世界を夢みて13:ウィーンとコーヒーの歴史
前回(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-8996.html )の続編です。
コーヒーは元々噛んで味わうものでイスラムの修道者が秘薬として使用したのが始まりだそうです。その後飲料として飲まれるようになり、イスラム世界では16世紀になるとコーヒーハウスが誕生し、広く飲まれるようになりました。オスマン帝国の首都になったイスタンブールでは沢山のカフェが誕生していましたが、ヨーロッパ世界ではコーヒーは一般的ではなかったようです。
現在、ウィーンには沢山のカフェが並んでいますし、おそらく世界有数の多さと歴史があると思います。ウイーンでコーヒーを飲む習慣が出来た訳を書いてみます。
16世紀にはオスマン帝国が西へ勢力を伸ばし、ウィーンを囲んだ攻防戦が起きてしまいます。当時のウィーンは強固の要塞都市でオスマントルコ軍と猛攻をうけていて、援軍が必要だったのです。しかし周囲を30万人のトルコ軍に囲まれているため、トルコ兵士に気づかれないように援軍を要請するのは困難は状況でした。
その中で一人の男(コルシツキー)が手を挙げます。彼はトルコ人と生活を共にした経験があり、彼らの言葉や習慣に詳しかったのです。コルシツキーはトルコ風の衣装に身を包んで、ウィーンから脱出し、ポーランド軍への連絡に成功します。その後 ポーランド軍は、ウィーンを脱出していた皇帝の軍と合流し、トルコ軍への攻撃を開始することになります。ウィーンの城壁の外と内からトルコ軍を挟み撃ちする総攻撃を仕掛け、トルコ軍は敗走し、ウィーンは解放されることになります。
トルコ軍は一目散に逃げ去ったため、さまざまな物資が残されていました。その戦利品は功績のあった者から分配されることになったのです。
金品から先に分けられ、当時のウイーンの人々が見たことのない「奇妙な豆」だけは最後まで残ってしまいました。それがコーヒー豆だったのです。その価値を知っていたコルシツキーはこの多量の豆を貰い受けることになったのです。
彼はこの戦利品のコーヒー豆を使って、ウィーンに初めてのトルコ風のコーヒーハウスをオープンしました。 その後、瞬く間に西洋人にもコーヒーを飲む文化が定着します。
ウィーンの街並みには沢山のカフェが並んでいます。私が30年前に初めて旅行したヨーロッパはウィーンでした。そのウィーンでの初めてのカフェは、老舗のカフェ・モーツァルトでした。重厚な店内で緊張して味は忘れましたが、その雰囲気は今でも良く覚えています。
その後3回ほどウィーンに行ったことがありますが、コーヒーの味を知らない私もカフェには立ち寄ることにしています。
余り格調が高いと緊張してしまいますので、感じが良くて入りやすいのは、美術史美術館内のレストラン(Cafe Kunsthistorisches Museum)でした。 ここは「世界で最も美しいカフェ」とも言われています。 王宮のような豪華な建物の中でコーヒーが飲めるのはとても有難いことですし、値段もリーズナブルです。皆様もウィーンに行く機会があればコーヒーを味わってみて下さいね。
勿論、美術史美術館のコレクションも素晴らしいですよ。個人的にはブリューゲルの「バベルの塔」もあります。子供の頃、大好きだった横山光輝さんの「バビル2世」のマンガのせいで「バビルの塔」は1度みたい絵画でした。なんたってバビル2世の三しもべ「ロデム」「ロプロス」「ポセイドン」が格好良かったです![]()











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