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2016年7月

2016年7月31日 (日)

偏見と差別そして寛容と慈しみ

神奈川の障がい者殺傷事件・・・私達の社会に大きな衝撃を与えました。

私はこのことに関して、これまでもヘイト・スピーチや世界中が排他主義に向かっていることをブログにも記載して来ました。この先に今回のような事件が起きないことを祈っていたのですが、現実化してしまって残念です。

Th_0987aee209b568e34fb950fc43ed0302 個を大切にする社会、沢山の違いを認める社会、沢山の矛盾のある中で私達は生きているという認識・・・世界中で今、寛容さや慈しみが失なわれています。

行き過ぎた個人主義が悪いような風潮がありますが、行き過ぎてはいないと思うのです。個人主義には自由もありますが、それにともなう義務もあります。なによりも自分の存在を認める代わり他者の存在も認めうる思想が根底になければなり立ちません。

今、日本も含め、行き過ぎた個人主義を排除し国家の統制をしようと試みられています。我が国が一番、この国に生まれた人間は国家に忠誠を尽くさない場合は非人間と言われかねない状況になりつつあるのかも知れません。

国家主義が台頭する中で起こること、そこには役に立つ人間かそうでないかという無意識の差別が発生します。いつかそれは障がい者や少数民族、少数意見を排除する社会になってしまいます。Th_

今回の悲しい事件に関しても、世界中で起きているISの問題、ヨーロッパでのテロや移民の問題、米国でのトランプ旋風、日本の右傾化の流れの中で起きた事柄と関連があると考えると背中に冷たいものを感じてしまうのです。

どうかこれからも寛容さと慈しみのある社会で有り続けて欲しいと祈るのです

2016年7月24日 (日)

深く考えなくなった現代人

パソコンやネットが普及し、何でも簡単に情報が手に入るようになった。

思い浮かんだことは調べれば直ぐに解決出来るようになってしまった。
言葉を絞り出したり、意味を深く考える前にネットの情報で解決。子供から大人までこのような世界の変化に気づかないまま慣れてしまった。もちろん私自身も。

キーボードを叩くのが上手くなっても、書く習慣が無くなり漢字も書けず、本当の意味も理解出来ていない。

Th_ 色々な物事を深く考えなくなった現代人。スマホを開けば沢山の情報が手に入る。その情報の真偽や意味など考えずに目に入ってくる。しかし心(頭)の奥には入っていかない。自分の身となる知識にならず、ネットの情報やマスメディアの情報を鵜呑みにしてしまう。

自分が歩んで来た経験や悩み抜いて深く考えて得た確固となる信念も無いまま大人になってしまった。自分の核となる部分が無いから直ぐに情報操作に乗せられてしまう。

いま深く考えなくなった現代人。辿り着く未来は知的と言えるものだろうか?・・・私自身の浅薄な知識を省みて恥ずかしく思うこの頃なのです。

「ポケモンGO」と言うのが世界中を席巻しているようです・・・これが一冊の本よりも人の心を豊かにしてくれるのかどうか・・・私には分かりません。 ただ多くの方々がスマホ片手に熱中する姿を見ながら、この故事が深く心に突き刺さって来ます。「少年老い易く学成り難し」。

2016年7月20日 (水)

世界を夢みて32 :オックスフォードとケンブリッジ

イギリスのEU離脱の国民投票を受けてまだまだイギリス、世界中が落ち着かない状況が続いています。暫くぶりに旅行記の続きを書いてみました。

昨年のイギリスの旅行では行けなかったのですが、以前オックスフォードとケンブリッジには行ったことがありました。沢山のノーベル賞受賞者を排出した名門大学ですので、興味があり出かけたのです。文系が強いのがオックスフォードで、理系はケンブリッジが強いとは聞いていました。

なぜこの様なことを話題にしたかと言いますと、30年前に初めてイギリスに出かけた時に初めて、オックスフォード大学という総合大学はないと言うことを知りました。ケンブリッジもしかりでケンブリッジ大学はないのです。

じゃあどうしてそう呼んでいるの言うことをTh_ 書きたかったのです。

英国最古の大学群であるオックスフォードとケンブリッジはその歴史や学業からも英国で双璧をなすライバル校であり続けていると思われます。ただ日本と違うのは、東大や京大と言った1つの総合大学ではありません。

両校とも歴史のあるオックスフォードとケンブリッジという都市(学園都市に近いでしょうか)にある沢山のカレッジが集合した大学となっています。

実際にオックスフォードは38、ケンブリッジには31のカレッジで構成されています。日本や米国で言うところのカレッジ(短大)ではありません。カレッジシステム(Collegiate System)というユニークなシステムで授業を行っており、英国で言うカレッジは「学寮」と言った方がよいと書いてありました。 

Th__2 このカレッジシステムでは、学生と教員が共に生活をしながら学業を続けることにあり、学部の少なくとも1年生は全員、何処かのカレッジに所属してそのカレッジを中心に専攻科目と関連した個別指導を受けることになるそうです。 それぞれのカレッジにはそれぞれの得意科目や特色があり(学食においても)、その中で切磋琢磨して独自の評価を受けているようです。

両校を代表するカレッジとしてはオックスフォードなら「クライスチャージ」「マートン」校が有名でしょうか?(日本の皇太子殿下もマートン・カレッジに留学していました)。 ケンブリッジなら「セント・ジョーンズ」 「キングス」「トリニティ」 などがあります。ハリーポッターの寄宿やみたいな雰囲気の校内です。実際にハリーポッターのロケ地としてもクライスチャージの校内なども有名だそうです(私は内部には入ったことが在りません)。

ちなみに同校とも出席は取らないそうです。勉強するために大学生になったのですから、本来は当たり前なのでしょうが・・・何処かの国とは学ぶ姿勢が違います

2016年7月13日 (水)

紫外線により悪化する白内障

今日のFMレキオは先週に引き続き、太陽光線が私達の体にTh_2_2 与える影響について話をしました。 日焼けしたり褐色の肌になるのは太陽光線(紫外線)が 皮膚に与える影響として解り易いのですが、光が差し込み目も影響を受けます。長年の紫外線の暴露で白内障が増加します。

上の図を見て下さい。光は角膜の虹彩を通り、無色透明な水晶体を通り、網膜に信号として返還され大脳で処理されて形となって分かる様になります。

この水晶体は、とても細かく無色透明なクリスタリンタンパクという蛋白質から出来ています。蛋白質ですから細かい構成はアミノ酸になるのですが、様々な影響を受けて変性します。変性すると無色で細かいTh_ 蛋白質の成分が失われて、細かい濁りが出てきます。これが白く濁ることで、白内障と呼ばれています。 この変性に1番関わりがあるのは加齢です。これは防ぎようがありません。それ以外に直接水晶体に入って来る紫外線もその変性を加速する作用があります。他にも目に対する衝撃、放射線、熱なども影響を与えます。

この様な変化の例えてとして卵が取り上げられています。卵の白身はタンパクで出来ていて無色透明です。しかし僅かな熱でも白濁します、かき混ぜる外力によってあるいは酸化によって容易に白濁します。この様に私達の水晶体も色々な影響で白濁してしまうのです。

Th__3 無色透明で光をよく通していた水晶体が濁って来ると、目がかすむ、ぼやけるなどが出現し、濁った部分で光が乱反射し、光が眩しく感じたり、対向車のライトの光が眩しく感じたりします。 進んでくると、全体が白っぽく感じ靄がかかった感じとなり、特に夜(光が弱いと)見えづらくなります。                             Th__2

日進月歩の医療のかなでも水晶体のレンズの交換は機器の進歩で急速に改善しています。今では3mm程度の角膜切開部分から超音波で濁ったレンズを融解しながら吸い上げ、その場所にこの小さな孔から眼内レンズを入れて終了します(眼科医ではありませんので細かいことは判りません)。殆どの例で縫うような操作は必要なくなったようです。

手術のタイミングなどはかかりつけの眼科の先生と御相談下さい。

2016年7月11日 (月)

選挙が終わって

選挙が終わって結果は出ました。選挙が上手いのか政策が上手いのかは別の問題ですが・・・

いつものように選挙のたびに思うのですが、選挙がイメージだけの薄っぺらな宣伝合戦にしかなっていてつまらないのです。

皆いいことしか言いませんが、それをどのようにして行うのか、その財源はどうするのか? 反対ならなぜ反対でその場合の対策はどうするのか? ・・具体策が見当たらないのです。足の引っ張り合戦に終始しています。

政治も社会も自分達だけがよければいいとの思いが蔓延し、今は辛くとも次の世代によりよくバトンタッチしようと試みる方が少なくなったと不安です。 

政党も国民も儲ければいい(経済さえよければいい)と思い込んでいる気がしてなりません。 経済がよくなれば自分の暮らしもよくなると勘違いしているのではないかと考えてしまいます。

そんなことはないはずです、それならお金持ちしか幸せになれないはずです。

日本人の体質の中にまだ士農工商時代の服従姿勢が色濃く残っているのではないかと気がかりです。 お上の言う言葉に従い、お上が豊かになればいずれ我が家にもなにかご褒美が貰えるかも知れないと生きている。 自分が働いて得た米俵の一部が領主から帰ってきたら有り難いと思ってひざまずいてしまう。その従属関係は自分より弱い立場にも強制的に働いてしまう。

Th_img_4682 民主主義は大多数を占める意見で構成されますが、少数意見を採り上げることで成熟して行くと思うのです。ナチスがそうであったように多数意見が正しいとは限りませんし、少数意見や普遍的な価値観や道徳観も含めて修正し、暴走することを防ぐのが民主主義だと思うのです。

与党も野党もありません。政治は国民皆が豊かに安定した暮らしをさせ、更に次の世代に安心してバトンタッチをする義務があると思うのです。私は自分だけがいい時代を生きてきたとは思いたくないのです。次の世代にツケをまわさない政治をどうかして欲しいと願うのです。

2016年7月 6日 (水)

近視と遠視

今日のFMレキオは日光が与える影響について話をしました。この時期から紫外線対策が重要となります。紫外線に関しては以前書きましたので、今日は紫外線が与える白内障について書こうと思っていましたら、眼球の解剖を書いただけでタイムアウトになりそうですので、次回白内障については書きたいと思います(眼科医ではありませんので素人と同じことしか書けませんが・・・

Th_2 図を書いてみました、私達の眼球に関しては瞼を開いて見える白目と黒目の部分は眼球の前方の僅かしかみえていません。紫外線が及ぼす影響も角膜や虹彩、その奥の水晶体までが殆どです。皮膚と同じで紫外線を当たりすぎると熱傷を起こしてしまいます。雪山などでゴーグルをつけないでいると一番表面の角膜炎などを起こします。長期の紫外線影響は水晶体を濁らせ次第に透明の水晶体が白濁して白内障となります。

水晶体は透明な蛋白でできていて、レンズの様に綺麗な球面を形成しています。レンズの周囲には毛様体と言う筋肉組織があり、収縮するとレンズを球状取り囲んでいるために水晶体は引っ張られずに厚みがまします。逆に毛様体が緩むと水晶体は引っ張られて厚みが薄い状態となります。

光(外界)は水晶体を通して一番奥の網膜(特に中心窩)で信号に変えられて脳で処理されて見えるようになります。

水晶体は弾力があり伸び縮みして厚さを変えることが出来るのですが、近くを見るためにはレンズを厚くする必要があり、遠くを見るときにはレンズを薄くします。 受験やスマホなどで近くをずっと見ていると毛様体の筋肉は収縮しっぱなしとなります。次第に弛緩出来なくなり、近場しか見えなくなる近視になってしまうのです。

Th_ 近くを見るためには筋肉が努力(収縮)をしないといけないのですが、次第に年齢と主に筋肉の収縮力は弱くなり、近くが見えにくくなるのです。これが遠視、老眼の始まりとなります。遠視と言っても「遠くはよく見える」と言うことではなくて、網膜より後ろに焦点が合ってしまうので、近くよりは遠くが見えやすいとうことにしかならないのです。

そのために外界からの情報が丁度網膜の近くて焦点が当たるように、メガネ(コンタクト)で調整します。近視は網膜の前方に焦点がありますので、凹型のレンズを使用、遠視の場合は凸型のレンズを使用します(左上の図)。 

Th_426256 凸型は虫メガネと同じですのでそれを通してみると大きく見えます。ですので老眼の方は他の人から見ると目が大きく見えたりするわけです。皆様方のなかにも大人になってつぶらな瞳が大きく可愛らしく写るようになったかも知れませんね

2016年7月 3日 (日)

嘘をつく言葉の軽さ

私は嘘を平気でつく人間が嫌いです。結果が違うことになったとしてもこれを信じて発したなら非を認めればいいことです。非を認めればそれを許す寛容さも私達も合わせて持つ必要もあります。

最近世界中を大混乱に陥れている英国のEU離脱問題に関して、離脱派の急先鋒だった人がEUへの拠出金を根拠に離脱論を述べたのに、選挙直前に間違いとシランふり、前ロンドン市長も政治の駆け引きに離脱問題を利用したかのよう。

Th_ 我が国でも「福島の汚染水はコントロールされている」と東京五輪の誘致の際に世界中に発した方もいたし、200%選挙に出ないと言ったのに出馬し当選した輩もいました。大物だから嘘をついてもいいではありません。 

私達も嘘をつく人間を怒らなくなってしまったのではないのでしょうか? 嘘の蔓延は私達が作り出しているのです。

「嘘をつかない」これは社会生活の中で大切な部分の一つと思うのです。嘘が蔓延すれば「言葉の意味」がなりなり、責任も軽くなります。 

Th_7617e4c88308385d151617358acd1a9b 言葉の軽さはその人の経験の浅さから起因するのではないかとこの頃考えてしまいます。深く学び、大変な経験から生み出された言葉には人を引きつける魅力があります。学べば学ぶほど人は謙虚になり言葉が重くなると感じるのです。

ジェスチャーも交えお喋りが上手な方が多くなりました(よくこうべらべらとしゃべれるものだと感心します)が、逆に言葉は軽くなりました。そう言えば昔「あ〜う〜」とよく発していた大平総理がいました。子供の頃、見栄えも、しゃべり方も鈍臭いと思っていた首相を再評価してしまうこの頃です。

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