フォト

2022年10月 5日 (水)

心房細動に対するカテーテルアブレーション

今日10月5日のFM放送「いきいきタイム」は心臓病、特に不整脈について話をしました。これまでに何度か書いています(→特に危険な不整脈心臓の刺激伝導路とペースメーカー植込み、など)

ブログでは心房細動に対するカテーテルアブレーションについて記載したいと思います。私の方はもう循環器外科はしておりませんので、昔を振り返りながら最近のカターテル治療の進歩に驚きもしています。

私は難しいことは解りませんので、簡単に下記の図を見ながら説明します😅

Th__20221003165301

心臓の1番大切なものは血液を全身に運ぶポンプの役割です。そのためには全身の血液の流れと酸素と二酸化炭素の受け渡しのための肺への流れがあります。全身から戻る血液は右心房へ入り、そこから右心室に流れて、そこから肺へ血液を送り出します。今度は肺で二酸化炭素を放出して、酸素をもらい受けた酸素濃度の高い血液が左心房に入り、それから1番筋肉が発達した左心室から全身へと血液が送り出されます。
このポンプの動きを調整するのが心臓の神経伝達路となります。これが上手く機能してスムーズに全身に過不足なく血液を送り出すことが可能です。このリズミカルな脈が出来なくなるのが不整脈となります。
大雑把に不整脈を分けると①期外収縮(脈が飛ぶなどで、1部アブレーションの適応ともなります)②徐脈性不整脈(脈が極端に遅くなる、ペースメーカー植込みの適応になることも)③頻脈性不整脈(脈が100回/分以上、この中に心房細動も含まれます)
最近の研究により心房細動の原因となる場所も分かるようになり、その90%が肺静脈から心臓(左心房)に入る部分で起こることが分かって来ています。その部分に何らかの原因で心臓の心筋細胞が入り込んだために、異常な電気信号が出現することも分かる様になりました。 
そこの部分を電気的に通電(焼灼)すれば、この部分から伝わる異常な電気信号も遮断されることが出来ます。専門家には怒られそうですが、簡単に図にしました。
Th__20221004170801
私が初めて不整脈の外科的治療を見たのは昭和60年頃でした。その時は開胸して、心膜を開いて、直接心臓に沢山の電極をマッピングして不整脈の電気伝導路を突き止めて電気メスで焼灼する方法でした(もう記憶の彼方でうろ覚えとなりますが・・😅)。このような治療法をみると40年間でも随分と治療は進歩したものだと考えてしまいます。
これからもきっと身体に負担が少ない治療が出てくると思います。期待しましょう😸

2022年10月 2日 (日)

3年ぶりの休みを取って海外旅行へ

20代後半から30代は1年に1回7〜10日休みを取って海外旅行(主にヨーロッパ)に出かけました。しかしながら40代から50代後半は忙しくなり海外旅行も夢となってしまいました。人生の後半がみえていた50代後半から年に1回の海外旅行を再開。年中無休で頑張った自分へのご褒美だと思って再開した矢先にCOVID-19感染症のパンデミック。

駄目だとは思っていても2020年も2021年も私なりに1年かけて旅行の計画を立てていましたが、叶わぬ願いになってしまいました😂😂😂・・・老年期に入ろうとしている自分に取ってはあと何年ぐらい旅行が出来るか分からない状況のなかでのパンデミックは実に痛いところです。

2020年、2021年ともに北イタリアを中心に計画を立てていましたが、流石に3年間同じところを検索するのにも疲れたためと、なるべく人と接する機会が少ない旅行先を選ぶことにしました。

2021年9月の旅行が叶わなかった時点で、2022年9月の旅行に頭を切り替えます。ANAとJALのマイルの期限が迫っていたため、取りあえずは羽田ーロンドン間をマイルを使った特典航空券に挑戦・・・・なんとなんと!初のANAファーストクラスをゲットすることが出来ました。

2022年の9月に行けなくても「ANAファーストクラス航空券」があるだけで夢を持ち続けることが出来ました(旅行好きでない方には意味が分からないかも知れませんが・・・😅)

その後は旅行先の選定となります。ヨーロッパは2021年の時点でほぼ移動制限や旅行の制限はなくなりました。医療者として日本の事情を考えると「人混みが少ない所、屋内よりも屋外がメインで楽しめる場所」を考え「スイス」を旅行先に選びました。すでにスイスではマスクなしの生活が殆どで会食もマスクなしで行っています。少しでも感染リスクを下げるために「夕食はスーパーなどで調達して宿泊ホテルの部屋で食べる」ことを条件にしました・・・海外旅行に出かけて地元の人気のあるレストランなどで食事が出来ないのは辛いですが、仕方ないことです😂

今年の初めには旅行ルートや宿泊ホテルも選定して予約を入れ終わりました(中には1年前から予約が取れないホテルの部屋もありますがゲット出来ました👌 ホテルのキャンセルは1ヶ月前まで無料)。

中々日本の状況が改善しない中で6月には細かな旅程を組み終えました。もしも行けない場合のキャンセル料は覚悟してロンドンとスイス間は通常の値段でスイス航空の往復券を予約しました。あとは日本や世界の感染状況を祈るだけです。

・・・そう思っている矢先の6月にANAから不吉な連絡が・・・

羽田ーロンドン間が機種変更のためファーストクラスがない機材となったとの連絡。かなりショック😂・・・往路の機材は変更ないのでファーストクラスは乗れると考えたていました。 

ANAからは直接電話をくれるようなメールでしたので、連絡を取ることに。 機材変更のため往路はファーストクラスがない機種となりましたとのこと・・・「まあ仕方ないです」と私。 ではビジネスやプレエコでも構いませんと話をしたら、これも満席ですと・・・しかたないエコノミーでもいいですと話をしたら、これも無理ですと・・・ガ〜ン💔

中々頭の整理がつかない状況となり、昨年から特典航空券で予約を入れて了解が貰えたのに「ANAが勝手に機材変更をしたのですから、代案を出すべきではないのですか」と説明を求めたのですが、私の日程の前後で特典航空券の空きがなく無理ですとのこと・・・余りにもひどい対応に怒りが込み上げて来ました😡

・・・しかし電話の対応の若いお嬢さんが悪い訳ではありませんので、この方を怒ってもいじめにしかなりません。冷静に怒らずに話を切り上げ全席キャンセルすることに。実に悔しくて怒りの矛先を何処に向ければよいのか分からない状態でした(しばらく放心状態😢)。

Th__20220924093501
・・・と言う訳で私の人生初めての「ファーストクラス」はあえなく露と消えてしまいました💢😂💢😂 いくらマイルをを使った特典航空券でもANAは責任を持つべきではないかと同じ日本人として対応の悪さを考えてしまった一件でした。

行ける行けないは別として、外来や手術の予定を考えると旅行の日程の変更は難しので他の交通手段を考えることに。時間はかかるのですが以前利用したことのあるカタール航空でスイスに向かうことにしました(もちろんマイルではありません)。

私は4回目のワクチンも7月に済ませ、最後の問題となるのが「帰国前72時間以内のPCR検査」という日本独自の水際対策をクリアしなければなりません。最悪の場合は10日旅行に行っても帰国前にPCR検査で陽性(無症状でも)になったら、しばらく帰国出来なくなります。実はこれが1番恐れていることでした。

世界のコロナ対策と溝が大きい日本ですが、安倍元総理の国葬が決まった時点でPCR検査は解除になると確信しました。なぜなら国葬のために海外から要人を招きながらPCR検査を必須の条件にする訳にはいかないからです。 外務省や厚生労働省の対応はこのようなことがあれば素早いです。 案の上9月7日からは日本帰国(入国)時のPCR検査は不要となりました。

私の住む沖縄県では7月・8月に新型コロナウイルス感染症の第7波が来ましたので、9月は落ち着くことも予想範囲内でしたので、私にとっての全ての条件が整ったために3年ぶりに休みを取って海外旅行となりました。

Th_20229

さあ、次回からはスイスの旅行記を書いてゆきたいと思います。宜しくお願いします。

2022年9月30日 (金)

今週の生け花(令和4年9月第5週)

今日で9月も最後となりました。恐らく10月11月12月は毎年の様にあっという間に過ぎて年末・年始を迎えるのだろうかと想像しています。 9月は台風の発生が多く、昔と違うルートを辿ったり、突然沖縄近海で台風が発生したりと地球環境の変化に戸惑う事態となっています。気象だけでなく世界の政治や経済も流動的で先が読めない状況となっています。 生け花達のように違いを認めつつも協調してゆければ穏やかで安定した世界になるのにと期待もしています。
Th_img_7183

今週の生け花は白い花器の上にそれぞれの花をまとめ上げれいます。全体としてブレを感じさせない安定感があるように思えました。
Th_495

Th_495_20220930075401

1つ1つは色も形も違うのですが、バランス良く配置されていると感心してしまいます。この花達のように心穏やかに10月を迎えたいですね💖
Th_495_20220930075402
<花材:サンゴ水木、向日葵、リンドウ、カーネーション>

2022年9月28日 (水)

私達の選択(考えることの大切さ)

今日のFM放送は国民の1番多く訴える症状の「腰痛症」について話をしました。専門外の腰痛ですが、国民に感心も高いと考えて、放送のテーマとしてもこれまで何度か喋ってきました。このブログにも腰痛症に関して10編ほど書いたと思います。今回新たなネタはありませんので、以前のブログの中から一部をリンクしたいと思います(今回は色々なことがあり書く時間が取れませんでしたので、ご容赦下さい)。

①→慢性腰痛症の85%は原因がつかめず     ②→腰痛症と神経ブロック   ③→魔女の一撃(ギックリ腰)

 

*〜*〜*〜*〜 *〜*〜 *〜*〜 *〜*〜 *〜*

今回3年ぶりに海外に出かけて来ました。第2次世界大戦という悲劇の中から、人類は少しでも愚かな争いを防ぐために、多様性や様々な違いをお互いに認め合って安定した社会を築こうとして努力してきたと思います。私が海外旅行に初めて出かけたのは20代の頃でかれこれ40年近く前になります。当時は日本も世界も次第に活気に溢れ、希望に満ちた世界だった気がしました。そして世界は今よりよりよくなると確信していた時代でもありました。 しかし世界は協調よりも分断の時代に進もうとしています。

政治が混迷して、何が焦点で何を優先的に行なおうとしているのかPhotoまったく先が読めない状況となっています。 

先日までは違うことを言っていたのに、今日はあたかもそれが正論だったように話を上手くごまかしているように見えてしまう(反省も自己矛盾も語らないまま・・)。 勇ましい言葉を並べると、いかにも力強いリーダーなのだと思わせる。

どんなにカッコ良いことを言っていても、行動が伴っていなければ、その人の中身・品位はいずれ見抜かれてしまいます。 

人間の感性は本質を見極めようとするのです。 

ただ、その感性が一時的に麻痺し、短絡的な言葉に熱狂してしまうと残るのは対決しかなくなり、人間の残忍さだけが前面に表れて人々や社会を追い詰めてしまうかも知れません。

ロダンの「考える人」を見る時、筋骨隆々とした若者が棍棒を持つのではなく、体を捻って、悩み・考え抜いて、もがいているように感じてしまいます。

30歳の頃にパリのロダン美術館でこの像を見た時は、脚の先まで緊張してこわばった姿勢、どの視点からも、一点の気のゆるみもない姿だったことが印象に残っています。体を捻り、右の肘をあえて左の大腿部の置く、この窮屈な姿が悩みを語っているのかも知れません。

Th__20220928154301

考えるって大変な作業だなと・・・(なんと単純な私の考え😅)。 嫌なことがあったとしても、そこから(歴史から)学ばなければまた同じ過ちを犯してしまうのだろうかと考えた9月でした。

まあこの姿勢(ロダンの考える人)で考えると腰痛になりそうで、皆様方は楽な姿勢で考えて下さいね。

2022年9月25日 (日)

世界を夢みて(312):マテラ観光No2

前回のマテーラ観光No1の続きです(→世界を夢みて(311)マテーラ観光

Th__20220724132201
Th__20220724132701

1996年と2014年のマテーラの旧市街地ですが、殆ど変わったようには見えませんが、通り道などはとても整理されていました。1996年にはぬかるんで舗装されていない道が多くありましたが、2014年に出かけた時には何処もこ綺麗になっていました。
Th_matera_20220724132101
Th_church-of-saint-roch
Th__20220724132203

丁度お昼頃に結婚式が行われていた教会の広場の前には 飾りつけられた車が止まっていました。マテーラの住民なのでしょうか?それとも結婚式だけをこの場所で行っていたのでしょうか? いずれにせよ思いで深い場所での結婚式だったのでしょう。末永くお幸せに💖
Th__20220724132202

街並みの外観もいいのですが、18世紀の洞窟住居や教会内部も公開されていますので見学出来ます。時間があれば見学した方がいいと思います。
Th__20220724132401
サッシ地区の南部にある「グロッタの家」です。18世紀初頭に建てられた住居の内部は整理されて当時の家具が納められています。いくつかの部屋があり、その中には家畜も一緒に暮らせるようになっていたそうです。まるで日本の物語にでる遠野と似ています。 当時の洞窟の生活を知ることが出来ます。

Th__20220724151101
もう1つは昔の岩窟内の教会を見学していますが、その教会の名前がはっきりしません。ネットで調べたらサンタ・ルチア・アッレ・マルヴェ教会(Chiesa di Santa Maria di Idris) かも知れません。とても貴重なフレスコ画です。当時はこのように内部の写真を撮ることが出来たのですが今は撮影禁止となっているようですので貴重な写真かも知れません。(ユネスコのページを調べたらこれと同じ写真を見つけました→The Sassi and the Park of the Rupestrian Churches of Matera )

Th__20220724135001
少し遅い昼食をとってローマへと向かいました。ローマ以北のフィレンツェやミラノはこれまで3回旅行で訪ねたのですが、何時もほんの少しだけですので4回目に行く機会があれば詳しく書いてゆきたいと思います。また何年かしたらイタリア旅行の続きを書きたいと思います。
**次回から2022年9月の旅行について記載する予定です。1年ほど書いていきたいと思いますのでこれからもよろしくお願い致します**

2022年9月23日 (金)

今週の生け花(令和4年9月第4週)

台風の影響も気になりますが、シルバーウィークの終盤でお休みの方も多かったのかも知れません。沖縄県では長く続いた第7波も少し下がりだしています。オミクロン株にも対応する2価ワクチンの接種も開始となるようです。何度も書いているようにウイルスは自分では移動しません。人の移動とともに感染を広げてしまいます。 重症者が少ないからといってもやはり通常のインフルエンザの2〜3倍死亡率が高いですし、予防薬や治療薬も簡単には手に入りません。 ですから社会経済を再開する中でも気をつけながら感染の予防に努めて欲しいと願っています。

今週は生け花クラブの活動があったようで、いつもの2階の場所にも生け花が飾られていました。

Th_img_7161
今週の生け花は全体として横に長い構図となっています。横長がいいのか縦長がいいのかは判断出来ませんが、横長の構図はどっしりとしています。

Th_494

庭木にも利用される錦(ニシキ)木の枝を横に伸ばすことで左側にも目線が伸びていきます。 恐らく錦木がなければ単調な構図になったのかもしれません。花器の上にはケイトウ、カーネーション、ストレリチアが共演して華を争っています。
Th_494_20220922184001
いつもながら個々の花材を眺めると、皆それぞれが特色があります。

Th_494_20220922184002
9月は台風シーズンで14号では各地で被害がでました。皆様方の地域は大丈夫でしたでしょうか? 15号も関東に近づいていますので心配になります。秋の収穫時期に台風は来て欲しくないですね。 
<花材:ニシキ木、ケイトウ、カーネーション、ストレリチア>

2022年9月14日 (水)

胃癌の原因について

2022年9月14日のFM「いきいきタイム(FMレキオ、FM21同時生放送)」は「胃癌について」の説明をしました。

日本は世界的にみても胃癌の発生が多い国の1つです。

胃癌の診断や手術をする際に「どうして胃癌になったのでしょう」と質問を受けることがあります。今現在でも答えは簡単ではありません。


Th__20220825161201

癌の一番の原因は・・・・「年齢です」・・・と答えるとある意味正しいのですが元も子もありません。 寅さん風に言うと「それを言っちゃあ、おしめいよ〜」となるわけですので、まじめに話をすすめます。

少し歴史を遡りますが、発がんのメカニズムについて、19世紀にはデンマークのフィビガー先生の提唱した寄生虫発癌説とドイツのウィルヒョウ先生が唱えた癌刺激説の二大論争が起こりました。


当時ヨーロッパで煙突掃除夫の間で陰嚢癌が多発しました。ススがズボンの中に入り、陰嚢の部分に貯まることが原因ではないかと考えられました。

それを実験で証明したのは、実は日本の病理学者の山極勝三郎先生と市川厚一先生でした。今のように日本人の科学者が正しく評価されていたら恐らく日本にノーベル医学賞があとひとつ生まれたのは確かです

この2人は来る日も来る日もウサギの耳にコールタールを塗ることを繰り返すことで、塗った部分から癌が発生したのです世界で初めて実験で(人工的に)癌を作り出すことに成功し「癌刺激説」が優位となりました。 持続する刺激や炎症が発癌と関与すること示唆する重要な実験でありました。国内でそれが評価され1919年(大正8年)に恩師・山極勝三郎東京帝国大学教授とともに学士院賞を受けることになりますが、ノーベル賞は与えられませんでした。

現在ではB型やC型肝炎ウイルスの持続感染により慢性肝炎、肝硬変となり肝癌が発生することやパピローマウイルスの感染により子宮頸がんが発生することは皆様もマスコミ等でご存じと思います。これも「持続する刺激や炎症が発癌に関与」する結果なのです。改めて先駆者の山極先生と市川先生の功績は大きいと考えます。

ここでやっと胃癌の話しに戻すことが出来ます。現在胃癌の発症のトピックはヘリコバクタ・ビロリ菌の感染との関わりです。胃の中には胃酸という強力な酸があり、胃の壁を住み家とするような菌はいないと誰でもが考えていました。

Th__20220825161701

実際はピロリ菌はこの強力な胃酸から身を守りながら胃の壁に食い込むように生きていて、胃に慢性の炎症を引き起こします。慢性萎縮性胃炎とよばれ、胃癌の発生母地と考えられています。 胃に慢性の炎症を引き起こすことで胃癌になりやすい状態を作っていたのです。肝炎ウイルスの持続感染と似たメカニズムです。

 

日本人の50代以上の年齢ではピロリ菌をかっているのが70%を越えます。しかし皆が胃癌になるかというとそうでもありません。ただピロリ菌のいない人で胃癌になるのは稀でもあります。

 

ではピロリ菌だけが胃癌の発生と関与するのか? つい10〜20年前まで塩辛い食べ物を食べる地方で胃癌が多いため、塩分過剰摂取が胃癌発生に関与する最大の原因と言われていました。 今でも食塩濃度の高い食事の関与は明らかです。 その他に喫煙多量のアルコール緑黄色野菜不足食品添加物生活習慣病、加齢などなど・・・発癌と関与することが疫学的に分かっています。 さらに遺伝子の異常による関与も解明されつつあります。1つの因子だけでなく色々な原因が絡み合って癌が発症します。

 

この様に「なぜ癌になったのですか」の質問に一言で答えることは出来ないのです・・・・ここまで読ませておいて何も無しかよとお叱りを受けそうです。お許しを

(私のiMacが壊れたため買い換え中のため、コメントの返事が難しいためコメントを閉じております。済みません😅)

2022年9月11日 (日)

世界を夢みて(311):イタリア・マテーラ観光No1

南イタリアの旅行では恐らくローマから南下してナポリからシチリアへ渡ったり、カプリ島で青の洞窟出かけることも多いと考えます。島に渡らなくてもポンペイからアマルフィ海岸それからイタリアのブーツの近いのかかと側にあるアルベルベッロとマテラの観光にでるパターンが多いと考えています。1989年の初めてのイタリアはローマから北イタリアでしたが、1996年と2014年の旅行ではこの場所を訪ねました。
Th__20220724121401


アルベルベッロの可愛らしい街並みと違い、マテーラは、廃墟のような佇まいの一風変わった観光地があります。旧市街地に広がる「サッシ」と呼ばれる住居群がそれで、石灰岩をくり抜いて形成されたことから洞窟住居という別名も。その名前の通り、少し奇妙な雰囲気を感じる街です。

マテーラは1993年に世界遺産に登録されましたが、それまではかなり放置された廃墟の街並みだったようです。初めて出かけた1996年の頃はあまり整地がされてない箇所も多かったのですが、2014年の時にはだいぶこぎれいな街に変貌していました。旧市街地区は、石灰質の岩肌に作られた「サッシ」と呼ばれる洞窟住居があることで有名となっていて「マテーラの洞窟住居」は1993年にユネスコの世界遺産に登録されていますし、2019年の欧州文化首都に選ばれたとのことですので、ここ何年かで街も整理され住みやすい環境に変わったのかも知れません。

Th_matera

マテーラに来るとまず全体が見回せる展望台に上ることをおすすめします。正面には深いグラヴィーナ渓谷がありその山側に大小様々な凹みがあります。これが古代の居住跡のようです。マテーラの歴史は先史時代にまでさかのぼるそうです。グラヴィーナ渓谷の石灰岩の崖を削り取って洞窟住居が形成されて人々が住み着いたのが街の始まりと言われています。
Th_matera_20220724121501
その後、街は少しずつ拡大してゆきます。当初は自然に作られた洞窟を利用していた住居のまわりにも、石灰岩を掘って道や階段が作られ、街らしい姿に整えられていきました。最盛期の17世紀頃には、マテーラはバジリカータ州の州都に選ばれるなど繁栄期を迎えたそうです。洞窟住居の多さからするとかなりの人口に達したのではないでしょうか。

Th_matera_20220724121601
Th_matera_20220724121602

その後次第に谷に向かって左手に大々的に街が形成されてゆきます。上のような景色がマテーラ遺跡の象徴的な場所でしょうか。この日は天気も良くて青空と街が実に良く映えていました。
Th_matera_20220724121701


廃墟となったマテーラのサッシですが、その後は次第にこの風景が文化遺産として見直され、街を保存・再生させる動きが生まれています。1993年には「マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園」として、南イタリアで初めて世界遺産に認定されます。私が最初に出かけた時には丁度そのような背景があったのかも知れません。しかしながら次第に拡張した街は衛生環境の悪化から富裕層は街を離れて、最貧民の街として没落してしまうようです。20世紀に入ると更に衛生環境は悪化の一途を辿り、とうとう行政も強硬手段に出てしまいます。なんとイタリア政府は1950年代には住民を強制移住させ、街は住む人のいない廃墟となってしまいます。これが逆に今の観光地になった要素にもなっていて皮肉な結果となり注目を集めるようになりました。

Th_matera_20220724121702

今ではこの街が見直されて、芸術家などが洞窟住居をリニューアルして済む方も増えて来て、新しい情報の発信源に変わってきたのかも知れません。
Th_matera_20220724121801

高台から行ながら旧市街地へと入って行きます。新しいサッシも入り人々が住みだしている様子が覗えます。
Th_matera_20220724121802
Th__20220724121801
このような可愛らしいお土産屋さんも見かけるようになりました。次回は街の中を紹介したいと思います。
**自宅のiMacが壊れてしまい、買い替えとなりますので、しばらくコメントの返事ができないかも知れませんがご了承ください**

2022年9月 7日 (水)

夏バテなのに夏太り・・理由は?

2022年9月7日のFM放送「いきいきタイム」は夏バテについて話をしました。

そもそも「夏バテ」とはどのような状態でしょうか? 

実はその定義は難しくて、多くの場合は夏場に起こる疲労、倦怠感、無気力、めまい、食欲不振、不眠などを称して定義されます。夏バテは医学用語ではありませんので、強いて言うなら「暑熱性障害」とか「熱衰弱」が近いかも知れません。

人間は体温の維持に沢山のエネルギーを費やしています。暑いと体に貯まった熱を逃がすため、体表の血管を広げ、汗をかいて体温の維持に努めます。そのため莫大なエネルギーを必要とすると共に自律神経にも負担がかかります。

クーラーなどがなかった時代は熱の放散のためエネルギーを費やされ、食欲も落ち、暑さのため眠れなくなり体の衰弱として現れました。いわゆる「夏負け」の状態で、夏に体重が落ちていく原因となりました(最近は外来で患者さんと話をすると「夏バテしているけど食欲だけはある」と言う方が多いです・・Why?😸)。

・・・では夏痩せではなく「夏太り」になる原因があるのでしょうか?

現代社会ではクーラーの不適切な使用により、更に自律神経に負担がかかり異常を来します。 クーラーのかけ過ぎた室内と暑い屋外を出入すると人間の体は夏なのか冬なのかわからない状態となってしまうのです。いわゆるクーラー病の状態で体温を調整する自律神経のリズムが乱れて、体全体の不調となります(暑い屋外で体表の血管や毛穴や汗腺が開き汗がでやすいようにしますが、急に冷えたクーラーの中に入ると血管・汗腺・毛穴などが閉まります、この調整をしているのが自律神経です。これが1日に何度も繰り返されると自律神経は疲れ果ててしまい、「もう勘弁して」となるのです)。

昔のクーラーなどの冷房施設がない高温多湿の日本では夏バテは、①エネルギーの消費増大と②自律神経の不調が大きな要因となっていました。疲労蓄積、カロリー摂取量の低下で夏の時期は痩せる原因となりました。 

Photo_20220822155001

短期間に冷房のある室内と暑い屋外を出入りすると②の自律神経の不調が前面に出ているのが現代人です。 しかし夏でも昔のように汗をかきながら働いたり運動をすることが少なくなることで①のエネルギーの消費が余り起こらなくなりました。更に夏の方が気温が高いために基礎代謝も低下する傾向があります。

ところが昔と比べて食事時になると(一日の大半は?)クーラーのある部屋で食べるために余り食事の量も減りませんし、逆に夏バテしないために何時もよりカロリーの高い食事を取る方も増えています。

夏バテの諸症状は「全身の疲労感」「無気力」「イライラする」「熱っぽい」「立ちくらみ、めまい、ふらつき」「食欲不振?」「下痢・便秘」「不眠」などなど・・の自律神経失調状態は残ったのに、カロリーの消費以上に食べてしまうことで「夏痩せ」ではなくて「夏太り」になる方も多いようです。

まあ、毎日体重計に乗って、微調整をしながら食事管理を行った方がよいかも知れませんね。

**自宅のiMacが壊れてしまい、買い替えとなりますので、しばらくコメントの返事ができませんので「閲覧のみ」にしました。ご了承ください**

2022年9月 4日 (日)

世界を夢みて(310):魅惑的な夜のアルベルベーロ散策

午後からのアルベルベーロの散策後、宿泊ホテルにもどりまずは食事へと向かいました。今回の宿泊ホテルは「hotel astoria alberobello」でした。小さな4ッ星ホテルで、朝食込みで2人で8000円程度だったと思います。アルベロベッロは小さい町ですのでどこに宿泊しても徒歩で殆どの場所には行くことができます。アルベルベーロまで来たら可愛らしいトゥルッリのある旧市街地の宿泊施設がいいと思ったのですが・・・私の方は前回泊まったので今回は比較的安くて快適なこのホテルにしました。

Th_dsc01075hotel-astoria-alberobello-ita
アルベルベーロが初めての方ならば旧市街地のトゥルッリの宿泊施設を頼んで、中の様子も経験したら思い出に残ると考えます。
Th__20220307181101
夕食は近くのレストランで取ったのですが、相変わらず食事に興味のない私としてはレストランの場所などを控えていませんでした(最近になってブログに旅行記を載せるようになってからは極力食事についても写真に撮って残すようにしています😅)
Th__20220307181102
Th__20220307181103
なかなか美味しそうですよね😃

Th__20220307181104

夕食を取って20時半近くにになり、夜のアルベルベーロ散策開始です!
Th__20220307181201
Th__20220307181202
Th__20220307181203

昼間にみた風景と夜のライトがついた街では雰囲気が違いますね。アルベルベーロは小さい街ですし、人通りも多くて治安はよいと思いますので女性の方でも人気のない路地に入らなければ安心して散策が出来ると思います。
Th__20220307181204
Th__20220307181205

静かな雰囲気の佇まいで、おとぎの世界に迷い込んだ気になります。
Th__20220307181206
Th__20220307181301

Th__20220307181302
Th__20220307181303

昼間にみたお店のディスプレイも夜はまた一段と可愛らしく思えてしまいます。
Th__20220307181304
Th__20220307181305
Th__20220307181306

白黒の写真にしても味のある雰囲気ですね。写真が素人の私でも風景がいいと皆美くしい景色に撮れてしまいます。
Th__20220307181307

このような車も如何にもイタリアの田舎道にある雰囲気です。ルパン三世達と一緒にイタリアの街を走ってみたくなります😃
Th__20220307181308
教会の時計をみたらまだ21時18分頃のようです。帰るのがもったいないので、何時ものようにもう少し街を散策してホテルに戻りました✨️ 

2022年9月 2日 (金)

今週の生け花(令和4年9月第1週)

2022年の7月、8月と新型コロナウイルス感染症の増加により一部医療崩壊となった沖縄県です。8月の終盤からは患者数が僅かに減少するも医療現場は態勢を立て直すのに苦労している状況が続いています。 何度か書いた様に暑い夏は熱中症や食中毒さらには夏場に流行るウイルス感染症も増える時期に、新型コロナウイルス感染症が予想以上に激増すると医療現場は混乱します。 早く通常の医療や救急医療が出来る範囲でCOVID-19の感染が抑えて欲しいと願っています。

台風11号が今度は向きを変えて北北西に向かって来そうです。先島地方はかなり影響を受けそうです。被害が少なければいいのですが・・・

Th_img_7052

先週は生け花クラブがお休みだったようですが、今週は何時もの2階の小さなスペースにも生け花が飾られていました。
Th_491

2本のストレルチアが双頭の竜の様に凛々しくも力強く飾られています。後方に小さな黄色の愛らしいオミナエシを配置知ることでより際だって来ます。秋の七草の1つですので、古くから日本人とも関わりの深い植物だと思います。オミナエシを漢字で書くと「女郎花」となり、これは同族の白い花のオトコエシ(男郎花)に対して付けられた和名だそうです。花言葉は「優しさ」「親切」「美人」となるそうです。今どきのジェンダー平等の概念からするとおかしいと言われるかも知れません。私は基本的に性の問題に対しても国や民族に対しても「区別はしても差別はしない」姿勢で臨んでいます。
Th_491_20220901144401

それぞれの花々は個性があって歌かな表情を浮かべています。それぞれがまとまることで更に素敵な調和が生まれます。この生け花のような世界がお互いが尊重し合い調和出来たらウクライナ戦争も起こっていないのかも知れません。
Th_491_20220901144402
<花材:オミナエシ、ストレリチア、木いちご、薔薇、小菊>

2022年8月28日 (日)

世界を夢みて(309):アルベルベーロ観光No2

前回の続きで、今回は旧市街の中の散歩となります。
アルベルベッロはトゥルッリと呼ばれる円錐形の屋根に白い壁のこの地方独特の建物が並んだ可愛らしい街並みとなっています。実はトゥルッリ自体は南イタリアのプーリア州中部の丘陵地帯を中心に見られる建築様式となっています。 中心街にトゥルッリが林立している町はアルベロベッロのみとなり、景観が保存されていることもあり旧市街地は1996年、ユネスコ世界遺産に登録されました。

Th__20220307142001
この可愛らしい造りも元を辿れば税金対策(税金逃れ)のためだったようです。、15世紀には既に数多くの石灰岩で作られた建物が並び、現在の特徴ある町並みの原型を形成していました。その後、モルタルを使わずにトゥルッリの家々を建てるようになり、今日に見られるすばらしい景観に繋がっています。 


Th_-5_20220827102301
Th_-6_20220827102301

アルベルベッロが世界遺産に登録される前の1994年の最初に訪ねた時の写真(↑)ですが、今と殆ど変わらないような旧市街地の街並みです。
Th__20220307142501
家々の壁は白い漆喰で仕上げられ、その上にこの地方で採れる平たい石を材料に使った独特な屋根が載っけられています。この小さな区画にはお土産さんや宿泊施設もあります。
Th__20220307142801
Th__20220307142802

区画された路地に迷い込むとまるで異空間に迷い込んだ気分になります。
Th__20220307143001
Th__20220307142803
Th__20220307142804
Th__20220307142901
Th__20220307142902
Th__20220307142903



旧市街地からみえた教会ですので、恐らくサンティ・メディチ教会​(Basilica dei Santi Medici Cosma e Damiano)だと思います。​​​​この教会は、アルベロベッロの守護聖人コズマとダミアーノが奉られた教会だそうです。コズマとダミアーノは兄弟でともに医師だったということで、私も少しは興味を持ちました😅。

Th__20220307142904

夕食を取りながらホテルへと向かいます。
Th__20220307142905
久々に三輪車の車を見ました。世界でも余り見なくなりましたが、イタリアに行くと地方でまだ見かけることもあります。イタリアらしくお洒落ですね。

2022年8月24日 (水)

なぜ食中毒は減らないのか?

2022年8月24日のFMレキオ「いききタイム」は食中毒の第二段として食中毒が減らない原因や対策等を話をしました。

戦後、日本も豊かになって、冷蔵庫をはじめ様々な電気器機に囲まれた生活をしていますし、食生活も豊かになってあえて腐れかけた食べ物を食しなくてすむようになったと思います。しかし戦後殆ど、食中毒の件数は減っていないのです。何故なのでしょう? 

人間の五感はあてにならなくなっているです。 五感とは視覚、触覚、味覚、嗅覚、聴覚です。食事を楽しむ方はこの五感を総動員して食べていると思います。五感も鋭い人もいれば鈍い人もいるはずですね(ドキッ・・)。 

まず1つ目は、食中毒の菌が増殖した場合でも、見た目も味も匂いも変化がないのです。 食べ物の色が変だったり、臭かったり、味が酸っぱかったり、糸を引くようなら,五感の鈍い人でも「腐っている、やめておこう」となるはずです。この様な変化は腐敗菌により起こって来ます。

腐ったらやめておこう。そう単純だったら良かったのですが・・・人間の飽くなき追求により、食べ物が微生物により分解され変化する中で発酵食品などは食べれる、食べても大丈夫と経験を積んで来たのです(最初に食するには勇気がいったのかも知れません)。 

Th__20220810122701

同じ微生物による分解の中で、食品中の糖分が分解されて、乳酸やアルコールなどが生成される過程を「発酵」と呼んでいます。それに対して食品中のタンパク質やアミノ酸などが分解されて硫化水素やアンモニアになるとなる過程は「腐敗」と呼んで、いわゆる腐れた匂い、味がするわけです。 発酵も腐敗も微生物による分解ですが、人間にとって有益なら「発酵」で、有用でなければ腐敗と都合よく区別しているだけかも知れません😅

しかし、この発酵と腐敗は厳密に決まっているわけではなくて、私達の五感では区別が出来ない場合もあるのです

もう1つ食中毒が減らない原因のひとつが、大脳の発達によって知識・経験が五感を越えてしまったこともあのようです。 

Th__20220819104401

通常生物にとってブドウ糖などの甘いものは「栄養源」として認識され、苦みは「毒」として感じる味覚センサーを持っています。 しかし人間は大脳皮質が進化したため、経験や学習を受け入れやすくなり、本来回避すべき苦み(コーヒーやビールなど)や辛み(激辛食品など)も取ることが可能となったのです。  

きっと(子供の頃?)初めて味わった時は美味しくなかったはずです。 しかし本来の味覚を経験が上回り、次第にコーヒーもビールも「うま〜い」となってしまったのです

ビールが「旨い」と感じているあなた! 食中毒を区別する五感は既に死んでいる(「北斗の拳」みたいです)と考えて下さい(冗談ですよ・・)

それではまた

2022年8月21日 (日)

世界を夢みて(308):アマルフィー海岸からアルベルベーロ観光へ

アマルフィ海岸の中心地アマルフィを急ぎ足で散策後は南イタリアの人気スポットのアルベロベッロへと向かいます。
Th__20220307150001

海岸線を北東へ、左手に絶壁と右手に海が広がる景色の中をバスは進んで行きます。
Th_dsc00948torre-normanna
車窓から海側を眺めていると古いお城がみえてきました。廃墟となった古城かと思いましたが、近づくと新しい橋が架かっていたり、テラスのようなものもみえました。後で調べてみたら、古城をリノベーションしたイタリアンレストランになっているようでした。ネットで調べたら「Torre dei Normanni」という名前のようです。きっと眺めは素晴らしいのでしょうね✨️
Th__20220307150201
Th__20220307150202
アマルフィ海岸の北の玄関口のサレルノ( Salerno)がみえてきました。アマルフィ海岸とソレント半島の付根のサレルノ湾に位置するサレルノ県の県都で、人口は13万で古い歴史を持つ都市となっています。私のような人間に取っては中世にはヨーロッパ最古の医科大学であるサレルノ医学校現在のサレルノ大学の前身)が開設された都市で名前だけは以前より知っていました。これまで通ってきたアマルフィやポジターノの町などのアマルフィ海岸も、実はサレルノ県に含まれているそうです。 写真で見る限り港湾で栄えた街のようにみえました。

Photo_20220307175401
サレルノからマテラ、アルベロベッロへ向かうために、これまでずっと海岸線沿いを走ってきたのですが、内陸部へと向かいました。
Th__20220307150301
Th__20220307141801
内陸部に入ると、これまでのアマルフィ海岸とは違い、イタリアらしい丘陵地帯が続いてきました。オリーブやブドウなどが栽培されて長閑な田舎道を進んで行きます。

Th__20220307141802

暫くボ〜ッと外を眺めていると、突然見覚えのある、「トゥルッリ」と呼ばれる伝統的な家屋のある街並みが飛び込んで来ました。いよいよアルベロベッロに入ってきたようです。
Th__20220307141901

アルベルベーロに着いたらまずは向かうのはサンタ・ルチア展望台(Belvedere Santa Lucia)でしょうか? (ちなみに地名の地名の Alberobello は、「美しい樹」を意味するのだそうです)

Th__20220307141902

白壁に円錐形の石積み屋根を載せたこの家屋は、16世紀から17世紀にかけて開拓のために集められた農民によって造られたとのことです。この不思議な景観は「アルベロベッロのトゥルッリ」として1996年に世界遺産として登録されています。
Th_2014vs1996

私が最初に出かけた時にはまだ世界遺産になっていなかったのですね。それでもその後直ぐに世界遺産となりますので、その時からは現状変更は簡単には出来ないでしょうから、1994年の写真と今回の2014の写真を見てもほぼ同じ景観のように思いました。最初に訪ねた時にはまだ世界遺産になっていなかったのですね。今回記載して初めて分かりました😅
Th__20220307142201
Th__20220307142202
Th__20220307142203
可愛らしい屋根の街並みです。次回は街の中を紹介したいと思いますCiao💖

2022年8月19日 (金)

今週の生け花(令和4年8月第3週)

お盆も終えて皆様方はどのようにお過ごしでしょうか? 3年ぶりに行動制限のない夏を迎えています。 それにより少し旅行したり外出や夏のイベントも増えて楽しまれている方も多いと思います。 かたや私達のような医療者にとってはコロナ感染者の急増は非常に困難を強いられる夏の期間でもあります。 私のような老人はいいのでしょうが、周りが楽しんでいる中で仲間と遊びに行きたい若い医療従事者や子供さんのお持ちのスタッフは周りとの行動のギャップに戸惑いと苦労が付きまとい非常にストレスを感じていると想像します(医療従事者と一般の方の相違については以前記載しました→医療現場で起こっていること)。

皆疲れていると思いながら廊下を歩いていると、何時もの2階の場所に今週もお花が飾られていました。

Th_img_7002

赤い花器の上にはスッと伸びた青い枝の先には小さな実が沢山ついています。私の知識では全く想像出来ませんでしたが、野バラの実だそうです(生け花クラブの皆様から教えて貰いました)。今は青いのですがしばらくすると真っ赤な実に変わるようです。ネットで見ると赤い実も可愛らしいです。
Th_483

赤い花器に相応するように赤色のケイトウが色彩を放っています。
Th_483_20220818181801

青い野バラの実にユーカリの葉、そしてクルクマの葉の青系統の花材の中で真っ白なクルクマの苞が淑やかに咲いています。
Th_483_20220818181802
お盆明けの感染者の増加が後しばらくあると思いますが、8月の終盤からは感染者も減少傾向になるのではと期待しているのですが・・・まずは1回落ち着いた状態になって欲しいです😃
<花材:野バラ、ケイトウ、ユーカリ、クルクマ>

2022年8月14日 (日)

世界を夢みて(307):アマルフィー大聖堂

Wikipediaによると、アマルフィ(イタリア語: Amalfi)は、イタリア共和国カンパニア州サレルノ県にある、人口約5,100人の基礎自治体(コムーネ)となっています。 これまでの旅行記で記載したように、サレルノ湾に面する急峻なアマルフィ海岸の中央にある、この地域の中心都市がアマルフィとなっています。

中世にはアマルフィ公国(アマルフィ共和国)として自立し、強盛を誇った海洋国家であった。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されているアマルフィ海岸の中心都市であり、観光拠点の一つである。

Th_dsc00884

アマルフィの町の中心部にあるドゥーモ広場から見上げる美しい大聖堂です。キリストの12使徒の聖アンデレの捧げられた大聖堂であり、9世紀頃建設されたそうです。
Th__20220301190401

長い歴史を持つ大聖堂はこれまで7回もの改修がなされたそうです。 歴史も長く改修の多いため、大聖堂には色々な時代の建築様式が混在しています。ロマネスク建築、バロック建築、 イスラーム建築、ロココ建築、ゴシック建築、ビザンチン建築など様々な建築様式があるとのこと。ドゥオーモ広場から大聖堂への階段は62段あり、ここはいつでも観光客でごった返している場所となっていますので、人を入れないでこの場所を撮ることは出来ません😢 教会の感じとしてはイスラム建築やリラの僧院に似た印象を個人的には持ってしまう外観です。

私は今回も地下聖堂には時間がなくて入っていませんが、そこには聖アンデレの聖遺物が奉納され、聖アンデレの骨から聖なる液体マナ (食物)が出てくると言われているそうです・・・実際そうなら恐ろしいです😅 興味のある方は入られたらどうでしょうか?
Th_8
左側にそびえる鐘楼は1180年より建設が始まり完成するまで100年以上かかったそうです。4つの小さな塔を含む鐘楼はイスラーム建築様式となっており、マジョルカ焼きのタイルで装飾されていそうですが、ヨーロッパの教会の鐘楼でも余り見かけないような形になっています。また鐘楼は戦争時は見張り台の役割も担っていたそうで、。


Photo_20220303094501

アマルフィ大聖堂(イタリア語: Cattedrale di Sant'Andrea/Duomo di Amalfi)は聖アンデレの捧げられた大聖堂であり、9世紀頃建設された。この広場に建っている像が聖アンデレとなっています。以前書いたブログでX型の十字架を背負っていたらアンドレと書きましたが、その通りの像となっています(→12使徒のシンボル


Photo_20220303094901
何となくこの柱のしましま模様を見ると、コルドバのメスキータを思い返してしまいます。ここから見るアマルフィの街も美しいですね。


Th_-20220303-100018
あまり印象には残っていませんでしたが、入口にある銅製のドアは価値がある物だそうです😅 この巨大なドアは古代ローマ以後にコンスタンティノープル(現在のイスタンブールで東ローマ帝国の首都)で鋳造され、登塔者シメオンによるサインが施されているそうです(これを書いたときに分かったことですが・・・)。 ドアの上にある聖人はもう分かりますね・・・X字の十字架がシンボルの聖アンデレです。



Th_-20220303-100045

Th__20220301233803

礼拝堂の内部も凄く豪華な装飾や彫刻、絵画で埋め尽くされています。
Th__20220301233804


Th__20220303100201
天井部のフレスコ画も精密で洗練されています。「キリストの鞭打ち」、「使徒の磔」、「マナの奇蹟」などが描かれているそうです。

Th_9_20220301233801
外へ出て食事を取って戻った時の写真です。大聖堂の外観のしましま模様が美しいです。

2022年8月12日 (金)

旧盆の3日目(ウークイ):お月様

沖縄県ではお盆は旧盆の日程で行われます。そのため毎年日付が変わることになります。2022年は8月10〜12日となっています。病院は例年通り最後のウークイの日は休診日となっています。この辺りもローカルルールでしょうか? 

本土のお盆のように8月13〜15日とは決まっていないので、毎年チェックが必要となります。沖縄の行事の中でも大イベントなのですが、私個人は高校卒業後は社会的には世捨て人のような生活ですので、実家にも正月とお盆しか出かけないのです😅

特に今年は実家に戻り線香を供えたら直ぐに戻りました。いつもなら食事を取って帰るのですが、今年はこれさえ出来ません。

今週は生け花クラブの活動がなくお花がありませんので、昨日夜に撮った満月の写真をアップしたいと思います。

Th_a7303572
Th_a7303578
Th_a7303580
カメラのホワイトバランスを動かして写してみました。皆様方はどの色合いがお好きですか?
月から観たらウイルスごときで右往左往している人間社会はどのようにみえるのでしょうか。地球自体も熱くなってきたとみえるのでしょうか・・・きっと御先祖さんも私達を心配してくれているのかも知れませんね。

2022年8月10日 (水)

食中毒No1(発症までの差について)

2022年8月10日のFMレキオ「いきいきタイム」は夏場に多い食中毒について話をしました。

多くの皆さまの食中毒のイメージは傷んだ食べ物や保管衛生管理が出来ていない食品のバイ菌に因って起こされると考えていると思います。間違いではありませんが、食中毒は口から入って来た有害・有毒物質により、下痢や嘔吐、発熱などをきたす疾患の総称なのです。

ですので食中毒といっても ①細菌性食中毒(微生物が原因で一番多い)②ウイルス性食中毒(冬場のノロウイルスなど)③化学性食中毒(ヒ素、水銀など)④自然毒食中毒(キノコ、フグなど)⑤その他 に分類されます。

食中毒で90%以上を占めるのは①と②で、飲食店や家庭での料理あるいは弁当などや夏の屋外でのバーベキュウ、冬場の生牡蠣などで感染することがあります。

では、もし皆さまが食あたり(食中毒)と考えた場合、1番最後に食べた食材から考えていくと思います。先ほど食べた昼の食事の「・・・」が原因かとか、昨夜の食材が「・・」などと考えると思います。

多くの場合2日前、3日前に食べた食材を原因とは考えないと思うのです・・如何でしょう(私などは先ほど食べた食材も思い出せませんので、ましてや2日前となると無理です

しかし夏場に1番多く発生するカンピロバクターによる食中毒は原因の食事をとってから2〜3日してから下痢や嘔吐、発熱が出てきます

Th__20220809193001

上のシェーマで書いた様に何か日曜日などに特別なイベントがなければ3日前の昼食の弁当は?などと多い出せない方が殆どだと思います。もちろんこれやキャンピロバクターなど症状が遅い場合で、直ぐに症状がでる食中毒もあります。

夏の食中毒の御三家は、食肉を介して感染しやすいカンピロバクター菌魚介類を介することの多い腸炎ビブリオ卵や卵製品介して起こしやすいサルモネラ菌があり、夏場の食中毒の多くを占めます。

食中毒を直接的な原因で分けると、原因物質が毒素を持っている為に起こる毒素型と細菌・ウイルスが体内で増殖することで症状を起こす感染型に分けることが出来ます。

毒素型は最初から毒を持っていますので、症状も早く出ます。感染型は微生物が体内で増殖するにはある程度時間が掛かるため、症状が出るまで時間がかかる訳なのです。

夏の食中毒の御三家のうち、腸炎ビブリオは毒素型で数時間程度で症状が出てきます。感染型のサルモネラは半日程度たってから更にカンピロバクターは時間を有して2〜3日たってから症状が出るのです。

食中毒も色々です。食中毒予防の基本は、1.菌をつけない(清潔・水洗い) 2.菌を増やさない(迅速・冷却・乾燥) 3.菌をやっつける(加熱)です。

*今はやりのBA.5の新型コロナウイルス感染症の諸症状は先行したフランスのデーターでは、多い順に倦怠感(76%)、だるさ(76%)、咳(58%)、熱(58%)、頭痛(52%)、鼻水(50%)、筋肉痛(41%)、喉の痛み(40%)、吐き気(18%)、味覚・臭覚異常(それぞれ17%)、下痢(15%)などでした。ただ私達の実感としては発熱や倦怠感、喉の痛みと下痢・嘔吐の消化器症状が多いように感じています。食中毒との違いに迷いそうです😢*

新型コロナウイルス感染に食中毒に近い症状もありますので、両方に注意しながら沢山食べて元気に夏を乗り切っていきましょう😉

2022年8月 7日 (日)

世界を夢みて(306):アマルフィー海岸(アマルフィー到着から海水浴場)

Th__20220305165401

ナポリから高速を乗り継いでアマルフィ海岸の南の玄関のポジタージから海岸線を北東へと進み、アマルフィ海岸の中心都市「アマルフィ」のバス駐車場に到着しました。ここは丁度アマルフィ海岸の中心部でポジターノやカプリ島への船も発着する観光の拠点となっています。丁度海からの断崖が途切れた小さな区画にはホテルなどカラフルな建物が建ち並び、奥に進むと街の中心部やアマルフィ大聖堂へと入ることが出来ます。町の至るところにかつて地中海に君臨する海洋王国だった歴史の足跡が見られます。

アマルフィー海岸(アマルフィー到着から海水浴場)

Th__20220301121801
Th__20220301120001

Th__20220301120101


Th__20220301120701
Th__20220301120102

Th__20220301120103

アマルフィ海岸には何カ所か海水浴場もあるようですが、やはりこのパラソルの多さからは多くの利用客がいるようです。1996年の時には8月後半でしたので今回(9月中旬)よりもっと海水浴客は多かったと記憶しています。
Th__20220301120104
Th__20220301120105


Th__20220301121802
Th__20220301120106
ピーチの沖にはド〜と豪華なヨットが停泊していました。これ見よがしのような姿には少し笑いも出てしまいます。なにもこんなところに停泊しなくてもと・・・😊


Th
海岸沿いから街の中心部に進むと尖頭アーチと 57 段の険しい階段上の寄木細工が特徴のセントアンドリュー教会(アマルフィー大聖堂)がありますが、次回にまとめてブログに書くつもりでいます。小さな場所に家々がひしめき合った通りを歩くと、回りのお土産品店やカフェ、レストラン、日常品を売っている店店が並んで、観光気分を味わえます。
Th__20220302145901

Th__20220302150001

観光客の多い中でこのような庶民的な店もありました。思わず写真を撮ってしまったのです😊
Th__20220302145903
Th__20220302145902
次回はアマルフィの中心にそびえるセントアンドリュー教会の写真を記載する予定です。

2022年8月 5日 (金)

今週の生け花(令和4年8月第1週)

2022年も8月に入り、新型コロナウイルス感染症の新規感染者が増加が続いています。ウイルスは自分で動くことは出来ません。感染力の高いウイルスは人の移動や警戒を怠るとたちまち広がってしまいます・・・😢

ブログに書いても仕方ない部分もありますので、大変な中で折角生け花を飾ってくれていましたので紹介致します。私の方も余り時間が取れませんので写真だけでも時間内にアップしたいと思いどうにか20時に間に合わすことが出来ました。



Th_img_6973_20220806082601
ホオズキを見るとやはり夏なのだと考えてしまいます。ただ何となくイメージとしては7月上旬の頃のように思えてしまいました。沖縄県ではホオズキ市などはなかったのですが、本土の方では7月頃の風物詩だったと記憶しています。 今年はどうだったのでしょうか?

Th_481_20220806082801
今回は背高のっぽの花器のために、広々とした空間の中で風が通り抜けるような爽やかさがあります。

Th_481_20220806082802

Th_481_20220806082901
シンプルなだけに気品さを感じられる作品となっています💖

Th_481_20220806082902
コロナなんかに負けずに暑い夏を乗り切ってゆきましょう✌️ ガンバルゾ〜ってか😃
<花材:ホオズキ、アカレヤシ、リンドウ、カーネーション>

«オミクロン株の爆発的な感染で医療現場で何が起こっているのか。