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2017年7月23日 (日)

世界を夢みて 57:リトアニアの第2の都市カウナス

朝早くリトアニアの第2の都市カウナスの杉原千畝記念館(旧日本領事館)を訪問(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/56-e6bc.html )後、午前の僅かな時間でカウナスの旧市内観光を行いました。

カウナスは13世紀にドイツ騎士団の侵略を防ぐために、カウナス城と城壁が築かれた町で、15世紀半ばにはハンザ同盟の代表部が設けられて商業都市として発展します。第一次大戦から第二次大戦の間はポーランドによってヴィルニュスが占領されたため、カウナスがリトアニアの首都として暫く機能していました。

私達は旧市街の南側でバスをおり、暫く徒歩での散策となりました。木々も多く広々として心地よい風が通り抜ける街でした。

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バスを降りて直ぐの所に、15世紀にゴシック様式の建物があります。ここはかつては商人の館として使われていましたが、以前この場所は「雷神ペルクーナスを祀る神殿」があったと言い伝えられていた所です。19世紀の修復の際に、30Cm大のブロンズ像が見つかり、言い伝えは正しかったとの論争が巻き起こるのですが、残念ながらこのブロンズ像は消失してしまったとのことでした。

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暫くすると大きな市庁舎広場に出ました。旧市街の中心部で、周りにゴシック形式の博物館やギャラリー、教会が建ち、その中心部に旧市庁舎があります。 旧市庁舎は白鳥に例えられる綺麗な16世紀のバロック形式の建物です。現在は結婚登記所となっているとのことです。確かに美しい建物で、多くの方が記念写真を撮っていました。

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広場を曲がった直ぐに、これも綺麗な15世紀の赤煉瓦づくりの聖ペテロ&パウロ(ベトロイルポヴィロ)大聖堂が見えて来ます。第二次大戦で破壊されしまいましたが完全に修復されています。現在はリトアニアのカトリック司教座聖堂となっている教会です。

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ここは外観よりも内部の美しい教会でした。フレスコ画や彫刻、ステンドガラスが美しく、祭壇は特に荘厳で綺麗でした。

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静かに花を手向ける方がいました。とても静寂な世界です。この様な静寂さが好きで、暫くこの場所にいたいぐらいでしたconfident

教会を出ると、これから結婚式を挙げる花嫁さんやこの友人やご家族がにこやかに準備をされていて、写真を撮らせて貰いました(顔がはっきり分かるためブログに載せる事は出来ませんが、綺麗な花嫁さんでした)。結婚式でも配るのでしょうか?花嫁の父からカゴに入ったお菓子を私も頂きました(ありがとう!、お幸せにheart04

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広々とした通りを歩くと、以前のカウナス城の塔と城壁の一部をみることが出来ます。カウナス城は元々台形の城壁で囲まれ、4つの塔を持っていたそうですが、今ではこの僅かな部分が残っているのみでした。

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お昼は近くのレストランで、リトアニアの郷土料理の「ツェペリナイ」を頂きました。ツェペリナイはモチモチした厚めのジャガイモで出来た皮の中に、豚肉などの詰め物を茹でる料理で、この皮を創るのに時間がかかるようです。確かにモチモチして美味しい料理でした。

もう少しノンビリしたかったのですが、腹一杯になった後は6時間かけてポーランドのワルシャワへと向かうのでした。いよいよリトアニアそしてバルト三国ともお別れです。

2017年7月21日 (金)

今週の生け花(平成29年7月第3週)

夏本番、夏休みに突入した子供達も多いことでしょう。ギンギンぎらぎら太陽の下で遊ぶ子供達の歓声が聞こえて来そうです。それと逆に親御さん達のため息も聞こえて来そうです。これから子供達は長い夏休みです。存分に楽しんで欲しいです。                           Th_img_5545_2

今週も生け花クラブの皆様が2階のいつもの場所にお花を飾ってくれていました。真っ青で灼熱な外と違い、この2階の場所は静かに時間が通り過ぎて行くように感じます。

今週の生け花はとても気品に満ちていますし、穏やかな表情をしています。

ナナカマドの茶色がった葉があっても秋をイメージは不思議としません。花器の色の移り変わりも全体を落ち着けています。大きくうねるクルクマの葉、普段は際立つ赤いガーベラもひっそりと咲いています。

Th_2973 花穂の先に白い花々を携えているのがチューベローズです。球根性の多年草で、夏から秋にかけて白いお花を楽しめます。 夜になると甘い香りを放ち、遠くからもお花の存在が分かります。 香水の原料にも使われるお花で、この匂いから日本では「月下香」、中国では「夜来香(イエライシャン)」「晩玉香(ワンユイシャン)」と呼ばれるそうです・・・ちょっと妖艶な綺麗な女性を想像してしまいます(私だけか?coldsweats01

暑さにへばりそうになるのですが、子供の時を思い出して「夏だ!やった〜!」と元気を出して行きましょう。

<花材:ナナカマド、チューベローズ、ガーベラ、クルクマ>

2017年7月19日 (水)

レモンに対する日本人と欧米人での違い

ずっと以前、ビタミンC欠乏症による壊血病について話をした時に、イギリス海軍は海賊よりも当時恐れられていた壊血病の克服に、長期航海で多量のレモンを積んで船員に与えたことで、壊血病を克服し世界の覇者となった記事を書いたことがありました(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/font.html )。

そのためにイギリス海軍のことをレイミーと呼ぶ場合があることを知りましたが、それはスラングとしてもあまりいい意味ではないので使わない方がいいと教えられたのですが、理由は分かりませんでした。

Th_ 英語力のない私はその疑問を思い出したので調べてみました。

どうもレモンに関するイメージは日本と欧米ではかなり違うようです。特にアメリカ英語ではイギリス英語よりも厳しいようです。

私達日本人にとって多くは、レモンは「爽やか」「清々しい」イメージ、そして「青春」と重なります。しかし欧米ではレモンの皮は厚く硬く、また味も酸っぱくて印象はよくないらしく、レモンを目の敵にした表現が多いですcoldsweats02

「lemon」はバカバカしい人や物をさして表現します。主にアメリカ英語では故障ばかりする電化製品や車のことを「a lemon(不良品、欠陥車)」と呼んだりするようです。イギリス英語では物よりも人に対して「バカ」「ふざけた奴」として扱われるようです。like a lemon だと「出来損ない」「役立たず」を意味するようです。

私達日本人は頭に来るような上司がいても、反論出来ないことが多いので、その時はそっと「部長さんはレモンの様ですね」などと言いましょう。どういう意味?と聞かれたら、英語の意味は言わずに「爽やかですものね」と言えば怒られないでしょうか?(・・冗談ですよ、上司が英語が堪能なら左遷されますcoldsweats01)。

「do me a lemon」は「まさか」、「嘘だろう?」であり、「suck a lemon」は「失せろ!」「どこかで言ってしまえ」の意味となります。・・・・等とあまり言い表現ではありません。

ついでに「lemon」 と違い良い意味で使われることが多いのが「peach:モモ」です。

ですのでShe is a lemon.「彼女は嫌な奴(魅力的ではない)」となりますが She is a peach.なら「彼女はとても魅力的な女性」となります。 日本人男性諸君、レモンとピーチを使い分けないと欧米では痛い目にあいますので注意です。

壊血病のことは知っていましたが、英語力のない私はこの様な「lemon」の使い方は知りませんでしたweep

2017年7月16日 (日)

雨(森高千里)を唄ってみた

先月、梅雨時の帰りに、雨に照らされた街並みを見ながら運転していました。偶然ラジオから森高千里さんの「雨」が流れて来ました。 (高校卒業後、50代半ばまで音楽と無縁だった私も、何となく聴いたことのある曲でした)

単調なリズムの中で何度も繰り返すフレーズに「雨は冷たいけど、ぬれていたいの、思い出も涙も流すから」・・・・そうかも「人生には雨で流れて欲しいこともあるね」と思いながら車の運転をしていました。

Th_0 ちょっとググってなってしまったのです。私も年をとってきたので、この曲を素直に受け入れることが出来ますし、森高さんが作詞したことにリスペクトもします(昔なら、ゲッ!お前、森高が好きなの?と友人からからかわれたかもしれません)

まあ、こんな言い訳がましいことを書いても、この年になれば多少のことは許されのかと思っていますcoldsweats01

これまで森高さんの曲を聴いたことがありませんでしたし、サビの部分しか知りませんでした。テンポの取り方が難しかったですね。

あの可愛らしい森高さんの歌を禿げたオヤジが唄うギャップに怯えながらお聴き下さい・・・happy01

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2017年7月14日 (金)

今週の生け花(平成29年7月第2週)

Th_img_3748 今日は快晴の那覇市内でした。病院職員食堂の窓から遠くは慶良間諸島が見え、那覇飛行場への離発着の飛行機が行き交い、昼の時間帯に大型客船が入港する様子が見て取れました。昼食時の私のささやかな楽しみとなっています(以前撮影した写真を載せてみます)。

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この美しさに負けないぐらいに、いつもの2階の小さな場所に、今週も生け花クラブの皆様がお花を飾ってくれていました。

今週の生け花は、一瞬雲の上を飛んで行く天女の様な印象を受けました。黒い花器が宙に浮いているようで、ハランが左から右に風を受けて羽衣のようにひらめいています。 

赤紫のクルクマも白く柔らかい花をつけたトルコギキョウ糸菊紫アザミも同じ船に乗った仲間達でいます。皆が軽やかです。

Th_2972 正面からだけではもったいないので、私の短い足をう〜と伸ばして真上からも撮影してみました。生け花クラブの飾り付けの良さは、どこから観ても綺麗に仕上がっていることにあります。改めて、このブログで紹介する写真や私の説明では美しさ表現出来ないと思いました。

そこは皆様方の綺麗なフィルターを通して観て欲しいと思います。本土の方では大きな水害も起きていますので、気をつけて過ごして欲しいと願います。

<花材:ハラン、クルクマ、紫アザミ、トルコギキョウ、糸菊?>

2017年7月12日 (水)

夏カゼ

一般的に「風邪:カゼ」と呼ばれるのは、急性の上気道感染症の総称として呼ばれています。
空気中あるいは手指に着いた病原微生物が鼻や口から入り込んで、鼻から咽頭、声帯(喉頭)までの上気道に感染して炎症を引き起こし、クシャミ、鼻水、鼻詰まり、喉の痛み、咳、発熱、頭痛などの諸症状が出る病態をカゼと言うわけです。

この急性の病態を引き起こすのは主にウイルスに因るものです。カゼは冬場に起こることが多いと皆思っているはずですし、インフルエンザなどを考えても、寒くて乾燥した時に罹ったことを経験しているはずです(厳密にはインフルエンザと風邪は区別すべきですが)。

逆に、日本の夏は高温多湿です。しかしこの高温多湿を好むウイルスもいることより夏カゼの原因となるのです。ですので同じカゼでも夏と冬では原因となるウイルスに違いが出ます。

Th_ 夏風邪の原因となるウイルスの代表として、エンテロウイルス(コクサッキーウイルス、エコーウイルスなど)やアデノウイルスがあります。

エンテロウイルスのエンテロとは大腸や小腸などの「腸」を示す医学用語で、アデノウイルスのアデノとは「喉」を示す用語です。

ですので、エンテロウイルスに罹ると、風邪症状以外に多くが腹痛や下痢などの胃腸症状が出ます・・・そのため、経験上夏風邪は「お腹にきやすい」と昔から分かっていました。
アデノウイルスの感染は喉の痛みや咽頭炎が強く出るために、の後の痛みが強く腫れて、食べ物や飲み物が喉を通らなくなることも多く、脱水になったり栄養補給が出来ずに、夏バテも助長する原因にもなるのです。

夏風邪の原因となるウイルスによって、夏風邪は「お腹に来る」「喉に来る」となるのです。

7月に入り、手足口病、咽頭結膜熱、A群溶血性連鎖球菌の感染症も増加しています。手洗い、うがい、などの基本的な感染症予防に努めるようにして下さいね。

2017年7月 9日 (日)

孤独の中で光を求めて生きている

私達は生を受け、死ぬまで親や家族、社会と密接に結び付いて生きている。

でも、ふと1人になった時、人は孤独の中で生きていることを実感する。

Th_img_3336 その深く閉ざされた部分は誰も知るよしもない。お前のことは全部知っているよと言われても、誰も知らないのだ。

自分の孤独を素直に見つめることで、冷静に相手を見ようとしている。しかし誰も自分を知らないように、実は自分も相手(世界)のことを知らないのだ。

孤独を超えることは出来ないことを知っている。一瞬でもこの孤独を消し去るために光を求めて妥協する。

孤独という感情の世界から、理性で光を求めて生き抜こうともがいている。 それでいいのだと自分に言い聞かせながら・・・・・

2017年7月 7日 (金)

今週の生け花(平成29年7月第1週)

いよいよ7月に入りました。台風による被害の地域の皆様方は、大変だと思いますが、どうか頑張って欲しいとお祈りしています。Th_img_5506

沖縄の方では晴れていますが、台風の影響なのでしょうか、湿度が高く蒸し蒸ししています。

それでも病院の2階のいつもの場所に、生け花クラブの皆様がお花を活けてくれていました。

今日の生け花は爽やかで元気の出る花材と竹で編んだ花器で出来ています。くっきりと三つのパートに別れた感じで、それでいて全体としてまとまっていますので、生け花クラブのセンスの良さが現れているのだと感じます。

Th_2971 上方には太陽に向かって輝くピンク色のグラジオラス、真っ黄色な、後ろにも真っ白な色のスプレー菊(糸菊?)が顔を覗かせています。

中央には夏の暑さを耐える程の強さを感じさせる菊の葉ドラセナトグサの深緑が配置されています。

更に下方には、竹で編んだ花器がとても清々しい気分になせてくれますし、この左下に枯れ木を配置することで空気が流れて涼しさを感じさせてくれます。

このお花達を観ながら、元気を出さねばと思う今日でした。

<花材:グラジオラス、トグサ、スプレー菊、糸菊、ドラセラ、枯木>

2017年7月 5日 (水)

乳がん検診はマンモグラフィーかエコー検査か

今日のFM放送は乳がんについて話をしました。

乳がんは女性が一生のうち罹る率が最も高い癌です。手術、ホルモン療法、抗がん剤、放射線療法を組み合わすことで比較的治療効果が出やすい癌(もちろん治療抵抗性のある場合もありますが)の一つで、癌による死亡数では、大腸がん、肺がん、胃がん、膵臓がんに次いで第5位となっています。
しかし、その他のがんと比べて、比較的若い年齢層から発症し、40代から50代でピークを迎えます。この若い世代の女性は、家庭でも職場でも1番中心となって頑張っている年代が多いのです。

乳がんは早期に発見できると90%の方が治癒する癌です。そのためには早期発見となる自己検診や検査が重要となります。特に乳がんは手で触れる場所、見える場所に発生しますので、自己で乳腺を触診することでしこりに気がつき、早期発見に繋がる可能性が高いのです。

最近、検診の精度が問題となっていると報道されるようになりました。これで医学界や行政も新たに動く可能性も高いと私個人としては有難いと思います。

乳がんは乳汁を出す、乳腺組織(乳管と小葉)から発生します。おっぱいの大きさは乳腺組織だけでなくその周りの脂肪組織と関係が大きく、この脂肪の付き方によっても大きさがだいぶ変わります。

日本人は欧米人と比べて乳房内に脂肪が少なく、乳腺組織の密度の高い方が多いのです。おおよそ40%の方が乳腺密度の高い高濃度乳腺と考えられていますし、若い人ほど濃度の高い方が多いのが現状です。

レントゲン(マンモグラフィー)ではがんは白く写ります。しかし高濃度乳腺は全体的に白く強く移るため、乳癌の発見が難しいのです。これが注意すべき所で、乳癌のマンモグラフィー(以下MMC)の診断基準では現在では「正常」としか書くことが出来ません。

そのため、私自身は以前から乳がんを専門にしている先生方に「早期発見にマンモグラフィー」という啓蒙活動と共にMMCで写らない早期癌も多いことも明記して欲しいと希望していたのですが、聞き入れてくれない状況もありました。

これは専門医が悪いわけではなくて、日本人が欧米と比べてMMCを含めて乳がん検診を受けない方が非常に多かったために、まず乳がん検診を受ける率を上げることが日本では第1番目に求められていたからなのです。

現在、乳がん検診で有効性が確認されているのがレントゲンを使い乳房を挟み込んで撮すMMC検査です。あんなに挟み込んで痛くしなくてもいいのにと思っている方が多いと思います。レントゲンで撮すために、厚みが均一でないと判定しにくいのです。そのため思い切り挟み込んで、ブヨ〜ンと伸ばして均一の厚さにしているのです・・・痛いと思いますが、悪気があってからではないのですcoldsweats01

現時点では検診を行って癌患者を見つける優位性が出ているのはMMCですので、これが第1に行われいますが、エコー検査も非常に有用な検査です。

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ここでMMCとエコー検査のそれぞれの違いを話しておきたいと思います。

・MMCは均一に伸ばせば全体が写り、画像として正確に残すことが出来ます。エコー検査が乳腺組織を一回で移す訳にはいかない(最近この装置も出て来ましたがまだまだ普及には時間がかかりそうです)ので、何度か往復しながら乳腺をスキャンしてゆきます。そのために検査を行う医師や技師の技量により違いが出てしまいます。

それぞれに得意分野があり、MMCは微小石灰化を見つけやすく、エコーは小結節を見つけることに長けています。どちらも早期乳がんの検出には有効となります。

ここまで説明しましたので、現時点で検診はMMCが多いでしょうが、もちろん両方やればいいのですが・・・

検診でMMCを受けた場合に日本人で40%近くいる高濃度乳腺の方(多くは若年者〜中年)は癌の指摘を受けなくても、更にエコーを追加した方が良いと考えます。中年〜高齢者で乳腺が脂肪化している方はMMCで十分と思われます。

現在はMMCの判定基準で正常と思われても、私の方では先月より高濃度乳腺の場合は付記として「高濃度乳腺のためエコー検査の追加をお勧めします」と記載するようにしています。

2017年7月 2日 (日)

世界を夢みて 56 :杉原千畝(苦悩と決断)

バルト三国に行ってみたい1つの理由が杉原千畝記念館(旧領事館)訪問にありました。

地球で1番怖いのが人だし、1番優しいのも人だと思います。その恐怖の最たるものが戦争とそれに付随する差別や偏見、暴力です。しかしこの狂気の世界であっても救う人がいたことに感銘を受けます。 映画の「シンドラーのリスト」にもなったシンドラーについてはよく知っていても、20年前までは私自身は杉原千畝さんのことを殆ど知りませんでした。

Th_dsc05420 日本でも最近、杉原千畝さんが本や映画などで話題になり、私も改めて杉原千畝さんに関心を持ちました。

ロシア語が堪能だった彼はソビエトに近いリトアニアの領事代理として家族と共に赴任します。初めはリトアニアの首都のヴィルニスに領事館はあるも戦況が緊迫する中で、カウナスの日本領事館に移動します。日本はドイツ、イタリアと同盟関係でしたが、ドイツにおいてはユダヤ人の虐殺が始まっていました。ユダヤ人というだけでドイツの占領下にいることは虐殺される状況に追い込めれていたのです。

1940年7月の朝、突然多くのユダヤ人がカウナスの日本領事館に殺到します。彼らは日本への通過ビザを求めて押し寄せたのです。これがあればソビエトを経由して日本に行け、その後、アメリカなどの第三国に亡命することが出来たのです。彼らにとっては命のビザだったのです。

当然、杉原千畝さんは日本の外交官です。ビザを認めることは同盟国ドイツに敵対する行為となります。分かっていても、杉原千畝は、日本政府にビザ発給の許可の電報を打ち続けます。しかしその都度「否」とされます。

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戦況が緊迫する中で、杉原千畝さんもリトアニアの日本大使館を出国しなければならなくなり、その日が刻々と迫って来ます。大使館員としての使命、しかし目の前にいる罪もない人々の命が自分の手に委ねられていることへの苦悩と葛藤はどれ程のものであったかと想像されます(・・・それを探りたくてこの場所を訪れたのです)。

出国期限が近づく中で杉原千畝は決断します。「私を頼ってくれる人々を無視するわけにはいかない。でなければ私は神に背くと・・・」 。その決断後の半月は昼夜を分かたず、ペンが折れ、手が動かなくなるまで書き続け、リトアニアを脱出する電車の中でも書き続けたそうです。

発行されたビザの数は1600人分、その家族も一緒に通過出来るために最終的にユダヤ人5〜6000人が彼のお陰で命を救われたのでした。まさに「命のビザ」を信念に基づいて書いたのです。

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終戦時、杉原一家はブカレストの大使館でソビエト軍に身柄を拘束され、その後命からがら日本に帰国します。当然、彼は日本のお上に楯突いてこのような行動をしたのですから、外務省も叱咤し退官に追い込ませます。戦後しばらくは彼の名誉回復はならず、外交官としての資料も殆ど廃棄されてしまっていました。

彼の名誉回復を計ってくれたのは、私達日本人ではなくて、彼が救ったユダヤ人達だったのです。カウナスで命のビザを受けた方が、新生イスラエル国の外交官となり、更に多くのユダヤ人達が杉原を戦後捜したのです。しかし「外務省の返答は」このような外交官はいないと、誠実には捜してくれなかったのです(彼の呼び方が日本語どおりでなかったのもありましたが)。

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命を救われたユダヤ人達はその後も熱心に命の恩人を捜し続け、やっと外務省と杉原との公式電文を入手し、杉原千畝を探し当てます。その時もユダヤ人社会はなぜ杉原千畝の名誉回復を日本政府が行わないのか疑問を投げかけています。

1985年(昭和60年)イスラエル政府より、多くのユダヤ人の命を救った功績にて、杉原千畝さんは日本人では唯一「諸国民の中の正義の人」として「ヤド・バシェム賞」を受賞することが出来たのです。

日本国政府による公式な名誉回復は彼が亡くなって14年経った、2000年10月10日でした。

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ヴィルニスには、彼の功績をたたえ、「スギハラ通り」と命名された通りができ、生誕100年を期に日本の桜が植樹され、2001年に彼が在籍した早稲田大学の手によって「杉原千畝記念碑」が建てられています。

もう一度自分がこのような状況になった時に、どのような決断ができるのだろうか? 千畝さんのように逃げずにやれるのだろうかと自問する旅でもありました。

2017年6月30日 (金)

今週の生け花(平成29年6月第5週)

Th_img_5473_2 沖縄は梅雨が明けたというのに、時々梅雨に戻ったように雨が降ったりしています。今日はよく晴れていて、当院の職員食堂より慶良間諸島がよく見えていました。

今週も生け花クラブの皆様が2階のいつもの場所にお花を飾ってくれています。今週の生け花は緑が多く、小さな森の中に分け入った気分になります。

正面の赤い花の集落(手毬咲き)は?・・・と思ったのですが・・・アジサイでした。アジサイは何となる花々が密生して何段も咲いている印象で、この様に葉を落として一つの花序にするとアジサイと分からないと思いました。日本の梅雨時には欠かせない花ですね。Th_29652

以前にも出てきた黄色のスプレー菊と淡いピンクのスプレーバラがアクセントをつけています。生け花に使う葉材は余り多くないと思いますが、今日元気よく葉を茂らしているのは夏ハゼです。

ナツハゼはツツジ科の落葉低木で、夏にハゼの木のような紅葉がみられるからつけられた名前だそうです。 ナツハゼは5月頃にスズランに似た赤い釣鐘状の花を咲かせて秋にはブルーベリーに似た実をつけるそうです。あまり多くは取れませんし実も小さいとのことですが、その果実は生食やジャムにすることが出来るそうです(私はまだ食べたことがありません)。花言葉は「飾らぬ美」だそうです・・・なんかいい感じですhappy01

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<花材:紫陽花、夏ハゼ、スプレー菊、スプレー薔薇>

2017年6月28日 (水)

汗の正体

今日のFM「いきいきタイム」は梅雨明けのこの時期から起こりやすくなる熱中症について話しました。これまで何度かメカニズムや症状、対策についてはこのブログでも書きましたので、暑いときにかく汗について記載します。

私達恒温動物は、暑さ寒さに関係なく体温を一定に保つ様になっています。日々の活動や休んでいてもエネルギーを使い続けていますので、体から熱と出しています。寒いと体をブルブル震わせて(筋肉運動)エネルギーを産生し、体温を維持します。 

熱を造ることは出来ますが、熱を奪うことは体内では出来ません。それを可能にしているのが、私達の皮膚の汗腺から出す汗の作用です。暑いと皮膚の表面から汗がでます。汗(水分)は蒸発する時に多量の気化熱が発生します。この気化熱により皮膚表面を冷やすことで体温を保っています。Th_728539

汗の成分の99%は水分です。汗を舐めると塩辛いのは汗には約0,6%のナトリウム(塩分)が含まれているせいで、それ以外に僅かながらカルシウム、マグネシウム、尿素、塩素、乳酸などが含まれます。

ではでは・・・汗の元のなるのは・・・そう私達の血液ですね。暑くて非常に汗をかいたときに水分が失われて脱水になります。小まめな水分補給が必要となります。 更に多量の汗をかいた時にはナトリウムも不足となります。ですから水分と塩分の補給が必要となります。 更に作業や運動で多量に汗とエネルギーが消費される場合は、水分+塩分+糖分の補給が必要となるのです。

この様な状況下での飲み物として開発されたのが、スポーツ飲料です。大して汗もかかないのに夏場だからといってスポーツ飲料を中心に飲むと、水分の補給は出来たとしても、塩分と糖分は必要以上に摂りすぎとなりますので注意が必要となります。

多くの方がご存じと思いますが、汗を出す汗腺には2種類あります。エクリン腺とアポクリン腺が存在します。全身にあり多くの発汗と関係があるのがエクリン腺で、アポクリン腺は腋や陰部など限られた場所にあります。アポクリン腺の役割は体温調節作用ではなくて、主に体臭の原因となる匂いを出す器官です。 今でこそワキガの原因となり嫌われていますが、本来は異性などを引きつけるためにあったと考えられています(人間の嗅覚が退化したのにまだこの腺は存在しています)。

Th_698714 ですのでアポクリン腺は子供の時は小さく、思春期になると増大し、老年期になると退縮して来ます。アポクリン腺からはタンパク質、脂質、糖質、アンモニア、ピルビン酸、色素リポフスチンなどが分泌されます。 これらは通常の汗よりも皮膚の常在菌にとっても栄養源が高く、増殖しやすくなることで、更に菌の発酵臭も混ざってあのワキガの独特な匂いとなります。

この様なことを防ぐ為にも様々な制汗剤が市販されています。その作用には、①ひんやりとして汗をかきにくくする成分と、②消臭剤+芳香剤、それに③細菌の増殖を防ぐ殺菌成分が含まれていることが多いと思います。 アポクリン腺の作用を打ち消すように考えられているわけです。

最後は横道にそれてしまいましたでしょうか? 暑いときには体を冷やすために汗がでます。汗が出ても大丈夫なように水分(その次ぎに塩分、最後に糖分)を小まめに補給しましょう。

2017年6月25日 (日)

清く生きる

何となく、残りの人生を清く生きれたらいいなと頭をよぎった。
(それって!俺はこれまで清くなかったと言うことか・・・weep

Th_ 生き方の本などを見ると「清く・正しく・美しく」生きることが何時の時代も人間の生き方の手本のように書いてある。

ただこの3語とも絡み合って同じ意味の人生になる気がしてならない。なぜなら清く生きれば正しく美しいはずだし、正しい生き方は清く美しく、美しい生き方は清く正しいはずだからに違いないと考えてしまう。

ただ、清く生きたいと思うのは、おそらくこれまでのしがらみや過去の遺物に取り付かれることなく、濁りやよどみが無くて、潔く最期を迎えたいとの願望があるからかも知れない。

最近のニュースで、輝かしい(?)経歴を持った国会議員が部下を罵るような録音を聴くと、悲しく痛ましく思う。人として何も学んで来なかったのだろう。この様な「清くもなく・正しくもなく・美しくもない」人が世の中を牛耳っているのはおかしいと感じる。

・・・他人のことは兎も角、自分自身は少しでも清く生きる努力をしなければと思う今日この頃ですcoldsweats01

2017年6月23日 (金)

今週の生け花(平成29年6月第4週)

沖縄は例年より1日早く梅雨が明けました。いよいよ本格的に長〜い夏を迎えます。燦々と照りつける太陽に観光客は喜び、地元の私達は太陽を避けて過ごしますhappy01

Th_img_5446 今週も生け花クラブの皆様が2階のいつもの場所にお花をいけてくれていました。
今週の生け花はしっとりと気品があります。 左右の上方に伸びたエレムルスの花穂がヒバの青い葉と絡み合って、中世ヨーロッパの王冠(月桂樹冠)を思い起こさせてくれます。 そう思いながら、このエレムルスの花穂の微妙な曲がり具合を見ると次第に、牛の角にも見えてしまいました・・・coldsweats01

エレムルスは中央アジア原産の多年草で高さが50から150cmと大きい品種です。1本の花穂あたり300〜500の花をつけています。下の方から次第に開花し、とても可憐な黄色い星形のお花です。全体から受ける力強さとここの小さな花弁の優しさが違う印象を与える気がします。花言葉は「大きな希望、高き理想、逆境」だそうです。

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この黄色の花穂と対比して赤のカーネーションと白いスプレー菊が色を添えています。それに花器の色と同系統のビバの青い葉それにドラセラの茶がマッチしています。

今日6月23日は72回目の「慰霊の日」を迎えます。84日に及ぶ悲惨な地上戦の末に組織的戦闘が終結したこの日を沖縄県の条例により「慰霊の日」と定めて、恒久平和を祈る日となっています。

今日のお花が御霊に届いてくれたら有り難いと思いながら、この生け花を見つめています。

<花材:エレムルス、ビバ、カーネーション、スプレー菊、ドラセラ>

2017年6月21日 (水)

世界を夢見て 55 : 聖ペテロ&パウロ教会

リトアニアの首都ヴィリニュスを散策すると教会の数の多さそれもそれぞれが個性があり美しい教会の多さには驚嘆してしまいます。

歴史的にみると1323年からローマカットリックの影響が強い都市だったようで、熱心なカトリック教信者の多い町だったようです。旧市街の歩いて散策出来るだけでも、ヴィルニュス大聖堂、ヴィルニュス大学の中の聖ヨハネ教会、聖イグナトス教会、聖キャサリーン教会、聖霊教会、フランシスコ教会、ペルナルディン教会、聖ミカエル教会、聖カジミエル教会、聖テレサ教会などを外観だけなら半日で見ることが可能です。

Th_dsc04859_2 今回は旧市街から少し離れた場所(徒歩で30分程度)にある聖ペテロ&パウロ教会を紹介したいと思います。多くの観光客が訪れる場所です。外観は黄色くて優しい感じで、ヨーロッパでよく見かける様な教会です。その外観と違うのは、内部の真っ白な漆喰装飾です。眩しいほど荘厳で素晴らしいのが特色です。これほど真っ白な教会は数多くあるヨーロッパの教会でも突出しているのかも知れません。 この教会はリトアニアバロックの真珠とも言われ、最も傑出した建築様式の教会であるとたたえられています。建物だけで10年、内装に30年かかったといわれるまさに圧巻の内部彫刻群を見ることが出来ます。

17世紀にパツァス(Pacas)という将軍貴族が自分が行って来た贖罪のために建てたということで、教会の入口の壁には「ここに罪人眠る」と書かれた彼の墓石があり、地下礼拝堂には彼のお墓があります。

わざわざイタリアから職人を招いて建設され、内部の天井は高く、壁から天井まで覆い尽くすように2000以上の漆喰彫刻が施され、どれも同じものはないとのことです。意匠は多種多様で聖人、天使、想像上の獣、植物など多彩で、沢山の職人が想像を働かせ作ったといわれています。

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側面からキューポラ、天井まで数え切れない彫刻で埋め尽くされています。

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奥に祭壇がありました

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中央のクーポラの部分より吊された金属で作られた帆船が印象的でした? なぜこんなものがと思ったのですが、これはキャンドル立て(シャンデリア)となるそうです。水鳥をモチーフにしたのかとも思ったのですが、帆や錨も付いていますので帆船で間違いないようです。それは聖ペテロが元々漁夫だったことに関係しているからだそうですよ。

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内部の白さと彫刻の多さに圧倒されながらしばらく感嘆に耽っていました。地球の歩き方という本の中に紹介されていましたので、これも載せておきましょう。当時の制作者達の個人的なことも見えてくるようで面白いです。

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この聖ウルスラのチャペルには四隅に4人の聖女の像が彫られているのですが、薬瓶を持った聖マリア・マグダレナ(→)だけは当時の衣装を身につけて彫刻されています(他の三人は古典的な衣装です)。これは彫刻家の1人が自分の奥さんをモデルにして作成したからといわれています。奥さんを愛していたのですねheart04 二人は死んでも、二人の愛はこの教会で生き続けているのですね

2017年6月18日 (日)

雨の物語

こんな雨の日は、雨の日に似合う曲かなどと思いながら、伊勢正三さんの「雨の物語」、ふきのとう「雨降り道玄坂」、吉田拓郎「ある雨の日の情景」、竹内まりや「駅」、小田和正「たしかなこと」、ハイファイセット「冷たい雨」、スピッツ「チェリー」、などを部屋で唄っていました。

Th_01 雨音を聞きながら自宅で伊勢正三さんの「雨の物語」を録音してみました。

伊勢正三さんは大好きなミュージシャンの1人で、歌詞が叙情的で心に染み込んで来ますし、曲も美しいです。雨の物語はイルカさんが唄っていますが、イルカさんも伊勢さんからの提供曲「なごり雪」「海岸通り」「雨の物語」などで一躍有名になった方と思います(もちろん自作の曲もいい曲はありますが)。

伊勢さんは恋愛、失恋に関しての歌詞は本当に切なく胸がキュンとなる詩が多いと感じます。この曲も愛し合う二人の切ない別れを唄っています。相手が憎くて別れるわけではありません、運命がそうさせたのだろうかと思える歌詞となっています。

皆様方へのこの曲のイメージを損ねたら申し訳ありません。その時はどうかオリジナルの曲をお聴き下さいねcoldsweats01

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沖縄は梅雨空が続いています。梅雨前線も北上し本土の方も雨が多くなる季節となると思います。雨にも負けずお互い頑張ってゆきましょうheart04

2017年6月16日 (金)

今週の生け花(平成29年6月第3週)

全国各地で梅雨入りしてきている6月中旬です。沖縄は今年は例年より少ない降雨量でしたが、今週は雨模様が続いています。Th_img_5425

今週も2階のいつもの場所に生け花クラブの皆様がお花を活けてくれていました。ダークで嘘の付き放題の東京のある場所と違い、ここはカラッとして明るい場所、曇りを感じさせてくれませんsun

今週の生け花は縦に長く、特に木イチゴの葉が太陽に向かって伸びて行く開放感があり、葉が上方に大きく開くことで力強さを感じさせてくれます。

中段には真っ赤なケイトウとその色を柔らかくする白いシネンシスを並べていけています。その中段のお陰で間延びせずに済んでいます。

下段には横に並べられたスプレーバラが美しい花弁を開いています。スプレー菊は何度かこのブログでも紹介したことがあるのですが、余りスプレーバラは飾る機会は少なかったと思います。

Th_2963 切り花の薔薇には大きく分けて「バラ」と「スプレーバラ」があるのはご存じでしょうか? どちらも花自体の見た目は似ています。 この違いは「バラ」は1本の茎に1本の花が咲いています。一方「スプレーバラ」は1本の茎に枝分かれして複数の花が咲く形状で分けることが出来ます。 小さめでも1輪で沢山の花を楽しめるのが「スプレーバラ」となります。

英語で書くと「spray:スプレー」となりますが、髪のセットなどで使うヘア・スプレー(hair spray)と同じです。 sprayは日本語に訳すとスプレー、噴霧器(液)、しぶき等以外に、(枝分かれした)小枝の意味があります。この意味で「枝分かれ」を英語では[spray branched]と呼ぶようです。

花器も清々しい緑で、初夏の陽気を思わせる今日の生け花でした。

<花材:木いちご、ケイトウ、スプレーバラ、シネンシス>

2017年6月14日 (水)

ダイエットとビタミン欠乏

今日のFM放送「いきいきタイム」は先週に引き続きビタミンについて話をしました。ビタミンに関しても何度もブログで書きましたが・・・ご了承下さい。

必須栄養素としては、蛋白質、脂肪、炭水化物(糖質)の三大栄養素があり、量的には微量ですがビタミン、ミネラル(ミクロ栄養素)を加えたものを五大栄養素と呼んでいます。

Th_ ビタミンの定義は難しいのですが、これらを自動車に例えると、蛋白質は車体、炭水化物と脂質は燃料となるガソリン、ビタミンやミネラルは車がスムーズに動くための潤滑油と考えるとよいと思います。

ビタミンが不足すると化学反応が上手くいかず、三大栄養素の変換が出来ずに全身の機能が低下し、病気になります。車で言うとさび付いて、とうとう動かなくなってしまうのです。

現在ビタミンは13種類発見されています。それぞれ欠乏症が確認され,主な欠乏症の名前を上げてみます。ビタミンA欠乏では「夜盲症」ビタミンB1欠乏の「脚気」ビタミンC欠乏では「壊血病」ビタミンD欠乏では「くる病」「骨粗鬆症」などが代表でしょうか

体重オーバーや若い女性で夏に向けて更にダイエットしたいと思う方々の中で短時間に極端にカロリー制限(三大栄養素制限)をする方もいますが、ビタミンやミネラル不足を気にかけない方も多いようです。

栄養を制限すればそれは痩せるはずです、しかしそれは健康なのでしょうか? 痩せるために1日○○カロリーを目標にして考えると思いますが、例えばビタミンB群やC、Eなどが不足すると新陳代謝も低下しますので、カロリーが消費されにくくなってしまいます。                      Th_dsc00797

特に若い女性で標準体重であるにも関わらずダイエットをする方もいます。女性は生理もありますし、ただでさえ鉄分や亜鉛がカルシウム不足していることも多くあります。その様な状況でダイエットや運動をして体重は低下したとしても、貧血や冷え性が疲れ感が蓄積し、更に健康状態が悪化したのでは何も意味がありません。

ビタミンはストレスや喫煙などで消費され、過度の運動、ダイエット、偏食などもあり現代人は相対的にビタミン不足という方もいます。不足気味だからといってやみくもに摂っても意味がありません。

今話題の中学生棋士の藤井さんが対局する時にチョコレートが横に置いてあり、対局中に沢山食べるそうです。 私達の脳はものすごい数の細胞の集まりです。 脳細胞は糖分しか栄養に出来ませんが、全カロリーの1/4を消費する大食漢であるのです。おそらく棋士は脳細胞を極限まで使いカロリー消費も半端ではないと思うのです。それらを助けるのが糖分なのです。
最後にこれを書いたのは、極端にダイエットしたり、朝食を抜いた時に、糖分不足に陥った身体で勉強したり働いたりしても頭がフル回転出来ません。ちゃんと朝食を取って、バランスの良い食生活をなされて下さいね。

2017年6月11日 (日)

世界を夢みて 54 : バルト三国の自由への願い 人間の鎖

今回の旅行記は昨年出かけた、フィンランド〜バルト三国〜ポーランドについて特に今回初めて出かけたバルト三国の記事を主に書いています。

多くの日本人はバルト三国とひっくるめて考えてしまうと思うのですが、エストニア、ラドビア、リトアニアの国々はそれぞれ民族も言葉も習慣も違う独立国家です。三カ国をまとめてしまう理由の1つに、戦後ソビエト連邦から三国がまとまって自由を獲得するために連携して独立したことにあると考えます。

歴史的にみてバルト三国はスカンジナビア半島の国々、ソビエト(ロシア)、ポーランド、ドイツなどの大きな国々の干渉を受けて来ました。

Th_2016_2 特に第二次世界大戦中はナチスドイツに占領され、大戦後はソ連邦に編入され、独自の文化を制限されてしまいます。 それぞれが持っていた文化や言葉も制限されて、人々の中には自由への憧れや独立心が芽生えます。 しかしスターリンの強権政治に支配されて続け、反対派は極刑やシベリア追放とされました。

しかし、バルト三国の人々は怯むことはありませんでした。

エストニアでは「歌」によって戦いました。エストニアでは母国語が禁止となるのですが、歌だけは母国語で唄うことを許されたいました。そのためエストニアでは独立への思いを表現するために「歌(と踊り)の祭典」を始めて行きます。1969年より開催され、次第に民族高揚運動の場となり5年に1度の祭典は規模を大きくします。1988年には全国各地から30万人以上が会場に集まり、3万人以上のエストニア人歌手が独立への願いを込めてエストニア語で唄ったのです(当時の全人口の3人に1人以上が参加)。

Th_ ラトビアでは1980年代、もっとも早くからソビエトからの独立運動が展開され、1988年にはラトビア独立戦線が結成されます。ソビエトとの武力衝突も起こります。流血事件の後も怯むことなく独立に向ける運動は日に日に高まりました。

そしてリトアニアでは、十字架の丘でも紹介したように(http://omoromachi.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/47-2477.html )、ソビエトの戦車により十字架がなぎ倒されても、直ぐに人々が十字架を持ち寄り立て直して行ったのです。

折しも、1985年にゴルバチョフがソ連共産党第1書記になり、ペレストロイカが始まると更に、バルトの国の人々も独立の機運が高まって来ます。

Th_dsc04964 巨大なソ連邦と立ち向かう為に、民族も言語も異なるバルトの小国は独立のために手を取り合って連携して立ち向かう行動を取ります。それぞれの国々で運動が組織化されて、秘密裏に世界に向けて行動を起こします。これが1989年8月23日に決行された「人間の鎖」だったのです。(「人間の鎖」は2007年ユネスコの世界記憶遺産に登録)

リトアニアの首都ビリニュスから、ラトビアの首都リーガを経て、更にエストニアの首都タリンまでの600Kmを200万人以上の人々が手を結び、連携して独立への思いを世界に示したのです。
その後三国は同時に 独立を果たします。この様なことがあったために、私達の記憶の中でも戦後の教科書の中でもバルト三国とひっくるめて表現されるようになったのかもしれません。

Th_私の泊まったホテルの目の前がヴィルニュス大聖堂でした。その棟楼前に余り目立ちませんが、人の足形をしたプレートが差し込まれています。これは1989年の人間の鎖の始点になった場所を示すためのプレートです。もしここを訪ねるのなら捜してみて下さいね。

もう一つこの広場には「奇跡」とリトアニア語で書かれたプレートもあります。これを起点に三回回ったら願い事が叶うと信じられています。 ミラノのアーケードの雄牛のモザイク画のプレートも同じ様に三回回ると願いが叶うなどがありました。その様な場所が沢山あるのでしょうね。 ここはミラノと違い人だかりは出来ていませんが、大聖堂の広場の前でぐるぐる回る人がいたらそのプレートが見つかるはずですよ。捜して下さいね

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人間はどの時代、どの国だろうと愛と自由を常に追い求めているのかも知れません。私はこのプレートの上に立った時、このことを考えてしまいました。

2017年6月 9日 (金)

今週の生け花(平成29年6月第2週)

6月の2週になりました。梅雨入り後の沖縄は例年と比べて雨が多くなく、ダムの貯水率も例年よりだいぶ低いとのことで、夏場の断水が早くもTh_img_5401_2 危惧されます。
昨日辺りから沖縄も急に暑くなり28度まで上がりました。蒸し暑い気温が続きそうです。

いつもの2階の場所に生け花クラブの皆様がお花を飾ってくれていました。

今回は黒々とした石の様な花器にこれも野太い錦木の枝が絡まって力強さを感じさせてくれます。時に右側の先端は、黒い船体から帆先が飛び出しているようで、船をイメージさせてくれます。こらから力強く夏に向かってオールを漕いでゆくようです。

その骨太い錦木と対比するように綿毛のようなスモークツリーの穂が可愛らしいです。スモークツリーはヨーロッパから中国まで幅広く分布する高さが3〜5mにもなる落葉樹です。。この綿毛のようなものが花ではなくて(花はあまり目立ちません)、花が散った後に出てくる綿毛の様な穂先のことで、その形からスモークツリー=煙の木と呼ばれています。英語圏でもTh_2962_2 「somke tree」と呼ばれ、和名も「煙の木」ですから、ヨーロッパ人も日本人もその花穂のワタワタを煙に見立てたことに興味を注いでしまいましたが・・・

花器や錦木、スモークツリーの中で、ド〜ンと花らしい花が1輪、ダイヤが存在感を保持しているかのように咲いています。ダリアは元々はメキシコの原産で、大航海時代にスペインに持ち込み品種改良が進み、1842年(天保13年)にオランダから長崎に持ち込まれたのが日本への最初の到来となったとのことです。ダリアも世界を回って極東まで達したのですね。ちなみに和名は花の形がボタンに似ていることより、天竺牡丹(テンジクボタン)と呼ばれたそうですよ。

現時点で少雨の沖縄ですが、梅雨前線も北上を続けてゆきそうです。全国の皆様方のお天気も気になる所です。

<花材:錦木、ダリア、スモークツリー>

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