2026年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »

2014年12月

2014年12月31日 (水)

夢からのプレゼント

2014年も色々とありました。人に悩まされ、人に救われた1年でもありました。対人関係に関しては、それこそ他人ですので自力ではどうしようもないこともあります。 しかし自分に関しては唯一やろうと思えば変えられる存在です。

崖っぷちにたたされた時に助け出してくれる存在があります。家族や仲間も当然ですが、それ以外に自分自身の中にも居ます。

Th_dsc02907_2 自分の中に2人の自分がいて、夢を語ったり、現実に引き戻したりします。

2人はなんやかんやと言いながらも、付かず離れずの間柄で日々を生きています。 夢も一人歩きして道を見失わないように現実を振り返り、現実も前を走る夢に遅れまいと距離を詰める。

日々の生活で上手くいかないことも多いし、他人や社会環境によるところも大きい。 夢は自由だ。他人からは見えないし、身軽で空想の世界を駆け巡ることができる。 やはり現実が気になって時々戻ってきて、私へ希望と言うプレゼントを置いて帰る。

押しつぶされそうな現実に、夢が希望をつれて戻って来る。 そんな時、暗い闇の底へ落ちかけそうな現実から救い出され、また光のある世界を進んで行ける勇気が出てくる。

2015年もまたフラフラとしながら歩いているのかも知れません。でも夢が希望をつれて訪ねることを期待しながら春を迎えようと思うのです。

1年間ブログをみて下さり、ありがとうございました。 皆様方にとりましても、2015年が価値のある年となりますよう、心からお祈り申し上げます

2014年12月27日 (土)

ユーミン「あの日にかえりたい」

12月にはいると、妙にユーミン、それも荒井由実の時代の曲を聴きたくなってしまいます。

Th_07401_2 ユーミンは作詞も作曲も天才です。そして時代を先取りした歌手でした。
私は高校時代までは、テレビやラジオ、レコードで音楽をよく聴いていました。 今のような米国一辺倒ではなくて、米国の音楽は勿論ですが、イギリス、フランス、イタリアなどのヨーロッパの音楽もよく流れていました。 1970年代までの日本の音楽は、演歌か演歌に近い歌謡曲、反戦その後の四畳半と言われる鈍臭い(←悪い意味ではありません)フォークが全盛でした。

その後、予備校に通うため初めて沖縄を離れ東京へ。当時姉が大学生で東京に居て、荒井由実のレコードを友人から借りてきたとのことで、初めてユーミンの曲を聴くことになりました。 当時の受験生は「4当5落」と言われ、睡眠時間が4時間台なら大学を通るが、5時間も寝るのは通らないと言われていました(本当は違うはずですが・・)。 高校まで塾や予備校のない田舎で育ちましたので、初めての受験勉強の環境では「4当5落」を信じ、トイレに入っても単語帳を手放さないような状況でした。 

そんな時、ユーミンの曲を聴きながらの食事時間は本当に幸せなひと時でした。食事と寝れる時間が最高の時間でした。 世代の近いユーミンですが、歌詞もメロディーも私が経験したことのないスマートな音楽を奏でる別世界の人でした。

私自身は50歳を超えてギターを弾くようになりましたが、昔の影響でしょうか、今一番多く歌っているのはユーミンの曲のような気がします。

12月の慌ただしい中で、少しギターを弾く時間が出来ました。私にとってはあんな辛い時代には戻りたくありませんが、ユーミンの「あの日にかえりたい」を録音してみました。1975年(昭和50年)の曲です。

皆様はあの日に戻れるとしたらどうします?・・・・

">

2014年12月24日 (水)

疲労について

今日のFMレキオは「疲労について」話をしてみました。

現代人の3割以上が慢性的な疲労に悩まされているとの報告があります。
私達は日頃から、何気なく「疲れた〜」という言葉を使っています。 同じことをするにしても、我慢強い人もいれば、直ぐに「疲れた〜」を連発する方もいます。この「疲れた」の許容範囲は非常に広い気もします。

疲労をいかに防ぎ、疲労の回復をどうTh__2計るかは、日々の生活の中で健康でいるための大切な要件となります。

この疲労に関するメカニズムの解明は医学の世界でも、色々なアプローチがされていますが、まだまだ正確なことは解っていません。

疲労の定義は難しいのですが「体や精神が努力のし過ぎによる危険を避け、休息をもとめている状況」とも言えるかも知れません。 つまり、疲労を感じるとは「何かをし過ぎることによって起こる精神的・肉体的な危険な状況を避けるための安全装置が作動した」と捉えることができます。

疲労の定義だけでなく分類もまた難しいひとつです。例えば目を使い過ぎによる「眼精疲労」などの言葉を聞いたことが在ると思いますが、その様な「局所疲労」と体全体に及ぶ「全身疲労」、それ以外に「肉体的疲労」と「精神的疲労」「急性疲労」と慢性疲労」など様々な視点で捉えることも出来ます。

疲労はなかなか数値化することが出来ず、医学的な検査でも判定も困難です。
最近、疲労と活性酵素の関係から解明に取り組んでいる研究もあります。
私達は生命維持のために沢山のエネルギーを必要としています。そのためには栄養を取り、酸素と反応させることで細胞のエネルギーを作りだしています。 この酸素を消費する中で、活性酸素と呼ばれる各種の物質が発生します。 活性酵素は細胞を傷つけ癌化のメカニズムでも研究されていますが、疲労物質としても作用します。

Th_dsc02915 通常、活性酵素は体内での活性酵素消去システムで速やかに処理され、過剰になることはありません。しかしオーバーワークとなると処理システムより発生状況が高くなり、体内で活性酵素が増加することになります。過剰な活性酵素は細胞機能の低下や組織の損傷を起こし、疲労感や身体的、精神的なパフォーマンスの低下をきたします。

健康ブームもあって、よく耳にする「抗酸化物質」もガンの予防だけでなく疲労の予防にもなるのではないかと考えられているわけです(実際の効果については私の様な外科医では分かりませんが・・・)。

難しいことは、私は分かりませんが、疲労は私達の体が休みなさいと言う信号を発しているのですから、まずは休養することです。休養による疲労回復促進、そして最良の休養はよく眠ることと言われています。

忘年会、クリスマスパーテー、年末・年始の準備、仕事の納期など、とにかく今の季節は忙しいです。皆様も疲労をためずに年末年始を乗り切って行きましょう

(2014/12/24のFMレキオ「いきいきタイム」はこちらから視聴出来ますhttp://www.stickam.jp/video/182397184

2014年12月22日 (月)

それでもサンタはいる

私の子供の頃、小学校からは村立小学校に通うことになっていましたが、幼稚園は何処に行ってもよいことになっていました。

家から一番近い幼稚園は、教会と併設した幼稚園でした。信者でなくてもその地域の子供は皆ここで、幼少期を過ごしました。 当時非常に貧しい中で、この教会には、米国(?)から送られた、オモチャやクリスマスツリーが飾ってありました。その時に唄った賛美歌を今でも憶えていて、その賛美歌の内容からするとカトリックの教会だったのではないかと推測しています。

Th_ 物のない時代でしたが、クリスマスの前に、この教会から紙でできた小さなクリスマスツリーを配ってもらいました。私の家では、なぜか仏壇に飾っていました。

幼稚園のクリスマスの朝、目が覚めたら、枕元にプレゼントが・・・・もう嬉しくて嬉しくて・・・紙を開けると「ブリキのラッパ」でした。 嬉しく嬉しくて、父、母、おばあちゃん、お兄ちゃん、お姉ちゃんに「ワァ〜イ、ワァ〜イ、サンタさんがやって来た」と大はしゃぎし、もの凄く嬉しくて、1日中このラッパを吹いていました

無宗教の私ですが、今でも心の中に「サンタさん」がいます。 理論的にはあり得なくても、私の心の奥には「トナカイに乗ったサンタさん」が世界中を駆け巡っているのです。 世界の子供達に、こんな小さな幸せが届いたらいいなと祈っているのです

2014年12月17日 (水)

歴史の授業とマララさんの演説

私の若いお友達から、世界史の授業がつまらないと聞いたことがありました。 何故?・・ この子が言うには「戦争の歴史だけ教えて、平和の作り方は教えない」「何年、どの国、何処と何処の国、何処の誰々など単純暗記問題が多すぎると」・・・・

私の1/3も生きていない可愛い女の子の言葉に禿げたオヤジは衝撃を受けたのです。

Th_ この女の子と同じ年齢のノーベル平和賞受賞者のマララさんが国連でのスピーチの中で、この若い世代の純粋な気持ちを代弁している一説があります。

マララさんはこう述べています。どうして「強い」といわれる国々は戦争を生み出す力はとてもあるのに、平和をもたらすにはとても非力なの? なぜ銃を与えるのはとても簡単なのに、本を与えるのはとても難しいの? 戦車を造るのはとても簡単で、学校を建てるのがとても難しいのはなぜ?

私達大人はどう答えたらいいのでしょう。心に剣を突き刺された気持ちです。 戦争をして自分の国民が死んでゆくことを想像出来るのであれば、どんなタフな交渉も、どんな困難な状況が来ようとも、最後まで平和を追求することが出来るはずです。 

ミサイルを作るお金があれば、自国民の貧困も救えるはずですし、途上国の多くの命も救えるはずです。 格差や貧しさは紛争の引き金になります。 

自分だけ豊かになれば、自分だけ良ければ・・・これを乗り越えるのは大変なことだと思います(今の私にはできそうもありません)。  でも自分の身内が爆弾で吹き飛ばされることを想像出来れば、少し冷静に判断出来るはずです。 少なくともこれを考えている瞬間は、自分だけが良かればとは思わないはずです。

マララさんの演説ではありませんが、歴史の授業で、新たな戦争を教えなくてすむ最後の世代に私達はなりたいものです

2014年12月10日 (水)

インフルエンザ予防ワクチン

今日のFMレキオはインフルエンザについて話をしました。インフルエンザはウイルスによる感染症で、普通の風邪とは感染力や症状に違いがあります。インフルエンザウイルスと細菌の違い、症状や感染力、予防法などについて話をしました。                Th_

ブログの方ではインフルエンザを含めたウイルスに対する免疫について書いてみます。

インフルエンザの予防にワクチンを打って、抗体を作りインフルエンザに罹るのを防ぐことについては知っていると思います。

エボラウイルス麻疹風疹天然痘もウイルスの仲間です。 ウイルスは目に見えない細菌と較べてもはるかに小さく、自分で分裂して数を増やすことはできません。 ウイルスはいわば核だけを持った生物ですので、生きた細胞の中に入り込んで、そこで自分をコピーして増殖をします。 生きている細胞に取り付かねばウイルスは死滅消失します。 ですのでインフルエンザウイルスが存在し続けるということは、 何処かで誰かが、人間以外にも鳥やブタなど・・・とにかく世界の何処かの生命体で感染し、そこからまた感染を繰り返しているのです。

かつて人類を苦しめた天然痘は致死率か高く、感染力も非常に強いものでした。人類の初めてのワクチンは天然痘に対してイギリス人医師のジェンナーが作った種痘でした。 ①天然痘は人間にしか罹らないことと ②症状が解り易い(症状が出ずに保菌者となる人はいない)、③一度罹ると終生免疫がつくことがありました。 

そのため、天然痘の生ワクチンによる治療が開始され、それが世界中隅々まで行われたため、1977年にソマリアで最後の感染者が出現以降、新たな感染者は出ず、1980年にWHOは天然痘根絶宣言を出しました。これは初めて人類への感染症を克服した事例となりました。(しかし世界の研究機関には天然痘ウイルスが保存されているためバイオテロなどの可能性もゼロではないのです・・・ちょっと怖いですね)

Photo_2 さてインフルエンザウイルスに話を戻します。インフルエンザは大きく分けてもA型、B型、C型に分かれ、また亜形も存在し、毎年の様に少しずつ形を変えるために、私達の免疫系も反撃出来ません。 

また天然痘のような免疫の作用時間も長くは続きません。 ですので、世界のワクチンメーカーは感染が広がりやすい冬場の前に、今年流行しそうなウイルスのタイプを予想して、ワクチン製造を行うのです。 

ワクチンが今年流行っているインフルエンザの型やタイプが合っていれば、感染は防御できますが、もし全く新しい型のウイルスに変異すると予防注射も効果がなく、世界的な大流行となる可能性が出てくるのです(これをパンデミックと呼んでいます)。

今年は現時点でA型のインフルエンザが流行していますので、現時点での予防注射の効果は期待できます。 ただし、注射を打って体内で免疫ができるまでには最低でも2週間を要しますので、早めの予防をお願いします。

(2014/12/10のFMレキオ「いきいきタイム」はこちらから視聴出来ますhttp://www.stickam.jp/video/182393444

2014年12月 3日 (水)

新しい糖尿病治療薬

今日のFMレキオは門外漢の糖尿病の話をしました。

私達は食べて栄養を取らないと生きてゆけません。その栄養源として重要なのが三大栄養素(脂肪、蛋白質、炭水化物(糖質))です。

Th_dsc00872_2 食事を取ると、消化吸収され血液中の糖分(血糖)が増えます。 私達の細胞は血液中を糖分が流れていても自分で栄養となる糖分を利用できません。 この糖分を細胞の中に取り込むのが、膵臓で作られるインシュリンと呼ばれる物質です。

先天的、後天的な原因でインシュリンの分泌が失われたのがⅠ(いち)型糖尿病と呼ばれるもので、生活習慣病とは関係がなく、インシュリンの注射が絶対的に必要となります。                     

糖尿病の殆どは、過食などが持続したためにインシュリンの出が悪くなったり、インシュリンに対する反応が鈍ったため高血糖になる場合で、Ⅱ(に)型糖尿病と呼ばれています。 

人間は生命維持のために食べて血糖を確保します。腎臓は老廃物をオシッコに流し、必要なものは再吸収して無駄にしないようにしています。 わざわざ取った栄養を逃がしたくはありませんが、血液の中の糖分が必要以上に高くなると、腎臓での再吸収の能力を超え、尿に糖分が溢れ出てしまいます。 

昔から糖尿の患者さんの尿が甘いことが解っており、江戸時代は蜜尿病などとも呼ばれていました。この甘いものの正体がブドウ糖と分かっため、「糖尿病」と命名されました。

これまでⅡ型糖尿病の内服薬は大きく分けると ①インシュリン分泌促進薬 ②インシュリン抵抗性改善薬 ③糖吸収阻害薬 が主でした。 最近これに新たに④番目として、本来腎臓が糖分を再吸収する作用があるのを抑えて、尿中に糖分の排泄を促進する薬が許可を受け使用されるようになりました。

①②はインシュリンの働きを助ける作用。 ③④は食べ過ぎをコントロールできないためのやむを得ない薬となっています。2_2

④番手の薬が開発されることで、安易に薬が使われる可能性が出て来るかも知れません(日本で現時点ではありません)。 模造品が「やせ薬」などとして出回る危険性や「食べ過ぎた後に一錠」となると、本来の食事療法の意味がなくなってしまうのかも知れません。

新しい系統の薬が加わることは治療の選択肢が増えます。糖尿病は非常に増加しています。急速にその薬のシェアも伸びると予想されます。

これまで血糖をコントロールすることで尿糖も減少することがパラレルで起こっていました。 しかし今回の④の治療薬の場合は、尿糖が増えることが血糖値を下げることにもつながるという、逆の現象が起きることになります。

過食の時代となり、必要以上に取ったエネルギー(糖分)を、薬を使ってわざわざオシッコに流してしまう時代になったのでしょうか。 決して治療薬を否定しているわけではありません、ただもう一度食について考える必要があるのかなと肥満気味となった私は思うのです

切るのは得意でも糖尿病に関しては素人ですのであまり真剣に考えないで下さいね 詳しいことは内科の先生方に聞いて下さい(私は聞かれても   ます

(今日の写真のコーヒーのサイフォン:糖尿病は英語でDiabetes Mellitus と言います。Diabetesはギリシャ語のサイフォン(通り過ぎる)を意味し、糖尿病患者さんの症状の1つの多飲多尿から、人間をサイフォンみたて水が通り過ぎることから、そしてMellitusは蜂蜜のことから由来しています)

2014/12/03のFMレキオ「いきいきタイム」はこちらから視聴出来ますhttp://www.stickam.jp/video/182390998

2014年12月 1日 (月)

好きになれない「美しすぎる・・」の表現

時々、マスコミで「美しすぎる○議」とか「美しすぎる○師」など 女性に関して使われることが多いようですが、「美しすぎる」の後に職業がつく造語が氾濫しているように感じます。 私はあまり好きになれないのです

Th__2もしもその職業を指すのであれば、その職種での評価をすべきであって、容姿なんてどうでもいいことです。 人の評価を外見などと結びつけて決めつける必要は全くないのです。

このような言葉を聞くと、どうも嫌な気分になってしまう自分がいます。 私自身が許容範囲が狭いからなのでしょうが・・・

「美し過ぎるモデル」なら、大賛成ですがね・・・

« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »