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2013年12月

2013年12月31日 (火)

2014年1月1日雪の華

前回、今年最後のブログと思っていたのですが、残した年賀状を印刷している間、ギターを弾いて録音してみました。この詩は何となく年明ける前にアップした方がいいような気がして急遽作ってみました。

10年前に流行った中島美嘉さんの「雪の華」という曲です。おじさんの私でもこの歌詞が綺麗だと思って聞いていました。
沖縄は雪が降りませんので、雪に対しては2014 憧れやロマンがあります。豪雪地帯ではロマンではなくて日常的に大変だと思いますが・・・

子供の頃、実際の雪を見たことがありませんでしたが、教科書に雪の結晶が載っていたのを覚えています。 ひとつひとつが違うことが不思議でもあり、万華鏡の中を除いているような美しさにも驚きでした。 

沖縄を出て、初めて雪をみたのが12月25日クリスマスだったのもよく覚えています。窓を開け、夜中に雪だ!と叫びながら初めての雪を眺めていました。 短い睡眠をとり朝起きてカーテンを開けたら街が真っ白な雪景色となっていました。何となくどんよりとした東京の街が眩しく光り輝いていたのでした。その日、東京は白い雪で化粧されたように美しく変身していたのです。

残すこと3時間で2013年も終わります。改めて皆様よい年をお迎え下さい。
そして新年あけましておめでとうございます

自宅でデジタルレコーダーで「雪の華」を録音して見ました。よろしければお聞き下さい

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2013年12月29日 (日)

死をみつめること

私は職業上沢山の死を看てきました。 愛すべき人との死別はとても辛く自分の人生の全てを失ったように感じると思います。 

Th_12_2 死をみつめることで教えられることがあります。 人は人との繋がりの中で
生きているということ。家族だったり社会がなければ個は存在しないということ。
そして死という誰もが回避出来ない事実を知ることで、時間が永遠でないことを知り、時間の大切さを発見できること。 死や老いを知ることで、命の輝きや尊さ、自然の美しさを改めて感じることが出来ると思うのです。

私は漠然と若い時から「人は時間を生きる動物である」と考えていました。そして自分が年齢を重ねる毎にその思いは確かなものになりつつあります。

私達にとって永遠の命があるのであれば、時間は単なる単位でしかないはずです。しかし死をみつめることで生きている時間を大切にしたいと思えてくるのです。 そして限られた時間の中で少し他人に優しくなりたいと願うのです。

2013年も終わろうとしています。新しい年を迎え、新たな気持ちで、新しい年を歩んでいきたいです。 

この1年沢山の方の素晴らしいブログに出会え、学ばせて貰いました。本当に有難うございした。

皆様、良い年をお迎え下さいね

2013年12月25日 (水)

中性脂肪は私達の味方

今日のFMレキオは中性脂肪についてお話をしました。中性脂肪はお腹のたるみだけでなく生活習慣病とかメタボリックの関係で兎角嫌われがちですが、本当にそうでしょうか?

Th_ いつもは悪い側面だけを話すことが多いのですが、今日はクリスマスですので悪い話はなしで書いてみようかと思っています・・・

中性脂肪を蓄える組織が脂肪細胞でその細胞が集まった組織を、皮下脂肪や内臓脂肪などと呼んでいるわけです。脂肪細胞は成人で250〜300億個あります。その細胞の特徴は内部に中性脂肪を蓄えることで、大きさが3〜4倍まで増大できます。そのため私達は痩せたり太ったりする訳なのです。

中性脂肪の役割としてまず上げられるのが「効率のより備蓄用のエネルギー源」です。糖分や蛋白質と較べ同じ重さなら2倍以上のカロリーを有し、食事の間や長時間の運動などではエネルギー源として消費されます。山で遭難したり、地震災害で何日も水だけで生きていけるのはそのためです。脂肪には「断熱材」としての役割があります。寒い冬などでは外気より体を守り、体温を一定に保つ為に必要となります。衝撃を受けた時には「クッション材」として働き、スポーツなどのコンタクト競技でも骨や筋肉、内臓を守ってくれます。女性の場合は皮下脂肪の比重が多いお陰で柔らかく赤ちゃんを抱っこしても衝撃を吸収してくれます。

中性脂肪の不思議を解くために、少し掘り下げみます。中性脂肪の構造はグリセリン脂肪酸からなっています。ですので中性脂肪が分解するとまずグリセリンと遊離脂肪酸になります。グリセリンは肝臓で代謝されブドウ糖になります。糖分をとらなくても、脂肪が分解されブドウ糖が出来、直ぐにエネルギー源になれる訳です。

次いで脂肪酸はどうなるかと言いますと。主に筋肉(骨格筋や心筋)に運ばれて酸素と反応して私達の細胞のエネルギー源であるATP変換され消費されて最終的には炭素と水になります。このことよりウォーキングをはじめてとする有酸素運動が脂肪燃焼にはよいと言うことが分かるかも知れませんね。                        Th_

さっと通り過ぎましたが脂肪を含め栄養素を分解すると体の中で水(代謝水)が作られるのです。おおよそ人間は1日に300mlの水を体内で作っているのです。

脱線ついでにラクダのコブの中には多量の脂肪組織が含まれているため、ラクダは飲まず喰わずに歩いても、そのコブの脂肪を燃焼させることでカロリーを作り出し、更に代謝水を作り出すことで乾燥地帯でも生きて行く術を身につけた動物となっていったのです。

今日はクリスマス、いつもは付きまとうのは止めて、あっちへ行ってくれと言われる中性脂肪の味方をしました。私もこれからケーキを食べて、中性脂肪の仲間を増やそうかと思っています・・・やはりこれ以上はいらないかな・・

皆様、Merry Christmasです

今日のFMレキオ「いきいきタイム」はこちらから視聴出来ますhttp://www.stickam.jp/video/182204746

2013年12月23日 (月)

涙こらえて

もともと泣き虫だったのですが、年と共に涙もろくなってきています。

Th_ 人は苦しい時、悲しい時、悔しい時に涙を流します。幸福感、感動するという喜びの時にも涙を流します。私は前者では普通と思うのですが、後者では非常に閾値が低くて、直ぐに感動して涙ウルウルになってしまいます。

感動する映画は恥ずかしくて映画館ではみられません。 涙が出そうになるのを我慢して、一時的に上を向いて映像を見ないようにするのですが、そこは映画!、今度は音楽や効果音が耳に入ってきます。この効果音が悔しいぐらい実に旨くかけられているのです。耳を塞ぐ訳にもいかず、とうとう涙がぼたり・・・参ったということに相成るわけです。

感動しそうな映画の場合はDVDを借りてきて、ティッシュを準備し一人こっそりとみます(・・オレは根暗

特に、人が一生懸命やっていたり、頑張ったのを見るともう駄目です。悲しい場面では、特に小さな子供が親より先に亡くなったりする場面はもう駄目です。Th_468_2 外科医らしからぬことですが、これは慣れようもないのです。こんな時小児科の先生は偉いなと思います。

クリスマスを迎える時期、本やネットの中でも暖かい話や 感動する話が沢山載っています。皆さまも見つけて下さいね。

そろそろ本を読まない私も「賢者の贈り物」でも読み返しましょうか(賢者の贈り物に関しては1年前のブログに書きましたhttp://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-ae6b.html )。

またまた途中から涙がポタリとなりそうです。

皆さまも外の寒さにめげずに心温かくお過ごし下さい。お祈りしています

2013年12月19日 (木)

歩んだ道歩まんとする道

今年も親父の命日に実家にいけなかった。17年前に亡くなった時にも学会の発表で京都に出張中でした。 Th_589_2 親父が亡くなった時不思議と悲しくなかった。なかったと言うのは言い過ぎですが、沢山の知識や経験を持った人がいなくなる寂しさの方がずっと強かった。

私達は1人1人が違う道を歩んでいます。1人とも同じ道はなくかけがえのない道です。身近であるオヤジに対しても私はほんの一部しか判らず、その歩いた道の多くを知ることも出来なかったのです。

ただ、少なくとも自分の歩んだ道は辿ることが出来ます。振り返ったら自分の人生の全てが詰まった長い長い道があることが判ります。曲がりくねり山あり谷あり、道幅も広かったり消えそうな道もあったのかも知れません。それでも一本の道しかそこにはありません。

しかしながら、これから先の進む道は判りません。どこが平坦の道なのか、棘の道なのか知るよしもありません。自分が歩んだ道を振り返りながら、慎重に自分の道を探し歩き始めます。年と共に経験を踏まえた選択枝が増えます。その一方、今度は家族や会社などからの制約もかかってきます。 

Th_ これから先は数えることの出来ない無数の道があります。 穏やかで平坦そうな道もあれば、細く砂利が敷き詰められた道、高い山へと続きそうな曲がった道もみえてきます。平坦そうに見えても途中で絶壁で道が途絶えるかも知れません。砂利道でも慣れれば意外と快適に歩けるのかも知れません。あの険しい高い山を登れば視野が開け、花園が広がっているのかも知れません。色々なことを考えてしまいます。 一歩踏み出すのに迷いが生じ躊躇します。

これから先、立ち止まることは出来ない、引き返すことの出来ない道が待っています。自分のこれまでの経験に照らしながら、先を歩かねばなりません。自信を持って歩み出すことです。歩み出せば新しい道が拓けます。

自分にしか与えられていない道です。自分しか歩めない道です。自信を持って歩むことです。それが親父に対してのせめての供養と思いたいのです。

2013年12月16日 (月)

「1つのパン」がつなぐ社会

テレビの公共広告でアフリカでの学校給食の配給のことがあり、自分のことのように気になっていました。

今年の12月13日に那覇市出身でモデルの知花くららさんが国連世界食糧計画(WFP)の日本大使に任命されとの報道がありました。 知花さんは2007年からWFP「オフィシャル・サポーター」として約7年間、途上国での就学支援と組み合わせた「学校給食プログラム」の広報活動を行っています。

WFPは飢餓のない世界を目指して活躍する国連機関で、緊急食糧援助を始めインフラの整備にも積極的に取り組んでいます。今回知花さんが日本人初のWFP日本大使に任命され、彼女の今後に期待したいと共に同じ沖縄生まれでも知花さんと私の年代で日本(沖縄)はこうも変わったんだという隔絶の感があります。

Th_img_0484 若い世代は日本が貧しい国を援助する時代しか知らないはずです。私は世界の人々から施しを受けた世代でもあるのです。

実は小さい頃、私の地元では学校給食はなかったのです。 昼の給食時間にユニセフ(米軍?)から 配給された脱脂粉乳(余り美味しいものではありませんが・・)と小さな硬いパンが提供されていました。 日本の戦後直ぐはララ物資(LARA ; Licensed Agencies for Relief in Asia:アジア救援公認団体)が提供していた日本向けの脱脂粉乳が学校で配給され、そのあとユニセフが引き継いだようです(このあたりは同じ国際機関でも色々入り組んでいます)。

今思えば、笑えるような出来事かも知れませんが、皆が貧しかったのでしょう。 病気などで学校を休んだクラスメイトがいると、その近くに住んでいる同級生がこの小さなパンを帰りに届けるのです。 

皆が当たり前の様に、たった1つの小さなパンを休んだ 子供の家までわざわざ届けるのです。 休んでいる方も学校が終わる時間になれば同級生がドアを叩くのを待っていて、その時に学校からの連絡事項も聞いたりすることも出来たのでした。今のように一般家庭には電話もありませんし、情報は会わないと手に入らないのです。

この小さなバンは私達の命や地域を繋いでいたのかも知れません。あの頃はこの公共放送と同じような状況だったのかも知れません。僅かな時期で日本は高度経済成長を成し遂げました。でも少し前までは世界から援助を受けていたのです。

1人前になった今、体だけでなく心も大人として世界で振る舞える人間になりたいなと思うのです

2013年12月11日 (水)

貴方はお酒が強いですか?

今日のFMレキオは12月に入ると、忘年会などでお酒を召し上がる機会が増えると思いますのでアルコールと肝障害について話をしました。

アルコール性肝機能障害に関してはラジオでは話しましたが、ブログでは何故お酒に強い人と弱い人がいるのかどうかについて書いてみます。

アルコールの弱い強いは遺伝で決まっている」と書くとこんなこと分かっているよと思われるのでしょうか。 では白人でも弱い人もいるの?となると答え難いと思います。 外国の映画シーンを見ていると、色々とお酒を飲む場面があり、パーティーなどでも皆が飲んだり踊ったりしています。あまりドレスを着飾っているのにお茶やオレンジジュースを飲んでいるシーンは見かけません。

Th_007_2 ジェームス・ボンドもアルコールをストレートで飲んでいるのにクールで顔色ひとつ変えません。 私でしたら直ぐに顔が赤くなって、この状態で犯人を追いかけたりしたら、心臓が破裂しそうになるはずです。私のアルコール分解酵素が最強だったら人生変わっていたかもです

アルコールの強さはアルコールを無毒化する分解酵素(アセトアルデヒド脱水化酵素ALDH)を持っているかどうかで一番決まります。
人類はアフリカが起源でヨーロッパやアジア、南北アメリカに広がって行ったと言われています。元々人間は黒人や白人のようにアルコール分解酵素を持っていたのですが、東アジアに到達した時、環境因子によって黄色人種となり、その一部にアルコールを分解出来ず、飲めない方も出て来て、更にこの方々も日本へ移動、定住します。

アジアで人類が広がって行く途中で、黄色人種の1人が突然変異でアルコール分解酵素を失ってしまったのです。アルコールを飲まないと生きてゆけないのであればその1人で消滅したのかも知れません。

お酒を飲む勝負で生存が決まらなかったせいでこの遺伝子を持った子孫が中国、韓国、日本に移り住みました。 そのお陰で日本人の5〜6割は白人や黒人と同じようにお酒が強い方となり、少しは飲める方が3〜4割、1割近くは全く飲めない人に分かれてしまったのです。

アルコールを分解する能力で考えると、Akino_ann 同じ量のお酒を飲んだ時、お酒が強い方の1杯の量は、弱い方では4〜5杯分と同じで、飲めない人では20〜30杯に相当するそうです。 全く飲めない方(下戸)がお酒に漬けた漬け物やアルコールの入ったチョコレートでも顔が赤くなったり、酔うのも頷けます。

宴会などで、飲める方は飲めない方の量をご理解下さい。 酔っぱらって「俺の酒が飲めないのか」と言われても飲みたくても飲めない方もいるのです。 貴方にとっての一杯は相手にとっての5〜6杯、あるいは20〜30杯になるのです。無理に勧めるより「安上がりでよかった、また一緒に飲みに行こう」と思った方がよいでしょう

この様にお酒が飲めるか飲めないかは基本的に遺伝で決まります。余り強くない方が無理に飲むと他の分解酵素が誘導され肝機能がはやく悪くなります。忘年会シーズン、肝臓をいたわって下さいね

2013/12/11のFMレキオ「いきいきタイム」はこちらから視聴出来ますhttp://www.stickam.jp/video/182194272

2013年12月 9日 (月)

秘密保護法と信念

今回日本の政治は歴史的な汚点を残しました。今後もこの先例に倣って色々なことをやるようになれば戦後民主主義は終焉を迎えるはずです。

秘密保護法案が十分な審議もされず、形だけの第三者機関の設置で知る権利を担保したと可決されました。「機密保護」とその対極にある「知る権利・言論の自由」は同じ重さの位置関係にあり、その均衡を監視するためには時の権力者から完全に独立し、どの官庁の監視も出来る第三者機関が必要だと思うのです。

そもそも国民をなめています。 この程度の審議で十分だと、この法案に賛成した人が、もし選挙前だったら本当にこの法案に賛成したでしょうか・・答えはNoです だから嫌いなのです。 「選挙に通るまではペコペコ、通ったら威張る」。君主はどの状況でも誰に対しても同じ態度で臨むものです。 これはどの政党とか、右翼とか左翼とかの問題を言っているのではないのです。信念を通しているかを問いたいのです。

国民の多くはまだまだ議論が必要で、Th_photo2_78 実際にどのような法律なのかを知りたいだけです。 知ることも出来ないことへの漠然とした恐怖を抱いていると思うのです。 

それをあえて強行採決した裏には、国民は一時的には不満を訴えるが、次の選挙までには忘れるはずと高をくくっています。

本来、力のある人は、自分の強さを知っているだけに自制するものです。マジョリティーであるが為にマイノリティーの意見もくみ上げる必要性を感じているはずです。一昨日南アフリカのマンデラ元大統領が亡くなりました。最高権力者となった時に、投獄された記憶を乗り越えて、信念を貫きとおして、自分を投獄した白人社会に対しても平等に扱いました。今の政界はこの様な配慮にかけるのだと思うのです。

自分たちの行っていることが間違っていないと思うのであれば、国会の密室を出て国民に説明をすればいいのです。この法律が正しく、心配する必要がないことを多くの国民が納得出来るように説明をすればいいだけなのです。 

この様なことを書けば私も監視対象になるのでしょうか。 ものが言えない萎縮した社会、監視された社会になって欲しくないのです。この法案の最も怖いところは徐々に私達の中で無意識に自主規制がかかることです。

何かを言ったり、調べたり、たまたま写真を撮った所に基地や原発があったり・・・どれが機密に相当するかもわからない恐怖心、猜疑心に包まれる社会が健全だとは私には思えないのです。 これから施行までの間に丁重な審議を行って欲しいものです。

2013年12月 2日 (月)

シルクロードの終着点:沖縄

「シルクロードの終着点:沖縄」って書くと皆様は何のことだと思われるでしょう。 

沖縄に住んでいる皆様は当然として、Photo_2 沖縄に来県された方は、那覇空港でも国際通りでもあるいは小さな集落でも「シーサー」をご覧になったことがあると思います。

シーサーは魔除けの獅子のことで、首里城をはじめ建物の門や屋根、村落の高台などに、家や人、村、国家に災いをもたらす悪霊を追い払う魔除けとして設置されています。

民家の屋根などは一匹(?)だけですが、多くは一対あり、口の開いたシーサーが雄で、右側に置き、福を招き入れ、災いに対しては吠えて中に入れない役目があり、口を閉じたシーサーが雌で、左側に置き、幸福を逃がさない災難を家に入れないとされています。(どちらも同じ大きさで男女で役割分担をしているなんて男女均等法なども必要のないほどです・・

獅子を沖縄の方言で「シーサー」と呼ぶのですが、中国から伝来したといわれます。沖縄はもちろん日本、中国には元々ライオンはいませんので、そのルーツはシルクロードを遡って古代オリエント文明にあり、その行き着く先はなんとエジプトのスフィンクスではないかと言われています。(本土の神社で飾られている狛犬も同じルーツと言われています)

Th_mennfisu 1990年頃エジプトに旅行に行った時に見た、4000年前のスフィンクスが次第に東へ伝わり、とうとう私の実家の屋根にもあったシーサーになったと考えると感慨深いものがあります。

小さなシーサーがこの様な長く壮大な旅をして、気候も文化も全く違う沖縄に辿り着いたのです。寒くなると布団に入って動きたくなくなりますが頭の中ではシーサーが辿ったように海を渡り、中国、シルクロード、中東、そしてエジプトへと夢を馳せて、まだ見たことのない世界を想像してみたいものです

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