尿管結石について 〜原因・症状・治療と予防のポイント〜
8月も中旬を迎え、お盆の時期になりました。皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
暑さの中で夏を楽しんでいる方もいれば、暑くてそれどころではないという方もいらっしゃるかもしれませんね。
沖縄県の小中高校の夏休みは7月20日から8月25日まで。今日の28日はすでに2学期が始まっている学校も多いようです。
私の子どもの頃は8月31日までが夏休みで、9月1日から2学期でしたが、親さんにとっては学校が始まってホッとしている方も多いのではないでしょうか。
私の夏休みの後半は、宿題をまとめてやるのが本当に大変でした。今の子どもたちは、読書感想文などをチャットGPTなど生成AIを使って書く、なんていう新しい課題も出てくるのでしょうね。
生成AIなど新しい技術は、もう後戻りはできません。未来に向けてどう使うかが問われる時代に来ていると思います。
私は、生成AIによって人間が単純に考えなくなることはないと思っています。ただ、思考の仕方が変わり、自分で深く考えるよりも、どう質問するかを考えることに重点が移るのではないでしょうか。
自分で悩み抜いて結論を出すより、いろいろと質問を変えて、よりよい答えを導く時代になると思うのです。
皆さんは、どんな未来を描いていますか?
さて、今日は暑い時期に増える「尿管結石」について、その原因・症状・治療法についてお話ししていきたいと思います。
尿路のしくみと結石の種類
私たちの体の中で尿をつくり、体外に排出する組織を「泌尿器系」といい、腎臓・尿管・膀胱・尿道で構成されています。
腎臓は血液をろ過して老廃物を取り除き、尿をつくるとても重要な臓器です。尿や膀胱などは、つくられた尿を運ぶ「おしっこの路(尿路)」にあたり、この尿路にできた石が「尿路結石」や「尿管結石」です。
よく間違えられるのが「尿管結石」と「胆石」です。肝臓で作られた胆汁が流れる胆管にできた石が石で、胆汁は十二指腸に出て消化管を通り、便と一緒に排出されます。胆汁には築色の色素が含まれており、そのため私たちの便は茶色をしています。ですから、毎日のように胆汁を“観察”していることになりますね。
一方、尿管結石は腎臓でつくられた尿が通る道にできる石。水をたくさん飲めばよくなる、というのは尿の量を増やして洗い流す考え方なので、尿管結石には関係しますが、胆石には関係ありません。
尿管結石とは?どんな症状があるの?
尿管結石とは、尿管の中に石のような硬い場ができ、それが尿の流れを妨げて、激しい痛みや血尿を引き起こす病気です。
痛みの場所は、腰・背中・側腹部・下腹部などで、吐き気や噛吐を伴うことも多く、ひどい場合は七転八倒するほどの激痛で救急車で搬送されることもあります。
患者さんの年齢は30~50代が多く、男性は女性の約2.5倍なりやすいといわれています。日本人の約10%が一生に一度は経験するとされ、胆石と同程度、非常に身近な病気なのです。症状がある場合の約70%は、何も治療せずに自然に排石されますが、残りの30%は結石破壊や手術が必要になります。結石の大きさが8mm以下(通常は4mm以下)であれば自然排石の可能性がありますが、8mmを超えると自然に治ることはほとんどありません。
臨床症状としては、腹痛(痛発作:痛みに強弱があります)、血尿(肉眼的血尿から頭微的血尿までさまざま)、吐き気・幅吐などが主です。また、一度経験すると再発しやすく、一度尿管結石になった方の約30%は再発するとされています。
「最初ほどの恐怖感は少し和らぐけれど、痛みはやっぱり痛い」と患者さんからよく聞きます。
尿管結石の原因と予防のポイント
尿管結石の大半は、尿の中で「シュウ酸」と「カルシウム」が結合してできる「シュウ酸カルシウム結石」です。
なぜこの結晶ができるのでしょうか?主な原因は次の2つです。
①肉類中心の食生活:肉類に多く含まれる脂肪酸がカルシウムと結合し、腸の中で処理されるはずのシュウ酸が余計に吸収され、血液を通って尿の中に排出されます。その結果、尿中のカルシウムと結合して結石ができます。
②カルシウム不足:血液中のカルシウムが不足すると、結びつけずに余ったシュウ酸が尿に排出され、同じくシュウ酸カルシウム結石ができやすくなります。
さらに、水分不足・脱水は尿を濃縮して結晶を固まりやすくし、夏場に尿管結石が増える原因になります。
塩分や糖分のとりすぎ、ビタミンCの過剰摂取も結石を増やすことがあるので注意が必要です。
予防のためには、食事や生活習慣の見直しがとても重要です。
(日本に来る私の大好きな「真珠の耳飾りの少女」の記事を書こうと私がこれまでにみたフェルメールの作品を調べていたところです。8月16日にいつもの旅行記の記事の代わりに載せるつもりでいます。のんびりしてたら2025年のポルトガル(+サンディエゴ・デ・コンポステラ)が今年いっぱいかかりそうな雰囲気ですので急いで今後は載せて行きたいと考えています。今日は休みですので旅行記をアップしました)
前回のクレリゴス教会を見学した後も、ポルト旧市街の散策を続けます。
今回向かったのは、ポルトを紹介する旅行記事には必ずといっていいほど登場する「サン・ベント駅」。そしてその周辺にも、ちょっと立ち寄ってみたくなる場所がいくつもありました。
地下にはポルト・メトロD線(イエローライン)のSão Bento駅もあり、交通の便も良い場所です。リスボンなどから長距離列車でポルトへ来る場合は、カンパニャン(Campanhã)駅から近郊列車に乗り換えると、サン・ベント駅までは約4〜5分ほどです。
周辺には、これまで紹介してきたクレリゴス教会やレロ書店、ポルト大聖堂など、多くの観光スポットが徒歩圏内にあります。

サン・ベント駅とは?修道院跡に建てられた歴史ある駅ポルトの中心部に位置するサン・ベント駅は、1916年に正式開業しました。もともと16世紀に建てられた「サン・ベント・デ・アヴェ・マリア修道院」の跡地に建設されたため、その名が付けられています。フランスのボザール様式を取り入れた格式高い石造りの外観は、ヨーロッパのクラシカルな雰囲気が漂い、旅の気分をグッと盛り上げてくれます。
これだけの数のタイルが並んでいるにもかかわらず、単なる装飾ではなく、一つの巨大な歴史画になっているところが凄いですね。
少し離れて眺めると大きな一枚の絵に見えますが、近づいてみると一枚一枚が小さなタイル。
その細かな積み重ねによってこれほど壮大な作品が作られていることに、改めて驚かされます。
ポルト旧市街散策の起点としても便利な駅なのですが、この駅の場合は列車を利用することよりも、むしろ駅そのものを見るために訪れる観光客の方が多いのではないかと思えるほどです。
サン・ベント駅は現在も現役の駅で、ここからドウロ川沿いを走るドウロ線や、ギマランイス方面などへ向かう列車も発着しています。
列車に乗って車窓を楽しむ旅も魅力的でしょうね。
私たちは「ギマランイス」と「ブラガ」へは現地のバスツアーを利用しましたので、今回はこの駅から列車に乗る機会はありませんでした。
それでも駅構内には自由に入ることができますので、写真を撮るだけでも十分に訪れる価値のある場所でした。
<タイムアウトマーケット・ポルト (Time Out Market Porto)>
そしてサン・ベント駅を見学したら、そのまま立ち寄ることができる場所がもう一つあります。
駅の南棟にある「タイムアウトマーケット・ポルト(Time Out Market Porto)」です。
リスボンで人気となったTime Out Marketのポルト版で、2024年にオープンしました。サン・ベント駅の南棟を利用し、複数のレストランやバーが一つの空間に集まっています。
駅からは本当にすぐです。
ポルトのさまざまな料理を一か所で気軽に味わえるフードホールですので、「あれも食べてみたい、これも食べてみたい」という旅行者には便利な場所だと思います。
私たちは食事の時間とは合わなかったため、今回は中を見て回るだけとなりました。
もしサン・ベント駅を訪れる時間がちょうど昼食や夕食時なら、駅のアズレージョを見学した後、そのままこちらで食事をするのも良さそうです。
サン・ベント駅から少し歩いてリベルダーデ広場へ向かうと、今度はちょっと変わったマクドナルドがあります。
「マクドナルド・インペリアル(McDonald's Imperial)」です。
「世界で最も美しいマクドナルド」などと紹介されることもある店舗ですが、まず入口を見ただけでも普通のマクドナルドとは随分違います。
入口の上には大きなブロンズの鷲。
マクドナルドの「M」のマークとの組み合わせが、何とも不思議です😅。
この建物は、もともと1936年に開業した「カフェ・インペリアル」という歴史あるカフェでした。その建物を生かしながら改装し、現在はマクドナルドとして使われています。
マクドナルド・ポルトガルの公式サイトでも、現在「Imperial Aliados - Porto」として営業している店舗です。
中に入ると、さらにびっくりします。
大きなシャンデリア、広い天井、そして壁を彩るアール・デコ調の美しいステンドグラス。
どう見ても一般的に想像するマクドナルドの店内ではありません(笑)。
かつてのカフェ・インペリアルの雰囲気をできるだけ残しながら現在の店舗として利用しているため、ハンバーガーを食べる場所でありながら、歴史的建築を見学しているような気分になります。
サン・ベント駅にしても、タイムアウトマーケットにしても、このマクドナルドにしても、ポルトでは本来なら単なる「駅」や「食事をする場所」までが観光スポットになってしまいます。
教会や宮殿だけではありません。
何気なく街を歩いている途中にも、美しいタイルや古い建物、ちょっと変わったお店が次々と現れます。
だからポルトでは、目的地から目的地へ移動している時間さえ楽しいのかもしれませんね。
前回のアルマス礼拝堂とカルモ教会を見学した後も、引き続きポルト旧市街を散策です。
ポルトは歩けば歩くほど見どころが出てきます。教会や歴史的建造物だけでなく、ちょっと気になるお店まで次々と現れるので、なかなか先へ進めません🤭
ポルトの中心部を歩いていると、小さな入口ながら何とも可愛らしいお店が目に入りました。気になって、そのまま中へ入ってみることにしました。
ここはポルトガルの缶詰ブランド「Comur(コミュール)」の商品を扱う「Comur - Casa Oriental」です。
Comurは1942年、ポルトの南にあるアヴェイロ地方のムルトーザで創業しました。もともとは、この地方で多く獲れていたウナギを保存することから始まった缶詰工場で、現在ではイワシをはじめ30種類以上もの缶詰を、伝統的な製法を大切にしながら作っているそうです。
まず気に入ったのが、入口の床のタイル。
スタイリッシュで格好いいですね。これだけでも「ちょっと中を見てみようかな」と思わせる雰囲気があります。
そして店内に入ると、まるで映画のセットから飛び出してきたような世界が広がっていました。
色とりどりのイワシ缶やツナ缶が壁一面に並び、缶詰を売るお店というより、美術館でアート作品を眺めているような気分になってしまいます。
自分の生まれた年を探すのも面白いですし、プレゼントする相手の誕生年が分かれば、その年の缶詰をお土産にするのも楽しそうです。
どの缶もとても可愛らしく、食べ終わった後も捨てるのが惜しくなりそうです。
値段はスーパーで売られている普通の缶詰よりかなり高めですが、ここでしか手に入らないお土産と考えれば、買う価値はありそうです。
……と言いながら、私は宿で食べる夕食用の缶詰は現地のスーパーで買ってしまいました🙏
それでも、店内も外観も美しく、買い物をしなくても覗いてみる価値のある楽しいお店でした。
もう一軒、お土産探しに良さそうなお店にも立ち寄りました。
レロ書店からもすぐ近くにある「Fernandes, Mattos & Ca.(フェルナンデス・マットス)」です。
レロ書店を訪れる予定があり、少し時間に余裕があれば、ついでに立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
私はというと……
包装があまりにも綺麗だったので、思わず石鹸を買ってしまいました(笑)。
旅先では、中身よりパッケージに負けて買ってしまうことがありますね😅
ポルトの街を歩いていると、あちらこちらから見える細長い塔があります。
クレリゴス教会(Igreja dos Clérigos)に付属する「クレリゴスの塔(Torre dos Clérigos)」です。
高さ約75メートル。ポルトの旧市街の中でもひときわ目立つ塔で、今では街を象徴する建物の一つとなっています。公式サイトでも、1763年以来ポルトの景観を見守ってきた街のシンボルとして紹介されています。
この塔は高さがあるため、かつてはドウロ川を航行する船乗りたちにとって、街の位置を知るための大切な目印にもなっていたそうです。
帰国してからこのことを知り、「なるほど、それほど遠くからでも見えたのか」と改めて納得しました。
こちらは塔の裏側から眺めたクレリゴス教会です。
クレリゴス教会は18世紀に建てられたバロック様式の教会で、イタリア出身の建築家ニコラウ・ナゾーニによって設計されました。
外観の美しい彫刻も見どころですが、建築的に面白いのが教会内部です。
普通の教会とは少し違って、内部が楕円形になっています。
「ポルトガルで初めて楕円形の平面を取り入れた教会」と紹介されているのですが……
建築に詳しくない私には、説明を読んでも今ひとつ意味が分かりません😅。
8月7日は病院は終日休診となっています。私の方はいつものように7時には病院へ出かけました。那覇市は午後〜夜に最も接近となるようです。 病院は24時間稼働していますので、日勤や夜勤の勤務者の入れ替えで、誰も怪我がないように注意して欲しいです。
朝からずっと台風情報を追っているのですが、どのように進むのか、那覇市にも影響が大きいのか分かりません。強い台風ですが、那覇市内は朝から概ね風・雨ともあまり強くない状態が続いています。明日も休診にするかどうか迷う状況です😢
8月に入り、またまた台風がやってきそうで嫌になります。
外に出るだけで汗が噴き出し、「人間も干からびるのではないか」と思うような暑さが続いています。このような季節は、熱中症とともに気をつけたいのが「食中毒」です。前回に続き、今回も夏に多い食中毒について、少し視点を変えてお話ししたいと思います。
食中毒というと、多くの方は「傷んだ食べ物を食べた時に起こるもの」と考えるかもしれません。確かにそれも間違いではありません。しかし食中毒とは、細菌やウイルス、化学物質、自然毒など、口から入った有害なものによって、下痢・嘔吐・腹痛・発熱などを起こす病気の総称です。
夏に多いのは、やはり細菌性食中毒です。カンピロバクター、サルモネラ、腸炎ビブリオなどはその代表です。カンピロバクターは鶏肉や牛肉などから起こりやすく、食べてすぐではなく、2〜3日後に症状が出ることがあります。一方で、卵やマヨネーズ、魚介類などが原因となるサルモネラや腸炎ビブリオでは、数時間で症状が出ることもあります。
食中毒には大きく分けて「感染型」と「毒素型」があります。感染型は、食べ物と一緒に体内に入った細菌が腸の中で増えて悪さをするタイプです。そのため、症状が出るまでに時間がかかることがあります。今日お腹が痛くなったとしても、原因は昨日の食事ではなく、2〜3日前のバーベキューだったということもあるのです。
一方、毒素型は、食品の中で細菌が作った毒素によって症状が起こるタイプです。この場合は比較的早く、食後数時間で嘔吐や腹痛、下痢などが出ることがあります。
ここで大切なのは、「見た目・におい・味が普通でも、食中毒は起こる」という点です。食べ物が変色している、悪臭がする、酸っぱい、糸を引くといった場合は、誰でも「これは腐っている」と気づきます。しかし、食中毒の原因菌が増えていても、食品の見た目や味、においが普段と変わらないことは珍しくありません。
昔ながらの感覚で「ちょっと味見して大丈夫なら食べられる」と判断するのは危険です。沖縄の肝っ玉母さんなら、「これぐらい大丈夫さ〜」と判断してしまうこともあるかもしれません。しかし、特に夏場は自分の五感だけに頼らないことが大切です。人間は味覚や経験によって、苦みをおいしいと感じたり、辛みを楽しんだりするようになりました。五感は食事を楽しむためには大切ですが、食中毒を防ぐ道具としては万能ではありません。
では、どう予防すればよいのでしょうか。細菌性食中毒予防の基本は、「菌をつけない」「菌を増やさない」「菌を殺す」の3つです。
まず「菌をつけない」ためには、調理前や食事前の手洗いが基本です。まな板や包丁、布巾なども清潔に保ちましょう。特にバーベキューでは、生肉をつかんだ箸やトングで、そのまま焼き上がった肉を取らないことが大切です。生もの用と加熱済み食品用を分けるだけでも、リスクは大きく下がります。
次に「菌を増やさない」ことです。料理はできるだけ早めに食べ、長時間室温に置かないようにしましょう。冷蔵庫は5℃以下、冷凍庫は−18℃以下が目安です。ただし、冷蔵庫に入れたから絶対に安心というわけではありません。冷蔵は菌の増殖を遅らせるだけで、完全に止めるわけではないからです。
そして「菌を殺す」ためには、十分な加熱が重要です。肉や卵などは中心部までしっかり火を通しましょう。多くの細菌は75℃で1分以上加熱することで死滅します。ただし、注意が必要なのは、菌が作った毒素の中には熱に強いものがあることです。ブドウ球菌の毒素などは、加熱しても壊れにくい場合があります。つまり、「火を通せば何でも大丈夫」と考えるのも危険なのです。
最後に、近年増えているアニサキス食中毒にも触れておきます。アニサキスはサバ、イワシ、サケ、タラ、スルメイカなどに寄生することがある線虫です。刺身や寿司など、生の魚介類を食べる文化がある日本では、特に注意が必要です。食後数時間から数日以内に、強い胃痛や吐き気を起こすことがあります。病院では内視鏡で胃の壁に食いついた虫体を取り除くことで症状が改善します。
予防としては、魚介類を−20℃で24〜48時間以上冷凍する、または60℃で1分以上加熱することが有効です。自分で釣った魚は、早めに内臓を取り除き、適切に保存しましょう。なお、「わさび、酢、醤油を使えば大丈夫」「よく噛めば予防できる」という話は正しくありません。
夏は食事も楽しい季節です。家族や友人とバーベキューをしたり、冷たい麺や刺身を食べたり、夏ならではの楽しみもたくさんあります。だからこそ、少しだけ食材の扱いに気を配っていただきたいと思います。手を洗う、早めに食べる、しっかり加熱する、生ものと加熱後の食品を分ける。このような小さな習慣が、食中毒を防ぐ大きな力になります。
暑さに負けず、どうか皆さまも体調に気をつけながら、安全で楽しい夏をお過ごしください。
ポルトの街を歩いていると、外壁を青と白のアズレージョで覆われた美しい教会に何度も出会います。
建物の壁がそのまま巨大な絵画となり、街角を鮮やかに彩っているのです。今回は、その中からアルマス礼拝堂と、並んで建つカルメル会教会・カルモ教会をご紹介します。
二つの教会の間には、注意して見なければ通り過ぎてしまいそうな「秘密の家」も隠れていました。
礼拝堂そのものは18世紀初頭に建てられましたが、現在の外壁を覆うアズレージョが加えられたのは1929年のことです。
エドゥアルド・レイテが手がけた1万5千枚を超えるタイルには、アッシジの聖フランシスコと聖カタリナの生涯が描かれています。
「聖カタリナ」という名前を目にして、以前訪れたイタリア・シエナの旧市街を思い出しました。サン・ドメニコ教会の裏手から坂道を下ったところにあった「聖カテリーナの家(Santuario di Santa Caterina)」です。
(➡︎サン ドメニコ教会とサンタ・カテリーナ・ダ・シエナの生家) ただし、シエナで訪ねたのは「シエナの聖カテリーナ」で、こちらのアズレージョに描かれている「アレクサンドリアの聖カタリナ」とは別の聖人です。同じ名前から、遠く離れた二つの旅の記憶がつながりました。この記事を書くまで同じと考えていました😅私も実際に見るまでは、この建物全体が一つの教会だと思っていました。それほど違和感なく隣り合って建っています。
ところが、正面をよく見ると二つの教会の外観には明らかな違いがあります。さらに中央には、わずかな幅しかない細長い建物が挟まっているのです。
向かって左側にあるのが、カルメル会教会(Igreja dos Carmelitas)です。
跣足カルメル会の修道士たちのために17世紀前半に建てられ、1628年に完成しました。比較的簡素で落ち着いた花崗岩の外観と、左側に立つ鐘楼が特徴です。
しかし内部に入ると、外観から受ける印象は一変します。主祭壇や側廊の礼拝堂には、金箔を施した木彫装飾「タルハ・ドゥラーダ」が広がり、バロックやロココ様式の華麗な空間となっています。
右側にあるのがカルモ教会(Igreja do Carmo)です。
こちらはカルメル会第三会の教会として、18世紀後半に建てられました。ロココ様式の装飾が目を引き、正面上部には四人の福音書記者の彫像が並んでいます。
落ち着いた左側の教会と、装飾性に富んだ右側の教会。二つの異なる時代と様式の建築が、ほとんど一体となって立っているのが面白いところです。
なかでも素晴らしいのが、カルモ教会側面の巨大なアズレージョです。
建物の壁面全体を覆う青と白のタイル画は、ポルトを代表する景観の一つとなっています。
有料の見学ルートに入ると、教会の聖堂だけでなく、宗教美術品や祭服、かつて建物の中で使われていた部屋などを見ることができます。私が訪れたときの料金は、約7ユーロでした。
地下墓地も見学できたようなのですが、私はそのことをすっかり忘れており、地下には入らずに出てきてしまいました😂
二つの教会の間には、正面の幅がわずか1メートル余りしかない、三階建ての細長い家が建っています。「秘密の家(Casa Escondida)」と呼ばれ、礼拝堂付き司祭や鐘を鳴らす人の住居として使用されたほか、教会建築に携わった職人や画家なども滞在したと伝えられています。
この家については、「左側が修道女の教会、右側が修道士の教会で、男女が接触しないように家を挟んだ」
という話が、観光案内などでよく紹介されています。
しかし、史料を確認すると、左側は跣足カルメル会の男性修道士の教会で、右側はカルメル会第三会の教会でした。したがって、修道士と修道女を引き離すためという話は、史実というより、後から生まれた伝説と考えた方がよさそうです。
より確かな理由としては、当時、二つの独立した教会が壁を共有することが認められていなかったことや、既存の教会への採光を保つ必要があったことなどが挙げられています。
それでも、旅先でこうした伝説を聞くと、つい想像を膨らませてしまいます。
仮に伝説のとおり、男女の接触を防ぐためだったとしても、幅わずか1メートルほどの家を一軒挟んだだけで、人の心まで隔てることができたのでしょうか。
いくら神に仕える身であっても、好きな人は好きになるはずです。
愛は壁一枚を越えるどころか、一瞬で世界を駆け巡るものだと凡人の私は思うのですが……皆さまはいかがでしょうか?❤️🩹
マカオ観光;何東園書庫館,ドン・ペドロ5世劇場
1894年頃に建築された建物は、元々はドナ・キャロリーナ・クンハの住居でした。1918年に香港の事業家で大富豪のロバート・ホー・トン(何東)卿がこれを購入し、別荘として使用していました。1955年の彼の死後、遺言に従ってマカオ政府に寄贈され、図書館として改築されたそうです。
アジア初の西洋式の劇場「ドン・ペドロ5世劇場:Dom Pedro V Theatre」
当時のポルトガル王ドン・ペドロ5世の名前をつけたドン・ペドロ5世劇場は、1860年にマカオ在住のポルトガル系住民によって建設されたとのことで、アジア初の西洋式の劇場として、芝居やコンサートは社交に欠かせないものだったそうです。初めのうちは男性専用でした。
タイトルに「世界で最も美しい書店」と書きましたが、もちろん「美しさ」に客観的な基準があるわけではありません。人によって感じ方は異なりますし、世界にはほかにも素晴らしい書店が数多くあることでしょう。ここもその中の一つということでしょう。
それでも、レロ書店がしばしば「世界で最も美しい書店の一つ」と紹介されていることは確かです。ポルト観光で楽しみにしていた場所の一つでもありましたので、今回はこのタイトルにしてみました😅

初めて訪れるポルト。以前から美しい街だと聞いており、いつか出かけてみたいと願っていた都市の一つでした。今回、ようやくその念願が叶いました。
歴史を感じさせる街並み、ドウロ川と橋が織りなす風景。そして、もう一つ楽しみにしていたのが、「世界で最も美しい書店の一つ」と称されるレロ書店(Livraria Lello)です。
まるで『ハリー・ポッター』の世界を思わせる内装でも知られ、世界中から多くの人が訪れています。
かつては、作者のJ・K・ローリング氏がポルト滞在中にこの書店へ通い、物語の着想を得たとも語られていました。現在では本人が来店を否定しており、一種の都市伝説だったようです。それでも、この書店に一歩足を踏み入れれば、そのような物語が生まれた理由が分かるような気がします。
レロ書店の開店は午前9時です。インターネットの情報には、少なくとも開店の30分前には到着した方がよいと書かれていました。
今回宿泊したホテルからも近かったため、朝のポルトの街を散策しながら書店へ向かいました。
開店30分前に到着しましたが、店の前にはすでに多くの人が並んでいました。
私のブログを長年読んでくださっている方はご存じだと思いますが、私は写真を撮られることが苦手ですし、自撮りもほとんどしたことがありません。
また、写真の中に見知らぬ方が写り込んだまま、許可なくブログへ掲載することにも抵抗があります。だからといって、旅先で偶然写り込んだ方々に、一人ひとり掲載の許可を取ることは現実的ではありません。
そのため、できるだけ人が入らない瞬間を選んで撮影し、人物が特定できそうな場合にはモザイクを入れるようにしています。

レロ書店には世界中から大勢の観光客が訪れるため、公式サイトから事前に日時指定のチケットを購入しておくことをお勧めします。
私たちは、通常より少し料金の高い優先入場のチケットを購入しました。
人の写り込みをあまり気にせず、自撮りなども楽しめる方であれば、通常のチケットでも十分だと思います。しかし、できるだけ人の少ない店内を撮影したい私にとっては、優先入場を選ぶ価値がありました。
もちろん、これはあくまでも私個人の考えですので、皆さんに押しつけるつもりはありません🙏
チケットの購入は⇨(レロ書店公式サイト)優先入場の列には、私たちより先に若いカップルが並んでいました。
私たちが後ろに並ぶと、二人は振り返り、自分たちのチケットを見せながら「ここでよいのでしょうか」と尋ねてきました。
確認すると、残念ながら二人が持っていたのは通常入場のチケットのようでした。念のため店の前にいた係員に尋ねたところ、やはり一般入場の列に並ぶ必要があるとのことでした。

そのような経緯もあり、私たちが優先入場の列の最前列となりました。
到着したのは午前8時30分頃だったと思いますが、その後も次々と人が集まり、開店時刻が近づくにつれて、店の前はますます賑やかになっていきました。

午前9時。係員によるチケットの確認が終わると、いよいよ入店です。
私たちは最初に店内へ入ることができたため、ほんの一瞬だけ、ほとんど誰もいないレロ書店を目にすることができました。
正確には、店員さんが一人立っていました。
私としては、その方がいなければ、さらにすっきりとした写真が撮れたのに……と思わないでもありませんでしたが、さすがにこれは仕方がありません(笑)。
私にとってのシャッターチャンスは、わずか数秒でした。
その後、続々と入場者が入ってきて、店の中央にある有名な階段の周辺には、たちまち大勢の人が集まりました。
店内で最も目を引くのが、中央に設けられた大階段です。
階段は途中から左右に分かれ、緩やかな曲線を描きながら2階へと続いています。
正面から眺めると、左右対称の構図と階段下の彫刻的な装飾が一体となり、まるで舞台装置のような美しさを感じます。

一般には「赤い螺旋階段」や「天国への階段」と紹介されることもありますが、実際には一本の螺旋階段ではありません。
中央から左右へ枝分かれし、優美な曲線を描きながら2階へと続く、独特の構造となっています。
入店から5分もすると、店内は多くの観光客でいっぱいになりました。
しかし、人が増えても、書店そのものの美しさが失われることはありません。
階段や本棚、柱、壁、天井に至るまで細かな装飾が施され、どこを見ても、建築家や職人たちのこだわりが感じられます。
単に写真映えする観光名所というだけではなく、長い年月にわたって本と文化を支えてきた、由緒ある書店なのだと思いました。
2階から大階段を見下ろしてみました。
ここでも、階段を背景に写真を撮るための順番待ちが、すでにできていました。
世界中からこの書店を見たくて人々が訪れるのですから、これもレロ書店の日常の風景なのでしょう。

2階部分を囲む本棚や手すりも、木の温かみを感じさせる繊細な造りとなっています。
実は、店内の壁や天井に見られる重厚な木彫りのような装飾の一部は、本物の木ではありません。
漆喰や石膏を立体的に成形し、木材のように見えるよう丁寧に塗装したものだそうです。
限られた材料を使いながら、これほど荘厳な空間を造り上げた20世紀初頭の職人たちの技術と美意識には、驚かされます。

天井には大きなステンドグラスが設けられ、そこから柔らかな光が店内へ降り注いでいます。
ステンドグラスには、ラテン語で「Decus in Labore」という言葉が刻まれています。
「労働の尊厳」あるいは「仕事の中にこそ誉れがある」といった意味を持つ、レロ書店のモットーです。
美しい本を作り、読者へ届けてきた出版社や書店、そしてこの建物を造り上げた職人たちの誇りが、この言葉に込められているのでしょう。
レロ書店の歴史は19世紀にさかのぼりますが、現在の建物が完成したのは1906年です。
レロ兄弟が、技師フランシスコ・シャヴィエル・エステヴェスに設計を依頼して建てたもので、ネオ・ゴシック様式を基調としながら、アール・ヌーヴォーなどの装飾的な要素も取り入れられています。
店内の床には、かつて大量の本を載せた台車を移動させるために使われたレールも残されています。
華やかな階段やステンドグラスに目を奪われてしまいますが、足元にも、この場所が書店として歩んできた歴史が刻まれているのです。
私も記念に『ハリー・ポッター』の本を一冊買おうかと迷いました。
しかし、ポルトを訪れたのは、まだ旅行の途中です。この先も荷物を持って移動しなければならないことを考え、今回は残念ながら諦めることにしました。
今になって思えば、せっかくレロ書店を訪れたのですから、一冊くらい買っておいてもよかったのかもしれません。
わずかな時間でしたが、開店直後の静かな店内を眺め、まだ誰も歩いていない大階段を写真に収めることができました。
数分後には、世界中から訪れた人々の声が交じり合い、書店は熱気に包まれていきました。
静寂の中のレロ書店も、多くの人々で賑わうレロ書店も、どちらもこの場所の本当の姿なのでしょう。
世界中の人々が、ただ一軒の書店を見るために、朝早くから列を作る――。
それは、この場所が単に「美しい建物」だからではないのかもしれません。
本と物語が持つ力を、私たちは誰もが心のどこかで信じているからではないでしょうか。
夏の食中毒から身を守るために(その1)
〜夏に増える原因菌を知って、安全においしい夏を〜こんにちは。厳しい暑さが続く7月後半、子どもたちも夏休みに入り、いよいよ本格的な夏を迎えました。こんな季節に気をつけたいのが「食中毒」です。食中毒とは、細菌やウイルス、あるいは有害な物質がついた食べ物を口にすることで、下痢、腹痛、発熱、吐き気、嘔吐などを起こす病気です。軽く済むこともありますが、ときに重症化し、命に関わることもあります。
【夏に食中毒が増える理由】
細菌は高温多湿の環境で増えやすいため、日本では6月から9月にかけて細菌性食中毒が増加します。夏場は家庭でも外食でも、調理後の食品を長時間室温に置かないことが大切です。新鮮な食品でも、食中毒の原因菌が含まれていることはあり、「新鮮だから大丈夫」とは言い切れません。
【夏に多い三大原因菌】
夏の食中毒で特に注意したいのは、カンピロバクター、腸炎ビブリオ、サルモネラです。
カンピロバクターは鶏肉などの肉類に多く、生焼けの肉や、生肉をつかんだ箸をそのまま使うことで感染しやすくなります。発症まで2~3日かかることがあるため、原因に気づきにくいのが特徴です。腸炎ビブリオは海水や魚介類に関係し、刺身や魚介類の扱いに注意が必要です。サルモネラは卵やその加工品が原因となることがあり、特に乳幼児や高齢者では重症化に注意が必要です。
【治療で気をつけたいこと】
食中毒の治療は、下痢や嘔吐による脱水を防ぐことが中心です。水分と電解質をしっかり補い、症状が強いときは医療機関を受診しましょう。食中毒が疑われるときは、自己判断で下痢止めを使わない方がよい場合があります。下痢は体が原因菌を外へ出そうとする反応でもあるからです。
【予防の基本は3つ】
食中毒予防の基本は、①菌をつけない、②菌を増やさない、③菌をやっつける、の3つです。
調理前や食事前の手洗い、食材や調理器具を清潔に保つこと、食品は早めに冷蔵すること、そして肉や卵、魚介類には十分に火を通すことが大切です。バーベキューや焼き肉では、生肉用の箸と食べる箸を分けるだけでも予防効果があります。
暑い季節でも、正しい知識があれば食中毒はかなり防ぐことができます。体調を整えながら、安全においしい夏の食事を楽しみたいですね。次回は、なぜ現代の衛生的な暮らしの中でも食中毒が減らないのか、そしてさらに詳しい予防の工夫についてお話ししたいと思います。
ポルトの民泊で最高な景色を堪能
大聖堂へ向かう道を歩いていると、路上に黄色い矢印と貝殻のマークを見つけました。
これは、スペインの有名な巡礼地サンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼路「カミーノ」を示す印です。ポルトは、ポルトガルから北上する「ポルトガルの道」の主要な出発地の一つでもあります。
私もいつかは、この巡礼路を自分の足で歩いてみたいと思っているのですが……果たして実現できるでしょうか。
**以前、この巡礼路「カミーノ」について調べていたとき、旅の様子を詳しく紹介しているInstagramにたどり着きました。
文章がとても素敵で、そこから伝わってくるお人柄も魅力的な女性です。私が日頃から楽しみに拝見している、数少ないお気に入りのInstagramの一つとなっています。
その方が、なんと今回の巡礼の旅を一冊の本にまとめて出版されました🎉 ⇨足の裏の貝殻(camino)
今回選んだ民泊は、ポルト大聖堂を一望できる絶景の宿です。
場所はヴィトリア通り(Rua da Vitória 127, 4050-263 Porto/2nd Floor, Garden Side)。旧市街の迷路のような細い道を、Googleマップを頼りに歩いていきます。最近の地図アプリはかなり正確になり、個人旅行でも安心して目的地を探せるようになりました。
到着予定時刻は事前に伝えてあり、当日の朝には入室方法の案内が届くことになっていました。
ところが、いつまで待っても案内が表示されません。次第に心配になり、こちらから連絡を入れたところ、すぐに入室方法を教えてもらうことができました。
こうしたやり取りは、ホテルとは違う民泊ならではのものです。無事に入れると分かるまでは、やはり少し心配ですし、ストレスもかかります(笑)。
指定された部屋の前には暗証番号式のキーボックスがあり、その中に部屋の鍵が入っていました。チェックアウトの際は、鍵を部屋に残して退出する仕組みです。
扉を開けてみると、室内はメゾネット式になっており、上の階まである広々とした造りでした。キッチンはもちろん、洗濯機をはじめとする設備も一通りそろっています。長めの滞在にも便利そうな部屋です。
そして、この景色を見るために、私はこの部屋を選びました。
予約前には写真や部屋の位置を何度も確認し、数ある宿泊先の中から厳選した民泊です。
いかがでしょうか。
最高ですよね!
目の前にはポルトの旧市街が広がり、その向こうの丘にはポルト大聖堂が堂々と立っています。
私の宿選びの基準は、高級ホテルかどうかではありません。
まずは街歩きに便利な立地であること。そして、何よりも部屋からどのような景色が見えるかを重視しています。
6月から7月初旬にかけて、梅雨や台風の影響による鬱陶しい天気が続いていた沖縄地方ですが、ここしばらくは晴天の日が続きそうです。いよいよ沖縄も、長い夏の本番を迎えます。
私にとって、夏の太陽と白い砂浜で過ごした日々は、すでに遠い記憶の彼方となってしまいました。それでも今も、沖縄の海辺には変わらず美しい景色が広がっているのだろうと想像しています。
炎のように花びらを広げるグロリオーサ、丸く愛らしいピンポン菊、そして青みを帯びた葉と紺色の小さな実をつけたブルーベリー。
花材の数は少なくても、それぞれの色や形、雰囲気が大きく異なるため、まるで何種類もの花を生けているかのように感じられます。
生け花の美しさは、それぞれが異なる個性を持ちながらも、互いを邪魔することなく、一つの空間に調和しているところにあるのかもしれません。
最近は、国内外の政治を見ながら、社会の寛容さや自由が少しずつ失われてはいないだろうかと感じることがあります。私たちが生け花を眺め、それぞれの違いを美しいと感じられるのも、多様な価値観や自由が守られているからこそでしょう。
歴史を振り返ると、政治が劣化した時代には、為政者に都合のよい制度や法律が、十分な議論もないまま進められたことがありました。そして国民が気づいた時には、いつの間にか息苦しく、生きづらい社会になっていたこともあります。
異なるものを排除するのではなく、その違いを認めながら全体の調和をつくる――。今週の生け花を眺めながら、そのような社会であってほしいと考えました。
旧市街の中心部にあるセナド広場へ到着しました。広場の一角には、「マカオ歴史地区」が世界遺産に登録されていることを紹介する案内板が設置されていました。
セナド広場をはじめ、周辺の歴史的建築物や広場、路地は、2005年に「マカオ歴史地区」としてユネスコ世界文化遺産に登録されています。ポルトガル様式と中国様式の建築物が隣り合って残る街並みは、長い年月にわたる東西文化の交流を伝えています。
セナド広場に面して建つマカオ市政署本部ビルも、クリスマスと新年を祝う飾り付けで華やかに彩られていました。
この建物は、かつて「レアル・セナド」と呼ばれたマカオの議事堂で、現在も行政機関の建物として使われています。セナド広場とともに、マカオ歴史地区を構成する世界遺産の一つです。
建物の中へ入ると、階段や壁が青と白のアズレージョで美しく飾られていました。
ここだけを眺めていると、マカオを歩いていることを忘れ、ポルトガル旅行の続きを体験しているような錯覚を覚えます。
中庭にもクリスマスの飾り付けが施されていました。周囲にはベンチが置かれ、街歩きの途中でゆっくり休憩することもできます。
セナド広場のにぎわいから少し離れただけなのに、ここには落ち着いた時間が流れていました。
続いて訪れたのは、セナド広場のすぐ近くにある「三街会館(さんがいかいかん)」です。
三街会館は「関帝廟」とも呼ばれる小さな中国式寺院で、セナド広場や市政署と同じく、「マカオ歴史地区」を構成する世界遺産の一つとなっています。
ここに祀られているのは、『三国志』の英雄として知られる関羽です。
関羽は、その忠義と勇気から後世に神格化され、「関帝」あるいは「関聖帝君」と呼ばれるようになりました。中国では武勇の神としてだけでなく、誠実さや信用を重んじる商売の神としても広く信仰されています。
西洋風の建物が立ち並ぶセナド広場のすぐそばに、伝統的な中国式寺院が当たり前のように建っている風景は、マカオにおける東西文化の共存を象徴しているように思えました。
三街会館という名前は、かつてこの周辺にあった營地大街、関前正街、草堆街という三つの主要な商業街に由来するといわれています。
三街会館は18世紀に、周辺で商売を営む中国人商人たちの集会所として設けられました。
当初は商人たちが取引や地域の問題について話し合う場所でしたが、その後、商業団体としての役割を終え、関帝を祀る寺院としての性格を強めていったそうです。現在も古い商業地区に隣接し、この地域がかつて商人たちの活動の中心であったことを伝えています。
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建物は灰色の煉瓦で造られた、中国南部の伝統的な様式です。
華やかなセナド広場と比べると外観は控えめですが、中へ一歩足を踏み入れると、天井から大きな渦巻き線香がいくつも吊り下げられ、薄暗い堂内に香煙が漂っていました。
渦巻き線香が頭上に連なる光景は幻想的で、外のにぎやかな街とはまったく異なる空気に包まれています。
三街会館を出て正面を見ると、古い街並みの向こうに、金色に輝くグランド・リスボアの建物が見えてきました。
伝統的な中国寺院の屋根越しに、現代マカオのカジノを象徴する巨大な建物がそびえています。
マカオは、東洋と西洋が混じり合うだけの街ではありません。中国の伝統、ポルトガル統治時代の面影、そして巨大なカジノが立ち並ぶ現代まで、異なる時代の層が同じ風景の中に共存している都市なのだと感じました。
再び小さな道を歩いていると、このような可愛らしい飾り付けにも出会いました。
歴史的な建物や世界遺産だけでなく、路地の壁や店先の小さな装飾にも、思わず足を止めたくなる発見があります。
マカオは、本当に歩いていて楽しい街です。

これまで写真や映像で何度も見てきたポルトですが、実際に訪れるのは今回が初めてです。美しい街並み、ドウロ川に架かる橋、歴史ある教会や建物など、見てみたい場所がいくつもありました。
列車がポルトに近づくにつれて、「いよいよ念願のポルトに到着するのだ」と、自然に気持ちが高まってきました。
コインブラからのバスが到着したのは、ポルトの玄関口の一つであるカンパニャン駅です。
正式にはポルト・カンパニャン・インターモーダル・ターミナルと呼ばれ、鉄道だけでなく、地下鉄やバスなどが乗り入れる交通の拠点となっています。
駅に降り立った時点では、まだポルトらしい古い街並みはあまり見えてきません。それでも、初めて訪れる街の駅に立つと、これからどのような風景に出会えるのだろうという期待が膨らみます。
今回の1、2泊目はポルトの民宿となっていますので、チェックインの前にさっそくポルトの中心部を歩き始めました。
街を歩いていると、ひときわ目を引く美しい建物が現れました。
「ア・ペロラ・ド・ボリャン(A Pérola do Bolhão)」という、1917年創業の老舗食料品店です。
店名は日本語にすると「ボリャンの真珠」といった意味になるのでしょうか。その名のとおり、周囲の建物の中でも独特の輝きを放っています。
外壁を飾るのは、青や黄色を基調としたアール・ヌーヴォー様式のアズレージョです。スパイス交易や異国の果物を思わせる人物や植物が描かれ、かつてポルトガルが海を越えて世界とつながっていた歴史を感じさせます。
店内には、ポルトガル産のワインやチーズ、ナッツ、ドライフルーツ、缶詰などが所狭しと並んでいます。昔ながらの食料品店でありながら、商品のパッケージもしゃれていて、お土産を探す店としても人気があるようです。
ポルトでは、こうした何気ない商店の外観にも見事な装飾が施されています。街を歩いているだけで次々と美しい建物が現れるため、そのたびに足を止めて写真を撮り、なかなか前へ進めません。
ア・ペロラ・ド・ボリャンのすぐ近くにあるのが、ポルト市民の台所として親しまれてきたボリャン市場(Mercado do Bolhão)です。
1839年に創設された歴史ある市場で、長期間にわたる大規模な改修を経て、2022年に再び開場しました。
歴史ある建物の雰囲気を残しながら、内部は明るく清潔で、近代的な市場へと生まれ変わっています。
上階の回廊から市場全体を眺めると、建物の美しい構造がよく分かります。
昔ながらの市場の賑わいを残しながら、衛生的で利用しやすい空間に改修されていました。観光客のためだけにつくられた場所ではなく、今も地元の人々の暮らしの中に息づいているところが、ボリャン市場の魅力なのだと思います。
中央の広い空間を囲むように、野菜や果物、鮮魚、肉、チーズ、ハム、パン、花などを扱う店が並んでいました。
店先には色鮮やかな食材がきれいに並べられ、市場全体が一つの大きな展示会場のようにも見えます。地元の方の日常を支える市場である一方で、旅行者も気軽に歩き回ることができる開放的な雰囲気です。
ポルトガル名物のイワシやタコの缶詰、ポートワイン、オリーブオイル、伝統菓子なども並んでいます。
缶詰といっても、日本で普段見かける実用品という印象とは少し違い、どれも絵柄や色使いが美しく、お土産として持ち帰りたくなるものばかりでした。
市場内には、新鮮な魚介類や生ハムなどをその場で味わえる店もあります。ポートワインや地ビールを片手に、市場の食材を楽しんでいる人たちの姿も見られました。
ボリャン市場からサンタ・カタリーナ通りを歩いていくと、ポルトを代表する老舗カフェ「カフェ・マジェスティック(Majestic Café)」があります。
1921年創業のカフェで、アール・ヌーヴォー様式の華麗な内装から、「世界で最も美しいカフェ」の一つにも数えられています。
外から眺めただけでも、ここが普通のカフェではないことが分かります。木彫りの装飾や大きな鏡、シャンデリア、革張りの椅子などが並ぶ店内には、1920年代の華やかなベル・エポックの雰囲気が残されています。
かつては作家や芸術家、政治家たちが集まり、語り合う社交場でもあったそうです。ポルトに滞在していた頃のJ・K・ローリングが、このカフェで『ハリー・ポッター』の構想を練ったとも伝えられています。
ポルトガル風フレンチトーストの「ラバナーダ」も名物ですが、観光客にも大変人気があり、店の前には多くの人が集まっていました。
カフェというよりも、ポルトの文化と歴史そのものを今に伝える場所のように感じられます。
さらに歩いていくと、階段の上に青と白のアズレージョで覆われた教会が見えてきました。
サント・イルデフォンソ教会(Igreja de Santo Ildefonso)です。
1739年に完成したバロック様式の教会で、正面に並ぶ二つの鐘楼が印象的です。教会の壁面を覆う約1万1,000枚のアズレージョは、1932年に芸術家ジョルジェ・コラソによって制作されたものです。
青と白のタイルには、聖イルデフォンソの生涯や聖書の場面が描かれています。
建物の正面全体が一枚の大きな絵画のようで、近くから見ると一枚一枚のタイルの細かな描写に驚かされますが、少し離れて眺めると鐘楼を含めた教会全体が美しく調和しています。
7月に入り、沖縄でも強い日差しが続く季節となりました。夏になると熱中症対策が大切になりますが、もう一つ忘れてはいけないのが「紫外線対策」です。特に沖縄の夏は長く、日差しも強いため、皮膚や目への影響を考えておく必要があります。
太陽の光は、私たちにとってなくてはならないものです。植物の光合成を助け、私たちの体では骨を作るために必要なビタミンDの合成にも関わっています。一方で、浴びすぎると日焼け、シミ、シワ、さらには皮膚がんや白内障などのリスクにもつながります。
太陽光線は、大きく分けると赤外線、可視光線、紫外線に分けられます。私たちの目に見えるのは可視光線で、虹の七色にあたる部分です。その外側にある見えない光が、赤外線と紫外線です。赤外線は温かさを感じさせる光で、紫外線は皮膚に大きな影響を与える光です。
太陽から出る光を、赤外線・可視光線・紫外線に分けて示す図。可視光線は虹色で表し、その外側に「赤外線」「紫外線」を配置する。紫外線が皮膚や目に届くイメージを入れると分かりやすい。
紫外線には、UVA、UVB、UVCの3種類があります。UVAは皮膚の深い部分、真皮にまで届き、肌を黒くしたり、長い年月をかけてシワやたるみの原因となったりします。UVBは主に皮膚の浅い部分に作用し、赤くヒリヒリする日焼けを起こします。UVCは最も強い紫外線ですが、通常はオゾン層に吸収され、地上にはほとんど届きません。
皮膚は、実は体の中で最も大きく重い臓器です。表面から順に、表皮、真皮、皮下脂肪組織に分かれています。表皮では新しい細胞が作られ、少しずつ表面へ押し上げられ、最後は垢として剥がれ落ちます。この入れ替わりのサイクルが整っていることで、皮膚は健康な状態を保っています。
日焼けで皮膚が黒くなるのは、メラニンという色素が関係しています。紫外線を浴びると、表皮にあるメラノサイトという細胞がメラニンを作ります。メラニンは紫外線から皮膚を守る役割を持っていますが、過剰に作られたり、うまく排出されなかったりすると、シミの原因になります。
皮膚を断面図で描き、上から「表皮」「真皮」「皮下脂肪組織」を示す。UVBは表皮まで、UVAは真皮まで届く矢印で表現する。表皮内にメラノサイトを描き、メラニンが作られる様子を入れる。
また、紫外線はすべて悪いわけではありません。乾癬やアトピー性皮膚炎などでは、日光が良い方向に働く場合もあります。紫外線には皮膚の細胞増殖を抑えたり、過剰な免疫反応を抑えたりする作用があるためです。ただし、日光で悪化する皮膚病や、薬によって日光過敏を起こす場合もあります。日光に当たった部分が赤くなる、かゆくなる、水ぶくれができるなどの症状がある場合は、自己判断せず医師に相談してください。
紫外線対策としては、午前10時から午後2時頃の外出をできるだけ避けること、帽子や日傘、サングラス、長袖の衣類を利用することが大切です。日焼け止めも有効ですが、汗で流れ落ちるため、3〜4時間ごとに塗り直すことをおすすめします。
沖縄の夏は、太陽の恵みを感じられる季節です。しかし、無防備に浴び続けると、皮膚や目に負担をかけてしまいます。日差しと上手につき合いながら、健康に夏を乗り切りましょう。
コインブラ大学の続きとなります。『前回は➡︎コインブラ大学(前半)』
図書館を見学した後は、同じコインブラ大学構内にあるサン・ミゲル礼拝堂(Capela de São Miguel)へ移動しました。
まず入ってすぐに、壁一面が装飾タイルで覆われた空間が目に飛び込んできます。ここは大学構内にある礼拝堂で、もともとは旧王宮の私的な祈りの場として使われていたそうです。現在の姿は16世紀以降の改修を経て整えられ、マヌエル様式やバロック様式が混ざり合った、とても華やかな空間となっています。
こぢんまりとした礼拝堂なのですが、一歩足を踏み入れると、床から天井まで隙間なく施された装飾に圧倒されます。
天井には、ポルトガル王室の紋章や天球儀などが描かれています。大航海時代の繁栄を思わせるモチーフもあり、16世紀当時の色彩が今も鮮やかに残っているように感じられました。壁のタイルに目を奪われがちですが、天井も本当に美しいので、ここも要チェックです。
そして、この礼拝堂で最も印象に残ったのが、水平に突き出すパイプオルガンです。
1737年、ジョアン5世の命により造られたバロック様式のオルガンで、2000本を超えるパイプを備えているそうです。金箔を施した木彫りの装飾は豪華絢爛で、よく見ると東洋風、いわゆるシノワズリの雰囲気も感じられます。礼拝堂そのものはそれほど大きくないため、このオルガンの存在感はかなり強烈です。
現在でもコンサートや儀式で実際に演奏されているとのことでした。一度でいいので、この空間に響く音を聴いてみたかったです。
*少し補足すると、このようにラッパ状の管が水平に突き出しているオルガンは、イベリア半島のオルガンに見られる特徴の一つだそうです。普通のパイプオルガンは上に向かってパイプが伸びている印象がありますが、ここでは音が前方に向かって直接飛び出してくるような構造になっています。見た目にも迫力がありますし、きっと音もお腹に響くような力強さがあるのだろうと想像しました*

「帽子の間」の正式名称は「Sala Grande dos Actos(大儀式の間)」で、コインブラ大学の中でも最も格式の高い部屋です。学位授与式や博士号の口頭試問、学長就任式、開講式など、大学にとって重要な公式行事が現在もこの部屋で行われています。
「帽子の間」という名前は、博士たちが式典の際に身につける伝統的な肩マントと帽子、カペロ(Capelo)に由来しています。
この部屋は、大学として使われる以前は王宮の一部で、かつては玉座の間として使われていた場所でもあります。壁には歴代ポルトガル国王の肖像画がずらりと並び、17世紀のアズレージョや天井の緻密な装飾が、部屋全体に重厚な雰囲気を与えていました。
大学の講堂というより、王国の歴史と大学の伝統がそのまま重なっているような空間です。ここで学位授与式が行われるとなると、学生さんにとっては一生忘れられない時間になるのではないでしょうか。

新カテドラル(Sé Nova de Coimbra)は、16世紀末にイエズス会によって建てられ始めた大聖堂です。もともとはイエズス会のカレッジ付属教会でしたが、1759年にイエズス会がポルトガルから追放された後、司教座が近くの旧カテドラルからこちらへ移されました。
外観の下層部は厳格なマニエリスム様式で、上層部には後に完成したバロック様式の華やかさが加わっています。堅牢で要塞のような雰囲気を持つ旧カテドラルとは対照的に、白いファサードが美しく、大学周辺の街並みによく映えていました。
内部では、祭壇背後の金泥細工が目を引きます。いかにもポルトガルらしい装飾で、アズレージョも見ることができました。時間があれば、旧カテドラルと新カテドラルを比べながら見学すると、コインブラの宗教建築の違いがより分かりやすかったかもしれません。
駆け足で回ったコインブラでしたが、やはり学生の街だけあって、活気がありながらも落ち着いた雰囲気がありました。古い大学都市というだけではなく、今も学生たちの生活とともに息づいている街なのだと感じます。
次に訪ねる機会があれば、もう少しのんびりと滞在してみたい場所となりました。
午前中でコインブラ大学周辺の見学を終え、昼のバスでコインブラからポルトガル第二の都市、ポルトへと向かいます。
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