卒中とリハビリ

今日のFMは寒い時期に気をつけないといけない脳卒中について話をしました。以前のブログに脳卒中の病態(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-a337.html )や大脳の機能局在(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-314f.html )については書いています(よろしければご覧下さい・・・)。 私は外科医であって脳外科や神経内科、リハビリについては素人変わりませんのでご了承下さいcoldsweats01

私の脳細胞は非常に弱く、血液が詰まったり、出血したりしてその部分が完全に酸素が欠乏すると3〜5分で細胞は死んでしまいます(ただその周りの多くの細胞は瀕死の状態でまだ死滅していない部分も多く、超急性期は血栓溶療法などの救急医療が行われ、脳細胞のダメージを最小限にします)。

脳はその局在で色々な機能に別れています。死滅した脳細胞が担当していた機能が消滅することで様々な症状が出現します。その中で1番残りやすく分かりやすい後遺症は、手足の麻痺ではないでしょうか。

Th_ それを例にリハビリについて説明します。多くの方が気になるのは、リハビリをいつから始めたらいいのか、いったい効果はあるのか、いつまで続ければいいのかではないかと考えます。

身体の機能を時間軸で観ると、発症して症状が出現、診断、治療がまず行われ、病態が比較的安定した時期よりリハビリを併用しながら、身体が回復する時期が3週間から6ヶ月頃となります。特に3ヶ月頃までは比較的順調に機能が回復しますが、その後肉体的な回復は半年から1年ほど経つと鈍化し、次第に改善はなく固定化してしまうケースが多く認められます。

このことよりリハビリにおいては「6ヶ月の壁」と呼んでいるようです。 発症からこの4〜6ヶ月の間に重点的に回復期のリハビリを行ってゆきます。この回復期のリハビリテーションを専門とする病院などもあります。

それ以降になると、大きな改善は認められなくなります。ではリハビリは必要ないかと言うとそうでもありません。機能の維持や生活の質の向上のためには、今度は自分や家族と共にリハビリを続けたり、デイサービス、デイケア(通所リハビリ)、訪問リハビリなどを利用して、機能の低下を防ぐようにする維持期への移行となります。これは生涯続ける必要があります。

最近では脳卒中などの発症時期の早期から急性期のリハビリテーションを行うことが多くなり、リハビリの開始時期も次第に早くなる傾向があります。早い段階からリハビリを開始することで、機能回復レベルが高くなると言われています。

しかしこの時期はまだまだ、病態が不安定で、無理すると更に危険な状況ともなります。内科や脳神経外科などの専門医と連携しながら、体に負担にならないように、ベット上でリハビリの併用療法が行われています。

この辺りは私達の手術後の治療も昔と変化して来たことに似ています。私が外科医になり出した30年以上前は術後は絶対安静でした。次第に変わり、今では術後直ぐからリハビリ、早期離床に向けて取り組むように変化しています。

リハビリテーション(リハビリ)とはラテン語でRe(再び) とhabiris(適した)から作られた用語で、つまり再び適した状態になることと直訳できます。そのために、脳卒中や手術後やスポーツ外傷などにおいても、辛くてもリハビリの重要性があるのです。リハビリをやっている皆さん、頑張って下さいねgood

2017年1月22日 (日)

トランプ大統領就任演説

いよいよ45代米国大統領トランプ氏が誕生しました。その大統領就任演説を読みました。まあ在り来たりな文章で、これまでの大統領就任演説にみられた人類に対する崇高な理念や呼びかけを垣間見ることは出来ませんでした。

偉大なアメリカって何なのでしょう?

トランプ大統領は選挙を通して、鬱積した国民の不満を利用し、国民を分断し、相手を罵倒する戦術で、大統領になった方だと考えます。 

Th_dsc07560 大統領演説を読む限り、それぞれの段落を抜き出すと問題ないのですが、全体を観ると矛盾だらけの文章です。「何を言いたいの」と思えてしまいます。

彼は選挙戦で自分の発した言葉の重さを理解していない様です。1つの企業のトップならワンマンでも成り立つこともあるでしょう。
多様な民族、宗教、思想を持っている国民を分断し罵りあうことで勝ち抜いた方が、今度は和解し一つの理想に向かって全ての米国民が希望に向かって出発しようと演説しています。分断は簡単でも和解は難しい思ってしまいます。

米国は大国ですが、経済を始めあらゆる分野で世界と繋がっています。保護主義的なことで一時的に米国が潤うことが出来るでしょう。しかし世界経済が悪化すればいずれ米国の経済に跳ね返って来ると考えるのです。

ただ厄介なのは、取り返しのつかない政策を行っても取り返しがつかない結果が出るまでに時間差があることです。米国(世界)が取り返しがつかない事態になる前に、もう一度私達の理性が負の感情を乗り越えて、理想に向かって修正して欲しいと願うのです(・・・また偉そうなことを書いてしまいました、お許し下さい)。

2017年1月20日 (金)

今週の生け花(平成29年1月第3週)

日本列島、大荒の天気が続いていますね。人口の多い都市部の場合は雪が積もる状況になると突然に交通網が混乱し、寒いだけでなく通勤や通学も大変だと考えています。その分私の住んでいる沖縄は恵まれています。 ただ寒さに弱い私は20度を切ると冬眠状態になって固まってしまいます・・coldsweats01Th_img_5394

今日も2階のいつもの場所に生け花クラブの皆様がお花を飾ってくれています。花器の雰囲気やアイリス椿が大人を感じさせてくれています。「二十歳そこらの若造ではそう表現できないよ」と何故か年老いた自分をかばってもいますが・・weep

アイリスの花は中央にほのかに黄色みがかった白が混ざることでより紫の色が栄えてきます。 小さな黄色の花をつけているのがレンギョウ(連翹)です。春3月頃のお花かと思いますが、ここではもう沢山花が開いています。

レンギョウの花言葉は明るく希望に満ちた言葉が多かったです。春先に真っ黄色なお花を沢山つけることから来ているのかも知れません。「希望」「期待」となっています。Th_2913 春を待ちわびる気分ですね。

まだ花が開いていませんが、椿もこの季節ならではないでしょうか?寒い中で耐えて花開く姿は感動します。頑張れる気になりますheart04

本当はもう一つの花材が入っているのですが、小菊はまだ花開いていませんので目立ちませんが、花器の直ぐ上に顔を少しのぞかしています。

日本列島本当に寒いと思いますが、春を思い浮かべてもう少し耐えて行きましょう。明るい春に希望を膨らませて行きたいと思いますscissors

<花材:椿、レンギョウ、アイリス、小菊>

2017年1月15日 (日)

世界を夢みて42 : リガ市内観光 No1

エストニアの首都タリンから南下して、ラドビアの首都リガに入りました。リガはバルトの真珠と例えられる程の綺麗な街です。1997年に世界文化遺産に登録されています。

Th_2016 リガのホテルに着いて荷も解かずに夕暮れのリガ旧市街の散策に出かけました。市庁舎に面してブラックヘッド会館、聖ローダンド像が建つ広場はこれまでに経験したことのないような美しい場所でした(前回のブログ;http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/41-d751.html )。

夕暮れ時、日が落ちて、そして次の日に訪れた時間帯で違う雰囲気を醸し出す広場でした。

リガは70万人が暮らすバルト三国の中では1番人口が多い都市です。バルト海に注ぐ 川の交通の要所に出来た街で、ハンザ同盟の交易都市として13世紀より発展します。しかしながらこの美しい街も、第二次世界大戦でドイツ軍の爆撃により破壊され殆ど消滅します。 その後古い写真や文献を元に、戦後街並みがほぼ元の形で再建されます。ヨーロッパを旅して感じることは、多くの国の人々が戦争で破壊された街を元通りに再建し復興するパワーにはいつも驚かされてしまいます。

この街の建物も建設当時の面影を残して再建されています。リガ旧市街自体もコンパクトで美しく、石畳の道路も塵一つ無いほど綺麗です。どの角を曲がっても絵になる風景です。Th_dsc03920_3

全体像が分かる様に、先に聖ペテロ教会からの旧市街の眺めを載せました。聖ペテロ教会は13世紀の建物ですが、何度も火災などに見舞われその都度立て直され、第二次世界大戦後もまた修復されています。高さが123mの鐘塔からリガ市内を一望出来ます。

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 リガの街は沢山の教会や広場もありますが、細く綺麗な路地も多く存在します。この様な路地裏を歩くと、その向こうにどんな光景が広がっているのかと想像しながら歩くと期待に胸が高鳴ります。 時には生活の音が聞こえたり、遠くから音楽が聞こえたりまします。

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この街の素敵なところは、それぞれの建物の外壁を飾っている彫刻や色使いがとてもシックで落ち着いていることを感じます。この街の建物や看板なども色々な装飾が施され、何気ない手すりなどにも花が模られたりしています。歩きながら、上も下もみないと素敵な場所を見逃してしまうほどで気を抜けませんcoldsweats02

Th__7 ガイドブックによるとリガはユーゲント・シュティール建築の宝庫だそうです。これは比較的新しいスタイルで、19世紀末に流行ったドイツ発祥の様式だそうです。

ユーゲント・シュティール(青春様式)は「構成と装飾の一致」を理念とし、柔らい曲線美を特徴としているようです。この建築の旗手のミハイルがリガで沢山の建物を残したため、この様な様式の建物が残っているとのことです。本当にリガの街は観て飽きない場所です。

Th__4 石畳の街を歩きながら、色々なお店のウインドゥを眺めるだけでも楽しいですね。その土地ならではの品々やパン屋さんなどではそこに住む人々の生活も見えて来ます。 はやり旅行はいいです。 

今回はリガ市内の有名な観光スポットを紹介出来ませんでした・・次回はなるべくリガ市内の有名観光地について記したいと思います。

2017年1月13日 (金)

今週の生け花(平成29年1月第2週)

日本列島に大寒波が押し寄せているようで心配です。特に明日からのセンター試験に臨む受験生に影響がなければいいのですが・・・Th_img_5386

年末・年始とお休みだった、生け花クラブの活動が再開したようです。今週はいつもの2階のペースにお花が飾られていました。やはりこの場所でお花を見るとうれしく思えます。                

今年初めの生け花は、凛として背筋が伸びる感じを受けます。今年もふやけずに「びしっとするぞ」と意思表示した感じが致しましたcoldsweats02

白い花器にシンプルな線、楚々として気品があります。その上の赤いカーネーションと白い水仙がマッチしています。 白い萼の中心に黄色い副花冠のある水仙は日本水仙と呼ばれ、日本では最もポピュラーな水仙かも知れません。何となく日本や中国原産を思っていましたら、水仙の原産はヨーロッパだそうです。花言葉は「自己愛」 「気高さ」「神秘」となっています。

皆様方も「ナルシスト」と言う言葉はご存じだと思います。自己愛性パーソナリティー障害を示す言葉として広く用いられています。この名前と水仙には関係があります。

Th_2912 ギリシャ神話の「ナルキッソス」のお話です。昔、ナルキッソスという美貌の少年がいました。その美貌のため、多くの女性達が彼に恋をするのですが、全く興味を持たず冷淡な態度を取っていました。森の妖精エーコーも彼に恋するのですが、全く相手にされず、悲しみのあまり食事も取れず、衰退し声だけの存在となります。これを知った女神のメネシスは彼に「自分しか愛せない」呪いをかけます。呪いをかけられたナルキッソスは水を飲むために水鏡に映った自分姿を見てしまいます。その美しい姿に恋をして、水を飲むことも忘れて,やがて死んでしまうのです。彼が死んだ場所に咲いたのが水仙の花でした。そのため水仙は「ナルキッソス」と呼ばれるようになったそうです。神話の中のナルキッソスから「ナルシスト」と呼ばれる用語は生まれたのです。

水仙にとってはちょっと迷惑な話しかも知れませんがweep・・・自分を愛することは必要ですが、自分と同じぐらい唯一無比の素晴らしい人間が世界には何億といることも忘れないようにしないといけませんね。

・・・脱線し過ぎました。赤目柳が上方に伸びたために広々と感じさせてくれます(個人的には赤目柳が水仙より少し高い位置で止めた方が間延びしなくてもいいかもと考えてしまいましたが・・・また今年も余計なことをいってしまいましたcoldsweats01)・・・今年も生け花クラブの皆様宜しくお願い申し上げますheart04

<花材:赤目柳、水仙、カーネーション、千年木>

2017年1月11日 (水)

睡眠薬にも色々

今日のFMラジオでは年明けは初夢にかけて、睡眠について話をしています。

日本人の5人に1人が不眠にと感じていると言われています。

不眠といっても幾つかのパターンがあります。寝入りばなが悪い方、途中で目がさめてしまう方、朝方起きたら寝付けないなどがあります。

睡眠薬に関してはまだ多くの国民が、余りよい印象を持っていないと感じています。1950年代から使われた初期の眠剤は効果が強かったのですが、呼吸抑制や不整脈、転倒などの副作用や耐性や依存性が強かった為に、未だに眠剤に対する依存を気にかける方が多いと思います。 いまでは初期の頃のバルビツール酸系の睡眠薬は通常は使われることはなくなっています。

また最近は治療ではなく犯罪に使用するケースもあり、ますます悪いイメージがあります。 犯罪に利用されたり、ネットなどで違法に取引されるようになり、昨年11月からは厚労省も比較的安全な眠剤などの薬も1回の処方で出せる期間を1ヶ月以内に制限しました。

薬の処方期間の上限はその薬の成分などにより、14日、30日、90日などと制限されており、患者さんが希望しても長期投与出来ない薬も多いのです。

Th_ これまで国は医療費の抑制のために、頻回に通院することが出来ないように誘導したり、長期投与を行うようにしていたのですが、ここに来て比較的長期に投与が可能だった薬の投薬制限を昨年10月に通達しました。通常は診療報酬改定の時期に合わせて4月から変更するのですが、今回は異例となっています。

その中に、精神安定剤のエチゾラム(商品名;デ○スなど)、睡眠障害改善薬のゾピルロン(商品名ア○バンなど)などが投与対象となりました。これらの薬はやや依存性が高い薬と考えられていましたが、これまでは向精神薬には分類されませんでした。これらは本来向精神薬に分類すべきことでしたが,法律が追いつていなかったたために、これまで普通薬として長期投与が認められていたのです。ある意味本来の姿になっただけかも知れません。

しかし急にこのような指定がなされたため、これまで国の方針で通院回数を制限していた患者さんが、急に内服処方のためにだけ1ヶ月以内に再来しないといけない事態となり、しばらく医療現場では説明に時間を有してしまいました。上記のお薬は多くの方に処方された薬でしたので、各医療機関とも混乱があったかも知れませんし、このブログをご覧の方の中にも、私もそのようになったと経験された方も多かったと存じ上げます。

眠剤についての話になってしまいましたが、効果も安全性も高く、耐性や依存の少ない薬の開発が求められています。もともと人間の身体の中に持っていた眠りに関するホルモンに着目して、メラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬などが開発発売される様になりました。この系統の薬はおそらく副作用の点や依存の点では優れているのですが、効果が弱い、効果出現までに暫く内服を続けなければ効果判定が難しい、よく悪夢を見ることがあると聞いています。

おそらく今後はより自然な眠りに近い薬剤の開発が進んでゆくのではないのでしょうか。

さて、皆様方の初夢はどのようなものだったのでしょうかscissors

2017年1月 9日 (月)

二十歳の君達へ

昨日は結婚式があり、冒頭での挨拶をさせて貰いました。二人の晴れ姿を見ながら、これから歩む二人の人生を考えていました。喜びも悲しみも二人で噛みしめて歩んで欲しいです。

今日は成人の日です。昨日病院に出かけながら、あちらこちらで着飾った新成人の方々をみました。那覇市は昨日成人式を行ったようです。荒れた成人式の光景が映し出される場合もあるのですが、多くの新成人はこれまでの人生と照らし、悩みながら、これから今後の人生をどのようにしようかと考えていると思います。

おそらく、二十歳で既に多くのことを成し得た方、何一つ出来ずに宙ぶらりんの方、既に親となっている方、沢山の人生ドラマが繰り広げていることでしょう。

彼らの3倍生きて来た人間として、生まれて20年という期間は大したことはないと考えるのです。人生は常に学び続けなければなりません。色々なことを知った振りして年をとってしまっている方がいます。でも人生なんてどんなにどん欲に学ぼうとしても、理想の人間に達成するには時間が足りないのです。

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二十歳の皆さん、自分を信じて、他者を愛して、悩んで、希望を持って歩いて欲しいです。人生のゴールなんてずっと先です。自分を結論づけるのはまだまだ先です。

殻に閉じこもることなく、沢山のことをみて欲しいし、自分以外の方々から多くを学んで欲しいです。これからの人生の羅針盤なんて誰も持ち合わせていません。明日は全く予期しないことが起こるかも知れません。柔らかい心をもってどんな風が吹こうか対処できるように自分で学んで見つけるしかありません。

二十歳の君達へエールを送りますscissors

2017年1月 4日 (水)

眠りのパターン

今日のFM放送「いきいきタイム」は毎年初回には「睡眠と夢」について話をしました。

私達は一晩の眠りで異なった二つの睡眠パターンがあり、レム睡眠(身体の眠り:20〜30分)とノンレム睡眠(脳の眠り:60分程度)が3〜5回繰り返し朝を迎えます。レム睡眠とノンレム睡眠でおおよそ90分程度と考えられています。

この二つはシカゴ大学の研究チームが人間の睡眠を観察している時に、寝ているのに瞼の下で眼球が動く時間帯があることに気づき論文にしました。そのため急速な目の動き(急速眼球運動:Rapid Eye Movement, REM:レム)を伴う睡眠であることよりREM(レム)睡眠と呼ばれ、それ以外の時を、NON-REM(ノンレム)睡眠と呼ばれています。

この違いは脳波によって推測され、ノンレム睡眠時は脳波がゆっくりとなり脳が深く寝ている状況になることが分かりました。レム睡眠時は寝ているけれど脳波は覚醒している時に近い状態であることがわかり、その時に夢を見たり、脳の記憶の整理を行っていることも次第に明らかにされています。レム睡眠時は逆に体の筋肉などは完全に脱力して、筋肉や体の疲れを取っている時間帯だと分かってきました。 猫のイメージでは下記の写真のような感じですcoldsweats01

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そのためにレム睡眠は体の眠り、ノンレム睡眠は脳の眠りと単純化して説明しています。

まず寝入りばなはノンレム睡眠から入いります。その後レム睡眠となり、次ぎにノンレム睡眠、レム睡眠、更にノンレム、レム睡眠を何度が繰り返し朝を迎えます。

脳波を調べると、ノンレム睡眠の深さは回を重ねるほど次第に浅くなります。寝入りばなが1番深い眠りで、次ぎに訪れるノンレム睡眠はそれより浅くなり、その次ぎも更に浅くなります、そのうち眠りが浅くなって起きてゆきます。 

太古自然の中で暮らしている場合は、おそらく暗くなって床につき、次第に眠りが浅くなって来た時に太陽の光や鳥のさえずりなどの刺激で目が覚めてのでしょうね。きっとそれが1番心地よい眠りかも知れません・・・現代人はなかなかそのような環境にはないのでしょうが、それでも自分なりに上手く工夫して眠りやすい環境を作ってゆきたいものですねflair

2017年1月 1日 (日)

2017年の始まりに愛の唄を:この広い野原いっぱい

明けましておめでとうございます。2017年も幕を開けました。今年はどのような年になってゆくのでしょうか? 自分の中でも社会の中でも変化が現れるのでしょうか? 沢山のアンテナを持って変化をキャッチしたいと思っています。

Th_2017_2 今年も年末年始ともずっと病院へ行ったり来たりして終えそうです。この期間も病院で入院されている方が多くいます。病気は待ってくれませんし、年が明けたからといって変わることもありません。

それでも病院の玄関や各フロアの飾り付けが新年らしい賑やかなものになっていました。それを見ながら玄関を入ると「ああ、1年が始まるのだな」と感慨に浸ってしまいます。

今年は何処にも行けませんし、何時呼ばれるか分からない状況で、ちょっとお酒をともいけませんので、借りてきた映画を見たり、ギターを弾いたりして過ごす予定です。
昨夜、何曲か弾いた中で、この曲だったら新年に流してもおかしくないかと思い、小さなICレコーダーで録音して、画像をつけました。

森山良子さんのデビュー曲の「この広い野原いっぱい」です。これは森山良子さんが東京の画廊を訪れた際に見つけたスケッチブックの詩(小薗江圭子さん)に感激して、僅か30分でこの詩に曲をつけたそうです。

この曲のように聴いて貰った方に愛を贈れればいいなと思います(こんな「禿げオヤジの愛なんかいらんワイ」と言わないで下さいねweep)。

2017年もどうぞ宜しくお願い申し上げますheart04

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