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2013年12月16日 (月)

「1つのパン」がつなぐ社会

テレビの公共広告でアフリカでの学校給食の配給のことがあり、自分のことのように気になっていました。

今年の12月13日に那覇市出身でモデルの知花くららさんが国連世界食糧計画(WFP)の日本大使に任命されとの報道がありました。 知花さんは2007年からWFP「オフィシャル・サポーター」として約7年間、途上国での就学支援と組み合わせた「学校給食プログラム」の広報活動を行っています。

WFPは飢餓のない世界を目指して活躍する国連機関で、緊急食糧援助を始めインフラの整備にも積極的に取り組んでいます。今回知花さんが日本人初のWFP日本大使に任命され、彼女の今後に期待したいと共に同じ沖縄生まれでも知花さんと私の年代で日本(沖縄)はこうも変わったんだという隔絶の感があります。

Th_img_0484 若い世代は日本が貧しい国を援助する時代しか知らないはずです。私は世界の人々から施しを受けた世代でもあるのです。

実は小さい頃、私の地元では学校給食はなかったのです。 昼の給食時間にユニセフ(米軍?)から 配給された脱脂粉乳(余り美味しいものではありませんが・・)と小さな硬いパンが提供されていました。 日本の戦後直ぐはララ物資(LARA ; Licensed Agencies for Relief in Asia:アジア救援公認団体)が提供していた日本向けの脱脂粉乳が学校で配給され、そのあとユニセフが引き継いだようです(このあたりは同じ国際機関でも色々入り組んでいます)。

今思えば、笑えるような出来事かも知れませんが、皆が貧しかったのでしょう。 病気などで学校を休んだクラスメイトがいると、その近くに住んでいる同級生がこの小さなパンを帰りに届けるのです。 

皆が当たり前の様に、たった1つの小さなパンを休んだ 子供の家までわざわざ届けるのです。 休んでいる方も学校が終わる時間になれば同級生がドアを叩くのを待っていて、その時に学校からの連絡事項も聞いたりすることも出来たのでした。今のように一般家庭には電話もありませんし、情報は会わないと手に入らないのです。

この小さなバンは私達の命や地域を繋いでいたのかも知れません。あの頃はこの公共放送と同じような状況だったのかも知れません。僅かな時期で日本は高度経済成長を成し遂げました。でも少し前までは世界から援助を受けていたのです。

1人前になった今、体だけでなく心も大人として世界で振る舞える人間になりたいなと思うのですheart01

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コメント

omoromachi様、おはようございます。

ブログの紹介のCMは「アフリカでの学校給食のため学校に行ける」ような番組のことでしょうか?

以前omoromachi様のブログ(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-a037.html)で書いてあった「最悪なことは人材育成のない資金援助は、やがてその地域の人々を援助漬けにし、更に自立できなくなることだ」と書かれていたことを思い出しました。

改めてomoromachi様の体験がこの様な発想に繋がっているのだろうと感服しました。

これからも色々と教えて下さい。私も体重は増加の一途ですが心も豊かになりたいと思っています。

ツクシンボ様、おはようございます。
おそらく私がみたCMと同じものだと思います。
あの番組を見ながら食事があるために学校へ行き、少なくとも勉強が出来るというのは素晴らしいことだと考えています。 
もの凄い才能がない限り、学校教育がなければ人材は育たないと思うのです。貧困や戦争は負の連鎖でこれを止めることは非常に困難ですね。 
アフリカなどで食を確保しながら自立出来る人材が育って行くことを期待したいと思っています。

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