世界を夢見て 5:アンカレッジ経由
日本からヨーロッパへ向かう時にロシア上空を欧米各国の飛行機が飛べなくなる場合、昔のようにアンカレッジを経由する路線になってしまうのでしょうか?
私が始めてヨーロッパに旅行に行ったのは昭和60年頃で、当時はまだ冷戦時代で西側各国がロシアや東欧の領空を通過できない時代でした。
給油の目的が大きかったでしょうが、北回りで初めてヨーロッパに出かける時にはアラスカ経由となり、行きも帰りもテッド・スティーブン・アンカレッジ国際空港に降りることになりました。
その当時のアンカレッジ国際空港は日本人の観光客のため、大変賑やかでした。
日本人向けのうどん屋があり、日本食も食べることが出来ました。
特に日本への帰国の際には、この給油地での
買い物は凄まじいものでした。まるで正月のバーゲンセールの光景のようでした。 すでにヨーロッパを発つ時に大きなスーツケースにぎっしり詰めて、手荷物も土産で一杯でしたので、機内の手荷物入れはこれ以上もう入らない状態となっています。 その状況下で最後のアンカレッジでまた多量の買物をする方もいましたので、日本に到着までの数時間は座席周囲は物で溢れていました。
中国やアジアの国々がヨーロッパで根こそぎブランド品を買いあさる風景を見て、時々日本人は好ましくない様な印象を持つようですが、私としては昔の日本人を見ている気がします。
その後、無給油でヨーロッパや北米東海岸にも飛べるようになったり、1990年代の冷戦後、ソ連政府も外貨獲得のためシベリアルートを解放したため、アンカレッジは寂れてしまいました。最後にアンカレッジ経由をした時には本当に何もないような小さなターミナルになっていて寂しさを覚えました。いまでは貨物便のハブ空港として賑わっているようです。
ウクライナ情勢もこんな所にも影響があるのですね。上手く解決して欲しいものです。
(次回はモスクワ経由の話をしようかと思っています)








最近のコメント